「さぁ、決闘です。構えなさい九鬼ノルン」
「……大概、このパターンもマンネリだと思うのだが、
「そんなことワシは知るかい。ホレ、構えんか」
つれないというのが正直な気持ちである。
大体にしてこの流れを作るのは川神院総代殿の孫娘なのだが。
―――辟易するとはまさに事か。
目の前の女性を改めて見据えてみる。
赤く長い髪、左眼には眼帯、軍服姿にトンファーを構えている。ギラついた眼で此方を睨み、好戦的な雰囲気を隠すことなくありありと見せつけ今にも食いつかんばかりだ。
女性の名前はマルギッテ・エーデルバッハ。ドイツ軍からこの学園に編入してきた女性だ。
彼女の事は己も耳にした覚えがあった。猟犬の名前で有名な現役の軍人でエースにしてエリートの女性だったと記憶している。
その彼女と何故決闘を行う事態に到ったのかと問われれば、一重にこの間クリスに対する"宿題"が原因らしい。
今現在5月も下旬。
曰くあれからずっとクリスは悩み続けているらしく、それを彼女は相談を受けてみるも何故か答えを出すでも答えを一緒に探すでもなく、彼女の中では大切なお譲さまが困っている→ならばその困らせた原因を排除しよう→困らせた原因である私を倒してしまえという図式が出来上がったらしい。
(や、根本的にズレておるだろう。というか、どれだけアレにただ甘なのだ)
「お譲さまを悩ませる敵は全て狩るまで」
HasenJagt、と呟きながら前のめりになる彼女。なんというか、言葉通りに今すぐ狩る気マンマンだ。
正直なところ頭痛を禁じ得ない。
彼女の実力はなかなかではあるし、力を何らかの手段―――心眼はあの眼帯が要と告げている―――で力を抑制してはいるが潜在的な力から大体まゆっち―――この呼称はファミリーに習って呼ぶ事にした―――よりも頭一つ下と言ったところと見た。
俗称で言うところの壁、その上に立っていると言えば良いのだろうか。
個人的には面倒な相手である。手加減するには難しく、しかし本気になるのも、と言う感じだ。
全力で叩き潰すのもな、という感じでもない。何故なら理由が理由だけに。
何故そんな結論に到ってしまったのか再度問い詰めたいところである。
恐らく無駄であるのは明白だが。
戦いが避けられないのも明白である。そろそろ頭を切り替えるとしよう。
徐に蔵から大きな布を取りだす。テーブルクロスにも見えるそれを種も仕掛けもありませんという具合で前後を見せる。
訝しむ彼女を尻目に、布で身体を覆い、全身見えなくなった瞬間取り払った。
「ほう、手品ですか。体操着に着替えて」
手品と称したが半分当たりで半分ハズレ。
これ自体は手品と一緒だが魔術による
某アイドル事務所も真っ青な速度である。
布で身体を覆ったのはそれを隠すための手段でしかない。
「なに、S組は1時限目は体育なのでな。折角だし、この恰好で為そうかと思うたまで」
ピクリと彼女の眉が動く。
「正気ですか? それとも私を侮っているのか」
「正気でもあるし、侮ってもおらぬ」
更に剣呑になっていくマルギッテ。
それも当然と言えば当然。次の授業まで後5分どころか3分もない。
案にお前はその程度倒せると言っているのだ。怒るのも無理からぬこと。
理解したうえでの行為である。
そもそもこの武器ありの格闘戦という決闘自体受理されたのは鉄心殿にそう頼んだからこそ行われている。
尤もそれを知っているのは己を除けば鉄心殿と馴染み深いモモの2人ぐらい。
後は直感で小雪とか。
「それでは、これよりマルギッテ・エーデルバッハと九鬼ノルンの仕合を執り行う」
ルールは奇しくも何時もモモとの試合と同じ、ギブアップか審判による判断。
「両者、準備は良いな?」
「何時でも来なさい」
「構いませぬ」
「それでは、いざ尋常に……始めぃ!」
―――2-Fの教室。
大和達は固唾を飲んで状況を見ていた。と、言うのも彼らはノルンが戦ったところを幼い頃しか見ていないのだ。
しかもその相手は言い方は悪いが格下の、自分達が倒せるような有象無象ばかり。
京やクリスの眼にはノルンが氣を手繰る所を見た事はなく、今も使っている様には見えない。
それがこの戦いを固唾で飲んで見守っている理由である。
「ノルン、大丈夫なのか……?」
「相手の軍人さんはかなり手強いよ。少なくともファミリー内だとモモ先輩でしか倒せないぐらい」
「そんなに!? ノルン怪我しないと良いけど」
「心配だけどさ、ノルンがピンチってところをオレ様想像できないぜ」
