―――九鬼所有の飛行場。
無事に義経達源氏組と共に卒業を迎えて早1ヶ月。
身辺整理と川神の九鬼極東本部の受け入れ準備が完了し、これから専用機で川神に向かう所。
「……」
「ほらほら、今からそんなに固くなってると後が持たないよ義経」
「わ、分かっている。義経は落ち着いているぞ」
生まれ育ったところから遠く離れる為か義経辺りは未だ緊張が抜けないようで行動が挙動不審だ。
そんな彼女の傍に臣下である弁慶が寄り添っている。
具体的には頭を撫でたり手を握ったり。
どちらが主従なのか気になる光景である。
そしてさり気なく与一も反対側の座席から主をチラチラ横眼で見守っている様で。
関係無いなどと言っている割にはやっている事が何と言うか可愛らしいというか、いじらしいというか―――素直ではない。
清楚もそんな義経を気遣って水の入った水筒を手渡した。
礼を言いつつ義経は貰った水筒の中身で喉を潤している。
こればかりは性分だろう。
「ノルン様、離陸準備整いました」
「何時でもいけますよ」
パイロットは李静初とステイシー・コナーの2人。
一見動と静で正反対だがそれ故にか、なかなかどうして仲が良い。
聞いた話最初は衝突が絶えなかった様だが。
今では良きパートナーで、よく2人組で行動している様だ。
ちなみに、若手育成の一環で正式に序列が昇格し、ステイシーは15位、李は16位。
「分かった。後はよしなに。ではみな、空港で会おう」
「え」
「え」
「あ?」
「え」
「ん?」
変な沈黙が場を支配する。
何か4人にとって可笑しい発言だったらしい。
キョトン、と言わんばかりに揃って此方を見つめてくる。
今にも何言ってんだコイツ、と言わんばかりだ。
それなりに笑える様は油断すれば軽く噴き出せる。
最初に口を開いたのは義経。
「ど、どういうことなんだ? ノルン君も一緒に行くんだろう?」
「無論だ。故に空港で会おうと申したぞ」
「分かって言ってるでしょ、それ。この飛行機でって意味だよ」
弁慶の言葉に呵々、と思わず笑いが零れる。
伊達に3年間共に過ごしてない。
「バレたか。私は飛行機ではなく、己のみで先に川神へ行くのだ」
「どうやってだよ?」
「跳んで」
―――意味が分からん。
その時、図らずとも4人の心は重なった。
それが手に取る様に分かる為、口角が上がるのがよく分かる。
「私がこういう類のものに乗ると堕ちる心配があるのでな」
呆ける4人を置き去りにして機を降りる。
声には出さずに笑いを堪えながら。
「李、ステイシー。道中気を付けてな。なにもないとは思うが」
「はい、ノルン様もお気を付けて」
「此方はお任せ下さい」
恭しく頭を下げる2人に返事をし、機体の扉が閉まるのを見届けた。
安全圏まで離れ、程なくして飛行機は滑走路へ移動。
窓から見える与一と清楚に手を振るのを忘れない。
所定の位置に着いた小さい鋼鉄の翼は大空へと羽ばたいていく。
グングン上昇して遠のいて行き、己の視力で届く距離、雲の彼方まで消えるまで見送る。
―――参るか。
1人ごちり、何時もの通りに目的地まで"跳ぶ"。
―――極東本部屋上。
ここまでの所要時間僅か1分足らずなのだからこの縮地も大概と思う。
それはそれとして、ここ極東本部は川神市の海側、大扇島と言う場所に位置しており、この建物の屋上は景色も良く、潮風も気持ちが良い。
暫し景色を楽しむ。
義経達の到着までにはまだかなりの時間の余裕がある。
今日は幸い休日であり普段ならばファミリー達と、となるが今はまだ無理そうな状況だ。
加えて、武士道プラン発動に到っての取り決めごとでモモと揉めたためである。
―――回想―――
お約束となった秘密基地でのある一時のこと。
その時は小雪は居なかった。
卒業後の高校は何処に通うか、と言う話題が上がった。
ファミリーの面々は地元であり鉄心殿が長を務める川神学園へ通う心算らしい。
既にここへはモモが通っている為、ファミリーは今までの流れで全員そちらへとの事。
流れと言っても惰性ではない―――決して。
皆が告げていく中モモは嬉々として此方を見つめる。
「で、ノルンは? てか、当然一緒の所に通うんだろ?」
モモの問いにうむ、と肯定する。
見るからに喜色に染まる相棒とやらに―――ただし、2年からだがな、と告げた。
―――――世界が凍てつく―――――
「……あー、私の聞き間違いか? 今
「案ずるな、モモの耳は正常だ。確と
「どういうことだよノル―――」
大和が何かを言いだしかけたがそれもすぐに黙ってしまう。
言うまでも無く原因はモモであり、彼女の放つ威圧感が高まっているからに他ならない。
笑顔が元来攻撃的なモノだというのはこういうのを言うのだろうか。
笑みは湛えたまま、しかし眼は逆にギラツキ始める。
