気まぐれ神様の物語 真剣恋Ver.   作:ジーザスルージュ

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お待たせしました、よ、漸くです。


52話

 無敵の武神、モモの敗北は地味にながら世界に多大な影響を与えた。

 ひとたび報じられると情報は世界に瞬く間に浸透していき、何故だか、本当に不思議でならないが為替相場が凄まじい上下幅揺れたのは正直驚愕である。

 まさかのところで武神の武名の――よく分からない――高さを思い知った瞬間だ。

 

 完全に意味不明です本当にありがとうございました。

 

 しかしどれだけ頭を抱えようとも現実は覆らない。

 幸いにして大々的では無かった事や相手がKOSの優勝者の1人であった為に其処までの影響力は無く、市場の揺れも最小限に留まった様子。

 

 そんな騒動からはや1週間近くが経過した今日。学生特権である夏期の長期休暇も後僅か、計画性の無い者はそろそろ宿題を片付けるのに悲鳴を上げるであろう時期。

 夏の日差しが照りつける日中で何をしているかといえば

 

「では、その様に致しましょう」

 

「頼む。手間も世話も掛けてすまぬがな」

 

 従者部隊のクラウディオとの相談ごとだ。

 内容はKOSでの優勝賞金の扱いについて。

 以前のインタビューで何らかの形で寄付をすると明言していたのだが、実のところ送り先の候補はたった2つ。

 1つは国自体に対して。もう1つは孤児院――厳密には法制が改正されて児童養護施設が適切だが――だ。

 前者は500億という大金、国家資産の運用からすればこれだけの金額は使い道色々だろう。国債を補うにはあまりにも足りないが。

 だが、昨今の及び腰な政府要人たちの振る舞いを見るにこちらに関してはイマイチ信用に掛けるというか、正直な話小賢しい幾人かに多少なりとも横領されそうだ。

 というか、確実にされるだろう。なんであれ、規模が大きければ大きいほどモノの管理が大変というもの。

 

 それ故に必然、自身の選択肢の中で孤児院に対してなのだが、これもこれで問題がある。

 約一昔前に起きた孤児院内で職員による児童の暴力的、性的虐待という事件があった。これによって政府は児童保護施設の全校的な見直しの政策に踏み切り、幾ばくかは改善。無論全体からすればそんなものは稀な部類だろう。

 だがそれ一つだけという事もない。

 暴力のみならず一定の基準値を下回る生活環境だったり、児童間のいじめに対して対処して無かったりと問題は様々。

 その辺りの事前調査と事後処理の方法を相談し、ある程度膿を排除してから日本全国の孤児院に対して寄付するというのが大まかな流れ。

 調査に当たっては流石に規模が規模なのでクラウディオ達従者部隊の力を借りる事に。

 頼んだ時にクラウディオは快く引き受けてくれた。

 快くの部分に関して尋ねてみたら――――

 

「次代を作るのは若者でございますから」

 

 ――――らしい。流石はミスターパーフェクト。

 

「あぁ、ここにいたのかノルン君」

 

「義経?」

 

 一通り打ち合わせを終え、別れたところで背後から聞こえた声に振り返った。

 おはよう、と挨拶を交わし合う。

 

「私に何ぞ用か?」

 

「ああ、これなんだが……」

 

 見せて来たのは若獅子タッグマッチトーナメント優勝賞品の目録。

 何でも数が多かったので武士道プランの面々などに分け与えたらしいが。

 

「あらかた4人で分割されたと聞き及んでおるが?」

 

「うん、分配できるものは出来たんだけど、これが……」

 

「む? あぁ……成程、そういうことか」

 

 項目の中の1点に指さされた場所へと目を向けて合点がいく。

 其処には温泉郷ペア旅行券と書かれている。そして、その日付がもう明後日と間近に迫っている事も見て取れた。

 

「弁慶や与一を誘っても否と言ったのか」

 

