「えー、ここは―――で、あるからして……」
静寂の室内の中、カリカリ、と筆記する音だけが支配する。
現在時刻は4時間目の真っ只中。普段はFに負けず劣らず癖のあるこのクラスも流石エリートにして特進クラスというか、みな真剣に授業を受けている。
ただ、完全な静寂かと言えばそうでもない。
隣がF組の為、彼らの騒ぐ声が聞こえてくるのだ。
それなりに大きい声で騒いでいる様で、教室からは悪態の独り言がポツポツ漏れる。
「まったく、Fの山猿め……耳触りなのじゃ」
「騒がしいったらない」
賑やかなクラスだ。
しかし、ここまで騒げるとなると恐らく自習だろう。元気のいいことだと感心してしまう。
やがてチャイムと共に授業の終わりは告げられ、お馴染の号令で締めくくりお昼の時間となった。
先程とはうって変わって学生らしい和やかな空気と移る。
「ノルン君、一緒に食べよう」
「ノルンよ、共に食事を取ろうではないか!」
「兄上、義経、構いませぬよ」
誘いに首肯で応じ机を動かす。
その最中隣にいた小雪がドーンと抱きついてきた。
冬馬や準もそれにつられる様にやってくる。
「ボクもー!」
「私達も良いですか?」
「おぉ、我が友冬馬もか。遠慮はいらぬぞ」
兄上が冬馬の誘いを受け入れ、かなりの大所帯と化してしまった。
しかし机の距離はそう空いてないので座れない事もない。
各々席に着き持ってきた弁当を開き、頂きますの声の元食事を取る。
「そう言えば義経達の弁当って九鬼がやっぱり用意してんの?」
「フハハハ、其処は我が弟が手ずから賄っておる。これが料理上手でな、大変美味だぞ」
「ノルンの料理はとっても美味しいんだよー」
へぇー、と意外そうにこちらを見る準。
聞けば準も小雪と冬馬の弁当をこさえているとか。こっちからしたら意外なのはお互いさまといった具合なのだが。
1つどうぞ、と弁当箱を差し出す。
準は中に入ったシュリンプを1つ取っていった。
「うぉ、ホントに美味い!? 時間が経っているのにスゲェサクサクだぜ」
「些か独自の方法でパン粉の水分を更に飛ばしておる故、時間が経ってもサクサクなのだ。こちらも1つ頂くぞ」
準の方からは金平ごぼうをチョイスし、口に運ぶ。
一品としては王道だが弁当ではなかなか渋いメニューだ。
味わってみると、食材の感触を保ちつつ、きっちり味を染み込ませている。
インスタントには見受けられなかったので恐らく自家製。
「準のも美味い。その歳でここまで作れるのはなかなかあらぬぞ。晩御飯の余り物でも」
「何故バレたし」
「そうなの? ハゲー、唯でさえ欠点だらけなんだからこれ以上怠けるとその内名前を無くすよ?」
「名前を無くすって何なのよ!?」
「いの……なんだったかなハゲ」
「そういう意味か!? 準ですよ、井上準!」
「知っておるが、それがどうした?」
「突然自分の名前を叫ぶなんて変なジュン」
「お、落ち着け……KOOLになるんだ、俺」
準をからかうのは面白い。
横から駄目だぞ、ノルン君、と義経に窘められてしまうが、これも1つのコミュニケーションだ、と説いたら頭を捻りながらも義経を誤魔化す事が出来た。
「そんな違う意味で過激なコミュニケーションいらねぇ……」
そろそろ話題を変えるべきか。
さもないと準が何やら暗黒面に落ちかねない。
「時に、あと数日後には水上体育祭なるものがあるとか」
「そうですよ。うちの学園では10月に行われるモノとは別に、6月にレクリエーション的なスポーツの行事が行われるんですが、その形式が特殊でして毎年ランダムに3種類選ばれるのです。今年は水上体育祭に決まったようで、場所は川神湾で行われます」
「へぇー、この学園、今更だけどホント変わってるよね。グビ、グビ……」
冬馬の親切丁寧な有難う、と礼を言うと、お役に立てて何よりです、と返してきた。
体育祭で水が関わるというのは意外と斬新な形式と言える。
色々ちなんだ競技があるそうで楽しみだ。
「そしてそれが明けらば直ぐ期末、という訳か。弁慶、抜かるでないぞ?」
「だーいじょうーぶだって。落ちたら川神水を断つという覚悟でやれば自己防衛本能で集中力も増すでしょ」
なんとも身体に悪そうな集中力の上げ方である。
学園内での成績が学年3位以内を条件に弁慶は川神水の所持、飲む事を許されている身。
これで落ちたらやめる以前に取りあげられるだろうから確実にここは死守しなければ弁慶にとって文字通り死活問題だ。
