気まぐれ神様の物語 真剣恋Ver.   作:ジーザスルージュ

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43話

 ――――川神院、修行場。

 

 時刻は深夜。

 見慣れた筈の寺院内も夜の帳が落ちた光景には何処か普段と違って見える。

 昨日は色々とお楽しみだったがためにしなかった鍛錬を今やっている最中だ。

 一振り一振りに全神経を集中して振る。動作を、速度を、軌跡を、呼吸を意識して振る。

 初手よりも次手、次手よりもその先を、より速く、より高みへ。

 力をフルに溜めるのに時間はいらない。秒の半分の間隔で振るわれる文字通り神速の太刀。

 ここは他人の家である。そのため、影法師による鍛錬は結界等があるとはいえ、傍から見れば破壊活動そのもの。

 なので、自粛する分をせめてここで補っておかなければ鍛錬とは呼べない。

 

 イメージするのは己にとっての最強。

 上下黒の袴に鞘に収めた得物を手に携え、どんな時でも悠然と構える師の姿。

 瞼を閉じるまでもなく思い描ける――――迫る敵全てが、唯佇む師から放たれる不可視の刃に裂かれる、背後だろうが真上真下お構い無しに両断する、そんな絶対不可侵な領域を持っているかのような様相は未だに己にとって憧憬そのもの。

 

 秘剣 明鏡止水なら師を倒す事も容易ではあるがそれでは駄目だ。

 あくまでも同じ土俵で勝ってこそ、初めて越えたと言える。時間だけなら己に分があるのだ、それでは何時か勝って当たり前。

 しかし、同じ技でならそうはいかない。

 あの人の身体の極、その練達は尋常ではない。目下の目標はチャージタイムをより食い下げる事、そして月御霊を使った状態で秘剣 佚之太刀を繰り出す事だ。

 

 月御霊には鞘がない

 何故ならば蔵から直接出すから。愛刀はその能力の高さゆえに僅かにでも殺人の意思がある時でしか抜かない様にしている。

 古来、東洋の剣士にとって刀を収める鞘とは抜いた刀を戻す場所である事から生の象徴らしいが、生憎と本気の殺し合いの場で切り札を抜くのにそんな悠長な事は出来ない事が多い。

 佐々木の時は単純にそう言う流れが偶々出来たからに過ぎない。

 奇襲を受けた際に蔵から取り出し、更に鞘から抜いたのでは遅すぎる。佚之太刀にしてもコンマ以下の時間が命取りになり得る状況で悠長なことをしていたはズンバラリンだ。今は未だ佚之太刀を繰り出すよりも蔵から取り出す方が圧倒的に速いのでは必然である。

 そして、この身は常識をかなぐり捨てた覚えもない。何処の世界に許可の無い刃物を常に手に持つ阿呆がいると言うのか。

 

 しかし、佚之太刀を居合いでしか知らないが故に体術的な再現がきわめて困難だ。

 明鏡止水も体術だが、肉体によるとはいえ、運命操作の一種。感覚的にはゲームのコマンドを選択するモノに近しいだろうか。

 明鏡止水自体はそこまで容易いものではなく、結果に到るまでの過程は色々複雑だが分かり易く表現すればそんなもの。

 だからこそ、こうして日々己のイメージに近づける為に刀を振るう。幸いにして感覚だけなら掴めている――――

 

 ――――のだが。

 

「……こうでは、あらぬのだがな…」

 

 ついつい独り零してしまう不平不満。

 一太刀毎に振るわれた白刃は阿頼耶の速度を優に跳び越えている。しかし、それだけだ。

 この世界では、いや、数多の平行世界でも恐らく稀有といえば稀有なのだろう。だが、やはり己にとってはそれだけだ。

 そもそも、これだけの速度なら単純に振るよりは――――

 

「――――秘剣、燕返し」

 

 こちらの方がまだ戦術的には有効的である。

 一息に同時に放たれる三本の魔刃。剣撃で以って織り成す不可避の檻。

 何故だろう、かつて弟と世界に出る前、偶然出会えた敵に修行がてらと挑み散々苦戦した者の必殺技だというのに、今この時には空しいのは。

 

 仮説にすぎないが、燕返し、佚之太刀は恐らく光の速度を凌駕して初めて到れる領域である。確立現象の一部を具現化したり、因果を直結するなんて、それこそ瞬間的にでも光を凌駕していないと理論的には到れない筈。

 燕返しよりも、遥か先へ。一点集中の一撃必殺を心がけて。

 思考を巡らせながらも剣を振るう。

 

(為せぬのは、なまじイメージが居合いである為か。然りとて、これが雪花やシキ、或いはモモや清楚、義経やまゆっち辺りだと一回くらいはサラッと出来そうで怖くはあるが)

 

 実に悲しきは武芸の際の無さか。

 規格外の心眼や透化スキルは"戦い"に於いては絶大なアドバンテージを誇るが"武芸"まで突き詰めると実のところそうはならない。

 師に曰く、器用な不器用さだ、と言われたのは未だに心に残っている。透化による尋常ではない程の高い集中力があるのに、何故想像通りに到れないかと頭を捻られた。

 だが、前述に上げたスキルで"戦い"の際はあったので実戦になれば意外とスペック以上を発揮するとよく言われたのも覚えている。

 

 故に器用な不器用さ、と言われたのだろう――――

 実に、的を得た評価だ。

 

 それはそれとして、そろそろ指摘した方がいいか。

 担った刀を降ろし徐に口を開く。

 

「盗み見とは感心しませぬよ、鉄心殿」

 

「ふぉふぉふぉスマンのう。見事な剣撃に見とれておったのでの」

 

 実は少し前から居たここの主にして川神院の総代殿。

 気配を殺していたのは邪魔にならないようにとの配慮か。

 

「一言申して頂ければ遠慮なく見てもよいというのに」

 

「なに、折角の武技に水入りというのは気が引けてのう」

 

