気まぐれ神様の物語 真剣恋Ver.   作:ジーザスルージュ

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37話

 ――――KOS開催二日前。

 

 中国にある九鬼の支部。

 九鬼家の当主、九鬼帝は仕事でここに赴いていた。文字通り世界股にかけ、多忙極める男の顔はとてもけわしいもの。

 別段、商談やパーティが上手くいかなかった訳でも、九鬼関連の株が暴落した訳でもない。

 ならば何故顔をしかめているのかと言えば、目の前に突然来訪してきた己の息子、次男が原因である。

 

 そもそも九鬼帝はここに息子が来る事事態知らされていない。

 しかも飛行機などもつかった痕跡が無いらしく、どうやって来たのか疑問だったが九鬼帝は頭の片隅に追いやる。

 会議が終わったところを待ち伏せされて、挙句今日やる予定だった仕事の資料等をかき集め効率よく纏めあげ、手伝い、今こうして忙しいこの身に態々15分の時間の空白を強引に作ってまで自分に話があると言って九鬼の中国支部の一室にいるのだ。時間を無駄にはできない。

 

 

 訝しんでみる父帝にまず紙媒体の資料を渡す。

 これは、と尋ねてくる父上。

 

「今後約50年間、宇宙開発や軌道エレベータ―建設、稼働するにあたって必要になりうる技術や条件、起こり得る問題と対処法を己なりに纏め上げたものです。頭の片隅にでも入れて頂ければ」

 

 無言で速読の様にページをパラパラと捲っている。大まかな概要だけ頭に入れているようだ。

 一通り流し目に読んで、資料を脇に置いた。

 

「それで、態々ここまでして時間作って会いに来たのはこれを渡しに来たって訳じゃないんだろ?」

 

 本題を話せ、と言ってくる父上に対して、無言のまま土下座をした。

 

「私を、九鬼から除籍して頂きたい」

 

「……!」

 

 この人に珍しく息をのむ様な息遣いを無視して言葉を続ける。

 

「母、筱宮幸恵が死して、私を拾ってくれた恩……感謝してもしきれませぬ。せめてモノ力になればとRord Makerを始め、軌道エレベータ―建設関連、宇宙開発に尽力して参りました」

 

「あぁ、ノルンには感謝してるぞ。アレらのお陰で俺の夢は大分縮んだからな」

 

 そう言って貰えるだけで感無量であった。

 今まで為してきた事がきちんと貢献できたが故の言葉だったから。

 

「この程度で、拾ってくれた恩を返しきれたとは思いませぬ。それでも、恥を承知でどうか、除籍して頂きたい」

 

 伏せた頭を上げず更に姿勢を低くする。

 その光景を見ていた父は佐々木って奴の事か、と確認するかのように問う。

 はい、と返事をした時、父の表情はきっと複雑な顔をしているだろう。その辺は見なくても察せる。

 

「KOS、佐々木は必ず出張るでしょう。私が出ぬとなれば、参加者を皆殺しにする事は必至」

 

「……そこまでの狂人か」

 

「はい」

 

 個人的に言わせて貰えば、彼女は狂人では無く、生粋で原始的な武人。しかし、傍から見れば狂人に変わり無いので訂正はしないでおく

 姉である九鬼揚羽はクラウディオ達からの報告を聞いて、何やら対策に乗り出しているようだが恐らく止めるには至らない。

 現状の彼女の実力は間違いなくモモと同格かそれ以上、その上あの妖刀の性質、彼女固有のあの幻術、この世界のマスタークラスの人間とは相性というモノが悪すぎる。

 

「KOSはルール無用がルール。万が一にも殺したとしても事故と片づけられる手筈でしょう。然りとて殺した事実は消えませぬ。九鬼の人間がそれを為してしまえば足を引っ張りましょう……拾われた恩に、私は最大限の仇で返しとうありませぬ」

 

 人間的な方面としてはその程度と、笑い飛ばしてくれるかもしれない。しかし、それではこちらの気持ちが収まらないのだ。

 この一点の汚名が九鬼の名に泥を塗り、足を引っ張る。

 ならば佐々木の方をあきらめろ、と言われるかもしれないが、彼女の行動から出ないという選択肢は無い。

 それは、己の大切とするものの多くを犠牲にしてしまう。それは到底看過できる訳が無かった。

 

