気まぐれ神様の物語 真剣恋Ver.   作:ジーザスルージュ

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45話

 朝靄が晴れだす早朝。

 九鬼極東本部の訓練室で一心不乱に刀を振るう義経の姿があった。義経以外には誰もいない。

 KOS以降、彼女はノルンとの仕合も鍛錬も断っている。全ては自己の研鑽の為に。

 凛々しい表情で無心に鍛錬に打ち込む姿は勇ましさ以上に何故だか悲壮感を漂わせている。

 それは一重に今の彼女の精神状態が原因だろう。

 

(まだだッ、これでは彼には程遠い!)

 

 目標として定めた的は唯の木偶人形などでは無い。彼女がマープルに頼んで作らせた純鉄製の案山子に藁を幾重にも結び付けた特別製。見た目があまりにズングリムックリなのはこの際置いておく。

 義経は並べられた5個それらを一息に両断する。

 

 闇夜剣二之太刀 霞月。

 本来なら10回に1回しか成功しないそれは、KOSを経て既に巧みに使いこなす領域にまで到っていた。

 然したる抵抗もなく目標を両断してなお、義経の表情は暗い。

 

 その原因もまた、同じくKOSでの戦いが原因に他ならなかった。

 義経の脳裏を過るのは己にとって憧れと羨望の象徴――――何時の間にか、本人すら気付かずに自らのオリジナルを超えて己の描く英雄たるの像に最も近しいとする九鬼ノルンとの戦い。

 圧倒的だった。

 4対1という劣勢でありながら、それがどうしたと言わんばかりに戦い、極めつけは佐々木との死合い。

 未だに鮮明に焼きついて離れない神話の再現かと思うほどの戦いを、彼は見事勝利を収めて見せたその戦いを思い描く。苛烈極まる攻防、血飛沫を上げてなお、顔色一つ変えない冷徹さ、一振りごとに相手の命を刈り取らんとする刃、

 

 ――――佐々木を沈めたあの、正体不明の太刀筋。

 

 彼は終ぞ教えてくれなかったが、九鬼ノルンを見てきた義経には分かる。

 アレこそが、彼の行き着いた極みだと。

 

(あの境地へ、義経も彼の隣に!)

 

 その為にはまずは彼に見せて貰った秘剣 佚之太刀。己では無く師の太刀筋だと彼は語っていた。

 まずは手始めにアレを超えて見せると太刀を振るう。だかしかしそれは、そこだけであまりにも大きな壁だった。

 物事には原因があり、結果がある。簡潔だが因果律と呼ぶそれを、秘剣 佚之太刀は原因と結果を直結し、結果に到る為の過程を省いてしまうのだ。

 どんなモノにだって過程というのは存在する。刀の場合は刀を振るうという原因が相手を斬ったという結果に到る為の過程そのもの。

 それを無くすという事は即ち、抜けば既に事を終えているということに他ならない。

 

 これを超える事は並大抵どころか、異常という言葉すら裸足で逃げ出す程の領域である。

 ましてや氣の類も使わずソレを為すのだから、変態と言っても過言ではない。

 

「……ッ!」

 

 新たに並べたそれらを今度は1つ1つ両断していく。それぞれを九鬼ノルンが相手と意識して。

 しかし、やはり義経のイメージの中では切ろうとした時には既に斬られている姿しか浮かばない。

 故に、彼女の表情には最早苦行や責め苦を受けているかのような苦み走った表情だけだ。

 

 KOSを経て翌日から既に2週間が立とうとしていた。

 人知れず早朝から鍛錬をしている為、今現在彼女の姿を見ている者はいない。だが、見ている者がいれば思っただろう。

 

 ――――義経の動きがKOS当時とは比較にならない位にキレが増していると。

 

 その速度たるやノルンが居れば目を見張っていただろう。武神にすら十分に届くものだと。

 KOSでは発動するかどうかギリギリだった霞月を既に使いこなしている事も含めて、あらゆる方向で力を増しているのだ。

 しかし義経は気付かない、気付けない。それ以前に今の彼女にとってそんな事は瑣末なことだ。

 

