11話
「フハハハハ! 九鬼揚羽、顕現である!」
「フハハハハ! 九鬼英雄、降臨である!」
「初めまして、ノルンと申します」
額に同じ×字傷を付けた凄まじいく強烈な銀髪の姉弟に挨拶をする。
葬儀の翌日に川神院の前にいた2人の執事に頼まれるまま案内されたのは川神市の海側、大扇島と呼ばれる場所。
ここは島内にある九鬼の極東本部だ。
上の階にある大広間に通され、今しがた此処にいる九鬼家の長女と長男との自己紹介を交わした。
姉の方は武術の類を嗜んでいるのか、モモに勝るとも劣らない程度の実力だ。弟にも言えることだが2人そろって幼くしてカリスマが滲み出ているのは驚嘆というかなんと言うか。
しかし、挨拶を交わして尚、ますます分からない。
此処にいる理由。
一昨夜の母の言葉。
思考を重ねるうちにふと頭によぎるのは、何故か今生の父の存在。
もしやするとこれは―――
「あにうえー、あねうえー!」
扉を勢い良く開いて現れたのは小さい少女。
年の頃は自身よりも幾ばくか下。
容姿は九鬼の姉弟に似ているので恐らく妹か。
「おお、来たか紋!」
「はい! ただいま参りました姉うえ!」
トテトテ。
そんな擬音が付きそうな見ていて愛らしい光景。
振る舞いと言い、声と言い、なんとなく姉さんの姿を思い出す。
「父うえもじきに参られますぞ」
「もうきてるぞー、子供達」
大きな入り口から入ってきたスーツ姿の1人の男性とその後ろに付き添う様に歩く着物姿の女性。
話しぶりからして御両親か。
それにしても、髪色、全員から大小滲み出ているカリスマ性と言い似た者親子である。
各々挨拶を終え、改めて全員こちらを向く。
「俺は九鬼帝。お前さんが幸恵の息子か」
「如何にも。名を筱宮ノルンと申します。そして、貴方が我が父親と見受けるが、
「あぁ、そうだ」
着物のご婦人がピクリと眉を動かすのが見えた。
「私の事は、察するに通夜の時の遺言状で?」
「あぁ。それを家の者が嗅ぎ付けて、お前さんを此処に呼んだって訳だ」
凄まじい行動力だ。
兵は拙速を尊ぶと言うがこれは早過ぎでは、と思わなくもない。
「なんと、それではちちうえ、彼は我が弟と言う事ですか?」
「それは彼次第だな。んで、筱宮ノルン。率直に言って、家の子にならねえか?」
「ふむ…」
どうしたものか。
それが胸を占める気持ちであった。
正直にいえば興味があるのは間違いない。あの母を射止めた人物である。興味が無いはずはない。
加えて、兄弟となるやもしれない子供たち3人も興味がある。
「無礼を承知で尋ねますが、私を引き取るというのは1つのケジメ…みたいなものですか?」
「有体に言っちまえば、まぁそうなるわな。ただ、迎える以上はお前さんも俺の子供だ」
「成程…」
帝氏の眼は何処までも本気であるのは窺い知れた。
「申し出、ありがたく受けさせていただきます」
「おう。これからよろしくな」
「フハハハ、妹に続いて弟も出来るとは。改めてよろしくな」
「よろしくな、ノルン。我の名前は九鬼紋白だ」
「こちらこそ、よしなに紋白ちゃん。私の事は気軽にノルンと呼んでほしい」
「我の事も遠慮なく紋と呼ぶがよいぞ」
「我の事は遠慮なく兄上と呼ぶがよい」
「うむ、我の事も姉上と呼ぶがよい」
なんとも豪快な家族か。
不遜な物言いが何故か嵌っている様に見えてしまう。純粋に家族ができた事を喜んでくれているのがまた有り難い。
「はい、兄上、姉上、紋」
そうして、帝氏と側に立つ女性にも改めて挨拶をば。
「改めまして、よろしくお願いします。父上、母上」
「おう。って言っても俺はこれから仕事だから、後は揚羽達に任せる」
「九鬼局である。九鬼に入る以上はその名に泥を塗らぬよう、精進せよ」
母上の方は表に見せては無いが剣呑な雰囲気が胸に渦巻いているのが伺える。
夫の意向とはいえ、やはりすんなり受け入れられるものではないか。
「分かりました父上。では早速参ろうかノルン」
「
「では、武術の鍛錬を始めます。お相手は私、ヒューム・ヘルシングが務めさせていただきます」
「あれ? 何やら凄い既視感を禁じ得ぬような…」
ただいま、極東支部内の大きな訓練施設、でいいのだろうか。
頑丈そうな材質で出来た部屋で、学校の校庭並みの広さがある。
「まずは実力試しだ。川神院に良く足を運んでおるのなら、多少はデキるのであろう?」
