気まぐれ神様の物語 真剣恋Ver.   作:ジーザスルージュ

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50話

「さて、いよいよ決勝戦……なんだけどなぁ」

 

如何(いかが)した?」

 

 隣では微妙という言葉しか言い表せないほど微妙な表情のモモ。

 暑さに堪えているという訳ではないだろう。

 そもそもこの程度の暑さに参る様な鍛え方もしていないのだが。

 

「いやな、聞いた話だと弁慶って半分は義経ちゃんを勝たせる為に出てたんだろ?」

 

「うむ、相違あらぬが」

 

「だったらこの決勝、結構詰まんないものになるんじゃないか? 弁慶って何だかんだで主に手を出す様な奴じゃなしい」

 

「大凡その通りであろうな。が、詰まらぬものと相成る――というのは些か早計だぞ?」

 

 小首を傾げるモモ。

 彼女の言う事は尤もである。弁慶はその気質から間違いなく義経を攻撃しないし、出来ない。

 だからこそ、モモの疑問というか懸念は至極真っ当といえる。

 同時に考えが甘い――というか、らしくない程に鈍いとでも言うべきか。

 

「なにを……って、あぁそうか。まだもう一人いるな」

 

「察しの通り、今の義経ならば自ら頼み参るだろう」

 

 流石にピンと来たらしい、納得のしたり顔で肯くモモ。

 その抜けた様子に引っ掛かるものを感じなくは無かったが、敢えて頭から追い出す。

 なんて考えていると歓声が湧きあがる。それと共に、視線は武舞台の方へ。

 

 舞台へと入場してきた睡蓮と源氏組両チーム。

 見慣れた武士道プランの申し子が奇しくも揃い踏みとなってしまった若獅子タッグマッチトーナメントは本来の主催者達の思惑は兎も角、会場は盛り上がりを見せるばかり。

 その熱気は物理的な作用すら可能では、と思わせるほどの凄まじいモノだ。

 

「英雄同士の戦いか。しかも予想だと国を跨いで、だな」

 

「や、オリジナルは兎も角、今の2人は正真正銘の日本人故、その物言いは相応しからぬぞ」

 

「あぁ、そうなるのか。でも清楚ちゃんのオリジナルはなぁ……ええい、まどろっこしい!」

 

「突然逆切れするで無いわ戯け」

 

 まどろっこしいというのには大いに同意できる。解説役としては、だが。

 清楚自身は日本人だがオリジナルは中国だ。

 だからこそ相応しからぬ、という先程の発言は実際は其処まで言うほどのものではない。

 だからそこまどろっこしいという奴。

 

 閑話休題。

 武舞台にあがった4人を改めてみてみる。

 気だるげな弁慶は何時もと変わらず、与一もほぼ同じ。清楚もまた、特に気負った様には見えない。

 しかし、義経だけは3人とは異なっていた。

 

「なんていうか、可笑しくないか義経ちゃん」

 

「言わんとしておる事は分かるが言の葉は正確に使え。立ち振る舞いも闘氣が静かすぎる、といいたのであろう?」

 

「そう! そうなんだよな……けど凄味が全く醸し出してないって訳じゃないし、ましてやあの真剣な表情は抜けてるって訳でもないよな。なんていうか……落ち着いている?」

 

 モモは疑問は実力のある武芸者なら抱いて当然のもの。

 立ち振る舞いが静かなのはそれだけ集中している証であり、しかし本来ならその集中力の高さ故に溢れだすべき闘氣や気迫が極端に抑えられている点を不思議に思っているのだろう。

 

 しかし、その理由には見当は付く。

 本来溢れだして可笑しくない筈のそれがなりを潜めている理由。

 

 ――――単純な話、それだけ闘氣を研ぎ澄ましているだけの事なのだ。

 

 何処までも自然体で己を律する行動が意識してか、はたまた無意識の事かは定かではない。というよりは、心眼の計測はそれがどっちつかずの中途半端なものと指し示している。

 即ち、意識して己を律しようとしているのが、今の高い集中力によって結果としてあそこまで自然体に闘氣と己を宛ら曇り無く波1つ立たない静ずかな水面の様に。

 

 

 まさしく明鏡止水の境地と呼ぶにふさわしい。

 

 

 個人的な事だが、この世界で明鏡止水の境地に到っている人間はその実限りなく少ない。

 状況如何によるが、モモは基本的には己と相見えている時にはよくこの境地に到っていると言える。

 他にもまゆっちや完全制御を可能している今の清楚、鉄心殿やヒューム辺り程度だろう。

 "壁"を超えているからと言って全員がと辿り着ける訳ではない。

 例えば釈迦堂氏辺りは天性の才能と気質から到らないし、立ち振る舞いからしても松永先輩やルー師範代も戦いに於いては雑念が色々と多すぎる。

 前者は戦術で、後者は生来の性質で、という違いはあるが。

 

(義経のあの清澄にして厳かな気配……ひょっとするとひょっとするやも知れぬ)

 

 KOSを経る前ならばこの勝負、やはり清楚が圧倒していただろう。

 しかし、今の状態なら勝負の行方はハッキリとはしない。

 それだけ2人の実力が切迫しているという――――2週間程度でここまで到った義経には驚かされてばかりである。

 

 試合を制し、優勝するのは果たしてどちらか――――

 大いに見物である。

 

 

 

 

 

 

 ――――決勝戦。

 

「さぁ、若獅子タッグマッチトーナメントも雌雄を決する時がやって参りました!」

 

 田尻のマイクパフォーマンスを横に、見つめ合う両者。

 といっても、前に出ているのは義経と清楚のみで、残りの2人は舞台の端にまで移動している。

 それもその筈で、弁慶は義経と戦う気が無い事は言わずもなが。主大好きっ子な弁慶が義経に手を出せる道理は無い。

 ならば与一の方はといえば、単純に義経に頼まれたからだ。

 清楚との一騎打ちを望んだ義経は大会始まる前、棄権しようとしてた睡蓮に申し出て、これを睡蓮側が受諾して、この構図が生まれている。

 与一にとっては正直有難い気持ち半分、面倒という気持ち半分と言ったところ。

 前者は恐怖対象である弁慶と戦わなくていいから。

 後者はこうして炎天下の中、戦いの余波が必ず届くであろう場所に居続けなければならないが為に。

 前者は兎も角、後者の方は正直面倒では本来済まされない領域である。

 清楚の実力はKOSで散々見てきているのだ。義経もまたこの大会で急成長を遂げている。

 

 そんな2人の戦いの余波の被害がまのがれ無い場所に立っているのにもかかわらず、内心が面倒で済ませている辺り、与一も大分染まってきている。

 何に、かは分からないが。

 

「図らずとも武士道プランの申し子たち同士の戦いと相成り、私も年甲斐も無く興奮しておりますッ!」

 

 実況をよそに笑って清楚に構える清楚が――――

 

「義経ちゃん、言われた通り手加減しないよ」

 

 清澄な気配を漂わせる義経が――――

 

「望むところだ清楚先輩。義経は――――勝つッ」

 

「お互いの闘志も準備万端の様です! それでは始めましょう」

 

 両チーム――厳密には前に出た清楚と義経を交互に一瞥する田尻。

 手に持つマイクに無意識に力が少しだけ籠る。

 

