気まぐれ神様の物語 真剣恋Ver.   作:ジーザスルージュ

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44話

 復縁騒動から早数日経った。

 八月の初め、最初の日曜日の今日は学校の強化補修もなく自由に過ごせる時間だ。

 九鬼に戻ってからのこの日になにをするかといえば、平たく言えばクローン達と出掛けるのだ。

 掛る費用は全てこちら持ちで。

 これが向こうから提示してきた贖罪の方法。今日この日を選んだのは、早ければその方が良いという意見の元である。

 

「さぁて、準備はよいか?」

 

「私はバッチリだよ」

 

「義経も問題ない」

 

「あー、このクソ暑い中、なんでこんな団体行動しなきゃイデデデデッ! あ、姐御、い、痛ぇって!」

 

「ぶつくさ言ってんじゃない。私もオッケーだけど、ノルンの方も準備はいいの? 主に財布の」

 

「その問いには敢えて、舐めるな、と申しておこう」

 

「ほっほう、大した自信だな。覆水盆に返らずだぞ?」

 

「元よりその心算だ」

 

「は、離してくれよ姐御!」

 

 相変わらず迂闊な発言が多すぎるのだ、与一さんや。

 面倒になったのか与一を離す弁慶。いい加減、与一も地雷というのが何処にあるのか学べばよいものを。

 こうしてみると、態とかと思うほど地雷を踏んでいる姿はマゾなのかと疑いたくなる。

 無論、そんな訳は無く素で踏んでいるのだから更に性質が悪い。

 

「さて、そろそろ参ろうか」

 

「うん」

 

「あぁ、行こう」

 

「ホラ、さっさと歩く」

 

「わ、分かった分かったッ」

 

 一同極東本部を出てまずは金柳街へ。

 

 

 

 

 

 ――――狐狗狸。

 

 最初に訪れたのは弁慶の要望で狛さんが経営している酒屋に訪れた。

 細長く、オレンジランプで照らされた室内は適度に薄暗く狭いながらも独特の雰囲気を醸し出している。

 

「お、これも良いな……あ、それもッ」

 

 その店内であれも、これもと並べられた酒瓶、厳密には川神水を手に取り購入意思を示している弁慶。選り取り見取りと選ぶその様は満面の笑みとホクホク顔だ。

 その光景を見ていると店主である狛さんが耳打ちしてきた。

 

「君の奢りらしいけど、良いのかい? かなり値の張るモノばかりだが」

 

「呵々、構いませぬ。それで許して貰えるなら安いモノ」

 

「? 何やら事情がありそうだから聞かない事にしよう」

 

「お気遣い、痛み入る」

 

 眼前に広がる一升瓶や五合瓶の数々。パッと見ただけでも一級の品々なのは窺い知れた。

 それにしても、本当に目と鼻が効くと感心するばかり。その光景には他の2人達も呆れを禁じ得ないようだ。

 義経に到ってはあわあわ、と狼狽している。

 

「べ、弁慶、幾らなんでも買い過ぎだぞ!? 少しは加減を」

 

「主は甘い! こいつは平然と私達の気持を無下にしたんだ、これ位当然だよ。寧ろこれで済ませている事に感謝して欲しいね」

 

 耳に痛い話である。

 なにも言えた義理では無いので、こちらを心配そうに見ている義経に問題ない、と苦笑と首肯で答えておく。

 

「ほら、ノルンも構わないって言ってるし」

 

「はあ……全く…すまないノルン君」

 

「遠慮は無用だ。弁慶の申した通り、これで許して貰えるというのなら安いものだ」

 

 遠慮なしの振る舞いも怒りの表れと思えば甘んじて受け入れられる。

 

「合計で47万8941円だ」

 

「現金で」

 

 とはいえ、ここまで出費がデカイとは思わなかったが。

 予め現金を引き落としていて正解である。

 ちなみに、予算は全て元から稼いだ分であり、KOSの賞金は一切使っていない。

 使う予定もないが。

 ちなみに先の1件で修理に回す予定の額が増えてしまった事は色々と誤算だった。

 閑話休題。

 

 お釣りを貰い、購入した品は蔵へと入れて店を後にした。

 

 

 

 ――――川神駅。

 

 駅前で軽い食事をとり次の目的地である隣の町、七浜へ。

 ついこの間KOSで出向いたばかりだが、なんだか懐かしさを覚えてしまった。

 それは兎も角として目的地への移動手段として電車を使った訳だが――――

 

「ここまで混雑しておるとは、な。些か予想外」

 

「ま、まぁ日曜だからね」

 

「ちょ、ちょっと苦しい」

 