「そうなんだ、弁慶はメンドイって言って断って来たし、与一は言わずもながだ」

 

「弁慶が義経の申し出を断るとは珍しいな」

 

「遠出は嫌だそうだ」

 

 らしいその物言いに苦笑い。その光景が容易に目に浮かぶ。

 ならば清楚はと尋ねると、こちらも遠慮したらしい。

 どうにも己の正体についての部分で目立つ行動は自粛するとの事。

 尤も、この処置はマープル発案らしく清楚は残念がっていたそうだ。念が入り過ぎな気がする。

 それを聞いてふと疑問に思う。

 

「遠出自体はアリなのか?」

 

「そっちは大丈夫らしい。旅行は九鬼がVIP待遇で随伴するって言ってたぞ」

 

 どうしたものかと頭を捻る。

 弁慶、与一は拒否、清楚はマープルによって自粛させられ、折角のペア券が勿体ない状況だ。

 義経の努力の証ではあるし、なるべくなら楽しんで欲しいので取りやめは避けたい。

 しかしペアなのに誰も空いていないというのは寂しいとか、ぼっちとか、そんな表現がしっくりくるほど切ない。

 尤も解決方法が無い訳ではないのだが。

 

「義経、ものは相談なのだがな……」

 

「?」

 

 

 

 

 ――――飛行機内。

 

 温泉郷ペア旅行券の行き先は多々あったが――具体的には義経縁の土地が主――行ってみたい場所が多すぎて直ぐには決められなかった事を思い出す。

 

 

 

「して、目的地は何処(いずこ)に?」

 

「うん、色々と悩んでいる。義経は義経だから義経縁の地を見て回りたいのだが……」

 

(言葉のみを見ると奇人の発言だな。意味は通じているが)

 

「迷っておる、と……」

 

「最初は鞍馬山を見てみたいと思ったんだが、義経の奇襲戦術の代名詞である一の谷も捨てがたいなぁって。けど、そう考えると八艘跳びで有名な壇ノ浦の舞台である下関周辺も見てみたくなってしまって……」

 

「考えれば考えるほど、候補地が挙がって決めるに決められなくなった、か」

 

「そうなんだ……」

 

 義経の逸話の基本は世界各地にある。というのも義経の伝承の多くは戦での武勲が基本だ。

 源平合戦と昨今では呼ばれもする治承・寿永の乱――歴史学的にはこの乱は平氏に対する全国規模の反乱の事なので呼称が正確ではないかもしれないが――の最後の方で源義経は活躍するのだが、如何せん活躍した戦地や逸話の舞台は現在の場所に置き換えて京都に兵庫県、香川県、山口県と分布が広すぎてとてもではないが2、3日で回れる量ではない。

 

「沖縄とかで良いんじゃない?」

 

「ッ――」

 

「うわぁッ!? べ、弁慶! 気配を消して声を掛けられたからビックリしたぞ」

 

「あははッ。ごめんね」

 

 どうしたものかと頭を捻っている所に不意打ち気味に至近距離から掛けられた声に思わず肩をすくませてしまった。義経も目を見開いて驚いている。そんな主の様子に弁慶はほっこり顔。

 

(というか、今圏境の範囲に引っ掛からなかったのだが……!?)

 

 内心密かに戦慄しつつも弁慶は、迷う主を見かねての助言を繰り返す。

 曰く、折角の初の遠出する旅行なのだから慣れる意味も込めて別の場所にした方がいいとのこと。

 

「義経ったら、昔、遠足に行くのを楽しみにし過ぎて前の日に殆ど寝ずに過ごしたことがあるからね」

 

「弁慶ッ!? そ、それは言わないで欲しいッ!」

 

「しかも、途中で寝むちゃって最後は私が背負って帰ったんだ。あの時の義経の寝顔ったら、可愛いのなんの」

 

「あわ、あわわわ……」

 