 詰まる所、佐々木がKOSに出場する事を決めた時に、この身に執着した段階で既に己にとっての望む結果を具現する為の選択肢など1つだけだったのだ。

 

 ―――例えそれが、九鬼の家族を、武士道プランの申し子たちの、友の心を裏切る結果になろうとも。

 

(奪われるよりは、嫌われる方が遥かにマシだ)

 

「父上を始め、家族に対する裏切りだとも、武士道プランの申し子達の事、買って出た筈の責任から逃れる無責任な振る舞いだという事も重々承知しております。然れど、どうかお頼み申す」

 

 改めて土下座で頭を下げる。

 暫く沈黙が部屋を支配した。やがて、盛大な溜息が洩れて、空気が僅かに弛緩した。

 

「……全く、顔も性格も似てない癖にそういう頑固な所は幸恵にソックリだよ」

 

 父が語り出したのは母筱宮幸恵の事。子供を身籠ったこと、父は知っていた。

 会いに言った時、部屋に招かれて土下座したそうな。

 迷惑はかけません。頼る事も一切せず育てていくから生む事を許して欲しい、と。

 九鬼の事も一切明かさず、何があっても1人で生きていける強い子に育てるから、と。

 話を聞いた時は正直嬉しかった。顔の似てない、性格も似ているとは言い難い己が尊敬している母と似ている点があると言われた事は。

 

 小さいころから客観的に見て苛烈な特訓の意味が良く分かった。

 ある意味、その点に於いては己は母にとって嬉しい誤算だったと言えるのかもしれない。

 そして、同時に強かだった事もよくわかった。九鬼帝が、己が愛した男がこの身に接触する事も想定済みだったのだろう。

 さもなくばあの時、ああいう事は言いはしない。毎年会っているとはいえ、抜けているようでちゃっかりしているというかなんというか。

 

「父上」

 

「九鬼ノルン!」

 

「……はっ」

 

 雰囲気が豹変した父に何も言わず恭しく土下座姿勢で頭を下げる。

 その滲み出るカリスマ性と、気迫、言葉遣いは今まで一度も見せた事のないまさに"九鬼"だと言える容貌であった。

 

「我、九鬼帝の名に於いて、汝、九鬼ノルンを日本時間は7月27日午前0時を以って除籍処分とする! 以降は旧姓である筱宮を名乗るが良い!」

 

「……はっ」

 

「刻限と共にお前と我は赤の他人。何処でも好きなように生き、好きに果てよ」

 

「はっ!」

 

 もう一度姿勢を深く、低くして答え、やがて立ち上がった。

 これを、と通帳を指しさ出す。

 

「今まで九鬼に入ってから稼いだ資金です。これをお返しして置きまする」

 

「……いや、これはお前の働きに対する正当な報酬だ。黙って受け取っておればよい」

 

 父の言葉に、そういう訳にもいきませぬ、と首を振る。

 通帳には約2000万近い金額が入っている。子と言えど、九鬼家では事業に貢献すれば正当に報酬が支払われるシステムになっている。

 己は間違いなく九鬼を裏切ったのだ。労働に対する正当な報酬と言えど裏切った相手から貰った金銭で日々を生きる糧にするのは筋違いである。

 

 そう申し出たこちらに対して父はより一層厳しい顔をする。

 

「ならば、それは父として為せる最後の選別と受け取れ。意義は認めぬぞ? 聡いお前ならば親の面子を潰す様な真似はすまい?」

 

 親の面子が、と言われてはこれ以上言えなくなった。

 申し訳なさと同時に刻限が来ていないとはいえ、いまだ父と言ってくれたこの人に感謝の念が湧く。

 

「……承知しました、有り難く頂戴仕る」

 

 恭しく、今度は立ったまま礼をする己を力強く見据える父は、数瞬視線を向けて

 

 ―――ふにゃりと、一気に元に戻った。

 

 疲れたー、と言わんばかりに肩を掴み、首を回す。

 

「あー、ひっさしぶりに堅苦しく喋ったぜ。何時以来だろうなー」

 

「呵々、格好良かったですよ。とても、ね」

 