「それに、ノルンが私達の世話を献身的にしててくれれば更に確実性は増すだろうね」
「つまみが切れたのであれば正直に申せばよかろう」
「分かっちゃった? 以心伝心だ」
いっておれ、と言いながら蔵から予め作っておいた小さめのタッパーを取り出す。
「そら、イカとオクラの酢の物風和えだ」
「お、結構風変わりな」
はむ、と口に入れる弁慶。
よく噛みしめ味を確かめる。
「うん、美味い。川神水に合うねぇ」
「我が弟も大概甘いな」
「呵々、作り手の性、でしょうか。美味しそうに食べてくれますからね」
何であれこうして作った物を喜んで使う、食べて貰うのはやはり作り手としては何より喜ばしい。
唐突に懐にある携帯が震えだす。直ぐに止んだ所をみるとメールの様子。
差出人は珍しい事に清楚。
内容は今から2人っきりで会えないかというモノ。構わない、と返信すると屋上で待ってるね、と直ぐに返事が返ってきた。
食事もあらかた終えたので、片付けを済ませて席を立つ。
「おや、どちらに?」
「屋上だ。清楚からの呼び出しでな。2人っきりがよいそうな」
「お、なんだなんだ? ひょっとしてそう言う仲なわウボゥ!」
茶化そうとしたら小雪に蹴りを喰らわせられた準。
実に痛そうである。
何故蹴られたし、と騒ぐ準。鈍感ハゲー、とムスっとした小雪。2人の様子を見て今のは準が迂闊でしたね、と笑いながらたしなめる冬馬。
そんなやり取りに後ろ髪引かれつつも教室を後にした。
蹴られた準にはアレだが、恐らくそんな色めいた話ではないと直感が告げている。
呻く準を他所に屋上へと向かう。
無論、釘をさすのを忘れずに。
―――屋上。
2人っきりが望みという事は十中八九人に聞かれたくない内容だろう。
そもそも、彼女がメールという手段を取るのがそれなりに特殊である。
其処まで知らない間柄ではないので昼休みという時間帯に用向きがあれば直接尋ねに来ている筈。
何か事情があるのだろう。
そして、己の経験則からこれが確実にトラブルの類であろう事を予想し、心眼もこれを肯定。
(願わくば穏便に済ませられる様にしたいものだ)
屋上へ着いてみると既に清楚は到着していた。
他には人気は圏境内を含めて皆無であり、都合良く2人きりの空間が可能な状態だ。
「あっ、ノルン君」
「や、清楚」
手を上げてこちらに近づいてくる清楚に応える。
何やら思いつめているらしく、彼女の表情からは困惑、憂いの色が窺えた。
取りあえず近くのベンチに座り、念の為人払いと防音の結界を張っておく。
「ごめんね、急に呼び出したりしちゃって」
「構わぬ。人払いは既に済ませた。して、何があったのだ?」
「……実は―――」
清楚の口から語られた内容は、何と言うか在りがちで、しかしそれだけに起こりがたくもあった。
「……由々しき事態だな、それは」
「うん……誰がやったのかまでは心当たりもなくて」
あったらあったで手っ取り早い話である。
端的に言うならばそれは盗難にあったかもしれないという話。
ただし、無くなった物は
―――彼女の水着である。
切っ掛けはここ最近増え始めた持ち物の紛失。
最初は清楚も知らない間に落としたのかと思っていた。だが持ち物は一定間隔の期間で無くっていき、最初はシャープペン、次は消しゴム、下敷き、ノートとエスカレートしていき、最後には今日の水着にまで発展したという次第。
何やら更衣室付近で男子がうろついているというちょっとした騒ぎで更衣室を出た時の僅かな間に盗まれたそうな。
「でも、最近……その…」
「どうかしたか?」
「む、胸の……ところが、ね? サイズが合わなくなって、変える予定だったから」
気恥かしそうに己を抱き締める様に腕で胸の部分覆う清楚。
顔は真っ赤になってしまった清楚に素直にすまんだ、と謝る。気にしないでと言ってくれた彼女に感謝。
気を取り直して―――
「や、例えそうだとしても水着紛失の事実は消えぬぞ」
「うん、余り疑いたく無かったけど……ここまでされちゃうと、ね」
変える云々は兎も角、九鬼として、なにより友として犯人は必ず捕まえなければならない。
出来るだけ穏便に。
何故か、などと問うまでも無いだろう―――
指輪を取る清楚。
間髪入れず魔宵伽を展開。
「俺のモノを盗った盗人には相応の制裁を与えねば。なあ、ノルン」
「止めい。清楚が出張らずともよい様に内密に進める故、よいな?