「ご配慮、痛み入ります」

 

 一礼に対して好々爺の様に笑みを浮かべる鉄心殿。

 その顔は何故かホクホク顔であった。

 気になって理由を尋ねてみれば、己の剣にあったらしい。

 

「全く同時に3度の斬撃による必殺の檻、見事じゃったぞ」

 

「ありがとうございます。然りとて、己が編み出したモノではあらぬ故、些か以上に複雑ですが」

 

「誰しも一流に到る為には模倣から始めるもんじゃよ」

 

(とはいえ、奥義に等しい斬速に、先程の剣技。口で言うほど容易でないモノを、あぁもアッサリやってのける辺り、先日のネェーちゃん達も含めて底が知れぬと言うか得体が知れぬ)

 

(――――なんて考えておるな、この眼は)

 

 探られる様な視線は慣れっこだ。不愉快なのは変わりないが。

 しかし、それもこれも己の得体の知れなさ原因である。色々とお世話になっている分甘んじて受け入れよう。

 それに、この状況自体は彼に聞きたい事があったため好機である。

 

「1つ尋ねてもよろしいか?」

 

「うむ、モモの事じゃな?」

 

「や、違いますが」

 

 何故したり顔でモモの事だと思ったのだろうか、この御仁。

 しかも、む、とさも意外でしたと言わんばかりの顔が何故かイラッ、と来る。

 確かに、昨日今日のモモのこちらの挙動不審ぶりには目に着いたが、尋ねたいところはそこではない。

 

「ワン子についてです」

 

「なんと、まさか姉では無く妹の方じゃったか!? ふぅーむ、スレンダーの方が好みなのかのう、お主は?」

 

「失礼ながら、頭はご無事か」

 

 誰がコイバナをすると申したか。モモの意識が大分そっちに傾き出したのは見て取れるが、其処を態々相談する必要性が無いと何故分からない。

 なけなしに作ったシリアスが台無しである。

 駄菓子菓子、戻してみせよう、シリアスに。

 

「ワン子の師範代という目標についてです」

 

「……」

 

 押し黙る鉄心殿。

 辺りには虫と夜行性の鳥の囀る声。途端に夜の闇に重みが生じたかのようだ。

 黙秘を続ける鉄心殿に更に言葉を紡ぐ。

 

「彼女の才能では十中八九師範代にはなれますまい。それは鉄心殿も承知の筈……」

 

「……」

 

如何(いかが)される心算で?」

 

 よく、才能なんてなくとも、という輩がいるがそんな事はまずあり得ない。ある程度の領域なら努力でもカバーできる。

 しかし高みに到れば至る程、人の限界、超えられない壁が見えてくるものだ。

 大抵の者はそれを思い知って夢半ばに諦める。才能というのは所謂この限界の値である。

 

 川神院の師範代となればその門の狭さは数字だけ見るならオリンピックの代表選手並みの倍率だろう。

 ワン子は約10年掛けて夢に向かっていった。しかし、悲しいかな既に限界が見え始めている彼女では最早壁を超えるだけの成長は望めない。

 だからこそ、問う。友として、彼女をどうするかと。

 

「ワシもそこは考えておるがのう……」

 

「……孫可愛さに二の足を踏んでしまう、と」

 

「ッ……」

 

 ギシリ、と空間が軋む。目の前の人物の闘氣によって。

 無言の圧力と威圧感を以って向けられる。表情は出ていないが、怒髪天を付いているのは明白だ――――髪は無いが。

 言外に侮るなと言っている。

 

「然れど事実である」

 

「ッ! …………お主、やはり可愛げがないのう」

 

「どうも」

 

「褒めとらんわい」

 

 そもそも、其処を責めたい訳ではない。むしろ気持ちは痛いほど共感できる。

 鍛え教えた側が10年経ってなんで今更いうのかと、言われた方すら思うだろう。

 

 ――――だからこそ提案する、必要な事、その為の方法を。

 

「オヌシ……ならん! それではお前達の間に禍根を残すぞ。そんな方法は天秤が一方的に傾きすぎる!」

 

「なれば、貴方がたに為せると? いま尻込みをしておる者達に」

 

 押し黙ってしまう鉄心殿。提案した己が語るのも何だが、確かに天秤が著しく傾いてはいるし、何より下手をすればファミリーの面々とは絶交モノである。

 だがしかし――――

 

「叶わぬ夢なら、疾く覚ます必要がありましょう」

 

「……」

 

「何も結論をいま直ぐ出せ、とは申しませぬ。時の猶予は余りありませぬが……ただ、私はその覚悟があり、必要となれば協力は惜しまぬものと、心得ておいて頂きたい」

 

「……あい分かった。覚えておこう」

 

「有難うございます」

 

「じゃがオヌシ、何故其処までしようとする?」

 

 鉄心殿は神妙な表情で問うてくる。何故かと問われるまでもない。

 

「……私が為したいが故に…としか申しようがありませぬな。友として、それが必要ならば為すまでの事です」

 

 ふと、圏境に引っ掛かる気配。とても馴染み深い気配。

 

「おー、やっぱジジイのか。って……の、ノルンもいたのか」

 

 凄まじい速度でやってきたモモ。

 呆れ顔でやってきたかと思うと、こっちをみてまた僅かに赤くし狼狽し出した。といっても、昨日よりは遥かにマシなところまで下がっているが。

 雪花達のことを聞きたいのに聞けない、という具合も昨夜もあったが、ここまで意識されると色々とアレだ。

 横で何やらニヤニヤしている鉄心殿の顔がイラッとくるがスルー。

 顔を軽く横に振って自然に話しかけてくるモモ。

 

「何してたんだ?」

 

「なに、私の鍛錬を鉄心殿が見学しておっただけだ」

 

「そういや、ノルンの鍛錬って見た事無かったな」

 

「ワシも無かったからの、ついつい見てしまってたのよ」

 

「なぁなぁ、見せてくれよ」

 