(まさにサーベルタイガーも斯くや、か)
更にこれから告げる事に気が滅入るが仲間である以上伝えねばならない。
「加えて、私は4月から―――厳密には高校に上がってより最低でも来年の4月一杯まで一切遊べぬようになった」
家の事情だ、すまぬなみんな、と告げた瞬間―――圧力は致命的なモノとなった。
喜色だった顔はゆっくりと能面になり、やがては憤怒に到る。
百面相も斯くの如く。
怒髪天を突くというその言葉通り激昂したモモを宥めるのに苦労した。
「ど、ん、だ、け私をイジめたら気が済むんだよお前は!!」
「だから、悪いと申して居ろうに!」
「それで済むかぁーー!! 中学の時も突然言ってきて!!」
「お、落ち着けってモモ先輩アっーー!」
「キャップーー!?」
モモによってキャップが窓から放り投げられてしまった。
やつあたりもいいところ。
流石に今の振る舞いには愕然としてしまう。
「何をしておるのだ其方は!」
「知るか!」
「姉さん、ホントに落ち着いてってば!」
キャップが投げられたからか、とばっちりを受けないようにとワン子、京、ガクト、モロは既に距離を取っている。
大和はどうやら弟分として人身御供の様だ。
―――いと憐れ。
「決まった事は変えられぬ。これにかんしては突然、相談も無く進めて悪いとは思うておる。非難されるのは覚悟はしておるが……モモ、其処まで其方が怒り狂う理由はなんだ?」
此方の指摘に唸るモモ。
どうやら自分でもよく分かって無かった様で、何やらうーうー言いだし始めた。
「分かんないんだよー。何と言うか、側にいないと落ち着かないっていうか……今でも正直一杯一杯なんだぞ? これでも我慢してるんだ。だけどそんなところに今みたいな追い打ち掛けられたら―――」
「抑えきれぬ、と?」
コクリ、と肯くモモ。
嘆息を禁じ得ない。
「しょうがないだろー。昔から一緒にいたんだし
「せめて疑問形はやめい」
後、そこはしょうが無くは無い。
しょうがないとすればそれは―――
「其方の、その気性というか堪え性の無さこそ仕様がない」
「な、なんだよー……」
しかし思う以上にモモの依存度が改善されていないのは頭が痛い。
この調子では見えないところで鉄心殿も苦労しているのが伺える。
色々とやれやれだ。
場の雰囲気が弛緩したのを把握して周りは全員ホっ、と一息。
よかったよかった、と言い合いながら近付いてきて各々備え付けのソファーやイスで寛ぐ。
モモはというと、此方に抱きついてきた。
魅惑的な肢体ではあるが、先程の一連のやり取りで精神的にそれどころではないのでされるがままにしておく。
(もしや、斯くも甘やかすのも依存を深める一端なのか?)
「モモ先輩にも困ったもんだよねー」
「全くだぜ、前の時も恐ろしかったよな」
「でもノルンに関して怒りが収まった後のお姉様ってなんだか可愛い」
「あぁ、まぁ確かにね」
「でも私の方が既に可愛いなんて」
「言ってません」
和気藹々。
なのは良いのだが―――
「キャップはどうした?」
「「「「「「あ」」」」」」
「風の様に帰還したぜ! ってか、お前らリーダーの俺をほったらかしにして酷いぞ!」
何と言うか、なんだかんだで何時も通りな訳で。
この後、何だかんだ文句を言いつつもファミリーのみんなは許してくれた。
全員に料理を振舞う事で、だが。
―――回想・終了―――
「つくづくよい仲間を持ったものだ」
色々な意味で。
このままボケっとしているにも飽きたので屋内に戻る。
家族に帰ってきたことの挨拶をせねば。
ビル内に入って大広間に行く途中、圏境に覚えのある気配を感じた。
それは兄上と共におり、ある意味意外だった。
気配を頼りに道を辿り、待ち伏せする。
場所は1階のエントランス。
備え付けの大きなエレベーターから出てきたのはまず兄上。
側には兄上の友人なのか褐色肌の美少年と坊主では無くスキンヘッドの少年。
そして―――榊原小雪その人であった。
「あ、ノルンー!」
どーんとぶつかってくる小雪。
「や、小雪。思わぬところで
「うん、奇遇だねー。僕も会えるとは思って無かったよ」
「おぉ、ノルン! 帰っていたのか」
「はい、今し方戻って参りました」
「む、ということは申し子達も?」
兄上の疑問に否、と答える。
「万が一会ってはなりませぬ故、見送りを済ませて一足先に私のみ此方に戻った次第。時に兄上、そちらの方々を私に紹介してもらえませぬか?」
「フハハハ! そう言えばノルンには話していなかったな。我が友トーマと準だ」
「初めまして、葵冬馬と言います」
「俺は井上準だ。英雄の兄妹?」
井上準と名乗ったスキンヘッドの少年の問いに言葉と首で肯定。
「私の名は九鬼ノルン、と申します。兄弟と言っても同い年。以後お見知り置きを葵さん、井上さん」