 茶化すんじゃねぇよ、とヘッドロックでじゃれついてくる父。

 声は何処までも明るかった。

 

「んで、言ったからには勝算はあんだろうな?」

 

「さぁ?」

 

「さぁってお前……」

 

「結局のところこの身は、武芸者ゆえ」

 

 言葉を聞いた父は不思議そうに小首を傾げる。

 流石に言葉が少なすぎて分かりかねたらしい。

 

「武芸者は、その本質とは獣です。人でありながら"力"と言う弱肉強食の理に殉じる事を決めた人種が武芸者。勝算以上に己の理に従い、武を振るうことしか知りませぬ。どれだけ普段の私の行動が理知的に見えても……佐々木との戦もそういう類なれば…この身が敗れ果つる事も十二分にありえましょう」

 

「ノルン……」

 

「然れど、闘うからには勝つ。それ以外見えぬのです」

 

「お前……最初からそう言えばいいだろう、が!!」

 

「私とて父に格好付けたい時はありまする――――って、ちょっギブ、ギブ!」

 

 そのままじゃれ合ってる内に空いた時間も終わりを告げた。

 語る事は語ったので、初めの物々しさが嘘の様なサバサバした何時も通りの振る舞いのまま己は部屋を後にしようとして、父に呼び止められた。

 実に締まらない。

 

「なんでしょう?」

 

「お前、KOSが終わったらどうするつもりだ?」

 

「父上の選別もあります故、最低限川神学園を卒業するまでは川神市内に留まる心算なれば」

 

「……そうか、分かった。もう行っていいぞ」

 

「はい。失礼致しました」

 

 今度こそ部屋を後にした。

 

 

 

 ―――回想・終。

 

 

 

 

 

 

 

「答えよノルン!」

 

 未だ動揺とこちらの言葉で怒りが収まらぬかつての姉。

 己を真っ直ぐ睨みつけ、今にも跳びかかってきそうである。

 

「私から貴女に語るべき事は皆無」

 

「なっ!?」

 

「申した筈です、私はもう筱宮ノルンである、と。事情とやらを知りたくば九鬼帝殿に問われるがよろしいかと」

 

 未だ喚く九鬼揚羽を意識の外に追いやり、取りあえず圏境を七浜全体に広げてみる。

 町の各所で戦いが始まっており、一進一退の所もあれば、太陽の子メッシ率いるチームや、クリス達ドイツ軍人チームが一方的に圧倒する等、状況は様々である。

 

 しかし、同時に思う所がある。

 

「思う以上に逸材とやらが集まらなんだな。才能著しいものはおれど、未だ研磨が足りぬ」

 

 尤も、この大会は研磨する環境として打って付けるとも言えるが。

 それでも、これだけ大きい大会、世界から参加者が集っており、特に海外で名を馳せた選手が主だって活動するここ七浜で、めぼしい所は太陽の子メッシとドイツ軍人チームのマルギッテ意外にはいない。

 

「些か、拍子抜けだ」

 

「随分な言い草じゃないか、相棒。参加してる面々は世界で名を馳せた奴も多いってのに。ってか、発言がさっきかららしくないぞ……事情を説明しろ、事情を」

 

「どれだけ名を馳せ様が、武道四天王とやらに匹敵せぬなら脅威ではあらぬ。後、事情と申してもな……話は大会が終わってからでよいだろう?」

 

 この身も一応参加者だぞ、とモモに言う。

 モモはえー、と不満そうにブーイングを上げた。

 

「それじゃあ、聞けるのは3日後じゃないか。私の我慢弱さは知っているだろう?」

 

 それはもう、よく知っていますとも。振りまわされた口なのだから。

 ブーブー言うモモに案ずるには及ばぬ、と告げる。

 

「うん?」

 

「このKOS、其処まで時を掛ける必要が見いだせぬ。故に―――」

 

 ―――今日中に勝負を決する心算だ。

 

 こちらの発言に、驚くでもなくニヤァ、と何故か嬉しそうなモモ。

 何故今の言葉を聞いてそんな表情になのかは疑問だが。

 

「やる気だな、ノルン。いよいよお前の本気が見れるのか」

 

「ふむ、ある意味では、な。雪花」

 