「決勝戦、睡蓮対源氏組……レディー、ゴオォォーーーーッ!!」

 

 開幕の合図と共に、2人は駆けだした――――ように見えた。

 

「ッ!?」

 

「破あァッ!」

 

 清楚の真横から義経の奇襲。

 どうみても一足飛びで、それも瞬間的には不可能な距離を詰めてきた。

 身に覚えのある――あり過ぎると言ってもいいその技は清楚自身も使っていた彼の人物の縮地。

 一足飛びで空間の距離を縮める事を可能にした技は、義経のオリジナルから受け継がれた感性か、これ以上に無い位に見事な奇襲を披露した。

 奇襲の呼吸というものを把握しているかのような動きは流石は源義経といったところだろうか。

 

 しかし、清楚もまた並みではない。

 瞬時に状況を把握し、持ち前の動体視力と反射神経、そして天性の直感によって身体を仰け反りつつ顔の左下辺りを腕を動かし、守る様に置く。

 

 刹那、腕に奔る衝撃。

 

 縮地に加えて霞月による多重攻撃。

 これ以上に無い位の奇襲を、これまた見事に防いでみせた清楚。

 しかも体勢を崩す事無く、だ。

 今の攻撃とて相当に強烈だった筈の一撃を防いでしまう辺り流石はと言うべきか。

 

 お返しとばかりの清楚の蹴り。清楚な雰囲気に似合わない豪速は触れるだけで砕けてしまいそうな威力を誇る。

 返す刀で迫る蹴撃。

 義経は再びそれを縮地で躱す。

 

 跳んだ先は清楚の死角たる背後。

 首目掛けて放たれる一太刀は疾風迅雷と呼ぶほどの神速の一撃だった。阿頼耶の域にあるその斬撃を清楚は今度はしゃがみ込む事で躱して見せた。

 

(これを躱すとは……流石清楚先輩ッ)

 

(ええぃッ、忌々しい程に義経の動きが前の試合よりも確実に増しているッ)

 

 その尋常ならざる一撃を繰り出した側も、その一撃を躱した側も、お互いがお互いのその行動に心から驚嘆する。

 しかし、驚嘆しても其処はやはり武士娘。清楚はしゃがみ込んだまま足元を払うかの様な横蹴りを放つ。

 義経の軽い跳躍。

 足元を通り過ぎる蹴りの風圧を感じながら、瞬時に着地する。

 手に持った太刀を振るいながら。

 しかし、蹴りを躱された清楚はその勢いを利用して既に立ちあがっている。唐竹を割る一刀を冷静に左手の甲をタイミングを見計らい刀の腹に合わせる様に置き、同じ様にその左手に重ねる様にして置いた右手を左手と共に左方へ押し出す。

 

 斬撃の受け流し。

 首を狙った二の太刀よりは遥かに遅いとはいえ、それでも比較的の話。

 一般的な達人でも清楚の様に体勢を崩した状態から同じ様に受け流すのは至難の業である。

 受け流した状態からサマーソルトの様に身体を後ろに回転させながら掬いあげる様な蹴撃。義経は、同じ様に仰け反りこれを回避する。

 

 サマーソルトからの後方倒立回転。俗に言えばバク転で距離を開ける清楚。

 そのままお互い睨みあう。

 否応なしに高まる緊張感の中、その瞬く間の攻防に目を見張る4人のマスタークラスの達人たち。

 

(これが英雄の力って奴か?)

 

(凄まじい攻防だネ……最早英雄の再臨、で片付けていいものではなイ)

 

(あれだけの攻防に息ひとつ乱しておらぬとは……年甲斐も無く血が熱くなるわい)

 

(しかもそれだけじゃねぇ。技術以前に義経とかいうお嬢ちゃんからは動きからアイツの姿がチラつきやがる)

 

 釈迦堂の感想はそのもの、的を得たものだ。

 清楚があれだけの攻勢を凌げたのも其処にある。義経の動きからはノルンの姿が垣間見れるのだ。

 それは即ち、彼女自身が彼を模倣し模範している事に他ならない。

 以前からその兆候は見られ、KOS以降には益々顕著になったと弁慶と話し合っていたのは清楚の記憶に新しい。

 尤も、義経は何故だか頑なに鍛錬風景をノルンに見られるのを拒んでいた為に現在進行形で模倣されている当事者は知らない。

 この試合を見て気付いたといった所か。

 閑話休題。

 

 義経が模倣している相手は清楚にとっては最もよく知る人物である。戦いに於いては、だが。

 攻防のタイミング、攻め方、守り方、攻防に於ける対処法から流れまで、義経の動きはそれだけノルンの姿が垣間見える。

 しかし、まるっきりの模倣ではない。

 初手の一撃、奇襲という手段ならノルンなら間違いなく霞月を遠間から、それに対処されれば背後に跳んで死角から攻撃となるだろう。

 また、先程の足払いも彼ならば受ける威力を受け流す化勁と瞬間的に身体の部位の強度を上げる硬氣功を用いた防御方法で敢えて受け、動きに合わせて同時に太刀を振るうだろう。

 出来ないのか、しないのかは定かではないが少なくともノルンの戦術や技術を組み込んで発展させた文字通りの義経流の剣技。

 しかし、ノルンの技術を色濃く模倣しているが故に清楚が対処できたのもまた事実。

 とはいえ――――

 

(僅かでも気を抜いたらそれこそ一瞬でもって逝かれるか)

 

 改めて気を張る清楚。

 対する義経はどこまで静か、何処までも清澄な気配を湛えたままだ。

 その落ち着き様は常に全力疾走の義経の気質からはかなり以外とも言える。

 

 場の空気が張り詰めていく中、動き出したのは清楚から。

 同じ様に縮地による奇襲。

 義経からみて右後ろ。完全な死角からの正拳突きは巨木をも一撃で圧し折るという、その細腕に似合わない威力を誇る。

 振りかぶられた拳は真っ直ぐ義経に向かう。

 向けられた義経に気付いた様子は無い。このまま行けば確実に勝てるだろう。

 

(……こんなもの?)

 

 僅かな間とはいえ先程までの攻防が嘘の様な呆気ない終わりに疑問を抱かずにはいられない。

 拳を突き出したその時に、脳裏をよぎったのはやはり、ノルンとの鍛錬の時。

 

 ――――刹那、身体を奔る極寒の如き寒気。

 

「ッ!!」

 

 直感に従って無理やり身体を義経から遠ざけようとする清楚。

 瞬間、己の真横を通り過ぎる不可視のナニか。体勢を立て直し、改めて義経を見据える。

 

「本当に清楚先輩は凄い。義経は感服する」

 

 徐に口を開きながら清楚の視線を辿る様に振り向く義経。その立ち振る舞いはやはり奇襲を受けたとは思えないほど落ち着いている。

 対して清楚は自らに奔った悪寒と、何が起こったのかを察して肝を冷やし、僅かに息を乱す。

 

「よく躱したな義経。出来るだけ気配を消したというのに対応するとは」

 

「あぁ、今の義経は……なんていうか、世界がとても鮮明に感じられる。これだけの人が居るのにその中の1人の息遣いさえ分かる様だ」

 