 ――――彼女にはノルン(憧れた背中)しか見えていないのだから。

 

「――――――――破あぁッ!!!」

 

 疾風怒濤。

 一刀のもとに再び的を両断した所で、予め用意して置いたアラームがけたたましく鳴り響く。

 学校へと登校する時間だ。刀を鞘に収め耳に響く騒音を止める。

 ふう、と嘆息の様に一息つき、的として両断した人形の残骸を見渡す。

 切り口が鋭い証として、断面が鏡の様に綺麗に光を反射している。しかし、そのどれもが義経の心を満たすものではない。

 

「まだまだ、ノルン君の背中は遠いな」

 

 今一度脳裏に思い浮かべる彼の姿。だがしかし、刀を収めた事で彼女の中にリプレイされたのは闘う姿では無く、自分が泣いて彼の胸に抱きつき縋った時のシーンだった。

 

「!?!?!?」

 

 一気に顔を完熟トマトよろしく真っ赤にして、1人百面相をしながら狼狽する義経。

 身体の内から湧く羞恥と照れであわあわしながら頭を振って追い出すものの、人間、忘れようとすればするほど思い出すもの。

 おまけに頭や頬を優しく撫でられた時に湧く歓喜にも似た、しかしもどかしい感覚が更に彼女の羞恥心を刺激する。

 

 訓練室を出て、シャワーで汗を流しても一向に消えず、弁慶に話しかけるまでずっとこの調子だった。

 しかし、不思議と嫌いではない己が居た事に気付き、更に羞恥心を増してしまう義経であった。

 

 

 

 

 

 

 川神学園が夏休みに行う強化補修は何時もの授業とは違い、その曜日毎で授業を選び受ける事が出来る、まさに夏期講習の様なシステムだ。学年問わずらしい。

 中でも人気なのは小島先生の歴史、ルー師範代の体育、また、今年から入った秀才天才で有名なカラカル兄弟の授業も人気だそうで。

 

 本日はゲイル教師の授業だ。今回の補修が行われるのは2-Sらしい。

 教室に入ってみると見覚えのある顔がちらほらと窺えた。

 

「おはよう」

 

 挨拶をして教室に入ると、他の生徒達が一斉にこちらを凝視してきた。

 かと思えば、顔を背けいそいそと逃げる様に遠ざかっていく。

 なんでこうなったかの見当はついているし、予測もしていたとはいえここまであからさまとは少し意外でもあった。

 与一は気にした風もなくさっさと席に着くが

 

「ゴク、ゴク、凄い避けられっぷりだな、ノルン」

 

「その妙なニヤケ顔は何なのか問うてもよいか?」

 

 早くも垂れて肩に寄り掛かる弁慶。冷かす彼女をジト目で見ても弁慶はどこ吹く風でニヤニヤを止めない。

 からかってます、な顔をありあり見せる姿に嘆息して無言で席に着かせる。

 つまんないなー、とか言っているがスルーである。とうに許していると水族館以降の恒例の飲み会で言ってたが、当分KOSネタでからかわれるのは逃れられないようだ。

 

 なんて埒もない事を考えての現実逃避は其処までにしておこう。

 視線は隣で熱中症かと思うほど顔を赤くし、挙動不審な義経へ。朝会った時からこの調子で、様子を訝しんで尋ねてもなんでもない、の一点張り。

 ザッと心眼で検めても嘘は言っていない様なので無視してきたがいい加減戻らねば授業に差し支える。

 

「義経、義経」

 

「うひゃい!? な、なんだろうかノルン君?」

 

 其処まで動揺しなくても、と思う。

 

「もう教室に着いておるのだ席について仕度を始めねば、な?」

 

「う、うん、そうだな!」

 

 いそいそと席に着き授業の準備を始める義経。挙動不審は治らず仕舞いだが大丈夫なのだろうかろ心配になる。

 

「そう言うノルンも座らないと。ほら、こっちこっち」

 