 こちらの呼びかけにうむ、と言わずとも分かっていると言わんばかりに首肯で答える雪花。

 

「随伴は……シキと珠百合でいいか?」

 

「うむ、妥当であろうな。任せたぞ」

 

 任された、とこちらの顔を自分の方に引きよせ、その唇を口に重ねた。

 

「…ン…」

 

「なっ!?」

 

「ほっほ、大胆じゃのう」

 

 表面に触れるだけの軽いもの。直ぐに離れた彼女は満足そうに微笑む。

 他の妖星衆の面々はヤレヤレ、と苦笑顔だったり、微笑んだり、恥ずかし気に視線を逸らしたり。

 

「フフ、ではね。シキ、珠百合、ゆくよ」

 

「はい、姉さま」

 

「では、行って参ります主」

 

「うむ、いってらっしゃい」

 

 瞬間、掻き消える3人。残ったのは己と酔花、ディズィーのみ。

 

 ふと、視線を向けてみると随分と珍しい表情をしているモモがいた。

 驚愕と、狼狽だろうか、震える手でこちらを指して口を金魚の様にパクパクと開閉している。

 舌が上手く回らないらしい。

 何が言いたいかは心眼で何となく察せるが、ここは無視するとしよう。

 

「ではな、モモ。酔花、ディズ、我等は川神へ参るぞ」

 

「あいよ」

 

「畏まりました、お館さま」

 

「待て、ノルン! まだ話は―――」

 

 姉だった者の制止に耳にも入れず、川神の方へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 自分達の今まで見てきたものはなんだったのだろう。

 

 それが、今この場にいる者達の総意である。

 皮肉ながら奇しくも合致したKOS参加者の心は、共通して1人の少女に向けられた。

 

 桃色の袴を着た白髪2本の角を持つ少女。

 つい先ほどまで泥沼の混戦だった七浜の一角はこの少女によって沈黙させられたのだ。

 

 争う最中に突然、この少女は眼の前に現れ、手直で争っていた人間を2人、地面に叩き潰した。

 文字通りに。

 少女の手によって地面に亀裂どころか地割れさえ生じさせるほどの力で頭を叩きつけられ、血を流し倒された。

 あまりにも現実離れした光景。

 それを作り出した子供とも言えそうなくらいに幼い少女は、グルリと周りを見渡し―――

 

「ふむ、この程度ですか。兄さまが仰った通り、これを振るうまでもない」

 

 兄と言うのが誰かは分からない。

 だが、少なくとも振るうまでもないというのが何なのか位は察せる。彼女の手に持っている槍の事だ。

 手に持ったそれを無造作に肩に掛けており、とてもではないが敵を前にしているとは思えない振る舞い。誰が言うまでもなく、語るまでもなく、彼女は暗にこう言っているのだ。

 

 ――――お前達の力は得物を使うに値しない、と。

 

 その場にいた誰もが激昂する。

 小娘風情が何するものぞと。勇ましい様子は傍から見れば少女一人によってたかって袋叩きにするという武闘家としてはあるまじき行いだろう。

 冷静さを残す者達には心の隅でそう思う部分もあったが、やはり己の力を侮辱した目の前の少女に怒り心頭だった。

 生意気な子供にしつけをしてやる。

 恐らくは大なり小なりそんな心持ちで殴りかかったに違いない。

 

 例えそれが蛮勇すら超えた愚勇に等しくとも。

 

 襲い掛かっていく者達に対して少女は徐に拳を作った腕を水平に薙いだ。

 宛ら羽虫を払うかの如く。

 

 襲い掛かった者も静観していた者も覚えているのはそれだけ、凄まじい衝撃と共に気付けば誰ひとり立てず、ボロ雑巾になって地に伏せていたのだから。

 しかも建物などの建築物には一切被害が出ていない。

 

「さて、該当エリア内を掃討するのに……大凡これと同規模を後2回程ですか」

 

 戦とはいえ、戦線が些か分散しすぎです。

 少女のポツリ、と漏らした言葉を最後にギリギリ意識を保っていたものも闇に沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 アルゼンチンから参加した太陽の子の異名を持つメッシは、賞金に然したる興味は無く己の腕試しの為にKOSに参加した。

