気まぐれ神様の物語 真剣恋Ver.   作:ジーザスルージュ

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19話

 ―――垓下の詩―――

 

 楚漢戦争末期にて西楚の覇王を名乗った項羽が死期を悟った際に愛人と愛馬に贈った詩。

 現代においてもその生き様と共に語られる詩であり、項羽に関する記述、書物では必ず出てくる。

 

(然りとて、これはある意味予想外で、予想内)

 

 眼の前に立つ葉桜清楚は武士道プランで生み出された偉人のクローン体。

 何物かは九鬼家の人間も、そして当人にも語られてはいなかった。

 しかし、期せずしてそれは垓下の歌によって明かされたのだった。

 眼の前に威風堂々と立つ清楚。

 名前を始めとした数々のヒントから推察していたとはいえ、普段とのギャップには驚くばかり。

 しかし、同時に類まれなるカリスマ性や文学少女に似合わない身体能力には納得がいくというもの。

 

 清楚はそのまま踵を返す。

 ここを離れる様だが、纏う雰囲気が先程の会話の時より剣呑だ。

 

何処(いずこ)へ参るのだ清楚?」

 

「決まっている、マープルの所だ」

 

 告げられた目的に頭を捻る。

 武士道プランの提唱者にして全責任を担う彼女は今日は確かにこの島にいる。

 しかしだ―――それと彼女の剣呑な雰囲気と一体どんな関係があるというのか。

 思うままに疑問を投げれば、返ってきたのは―――

 

「一発殴り飛ばす!」

 

 凄まじく物騒な答え。

 思わず一瞬停止してしまったのは悪くないはず。

 何の為にかと問う。

 

「俺を長い間封じ込めた事に対する返礼だ。しかも、よりによってこんな最後の所を覚醒ワードにした事も含めてまとめて返すつもりだぞ」

 

「……」

 

 何と言う暴論だろうか。

 返す言葉もない。

 

(や、そうとも言える……のか?)

 

 しかし、清楚の立場から考えると覚醒ワードを抜きにしても確かにある意味身勝手に在るべき姿から強制的に捻じ曲げられたとも見れる。

 ならばある意味、この―――仮に覇王、もしくは西楚状態―――の清楚が怒り心頭なのも肯けなくはない。

 しかし、しかしである。

 

「悪いが清楚、其方を行かせる訳にゆかぬ」

 

「!」

 

「阻ませてもらうぞ?」

 

 

 ―――瞬間、氣が加速的に溢れ出す。

 

 

「俺の道を阻むか、ノルン」

 

「然り」

 

「お前には初めて出会って以降、随分世話になっている。出来れば穏便に退いて欲しいんだがな?」

 

 それは本心からの言葉であろう。

 心眼がそれが本心と伝えてくる。

 

 

 同時に偽りだとも。

 

 

「その言の葉、本心ではあろうが同時に偽りであろう? 至極獰猛な顔と相成っておるぞ」

 

 肉食獣も斯くやな表情は、遠く離れた川神にいる相棒を彷彿させてくれる。

 

 呵呵大笑。

 

 堪え切れなかったか、それともツボに入ったのか。

 普段から凛として良く通る美声も相俟って島の端にまで届きそうだ。

 

「良いだろう、王たる俺が阻む事を許す! お前の力を見せてみろノルン!」

 

 ―――正拳一閃。

 義経はおろかモモと比べても謙遜無い疾風の剛撃。

 軌道を狙いすまし、機先を制しての掌打一発。

 しかし、予想に反して清楚の身体は大きく後ろに吹き飛ぶ。

 

(その状況で咄嗟に後ろに跳ぼうとは。基礎程度しか習っておらぬだろうに)

 

 バトル漫画で殴られた相手が大きく後ろへ跳ぶのは描写的には見栄えや、殴ったキャラの強さを表現する為のモノだったりするだろう。

 だが、本来1級の力を持つ武芸者の一撃をまともに受ければその場に蹲るのが当たり前。

 後ろに飛んだという事はその分だけ打撃の威力が殺されている証である。

 清楚は吹き飛ばれてなお、膝もつかない。

 

「ハハハハハ! 義経との鍛錬の時も見て思ったが氣も使わず良くやる!」

 

(おまけに神経系に限定しての打ち込みでは気絶所どころか意識の瞬間的寸断も叶わぬとは、な)

 

 モモと同じく、あまりにも莫大な氣が此方の勁の徹りが上手くいかないのだ。

 だが、驚きなのはモモですら経験で(・・・)防ぐコツを掴んだというのに清楚はそれを初見で(・・・)やってみせた。

 幾ら神経系に限定しているとはいえ、莫大な氣のみで防げるほどこの身の技は生易しくは無い。

 