 弁慶が指すのは自分の隣。丁度不死川の席辺りか。

 後ろに義経、更に遥か後方に与一と言った席順。特に拘りもないので言われた場所の着席。

 教科書やノートを取り出して準備を整えていると――――

 

「あっ、ノルーン!!」

 

「おおっ!?」

 

 ロケット娘2号(小雪)が跳び付いてきた。圏境で教室に入ったのは確認したとはいえ、入口から対角線上に近いここまで一足で跳んでくるとは予想外。

 モモに迫る勢いの突撃を諌めると素直に謝る小雪。しかし、その顔は不満げである。

 

「どうした?」

 

「KOS、僕、すっごい心配したんだよ? なのに連絡も寄越さないなんてヒドイと思うんだー」

 

「あ、あぁ……すまぬ。心配を掛けたなユキ」

 

 ハッキリに言えば忘れていた。ゴタゴタは元より、どこか佐々木を倒してどうにもらしからぬ慢心が生まれているらしい。

 何事も油断禁物、勝って兜の緒を締めよ、だ。

 ブー垂れる小雪の頭を撫でるもご機嫌は然程戻らず。そのまま撫で続けていると冬馬と準がこちらに近付いてくる。

 

「おはようございます」

 

「おはようさん。ってか、なんか教室の空気が悪いなオイ」

 

「ま、これもKOSの影響であろうよ。アレだけの事を為せば、なぁ……」

 

「あー、確かに凄かったもんな。斯く言う俺も食い入るように見てたぜ、お前さんとあの女の戦い」

 

「頭を光らせて?」

 

「目じゃなしに!? 早々ぶっこんで来たなオイ! 幾らハゲでも其処まで四六時中光ってないっつーの!」

 

「そう言いながら、逆光が眩しいぞー準」

 

「ユキの申す通りだな」

 

「ホントに反射してた!?」

 

「なんだかこんなやり取りも久しぶりですね。ユキが嬉しそうで何よりです」

 

「なぁ、若。その言い回しだと俺は? 俺はからかわれても良いのか!?」

 

 打てば響くが如くツッコミが返ってくる。

 準はからかうと本当に面白い。おまけに小雪の機嫌も多少緩和されたようで、準様々だ。

 

「なぁ、オイ、なんでいきなり無言で拝み出した? 俺は坊さんでも無いし、逆に托鉢やってる信者じゃねぇよ?」

 

「準が恵んでくれるものなんて、頭の光とツッコミ位なのだ」

 

「いい加減、オレ、切れてもイイよNA?」

 

 小雪と一緒に一頻りからかっているとチャイムが鳴り、授業が始まった。

 微妙な空気のまま。

 

 

 

 

 

 ――――放課後のグラウンド。

 

 未だ熱気冷め止まぬ義経達へ挑戦者。

 真っ向から受けているのは義経のみだけども。弁慶は面倒くさいと颯爽と逃走してるし、与一は偶には部活に顔出してこい、と発破掛けたが恐らく行っていまい。

 

 ただ、KOSを経て清楚にすら対戦の申し込みが出だしているのが問題だ。原因は言うまでもなくKOS。

 今はまだ当人にその気がないという事で拒んでいる――――1部3-Sの面々から強烈なバックアップがあった――――がそれもゆくゆくは当人次第という形に帰結するだろう。

 清楚の封印云々については秘密裏にマープルと対話し、釘は指している。

 

 

 

 ――――回想。

 

「正直にお答えください、何時から、何処までお気づきなのですか?」

 

 星の図書館の異名を持つ従者部隊序列2位の女性に目を向ける。

 盗聴対策の整った個室で2人きり。復縁した所、早速呼び出されたという訳だ。

 

「はて何時から、とはどれの事か? 清楚の正体か? 武士道プランの根幹が世間に嘯いておるのとは異なる事か? それとも去年辺りから着工し出した地下の大規模施設の事か? はたまたヒューム、もしやするとクラウディオまで其方(そなた)の思惑に一枚噛んでおる事か?」

 

「ッ――」

 