 日曜、それも夏休みという事もあって電車はかなりの混雑具合だった。

 車内に掛っている筈の冷房もこの乗車率100%を優に越えた混み具合で意味をなしていない。

 電車内には独特の熱気で満ち、息苦しさを覚える。

 この混雑のせいか初めは側にいた筈の弁慶、与一とも逸れてしまった。これ以上は分断されないようにとドアの壁に清楚と義経、その前に自分、といった場所取りで乗っている。

 

「与一達は大丈夫だろうか」

 

「2人なら大丈夫だよ義経ちゃん」

 

「そうだな、何だかんだで強かであるしッ――――!」

 

 急カーブのせいか遠心力が大きく働き、人の波に押されてしまう。

 耐えるには耐えられるがそれでは背中にいる人間が押しつぶされる可能性もある為、咄嗟に前の2人の頭を抱いてドアに打ちつけない様にカバーする。

 

「ととッ、大事はないか2人とも?」

 

「……ッ」

 

「あ、あわわ……」

 

 何やら顔を赤らめて動揺している2人。

 何故かと思って現在の状況を見てみて、疑問は氷解した。

 頭を打ちつけない様にとカバーするのは良いが、それだと必然的に抱きついてしまう形になってしまっていたのだ。

 

「すまぬ……」

 

「だ、大丈夫だよ。これだけ混んでるんだもん、しょうがない。そう……しょうがないんだから…」

 

「そ、そうだな! 義経も大丈夫だ……うん」

 

 取り繕うように顔を赤めたまま語る2人。

 胸元に置かれた2人の手がこちらの服を握りしめ、少し引っ張られた気がした。

 

「あぁーやっと出られた」

 

「し、しんどかったぜ」

 

 電車が七浜に着き、ホームに降りたところで丁度同じ様に降りていた弁慶たちとも合流できた。

 

「3人とも無事だったか……て、義経に清楚先輩はなんでそんなに顔が真っ赤なんだ?」

 

「で、電車の中、あ、熱かったからね!」

 

「そ、そうだ! 他意はない!」

 

「そうかい」

 

 ふと、こっちを見つてくる弁慶。これはアイコンタクトの合図。

 

(で、何があったのさ?)

 

(……端的に表せば事故、という事になろうな)

 

(ふーん……モテるねぇ、イ・ロ・オ・ト・コ)

 

 抓らないで貰いたい。

 てか、加減しているとはいえ弁慶の力で抓られるのは凄まじい痛みなのだが。

 笑いながら怒るとは器用な真似過ぎる。

 

「何をしているんだ? 早く行こう」

 

「はぁーい」

 

 義経の言葉で難を逃れたのだった。

 

 

 

 

 

 ――――水族館。

 

 義経の要望である動物関係の場所だ。

 ここ七浜の観光スポットのひとつであり、今は夏休みという事もあり多くの観光客が訪れている。

 

「イルカだッ! ほら、ほら弁慶、イルカだぞ! 可愛いな……」

 

「そうだねぇ可愛いね(主が)」

 

 目を輝かせてシロイルカを見る義経とそれを見守る弁慶。どちらが主従か疑問につきない状況だ。

 というか、せめてイルカの方を見てから可愛いといえ、可愛いと。主を見ながら言うんじゃありません。だがそれ自体には激しく同意する。

 清楚は清楚でそんな2人を何やら生温かく見守っている。

 何だろうかこの状況は。和むけども。

 先頭行く三人から離れ与一の元へ。

 

「ほら与一、ウダっておると逸れるぞ」

 

「チッ、こうも人ごみが多いところは誰が狙ってくるかわかんねぇってのに。おい、貸し切りとかに出来なかったのか?」

 

「折角の日曜、折角の夏休みの思い出を我等の為に他の者にあきらめよ、と?」

 

「……わりぃ」

 

「や、こうも人が多くては辟易するのも無理からぬがな」

 

 潔癖というか繊細というか、兎も角与一にとってここはストレスでしかないらしい。

 ここまで人で溢れかえっていては確かに辟易したくもなる。

 

「まぁ、今は動物を見てその蟠りを少しは癒そうではないか」

 

「ハッ、そんな心はとうに無くしちまったよ」

 

「なら、また取り戻せばよいだけの事であろう? ホラ、参ろうぞ」

 

「バ、ちょ、押すな!?」

 

 手の掛る厨二である。

 そもそも、動物自体、今でも嫌いではない癖にこうしてニヒルを気取るのだから。

 気付けばどんどん先へ行く義経達の後を追う。

 

 沿岸部分にあるスペース。

 ここに来たのはペンギンの触れあいコーナー目当てだ。他にもここには定時の時間にペンギンの散歩というプログラムも盛り込まれている。

 丁度その時間のでもあるため、この場所は現在炎天下にも関わらず長蛇の人だかりができていた。

 