 前々から日本には武闘家として興味があったのだ。

 最終兵器の異名として名高い川神流の開祖である国であるから。

 尤も、その辺を期待しても結局のところ武神と謳われるのモノと拳を交えることは叶わなかったが。

 それでも祖国に、何より己に恥じず、この戦いを糧にしようと武を振るった。幸い、世界規模の大会であったので実力者には事欠かなかったし、何よりより実践的な環境に身を置くに到って興奮していたのも事実。

 

 とはいえ、それを優先するには余りに物騒な輩が多すぎた。

 メッシはまず銃器の類のモノを優先的に片づけていった。持ち前の技量は銃器に引けを取るモノではなく冷静に対処し、順調に駆逐していく。

 しかし、如何せん数が多い。3分の1程駆逐して、それでもまだ尽きる事は無い。

 

 賞金に目が眩んだ匹夫。

 正々堂々を好む彼の眼には銃器を血走った眼で扱う彼らはそう見えていた。

 

 被害が周りに及ぶ前に早く片付けねば―――

 メッシがギアを上げようとした時。

 

 ――――視界の中で奔る僅かな閃光。

 

 気付けばメッシは地に伏せて倒れていた。

 彼のみならず、銃器を振りまわしていた者たちまで残らずに。

 

 メッシも、周りも残らず身体から煙を噴き上げており、ピクピクと時折身体を震わせる。

 なんとかメッシは身体を動かしてみるが動けない。

 ダメージもそうだが、電流でも浴びたのか身体に漫然と痺れがある。

 

 何が起こったのか。

 

 辛うじて保つメッシが辺りを見てみると―――

 

 ――――其処には1人の少女がいた。

 

 日本で言う忍者―――女だからくの一だろうか―――のような装束を纏う少女。

 しかし、唯のというには見えない。

 全身は蒼白く発光し、パリ、パリ、と時折電光が身体から発している。

 辺りを静かに見据える少女は、一体をグルリと観察する様に見渡す。

 

「―――これで掃討完了。急ぎ主の元へ戻らねば」

 

 ―――パシュン。

 そんな音と稲光じみた閃光と共に消えさる少女。

 

(一体、なにが……)

 

 そんな疑問が頭の片隅に過りながら、メッシの意思に反して静かに瞼が落ちるのだった。

 

 

 

 

 

 

「Hasen Jagt!」

 

 七浜公園界隈ではクリス達ドイツ軍チームが猛威を振るっていた。

 マルギッテが先陣を切り、クリスが遊撃として当たる。

 クリスの父親であるフランク・フリードリヒが猟犬部隊から選出した精鋭3名と共に後ろを固める。

 本職の軍人の卓越したチームワークに為す術なく他のチームは倒されていく。

 

「やっぱりマルさんは強いなぁ」

 

「光栄です、クリスお譲さま」

 

「いや、全くもってクリスの言うとおりだ。君はドイツの宝だよ」

 

「勿体ないお言葉です中将」

 

 だが次の瞬間には、娘の可憐さが如何に素晴らしいかと言う話題になり、マルギッテも同じ様にエキサイトする。

 中心人物であるクリスは照れながらも嬉しそうに無邪気に笑うのだった。

 そんな親子達をみて部下達は、相変わらずだなぁ、と心底思う。

 

「しかし、なにやら急激に挑んでくるものが減っていきましたね」

 

「やはり、お互いが潰しあったんじゃないんだろうか?」

 

「ふむ、クリスの言う事は一理あるな。しかし、これは……」

 

 周囲を鋭い眼光で見据えるフランク。その表情は険しい。

 マルギッテの言った通り、途中から急激にこちらに対する攻勢が止んだのは気付いていた。

 愛娘の言う事は確かに大いにあり得るだろう。だが、戦場を知る者の感が告げている。

 

 ――――この状況は人為的に作られたモノだと。

 

 側に控えるマルギッテも猟犬部隊の3人もそれを肌で感じ取っていた。

 警戒するに越した事は無い。

 フランクは隊列を組み直そうと指示を出そうとするが―――

 

「ほう、感が良い。軍人の中でも精鋭の部類か」

 

「!?」

 

