銀の軌跡   作:暁学園前

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五章

 

 

 

 俺とシルヴィの唇が離れると、お互いの唾液が混ざったものがアーチとなる。シルヴィは顔を火照らせ、俺の名前を何度も呼ぶ。チャールズ、チャールズと。俺はそれに答えるようにシルヴィを抱き寄せ、彼女の着ているパーカーのチャックに手を伸ばす。

 と、その時だった。緊急招集の着信音が俺のオーブメントを震わせる。俺はシルヴィから離れるのと同時に、彼女に「すまない」と言うと、オーブメントを耳に当てる。すると、教官、改め最高司令官が今まで聞いたことのない、早口で喋り始める。

〈チャールズかっ。緊急事態だ。詳しくはこちらに到着してから話す。部隊の休暇を切り上げることにはなるが、急いでくれ!〉

 それだけ言って通信が途切れた。そして、心配げにこちらを見つめるシルヴィに司令官から言われたことを伝える。

 オーブメントの部隊招集用の回線を利用して、全員のオーブメントを強制的にスピーカーモードにして呼び出す。「第三歩兵小隊、ティータイムだ。各自でもいいからガゼボに集合しろ」という暗号を出す。下らない内容だ。

 俺が焦って荷物をまとめ始めると、シルヴィが俺の袖をくいっと引っ張り、頬にキスをしてきた。

「お預けにした分、挽回してね」

 俺はああ、と答え、少ない荷物を片手に、ホテルのチェックアウトを済ませる。

 

 俺とシルヴィはベルガード門にある部屋の内、常に「立入禁止」の札が付けられている部屋に入る。

 ノックは無しで入ってこいということだった。俺たちが部屋に入ったとき、司令官と一人の女性将校が壁に映し出された画像を見ていた。

 俺たちが部屋に入ると、それを映し出したまま司令がこっちを向いて話を始める。

「来たか」

「ええ。……それで、緊急招集をした理由を聞かせてもらいます」

「勿論だ」と司令は言うと、これを見てくれ、と壁に映っている画像を指差す。

 俺は思わず声を出した。奇声に近い短い声だ。

 画像に映っているのは、かなり遠く、軽くモザイクがかかったような画質ではあったが、子供が考えたように巨大な列車砲だった。その砲身が高く高く伸びて、大口径の砲弾をいつでも撃てるようにしている。

「これはガレリア要塞に配備されたものだ。目立つから遠目に撮影してもらった。帝国も警戒を強めているからこれ以上の接近は不可能だ」

「こんなのがすぐそこに配備されたのですか…」

「ああ、その目的は分かりやすいだろうな。だが、その性能については──ソーニャ君の方が詳しいだろう」

 司令が横にいる女性将校の名前らしきを呼ぶと、女性は敬礼をしてから「ソーニャ少佐です。今回から特警群の作戦にナビゲータとして参加します。戦場に直接出撃はしませんが、宜しくお願いします」と挨拶をする。

「自分は──」

 俺も挨拶しようとすると、眼前に指を広げてくる。

「あなたのプロファイルは貰っています。作戦を説明します」

 と、いけ好かない様子で俺の自己紹介を塞いだまま話を始めるが、司令も俺と視線が合うと、ゆっくりと首を横に振る。少佐の態度に困っているのは俺だけじゃないらしい。

「この列車砲には、ラインフォルトの社名が書かれているのが画像分析によって判明しました」

「ラインフォルト…帝国の大企業が何故…?」

 シルヴィが問う。

「ラインフォルトは軍需産業も請け負っている。鉄道憲兵隊の車両もラインフォルトの作ったものだ。それ故、どんな形にせよ、他国からも注目を浴びる兵器を作ることで発注を増やそうとしているのだろう。そいつらのせいで戦争が起きなければいいが」

 司令はそう言って腕を組む。

 そうだ。戦争は国同士がやるという面はあるものの、「起きる」のではなく、戦争によって利益を得る誰かが「起こす」のだ。だから、俺はそいつらを殺すことを優先している。二度とストラナのような国は出したくない。シルヴィが住むクロスベルに攻め込もうものなら、鉄血宰相から順に皆殺しにしてやる。戦争を起こした連中も。

 俺が静かな怒りに震えていると、ソーニャが列車砲の解説を再開する。

「この列車砲の口径と、帝国の戦車の主砲を比較したところ、この列車砲の射程と威力が分かりました。射程がクロスベル全域です。これは確実な分析です。そして威力ですが、射程と火薬の重さなどの情報で考慮したところ──長めに見積もってもクロスベルを壊滅させるのに一日とかかりません」

「で、私たちを招集した理由は。まさか、それを破壊しろということではありませんよね」

 シルヴィがソーニャを急かすように言う。

「ええ、そんな無茶な作戦はしませんので安心してください」

「じゃあ、なんなんだ。その理由は」

「これを見てくれ」

 司令はそう言って、一人の男の画像を、列車砲の画像と入れ替える。

 その男はどこか見覚えがある茶髪の男で、顔の横には「Nicholas Egolchev」ここらじゃ珍しくない名前が書かれていた。

「この男性がこれに関係しているのですか?」

「いや、それはまだ分かっていない。だが、この時期にノックスで異形の魔獣が多数見つかっているそうだ。このニコラスという男はその第一発見者であり、そのことを知らせに来た人物でもある」

「魔獣自体が異形なのではないでしょうか」

 シルヴィは俺も感じた疑問を司令にぶつける。

「魔獣にも種があるというのは知っているだろう。その種では有り得ない形質や能力を持っていたりするそうだ」

「この件と同時期……ということは帝国側の工作である可能性が高い、ということですね」

「そうだ。だから君たちにはその問題の“解決”に向かってほしい。ノックス森林をパトロールし、その魔獣を見つけ次第駆除してくれ。公の部隊じゃ出来ない極秘任務だ。これがもし帝国の仕業なら、それは宣戦布告を意味する。隠密に頼むぞ」