(長期戦は禁じ得ぬ、か)

 

「そら、いくぞ!!」

 

 再び相打つ―――

 

 

 

 

 

 

 拳と拳のぶつかり合い。

 

 聞こえだけなら耳触り良いが、現在進行形で地形が変動して行くところを見るととんでもない事だ。

 尤も主に清楚の一撃で、だが。

 即座に場所を移しておいて良かったと切に思う。

 山の頂の付近にあるだだっ広い草原の丘。

 ただただぶつかり合う。

 

「そらッ!!」

 

「…っ…」

 

 顔面狙いの拳を最小限の動きで合わせ、顔の真横を通り過ぎる極風の塊を尻目に救いあげる様に下段から腹部へ拳を入れる。

 しかし、入る事は既に知っている。

 捨て身による清楚からの蹴りのカウンターを腕で防ぐも、護りごと身体を持っていく。

 吹き飛びながらも体勢を崩さぬように着地。

 

「褒めて使わすぞ……さっきからよく俺の攻撃を具に読むものだ。どうやらお前の眼力は俺以上のものらしい」

 

 王のからの称賛ありがたく受け取れ、と上から発現。

 

「遠慮なく受け取ろう。そして、そちらも見事だ。血の為せる業か……ここまで優れたる素質を見るのは私の人生でも10人とおらぬぞ」

 

「ハッ、称賛と好意は惜しみなくなのだろう? もっと王たる俺を褒め称える言葉を用意しておけ、戯けモノ!」

 

 嘘は言ってはいない。

 己の積み重ねた12億を超える歳月、数多の平行世界の中での話。

 伝わる事はないだろうけども。

 

「まぁ、良い。未だに戦いで俺を興じさせているのに免じて許す」

 

 それはどうも、と返す。

 しかし眼の前の覇王さまはお気に召さなかったようで実に不機嫌そうだ。

 恐らく俺の賛辞を軽く扱うな、とでも思っているのか―――

 

「王たる俺の賛辞を軽く扱ったのは万死に値するぞ、無礼者め」

 

 再度の突撃から拳打の弾幕。

 躱わし、流す。

 こらえ性の無い性質なのか、これまでの戦いから培ったモノだがこうして有効打が入らないと彼女は直ぐに焦れて攻撃が大降りになる。

 尤も、その大降りな攻撃も先程からの連打もマスタークラス相手にすら必殺足りえるのだが。

 返しの肩当てから、肘打ちの連撃。

 大きく仰け反る清楚。

 

 ―――それはあまりにも不自然な光景だ。

 

 心眼の警鐘に沿って半身を横へと捻る。

 

 刹那―――眼の前を横切る閃光。

 

 厳密にはサマーソルトの要領で蹴りあげられた清楚の蹴り。

 戦い始めて既に3時間。

 こんな具合に驚異的な速度で学習しているのだ。

 適応能力が高すぎるにも程がある。

 真上に上げた足が更に横回転して襲ってくる。

 カポエラキックと呼ばれる技。

 その速度たるやプロのブレイクダンサーも真っ青な速さ。

 

(…そんなことよりも…!)

 

 己から見て足元にある清楚の頭部目掛けて足払い。

 予測していたらしく即座に元に戻り、再び拳打の応酬に戻る。

 

「些か慎みにかけるぞ清楚! スカートを穿いてのカポエラは!」

 

 そう、彼女は現在学校の制服のままなのだ。

 速度や蹴りの対応で見えなかったものの一歩間違えれば中身(・・)が見えていた。

 

「ハッ! それがどうした! 別段構わんぞ、お前なら気にはしない。遠慮なく見ればいい!」

 

「何を申すのだ、この娘!?」

 

 一発一発が必殺の連撃繰り出すもの。

 そしてそれを捌くもの。

 今の状況にはあまりにも似つかわしくない会話。

 シリアスを返せという話だ。

 

 しかし、茶番なやり取りを続けながらも手は休むことを知らない。

 

 正拳を逸らし、返す肘打ちを防がれ、腹への膝蹴りを足を相手の間に入れ込む事で威力を殺す。

 お互いの顔が触れ合いそうな程の密着状態。

 数瞬続き、やがてどちらとも無く距離を空ける。

 埒が明かないとはこの事か。

 雌雄を決するにはもう十分頃合いだろう。

 

「そろそろ、幕を引くとしよう清楚」

 

 それに対して清楚は笑みを深くする。

 

「ンはっ! 奇遇だな俺もちょうど同じ事を思っていた所だ」

 

 やはり相思相愛だな、と語る清楚。

 それを言うなら以心伝心では、とも思ったがこれ以上は空気を呼んで指摘はしないでおく。

 この期に及んでのこうした戯れ合いは嫌いでは無い。

 再び別角度で威圧感が上がるが、気のせいという事にする。

 