「確かにね」
「この勝負マルさんが勝つな!」
鼻息荒く、己の姉気分の勝利を信じて疑わないクリス。ファミリーの面々は生温かい眼で彼女を見つめていた。
しかし、と大和は不安とは違う違和感を感じている。ガクトの言った通り、ピンチである所を想像できないというのもそうだが、それ以上になにか別の違和感を拭えない。
何が原因なんだと思案していると、ふとワン子の姿が眼に入った。
そういえば、先程から口数が少ない事に気付く。
「ワン子はどっちが勝つと思う?」
「うーん……どうかしら? ねぇ、クリ」
「なんだ?」
「あのマルなんとかって人ってお姉様に勝てる?」
そんな質問が一体何の関係があるのだろうか―――
今戦っているのはノルンであって川神百代ではない。どういうことだとファミリーは疑問に思う。
ただ1人、空気が若干読めてないクリスが答える
「流石にモモ先輩は無理だろう。あの人の強さは次元が異なる」
「そう。なら勝つのはノルンで間違いないわ」
「なっ……」
「なんでそう思ったんだ? 今の質問だとまるで姉さんに勝てないとノルンには勝てないみたいな言い方だったが」
ワン子は目に見えてしまった、という顔をする。どうやら今のやり取りは失態だったようだ。
これは是非とも聞き出さねばなるまい。
ファミリーの面々はこぞってワン子を問い詰める。
「あわあわ……い、言えないわ。これに関してはお姉様やノルンから言うって言われてるの。だ、だからアタシは喋る訳にはいかないの」
何やらノルンとモモ、そしてワン子の3人の隠し事のようだ。
キャップがなら今度問い詰めようぜ、と締めくくりしぶしぶながら全員試合に眼を向けた。
ワン子はあからさまにホッとしたそうな。
号令と共に跳びかかってくる猟犬。
その速さたるや常人のそれではなく、並み以上であれば瞬く間であろう。
これでまだ全力でないのは流石ドイツのエースと言ったところ。しかし、戦い前のやりとりと氣を纏わないからといって完全にこちらを侮っている。
厳密には侮られていると思っている、と言うべきか―――
彼女の振りかぶるタイミングに合わせて頭一つ分をしゃがんで躱す。
「な―――」
容易く避けられると思っていなかったのと、技を出した直後の硬直。
2重の要因で動けない彼女にカウンターで下段から腹部に向けて掬い上げる様に拳を一発打ち込む。
「あ……」
パタリと崩れ落ちるマルギッテ。
彼女が倒れたその瞬間、勝敗は決した。
「勝者、九鬼ノルン!」
歓声が上がった。それに対してマルギッテが地面に倒れない様に支えながらもう片方の手を上げて答える。
そして、マルギッテを抱えて保健室まで持っていき、放りこんで授業に戻った。
出迎えてくれたのは兄上やあずみ、冬馬達の5人。
「フハハハ、見事な戦いであったぞノルン!」
「有難うございます兄上」
「兄として誇らしい結果であった!」
(あの猟犬をあっさりと……幼くして零番と引き分けたのは伊達じゃないってことか)
「災難でしたね、怪我はしていませんか?」
「うむ、大事ない」
良かったよー、と背中に抱きついて来たのは小雪。
最近モモと同じくスキンシップが過激な気がする。
「いやー、あの強そうな女軍人さんを一撃とかやるじゃない」
「有難う。然りとてあまり目立ちとうなかったのだがな……」
謙遜しちゃって、と茶化してくる準。
紛う事無く本心である。
加えて件の軍人さんは何やらモモと同じバトルマニアの匂いを感じた。
これを機に事あるごとに勝負を挑まれるかもと思うとなんだかなーである。
―――放課後。
マルギッテの一件、結論から言えば再戦は申し込まれたものの、今すぐの話では無く再び腕を磨いた後改めてと言う話で落ちが付き、以降はクラスメートとして振舞う事になった。
しかし、改めて普段の彼女を見てみると規律や礼節に厳しいのが窺えたのだが―――
「ん? 自分の顔になにか着いているか?」
「や、なんでもあらぬ」
なんでこのお譲さま相手だと
昼間に彼女にクリスついて尋ねてみたところ、返ってきたのはクリスがいかに可愛く、素晴らしいかというべた褒めのオンパレード。
話題を振るう時に中止する事を告げていた心眼の指示を素直に聞いておけばよかったと思った瞬間であった。
閑話休題。
今現在、ファミリーと下校の最中。
しかしその視線は何時もとは随分異なるモノ。懐疑的というか、訝しんでいるというか、興味津々というか―――具体的にいえば、さぁキリキリ吐けや、みたいな。