「うわぁ、可愛いなぁ……ピョコピョコと歩いてる~」

 

「あぁ、とても可愛らしい!」

 

「そういえば、紋がペンギンを神様が可愛いものを意識して作り上げた結晶だと言っておったな」

 

「凄い発想だな」

 

「フッ、神様なんてこの世にいやしない。いれば今頃悩みなんて誰も抱いちゃいない……」

 

 横で何か言っているが、弁慶と共にスルー。こういう所まで盛り込んでどうするというのだろうか。

 ペンギンの行列に目を向ける。先導する飼育係が餌を上手く使い誘導している。

 清楚の言うとおり、ピョコピョコと歩く姿がとても愛らしい。紋の言っている事も何となく分かる気がする。

 

 和んだ気持ちで見ていると歩いているペンギンが一羽と目があった。

 一羽が見ているのを気付いて他のペンギンも一羽、また一羽と見だし、気付けば全てのペンギンがこちらを食い入るように見つめている。

 

「ど、どうしたんだろうか……?」

 

「さぁ?」

 

「じーっとこっちを見てるね」

 

 ペンギンたちの様子に訝しむ周りの人々。

 しかし、駄菓子菓子、これは己にとって凄まじく身に覚えがある光景だ。

 

「クワッ」

 

 一羽が鳴き声上げるとこっちに歩いてくる。他のペンギンも先頭を行く一羽に倣う様に向かってきた。

 飼育員の制止すらしったこっちゃねぇ、と言わんばかりに突撃。

 瞬く間にペンギンに囲まれ身動きが取れなくなった。側にまで寄ってきたくちばしを足に擦りつけてくる。

 愛らしいが、突然の状況に現場はプチパニック。

 

「うわわっ! な、なんなんだ!?」

 

「ペンギンが一杯だねぇ」

 

「しかも、みんなノルン君に向かっていっている?」

 

「オイ、一体何しやがったノルン!」

 

「別段何も。時折あるのだ、こういうことが、な。この身は動物に好かれやすいが故に」

 

 しゃがみ、優しく撫でてやると気持ちよさそうに声を上げる。

 駆け寄ってきた飼育員が頻りに謝っているが、気にしない様に伝え、柏手二つ。

 

「さぁ、何時までも彼を困らせるでないぞ? そら、戻るがよい」

 

 一斉に鳴き、来た時の様な大行列で戻っていくペンギンの群れ。

 時が止まったかのように唖然としつつも飼育員が慌てて追いかけていくのを皮切りに、時は再び動き出す。

 

「お前は動物使いか」

 

「呵々、ま、まぁちょっとしたサプライズ、ということでひとつ」

 

「ハプニング、の間違いだろう?」

 

 手厳しい事で。

 しかし、何故だろうか。紋達や父上なら同じ様な現象が起きそうな気がするのは。

 先程と似たり寄ったりな光景が容易に想像できる。

 敢えて口には出さないけども。

 

 ちなみに触れ合いコーナーでは問題は無く、きちんと触れあえた事を追記しておく。

 

「おぉ……モフモフだ。モフモフだぞ、ノルン君! ほら、与一も触って触って」

 

「あぁ、モフモフだ。喜んでもらえて何よりだよ」

 

「可愛いね」

 

「あぁ、本当に」

 

(姐御、絶対ペンギンのことじゃねぇな)

 

 何やかんやで一同、イルカショーの会場へ。

 

 

 会場は既に賑わっていた。

 プールと中央にみて、扇形の様な客席には既に多くの人間が場所を取っている。

 予め用意してあった飲みモノを蔵から取り出し、渡してから自分達も手ごろな所へ座る。川神水ならなーという弁慶の言は無視。

 今飲ませたら間違いなく飲みすぎるだろう。というか、既に朝からちょくちょく飲んでいる人だ。

 

 義経は今か今かと待ちわびてソワソワして落ち着きが無い。見兼ねた弁慶が宥めるも、効果薄い。

 先程のシロイルカを見たのもあって興奮がぶり返している様子。

 

「義経、少し落ち着いて」

 

「わ、分かっている」

 

「全然落ち着かないね」

 

「それだけ楽しみであったのだろう」

 

「フッ、ガキだなゴフォッ!?」

 

「水を指すんじゃない」

 

「だから、迂闊な発言が多いと申すに」

 

 などと駄弁っているとショーが始まった。

 定番のトークショーとイルカの紹介。ちなみにイルカの名前はルイ君。何やら貴族の様な名前だ。

 挨拶代わりの垂直大ジャンプ。大きく飛び跳ねる姿に歓声が上がり、着水と同時に跳ねる水飛沫で喜色の悲鳴が木霊する。

 

「おぉー! 凄く高く上がったな、ルイ君。義経は驚愕した!」

 

