「よい日和であるな……」
木々の間から洩れる木漏れ日。
川のせせらぎの音、穏やかなそよ風が実に心地良い。
「そうだね、川神水が一段とうまい」
「姐御は呑んでばっかりだな」
「弁慶ちゃん、ほどほどにしないと」
「そうだぞ弁慶。弁慶は5杯で壊れてしまうのだから―――」
「分かってますよー」
ゴクゴクと美味しそうに平らげる。この分だとそう遠からぬ内にまわるのは火を見るより明らか。
主と敬愛――普段の弄られ具合からはとても見えないだろうが――している義経の忠告もあったので、ある程度は加減するだろう。
しかしそれも何処までなのやら。
「それにしても良い所だね、ここ」
持ってきた本を傍においてグー、と伸びをする清楚。
実に気持ち良さ気である。
祝日の休みに川で遊ぼうという義経の提案に、それならばと島を散策した時に見つけたこの場所に案内した。
ここに着くまで少し掛るのが難点ではあるが、ここの景観はそれを帳消しにできる程のものだ。
清楚の隣にいる義経は徐に笛を取り出し、調べを奏でだす。
こちらも事前に持ってきていたらしい。
弁慶は川辺でマッタリ。
自分は何をしているのかと言えば―――
「―――フィッシュ……!」
「うお!? あっぶねぇだろ!」
与一と共に釣りに勤しんでいたりする。
勢いよく振り過ぎて竿の先が魚ごと与一の方へ飛んで行ったが紙一重で避けてくれた。
リールを巻きつつ取れたイワナをクーラーボックスに放る。
幾ら川が澄み切った上流であるとはいえ、こんな本州から遠く離れた離島でイワナが釣れるとは驚愕ものだ。
「すまぬ与一」
「なんでそんな釣りの仕方してんだよ。待てばいいだろ、待てば。居合いじゃないんだぞ、釣りは!」
「言い得て妙だな。然れどそれは叶わぬ相談だ。私の運の無さでは一生立ち尽くしても魚は食いつかぬぞ」
「グビ、グビ……どんだけなのさ」
場が微妙な状態になるが、敢えてスルー。
義経の奏でる笛の旋律がかなり乱れた気がするが、気のせいである。
気のせいったら気のせいだ。
再び川に意識を集中。
流動する水、水底の石、色々な生き物の息吹が具に伝わってくる。
ヒュッ、と竿が風を切り、水面へと沈む。
「す、凄い集中力だね……ノルン君」
「ああ。鍛錬の時みてぇだ」
(ってか、釣りをする時の顔じゃないだろ……)
雅な笛の音色が風と共に鳴り響く。
静かに、自然体に持っていゆき、針先を対象にまで誘導する。
得物が獲物との間合いが最も狭まる瞬間を待つ。
…………………………
………………
…………
……
―――時来たれり。
「……フィッシュ!」
一閃。
やや右、上方へと竿を振るう。
宙を舞い、放物線を描く針先。
確かの手ごたえを確信して落ちてきたそれを掴み取る。
手にはピチピチ、と跳ねるイワナ。
思い描いた度おりの結果に満足して言の葉を紡いだ。
「与一、竿が引いておるぞ」
「―――な、うぉっと!?」
呆けていた与一が慌てて竿を引く。
「他所見は禁物だぞ」
「誰のせいだと思ってんだ!」
然もありなん。
ちなみに、与一が焦ったのは始めの方だけで苦も無く釣り上げていたと追記しておく。
パチパチ、と木が燃えて音を立てる。
近くにあった木片を使っての焚火を作り上げたのだ。
取ったイワナを美味しく頂くためである。
棒を口から通して焚火の側に置いて焼く。
「うむ、焼けたぞ」
4人は思い思いに串に手を伸ばす。
味付けはシンプルに塩味のみで、素材の味を楽しむ仕様だ。
いただきます、と揃って号令して被りついた。
「美味いな、コレ」
「塩だけなのに旨味が引きたって絶妙だ。川神水にも合う」
「それは何より。それと背骨周りはあまり食まずにおいて欲しい」
「なんでー?」
「焼き魚あっての呑み方があるのだ。好みはあるが、な」
「なん、だと…」
よほど意外だったらしい。
驚愕と言う表現が総しい顔になっている。
そして顔を俯かせたかと思うとグワシ、とこちらの肩を掴み目が光る。
言い知れぬ迫力を感じた。