「了解しました。が、その魔獣の戦闘能力は詳しく分かりますか。こちらの兵装は」

 俺は一気に質問をする。この任務はどうも嫌な予感がする。恐らく今までにないレベルの嫌悪感。

「それは判明していない。本当に危険な任務とはなるが君たちには期待している」

「兵装は」

 再度、強めに訊く。

「君たち専用の装甲車をつける。隠密に遂行すべき作戦ということで飛行艇は用意出来ない。だが、パンツァーファウストは積んでおいた。これである程度巨大な魔獣が出現しても対応出来るだろう」

「ということはデルタチームは作戦に参加しないのですか」

「いや、デルタは車両の運転及び整備班としてつける。特警群総動員でかかるんだ」

「了解しました。では、作戦展開地域の地図は貰えますか」

「これの通りに作戦を行う必要はない。最低限、このルートに魔獣が潜んでいるとのことだ。もし、緊急事態に陥れば隊員は全て撤退させろ。臨機応変な対応が求められる」

 司令は机の引き出しから一枚の地図を取り出すと、それをこちらに渡してきた。俺はそれを受け取ると、司令の話を聞きながら一瞥する。

「作戦は明日。クロスベルの命運は君たちにかかっているのかもしれない。だが、全員で生きて帰って来い。もう、わたしからの命令はそれだけだ」

 

 

 俺は「作戦前で眠れないから外の空気を吸ってくる」という嘘をついて、宿舎を抜け出すとその裏でNoteを起動する。

 この接続までの時間が途方もなく長く感じる。別に、レクターを怒鳴りつけようって訳ではない。ただ帝国側の意向を聞き出したいのだ。この二つの件に関した情報も。

〈時間通りだな。チャールズ〉

 レクターは、いつもと何ら変わりない挨拶をいつもの表情でしてくる。

「挨拶は後でいい。この二つの件について説明しろ」

 俺は敵意を剥き出しで訊いてしまう。

〈二つ……?まあいい。列車砲のことだな。

 あれは帝国がクロスベルへの抑止力、そして共和国への抑止力としても配備したものだ。いつしか共和国軍がクロスベルに侵攻した際は街ごと、あの列車砲で潰すつもりだ。俺が知ってるのはそれだけだ〉

「共和国が侵攻して、民間人が残っていても、か」

〈……そうだ〉

 レクターにも聞こえるような舌打ちをする。このクロスベルにはシルヴィもいるってのに。

「じゃあ、ノックスの件はなんだ。列車砲と関係があるのか」

 するとレクターはその質問を想定していなかったのか、顎に指を当てて考える。

〈ノックスには何もしていないはずだが……。どんな問題が起こってるんだ〉

「異形の魔獣が出現したんだ。意味は分かるよな」

〈もちろんだ。しかし、帝国(うちら)には生物兵器なんてものはないぞ〉

「じゃあ別の組織がやったのか」

〈待て待て。魔獣とはいえ生物だ。人為的な変化を加えなくても、異常な進化を遂げた種がいてもおかしくないだろう。それに異形ということは中途半端な進化なんだろう、そんな生物は長く生きてられないだろ〉

「ということはお前たちじゃないんだな」

〈ああ。これは誓う。列車砲の件については保身ではあるが、俺のやったことじゃないし、その魔獣に関したのも帝国のやったことじゃない〉

「じゃあなんなんだ、これは。生物の特異な変化とは思いづらい」

 俺がレクターを問いただすと、レクターは少し怒り怒気を含んだ声を出す。

〈それは調査すれば分かることだろう。どうせ、何かしら作戦が検討されてるんだろ。それで真実が分かる〉

 俺はレクターの、怒りつつも冷静な意見に押されて納得がいった。

「すまない。取り乱した。──明日、ノックスにその魔獣を駆除しに行くんだ」

〈そりゃ良かった。帝国の潔白を証明してくれ〉

「ああ、もちろん────」

 俺がNoteの電源を切った時、後頭部の辺りで銃の安全装置を外す音が聞こえた。

「動くな。このスパイ野郎」

 それはアルフレッドの声だった。俺は両手を上げて立ち上がる。

 そうだった。俺は特警群隊員からしたら帝国の卑怯なスパイでしかない。これがバレればここには居られない。シルヴィとも別れることになる。

 俺はアルフレッドの方へ体を回す。彼は俺の目をしっかり見据えたまま、

「その機械から離れろ」

 と命令してくる。

 俺は素直に離れるが、アルフレッドは俺と一定の距離を保ち続けている。

「最初から騙していたのか」

 アルフレッドは睨むような表情で言う。

 俺は、ああ、と答える。

「最低な野郎だな」

 アルフレッドのその言葉は心に切れ目を入れたが、それを表情に出してはいけない。

「俺は帝国からのスパイだ。お前たちを陥れるためのな」

「この列車砲の件は。チャールズ、お前がやったのか」

「いや違う。もっと言えば俺はここに潜伏しているだけの任務だし、それ以上聞かされていない。もちろんノックスのこともな」

 するとアルフレッドは、俺の眉間に銃口を擦りつけてきた。

「それだけは信用してやる。だがな、これ以上特警群に留まるな。この作戦が終わったら出ていってもらうぞ」

 俺はアルフレッドに礼を言う。

 アルフレッドは歯を食いしばって何かを我慢した。

 

 

 

 

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