「ほんと、スゴイスゴイ!」

 

 隣ではしゃぐ義経と清楚。弁慶も与一も、2人ほどではないが楽しんでいるようだ。

 義経の提案が元だがここを選んで正解だった。

 

 ショーはまだまだ続き、次は輪潜り。

 空中に設置された輪を、高いジャンプで潜り抜けるルイ君。飛び跳ねるたびに大喜びの会場。

 続いて輪投げ。

 飼育員の人間が連続してキャッチしていく度に拍手が鳴り響いた。

 バスケ。

 水中に浮かべたボールをクチバシと額で運び、設置された小さなゴールに見事シュート。その器用さにはみな目を見張った。

 

 中でも注目だったのは飼育員との連携技。

 ルイ君の背に捕まり泳ぐのは勿論、下からルイ君に押し上げられ、人が天高く宙を舞う姿は圧巻の一言尽きる。

 見た目以上に遥かに難易度の高いその技はイルカと飼育員との信頼あってこそ成功する技だけあって見事なものだった。

 

「おぉー、おぉー? おぉー!!」

 

「驚きがすぎて、それしか口にしておらぬな義経は」

 

「可愛いじゃないか」

 

「大いに同意する。然りとて、弁慶も今日はそればかりだな」

 

 ショーもいよいよ大詰め。

 係員が抽選でルイ君との握手会をします、とマイク越しに告げる。あの可愛いイルカと直に触れ合えるとだけあって、そこかしこから手が挙がっている。

 抽選、といっても司会兼イルカ指導の飼育員の方の気まぐれで選ばれるようだが。

 

 会場を隅から検める飼育員の方がこちら側で視線を止めた。

 もしかして、と思い成り行きを見守る。

 

「そこのポニーテールの学生服の女の子にしましょう。前にどうぞ!」

 

「義経、御指名の様だぞ」

 

「えぇ!? 本当に義経が当たったのか!?」

 

「そうだよ。ほら、行っておいで」

 

 半信半疑で信じられない様子。覚束ない足取りながらもプールの方へ。

 

「お名前は?」

 

「み、源義経ですッ」

 

 マイクから響く声にざわめく会場。今をときめく話題の人物となればそれも当然のこと。

 だがしかし、司会者まで驚いているのはどういう了見か。分かってやってるものと思ったが違うらしい。

 

「さぁ、かつての英雄とルイ君の記念すべき握手です! どうか温かく見守ってあげて下さい」

 

「よ、よしっ!」

 

「緊張しておるな、義経」

 

「うん。ここからでも分かる位ガチガチだね」

 

 おっかなびっくりな動作でイルカに触ろうとする義経。見てるこっちがハラハラしてしまいそうなほど危なっかしくておっかなびっくりだ。

 が、しかしそこは義経。初めて触れてその感触に驚くも、直ぐになれて楽しそうにジャレテいる。

 ルイ君も義経が気に入った様子で、何処となく嬉しそうだ。

 

「あっはは。ルイ君は可愛いな!」

 

「一頻りルイ君と遊んで貰ったところで、記念撮影に移りたいと思いまーす!」

 

「え、い、いいのですか?」

 

「はい! そういう勿論ですよ。ささ、どうぞ」

 

「で、では……」

 

「ハイ、チーズ」

 

 ルイ君に少し寄り掛かる様なポーズでシャッターを切ろうとしたまさにその時――――

 

「わっぷ!?」

 

 ルイ君が悪戯で尾びれを弾き、義経に水を掛けるハプニングが起こる。

 戻った義経に見せて貰ったポラロイドカメラで撮った写真はブレもなく綺麗に濡れ鼠になった瞬間を捉えていたのだった。

 飼育員はとてもいい腕をしている。これなら写真ですら食べていけそうな程だ。

 

「うぅ……濡れた」

 

「まあまあ義経ちゃん。イルカのキーホルダー貰ったんだし、元気出して。ね?」

 

「うん。義経は大丈夫だ」

 

「ほら、じっとしておれ義経。頭が拭けぬだろう」

 

「ん~……有難うノルン君」

 

 なんのなんの、と言いながら優しく義経の髪を拭く。タオルは水族館の係員からの借り物。

 ある程度拭いて水気が多少取れたのででタオルを返しておく。

 ハプニングも多々あったが概ねショーは成功。楽しいひと時だった。

 問題があったとすれば――――今の義経の状態か。

 蔵から黒一色の羽織を取り出し、肩に掛ける。

 

「? どうかしたのか?」

 

「あぁ、言い出し難かったのだが……水で服が微かに透けておる」

 

「!!!」

 

 バッ、と羽織を手繰りたちまち全身をくるんだ義経。顔を真っ赤にさせ伏し目がちに尋ねてくる。

 