話を終えた以降は憤る西楚さんを宥めるのに昼休みを費やしたのだった。
その方法が膝枕+頭を撫で続けるというのはキャラの崩壊も甚だしかったが可愛くもあったのでこの際眼を瞑る。
別角度からのプレッシャーが凄まじことこの上ないが。現在進行形で。
「時に、
「俺が味わった事がないものを弁慶が知っているというのは不公平と思わんか?」
「……ようは弁慶が羨ましかった、と―――アイタッ!?」
照れ隠しの拳とはいえ威力が地味に高いです、覇王さんや。
―――放課後。
改めて清楚が無くしたという更衣室周辺を見てみた。
ちなみに6時限目が終わった後、予め配置して置いた身外身を以って人払いを掛けておいたのでプール周辺は現在無人の状態。
水泳部も顧問をひっくるめて今日は臨時の休み―――という具合に
立地的にみて死角が存在しなくもないのだが、やはり盗みを働いて尚見つからない様な状況に持っていける場所では無い事が判明。
仮に死角に隠れたとしても、今度は校舎側から丸見え状態になってしまう。
一時的に隠れられるかもしれないが、そんな不審人物がいればそもそもこういうのを覗いているであろう鉄心殿が見ていても可笑しくない。
にも関わらず問題が明るみになっていない状況に首を傾げるばかりだ。
(犯人は私の様に普段から実力を隠しておった? 否、秘しておればこの身の心眼が直ぐに見抜く)
同じ理由で外部からの犯行はまずない。
己を含め、ここにいる実力者が真昼からそんな輩が入ってくれば確実に探知できる。
生徒にしても全校集会などであらまし学校全体を見渡した事があるが、やはりそんな人物など見当もつかない。
ならば、やはり同学年やクラスの犯行か、と思考するがそもそも更衣室が離れた所にある以上難しい。
(犯行が難しい……
当然ながら男子と女子の更衣室が別にあり、しかも男子が女子更衣室の方向に行く道理は粗無い。
何故なら用具等は女子側に無いからだ。
そんな不審な行動をすれば一発で分かるだろう。
今回、偶々清楚が故あって少しの間更衣室から出ていた時に起きた犯行とはいえ、女子更衣室の周りにいればバレるリスクは高い。
ましてや、氣を封じているとはいえ覚醒後と前も基本的に同じ清楚自身。
多重人格でないため、氣を発現する前でも武術は多少心得がある。
死角に隠れていても確実に発覚するだろう。
状況を再び思い浮かべてもやはり犯行を人知れずに為すにはモモクラスの実力者を騙せもしない限り無理がある。
そこまで考えた時1つの可能性が頭をよぎる―――
(仮にこの考えが正しければ―――確かめてみるとしよう)
「―――それは確かですね」
「うむ、ワシが見た所そう言った人物は見受けられなかったぞい」
「わかりました、感謝します鉄心殿。それとはしゃぐのも程々に。私は構いませぬがルー師範代が仕舞いには心労で倒れますよ?」
「余計な御世話じゃわい」
やはり鉄心殿はプールの授業を観察していた。
状況を聞いてみた所、やはり女子更衣室周辺にはそれらしい人物は見掛けていないらしい。
話を聞いて益々頭の中での可能性が更に高まっていく。
礼を言ってその場で別れた。
「―――でね、その時結構な騒ぎだったのよ」
「それは大変でしたね」
「もう、最悪よ! スケベ男子共め……あ、君は違うからね?」
「お気遣い痛み入ります」
現在学園内に残っていた3-Sの女生徒から更衣室近辺でのやり取りを聞いている所。
清楚経由で痴漢騒ぎが起きたと聞いて、それを調査していると言ったら快く話してくれた。
「個人としても卑劣な真似は許せませぬし、九鬼としてもこういう不祥事は見過ごせませぬ」
「あはは、頼もしいね君。女子みたいなのに」
「良く言われますよ」
更に場が談笑に湧く。そこまで面白いことを言っただろうか。
話を聞けば不審者がいる事を告げてきたのは忘れた水着を取りに来た1年らしい。
体操着で駆け込んできたので良く覚えているそうだ。
曰く、更衣室を覗こうとしている男子を見たとか。
「有難うございます。参考になりました」
どう致しまして、と言ってくれた3年生と別れる。
その後も己の仮説に基づいて捜査を続けた。
―――翌日。
清楚からメールを貰ってから丸一日たった。