「そういう次第ですので、お受け下さいノルン様」
何時の間にかクラウディオと名乗った執事まで来ていた。
やはり、あちらの執事もただものではない。
「なに、何も本気で闘い合おうという訳ではありませんので遠慮なく来られてください」
目つきは怖いが、言う事は本当らしい。
構えと気迫の差からそれは一目瞭然。
新しく迎えてくれた家族相手に手の内を見せぬというもなんではあるし、此処は1つ―――
「少し本気を出すとするか…」
蔵から何時もの模擬刀を取り出す。
ほう、と声が湧きたった。
暗器や手品じみたこの取り出し方は初見ではこうして感心を受けるのが常である為、見慣れた反応だ。
「では、始めい!!」
姉上の合図と共に圏境全開で己を透明に。
「む…」
即座に構えるヒュームさん。
眼と氣で此方を探っているのが伺えるが、この御仁の圏境では此方を捕える事は
なので―――
「グっ!?」
―――突き一閃。
闇夜剣弐之太刀『霞月』で背面、側面、正面から鳩尾、レバー、腎の三か所へ同時に打ち込み、全力で神経系を掻き乱す。
バタリ、と倒れ伏した事で場に静寂が満ちる。
圏境を収めながら納刀して一礼。
「ありがとうございました」
凍ったかのように場は静寂で包まれている。
やがて、嘘だろ、などという声を皮切りざわつきが大きくなりだした。
「あの零番が?」
「バカな、あのヒュームを…」
「ヒュームが倒されるとは」
揚羽さん改め姉上達の元に言ってみると呆けきった顔で迎えられた。
あの御仁の強さは武神川神鉄心クラスである。
恐らく、武力に於いても此処で最も強いはず。
ならばこそのこの反応だろう。
「よもやあのヒュームが倒されるとはな…」
「うむ、正直今でも信じきれん」
「……」
「呵々、なかなかどうして、みなユニークな顔になっておりますなぁ」
紋に到っては眼を見開いて此方を見るばかりで言葉もない、といった感じか。
その時、圏境の間合いに引っ掛かるもの感じて、五歩後退。
自分の行動に三人ともどうしたのか、と訪ねてくる。
どうやら勝負はまだ決しておらぬようだ、と答えると更に訝しげにする3人。
彼らを尻目に模擬刀を右に構える。
刹那、鈍い音が木霊した。
「良く、防がれました」
「や、なに、終わりの合図はまだだったなと思うたまでのこと。お気になさらず」
蹴り出された足を押し返し、縮地で開始した場所まで飛ぶ跳ぶ。
間を置かずにヒュームさんも眼の前に現れる。
「…やりますね」
視線で物理的な作用ができるならば今頃自分は射ぬかれているだろう鋭い眼差し。
威圧感も先程とは雲泥の差だ。
何と言おうか、この執事、実に―――
「―――負けず嫌いな……」
上体をやや右側に捻りながら反らして側頭部目掛けて迫る蹴りを躱す。カミソリの様な、などという表現をするが今のは達人の放つ居合いを連想させた。
「呵々。剣呑、剣呑」
「笑っていられるのも今の内ですよ!」
「そうであろうな…!」
どちらとも無く、ぶつかり合う。
―――戦い始めて1時間。
片や険しい表情、片や息を上げつつも好戦的な表情。
前者は自分、後者はヒューム・ヘルシングその人。
「まさしく驚嘆、まさしく驚愕。鉄心殿以上のキレがあるとは恐れ入る」
「ハ、息もあげてない、者に、言われても嫌味に、しか聞こえませんよ」
「失敬な。他者に対する好意と称賛は、包み隠さず惜しみなくが信条と言うに」
しかし、技の特性を瞬時に見抜き、一切掠らせる事すらさせないとは。九鬼家の従者がみんなこんなに剛のモノばかりではない事を願う。
「それにしても、何故始めの時の様になされないのです?」
「ふむ、目算からでも武神に勝るとも劣らぬと見た実力、更に直に目にしとうてな。始めの方は…これから家族と相成る者たちに対しての、謂わばパフォーマンスみたいなもの」
「フン、ここまで冷徹に戦う者としては似つかわしからぬ振る舞いですな」
「ハッキリとモノ申すな、この執事」
「まだまだ、貴方は言うならば新参者ですので、執事であろうとも苦言を呈する事も時としてある事を知って頂かねば」
「是非も無し。この茶番もその為の処置であろう。途中から何やら趣旨が逸れておる様な気がしてならぬが」
(気付いていたのか、この小僧は)
「無論、其方は川神院における私の戦績、非公式故、そう呼んで良いかはわからぬが、存じておるのだろう?」