 茹でダコよろしく顔を真っ赤にする義経とからかう弁慶。笑いを零しつつ成程、と納得して弁慶に同意を示した。そんな状態があり得るというのは、想像に難くない。

 

「しかし、何故(なにゆえ)沖縄?」

 

「んー? なんとなく? なんかそこがいいんだ、みたいな?」

 

「徹頭徹尾疑問形で言われても……」

 

 

 

 

 

 そんなやり取りを行った後、再度散々に悩んだ挙句、弁慶の助言通りに沖縄へと行き先決定。

 九鬼のVIP待遇というだけあって飛行機はこの為だけに貸し切られたものだ。

 

「沖縄かぁ……楽しみだなノルン君!」

 

「呵々、まだ飛び立ってすらおらぬというのにはしゃいでおるなぁ義経」

 

 そして現在、義経と共に旅客機に搭乗して出立を待っている。

 理由としては簡単な事でペア券を無駄にしないかつ、義経に旅行を楽しんでもらう為の方法が簡単な話、己が義経について行けばいいという発想だった。

 ただ、やはり武士道プラン護衛という観点からしたら多分にシビアな問題でもあったのでそこいらについては一悶着あったもののなんとか認めて貰えた。相争った中に弁慶が居たのは予想外過ぎたが。弁慶が断ったというのに。理由も、ツマミと呑み相手云々だった。

 閑話休題。

 

「その服装、似合っておるぞ。見掛けぬが新調したのか?」

 

 白いブラウスに紺のデニムとシンプルで動きやすそうな、それでいてきちんと女の子を捉えた服装はとても義経に似合っていたので、自然とそんな言葉が口から出る。

 

「え、あ、あぁ……うん、この間出掛けた時に買ったんだ。……似合っているか?」

 

 似合うと言われて不安げながらも嬉しそうな雰囲気を隠せない義経。

 可愛らしい振る舞いにもう一度首肯して答えると、花が咲いた様な笑みで喜びを見せる。

 お留守番を決め込んだ誰かさんが見たらさぞほんわかしただろう。

 

 想像に容易い――というより、絶賛脳内で弁慶のサムズアップが浮かんでおり、実にイイ笑みだ――想像を内心の苦笑を抑えて目の前のメイド達に声を掛ける。

 

「お勤め御苦労さまだ2人とも」

 

 随伴して旅行をサポートしてくれるのはステイシーと李という味従者部隊の中でも馴染み深いコンビ。

 従者としての役目としての礼節に沿った口上が述べられ、耳を傾ける。

 コメディなやり取りも何時も通りだ。ボケの李とツッコミのステイシー。役割が整っている。

 

「有難うございます」

 

「お気遣い痛みいります」

 

 スっ、とお辞儀をする2人。普段のコメディが嘘の様な優雅な礼は流石は従者部隊といったとこか。

 それはさておき、聞いておかなければならない事がある。

 

「時に2人とも、この機には乗員は私と義経を除いて5人か?」

 

 質問に対して怪訝そうな顔をする李とステイシー。問われた2人はそろって首を振って否定の意を示す。

 

「お二人を除いた場合、機内には私とステイシー以外にはパイロットの二名の計4名しかおりませんが……」

 

「それがどうかされましたか?」

 

 言葉に反応したのは義経。

 キョトン、とさも不思議そうな表情と共に小首を傾げる。そして続けて口に出した言葉は従者部隊の2人を驚愕させるのに十分過ぎた。

 

「それは変だ。ここには義経とノルン君を除けば全部で5人いるぞ」

 

「然りだな」

 

「!?」

 

「それって――――」

 

 義経の圏境もかなり精度が増しているようで、異変に気付けたようだ。尤も、個々に含まれる感情の機微までは読み取れないようだが。

 先程から圏境で捉えていた身に覚えなの無い人物の気配が邪念と共にこちらに訴えかけているのは間違いなく不届き者の証左に他ならない。

 

「ヤレヤレ、2人が感知できぬ程度には手練らしい。出て参れ、姿を潜めておってもとうに知れておるぞ」

 