その原因はどうにもワン子にあり、そして自分にある様だ。
どうにもマルギッテの戦いでワン子が失言をしてしまったらしい。
―――己とモモの武力について。
ごめんなさい、とシュンとしてるワン子の頭を撫でながら気にするなと言う。
個人的には話すべきが時がいたと言う心境。背中にいるモモとアイコンタクトをしても同意見の様子。
ならば、と明かすことにしよう。念の為周囲を確認し―――問題ないと把握。
「みな、くれぐれもこの事は他言無用であるぞ?」
「もったいぶってないで早く教えてくれよー。モモ先輩とノルンってどっちが強いんだ」
「端的に言えばノルンだろうな。なにせ私は―――」
―――まだ1度もノルンと戦って勝てた試しが無いし。
―――全員沈黙―――
―――そして大絶叫―――
騒ぎ続ける仲間たちに静かにとジェスチャーをして沈めさせる。
予想通りのリアクションだ。
「全部非公式の試合でな。ノルンからも可能な限り広めないで欲しいってお願いされたからな」
「加えて、私も可能な限り独自に手を回して情報の流出を潰しておった故、結果として極々一部を除いて未だにモモは無敗と呼ばれ続けておる」
私としては明かしたいところなんだけどな、と語るモモ。
こちらとしては其処はまだ控えて欲しい所である。特に今の状況は。
「だから、未だにモモ先輩が破れたって話を聞かなかったんだね」
「凄い事ですよね、あの武神が一度も勝てないというのは」
「オラ、ビックリして更なる仲間を呼んじまうところだったぜ」
誰を呼ぶと言うのだろうかこのストラップ。
「はー……ま、驚きだったけど明かしてみたら予想通っちゃ予想通りだったよな」
「その驚きが半端なかったけどね」
カミングアウトをしたというのに何時も通りの仲間達。呆れるべきやら頼もしいやら。
「いい仲間を持ったよなー私達」
「全くだ。それはそれとしてモモ」
「なんだ?」
「大概、背中からどかぬかッ!」
「い・や・だー!」
学校を出る前から引っ付きっぱなしのモモを振り落とさんとする。
今まで出来なかった分一杯スキンシップするんだー、と抵抗するモモ。
最近放課後はずっとこの調子だ。ゴールデンウィークに行ってきた箱根旅行―――キャップが己の強運を以って福引で当てた―――も事情で行けなかったのも原因らしい。
結局別れるまでそのまんまだった。
―――夜、極東本部屋上。
星を見上げながら盃を傾ける。中身は無論、川神水であり狛氏の所の一品。
大変美味である。
厨二的とか言われそうであるが、星月を見ながらのさ、ではなく川神水は己の1つの趣味。
それに、此処にいるのは待ち人を待っている。
ちなみに件の厨二の人物はこの時間帯は大抵部屋でネットサーフィンに勤しむので屋上へは来ない。
(さて、そろそろか)
「ごめんね。待たせちゃったかな?」
待ち人―――葉桜清楚その人である。
慌てながらも気品さを感じる何時もの姿。
申し訳なさそうにする清楚に大丈夫だ、と返す。そもそも其処まで具体的な時間を決めてはいないので気にする必要はないのだ。
文章だけならまさに恋人同士の逢引であるが、こうして集まっているのは其処まで色のある話ではない。ならば何なのかと言えば―――
―――清楚との鍛錬である。
今年の初めまでは粗毎日、弁慶と飲み終わった後に続けていた集中力を鍛える事によってより自由に力を操る術を身に付ける為の鍛錬。
魔宵伽を常に使う為、監視カメラ、氣による探知もひっくるめて発覚する事もない。
今となっては指輪の効果もあってある程度制御で来ている。
それが証拠に目の前では既に指輪を外しているにも関わらず清楚の雰囲気は変わらぬままだ。
現在、指輪を外しても3時間ぐらいなら自分で完全に制御して暴走させずにいられる。とはいえ、油断は出来ないが。
「大分安定してきたな」
「うん。それもノルン君がこうして何時も付き合ってくれているおかげだよ。ありがとう」
「どう致しまして」
お互いで笑い合う。さてと、とどちらもなく呟き―――
「始めるとしよう」
こちらの言葉と共に、ゆっくりと、しかし大きく氣を巡らせる清楚。
その瞳は黒から徐々に赤くなっていった。
「応!」
それから約1時間半。
今回の訓練は集中力のみならず、定期的な戦いによる氣の発散だった。
何をしていたのかといえば、いわずもなが、戦っていたのである。勿論きちんと、強固な結界+結界型の原典宝具というある意味豪勢な方法で。
ちなみに切りのいいところで止めるので勝敗はつかない。