 時間を確認して、もう少し出来る事を確認して了承し、再び刀を振る事に全神経を集中させる。

 意識は刀へ、このままの状態で佚之太刀を繰り出せるように――――振るう。

 

 音はない。

 音を超え、光に到らんとする速度と、身体操作による効率的な挙動が大気を震わさずに刀を振るう事を可能にしている。

 

(――――秘剣)

 

 正眼に構えた刀を

 

(――――佚之太刀ッ)

 

 真っ直ぐ振るわれる白刃が夜の帳が切り裂く。

 しかし、振るう姿が見える以上やはり完成には程遠い。

 

 やがて空も白みだした所で切り上げる。刀を納刀し、蔵に戻して滝の様に流れ出る汗を手で拭い、深呼吸をして新鮮な空気を取り込んだ。

 

「お疲れさん」

 

「どうも」

 

 労いの言葉に笑顔で一礼を返す――――のはいいのだが。

 視線はその隣の孫娘さんへ。

 

「…………」

 

 沈黙したまま昨日の夕陽に負けない位に顔を真っ赤にしており、一種の忘我状態とでも言うのか。

 

「モモ?」

 

「おょいッ!?」

 

 奇声を上げて反応するモモ。驚きすぎである。

 悲鳴なのかよく分からない声まで上げて、なんだというのか。

 色めいたものに近しいのだが、明確では無いのでイマイチ分かり辛い。

 

(おょいって……どう発音したのだ)

 

「どうした?」

 

「な、なんでもないッ!」

 

 先に戻る、と言いながら戻っていった。

 何だと言うのか。

 モモからは照れは元より、恥じらい、僅かな焦りを含んだ迷いみたいなモノを心眼は正確に見抜く。

 迷いの中身は色恋のソレに近しいが、肝心のモモが抱いているソレに対してハッキリとしていないせいかイマイチ不鮮明だ。

 物事の本質を見抜ける規格外の心眼も、抱いてる当人が理解していないので弾き出される答えも不鮮明になるのは必然である。

 

「青春じゃのう」

 

「はぁ……?」

 

 

 

 

 時間も立って日が昇りきった頃。

 鉄心殿に今日も強化補修は無しと言われてしまった。予定通り7月31から行うそうで、それまでやる事が無くなってしまったのだ。

 取りあえず、外に出てきますと行って川神院を出たのだった。

 

 とはいえ、外に出たものの何かやる事がある訳でもない。

 適当にブラつくだけ。朝ご飯時には返ってこいと言われてしまい、初めは断るものの既に用意したから食材が無駄になると言われてしまい礼を言って頂く事に。

 とはいえ、川神院の修行にまでは参加するつもりはない。

 部外者というのもあるが、川神院の鍛錬法は正直肌にあっていないのだ。根性論は良いが、戦いの為の鍛錬なら素振り以外は本気での鍛錬をした方が為になる。

 精神修養なんざ素振りを延々やらせていれば付くもんだと師匠に習ったのがあの鍛錬法だ。

 

(思い返しても素振りとリンチ――――もとい、仕合しかしておらぬな……)

 

 振り返った修行風景の様は真夏だというのに肝が何故か冷えるばかり。

 これ以上思い出すのは精神衛生上によろしくないので、カット。

 サブイボとかあるけど、カット。冷や汗が止まらないけど、カット。

 

 寒気の絶えないナニカを頭の隅に追いやり、ふと何故か思い出した泊めて貰うことを受け入れた時に感じた珍妙な予感。

 

(厄介事がなんぞあるかと思えば何もなく、精々モモが挙動不審だったこと程度)

 

 厄介事が益になるという珍妙な感覚を心眼から告げられたのだが、ついぞ何もなかった。

 しかし、何故だか以前心眼は変わらず同じ事を伝えてくるのだ。

 頭を捻るばかりである。

 

(はてさて、一体何が――――)

 

 起こるか、と思考を巡らせたところで違和感を感じて立ち止まった。

 多馬大橋のちょうど真ん中、変態の出現率が多いこの橋に珍しく人っ子一人見えない。

 

(――――まて、少ない?)

 

 周辺には人どころか車すら1台すら見掛けないのは余りに可笑しすぎる。

 今は夏休み。ましてや、交通網的にもここから忽然と常時展開している圏境範囲100mに一切居ないのは奇妙を通り越して異常だ。

 

「見つけたあああぁぁぁーーーーーッ!!!」

 

 突然の大声に反射的に声の方に意識を向けてみると――――

 

 その方向からは何故か妹だった紋白とその付き人ヒュームの乗る車両があった。100m以上離れて尚、耳に残るその声量には驚きを禁じ得ない。

 閑話休題。

 

 声の主は車両の窓から身を乗り出してこちらを睨む紋白そのひと。

 速度を上げて瞬く間に到着、車から降りてきた。

 

「おはよう、紋ちゃん」

 

「……おはよう、ではないわ戯けーー!」

 

 怒鳴られてしまった。

 いやに険しい表情だとは思っていたが、まさかここまで爆発するとは予想外。

 しかし、憤怒自体は予想通り。

 それだけの事をしでかした自覚はある。いまにも食い掛かってきそうな顔は普段の愛らしい顔からは似合っていない。

 

「その様子では、父上より事情を聞いた様子」

 

「あぁ、あぁ、聞いたとも! 何故だ、何故話してくれなかった!?」

 

「ふむ、こんな物騒な事を聞かせとうなかったし、関わらせとうなかった、では納得して貰えぬか?」

 

「納得できるか! 我はお前を家族だと思っていたのだ。なんでも話せる相手だと……それが隠し事をされて、挙句の果てには何も告げず九鬼を去るなど、出来る筈がなかろう!」

 

 耳どころか心身痛い話だ。清楚達は何だかんだであの場は流してくれただろうが、概ね紋白と同じだろう。

 これにかんして反論の余地もない。完膚なきまでに。

 

「……」

 