 やはり、と義経の言葉に清楚はそう思わざるを得なかった。

 死角にいる筈の人間を探知する技能。それは清楚にとっても、否――この武舞台にいる実況以外の者にとっては馴染み深いものだ。

 探知するだけなら氣を使えば早い話だが、義経の気配にはその兆候は無い。

 とするならば、それは即ち――――

 

(高い集中力による意識の拡大。ノルン(あいつ)と同じ圏境か)

 

 彼が憧れだと語った彼女は何処までもノルンと同じ所を目指したいらしい。

 抱いた熱意が何時の間にか、自身のオリジナルに対する憧れを凌駕するほどに彼女は邁進してきた。

 その結果がいま、KOSを切っ掛けに花咲こうとしている。

 

 ――――怖い位に急に。

 

 しかし、それはこと此処に到って関係の無い話だ。

 戦うと決めたのなら勝つ――唯、それだけ。雑念は不要。

 

「ハハハッ! よい、それでこそだッ! いくぞッ!」

 

「何時でもッ」

 

 再三に渡る縮地の使用。

 だが、清楚はノルンと違って彼ほど完璧に使いこなせている訳ではない。

 そもそもこの技は、跳んだ拍子にまず周囲の確認から入らねばならず、空間を縮める独特の感覚は脳の情報を多大に混乱させるものだ。

 ノルンの場合はこれを、ある程度の状況予測と、持ち前の圏境で完全に補っている。だからこそ、どんな距離に跳ぼうともノルンは即時に行動に移せるが、清楚の場合はある程度――人ひとり分程度――の距離が必要なってしまう。

 清楚は持ち前の気による探知によってこれを補っているのだが、氣――この場合感覚ではなく魔力に近しいもの――を用いての圏境もどきは本来のモノと比べて把握できる速度がどうしても一呼吸遅い。

 平時ならば兎も角、戦闘時のコンマ以下の反応の遅延は場合によっては命にかかわる。

 

 また、圏境は己の意識を周囲に溶け込ませて広げられる範囲の世界を逐一探知するというもの。

 氣を使うのではなく、明鏡止水という瞑想の極意からなる為探知の鋭さがかなり高い。

 何が言いたいかといえば

 

 

 

 ――――跳んだ先には既に同じ様に跳んだ義経の姿があるということ。

 

 

 

 

「!!(やはり、跳んだ先を読まれるッ!)」

 

「破ッ!」

 

 紫電一閃。

 神速に振り下ろされる大上段からの一撃。

 目前にまで迫った太刀を、驚異的な反射と心眼で軌道を的確に読み、両の手を合掌するように合わせる。

 柏手にも似た乾いた音と共にその太刀を受け止める清楚。

 

「真剣白刃取りだぁーー! 義経選手の必殺の太刀を清楚選手、驚異的な反射で受け止めたぞーッ!」

 

 刹那の睨み合い。即座に手を捻り、蹴りを加えて飛び退く清楚。

 蹴られた事によって体勢を崩すも、直ぐに整える。それは向こうも同じことだった。

 ぶつかり合う2人。攻防は激しさを増す。

 

 

 

 

 目の前で繰り広げられる目まぐるしい攻防に意識を集中して眺める。

 恐らくはこの若獅子タッグマッチトーナメント最大の試合に何時しか歓声も止み、観客は固唾を飲んで見守っている。

 

「闇夜剣、縮地ときて圏境か……おまけにこの気配の希薄さときたら、義経ちゃんの戦い方がどんどんお前に似てきているな」

 

 モモの発言には大いに同意する。

 随分と集中力が高められているとは見て取れたが、よもやあのレベルの圏境に到るとは思わなかった。

 有効範囲は恐らくこの七浜スタジアムを蓋うかどうかという所。それでも初めて到った境地でここまで為せる辺りに凄まじいとしか言いようがない。

 つい2週間弱前には普通どおりの、というのもおかしな言い回しだが、この世界の武道家としての型通りの戦い方をしていた筈である義経。

 

 それがどうだろう。

 目の前で戦っている義経の氣は何処までも内に内にと循環させ、それどころか体内を巡るソレを制御しブースト時の無駄を極限まで削り、結果として今の義経の鋭敏化した感覚と驚異的な集中力から疑似的な身体の極すら行っている。

 

「何があったのかは知らないが、義経ちゃんはそれだけノルンの事を見て、目標にしている証拠だな」

 

「うむ、まさしくその通り。時にモモ?」

 

「なんだ?」

 

 戦いは更に加速的に激しくなっていき、観客の誰もがその光景に魅入っている。

 宛ら伝説の再現の如く、繰り広げられる武勇の虜だ。

 そんな戦いが繰り広げているなかで、どうしても今、言わなければならない事がある。

 出来るだけ可及的速やかに。

 

 それは――――

 

「私の脇腹を摘むのは大概にして貰えぬかッ?」

 

 現在進行形で脇腹を掴むモモへの抗議。

 義経と清楚の最初の攻防が終えた辺りで突然抓り出したのだ。何が癇に障ったのかは知らないが、それなりに強い力なので非常に痛い。

 しかも周りからは見えない様に身体をある程度近づけてやっている辺り何なのかと問いたいところだ。

 

「え、なに、キコエナーイ」

 

「此奴めッ……!」

 

 なんてギャグかましている中でも戦いは推移し続ける。

 ちなみに、ギャグっぽくなってはいるが目線は絶えず戦いを注視ているし、今のやり取りはさりげなくマイクの電源を切っているので問題は無い。

 閑話休題。

 

「清楚ちゃんが徐々に押され始めた?」

 

「どうにも義経が先を常に制して清楚に自身の流れを掴ませておらぬようだ。というか、何時の間にか清楚も氣を全開にしておるというのに、此処まで押し籠めるとは思わなんだな」

 

 戦っている内に興じてしまったのか。

 清楚の瞳は赤く染め上げられ、モモのそれと比べても謙遜無い氣が溢れているというのに、それでも義経が清楚を攻めてもその逆はない。

 どれだけソレが異常な事か、清楚とも義経ともよく鍛錬をしている己には分かる。

 清楚はモモと戦っても謙遜無い位に強いし、己の知る限り義経もあそこまで張り合える程の力など有していた記憶は皆無。

 

(試合を通じて更に力を付けておる、か。それにしても――――)

 

 刹那に出来た清楚の隙。

 それは出来た、ではなく作らせたモノだと瞬時に悟る。アレだけ流れを制しているのだ、何時そういう状況にもって行っても不思議ではない。

 

 決着は、もう間もなく訪れるだろう。

 

 

 

 

 痛烈な一撃だった。

 怒涛という言葉がしっくりくるほどの攻防の果て、気付けば出来上がっていた清楚への隙。

 それは針の穴の様な僅かなモノ。

 だがしかし、目の前に立つ義経ならば間違いなく付けるという確信が清楚にはあった。

 

(これほどまでッ……!)