その言葉に老執事の眉間にしわが寄る。
「いやはや、失礼を承知で申し上げるが、可愛気がありませんな」
「失敬な」
悪態付きながらもお互い笑い合う。
この感覚は嫌いではない。しかし、実際問題この状況を切り開けるかと問われれば、容易ならざるもの。
殺陣ならばいざ知らず、これは仕合。
今の自分にこの執事相手に勝つ要素は僅かなもの。加えて、傍から見れば余裕そうに見えるだろうが魔力をスタミナに充てる事で誤魔化しているにすぎないのが現状だ。
身体に蓄積したダメージまではぬぐい切れるものではない。
それだけこの執事の蹴りのキレは尋常ならざるもの。
だが、スタミナ的に向こうは後が無いようなので、実質4分6分と言ったところか。
「フム、これ以上続けても消耗するばかり。次の一手で決着を付けましょう」
闘氣が加速的に膨れ上がる。
あれだけやってまだこれだけの出力を誇るとは。
「やれやれ、血気盛んであるな…年寄りの冷や水なる言葉をご存じか?」
「ハ、まだまだ赤子に劣る私ではありませんので」
「どれだけ負けず嫌いなのだ」
一切闘氣を纏わない己と闘氣を膨れ上がらせる執事。
見る者が見ればある意味歴然である。
しかし、今ここに立つのは武芸者の中でも規格外なモノたちだ。
軍配がどちらに上がるか固唾を呑んで見守る周囲。空気に重みが加わったかのような息苦しさを覚える程に張り詰めている。
「ジェノサイド―――」
「破ッ」
先の先――――
動き出しを狙って斬り払う。すると、高められていたヒューム氏の気が霧散した。
「!?」
堪らず蹲った老執事の顔には戸惑いと驚愕の色に染まっていた。
闇夜剣参之太刀『逆月』。
打点と力点を制御する遠当ての技術は極めれば干渉する対象の選択が可能である。
逆月に更に
「クッ…俺の氣のみを散らすとは」
「あれだけの闘氣と其方の技、喰ろうてはは堪ったモノではないのでな…ともあれ、こちらも流石に一杯一杯だ」
「フン、まだまだ余裕そうに見えますが」
「さて、な?」
まぁ、酔花の時と比べれば持久力が雲泥ではあるが…疲労だけなら勝るとも劣らない。10前後の肉体は1年の差が思っている以上に大きい。
佐々木と言う少女の時より動いたんじゃないんだろうか。
幾らスタミナを補えるとは言え、掛けられる負荷にも限界があると言うモノ。
と言うかこの世界、回復時に掛る身体に対する負荷が何故か考慮されていないのが気になって仕方が無い。
"氣"と言う概念は認知されても良くは認知も解明もされてないからだろうか。魔術における神秘の純度の違いの如く。
やがて此方の様子を見た紋が側にいた疑問を投げかける。
「結局、この勝負はどちらが勝ったのだ?」
「ヒュームの方は既に氣を消耗しすぎており、またノルン様も疲労困憊のご様子。この勝負、引き分けと見るのが妥当かと」
「うむ、この勝負引き分けとする!」
紋から始まり、やがて仕合を見ていた全員からのスタンディングオベーション。
四方へ一礼を以って答える。
老執事は何時までも不機嫌そうな顔を崩そうとはしなかった。
それからというモノ。
どうやら自分はあの一件で受け入れられた様で良くしてもらっている。
姉上の場合。
「ノルン、今日も我の鍛錬に付き合え! 行くぞ小十郎!」
「はい、揚羽さまぁー!!」
「今参ります、姉上」
ヒューム氏と引き分けた事から大いに興味を持ってくれた様で、主にこうして武芸の鍛錬に付き合うのが日課だ。
付き従うは武田小十郎と言う。
私有地の1つを使っての自然の中での鍛錬。
姉上は側に在った己の等身大の岩を持ち上げ―――
「行くぞ、小十郎!」
―――従者めがけて放る。
当然避ける従者。
「それぐらい受け止めて見せんかー!」
「グハッ、揚羽さまぁぁぁ!」
それに対してあろうことか姉上は天高く殴りとばした。
「あ、姉上?」
「どうした、ノルン?」
「こ、小十郎さんは見たところ氣を手繰れぬようですが…流石に今のは酷では?」
「何を言うノルン。お前とて氣を手繰ってはおらぬではないか。それでもあれしきの岩、なんともなかろう?」
「えぇ、まぁ仰る通りではあるのですが…」
私の場合、故意に使わないのであって、使わない訳ではない。
あまりにもあんまりな物言いではないだろうか。
が、そんな考えも。