 なかなかどうして、悪くない。

 凛と響く声に驚きおもわず振り向く。

 ほんの十数メートルという、さっきまで倒れ伏す人間しかいなかった筈の所に何時の間にか居た女性。

 年の頃はマルギッテと同じか少し下程度で、少女と女性の中間ぐらい。

 黒い袴に袖の無い小袖、黒いを羽織を袖を通さず外套の様に羽織る黒髪の女性は薄く笑みを浮かべたままドイツ軍チームを見渡す。

 

 そんな中クリスは驚愕した。

 

「葉桜、先輩!?」

 

 余りにも目の前の女性が武士道プランの申し子の1人である葉桜清楚に似ていたが為に。

 クリスの言葉に違う、と否定する女性。

 

「私の名は雪花だ。覚えるも覚えないも自由だよ。それより、些か油断しすぎじゃないか、お譲さん? この戦はバトルロワイヤル……見敵必殺が基本戦術だ」

 

 雪花と名乗った女性の言葉に即座に敵と判断し、フランクはマルギッテに静観を命じ、後方の部下3名に射撃指示を出す。

 しかし、一向に発砲する気配が無い。

 何事かと後ろを見ても、先程までいた筈の部下の姿が何処にも無かった。

 

 何処に、と思ったその時―――

 

「お探しの部下は、この3人かな?」

 

 言葉と共に雪花に視線を向ければ、両の手に2人、もう一人は足元で疼くまでっている。

 

「な、ん、だと」

 

 その3人は先程までフランク達の後方に居た筈の部下達。

 移動する軌跡すら見せずに人知れず部下達を瞬く間に撃破したのだ。驚かない訳が無い。

 

「其処の赤髪は、挑むのは構わないが眼帯は外しておく事をオススメしよう。手加減して勝てる相手ではない事は、これで察せと思うが?」

 

「ッ!(こいつ、私の眼帯に気付いた?)」

 

 言われた通りに眼帯を外したマルギッテ。彼女の眼帯は己の力を封じるための自己制御装置の一種なのだ。

 目の前の女は瞬時にそれを見抜いたらしい。

 雪花自身が言った通り、力を押さえて勝てる相手では無いだろう。

 それどころか、眼帯を外そうとも勝てる見込みは低いだと直感で悟っていた。

 素直に眼帯を外したマルギッテ、笑みを僅かに深めながら、それで良い、とばかりに肯く雪花。

 両の手に持っていた猟犬部隊の精鋭たちを離す。

 

「ッ――――ガ、はァ!?」

 

 何をされたのかも分からずマルギッテは地に伏せた。

 起き上ろうにも全身に奔る激痛がそれを許さない。

 マルさん、と叫ぶクリス。

 地に伏せた彼女は声を出す事も儘ならない状況で、声なき声で必死に制止するように訴えかけるが残念ながら妹分には聞こえない。

 雪花の足元に転がるマルギッテを助けんとレイピアを振るい襲い掛かるも―――

 

「あぅ!?」

 

 瞬く間にマルギッテの隣に突っ伏した。そのまま気絶するクリス。

 意識を失うを確認して、雪花はフランクの方を見る、

 

「まさか、我らがこうも容易く破られるとは……雪花、といったか。その名、覚えておこう」

 

「ご随意に。それで、どうする? 残りは貴方1人だが」

 

「戦術、戦略的にみれば、勝つ為に撤退した方がいいのかもしれないな」

 

 だがしかし、と残りの銃を抜いて雪花に向けるフランク。

 

「人の上に立つ者として、何より親として、ここで背を向ける訳にはいかんのだよ!」

 

「……フフフ、見事だよ軍人」

 

 抵抗する間もなくフランクも娘や部下と同じ末路を辿った。

 

「フゥ、これで掃討完了か。ノルンの元に戻るとしよう」

 

 死屍累々の様相を呈する中、独り言と共に陽炎の様に彼女は消えていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 ――――KOS七浜側本部。

 

 仮説のテントの中では設置されたモニターで仕置き人衆が試合の様子を見ていた。

 先程、ノルンから離れた3人による七浜の蹂躙劇をも。

 

「開始10分と経たず七浜方面は全滅。凄まじいな」

 