 ただ情報を開示した訳ではない。

 暗にお前の考える事は察しが付いているぞ、と告げて言牽制しているのだ。

 驚愕から渋い顔をして全てです、と答えるマープル。

 

「清楚については偶然の産物であるな。この身が中学2年の時だ」

 

「(と、するとそれまでの間、こちらにバレないようにするだけの手段があったという事か) 他には? 例えば武士道プランの根幹が世間的なモノとは異なる点というのは?」

 

 隠す必要もないので順に説明するとしよう。

 

「ソレについては清楚が正体を知った時より確信を得た、というのもあるが、一番はマープル……武士道プラン提唱者たる其方(そなた)の普段の振る舞いよ」

 

「…………成程、若手育成の否定派、その筆頭たる私が、"共に英雄たちと切磋琢磨していく"なんて声高に謳ったところで違和感しかありませんね」

 

「然りだ。清楚の存在からして本質は真逆であろう? 兄上達は正体を知って尚、何の疑問も抱いておらなんだが、な」

 

 流石は星の図書館、察しが良い。どんな状況でも頭の巡りは見事なものである。

 地下空間の存在については、普段から時折圏境を全開にしている事で納得して貰った。

 その気になれば半径30キロ、己に知れぬ事は無い、と告げた時のマープルの顔は見物だった、とだけ表現しておこう。

 

「ヒュームとクラウディオに関しては、今上げたこの身の知り得る事を基に、純粋に状況を推察したまでの事だ。私は、マープル、ヒューム、クラウディオの3人を侮った試しはあらぬよ。あれだけの大規模な地下空間と何某かの施設の建設、如何に星の図書館といえどあの二人に掛れば最低でも事が整う手前までは見つけられよう。それが未だに何の報告もあらぬ以上は上げた2人、最低でもどちらか1人はそちら側の筈」

 

「それは、つまり私達に裏切る可能性がある、と最初からお思いだったと?」

 

「否だ」

 

「は?」

 

 またもや物珍しいマープルの表情が見れた。不敵に笑い、続きを説明する。

 

其方等(そなたら)の忠義に二心があると思うた事など皆無」

 

「ならば、何故ヒュームや、クラウディオまで私の側と? 説明が付きませんが?」

 

「うむ、ここより先は推測に過ぎぬがマープル……其方(そなた)の行動、既に父上の承諾の元である、と考えらば説明が付かぬか?」

 

「ッ!!」

 

 今度こそ星の図書館の顔は驚愕で満たされた。やはり、と笑みを作っている口角が更に上がるのを自覚する。

 目の前の従者を含めてあの万能といえる執事達が主たる九鬼を裏切るなどあり得ないのは、観察眼でも心眼でも十二分に窺える。にも拘らずここまでの事を為せているこの矛盾の意味、今までの情報を踏まえて上での仮説はどうやら当りの様だ。

 

 同時に、思う以上に呆気なく尻尾を掴ませた目の前の人物に疑問を抱くが、心眼で直ぐにその原因が見て取れた。

 何という事は無い――――人ならば誰しもが経験し、常にそのリスクが孕むもの。

 

「呵々、この期に及んで侮ったな、小娘?」

 

「ふ、ふふふふ……四半世紀も生きてないモノに小娘呼ばわりされるとは、いや、長生きもしてみるもんですねぇ」

 

 不敵に笑い合う純粋老人と中身老人。尤も後者の事情を知る者などこの世界には皆無だが。

 笑ったまま、改めてマープルを見据える。

 

 ――――佐々木の時並みの殺気付きで。

 

「――――――――(冷や汗すら一瞬で引く程の殺気……)」

 

「マープル……星の図書館よ」

 

「ッ」

 

 思わず身構える彼女を無視して言葉を紡ぐ。

 

其方(そなた)が腹の内に何を溜めこもうが、何を抱こうが、それらはこの身の与り知らぬところ……興味すらあらぬ。然れど、清楚を今一度封じようとすらば、それ即ち(ワタシ)と事を構えるも同じと心得よ」

 

「…………」

 