「なんとかいえ、ノルン!」

 

 言える事などある筈がない。

 必要だったと、そう言うのは簡単だが、所詮はいい訳だ。

 だからこそ、出来る事は――――

 

「すまなんだ、だまってて」

 

「……それだけか?」

 

「謝る以外に……術を知らぬ」

 

「ッ!」

 

 父の時と同じように土下座しかない。

 地面だという事すら気にも留めず地を舐める様にひれ伏す。

 

「すまなんだ」

 

「ッ……ッ…」

 

「紋様」

 

「……よい、顔を上げろ。男が軽々しく土下座などするで無い」

 

 いわれてそのままスッ、と立ち上がる。紋白の顔はいかにも満足してませんといった具合であり不承不承なのが見て取れた。

 蚊帳の外だったことが気に入らないのだろう。彼女の場合は。

 正直、申し訳なさでいっぱいである。とはいえ、優しいこの子の事、黙っていてくれと頼めば秘密にするという苦痛に苛まれていただろう事は想像に難くない。

 

 不機嫌そうにしている紋白を見つめるヒュームにも視線を向けると、一昨日の戦闘があっても精神的疲労すら窺えないのは流石というか何というか。殺すぞと言わんばかりにこっちを睨むヒューム卿。

 ふと、その執事が向けてくる視線の中に妙な打算が見えた。

 

(これは――――)

 

「……時を稼いでおる?」

 

「……ッ!」

 

 彼の顔が一瞬強張るのを見て事実だと確信。

 逃げる積もりはないが、何故時を稼ごうというのかは気になる。

 

「ふむ、時を稼がんとする意図は分からぬが、この身に逃走の意思はあらぬぞ。今のところは、な」

 

「フン、相変わらず可愛げのない小僧だ」

 

 しかし、好都合だ、と不良執事は語る。

 果て何の事だと訝しんでいると、圏境の範囲に急速に入り込んでくる気配。周りを徐々に従者部隊達に囲まれつつある事が察せた。

 その内、ヘリまで登場しだした。そのヘリの中に誰が乗っているかも己の圏境は具に伝えてくる。

 人影がヘリから天空へとその身を投げ、華麗に着地。

 

「九鬼揚羽、降臨である! 漸くに見つかったか」

 

「揚羽さん……」

 

 紋とは反対側からも猛スピードで接近する気配。これもまたよく知った者。

 

「九鬼英雄、顕現である! 探したぞ、ノルン!」

 

「……英雄君か」

 

「そのように白々しい呼び方をするでない! 事情は父上から聞いた」

 

「そう、ですか」

 

「しかし、その事で我はお前を責めようとは思わぬぞ。我とて、同じ立場なら似た様に振舞ったであろうからな」

 

 その言葉に幾分救われた気分だ。怒っているのは間違いないが、それでも分かってくれるというのは思う以上に心の重荷が取れるもの。

 だからこそ、父の時の様に、紋の時の様に、為すべき事を為すべきだ。

 改めて、地に伏せ土下座。

 

「!」

 

「!」

 

「致し方ない、などという言葉で済ませる心算はありませぬ。然りとて謝らねばならぬ非があるのも事実……黙ったまま語りもせず、九鬼に、家族に対しての裏切りに等しい行為、真に申し訳ない」

 

 信念と覚悟は既に通した後。ここで為す土下座はその覚悟の残滓だ。

 非があるなら詫びる――――当たり前のこと。

 許される為ではない、ただただ、非を詫びる為。それは先程謝った紋もひっくるめてである。

 ここには居ない4人にも謝らねばならないが、まずは此処からだ。

 

「あーあー、頭を上げろー、体勢を戻せノルン」

 

 体勢を戻す様にと促したのは、兄だった人でも姉だった人でも妹だった人でも無かった。

 文字通りの頭上からの声。

 ヘリのローター音がある為か拡声器を使用して喋るのは我が父であった九鬼帝その人。

 圏境で乗っている事は最初から分かっていたので驚愕は無い。

 言われた通りに体勢を戻し、頭上を見上げる。

 

「おー、元気そうで何よりだ」

 

「はい、そちらもお変わりなく何より」

 

 彼を父と呼ばなかった事に顔を険しくする九鬼の3兄妹。

 父と呼ばないのは別れ際の赤の他人であると告げられた為。他人と言われた以上は父とは呼べない。

 しかし、多忙である筈の九鬼帝が何故、と疑問に思う。

 同時に、心眼が鳴らすあのあべこべな警鐘――――それが強くなっているのはどういう事か。

 

「唐突だがよ、前に言ったあの絶縁の話、やっぱ取りやめるわ」

 

「――――は?」

 

 何を言っているのか理解するのに数瞬必要だった。

 KOS開催の2日前、覚悟を以って答えた筈のそれは今から買い物に行くと告げる程度の軽い一言で撤回されたのだ、間抜けな声を上げた自分は悪くない。

 

「よくよく考えてみれば、やっぱお前の能力は惜しいし、俺も個人的にあのやり取りに思う所が無かった訳じゃなしな。幸いにしてあの佐々木って嬢ちゃんをお前は殺してないし、戻すのに何の支障もないって訳だ」

 

「……」

 

 唖然。

 2の句を告げようにも上手く舌が回らず、空回りした挙句に出たのは従業員としてのスカウトでは駄目なのか、という問いかけだった。

 口に出してからもっと他に言う事あっただろうと自分で自分にツッコミを入れてしまう始末。

 そして返ってきた言葉は――――

 

「それは俺が嫌だ」

 

 ――――だった。

 絶句である。呆然である。

 それ以上の何がある、いやない、と意味の無い2段活用を頭の中でつい繰り広げてしまった。尤も、破天荒ぶりは己のいえた義理でもないが。

 

「まぁ、変なとこ律儀なお前の事だ、おいそれと肯かねぇよな?」

 

「無論です。その言葉に容易く甘えては今迄のやり取りやここに到る各々の心までもが茶番に転ずる……それだけは看過できませぬ」

 