 九鬼揚羽はモニターみて、感嘆の声を上げる。

 七浜だけでも軽く300人は居た筈だ。初手でノルンの手で50以上を減らされ、その後、他の者達は疾風怒濤の勢いで壊滅させられた。

 他のモノ達も同意見なのだ。マスタークラスの実力者たちをして驚愕せしめる3人の腕前には眼を張るどころでは無い。

 中にはメッシやマルギッテを始めちらほらと実力者が居たのにも関わらず全滅すれば驚愕は寧ろ自然であった。

 

 横ではクラウディオが無線機で連絡を取っている。

 

「――――えぇ、えぇ、こちらでも確認しております。なに? 報告はハッキリとしなさい、要領を得ません……分かりました、貴方がたはそのまま処理にあたった後、通常通り負傷者を救護場所まで運びなさい」

 

 無線を切るクラウディオ。

 ネガティブな顔を見せない万能執事が僅かに顔を悲痛に歪ませながら発言した。

 

「たった今、従者部隊の連絡で、例の者のチームとおぼしき者達が変死体で見つかった、と」

 

「変死体?」

 

 揚羽はクラウディオの言葉を思わずオウム返した。

 どこかで入ってくるかもしれないと構えていた者たちにはやはり、と思うと同時に、万能執事の口で語られる単語に首を傾げざるを得ない。

 その万能執事が難しく眉間に皺を寄せて困惑しているとハッキリと顔に出ているのだから尚のことただ事とは思えない。

 

「変死体、と報告を聞いた限りはそうとしか私には言えませんでした。いえ――」

 

 ――死体と呼ぶのかすらも定かではないのかもしれません

 

 万能執事の言葉に例外なくその場の者達が頭を捻る。

 話を聞くと件の佐々木が共にしていたメンバーが衣類等身につけたものを残して消え去ったという。

 しかし、と皆が疑問に思う。

 身につけるものだけで他には何もないのなら何故それが死体(・・)という表現を使うのか。

 メンバーのものと思しき衣服の内側には人の形をかたどる様に積もった塵の山。そしてちょうど頭があったとおもしき場所には大量の髪の毛。それぞれの量は、ちょうど登録した時の顔写真と照らし合わせて、そのメンバーと同じ量、色が落ちていると。

 

「…………」

 

「…………」

 

 思わず黙るのは必然だろうか。

 誰一人として語らない。語れない。報告を終えたクラウディオに揚羽でさえねぎらう言葉を忘れ去ったように口が開かれない。開けない。

 しかし、開かねばならない、先へと進めるために。

 

「発見前の監視カメラの映像はどうじゃった? 他に異変らしきものはなかったのかの?」

 

 絞り出した。そう形容するしかない声。

 鉄心の声にクラウディオはこちらです、と監視モニターの一部を使って一部分を拡大。映し出された問題の映像を全員首を伸ばして見てみた。

 薄暗い路地。頭の悪い男たち4人に付いていく、膝どころか太ももの上の方、かなり際どい半着一枚に膝下まで来る羽織を纏った金髪姿は紛うことなく、あの朝に見た姿。

 薄暗い路地の先を進んでいって、すぐにカメラの視界から消えた。

 カメラの視点が消えた先の路地を映していたものを映して

 

「あれ、消えた?」

 

 切り替わった瞬間、黒白の砂嵐が広がるのみ。切り替わったまま変わらず、路地裏の先を見ることは叶わない。

 

「映像はここまでとなっております」

 

「ふむ、カメラを潰されたか」

 

「はい。しかし、その後2分と経たないうちに彼女は消えた先から戻ってきます」

 

 言葉通り、時間にして1分と少し、切り替わる前のカメラの映像に映し出される細めの金髪美女の姿。ただし、先導していた男たち4人の姿はない。

 彼女の姿が路地裏から消えて少し。その後に従者たちの姿が現れる。バレても即座に対処できる程度に距離を離していたので到着まで時間が掛ってしまったのだろう。

 

「そして、この後に先程の報告というわけか」

 

「はい、揚羽さま」

 

 従者の首肯に押し黙ったのは主だけではない。

 件の彼女はカメラには何も捕らえられず、そのすぐ後に変死体――死体と表現できるか怪しい状態――で見つかる。

 それは、それが意味することは即ちそういうことだ。状況証拠だけなら間違いなくクロ。あぁ、しかし、実際には誰が一体信じられよう。人が塵の様になったかもしれない等と科学が浸透するこのご時世に、そんな魔法染みた(・・・・・)事をどうやって証明しろというのか。