 

 誘い込まれたのは語るまで無い。

 そして、自身の確信通りに義経は水平に振るった刀を当てて来た。

 

「グゥッ!?」

 

 身体の内側にまで貫く衝撃が清楚を襲う。

 その威力に清楚の身体が思わず吹き飛ばされるも、3m位で留まった。彼女の眼前には振り抜いたままの姿勢で更に力を溜めこめる義経の姿。

 

 マズイ。

 背筋に奔る悪寒が、この状況が必殺足りえると伝えてくる。

 しかし、清楚の身体は当人の思う通りには動いてくれない。厳密に言えば動けないのだが。

 

(これはノルンのッ。受け流しきれなかったか……ッ)

 

 義経の方は既に準備万端の様だ。

 力を溜め終え、神速の踏み込みで迫る。

 

「義経えェッ!!」

 

「雄雄雄雄雄雄ぉぉぉーーーーッ!!」

 

 一閃――――

 

 文字通りに閃光が煌めいたかのような速度での交差する義経と清楚。

 痛いほどの静寂が場に満ちる。

 永遠に続くかと錯覚するよな張り詰めた空気の中

 

 ――――音も無く崩れ落ちる清楚。

 

「――――それまでぇッ!! 勝者、源氏組ッ!」

 

 ドッ、と会場全体が揺れるかと思うような大喝采。

 勝ち上がった義経は静かに刀を鞘に収める。残心、というやつだろうか――義経の一挙手一投足に観客たちは引きつけられる不思議なナニかでついつい魅入ってしまう。

 

 鞘に収めきったところで清楚の方に振り向く。

 

「ありがとうございましたッ」

 

 見本にしたくなるような見事な一礼。その武士としての潔さに、喝采は更に高まるばかり。

 倒れた清楚は義経と弁慶の協力の元、医療班が担架で運ばれていった。手伝わなかった与一は影で弁慶に〆られた。

 

 やがて、事態もひと段落ついて勝利者インタビューとして田尻が代表で義経に尋ねる。

 照れくさそうに顔を赤らめる姿は先程戦っていたモノとは思えぬ程愛らしく、観客は元よりTVの前の多くの者もそんなギャップ萌えとでもいうべき愛くるしさから誰もが彼女の勝利を称えていた。

 

「優勝した事に対して一言」

 

「武士道プランのものとして、何より一個人として恥ずかしくない結果が出せた事、本当に喜ばしいです」

 

 はにかむ姿に会場はヒートアップ。

 側で見ていた弁慶もヒートアップ。

 

「同じ武士道プランの者達を始め、並みいる強豪たちを倒しての勝利でしたが感想は?」

 

「本選は元より、予選で当たった人たちも、みんなとても強かったです。ですが、その人達の戦いが義経を強くしてくれました。なので、ある意味義経と戦った全ての人々が義経の力となってくれた……改めて義経は感謝したい――――ありがとうございましたッ!」

 

 そして、と義経は言葉を続ける。

 

「パートナーであった与一も、こんな自分にキチンと合わせてくれた事に感謝するぞ。ありがとうッ」

 

 礼を言われ、その言葉と共に与一に視線が突き刺さる。

 与一は何時ものように鼻で笑う――――としたところで弁慶の視線に気付き、慌てる様に

 

「べ、別に、臣下の務めを果たしただけだ。感謝されるいわれはねぇよ……」

 

 彼を知る者は全員思った――――与一がデレた、と。

 男のツンデレなど誰得という話である。しかも微妙にデレているわけではないし。

 

「いや、やはり礼は必要だろう。主としてこれは当然の行いだ。改めて、ありがとう」

 

 今度こそ、ソッポを向く与一。

 いまのやり取りを見ていた者には彼がとてもシャイな子なんだと移ったそうな。

 なにか妙な空気が発生している気がしなくもない。

 

 頭を上げた義経。

 何故だか、そこには先程までしていた照れくさそうなはにかみ顔は一切なく、反対側の――申し訳ない、と言わんばかりの表情を作っていた。

 訝しむ田尻が、どうしたのかと問えば

 

「優勝できたことはとてもうれしいのだが、やはり義経にとってはここは通過点に過ぎないんです……先程いってしまったことを反故にする積もりはありませんが、やはり申し訳なくて」

 

「ん? というと?」

 

 義経の顔が動く。

 見つめる先は解説席の方だ。再び表情を変える義経。

 それは、最初に出したはにかみ顔でも、先程浮かべた申し訳ない顔でもない。

 

 ――――それは、紛うことなき武人の顔。

 

「義経は此処まで来たぞ、ノルン君」

 

『そうか、エキシビジョンの相手は私か』

 

 義経の言葉と共に響き渡るスピーカーからの声。それはKOS優勝者の1人である九鬼ノルンのもの。

 

『ちぇー、やっぱノルンかー……戦ってみたかったのにな』

 

『モモはまた今度、私が場を設けてやる』

 

 残念そうな言葉とは裏腹に解説席の2人は、どうやらこの流れを予測していた様なニュアンスが含まれている。

 少しの間、じゃれ合う様に言葉を交し

 

「さて、なれば始めるとしようか」

 

「……」

 

「ッ――(気配もなく動作もなく、この距離を一瞬で……)」

 

 マイク越しの筈から直ぐ近くに聞こえた肉声に、義経は動じることなく見据える。

 興奮冷め止まぬなか、再び伝説の再現が繰り広げられようとしていた。

 

 

 

 

 

「さぁ、エキシビジョンマッチは義経選手の希望でKOSの優勝者の1人、九鬼ノルンが選ばれましたッ! 若獅子タッグマッチトーナメントで魅せてくれた義経が、世界の覇者にどう立ち向かっていくのか見物です!」

 

 互いに見つめ合う2人。

 双方共に、其処には一切の変化は無く、ただただ静かに佇んでいるだけのもの。

 

「ふむ、先程以上の集中力。全身全霊であるな……なれば私も相応の戦装束に変えよう」

 

 徐に1つ、指を鳴らすノルン。

 次の瞬間、川神学園の制服であった彼の恰好は手品も真っ青な瞬間着替えで黒い狩衣へと変わる。

 更に蔵から愛用の模擬の長刀を出し、抜き放つ。

 

「おーっとノルン選手、手品か何かか!? 何が起こったのかすら分からない早着替えに、更には何時の間にか得物を抜いているぞ! やる気満々といった具合でしょうか」

 

 義経もまた静かに得物を抜く。

 言葉は何一つなく、語るに及ばずと言わんばかりの沈黙だ。

 実況兼レフェリーの田尻もその空気を察する。

 

「それではエキシビジョンマッチ――――」

 

「しばし待たれよ」

 

 その空気の読まない待ったに会場は一気に白けてしまう。

 苦笑いを浮かべながら、クナイを5本取り出して全ての義経足元へ。

 

「?」

 

「動くでないぞ、義経。(カイ)ッ!」

 

 刺さったクナイを基点に円陣と五芒星の模様が浮かび上がる。

 

「完全回復陣――――まぁ、言うなればラスボス前の回復イベントという奴だ。私としても義経とは万全な状態での戦いを所望しておる故、な」

 

 傷、疲労は元より失った氣、魔力も土地の霊脈を利用して回復させるもの。

 簡易的ではある為戦闘では使い辛いが今の彼女の消耗を戻すのには十分だ。

 

「挑戦者に対する心遣いか、そのフェアプレイの精神に観客も大いに称賛しています」

 

 彼が言うのとノルンの心情とは少し違うが、敢えて此処は黙認した。

 態々反感を買う事もない。

 フェアプレイ、というのにもあながち間違いでも無いのだから。

 

「ノルン君……」

 