思いっきり身体を動かせた清楚はとはいうと―――地べたに座り込み御満悦の様子。
程良く運動したせいか汗は書いてないものの、仄かに顔を赤らめて妖艶である。
「はぁー……爽快だぁ…感謝するぞノルン」
「満足したか?」
「ああ。とても心地よいひと時であったぞ。褒めて遣わす」
言動などは大分角が取れたとはいえ、やはり王様的な所と一人称は相変わらずである。
川神水を渡し、彼女はグイっと一気飲み。
豪快である。
「何をボサっと立っている。こっちへ来い」
ペシペシと自分の隣を叩く覇王さま。お言葉に甘えて、と隣へ座った。
うむ、と何故か満足げに肯いている。
川神水の入った瓶を取りあげ、これは礼だ、と此方へ傾けてくる清楚。
遠慮なく受け取り、一気に飲み干す。
「フフッ、それで良い。俺からの手酌なのだ。それぐらい豪快な方が好ましいぞ」
「然様か」
そのまま暫くお互いが酌をして飲みあう。
夜の静寂さと、独特な間と時折繰り出す僅かな他愛ない会話が何とも言えない詫び寂びを湛えている。
どれくらい経っただろうか。ふと清楚が気まぐれにか、こんな事を聞いてきた。
―――九鬼家の額の印について。
九鬼の人間は紋も含めてバツ字の傷が付いているが己だけは付いてないのが気になったらしい。
そして語る。
あれは元々九鬼家の直系に対しての習わしであって、妾の子である己や紋、そして血筋でない母上は元来付ける必要はないという事を。
しかし、紋と母上は敢えて付けている。己は九鬼であるという証であると同時に九鬼として邁進する覚悟の表れとして、と己は解釈している。
付けていないが為に母上の己に対する風当たりは紋よりも強い。
「ならば俄然付けていないのは解せぬな。九鬼として生きる覚悟がない様には見えぬが?」
「無論、この命ある限り努力する所存だ。付けぬ理由は単純明快。かつての旧姓、"筱宮"としての心残りがある故だ」
「心残りだと?」
簡潔に話せ、と清楚。
あまり気持ちの良い話ではあらぬ、と念を押すが、話せと清楚は言う。
「仇をな、打っておらぬのだ」
「仇?」
「清楚には私の母さん。即ち生みの母の事は話しておらなんだな。紋の方は詳しく知らぬが、私の母はな―――殺されたのだよ」
「……!」
おまけに殺した直後の現場でその仇と戦い、油断して詰めの所で敗北したのだ、と続ける。
驚愕する清楚。この状態での驚く顔というのはなかなか貴重だな、と埒もない考えが頭をよぎるが意識して片隅に追いやっておく。
そんな貴重な顔もすぐに納得した顔となる。
「成程な。それで心残りと……で?」
「で、とは?」
「仇を討つと言ったな? その相手をどうするのか聞いている」
「殺す―――」
「……」
「―――やも知れぬし、そうでないやも知れぬな」
「……なんだそれは。俺をからかっているのか」
否、と返す。そんな腹積もりはない。
そうとしか言えないのだ。あの佐々木という少女は母を殺した。
憎しみは胸にあるが、殺すまでの経緯、他にも何となくあの少女は己の師に似ている。そんな理由からか、いまいち殺意と憎しみが指に乗らない。
「まぁ、直に
友人に仕えていた少女風に言うなら"斬れば解る"と、そんな所であり、剣を振るうモノならではのこの理屈で存外相手も己もその心情を図れるものだ。発想自体はかなり物騒極まりないが。
さ、この話題はこれでおしまいだ、と話を終わらせる。
「……ふん、良いだろう」
不満げであるも引いてくれた清楚。
ここで出すべきなのはこんな重いモノではなく、やはり彼女たちの事だろう。
来月6月の8日。
遂に武士道プランの投入が決まったのだ。
これについての心境を尋ねてみた。
「んはっ! 何処であろうと俺は俺だ。其処は変わらんよ。まぁ、多少不安がない訳ではないが」
「おや、存外に素直な感想」
不安などというのを口にするのは今の清楚の状態だと口には出さないと思っていた。
それが伝わったのか鼻で笑い―――
「誰だって初めての事に不安は覚える。俺とて変わらん。だが、お前はちゃんと支えてくれるのだろう? ならばお前にだけはきちんと伝えておこうと思ったまでだ」
「――――あぁ、友として出来る限り力になろう」
「……友として、か」
「どうかしたか?」
何でもない。そう言ったきり、覇王さまは何やら複雑気に盃を傾ける。
本当にどうしたというのか―――気にはなるが、そっと触れておくのが良いだろう。
やがて程良い所で切り上げ、お開きとした。
―――夏の兆しは眼と鼻の先―――