「揚羽様ぁ!」
ボロボロに成りながら戻ってきた小十郎さんの前に何も言えなくなってしまった。
ちなみに、即座に戻ってきた褒美もまた、鉄拳を見舞われていたのでこの主従はこういう関係なのだと否が応にも納得させられた一幕だったと言っておく。
兄上の場合。
「さぁ、ノルン! ともに食事を取ろうではないか!」
「はい、兄上」
通ってる学校は違えど、同じ学年である為勉学に於いては何かと共にしている。
尤も、やって中身が大分先へ行っているが。
今は勉学も終わり食事をする為に広間へ向かっている最中。
「しかし、まことに良いのですか?私ならばその肩を完治させる事も容易いのですよ?」
兄はつい2、3年ほど前にテロの標的にされ、その際に肩を壊してしまったそうで。
そのせいで趣味である野球も断念せざるを得なかったと聞いた。
「よい。確かに野球に対する未練が無い訳ではない。だが、この肩がダメになってしまった時、悲しかった。しかし、我は同時に九鬼をモノとしての覚悟を得る事も出来たのだ。今進む道にそむくような真似はできぬし、これはその為の戒める意味でも残しておきたい」
「心得ました、兄上」
「流石です英雄さま☆ まさに王の中の王!」
「フハハハ! それ程でもあるがな!」
ちなみに、今兄上を称えたのは専属の従者である忍足あずみさん。
テロに巻き込まれた際に兄の振る舞いに心酔して今に到るそうだ。
この厳しい従者部隊の中で、3年経たずに専属にまで上り詰める事は尋常ではない。
それだけに彼女の兄に対する心酔具合も窺い知れる。
妹の紋の場合。
「そら、何をしている早く行こうではないかノルン」
「あぁ、今行く」
此方の手を引いて前を行く紋。
小さいながらも率先して私の周りで助けてくれている。
母である局さんにすげなく扱われてから何かと気にかけてくれており、その気配りに有難さと同時に局さんの余所余所しさから恐らく私と同じ身の上と見た。
確認はしていないが。
だからであろうか、会って日が浅いにも関わらず距離感がかなり近い。
兄では無く名前で呼ぶように言ったのも原因の1つか。
「あ、母上!」
嬉しそうに局さんに駆け寄る紋。
それに対して彼女は挨拶を交わすも、兄、姉に比べても何処か熱が足りない。
「紋、それにノルンもか。自己鍛錬は終わったのか」
「ハイ!」
「抜かりなく」
「うむ、その調子で励むがよい。くれぐれも九鬼の名に泥を塗るような真似はするで無いぞ」
言動もやはり棘のある感は否めない。
彼女のなりの葛藤も見える為、こちらからは如何ともしがたいのが現状だ。
「あ、はい! 勿論ですぞ」
「無論、精進を重ねます」
「では、我はまだ仕事があるのでな」
そう言って去りゆく背中を紋は寂しげに、しかし顔には極力出さずに見届ける。
頭をグリグリと優しく撫でると驚いて此方を見上げる紋。
しかし、直ぐにされるがままになった。
気持ちよさ気に目を瞑る。
「さて、次は勉学励むとしますか」
「うむ、そうであるな。母上の為にもより一層励まねば…」
ホントに親思いの良い子である。
ともあれ、彼女が我々を易々とは認めてはくれまい。
最初紋が来た時も無視されて今より酷かったと紋は語ってくれた。
認めてもらいたい一心で額に×の傷を付けたのが切っ掛けで今の様に話してくれるようになったとか。
ちなみに、今は紋がいたからこそ同じ対応だが、私個人だけだと今よりもかなりつっけどんである事を捕捉しておく。
「もっと母上と語り合いたいのだがなぁ…」
「ならば、今よりもっと精進を重ねて母上から仕事やそれまつわる母の体験談を聞けるようになるくらい成長せねばな」
「そうすれば、話してくれるだろうか…」
「無論、紋の成長は九鬼にとってとても大きな益に繋がるのだ。母上もその為に紋の事を無下には扱うまい。そう思わぬか、クラウディオさん」
「仰る通りかと存じます、ノルン様」
話しかけると、ス、と現れる序列三位。
そんな言葉を受けて笑顔を見せる紋。
「ならば、早速励むとしよう」
意気込む紋にクー、と言う可愛らしい音が水を差す。
音の意味がわかってたちまちに顔を赤らめる。
「呵々、その前に腹ごしらえだな。腹が減っては戦は出来ぬと言うモノ」
「う、うむ! そうであるな!」
照れる姿がまた可愛らしい事。
九鬼での何気ない日常の1コマ。