「その……み、みえたり、したか?」

 

「大丈夫。その辺りは問題あらぬよ」

 

「見えそうだから、の処置だしね」

 

「だから安心して、義経ちゃん」

 

「うぅ~!」

 

 恥ずかしそうに身体を丸める義経。ちなみに、与一は濡れた段階で視線を外していた。

 

 

 

 

 ショーも終わり、水族館は何時もより少し早い閉館時間となって来場客が去っていく中、未だ水族館の中に自分達は身を置いていた。

 施設には従業員以外の人影はおらず、水族館の中を移動している最中である。

 

「何処へ行くんだ? もう閉館時間は過ぎているのに」

 

「構わぬ。というか、寧ろここからが本番だな」

 

「というと?」

 

「詳しくは着いてからのお楽しみだ。然れど、敢えて申すならば与一と清楚の要望を叶えるモノだと言っておこう」

 

「私と与一君の?」

 

「俺は暗いムーディな所で静かに川神水でも傾けたい、だろ。清楚先輩は?」

 

「私は前みたいにみんなでパーティをして楽しみたい」

 

「結構食い違っているんだが……今度は何をしようってんだ?」

 

 着けば分かる、と再度告げて館内を歩く。

 しばらくして辿り着いたのは、水族館の中でも一際大きい施設の1階部分。

 アザラシやラッコ、シロクマやセイウチ、果てはエイやイワシの群れがいる大型水槽が設置されたフロアにポツン、とキャンドルで照らされたテーブルが複数。

 

「さて、到着だ」

 

「ここがか?」

 

「うむ、何を隠そう夜の水族館、この1フロアを丸々貸し切っての宴だ。念の為に申しておくが九鬼の力は借りておらぬぞ」

 

「ええ!? こ、ここでパーティをするの!?」

 

「然り」

 

 驚愕するのも無理は無いかもしれないが、この水族館は元々そういうサービスをやっているのだ。ただし、シーズン的にこの季節にはやっていないが、そこのところは交渉でなんとかしてみせた。

 具体的には料金の水増しと料理や飲料の類は全てこちらで用意し、ある程度後片付けを行う事を条件に、閉館時間を早めて貰い、この施設をパーティ会場として利用できたのだ。

 無論、九鬼の力は借りていない。

 交渉や金銭は全て自己負担である。

 

「料理や飲み物の類は私が用意したモノで申し訳あらぬが、約2時間、楽しんで貰いたい」

 

 柏手1つ。

 蔵から予め作ってい置いた料理と、川神水がテーブルに色とりどりに並べられる。

 館内にはジャズがBGMとして流れだす。

 

「いやー、やるじゃん。ここまでサプライズは初めてだよ」

 

「ノルン君の料理は美味しいから、義経は大歓迎だ」

 

「でも、かなりお金かかったんじゃ……」

 

「然様な野暮ったい事は無しだ、清楚。存分に楽しもう」

 

「ま、こういう雰囲気は嫌いじゃない。精々楽しませて貰うさ」

 

 其処からはまぁ、時間が許す限り思い思い楽しんだ。と、言っても基本的には与一は離れたところで大型水槽の前でゆったりとハードボイルド的に飲んでいるし、他の三人とは何時も通り行動を共にしているので実質、普段とあまり変わりない状況である。

 ただ、義経が料理を手に取りつつも動物の方に視線がいっているので手付き怖いという事以外は。

 

「あー、川神水がウマイ……」

 

「それは何より。そら」

 

「おっとと、ゴク、ゴク、プハー。おまけに手酌とは至れり尽くせりだ」

 

 肩に引っ付いた状態で引き摺りまわさればそうなるのは必然ではないだろうか。抱きつかれる事によって豊満な肢体も押しつけられており、役得ではあるので構わないが。

 視線を義経の方に向けると、視線が他所を向いて、手に持った料理を今にも取りこぼしそうになっているので、静かに受け止める。

 

「ほら、他所見は禁物ぞ義経」

 

「うぅ……反省する。動物たちが可愛くてつい見惚れてしまっていた」

 

「構わぬが、せめて料理を取りきるまでは他所見は控えねばな?」

 

「うん、義経は気を付ける。有難うノルン君」

 

「どう致しまして」

 

「のーるーん、川神水が無くなったよー?」

 

「手に持っておる盃にはまだ入っておる様に見えるのは私の気のせいか?」

 

 早くもデキあがっている。しょーもない。

 垂れて纏わりついてくる弁慶を宥め、義経に押し付けつつ、清楚の方へ。

 もの珍しそうに水槽を眺めながら、舐める様にして川神水を飲んでいる。

 

「楽しんでおるか?」

 

「うん! すっごくね。有難う、ここまでしてくれて」

 

「構わぬよ。許して貰えたかな? 私は」

 

「うーん……そうだねぇ…」

 

 まさかの間があるとは思わなかった。それだけ己のしでかした事の重さが物語っているとは言えるが。

 

「あはっ。うそうそ、大丈夫。誠意は伝わっているよ。あの時攻撃を一切避けなかった事も含めてね」

 

「そうか、それは良かった。ありがとう、こんな大うつけを許してくれ」

 

「いえいえ、どういたしまして。これに懲りたら次はちゃんと相談してね。 じゃないと――――」

 

 ――――また拳が跳ぶぞ?