「気にするでない。紛う事無き本心だ」

 

 やがて光も収まり、回復は終える。

 

「改めましてエキシビジョンマッチ……はじめぃーーッ!!」

 

 開始の合図で先に動いたのはノルン。

 逆月による弧月、霞月の多重攻撃は霞月が義経の逃げ道を塞ぎ、弧月が彼女の首目掛けて薙ぎ払う。

 開幕直後、義経の呼吸(リズム)の余白を狙い澄まして打った所謂"無拍子"という技能による不意打ち。

 不可視の牙が義経を襲う――――しかし、刃が届くころには義経の姿は既に無い。

 徐に刀の刃を顔の右側、水平に置くノルン。

 

 

 ――――響く金属音。

 

 

 縮地を使っての奇襲はさも分かっていたかの様に防がれ、そのまま受け流される。

 義経の身体は空中にあるまま。

 跳び上がりの斬撃を地に足が付かないまま軽やかに流されてしまったのだ。

 そして、それを見逃すノルンでは無い。

 ギャリギャリと不快な音を立てながら刃が峰の上を奔り、再び急所を狙う。

 

「何のッ!」

 

「ッ――(空中で……)」

 

 文字通り、宙を蹴りつけ再び縮地で離脱。

 ノルンは奔らせた刃を敢えて更に勢いをつけて身体を半回転させる。

 刀がぶつかり合い、火花を散らして鎬を削った。

 

 至近距離で交わる視線。強く、揺ぎ無い輝きと強くも何処か慈愛を含んだ瞳は正しく頂点に挑む者と挑戦を受ける者を表す。

 刃を引かせたのはノルンの方だった。フェイントの様なやり方だが、義経も分かっていたかの様に体勢を即座に戻し、得物を振りかぶる。

 その速度たるや、宛ら稲妻の如く。襲い掛かる白刃をノルンは防ぐ事はせず、躱す、或いは受け流して凌ぐ。

 時折襲ってくる不可視の斬撃すら頭や身体を捻り、もしくは刀を置く様にして防いでしまうノルン。

 対してノルンも、動作の切れ目を狙って打ち込むも

 

「ッ……」

 

「ふむ……」

 

 遮二無二といった具合だが、避けられる。

 ある程度こちらの軌道を誘導しているらしい。作られる隙には作為的なモノを確かに感じる。

 入り混じる二つの刃は徐々に徐々にと、その速度を上げていく。

 

「義経選手の怒涛の連撃にノルン選手押されていくッ!」

 

 実況の熱い語りすら、2人には邪魔な雑音である。

 疾風怒涛の斬撃で押し続ける義経。繰り出される斬撃を躱し、避けて、カウンターの様に時折得物を振るうノルン。

 観客の目にはどちらが優勢かは火を見るより明らかだった。

 

 

 

 

 一方的な攻防。

 武神として、そのやり取りにはついつい血が騒いでしまいそうになるが、今のモモにはそう言ったモノは微塵も湧く事が無い。

 原因はこの戦いを見ている最中実況の一言だ。

 彼女にとっては聞き捨てならないもの。だからこそ、解説しなくはならないという衝動に駆られる。

 据え置きである筈のマイクを敢えて握って力強く言葉を紡ぐ。

 

「誤解しているようだが、ノルンは別段押されていないんだなぁこれが」

 

 武神のその一言に、試合中にも関わらず場はどよめいた。

 それは観客は元より見学に来ている他の武芸者、ファミリーの面々、そして九鬼の面々もまた同じ。

 百代の言葉の意味を正確に把握しているのはギャラリーの中では彼女を除けばヒューム、鉄心、釈迦堂位だろう。

 今上げた4人は武力もさることながらノルンの戦い方をよく見ているが故に察せているのだ。

 

 ――――本当に押されているのがどちらか(・・・・)という事に。

 

 速度を上げて、なおも続けられるやり取りは解説すら忘れて魅入ってしまうほどに素晴らしい。

 しかし同時に、やはり正確に伝えてこその解説だろう。

 何より、己にとってこの戦いが間違った認識で見て貰いたくないという強い思いがある。

 

「正確に言えば義経ちゃんは確かに押している。けど、同時に追いつめ(・・・・)られてもいる(・・・・・・)

 

 両者は何度目かになった鍔迫り合いから一度距離を空けた。

 あれだけの速度で動きまわっていたのだ、無論息を入れる事も必要だろう。それは誰しも分かる。

 だがしかし、目の前の2人には予想とは大きく異なる事があった。

 

 ――――アレだけの動きを見せて尚表情一つ変えないノルンと

 

 ――――アレだけ攻めて有利である筈なのに、肩で息をして切羽詰まった顔をする義経。

 

 誰しもが、あまりにも違う2人の様子に目を見張る。

 攻めにまわっていたからとか、守りに徹していたから疲労度が違うとかそんな次元では無い。

 宛ら、今まで義経が攻められていたかの様にしか見えないほど目に見えて消耗していた。

 

「なんであそこまで義経ちゃんが疲労を見せているかといえば、偏にノルンの戦い方が原因だろう」

 

 武神は語る、ノルンの戦い方を。

 

「あいつの繰り出す技は刀だろうが無手だろうがお構いなしに掠っただけで相手の意識を瞬時にもっていくからな。義経ちゃんもそれをよく分かっているからこそ全神経をノルンの行動に集中してなきゃいけないんだよ。あれだけ消耗しているのはソレが原因だ」

 

 戦慄する会場の人々。

 人間は常に100%のスペックを長時間維持できるようには本来出来ていない。

 それは集中力に関しても同じ事だ。

 研ぎ澄ました全神経を常に相手に集中し、かつ己もまた動かねばならないあの状況の異常さが窺える。

 

「加えて、義経ちゃんが繰り出す技はその多くがノルンが大元だ。一部まだ完全に使いこなせていない義経ちゃんでは同じ技の競り合いだと質が異なってくるからな、余計に追い詰められていってしまう訳だ」

 

 再び駆けだす義経。

 ノルンは薄く笑みを浮かべたまま、得物を振るう。初手と同じ逆月による剣撃の檻。

 全方位を蓋う斬撃に義経は縮地で躱す他ないため、縮地で躱す―――しかし何処までもノルンの剣は冷徹だ。

 回避先が読めているかのように、振り抜いた状態から既に重心を移動させ跳んできた義経目掛けて再び刃を振るう。

 

 しかし義経もまた読んでいたのか、それとも跳ぶ直前に虫の知らせの様なものでも感じたのか身体を仰け反らせながら遮二無二回避。

 息もつかせぬ攻防に百代は気分の高揚を自覚する。

 この戦いを目にして昂らない武芸者が居るのなら、それはもう武芸者では無いと思うほどに興奮が際限なく湧き立ってしまう。

 

「ハハッ! あー、本当に楽しそうだなぁ……私もあそこに交じりたいッ」

 

 だが、如何せんそれがいけなかったのだろうか。

 

「それにしても、やっぱノルンは強いなぁ――――けど今回はあいつも本気も本気だしかなり手の内は見せている。次こそは(・・・・)私が勝つ(・・・・)ッ!」

 

 マイク越しから聞こえたその声に、戦っている2人以外の全てが沈黙した。

 そして、会場にいる誰もが百代に目を向ける。殆どはものは驚愕で、極々一部は呆れの視線で。

 