「だよなー、俺もそう思う。だからさ、理由を作ってやんよ」

 

「?」

 

 脳裏に奔る警鐘、心眼に基くそれは、やはり正確に騒動が起きる事を告げる。

 

「従者部隊から武闘波を中心に九鬼の精鋭でお前を捕える。逃げ切ればお前の勝ちだ、好きに生きろ。捕まればこっちの勝ち、再び九鬼に戻って貰うって訳だ」

 

「――――」

 

 ――――あぁ、本当にこの人らしい。

 

 そう思えてならなかった。

 

「呵々、成程、どの道逃げ場はあらぬ……か。うん、なれば――――」

 

 ――――是非もなし。

 

 その言葉は終わりの始まりを告げる角笛の様だった。

 蔵から即座に得物となる武器を抜く。

 

 それは赤塗りで刀身の無い不出来な剣の様に見えるもの。

 柄の長さも短く、一本ずつ手に持った。

 

「最初に私から縛りを伝えておきまする。1、私は刀を抜かぬ。2、私を捕まえるとするのはハグの様な形でも構わぬというもの」

 

 こちらの要件を言い終えると共に其処彼処から立ち上る怒気、怒気、怒気。

 別に心臓が鼓動している訳ではない。

 

「ほう、それは俺達を相手にすると分かった上での行動か? KOSで勝っただけとはいえ俺を潰したのはあの女であって貴様では無い。――――調子に乗るなよ小僧ッ」

 

 代表して威圧してくるヒュームに思わず呵々、と笑みを零してしまった。

 益々に怒髪天が天元突破している従者たち。

 

「失礼、調子付いてもおらぬし、侮る事など言語道断。刀を抜かぬとはいえ全力を賭して抗うのも事実だ」

 

 魔力を巡らせ、手に持ったソレを放つ。

 紫電の銀弾が、従者部隊の2人、序列一桁の鷲見、ゾズマの2人の足元へと正確に射抜く。

 深々とコンクリートの大地へと突き刺さったソレは足元にある影を正確に貫き――――

 

「ッ!?」

 

「身体が……ッ!?」

 

 動きを縛りつける。

 影縫いという忍者を題材にした漫画にはよくある技法。

 しかし、流石は従者部隊の中でも選りすぐられた精鋭。動けない筈の状態からでも少しずつ身体を動かそうとし、そして僅かに動こうとしているのが見えた。

 最もそれをみすみす許すなど愚の骨頂。

 

「土葬式典、制御」

 

 瞬間、足元の地面から、2人の身体を魔力が浸透し、衣服を石化させる。

 

「なッ!?」

 

「これはッ!?」

 

 本来なら指した場所を石化するそれを、遠間から魔力を制御し服のみを石化させていく。

 しかもそれなりに固くしたので氣を以ってしての身体能力でも石化から逃れられないあろう。尤も、砕いたところでマッパの運命を辿るが。

 ちなみに、一桁台なので、特別念入りに強力な石化を施してある。

 

 新たに取り出す6本。手に持った時には柄からは既に刀身が生じていた。柄の数倍は長く刃渡り1メートル程で、その形状は十字架を彷彿とさせる。

 知る人ぞ知る、その剣の名前は黒鍵と呼ばれる投擲剣。魔力で以って刀身を形成し、文字通り投擲することに適した武装だ。

 手を交差し、構える姿は魔獣の爪の如く。

 

「まずは2人……刀を抜かぬからといって他の得物を使わぬとは申しておらぬぞ? その縛りを手加減と捉えたのなればそれこそ慢心というものだ。あぁ、それとヒューム? 其方(そなた)と鉄心殿を負かした酔花なら――――」

 

 ――――私は1対1(サシ)で勝利しておる。

 

 示した言葉と行動に周りにあった怒りの雰囲気が掻き消える。

 あの執事に珍しくホンの僅かに、一瞬の内にだが頬を引き攣らせた顔に何やら妙な爽快感が胸に去来した。

 

「尤も、紙一重の辛勝ではあったが、な。さぁ、始めようか……鬼ごっこを」

 

 九鬼家至上最大の鬼ごっこが幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 黒鍵を四方に投擲。

 先の先――――紫電の魔弾が、踏み出そうとした従者たちの足元に刺さる。

 影縫いと土葬式典のダブルパンチは瞬く間に服を石化させる。普段からメイドや執事の服飾である従者部隊達にとって肌を蓋う面積の多い服が石化すれば粗戦力は削られたも同然だ。

 メイド達もスカート故に辛うじて足は動かせるが、服全体に及んだ石化によって腕は動かせない。実質戦闘不能である。

 

 続けざまに取り出し、即座に投擲。無数の土葬式典付加の黒鍵によって50人以上いた従者はそれだけで瞬く間に1桁にまで数を減らす。

 辺りをザッと確認しながら、頭を前に倒す。

 

 頭上を通り過ぎる鋭い蹴り。

 ヒュームの研ぎ澄まされた達人の居合いの如き蹴りをやり過ごす。淀みなく、流れる動作で先の後を制し、第二撃目の足を出される前にその足を踏みつける。

 

「ッ」

 

 そのまま肩をヒュームの身体に押し付け寸勁の要領で弾き飛ばし、すかさず黒鍵を背後の死角側に投げつけた。

 

「チィッ!?」

 

「クッ!」

 

 接近の予想と圏境で探知しての行動。

 結果として死角から近付くあずみと李の動きを牽制した。

 

「ロックンロールッ!!」

 

 雄叫びと共に放たれる二丁の機関銃からの一斉掃射。ステイシーお得意の火器による制圧射撃。

 しかし、それが意味を為さないのはお互い理解してる。

 大きく後ろへ宙返りしながら取り出した黒鍵。獣の爪の如く構えた片手3本、合わせて6本の黒鍵で悉く銃弾を弾く。

 