「清楚も、義経も弁慶も与一も……他ならぬ掛け替えの無い大切な宝、傷付けんとすらならば看過は出来ぬ。(ワタシ)(ワタシ)とその周りに害を及ぼすモノ、及ばさんとするモノは断じて許さぬ。この身は仇を討つ()、敵対するモノは全て打ち砕くのみ」

 

 ――――努忘れるでないぞ。

 

 その言葉を気に殺気を引っ込める。

 強引ではあるが、ここまでされては星の図書館も強引に計画を推し進めようとするら思わないだろう。楔は確実に打ち込めた――――筈だ。

 

「なに、目下のところ清楚の封印など無しの方向にしてくれれば良いのだ。その後のマープルの計画に彼女達が必要な時、きちんと納得させる事だな。それさえ守れば文句はあらぬよ。周りにも他言せぬ」

 

「……故あって弓を引いても構わない、と?」

 

「うむ。我が心眼はこの地でマープルが何を為そうとも、十中八九仕損じると告げておる故な。事を為すに当たってこちらに弓引こうが不必要に其方等(そなたら)なら傷付ける事もあるまいて」

 

「……私が言うのも何ですが明確に裏切ると発言している相手を信じるのは如何なものかと」

 

「殺気も敵意も含ませぬ輩に、如何なる警戒が必要と申すか」

 

「…………やれやれ、貴方という人を僅かにでも見縊っていた自分が情けない。」

 

「星の図書館に其処まで言われるとは、光栄であるな」

 

「嫌味にしか聞こえませんねえ」

 

 ちなみに、何処まで把握しているのかといえば、実のところ然して計画自体には殆ど触れていないと言っても過言ではない。

 マープルの事、少しでも動きを見せたら間違いなく気取られると思ったが為だ。その事について彼女に告げると幾ばくかの思案している様子が垣間見えたが敢えて無視。

 先程までの驚愕や動揺ぶりとはうって変わってのポーカーフェイスは見事だった。

 

(まぁ、十中八九クローン関係と予想しておるが……)

 

 何となく碌でもない事の様な念を禁じ得ないのは仕様だろうか。

 ともあれ、予想に関しては地下に運び込まれている物資もそういった類のものが汲み上げられる代物なのだから粗間違いは無い。

 この辺りは言及せず、相手が明言するまで追求はしない事を告げて話し合いは終えた。

 

 

 ――――回想・終。

 

 

 

 そんなやり取りをしたのを思い出していると、目の前の敵を瞬く間に倒す義経。

 倒す度に勝ったぞー、と元気よく手を振ってくる愛らしい姿に手を振り返す。相変わらずリアクションがワン子に負けず可愛らしい事だ。

 

 しかし、久しぶりに義経の試合を一部始終見て驚いた事がある。

 何事も全力だった義経が相手に手加減をした事だ。

 無論、本気ではある。だが、義経は相見える相手の力量を見抜いた上で頭一つ分、力が勝る様に己を制御している。

 

(動きのキレも格段に上がっておるし、今までの義経らしからぬ振る舞い……原因はやはりKOSの時か?)

 

 ああして相手に合わせて力を制御するのは個人的に言えば悪い事ではないと思う。

 それが為せるという事は、より落ち付いて相手を観察できている証であり、力の制御はそれだけ己を律せている証拠だ。

 

 真剣なる勝負に手心を加えるとは失礼だという者もいるかもしれないが、手加減されて尚、負ける様な蒙昧に語る口無しというのが正直な感想である。

 其処はさておき、義経が戦いの最中時折みせる眼の色。とても見覚えのある光を称える瞳。

 

(アレは、誰かの背中を追い掛けるものの(まなこ)か……)

 

 義経の真っ直ぐな瞳に懐かしいモノを思い出してしまった。

 思考に降って湧いたそれを片隅に追いやり、本日最後の挑戦者に勝利を収めた義経に対して再び手を振り返すのだった。

 

 

 

 

 

 ――――夜、川神院。

 

 時刻は深夜に差し掛かろうかという時分。

 寺院内には3人の影。

 