「名前で呼び捨てにして構いませんよ。それに英雄と同い年なら私達とも同い年、敬語も不要です。私もノルン君、と呼んでも?」
「構わぬ。此方も冬馬と呼ばせて頂こう」
「俺も若と同じで構わないぜ」
"若"と言うのが彼のあだ名か。
距離感からして幼馴染とみた。
「それにしても若が女の子に君とは珍しいな」
「失礼ですよ準。彼の性別は男性です」
「へ?」
「そうだよーノルンに失礼だぞー」
「マジで!?」
「うむ、紛うことなくノルンは弟である」
久しぶりの勘違いである。
離島の時も清楚を始め全員が勘違いをする程この身は女顔だ。
謝ってくる準に構わない、と告げる。
「己の顔が中性的なのは先刻承知ておりますれば」
「そ、そうか? すまねぇな」
いえいえ、などと益もないやり取り。
「ユキから聞いていましたが、まさかユキの最初の友人であるノルン君が貴方だったとは」
世の中は狭いですね、と語る彼。
「そう言う冬馬も、よもや小雪が申して居った新しく出来た友人だったとは」
本当に狭い世の中だと思う。
というか、彼らが此処に来るのは多くなくとも恐らく1度や2度では無いはず。
また兄上から彼らと思わしき話は此処に来た当初から聞いている。
離島での生活が基本だったとはいえ、こうして初めて会うのが今日というのはそれだけで結構な確立だ。
「自己紹介は済んだ様だな。我等は外に出る。どうだノルン、お前も一緒に遊ぶか?」
「いいね一緒に遊ぼうよノルン」
何とも魔の悪い事か。
「折角の申し出ですが、そろそろ4人を迎えに参らねばなりませぬ」
「そうか、もうそんな時間か」
屋上で2時間近くも呆けたのが仇となってしまった。
そろそろ義経達を乗せた機体が到着する頃合い。
正式な挨拶は家族が揃う夜に行う予定である。
恐らくこれから外で遊ぶのもその為の兄上の配慮だろう。
遊べないと聞いてあからさまに不満げな小雪にすまぬ、と謝る。
学校の一件―――既に小雪にも話してある―――といい、なにやら最近謝ってばかりだ。
そのまま兄上達と別れ、目的地へと向かった。
―――九鬼家所有の飛行場。
川神から少し離れた場所にあるこの飛行場は九鬼家が所有する言わば私有地の1つ。
4人の身の上、あまり人目に付くのは得策ではない。
空港でもいいのではとも思ったが、マープルの計らいでこうなった。
ちなみに迎えの為の車は予め此処に用意されてある。
そして今現在、どうやらまだ到着はしてない様で、お茶で一服しているところ。
備え付けのモノだが流石は九鬼、一流の味である。
ゆっくりとお茶に舌鼓を打っているとアナウンスが入った。
「来たか……」
カップの中身を一気に飲み干して、部屋を後にする。
滑走路まで行くと着陸した飛行機が滑走路を移動している最中だった。
搭乗口―――と言っても規模が小さい為飛行機から直接降りるタイプだが―――まで来た飛行機の前に陣取って、出てくるのを待つ。
しばらくして扉が開き、先程別れた4人が降りてきた。
「本当にいやがったぜ、こいつ」
「どうやってここまで来たんだっていう」
「相変わらずノルン君は凄いな」
「ホントだね」
「いや、凄いで済まして良いのか?」
着いてそうそうに凄い言われようである。
が、敢えて言及はしない。
「長旅お疲れ様、と申したいところだがここは目的地では無い。ここより車での移動だ」
「マジかよ……姐御じゃないがシンドイぜ」
「確かにね」
「そう言うな弁慶、与一。もう少しの辛抱だぞ」
「はーい」
「…ちっ…」
飛行機を運転していた李とステイシーが降りてきて、他の従者部隊と役目を引き継ぎ李の運転(ステイシーは助手席)で一同川神へ。
「で、結局義経ったら緊張しすぎて寝ちゃったんだよ」
「ほほう」
「気持ちよさそうに眠ってたよね義経ちゃん」
「全く今からそんなんで大丈夫なのか?」
「はうー……」
車内で他愛のない会話で盛り上がっていると瞬く間に川神市内へ着いた。
島とは違う街並みに4人は珍しそうに車外の景色を眺めている。
「ここがノルン君の生まれ故郷か」
「そして俺達が住む事になる所だな」
「島とはまた違った綺麗な街だね」
「確かに」
どうやら第一印象は良かった様だ。
気に言ってもらえて何よりである。
やがて程なくして極東本部へ到着した。
「やっとついたー。あーしんどかった」
「姐御のものぐさは何処でも変らねえな。ま、今回は同意だけどよ」
飛行機に車とかなりの移動距離だった為致し方ないか。
伸びをするなど思い思い身体を伸ばして解す4人。
しかし其処は流石に武士道プランの申し子達。
疲労の色は見た目には窺えない。
「何はともあれ4人とも今度こそお疲れ様。そして―――」
―――ようこそ川神へ。