「ファックッ! やっぱ当たらねぇ!」

 

「ハアアァァァーーーー!!」

 

 揚羽の強襲。

 弾幕が途切れ、弾き切って技後硬直によって動けない所を狙い澄ましたこれ以上ない位のベストタイミング。

 拳が顔に突き刺さる。吹き飛ばされ、橋の鉄骨に身体がぶつかる。

 だが、唯で殴られてはいない。

 

「な、このッ!」

 

 揚羽の身体に纏わりつく木の幹。

 身体中に巻き付き強固に縛り上げ、身動きを封じた。

 

 ――――樹葬式典。

 

 独自に発展させた魔術であり、黒鍵に備えた宿り木の種を触媒に注いだ魔力で急速に成長し対象を木の幹で拘束する魔術。

 他の従者を石化したのと同じく足元に突き刺さった黒鍵から生えた幹によって拘束された揚羽。

 土葬式典でなく、樹葬式典を選んだのは付随する効果によっての選択。

 

「クッ……抜け出せぬだとッ?」

 

「その幹は拘束した相手の氣を感知して吸い取り、強度を上げるものです」

 

「ぬぅ……相も変わらず引き出しの多い奴め」

 

「どうも」

 

 とはいえ、その強度にも限界はある。

 過剰に吸い取って自壊を防ぐためにある程度は地面に流しているも、彼女の腕力なら後5分もすれば確実に抜け出せるだろうが、それでも時間は稼げる。

 

「レッグストライク!」

 

 桐山鯉の奇襲。

 彼の体術は、その蹴撃に限りマスタークラスの威力を誇ると言われている。

 迫る蹴りを腕を押し当てる様にして止める。

 

 苦み走った桐山の顔。

 いい奇襲ではあったが揚羽の時のようではない以上防ぐのは容易い事。

 しかし、狙いはこれではないようだ。圏境がこちらに奔る糸を捕える。

 

 

 ――――クラウディオの糸。

 

 

 様々な用途で用いられるそれを桐山の足を受け止めた瞬間に相手ごと巻き付けてきた。

 肉薄してくるクラウディオ。手には短刀が握られている。気絶させてから確保する心算だろうか。

 振るわれる短刀の速度は老人に似合わないもの。

 壁は超えてはいないが、間違いなく一般人では最強クラス。

 白いを弧を描いて迫る短刀を上半身では唯一空いた左の手刀で払う。

 

 弾いては迫り、迫っては弾いて。

 追い縋る短刀を何処までも冷淡に、軌道を見切るだけでは無く、弾いた先から次の軌道を誘導するように弾く。

 徐々に徐々に加速していく中、ほんの僅かに呼吸を乱すクラウディオ。

 

「ムッ!」

 

 それを見逃す程甘くはない。

 片足を払い、体勢を崩したクラウディオを掴み真上に持ちあげる。

 

「ぬぅッ!」

 

 寸でのところで蹴りを強引に止めたヒューム。

 頭上から奇襲を試みていた事を探知していたのでクラウディオを盾にしたのだ。

 流石のヒュームも己の武技の威力は心得ている様で、半ば博打だったが、ギリギリで勝利。

 再び寸勁+震脚でクラウディオをヒューム目掛けて弾き飛ばす。

 

 身体を捻り、体勢を桐山の方へ向け、指を弾き桐山の額を小突いた。

 声も無く倒れ伏す桐山。デコピンでの我が力、武を交えず(暗器暗武)で体内神経を掻き乱しての意識の寸断。

 拘束されていたのが災いしたのだ。纏わりつく糸を手刀で断ち切る。

 辺りを見渡すと、残りの従者はヒューム、クラウディオ、あずみ、李、ステイシーの5人。揚羽の拘束はもって後2、3分と言ったところ。

 

(状況は依然劣勢)

 

 伊達に従者部隊の中でも武闘派ぞろいではない。そう簡単には抜けさせてはくれないだろう。

 更に言えばヒューム、揚羽マスタークラスの実力を持つ両名の存在と、実力は与えられた序列に相応しからずとも百戦錬磨の傭兵2人に暗器を手繰る元暗殺者、更には身体能力は劣れど戦闘力は断じて侮れないクラウディオが居る以上、包囲網は未だ強固なもの。

 ここからはある意味根比べである。

 

 

 

 

 

 

 ――――九鬼家所有のヘリの機内。

 

 九鬼帝は、感心半分呆れ半分で眼下の出来事を目にしていた。

 最初の数秒で戦闘に秀でた従者たち50人以上が瞬時に1桁まで無力化され、それからも一切の淀みの無く、武に秀でた娘を一時とはいえ無力化し、更にヒュームやクラウディオ相手に未だ揚羽の一撃以外に有効打を貰っていない息子の挙動には惚れ惚れした。

 感心を通り越して呆れるぐらいに。

 

「いやー、ホント強いわ。これなんて無理ゲー? って奴か」

 

「さて、これからどうするのです?」

 

「んー……ま、なるようになんだろ」

 

 話しかけてきたのは共に搭乗していた帝の正妻九鬼局。

 不機嫌そうな顔をみせ、夫に問うものの肝心の夫は眼下の光景に夢中である。

 彼女からしては余りにこの事態そのものが不愉快だ。

 

 家族に黙って――といっても、家長である九鬼帝に許可されてだが――九鬼を除籍した事も、夫の意思とはいえ、この事態を子供達が積極的に行っているのも、だ。

 彼女にとってノルンという存在は何処までも尻尾を見せない食わせ者。家族として溶け込んでいるものの紋と違い、どこか一線引いた態度は鼻につく。

 

 同じ妾の子でも、好かれようと子犬よろしく擦り寄ってくる紋が可愛く見えてしまうほど、ノルンの態度は飄々とし過ぎて小憎たらしかった。

 礼節を弁えて尚、そう見えるのだから半分位はそう見せているのだろう。色眼鏡を掛けてもそれぐらい見通せる力は九鬼局にはあった。

 