「む?」

 

 向けられる視線に否応なしに気付く百代。

 なんでそんな目を向けられるか、と首を傾げてしまう。原因を探っていき、探って、探って、そして思い出す。

 己の先程の言葉を。

 

「あぁ、成程――――」

 

 無敗であるはずの武神がまさかまさかの、己の敗北したような発言。

 どう聞いても失言以外のなにものでもない。

 

「やってしまった……テヘペロッ」

 

 

 

 

 

 

 

「モモめ、うっかりとはッ……」

 

 マイク越しなのだから、当然百代の言葉は戦っている者達にも聞こえている。

 彼にしては珍しく、ハァ、と溜息を吐く。

 元より、隠し通せるのも限界だとは思ってはいた。

 百代の生来の性格から隠し事自体好む性質では無い。ノルンの要望を聞いて可能な限り黙っていてはくれていたが、この戦いを見て興奮し、つい漏れてしまったのはそういう所もあるのだろう。

 ともすれば、誰がそのうっかりを責められようか。

 

 最後の方でふざけたのは、恐らく動揺の表れと思われる。

 これも同じく、クリスとは違う意味で誠実さを重んじる彼女の事、秘密にしてくれと言われた事を意識せずに口に出してしまった事に対する咄嗟の誤魔化そうとした果てのもの。

 どれだけ大根役者なのかと――これではコメディーだ。

 

「こ、これは解説から随分と信じられない言葉を聞いたぞ!? 彼の武神がまるで負けた様な言い回しでしたが……」

 

 実況も顔こそ動いてないが、視線はノルンを向いて動かない。

 それに対してノルンは

 

「さて? 皆さまのご想像にお任せしましょう」

 

 なんてベタベタな方法で煙に巻く。

 巻けているのかはさておいて、戦いに再び集中するノルン。

 視線の先にいる義経はこんな中でも笑っていた。

 

「そうか、やはりノルン君は凄いなッ。あのモモ先輩も倒していたのか……」

 

「その辺りはノーコメントだ」

 

「フフフ、そうか……義経は俄然闘志がみなぎってきたぞッ」

 

「……」

 

 言葉通り、ここにきて更に闘氣を滾らせていく様子の義経にノルンは感嘆を禁じない。清澄な空気は変わらずに内に渦巻く(チカラ)だけが密度を時を刻むごとに増していくかのよう。

 視線は真っ直ぐ、何時もの澄みきった瞳。しかしどこまでも一途に彼しか見えていない瞳だ。

 

 露を払う様に得物を振り――――ノルンの目の前にまで迫った。

 紙一重でこれを躱すも、迫る二の太刀。

 

(明らかに速度が増したッ……?)

 

「そうともッ、義経はあの日から憧れたッ!」

 

 白刃を受け流すのではなく受け止める。

 迫る刃は体勢的にとてもではないが、流せる角度では無かった為に。

 しかし、その防御も動作に反して攻撃する側がまるで手ごたえを感じさせない程に柔らかく受け止めた。

 それは化勁と呼ばれる技法。彼の技術は素手一本で迫る剣撃を受け止めるどころか触れたモノの力の指向性すら制御してみせる程。ある種のひとつの極みに到っている。身体操作、常時無我の極致に身を置く集中力の為せる技は義経の思いの丈(一太刀)を受け止める。

 

「最初に戦った時はただッ、その強さに驚嘆しただけだったッ!」

 

 受け止められた事にすら今の義経には視界に映らない。そんなモノは瑣末事だ。今はいらない。ただ、この胸から溢れて止まらぬ熱く燃えるモノをただぶつけたいだけ。

 

 それが何なのかなんて彼女には分からないけども。

 

 それでもそれは、彼を追い求めて来たが故に溢れるものだと知っているから。

 

 だから、唯唯、届けと切に願う。心を刃に乗せて、例え満分の一でも徹る様にと。

 

「共に過ごしていく中で次々に目にしてきたその力……武術でありながら、それだけなのにノルン君はなんでも出来たなッ!」

 

「……」

 

 何時の日にか聞いた独白。

 吐きだす様に語る彼女に、ただ黙って耳を傾ける。

 

「そして忘れもしないあの日――激しい炎にまかれた民家を刀の一振りで鎮火して、中にいた人を救ってみせた事だッ」

 

 義経の挙動は、言葉と共に加速していく。

 まるで語る事で、口にする事で、自らを高めていっているかのように。

 

 顔を仰け反らせて、避ける義経の一刀。視線の僅か先を通り過ぎる神速の斬撃、それは阿頼耶に確実に届いていた。

 そのまま勢いを殺さず、後ろへと太刀を振るう義経。

 ノルンは心眼の警鐘に従って即座に中腰にしゃがみ込む。

 

 頭上を通り過ぎるナニか。

 正体は霞月による多角攻撃、それを応用した身体の向きを問わない奇襲であり、彼にとっても常套手段の1つ。

 

(……ここまでッ――――)

 

 圏境がノルンの方に部がある為に察知できたその一撃は、まさしく普段彼が使用しているそれと比べても謙遜無い。

 

「あの日、義経の心の奥底で無意識に決していたんだ……君こそが、目指すべき極だとッ! 否、目指したい場所なんだとッ!」

 

 返す刀で義経と同等の速度で斬り掛るノルン。霞月による斬撃の檻――彼女はそれを縮地で檻のすぐ外側に跳び、同時に踏み込む。

 打ち合わさる刀と刀。甲高い金属音が鳴り響く。それは彼女から零れる心の欠片。

 

(一太刀ごとに剣速を上げるかッ!)

 

「この心に気付いたのはKOSを経てからだ……ノルン君との全霊を賭した戦いはこの魂に刻まれているッ。佐々木と戦う光景は未だに瞼に焼き付いて離れないッ! ノルン君がみせてくれたあの光景こそがッ、あの戦いこそがッ、君のその背中こそが」

 

 ――――義経が目指した場所だッ!

 

「まだ義経は君の背中しか見えていない……それでは駄目だッ…駄目なんだッ! 義経は――――自分は(・・・)君の所に……極みへとッッ!! だから――――」

 

 鍔迫り合った状態から距離を離す義経。

 唯離れたのではなく、寸勁によって衝撃を与えて更にその反動を利用して下がる事で反撃を貰わない様に手を加えての後退だった。

 

「――――この戦いで、まずはノルン君の見せてくれたお師匠さんの秘剣である佚之太刀を超える事で、君の背中に触れさせて貰うッ!」

 

 義経から語られた言葉に、不覚にも思考が停止してしまうノルン。

 彼にしては珍しく呆然とした表情。

 数瞬の後、喉から漏れだす笑い声。

 

「呵々、敢えて申そう――本気か、義経?」

 

「無論だ。一回で駄目なら次で、次が駄目ならそのまた次で、身体が倒れない限り何度でも挑み続けるッ!」

 

「義経には言うた事があった筈だが、私は己が師を越えたと思うた事は一度もあらぬぞ? それが何故、師の秘剣を超える事が私の背に触れる事となる? とうに超えておるではないか」

 

「佐々木を倒したあの技、あれは間違いなく佚之太刀を凌駕するモノだ……それも容易く」

 