「弁慶、少し落ち着け。というか、思い切り掴むでない」
骨がギシギシ軋み出す。
唯でさえ怪力を誇る彼女にここまで掴まれてはたまらない。
済まない、といって手を離した。
「言われた通り離したぞ。さあ、勿体ぶってないではやく教えてよ」
目が据わったままだ。
かなり出来あがっているようで、義経の忠告もさして意味を為さなかなったようだ。
「まずは魚を楽しむのだ。この飲み方にはまず魚を食べつくす必要がある。ただし、骨周りの身はあまり食んでくれるな」
むー、と不満げに魚を食べ出した弁慶。
そのペースは先程よりも早い。
その様に残りの4人はおのずと顔を見合せふっ、と誰とも無く苦笑いが零れる。
各々魚を堪能して残ったのは魚の身が少し付いた骨のみ。
「それでどうするの?」
「うむ。まずはこの魚の骨を再度炙るのだ」
手刀で予め集めておいた骨目掛けて斬り払う。
剣では無いので斬ると表現するのもあれだが。
参之太刀『逆月』で水分だけを飛ばし、カラカラに乾燥させる。
斬る対象を選択できるので強弱の加減具合でこういう時にも重宝する。
「いま、何をしたの?」
「骨の水分のみを狙って斬り払っただけだが?」
「だけって……」
「意味わかんねー……」
目を見開く清楚達を尻目に調理を続ける。
蔵から取り出した小さい鉄板で焚火の上に置き、焦がさない様に注意を払いながら炙る。
「相変わらず、何処から出しているのか義経は不思議に思う」
「うんうん」
「暗器って奴なんだろうか? それにしちゃ隠せるところが見当たらねぇ」
「まだー?」
「いま暫し待たれよ」
「ハーイ」
骨を暫く炙り、焼き色が付き出した所で蔵から湯呑5つと新たな川神水を取り出す。
「川神水なら、ここにあるよ?」
「それでは全員分まで回らぬよ」
取り出した湯呑に川神水を注ぎ、デコピンで強めに湯呑をはじく。
すると―――
「湯気が立った?」
「どうなってるんだ?」
「原理としては先刻骨の水分を飛ばしたのと同じだ。これは水の分子そのものを振動させ川神水を沸騰させた」
力加減が少し難しいのが難点である。
「凄いな、義経はとても驚いた!」
有難う、と言いながら炙った骨を湯呑にいれてそのまま1分ほど待つ。
「出来たぞ。骨酒ならぬ骨川神水だ」
4人に配っていく。
モノ珍しいのだろう、マジマジと湯呑を見つめている。
「それじゃあ、いらだきまーす」
「弁慶ちゃん呂律まわって無いよ?」
「……弁慶はこの一杯で〆にしておいた方が良さ気だな」
「同感だ」
言いつつ全員湯呑を傾ける。
「こ、これは……」
「む、口に合わなんだか?」
「うまい!!」
「ベタだなー、姐御。でも、ホントに美味いぜ」
「魚の旨味と香りが川神水に染み込んでいて、味が引き立っている。ゴク、ゴク……」
何やら語り出した弁慶。
それだけ美味しいという証という事だろう。
他の面々にも好評だ。
川遊びの締め括りとしては上々だった。
後片付けも終え、5人で帰宅する最中の事。
異変に気付いたのは己と清楚、与一であった。
「む……」
「あれ?」
「こいつは……」
「どうした3人とも?」
「んー……なんかあったの?」
遠間で薄らとしか見えない。
しかし、視界に映るものが正しければこれは―――
「火事、であるな。これは」
「や、やっぱり……?」
「本当か!?」
「あぁ、間違いないと思うぜ。焚火にしちゃ煙が大きいし黒過ぎる」
加えて、方角からして十中八九帰りに通る道だ。
その事を義経に伝えると―――
「あわわ……大変だ、義経達も行ってみよう!」
と、何やら走り出してしまった。
「あ、オイ! 義経! 待ってたら!」
「義経ちゃん! ノルン君、私達も」
「あぁ、後を追わねば」
あのまま綺麗に終わっていればいいモノを、と思う。
どうしてこう、運が無いのだろうかと嘆息を禁じ得ない。
後弁慶、君は何時まで負ぶさられっぱなしなのだろうか。
酔いつぶれておる為仕方なしにそのまま運ぶ。
そのまま駆け足で―――しかし負担が掛らないように―――3人の後を追った。