 それゆえの不愉快さ。

 夫はその辺りを察しているのか、はたまた気にしていないか尋ねてはこない。

 何となしにそこに嬉しさと同時にもどかしさを覚えるのは女の性というものか。

 

 眼下の光景見ている所に、九鬼帝に連絡が入る。

 相手はマープルだ。

 

「おう、俺だ。どうしたマープル……あ? 4人が? や、いいよ、好きにやらせてやれ。寧ろこさせろ。なんとなくだが今回は4人がキーパーソンだと思うしな。いや、こっちの話だ。んじゃ、そういうことで」

 

 取り出した携帯を懐に戻し、妻の方に向く帝。

 

「クローン組が凄い勢いでこっちに来てるんだと」

 

「義経達が」

 

 思い描かれるのは武士道プランの申し子4人。

 その内真っ先に浮かぶのはKOSが終わって、機密だった筈の正体が判明してしまった葉桜清楚だ。

 自分達をして、あの変わり様には少し驚いたが、普段の身体能力の高さに逆に頷けたのは記憶に新しい。

 

「さぁーて、ノルンはどうするんだかな。ま、何にせよ捕まるのは必須だけど」

 

「帝さまはノルンが負けると御思いで?」

 

 それは含みの無い純粋な疑問。

 あれだけ振舞っていてなお、そう思える要素が何処にあるかが気になった。

 問われた帝はにこやかに、当たり前だと言わんばかりに語る。

 

「だって、アイツ。橋の上から全然移動してねぇぞ? クラウディオの糸の結界だってその気になれば抜けられるだろうに。これって、裏を返せば捕まえて欲しいとも見れるだろう」

 

「それは、確かに見えなくもないですが……」

 

 屁理屈だと思うのは己に含むところがあるせいか、と思ってしまうほど自信たっぷりの帝の顔と言葉に妙な疲労感が湧いてくる。

 

「さぁーて、俺の予感だと、クローン組が来れば多分チェックメイトだな」

 

「その根拠ない自信、今は羨ましく思います帝さま……」

 

 褒めても何も出ねぇぞ、と照れる姿に、頼もしさ以上に何故か疲労感が一層増した。

 彼の振る舞いにツッコんでくれるものは此処には誰もいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 更に黒鍵を取り出して5人を見渡す。

 あずみ、李、ステイシーの3人は個々の能力はクラウディオに頭ひとつふたつ劣る。

 保有する傭兵や暗殺者としてスキル――李の死んだフリとか――は油断できないが既に体力を著しく消耗して呼吸が荒い。

 それだけ、この僅かの間の戦闘は彼女達に多大な負担が生じているのだ。

 

(ここは更に数を減らしておきたくはあるが……)

 

 そうするだけの隙は与えてはもらえないだろう。あったとしても、それは死の誘い(デス・トラップ)だ。

 かといって、このまま膠着しても状況は一層不利になるばかり。足を止めては相手――主にヒュームや揚羽辺り――の体力や氣も徐々に回復する。

 仕掛けるべきだろう、どちらにしても。

 そう決めたその時――――圏境から伝わってくる一条の銀閃の存在。

 迫る反射的に躱そうと動くが

 

(これは……ッ!)

 

 誰が放ったものかが分かり、躱すことを止めた。

 せめて一撃でのノックアウトはしないようにと側頭部ではなく前頭部へ当たる様に誘導。

 

「グッ!」

 

 額に奔る衝撃。

 踏鞴を踏みながらもなんとか意識を保つ。周りも唖然としつつもそこは従者部隊でも序列の高い面々、直ぐに誰が為した事か察せたらしい。

 再び圏境が捕える接近する三人の存在。いずれもよく知った者達のものだ。

 

「意外だな。あの程度は躱せると思ったのだが」

 

 近付いてきた三人のうち一人が代表して話しかけてくるモモに勝るとも劣らない圧倒的な闘氣を放つ者――――葉桜清楚そのひとである。

 

「呵々、殴られる事など覚悟しておったからな。その時は回避も防御もせぬと心に決めておっただけだ」

 

「はっ、約束破りにしては殊勝な態度ではないか」

 

「耳に痛いな、どうにも」

 

 不敵に笑い合う。

 何れ来るだろうとは思っていたが、存外に遅かった――というか、見計らったのような増援だ。

 或いは本当に出待ちだったのかも知れない。

 次いで口を開くのは弁慶。表情から見るに何時になく真剣そのものだ。

 

「殴られるのを覚悟をしている、といったな。だったら、私達がいま、本気で攻撃した所でお前は防がないし、躱さない……ということか」

 

「如何にもだ、弁慶」

 

「へぇー……それはそれは、愉快だなー」

 

(弁慶さん、笑顔が、コワイです……)

 

 イイ笑みだ。

 凄まじくイイ笑みだ。何が、どういう風にとは饒舌し難いので表現できないが、イイ笑みだ。

 しいて表現するなら、ニコニコ、ではなく、にこぉ、である。意味不明だ。

 

 スタスタとこちらに向かって歩き、目の前まで止まった弁慶。

 スチャ、と錫杖を構える。

 

「本当に、躱さないし、防がない?」

 

「うむ、二言はあらぬ」

 

 そうかい――――

 

 構えた錫杖を思いっきり振り落としてきた。

 

「グッ――――!?」

 

 轟音と共に凄まじい衝撃が襲う。周りには巨大なクレーターが出来上がりどうにか橋を貫通しないですんだ様子。

 モモの拳に負けずとも劣らない剛撃に身体が思うように動かせない。

 姿は見えないが、従者部隊達も唖然としているのが圏境で分かってしまう。こんな時には欲しくない情報だ。

 

「こンのお……大馬鹿野郎ッ! 人がどれだけ心配したと思っているッ!!」

 