 1人はここの主、総代たる川神鉄心。

 

 1人は九鬼家従者部隊序列零位、ヒューム・ヘルシング。

 

 最後は同じく九鬼家従者部隊序列3位、クラウディオ・ネエロ。

 

 ヒューム、鉄心、クラウディオの3人は境内で酒盛りをしていた。といってもその量は極々普通で酒盛りと呼べる程の規模ではない。

 疲れを酒気と共に呑み込むように盃を飲み干す。

 

「それで、結局どうするんじゃ? 結果としては当初の予定よりは早める事が出来たが」

 

「企画の方は」

 

「ここにあるぞい」

 

 徐に取り出し、手渡す紙媒体。ヒュームを手に取ったその中身を隅まで検める。

 横からクラウディオも目を通し、内容を確認する。

 

「ふむ、やるとしたらKOSの時並みの強行軍だな」

 

「規模はこちらの方が断然に小さいですがね」

 

「其処だと場所を借りられるギリギリの日程なんじゃ」

 

「出来るかクラウディオ?」

 

「簡単な事でござます」

 

 微笑みながら雄弁に告げる万能執事。

 実際にはかなり厳しい筈の仕事も簡単にやってのけるのがこの執事のクオリティ。

 

「それじゃ、当初の通りで良いのじゃな?」

 

「あぁ、構わん」

 

 再び盃を煽る。

 横でクラウディオがヒュームを飲み過ぎない様嗜めるが聞く耳持たず。

 とことんまで我が道を行く人物である。

 

「ところで、次代の四天王の選出、目星は付いているのか?」

 

「ある程度はの。他の高弟にもオススメじゃった剣聖黛の娘は確実じゃろ。後は……やはりノルンかのう。やはりあやつの実力は抜きんでておる。更に、KOSで見せた実力……天下五弓にすら組み込みたくなる程の弓の腕前じゃった」

 

「剣術は言うに及ばず、徒手空拳もやってのける。妥当といえば妥当か」

 

「ノルン様の御力は遥か高みにありますからね。先の騒動の時も結局自ら降伏される様な形でしたし。最も、あのままでは義経様たちが来られずとも同じ結果だったやも知れませんが」

 

「フン、やはり可愛げがないな」

 

「全く、ノルンを見掛けたら一報入れろ。行き先を出来る限り追え、なんて言い出すから最初は何事かと思ったわい」

 

 実のところ、復縁騒動の際にノルンを容易く包囲できたのは鉄心の告発があったからに他ならない。幾ら九鬼とはいえ、本気で隠れたノルンを見つけ出す事自体至難の技だ。

 ちなみに、除籍の経緯を鉄心は既に2人から聞き及んでいる。

 

「そう言えば、あの佐々木とやらはどうしておるのじゃ?」

 

 KOSが終わってから、佐々木の身柄は九鬼預かりの身となっていた。致命傷だった傷をノルンが最低限直したため、後遺症は無く、妖刀は没収して拘束し捕えてある。

 

「無論、警察に引き渡したさ。しかし、国内での事件は殆どが各格闘家の縁者達が体裁を気にして内々に処理されている以上、思う以上の刑罰には成りえないだろう。少年法的にもな」

 

「ノルンは、その事になんと?」

 

「"既にKOSにて己が手で決着はつけた。よって佐々木の処罰の程は気にせぬ"との事です」

 

「ほ、それはまたなんとも……」

 

 鉄心が呆れるのも無理は無い。

 アレだけの殺気や九鬼に対して大仰に構えて置き、更に親の敵でありながら倒したからそれで許す、とはどんな心境なのだと誰もが思うこと。

 

「曰く、『本質的には一途さが嫌いではない』とか」

 

「呆れたもんじゃわい」

 

「まぁ、アレの性分なのだろうよ。百代に負けず劣らずの欲望に忠実なのだ」

 

「確かにの。まぁ、それはそれとして例の件、任せるぞい」

 

「お任せ下さい」

 

 夏の宵に思惑の影。

 新たなイベントが始まろうとしていた。

 

 

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