「これは……」
「凄まじいな」
燃え盛る業火。
一軒家が火に包まれている。
辺りには消防隊が住民と協力して消火にあったているものの、如何せん勢いが強すぎる。
正直間に合って無い。
「私達も手伝いましょう」
「これは潰れてもいられないね……」
弁慶も背から降りて手伝う様だ。
足が若干覚束ないが大丈夫なのか、と問うと大丈夫、大丈夫、と帰ってくる。
言葉は軽いが、その顔つきは真剣そのものだ。
「よし、では行くぞみんな」
義経の号令で駆けだしたところに、1人の男性が駆け寄ってきた。
どうやらこの家の持ち主らしい。
そして事態はかなり最悪なようだ。
二階部分に風邪で寝込んだ妻がいるらしく、飛び込んでいく男性を義経が押しとどめている。
圏境で家屋内を探してみると、確かに居た。
しかもまだ息がある。
だがこのままでは時間の問題だ。
火の勢いはとどまる所を知らない。
(已むを得ぬ、か)
「全員、家から少し離れて欲しい!」
こちらの大きな声に反応して消火活動の手が止まる。
「突然出てきていったいなん―――」
「聞こえなんだか、全員家より離れよ!」
丹田で練った氣を声に乗せる。
響き渡るソレはある種の言霊として伝わった。
慌てて作業中の全員が離れたのを確認して、蔵から長刀を取り出し抜き放つ。
全員が困惑を隠せぬままだ。
「それでどうするのノルン君?」
「オイオイ、まさか剣で消そうってわけじゃないよな!?」
「その表現は些か誤りだぞ、与一」
語りながらも、家を包む火や空気の流れを圏境で捉える。
そして大凡の流れは把握した。
「剣に為せる事は、常に"斬ること"のみ、だ」
上段まで長刀を持っていき―――
「一刀―――」
―――逆袈裟に振り下ろす。
「―――両断」
「……」
「……」
「……」
誰もが沈黙した。
目の前に起きた非現実的な事に思考が停止状態なために。
それは宛ら魔法のようだった。
いったい誰が思うだろうか。
―――燃え盛る炎を剣を振るうだけで跡形も無く消せるなど。
あれだけ激しかった炎は跡形もなく、立ち込めていた煙諸共に雲散霧消した。
そんな空気の中、いの一番で正気に戻ったのはこの家の持ち主だった。
制止を振り払う彼の進路を刀で妨害する。
「――っ! 邪魔をしないでくれ!」
「炎や煙を消せたからと言っても燃えておった事に変わりない」
「それがなんだと―――」
「建物が熱を帯びておるのだ、それを取り払うまで待たれよ」
左手の得物を納刀。
意識をさらに研ぎ澄まし、鞘を一回転させて地面をこ小突く。
すると家から微かに熱風が吹きだした。
熱せられた分の熱を取り払えた証だ。
「うむ。もう大丈夫ですよ。奥さんは2階の一番奥の部屋におります」
男性はそのまま家へと駆け抜けてゆく。
「義経、中で手助けがいるやもしれぬ。付いて行ってもらえぬか?」
「……」
「義経」
「あ……わ、分かった!」
義経が男性の後を、その義経の後を
その間に九鬼のビルへ連絡し、至急に医療班を手配する。
大きいとはいえ、ここから最寄りの一般病院より九鬼の方が確実だろう。
連絡し終わり、待っていてくれたのか清楚と共になかへ続く。
女性の元に駆けつけると、男性が抱きあげていた。
意識はあり、身体の方もどうやら煤と軽いやけど程度の様だ。
蔵から水の入ったペットボトルと手ぬぐいとポケットからハンカチを取り出し、手ぬぐいやハンカチを濡らして彼女の火傷した個所にあてる。
風邪のせいか息苦しそうにしていた女性に、更に氣で作り上げた針で秘孔を突く。
驚く男性に、これで風邪の症状を和らげる、と告げる。
その言葉通り女性の顔色が和らいだ。
外へ運び出すと既に来ていた九鬼の医療班に女性を預けて義経達と共にその場を後にする。
随伴する男性に去り際に何度もお礼を言われたのを、これも九鬼の務めである、として別れた。
―――九鬼ビル、自室。
現在妹の紋に今日あった出来事を話し中。