「マープルのところに行くのもそろそろ頃合いだろうしな」

 

「させぬと申したぞ」

 

 お互い、意識を集中。

 

 やがてそこに音色は無く―――

 

 世界は、ただ2人だけの様な錯覚すら垣間見た―――

 

 

 

 

 

 

 少女とも言える様な眼の前の男―――始めは唯の勘違いで女と見てしまったが―――に俺は感動すら覚えた。

 人間、氣を手繰らずともここまで出来るものか。

 同じクローンである義経との鍛錬風景を偶に見たがこれほどとは思っていなかった。

 王たる俺の攻撃は、一撃一撃が奥義にして必殺足りえると自負している。

 それを眼の前の男は耐えるどころか凌いで見せたのだ。

 

 これに感動せず何に感動するというのか!

 

 王たる俺から見てもつくづく規格外だ。

 だが、それでも勝つのは王たる俺に他ならない。

 奴の武は何やら身体の内側に響くがそれだけだ。

 脅威ではない。

 

 己の氣を在るだけ拳に集中。

 

 

 さぁ、いくぞノルン。俺を最後まで楽しませろ!

 

 

 動いたのは同時。

 お互い、10m程度の距離は瞬間的に詰められる。

 俺の動き合わせて左の掌打が来た。

 しかし、お前が読んでいる様に、俺もそれは読めている!

 最初の拳は囮。

 伸ばした腕を強引に掴み取り、そのまま引き寄せる。

 ノルンからしてみれば予想外だったのか反応が鈍い。

 

「取ったぞ!!」

 

 ガラ空きの胴体に一撃が極まった。

 堪らなかったのか、肺から空気を吐きだして崩れ落ちるノルン。

 思わず口角が釣り上がってしまう。

 

「俺の勝ちだ―――」

 

 ノルン、と宣言しようとした俺は何故か突然眼の前が暗闇に覆われる。

 何が起きたのか。

 不思議な浮遊感は布団の中で寛ぐように感覚を味わったかと思ったら―――

 

「む、気が付いたか清楚」

 

 微笑みながら此方をまじかに見つめているノルンがいた。

 

 

 

 

 

 

 勝手ながらあがらせて貰った清楚の部屋。

 読書好きだけあって、蔵書の数が凄まじい事。

 気を失い、部屋のソファーへ横に寝かせた清楚は今しがた眼を覚まし、此方を見て驚愕した顔を浮かべている。

 起き上がろうと身悶えているが、一向に身体が上がる事は無い。

 

「何が、どうなっている!? 確かに俺はお前に勝ったはずだ」

 

「ふむ、順を追って語ろうか」

 

 あの戦いから既に4時間経っている事。

 勝手に部屋へあがらせて貰ったことの謝罪。

 ここまで抱き抱えて運んできた事。

 一連の事態は私以外にバレていない事。

 

「そんなことはどうでもいい。一体あの戦いで何が―――」

 

「焦るでない。それを今から話すところだ」

 

 今現在、清楚が動けないのは此方が最後に与えた一撃が原因だ。

 我が力、武を交えず(暗器暗武)で勁脈まで掻き乱し、昏倒させた事による弊害である。

 埒が明かぬとみて行ってしまったが、今は反省している。

 しかし後悔はしていない。

 後遺症なども残さないよう加減もしている。

 麻痺も直ぐに解けるだろう。

 最後の一撃の時に清楚が見ていた光景は端的に言えば幻。

 自己の透明化すら可能にする圏境の極み。

 清楚に見せたのは更に其処から昇華させた技だ。

 天地に自己を溶け込ませてから更に世界へ意識を侵食させ、理の極一部、識という概念そのものを掌握して認識(・・)という事象そのものを操る技。

 

「それで俺は謀られたという訳か」

 

「うむ。この技を出だしで用いたが故に、未だ誰も清楚の変化には気づいておらぬ」

 

 無論、マープルもな、と告げる。

 露骨に顔を歪める清楚。

 そこまで星の図書館を殴り飛ばしたかったのか。

 

「……何故ここまで邪魔をした? 九鬼家の人間だからか?」

 

 それも無論ある。

 曲りなりにも従者部隊で我が家が雇っている社員だ。

 しかし、それは九鬼家としての面に過ぎない。

 家族達とは違い、基本的に己の行動原理は自分に準じる利己なもの。

 

「あのままマープルの所まで行けば、十中八九再び封ぜられておったぞ」

 

 鼻で笑いながら清楚は身体を起こす。

 やはり回復が早い。

 

「無礼だぞ、マープル如きが俺を止められるとでも?」

 