 頭を振るって、さも当たり前だと言わんばかりに口から出た言葉はまさしくズバリだった。

 より厳密に言えば彼が師を超えられないというのは紛う事無い事実。未だ彼は武術に於いて師は愚かその劣化コピーにすら勝る事はない。其れほどまでに彼の師は殺す術と戦う術に長け過ぎている。

 だが、単純に、佚之太刀と明鏡止水の技比べで言えば確かに彼の明鏡止水は義経の言うとおりに佚之太刀を超える技に違いない。

 

「今一度問う、今日ここで、我が師の剣を超えると申すか?」

 

 その問いかけには恐らく意味などない。

 義経はただただ無言でこちらを見据える事で、沈黙を以って応えた。

 視線を向けられたノルンの顔は、能面でも無く、怒りでも無く、呆れでも無く

 

 ――――唯々、笑みを深くして湛える。

 

(あぁ、この眼をしっておる……在りし日の弟と同じ、愚直なまでに定めた所にしか見えて無い眼)

 

 無論、脳裏に浮かべる弟とは歪み方は絶対に違う。

 それはノルンにとって過ちと禍根の象徴、そして旅立ちの記憶。

 

 ――――しかしどうしてだろう、それが尊いモノに思えてしまうのは。

 

 其処まで考えて、詮無い思考だと頭の隅に追いやる。

 今、ノルンという1人の人間が向きあうべきは、同じく源義経という1人の人間なのだから。決して過去の残影では無い。

 今の彼女は全身全霊だ。立ちはだかる強大な壁に挑み、己の可能性に挑み、心血骨肉五臓六腑魂魄の全てを賭している。

 そして目標として定め、愚直なまでに邁進してくる彼女の姿に好感を持たない者等いない。

 

 ましてやそれが他の誰でも無い自身に向けられている。

 

 こんなにも心躍ることがあるだろうか。

 

 全霊たる姿は何時だって人の放つ唯一の貴き星彩だ。

 

 彼女がそうであるように、自分もまた彼女にどうしようもなく心を打たれる。

 

 ましてやそれが他ならぬ自分にだけ向いているともなれば喜びも一入というもの。

 

 ――――ああ、私はこの全霊(輝き)に全霊で以って応えたい。

 

 刀を鞘に収め、右手で無造作に携える。

 

「では、参るとしよう。よいな?」

 

「何時でもッ」

 

 無粋とも思わなくはなかったが、それでも今は相応しいと紡ぐ言葉は終わりと共に、斬り伏せる。

 

「グッ!?」

 

 吹き飛ばされる義経。

 倒れ伏すも、直ぐに立ち上がる――震える足で。

 そんな状態にも拘らず、彼女の胸中ではやはり凄い、と改めて感嘆の念しか湧いてこなかった。其処に諦観は一切入る事はない。

 

 義経のそんな心情とは別に、心中穏やかではないのは四方を守るマスタークラスの四人。

 

(い、今……彼はなにをしタ!?)

 

(太刀筋どころか、動作自体が見えなかったぜ……)

 

(速いとか、早いとか、そんなちゃちなもんじゃねぇ)

 

(……ワシの目でも捉えられなかったわい。今のは恐らく……)

 

「――――涅槃寂静の領域にある、と?」

 

 間近かで見ていた4人の内心を的確に読み取っていたのかと思うほどの絶妙な言葉。

 視線は絶えず義経の方を向いてはいるが、ノルンの言葉は間違いなく4人に向けられたもの。彼は己で紡いだ言葉に否と(かぶり)を振って重ね、否定を示す。

 

「私にとってたかだかその程度の速さなぞ論ずるに足らぬ。魔剣と呼ぶにもおこがましい。我が師より受け継ぎしこの佚之太刀は抜けば既に事を終える(・・・・・・・・・・)。……速さも早さも超越せしめたが故に因より果へと連なる間に一切の余白を無にせしめん」

 

 その言葉に今度こそ驚愕に染められる4人。

 当然だろう。小数における最小単位、10の-24乗という尋常とは呼べない速度を"たかだか"どころか。そして何より今し方見せた自らの秘剣とやらは元来あって然るべき、否、無くてはならない(・・・・・・・・)筈の刃が相手へと奔る(・・・・・・・・)という事象(・・)を比喩抜きで無くしているという言うのだから。

 実際の年齢は兎も角、齢20にも満たない人間が速度の極たる涅槃寂静を軽く超越していると言えば当然驚きもするというもの。

 対してノルンは、圏境を通じて驚愕を察してはいるが、はて、とも思う。

 そこまで驚愕する理由を探って、直ぐにこれも見当が付いた。

 

(そういえば、何気に公に振るうのはこれが初めて、か?)

 

 てっきりKOSでの清楚達と戦っていた時に見ていたものとばかり思っていたがそうではないらしい。

 暴露すれば、何が起きたのかすらあの時の仕置き人衆――ヒュームも含めて――何をしたのか分かっていなかったのだ。

 憶測程度には考えが浮かんでいたが確証が皆無の為、有耶無耶になり、改めてこの場で使った事によって把握するに到った次第。

 だが、ともノルンは思う。7年程前にも佐々木の首を刎ねて見せた時、鉄心、ルー、釈迦堂の三人は彼の秘剣を眼にしていた。なのに驚く訳はといえば、やはりそれも見て取る。文字通りに。漸くしてしまえば彼がどうやって佐々木の首を刎ねたかよりもノルンが佐々木の首を刎ねた事の方に気が回っていた為なのと、その時も何をしたのかを把握できていなかったからに他ならない。

 それらを心眼にて視取った彼は人知れず自己完結させて

 

 直ぐにノルンの関心は義経に向く。

 余分な技術の加えていない純粋なものとはいえ、速度を超越した秘剣 佚之太刀の直撃を受けて立てる辺りが義経の覚悟と意志の強さが窺い知れる。

 

「次、参るぞ」

 

「ッ……破ああぁぁーーーーッ!」

 

 身体に奔る悪寒を振りきって駆け抜ける義経に再度の秘剣 佚之太刀。

 しかし、今度は縮地で躱されてしまう。

 

「ッ!!」

 

 偶然か必然か、間違いなく今のはノルン自身もやっている佚之太刀の回避方法。

 攻撃に於ける一切の時間を省くゼロタイムアタック。動作の全くない攻撃を回避できるその理屈は単純な話、発動する一瞬手前、文字通りの刹那の間に指定範囲から離脱してしまえばいいのだ。

 どれだけの攻撃だろうと繰り出すのは人間。発動の瞬間を見極めて先の先を取る事で理論上絶対不可避の攻撃を躱す事が可能になる。

 

 だが、それは狂人の思考である。

 そもそも、その予兆を読む事自体が尋常ではないのだ。殆どの者は絶対に不可能な事――ましてやノルンは持ち前の圏境で殺気の類は一切皆無となれば、それどんな無理ゲーかという。

 

 それを義経はやってのけて見せたのだ。回避に成功した彼女の得物が振るわれノルンの死角から白刃が襲う。

 

「見事――――が、それでは意味を為さぬ」

 

「アあッ!?」

 

 佚之太刀によって再び吹き飛ばされる義経。砂煙をあげて転がっていく。

 しかし、それでも身体を震わせ、痛みに耐えて彼女は立ち上がった。

 