 ものぐさな彼女らしからぬ怒号。怒髪天を突くという言葉の様にに闘氣で髪の毛が揺らめいている。

 それだけ心配させてしまった事に対して申し訳なさと、同時に其処まで心配してくれたんだという喜びが、不覚にも胸を打った。

 

 不謹慎な事を考えていると、シュッ、と目の前に現れる清楚――――否、西楚。

 次は彼女らしい。先程の弁慶と同じ様にイイ笑みを浮かべている。

 

「イイ様だなぁノルン?」

 

 胸倉を掴まれ、持ちあげられてしまう。何か以前にも似たような事があったなぁ、なんて場違いな事を考えてしまった辺り色々とキているようだ。

 然もあらん。

 

「俺にここまでの心労を掛けた罰だ、甘んじて受け入れろッ!!」

 

「ガフッ!!」

 

 綺麗に腹へと決まった西楚の拳。全力全開ではあるが、急所には入ってない辺り彼女の温情だろうか。

 クレーターの壁に叩きつけられ、更に罅と崩壊が広がる。急所に入っていないとはいえ、西楚の全力の拳、相応に痛みはあるので思わず咳き込む。

 顔を上げると義経の姿。次は彼女か、と思い見つめる。

 義経は徐に、しゃがみこんだかと思うと拳を作り――――

 

 ――――コツン、と頭を軽く小突かれた。

 

 ――――どうしてか、それが最も重く痛いのは。

 

「? よしつ―――」

 

「心配したッ……」

 

「!?」

 

「義経はぁ……いっぱい、しんぱいしたん、だ、ぞ…」

 

 泣かれた。

 それはもう、見事に泣かれてしまった。

 ポロポロと大粒の涙が義経の黒曜石の様な瞳から零れ落ちる。堪え切れない様に溢れ出て服や地面を濡らしていく。

 

「すまなんだ……どうか泣かないで欲しい義経」

 

「ッ……ッ…ヒック…フッ…うぅ~!!……」

 

 思わず義経の頬に手を当て、優しく撫でる。泣きやんで欲しいと願う様に。

 だが、どうにもそれがより堪える事が出来なかったようで、ギュゥっと抱きついてきた義経。

 よしよし、と頭を撫でて泣きやむまで宥める。資格なんてないのは百も承知だがそれでもせずにはいられなかった。

 暫くして義経の嗚咽が収まり出した頃、見計らったのだろう清楚や弁慶が近付いてくる。

 殴り飛ばしてある程度溜飲が下がったのかその顔には少し満足そうだった。

 

「どれだけ私達が心配したか理解した?」

 

「うむ、骨身に染みた。文字通りに」

 

「この程度でチャラに出来たと思うなよ、俺達を虚仮にした罪は重い」

 

「あぁ、改めて別の形で償わせて貰うさ」

 

「言ったね? 有りっ丈散財させてやる」

 

「応、干乾びるまでな」

 

「呵々、剣呑だな。精々覚悟しておこう」

 

「ふ――――」

 

「ハッ――――」

 

「ク――――」

 

 呵呵大笑。

 三人揃って大声で笑い合う。

 何が可笑しいのかは分からない。しかし、何かが可笑しくて笑いが溢れた。

 色々と胸から湧きでるのは複雑だったが、1つだけハッキリしているのは己も清楚も弁慶も嬉しさがあるという事だけ。

 

「グスッ、スン……な、なんだか楽しそうだな?」

 

 義経のその一言が更に笑いを加速させたのだった。

 

 

 一頻り笑い合って、四人でクレーターを登ってみるとヘリから降りた九鬼帝その人と周りにはその子供達。従者はその周りに陣取っている。

 父だった人は、今朝方の鉄心殿に負けず劣らずのニヤニヤ顔だったが、彼の人と違い邪念が無いせいか腹立たしさは無かったが。

 

「見てたぞー? お前、義経に抱きつかれてたよな」

 

「はい、相違ありませぬ」

 

「あ、そ、それは!? あの、そ△■☆;$%!!」

 

 九鬼帝の問いに確り肯くと隣の義経の凄い狼狽えぶりだ、言語が意味不明である。言ってる事のニュアンスは微妙に、しかし致命的に違っているが黙っておこう。

 そちらの方が可愛い。あたふたしながらも未だにこちらの袖を手放さないところとか。

 ただ、父だった人の笑顔には何となくだが義経が狼狽えている理由も含まれている気がする。心眼によれば、だけども。

 閑話休題。

 

「……って事はだ。この勝負、俺達の勝ちだよな」

 

「――――はい、私の負けです」

 

「なんの話?」

 

「よっしっ! という訳で改めてお前は俺の息子で、俺達の息子だ」

 

「え、えっと……一体何の話なんだ? 義経達にも教えて欲しいのだが…」

 

 深々とお辞儀をし、唯一言――――

 

「改めて……お世話に、なります」

 

 そういうだけで十分だった。

 言葉と共に寄ってくる再び強大となった三人。

 

「うむうむ、これにて一件落着だな」

 

「あぁ、雨降って地固まるという奴だ」

 

「兄上は兎も角、姉上は変わり身が早すぎませぬか?」

 

「さっき顔面を一発殴ったらスッキリした」

 

 さいですか。

 一発殴られる覚悟ではあったが、それでいいのだろうか。

 

「全く、世話の焼ける奴だ」

 

「面目ない、紋。しかし、紋もよいのか? そんなに容易くこの身を許して」

 

「良い、どの道あの土下座である程度許しておったしな。先の戦い、義経達の訴えでノルンも思い知ったであろう?」

 

「うむ。とても、な」

 

「ならばよし! 一件落着だ。フハハハーー!」

 

「あの、だからね、何が何だか分からないんだけど……」

 

「イイハナシだなー」

 

 こうして紆余曲折経て、再び九鬼家に戻る事になったのだった。

 

「あの、だから……」

 

「は・な・し・を」

 

「聞かせろと言っている!!」

 

 グダグダだ。

 でもある意味らしいといえばらしい――――のかもしれない。

 

 

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