 

 西楚に転じながら不敵に笑う清楚。本当に制御が美味くなったとつい感心が先走ってしまう。

 それはそれとして、西楚な清楚の物言わせない雰囲気に即座に降参だ、という風に諸手を上げて了承する。西楚状態の拳は本当に重い。

 出来れば喰らいたくは無いし、何よりもう裏切りたくは無いというのが本心だった。

 

「あい分かり申した。王よ」

 

「ハッ、分かればよい」

 

 にやり、と不敵に笑い合い、側にあった川神シャンパンを清楚に酌をし、お返しにと酌をされる。

 注いだグラス同士を軽くぶつけ、無言で飲み干した。サワーな軽い炭酸と甘みが口を満たし、喉を通り、爽快感を齎してくれる。

 飲み干したところで、清楚は空いている手の方をこちらの胸倉を掴みグイ、と引き寄せた。今にも顔が触れ合いそうなほどの至近距離でお互いを見つめ合う。

 

「俺の言った事を努忘れるなよ。俺の許し無くして俺の目の前から消えるのは許さん。俺にとって、お前は――――」

 

 その言葉の続きは聞く事は叶わなかった。

 

「ねぇ、ねぇ」

 

 義経に預けた筈の弁慶(へべれけ)が横からぬっと、現れ遮られたが為に。

 顔の赤らみや目つきから最早正気で無い事は窺い知れる。

 

「おい、俺の言葉を遮るなど――――」

 

「清楚せんぱいのさ、正体がバレる切っ掛けってなんだったの?」

 

 凄まじいまでのスルーを発揮して清楚を封殺。酔っ払いのマイペース具合は万国共通か。

 

「それは義経も興味があるな」

 

 弁慶の後を追ってきた義経も興味深そうに聞いてくる。

 宴の肴になるか、と語ろうとしたら、何故か嬉々として清楚から語り始めた。

 清楚の話を楽しそうに聞く義経と、聞いているのか疑わしい弁慶の姿を苦笑しながら眺めつつグラスを煽る。時折振られる清楚達からの問いに答えながら。

 ワイワイと談笑したり各々思い思いに凄し、時間は流れお開きとなった。

 

 

 

 

 ――――深夜、極東本部屋上。

 

 太陽の光によって悠然と輝く銀月を見上げ、盃を煽る。

 水族館から帰りついたのは深夜。明日もまた特別補修がある為武士道プラン組はそうそうに部屋に戻って就寝。

 自身もまた床につこうとしたのだが、偶さか窓から目に映った月があまりにも綺麗だったのでフラリと誘われてしまった。

 淡く優しい月光に抱かれながら思い浮かべるは今日の出来事。

 

 ご機嫌に川神水を選び取る弁慶。

 

 イルカと戯れて嬉しそうに笑う義経。

 

 水族館の水槽の前で1人アンニュイに浸っている与一。

 

 最後の宴会で楽しそうに笑い、語り合う清楚。

 

 目に浮かんだ光景には何れも大なり小なり思い思いに楽しむ姿だった。

 贖罪と言うには大げさで、しかし償いというには小さすぎるかもしれないが、一先ずは許しを得ていると思ってもいいだろう。

 これで全てが、という訳ではないだろう。自らもまたそうする心算は皆無だったが区切りはついたものと同時に判断しておいた。

 

(何時までも引き摺って後々の関係に支障をきたすなど、不毛であるし、な)

 

 そんな風に気遣ったところで誰も喜びはしない。そういうものを求めてお互い今日と言う日を興じた訳でもないのだから。

 思う所は多々あれど、明日からは今まで通りで行く事にする。

 空となった盃に川神水を注ごうとしてもう殆ど残って無い事に気付きつつも気に止める事無く注ぐ。小気味よい澄んだ水音を響かせ盃に並々に注がれる川神水。

 空っぽの瓶を脇に置き、盃を手にとって、

 

 背後にいる人物に声を掛ける。

 

「夜更かしか、清楚?」

 

「そういうノルン君こそ。こんな時間まで飲んでるの?」

 