「技の切れ目を狙うは没だ。この身は身体操作はある種の極致、佚之太刀を振るうのに必要な溜め時間は0,47秒しか掛らぬ故、な」

 

「ッ!?」

 

 出鱈目なその速度には義経も驚愕する。

 どんな方法をすればそんな領域に到るのか。鍛錬法を考えてみただけでも苛烈極まるだろう。

 そしてそれを想像して、ニヤリ、と笑うのだ。

 

 ――――やっぱりノルン君は凄い、と。

 

 義経の視線が、顔が語るソレを正確に読み取れる己の心眼に、ノルンはこれほど感謝した事はない。

 

「呵々。次、参るぞ?」

 

「何時でも……ッ!」

 

 一方的な攻勢が続いた尚も続く。

 斬られて拭き飛ばされては立ち上がりの繰り返し、無様に転がされていく。

 都合五度に到った時には既に義経は満身創痍だ。

 それでも彼女は諦めない。立ち上がったところで正眼に刀を構えて、静かに瞑想し出す。

 

(やはり強いな、ノルン君は……受けるたびに心が折れそうになる……)

 

 最早息も絶え絶えで、幾ばくどころか次で決めなければ間違いなく沈む自覚があった。

 だが、それがどうしたというのか――――己はアレを、今日超えると決めたのだ。

 自らがそれを反故にする事など断じてあってはならない。

 

 頭に浮かべるのは佚之太刀の太刀筋。

 ノーモーション、殆どノータイムで放たれる魔剣は想像の中ですら義経を軽々しく捩じ伏せてくる。

 

(想像しろ……あの魔剣に勝てる己をッ…一瞬で良い、あれを超える一太刀をッ!)

 

 意思に呼応して高まっていく闘氣。

 これまで以上の解放感が、義経の身体を駆け抜ける。

 しかし身体は何時だって正直もので、疲労困憊、満身創痍、刀を持つのも億劫な状態だ。

 

(身体が壊れ様が、それでも、この一太刀だけはッ)

 

「義経はッ! ノルン君にッ! 届かせてみせるッ!」

 

「来やれ、義経ッ!」

 

 ――――秘剣 佚之太刀

 

 駆けだす義経。

 その速度は疲労やダメージの蓄積で今まで以上の遅さだった。

 剣を振りかぶり――――

 

 

 ――――白い閃光が空を奔った。

 

 

 どんな魔法か、遠間にいた筈の義経は何時の間にか振りかぶった状態でノルンの目の前にいる。

 一瞬の静寂。

 

「あ……――――」

 

 色々と限界だったのだろう。

 悠然と立ち尽くすノルンの姿を目にして、遂に膝を折る義経。

 地に足が付く前にふわり、と優しく宝物を扱う様に抱きかかえるノルン。

 荒い息を繰り返しながらポツリ、と義経の独白が耳に付く。

 

「届かな……かった、な…」

 

 己の願いは、想いは報われる事無く潰えてしまった。その虚無感と失意から溢れ出した本音。願いとは叶わぬもの、夢は破れるものと言わんばかりに悠然と超えるべき愛する人は其処に変わらず有り続ける。

 全霊だった――――今の自分にはこれ以上はないとあの瞬間確かに言える。だがそれでも愛する人へは届かない。届けと願い、溢れる思いの丈、そのすべてを込めた。徹して魅せる、この思いをと。

 しかしそれでも届かなかった。

 

「――――否、届いておるよ……義経」

 

「――――え?」

 

 己を抱く人の声に顔を上げてみれば口の端から血の軌跡を零している姿が目に映る。

 胸を現在進行形で物理的に借りている自分の手には湿りを感じており、それは自らが振るったと思しき軌跡をなぞり、。

 血を流している当の本人はまるで何事もなく心底嬉しそうに愛おし気に義経の頭を撫でている。

 

 最後の一撃、佚之太刀を超えてノルンにまで及んだ義経の斬撃は最後の最後で魔剣へと昇華されていたのだ。

 振りかぶった次の瞬間には閃光が奔り、気付けば振り抜いた状態の義経の姿あった。

 ノルンの心眼は何が起こったのか明確に告げている。

 

(後出しの斬撃が時を逆巻きこちらの攻撃よりも先んじた、か……)

 

 記憶の中にある法具にも似たような効果を持つものがあった。

 偶然に出会った武闘派の魔術師が所持していたものを思い出す。

 

 逆光剣、『斬り抉る戦神の剣(フラガラック)

 ケルト神話の光の神、ルーが所持していたとされる短剣がモチーフだったその法具は後から出ても攻撃の途中で発動する事によって常に先制攻撃を可能にしたカウンター法具。

 

 だが義経が繰り出したのは似て非なるもの。

 代行者の法具が後から出ても先に出たと主張する事で攻撃の前後を書き換えるモノに対して、義経のは完全に時間を巻き戻っての一撃だった。

 発動した瞬間からあの太刀は時間を遡り、佚之太刀を繰り出す前にまで戻ったのだろう。

 その後に義経の身体が振り抜いた状態で目の前にいたのは、矛盾を嫌う世界の修正力によっての辻褄わせ。

 発動すればどんな攻撃も無力化して一方的に相手を捩じ伏せる真性の逆光の一太刀だ。

 時を曲げる程の一切遠慮なしの一撃は模擬刀でありながら、刃がノルンの身体や服の守りを抜けて達した事から威力も相応に高いだろう。

 吐血の原因はこれである。

 ちなみに、義経が倒れたのは疲労とか諸々の消耗によるものなのは言うまでもない。

 ふと、視界に義経に渡した今剣が目に入る。

 

(成程、これが原因の一つか)

 

 義経が此処まで急速に到った理由の一端が氷解される。腰に差された短刀には傍から見ても魔力が一切感じ取れなかった。

 恐らくは、主人(義経)の願いに応えて、全ての魔力を彼女に注いだのだろう。刀の高魔力、義経の確固たる信念と卓越した才能、弛まぬ鍛錬。自他問わず、あらゆる事象を飲みこんで義経はここまでの境地に到ったのだ。

 その有り様はまさしく英雄と呼ぶにふさわしいとさえ思わせてくれる。

 腕の中で義経は、目に涙を浮かべてこちらを見上げていた。

 

「あ、あぁ……あ、あ…よ、義経は、届いたのか?」

 

「あぁ、確と、な……この勝負私の負けだ」

 

 

 ――――敗北宣言。

 

 

 それともに、堰を切ったように義経の瞳からはあふれ出す涙。ポロポロと、整ったその頬を伝って雫が地に吸い込まれていく。

 零れ落ちていく粒はさながら宝石の欠片の様にも見え、しかしそんなモノ等より遥かに価値のあるものだ。

 

「ふ、ぐッ……う、ッ……ッ……うわああああっあああぁっぁぁあああぁぁっぁぁあ……!」

 

「…………」

 

 歓喜か、或いは別の感情か。

 抱きつき、胸に縋って泣きじゃくる義経の頭を何も言わずに静かに撫で続ける。

 

「――――勝者、源義経ッ!」

 

 田尻の勝利宣言。

 しかし会場は湧き立つ事無く、そんな2人を静かに見守るのであった。

 

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