 先程とは違った意味で沈黙という幕が下りる。

 

「それで、その佐々木ってお嬢ちゃんは今どこに?」

 

 沈黙を斬り裂く様に問うのは鍋島正。答えるのは発信機を確認していたクラウディオ。

 

「ノルン様が七浜を離れると同じくして離れておりますね。かなり距離がありますが」

 

 画面に映る発信機のシグナルはノルンのソレからそれなりに離れた位置にいるのが確認できる。

 ノルンの後をつけているのだろうか、ピッタリとくっ付き、一定の距離を保ったまま離れない。

 そうか、と再びモニターに目を向ける鍋島。

 

「ハッ、ノルンの奴ハッタリじゃなくて真剣(マジ)で今日中に終わらせる気でいやがるな。それより、どうすんだよあの譲ちゃんの方は」

 

 モニターで見ていた釈迦堂は笑みを崩さず周囲に問う。

 答えたのはヒュームだ。

 

「まだ出張る時ではない。あの女が大っぴらに事を起こしたまさにその時が好機だ」

 

 その言葉に、けどよ、と異議を唱える釈迦堂。

 

「このままじゃあ、ノルンの奴がその事を起こす前に終わらせちまうぜ?」

 

 九鬼ノルン率いるチームの行動は、まさしくKOSの意義には相応しい。

 だが、KOSに関わる運営側の思惑とは真っ向から反対に向かっていた。

 そもそも仕置き人衆自体、佐々木を拘束する為に用意されたモノと言っても過言ではない。万が一を起こし得る、実際に起こした彼女に対して、証拠はなくても嫌疑が掛った今、敵に刃物を向けた時点で彼女を拘束できる大義名分を得られる。

 しかし現実ノルンの行動は作為的にすら思える程仕置き人衆達の建前では無い本来の行動を起こすにあたって凄まじいまでに間接的な妨害していた。

 

「仮に終わらせたその時は、チームメイトに対する殺害容疑で拘束すればいい」

 

 今同じ理由で出ていってもKOS運営側からの過剰な介入、しかも最終局面では興醒めも甚だしいと見られるやもだが、彼の行動は選手のみならず見ているものをも蹂躙する超然とした振る舞いは、実際に見ている者の興奮を別次元に殴り飛ばしている。様は圧倒的すぎて付いていけないのだ。

 ならばこそ、周りが置き去りになっているこそ押し通し得るという計算なのだ。

 

「多分、ノルンも其処まで計算して動いてるのかも知れませんね」

 

 唐突に漏らした百代の独り言に、確かに、と仕置き人衆は同意する。

 飄々としているようで、高い観察眼と先見の明を持つノルンならばそれくらいは出来そうだというのが彼を知るものの共通の認識。

 よく知らないものも、その言葉に頷くには十分な状況であり、そしてソレは間違いではないのだ。

 しかし、同時にそれは計算づくだということはこの状況の何もかもが彼にとっては予想のうちということ。それは即ち――

 

「まぁ、そんなことより……」

 

 一気に闘氣が高まる百代。

 

「あの女達との関係は是非とも相棒から直接聞かせて貰いたいモノだ」

 

 ビリビリと空気が震えだす。

 

(凄まじい気迫じゃのう)

 

(というカ、何であんなに荒れているんダ? 百代ハ)

 

(そりゃルーお前、自分でも気付いてない乙女的な事じゃねぇか)

 

(じゃろうな、しかし言ってることが似合っとらんのう、釈迦堂)

 

(ほっとけ、ジジイ)

 

 それに呼応するように揚羽の闘氣も高まる。

 

「よくぞ言った百代! やはり我も直接事情を気が済まん!」

 

「応とも、揚羽さん。まずは―――」

 

 何やらKOSが終わって以降のノルンの拘束方法を考え出した2人。

 呆れ顔でその様子を見ている周り。

 完全に目的が明後日の方角だ。

 誰が戻すと言うのか。

 

 

 世界格闘大会KOS2009は文字通り始まったばかりである。

 

 




2015 10/16 改訂

斬殺死体→塵化した変死体
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