 首を回せば、既にパジャマにカーデガンという完全に寝に入っていたであろう格好の清楚がいた。

 月光に照らせる姿は清楚な雰囲気も相俟って、パジャマと言う格好すら気にならないほど絵になっている。

 隣に座って良いかと尋ねて来たので、遠慮なくと勧めてハンカチを出し敷き物代わりにと敷き、礼を言いながら隣に座る清楚。

 

「今日は楽しかったね。ありがとうノルン君」

 

「や、こちらこそだ。身から出た錆びとはいえとても愉快痛快なひと時だったぞ」

 

「あら、だったらもう少し散財させた方が良かったかな?」

 

 楽し気に、冗談めかしに――しかし、意外と本気そうに――言うものだから、両手を上げて地面に頭を伏せる。半分冗談めかしに。

 

「それはぞっとせぬ……どうかご勘弁の程を」

 

「うむ、今回は不問にしましょう。次はありませんよ?」

 

「ははッ! 有難き幸せッ」

 

 伏せた頭をゆっくり上げれば、目に映る清楚のいたずらっ子の様な顔。

 やがてどちらともなく笑い合う。可笑しそうに、楽しそうに。

 銀月の光に抱かれながら他愛無い会話が続く。

 

 

 

 今日あった出来事を振り返りながら目の前の少女と見紛う青年に視線を向ける。

 イベントの主催であり、同時にそれを行う切っ掛けを作った大馬鹿者。盃を煽り、川神水を飲んでご満悦のようだ。少し思う所が無い訳ではないがあえて無視をする。

 思えばと、最初の出会いを思い出し、そこから今日に至るまでの日々を省みると意外と破天荒だったというのが清楚の正直な感想だ。

 

 

 ――――珍妙とも言える出会いの仕方。

 

 ――――其処から始まった武士道プラン関係者との出会いやそれに伴う彼らとの学校生活と私生活の関わり。

 

 ――――自身の封印の一件と小さな騒動とその対処。

 

 ――――そこから始まった秘密のやり取り。

 

 ――――川神学園の入学や川神での新たな出会いや経験。

 

 ――――そしてKOSでの騒動。

 

 

 異性との関わりが無かった訳ではない。しかし、彼女にとって彼ほど深く関わった異性は同じ武士道プランを除けばダントツだろう。

 知れば知るほどノルンという人物は妙な人、という評価がしっくりくる。

 持ち前の武力は元より、普段の飄々とした態度や浮世離れした雰囲気。しかし同時に、料理が上手くて歳下と思えないど落ち着いていて世話を焼くのが好きであったり、浮世離れしているのに側に居たりするだけで変な安心感を齎してくれたり。

 ここまで両端な評価を内包する人間も珍しいだろう。見た目は悪いが味はイケるゲテモノ料理のようだ。

 しかも一度味わうと病み付きになってしまう類のもの。性質が悪い。悪い気はしないが。

 

(むしろ、好ましく思ってたりもするんだよね……)

 

 だからこそ、KOSの時にはシャカリキになって彼の出場を止めようと――結局ふいにされてしまったが――したし、だからこそ裏切られて腹もたったものだ。

 其処については今日のイベントで水に流す、とまではいかずとも許す位は譲歩しようと思う。

 大分思考がズレた。

 そもそも、清楚はこんな風に他愛ない会話をしに来た訳ではない。楽しくないかといえば楽しいが。用件は別にある。

 

(ノルン君の周りにいた女の人達……)

 

 KOSで見掛けた、というか百代から聞いた5人の女性陣の事。

 もっというなら、彼女達を伴侶達(・・・)と彼が公言していた事だ。是非とも話を聞かねばと思っていたのだが、流石はと言うべきか、恐ろしい位にそういう事を切り出す空気がノルンの周りで出来ない。

 というか、彼ならば意図的にそういう雰囲気に出来るのだろう。現在進行形で。

 

(でも、やっぱり聞かないと気が済まないッ)

 

「……何ぞ、聞きた気だな清楚?」

 

「ッ――――」

 

「さしずめ、KOSでの私のメンバーの事、か」

 

 思わず肩が動いてしまう。先制打を貰ってしまったが、まだ大丈夫。向こうから切り出してきたのだから。

 相手の内心をこうして軽々と見抜いてくるのも、彼の浮世離れした雰囲気に拍車を掛けてる要因だ。

 閑話休題。

 向こうからの問いかけに肯定して、改めて尋ねる。

 

 ――――彼女達はいったい何者で、どういう関係なのかを。

 

「…………悪いが、彼女達自身に関して詳しくは話せぬ」

 

 私にとって秘中の秘でな。そういう彼の顔は悪戯っ子の様で、だがそれ以上に表情から滲み出る信頼と親愛が彼にとってどれだけ彼女達が大切かが窺い知れる。

 

 ジュクリ――と胸の内で鈍痛と共に何かが蠢く感覚。

 

(あ、あれ?)