なにも無ければ何時も紋から電話が掛り、お互いその日一日なにがあったか簡潔に報告し合っている。
『そうか、そんなことがあったのか。ノルン達には災難だったが、女性が無事で何よりだ』
「同感だ。話は変わるが今週はそちらに帰れそうだぞ」
『本当か、それは良かった! 兄上や姉上も会いたがっておったぞ。無論、我もな』
先週は故あって父上の仕事を手伝っていたので極東本部には戻れなかったのだ。
なので、家族にあうのは2週間ぶりになる。
『ただ、姉上がな……』
「姉上がどうしかしたのか?」
『何やらここのところご学友の所に泊まり込んでおるのだ。ひょっとすると週末は会えぬやもしれぬ』
「そうか、まぁ姉上の事。ひょっこり帰ってくるやもしれぬさ。会えなくとも次の週には戻ってきておるだろうし」
九鬼家の長女という立場は当人の責任感もあってなかなか身勝手に振舞い続ける事を良しとはしない。
今の状態も一時のことと思う。
そのまま2、3言葉を交わして会話を切り上げる。
もう間もなく紋の就寝時間である。
お休み、と言い合って電話を切り、机に置く。
ちなみに己の自室は畳張りの純和室であり、背の高い家具は本棚以外は皆無である。
さてどうしようか、と思案する。
寝るには少々時間が早い。
川神水片手に読書か、と蔵から盃と共に取り出し本棚から適当に本を選ぼうとしたその時、部屋に備え付けのインターフォンが鳴る。
この時間帯になるのは珍しい。
弁慶出ないのは確かだ。
彼女は結局帰ってそうそう酔いつぶれて寝てしまった。
最後に動いたのが留めになった様で。
(とすれば、与一か?)
応じてみると意外や意外の人物だった。
「義経、どうした? 斯様な時間に」
「……」
「部屋に入るか?」
「……(コクリ)」
そのまま義経を座らせて、お茶を出す。
義経は黙したままだ。
顔は伏せており、よくは窺えないがとても思いつめているのは一目瞭然。
(察するに昼間の火事、か?)
終わってから義経はこんな表情だった。
暫くこの状況が続く。
ふと、大和が京を助ける決心をした時のことを思い出した。
(そういえば、あの時も斯様な空気であったな)
何やら頼られることが多い、と僅かに嬉しさが胸に去来する。
しかし、同時に意外という念を禁じ得ない。
純粋に凄いと感心してくるという予想が何処かにあったのは確かだ。
ともあれ、今それらは表情には出さず、義経の言葉を待つ。
「ノルン君は―――」
沈黙はポツリ、と破られた。
「―――なんでも出来るな……」
「……」
「義経は何もできなった……勇んで火事の現場に飛び込んでおきながら……なぁ、ノルン君はどうして其処までなんでもできるんだ?」
(やり過ぎた、のであろうな……)
多感なこの年頃、自分の出生とオリジナルの話を聞き、憧れて、その背中を追い掛けてきた。
そこにきて、あの火事で見せた出来ごと。
ひょっとすると秘剣を見せたのも原因の一つやも知れない。
少なくとも確かなのはいま、義経は現実と理想の間でもだえ苦しんでいることだ。
その様は何と言うか―――
(まるで義弟を見ておるようだ)
アレ程歪んではいないのは確かだが。
「……この辺りは経験に勝るもの無し、としか申せぬが。義経が欲しい答えではあるまい」
「……」
何時もなら可愛い反応で否定してくるだろうが、今は見る影もない。
なまじ力を示し過ぎた弊害だろう。
どうしたものか、と頭を抱えたくなる。
その資格はなくともだ。
表には絶対に出せないし出すつもりもないが。
「……今の義経の様な時期は私にもあったぞ」
「いまの……このよく分からない気持ちにか?」
うむ、と頷き返す。
尤も義経みたいに健全とはほど遠かったが。
「思い描いたことと、現実との乖離。何処までも付き纏う、一切身動きが取れないようなもどかしさ。同時に湧く常に背中にピッタリ張り付いて追われているかのような得も知れない焦燥感はかなりクるモノがあった」
「そう! まさにそんな感じなんだ……義経はどうしたらいいんだ?」