昨日の段階で犯人が判明した為、清楚には昼休みが終わったら屋上で待って貰うように伝え、己は1年のクラスへ。
表札には1-Aの文字。
「あー、昼食時の所邪魔してすまぬな」
突然の上級生の登場に唖然とするクラス。
小声で口々になんであの先輩が、という声が聞こえてきた。
「安納マリという女子は
「私、ですけど」
声と共に出て来たのは1人の後輩。
オドオドとして困惑の色がありありと浮かんでいた。
その顔色の中に怯えも交じっている。
「
「っ!」
「すまぬが今より共に屋上へ来て貰う」
「……ハイ」
先に向かう様に促し、彼女はそれに従う。
見かねた1人が何の用か、と問うてきたが瑣末な事と誤魔化した。
「失礼をしたな、後はゆるりと"昼食を取るが良い"」
「あ、ハイ……」
言霊を用いて後を追って来れないようにする。
これで野次は来れないだろう。
屋上にあがれば既に清楚が来ていた。
連れてこられた1年はあからさまに怯えて、挙動不審の有り様。
「えっと、ノルン君? 犯人が分かったって言ってたけど」
「如何にも。彼女が犯人だ」
「え―――ええぇぇーー!?」
彼女らしからぬ大絶叫。防音も施しておいて良かった。
驚くのも無理は無い。
だが、状況的にみても彼女しかあり得ないのだ。
死角も少なく、身を潜むに適さない更衣室周辺。
見物していた鉄心殿の語る事と現場の食い違い。
そして何より、それを言いだしたのは彼女という事が証拠。
あの状況で虚言をしてまで注意を逸らしたい理由があるとすれば、それは見られたくない行動を為すからに他ならないのだ。
無論、これらはすべて状況証拠であり物的なモノは無い。だがしかし、彼女自身後ろめたさがあったのだだろうか。
こちらの言う事に察しは付いた。
「どうして、私の水着なんかを?」
「……」
清楚の問いに彼女は顔を赤くして俯いたまま答えない。
伏せた状態でチラチラとこちらを気にしている様子が心眼に頼らなくても窺えた。
「ふむ、何やら私がおっては彼女個人にとって都合が悪い様だ」
席を外す故、後は存分に話し合うが良い、そう告げて屋上を後にする。
ただし去り際に―――
「先に申しておくがあくまで己の為した行いを自供するということを前提に席を離すのだぞ? これ以上誤魔化す様ならば九鬼として、何より清楚の友として黙ってはおれぬ」
―――その後の顛末。
今回の水着盗難の犯人である安納マリは一言で言うならば百合な性癖の持ち主だった。
6月の挨拶の時から一目惚れして以降色々と清楚の事を影から見ていたそうだ。
所謂追っ掛け、体裁悪く表すならばストーカー。
最初は遠くから見ているだけで良かったらしいが段々と想いを堪え切れず今回の暴挙に到ったそうな。
最早典型的である。
閑話休題。
あの後、勇気を振り絞ってみるも、清楚の性癖は特殊で無い事を見れば結果は推して知るべし。
ただ、悪意があった訳でもないので清楚も謝罪し、盗んだものを返してくれるなら許すという事で双方の合意による示談で決着を付け、事件は人知れず幕を閉じた。
覗き騒動はそれとなく1年の見間違いという噂を流して鎮静化を図っており、経過を見るに程なくして消えるだろう。
ちなみに、筆記用具等を盗んでいたのは別クラスの同学年の男子で、なんというか小学校とかでありがちな縦笛的な感じに盗んでいた。
語るまでもないと思うが、こちらにはO・HA・NA・SHIした後職員室に放りこんだ。
しかし、幕を閉じたからといって万事上手く収まったかと思うとそうでもなく―――
「九鬼ノルン先輩……0に近くてもチャンスがある以上私、負けませんから!」
「清楚、この後輩はなんの話をしておるのだ?」
「さ、さぁ、なんだろうね?」
凄まじく睨みつけてくる後輩の物言いに困惑する自分と、苦笑する清楚であった――顔が仄かに顔が赤らんでいる。
安納マリの瞳には羨望、嫉妬、対抗心などが見て取れる。
現状尤も異性として清楚との距離が近いのは傍から見てれば己か京極先輩辺りの筈だ。その辺りを踏まえると彼女の恋敵を見る視線は分からなくもない。
確実に告白が絡んでいるのだろうが、何を話したのかは当人たちのみぞ知る。
女性同士の会話の中身を聞くのは無粋というものだ。
言うまでもなく一発キャラ。
絡めやすそうで、実はそうでもない百合百合ストーカーさん。