 

 困惑する彼女を置いてノルンはしかし、と言葉を繋げて。

 

「私との関係でならば可能な限り応えよう」

 

「え、あ、あぁ! ウン、それじゃあ――――」

 

 ――――彼女達の関係は?

 

「伴侶だ」

 

 何でもない様に紡がれた言葉が胸に突き刺さる。深く、深く。

 

「ッ!! で、でもそれって」

 

 取り乱すこちらのリアクションが予定調和の如く苦笑いをして首を横に振るノルン。

 

「まぁ厳密に申せば異なる、やも。然れど正しくもある。夫婦(めおと)、というよりは半身……か。こちらの方がしっくりくる」

 

 言葉の意味が分からず首を傾げてしまったのは悪くないと思う。苦笑いを崩さず、彼は言葉通りだ、と語る。

 

「お互いが無くてはならぬ存在。どちらかが欠けても成り立たぬ間柄、だな」

 

 言動は何時もと変わらない。見慣れた姿。

 だがしかし、圧倒的に違う。

 深く語るまでも無い程に感じる彼の心の在り様。

 

 ゾワリ――と虫が胸に巣くっているかのような感覚に無性に胸を掻き毟りたくなった。

 

(なに、これ?)

 

 ここにはいない。いない筈のに、直ぐ側に伴侶と呼んだ女性たちが何時も居るかのように優しげな彼の顔に心が乱される。

 身体を駆け巡る感覚に思わず両の手を胸に当ててしまうほどに。

 氣が体内から溢れて収まらない状態とは似ても似つかない衝動を持て余す清楚。

 

 

 ――――気が付けば、彼の胸倉を掴んでいた。

 

 

「オ、レは……わた、し、は…」

 

 最早自分でも制御どころか抑えすら効かない状態。噴火直前の火山の如くとでもいうのか。

 身体の真ん中に居座り続ける何かはかま首もたげてどうしようもない。

 胸倉を掴んで何がしたいのかは掴んでる当人すら不明。何をしているんだろうと、僅かに残った冷静な部分がまさしく冷めた感想を上げる。

 何かを彼に伝えたいのだが、言葉にできない。

 否、そも言葉にできる程今の自分には明確に答えが出せていないのだ。出来なくて当然である。

 そんな己れで律する事すら難しい心の荒波は――――

 

「それ以上はよされよ、清楚」

 

 ――――元凶であるノルン自身の優しい声で少しだけ治まる。

 

「私が申せた義理ではあらぬだろうが……己が内で確たる答えを出せぬままに、それ以上言の葉は紡いではならぬ」

 

 当人が言った通り、まさしくどの口が声高らかに言いたい。元をただせばお前が原因だろうと。しかし、同時に理不尽であると清楚は理解していた。

 だが彼のこういう人の内面を容易く見抜いてくるところはやはり好きにはなれない。しかも、指摘された側は大抵、其処に本来感じ得ない安心感が湧くのだから彼のは本当に性質が悪い。

 

「ノルン、くん……」

 

 両の手が頬に添えられ、顔が手のぬくもりに包まれる。

 夜とはいえ今は夏である筈なのに、とても温かった。

 

「答えの在らぬまま解を出すは、何人にも益はあらぬよ。もどかしいやもしれぬが、其処より先は清楚が確と答えを見つけてから改めて聞かせて貰いたい」

 

 ――――如何な解であれ、私は向きあう故、な。

 

 語るノルンの目は何処までも真っ直ぐだった。そしてそれ以上に、言葉を交さずともこちらを案じているのだと否応にも理解した。させられてしまった。

 急速に心が晴れていくのが分かる。

 先程まであんなにも苦しかったのがまるで嘘のよう。相も変わらず見透かしたかのような彼の物言いに何故だか(・・・・)気恥かしさと悔しさが今度は湧きあがってきてしまい。

 

「はあぁ~……本当にもう、しょうがないなぁ」

 

 なんて照れ隠しと意地っ張りで言った彼女は悪くない。

 

「でも、そうだね……私も、この胸の中から、ちゃんと答えを出してから言うよ。その時は改めて聞いてね?」

 

「無論だ」

 

 お互いに笑い合う。

 少しだけ、と貰った川神水の入った盃を干す。

 なんだか少しだけ、気分が良くなった気がした。

 結局のところそれ以上追及する気が終ぞ起こらず、その日は結局そのままお開きとなった。

 

 




いじらしい(つもり)清楚の心象。
個人的ですが、存外清楚ちゃんはピュア故に恋愛ごとは鈍いというのが作者の勝手な妄想です。
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