「マープルに知られるという事は間違いなくヒュームと相争う事となるぞ」

 

「……」

 

 一応、零番の事は武士道プランの面々にはマープルから紹介されている。

 場合によっては接触する機会があることを想定しての処置である。

 あの零番の実力は今現在の清楚ではまだ届かない。

 負ければ確実に再封印コースなのは明白。

 

「河原で申した事に嘘偽りはない。私は、今の其方に会えて嬉しいのだ。だというのに、また会えなくなるのは辛い」

 

「その河原で俺も言ったが、驚かないのだな。自分で言うのもなんだが性格は大分違うぞ?」

 

「確かに。然れど清楚のそれは多重人格の類ではあるまい?」

 

 その指摘に覇王は眼を見開いている。

 何故分かった、と問う清楚に河原で1つになったと自分で言っていた、と返す。

 此方の指摘に深く首肯する清楚。

 加えて、記憶についても同じく河原での世話云々から在る事も指摘。

 

「やはりお前は良い眼を持っているな。称賛を受け取れ、この俺が直々に褒めて遣わす」

 

 ありがとう、と返す。

 上から発言だが、兄上達と同じくこう言う喋りしか出来ないのだろう。

 とても様になっているというか、似合っているというか。

 

「して、これから如何(いかん)とする?」

 

 そんな問いかけに清楚は取りあえず今まで通りに過ごしてみる、と答えた。

 

「先にも言った通り、俺は俺だ。多重人格でないのだから普段の様に過ごす事も可能だろう」

 

 それには同意する。

 恐らく先刻の突拍子もない―――とは一概に言えないが―――行動は長年抑圧されたものが解放された為のものだろうと見ている。

 所謂、最ッッ高にハイって奴だあぁぁぁ!!!―――という具合に。

 

「承知したよ清楚。その為の協力は惜しまぬ心算だ」

 

「当然だ。俺の秘密を共有するのだからな」

 

 らしいもの言いに苦笑が漏れるのは仕方がないと思う。

 謂われなく笑われるのが嫌いなのか、清楚さんはムっとしているが。

 正直な感想を伝えると、鼻を鳴らす。

 その時、誰かの腹の虫が大合唱。

 

「そういえば、昼を食い損ねていたな」

 

「私もだな。ちょうど良い、何か作ろう」

 

 自室から食材を取ってくる、と告げて部屋をでる。

 基本、各部屋にもキッチンがあり、炊事も出来る仕様になっている。

 調理するための食材も自室の方が充実したものが揃っている。

 出口にまで差し掛かったところで、肝心な事を思い出した。

 これはまず伝えておかねば。

 

「おめでとう清楚」

 

 なにがだ、と言われた当事者は訝し気。

 それに対して生誕だと伝える。

 

「今までは覇王としての其方が眠っていたが、それは完全な状態とは言い難い。然れど今日、こうして偶さかとは言え、漸く目覚めた。即ちそれは清楚がこの世界に改めて生まれ落ちたも同然であろう?」

 

 ―――故に私は、祝福する。

 

「―――――」

 

「では、改めて言って参る」

 

 今度こそ部屋を後にする。

 

「……お前という奴は―――」

 

 後ろで清楚は何かを呟くがそれが耳に入ることはなかった。

 

 

 

 

 食材を取りに戻った己の自室。

 其処には心眼を以ってしても予測不可能な光景が待ち構えていたのだ。

 畳の上に転がっているのは保管していた筈の空になった一升瓶の川神水。

 ちゃぶ台の上にはあらかじめ作っておいたツマミ。

 其処までは予想通りだ。

 弁慶と飲み会を頻繁にする以上、それはある意味当然の光景。

 彼女が酔い潰れて眠っているのも含めてである。

 では何が予想外だったのかと言えば―――

 

「増えておる、だと……」

 

 ―――昼間、弁慶を寝かせた場所に義経までもが寝ている事だ。

 

 1つの布団で、しかも抱き合って、である。

 押しに弱いとはいえまさか義経までもがこんな姿を晒そうとは。

 せめて自室に戻れと言いたい。

 曲りなりにも男の部屋に入ってこれは無防備が過ぎる。

 しかし既に寝入っている2人を起こすのは忍びないので抜き足差し足で必要な食材をとり部屋を後にした。

 

 その後は簡単な軽食を作り、どうせなので清楚が眠るまで川神水で飲み明かし―――本当に夜が明けてしまった―――朝方には粗普段通りに戻っていた清楚がシャワーを浴びると言ったので部屋を後にした。

 

 部屋に戻った際、ちょうど起きた義経と鉢合わせ、彼女が顔を赤らめてあたふたしている光景を目の当たりにするのは、まぁ自然な流れであった。

 

 

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