その問いの答えはないのだ、と返す。
「えぇ!? そ、そんな……ホントにどうにもならないのか?」
「厳密に申せば、その問いの答えは義経しか知らぬモノだ」
私が、と半ば独り言のように呟く義経。
この手の悩みは経験則にすぎないが自分で為したことの結果で分かるモノだ。
自分も例に洩れずであり、己の場合は全人口の約10分の1を虐殺し、最後の最後で義弟と刃を交えた時であった様に。
憧れとは誰しも抱くもの。
テレビに映るヒーローに。
小説に綴られる主人公に。
―――或いは隣に立つ誰かに。
だが結局、自分は自分でしかなく、全く同じようにはなれないと思い知らされる。
自分の場合は目も背けていた為、あまりに遅すぎであったが。
閑話休題。
「義経が悩みに悩んで、色々な事を経験を経験した果てに義経だけの"答え"が得られよう」
「そうなのか……ノルン君は答えを出した、だからなんでも出来るのか」
「なんでも、というのは過大評価であるな。為せることしか為せぬものさ、人は、な」
「……」
「だからと言って、私から義経に対して何も為せぬと言う訳ではないぞ?」
「?」
「こうして、話を聞く事など造作もない」
あ、と義経は声を漏らす。
「他にも聞くのみならず、直接手助けできることもあろう。故に、どんどん頼るがよい。助けて欲しかったら何時でも頼ってよいのだ。私は元より、弁慶や与一、清楚先輩も必ず手を貸そう」
「で、でも何事もこなさなければ義経は何時まで経っても義経にはなれない!」
予想通りと言えば予想通りである。
このジレンマを突き詰めるとあの騎士王や義弟の様な歪みに到るのか。
「今の自分のみでは為せぬことを義経にはすぐに為せると?」
「う……それは無理だ。けど、為せない事も為してみせてこそ源義経だろう!?」
英雄、偉人たるのステータスと言うならば一理ある。
今の義経の悩みそのものだと思う。
だが、だがしかし―――
「その為には無茶や無理を為すのでは?」
「多少のことはしょうがないと思う」
「私は嫌だぞ。断固拒否する」
「ノルン君?」
「義経、私にとって其方はもう掛け替えの無い大切な存在なのだ。義経が悩み、苦しんでおるところなぞ見とうない」
「ふぇ!? え、あ……えと」
なにやら突然慌てふためきだした義経に更に
「故に、"頼ってよい"ではなく"頼って欲しい"が正確か。それとも義経は―――」
―――私達が頼りないのか、信頼するに値しないのか、と問う。
「そ、そんな事はないぞ! ノルン君も弁慶も、与一も清楚先輩もみんな、みんな頼もしい!」
「然様か。それは良かった」
「―――っ!」
本当に本心から出た言葉だった。
義経は驚くものの、私の表情に毒気抜かれたのか直ぐにその顔は訪ねてきたころとは打って変わって柔らかい笑みを浮かべる。
「漸くに笑うたな、義経」
「え?」
「帰りついてからは目に見えて沈んでおったぞ?」
「そ、そうだったのか!?」
「うむ」
あわわ、と何やらまた取り乱し始めた。
大方弁慶達に気を使わせたのでは、と思っているのだろう。
つくづく可愛い優等生である。
弁慶の気持ちがよく分かるというもの。
その後、義経を宥めて部屋に送り届ける。
九鬼のビル内は安全であるとはいえ夜も更けている。
とは言え、然したる距離はないので直ぐに彼女の部屋の前まで付いた。
「今日はすまなかったな、ノルン君。迷惑をかけた」
その言葉を聞いてヤレヤレ、と思うのは間違っていないだろう。
「義経、そういう時に謝罪など申してくれるな、野暮ったい」
不思議そうに首を傾げる義経。
しかし、先程言った事を思い出してくれたのか直ぐに表情が変わる。
「そうだったな。改めて、"ありがとう"ノルン君」
「どういたしまして、だ。お休み義経。また明日」
「あぁ。お休みノルン君、また明日な」
義経と別れ部屋に戻る。
(願わくば、義経が歩む道が我等とは異なる事を)
そんな風に願わずにはいられない。
しかし、それも杞憂だろうと思うのは誰もが同じな筈だ。