 言葉と共に威圧感を放つ。数瞬しておくから現れた一見メタボ気味な自堕落なサラリーマン風の男性。風貌とは違って身のこなしからそれなりの手練だ。1VS1では恐らく2人よりも強い。

 即座に身構える従者たちを手で制す。

 

「へへっ、九鬼の貸し切り旅客機。親族クラスが乗っていると思って乗り込んでみたらビンゴだぜぇ」

 

「ふむ、物言いから察するに身代金目当てか」

 

「その通りよ! 悪いが人質になって貰うぜ」

 

 野卑た顔と共に構える目の前の侵入者。

 

 ――――頭を抱えてしまっても良いのだろう?――――

 

 男の物言いは最早テンプレというか王道というか。これ以上に無いくらいに。

 しかも目の前の男の実力は九鬼の警戒網を潜り抜けた事からしたら確かにこの自身のあり方も不思議では無い。

 駄菓子菓子、曲りなりにもKOS覇者の1人としてそこそこ有名である筈なのに捉えようとはなかなかに身の程知らずである。

 

 侵入者の末路は語るに及ばないだろう。

 

「ぶるわぁああああッ!?」

 

 素晴らしいとしか形容できない位に鮮やかな散り様だった。然もありなん

 そして侵入者の対処が終わって、目の前に映るのは深々と頭を下げている従者部隊の2人の姿。

 手練だったとはいえ、不手際は不手際なので彼女達の対応は至極まっとうである。

 

「こ、この度は真に申し訳もございませんッ!」

 

「や、なかなかどうして愉快なサプライズであったぞ?」

 

「は?」

 

 再び呆然とした表情。しかし、直ぐに言わんとした事を察したのか気まずそうにしている。

 せっかくの旅行、不手際があったとはいえこんな事で時間を浪費したくないので今の出来事を若獅子&KOS勝者ペアに対してのちょっとしたブラックサプライズだった――という事にしようというのだ。

 

「瑣末な事に時間を取られとうないのだ。どうかこれで聞き分けて欲しい」

 

「……かしこまり、ました」

 

「ステイシーッ!」

 

 非難するように声を上げる李に対してステイシーは震えながらあのジジイが、と口にしているのは聞かなかった事にしておく。

 ヒュームは容赦が皆無だから恐れるのも無理はない。

 

「従者さん達も色々と大変なんだなぁ」

 

「中でも九鬼は最たるだろうが、な。色々と」

 

 やがて鋼鉄の鳥は天空へ。

 飛行機自体は初めてでなくても、旅行という状況が彼女の心を掻き立てるのか楽しそうに話しかけてくる義経と会話に興じる。

 流し目に見る義経の顔には浮かれながらも何処か落ち着きが見えた。先程の侵入者に対しても同じ様に振舞っていた事はちょっとした驚きだ。

 

 突発的な事にどちらかといえば弱かった頃に比べて随分と成長したものだと、感慨深い光景である。尤も、荒事に対して慌てなくなっただけであって基本的には愛嬌たっぷりな義経、それが証拠に雲海の様な雲の上の光景に目を輝かせているのだから実に微笑ましい。

 

 

 

 

 そんなこんなで沖縄へ到着。

 機を降りれば川神よりも遥かに強い照りつける真夏の太陽に手を額に充て、影を作る。

 先に降りていた義経は目を輝かせて辺りを見渡している。

 

「うわあ……空が広く感じるなッ。めんそーれ沖縄!」

 

「それを義経が言ってなんとする」

 

 苦笑してツッコミを入れるも耳に入ってはいない。目を輝かせて視線を右往左往する姿は歳相応で可愛らしい。

 ちなみにメンソーレーは基本的には"ようこそ"という意味でつかわれるので訪れた者に言われるのが正しい使い方だ。

 

「それでは九鬼直営の旅館までご案内致します」

 

 李達の手配の元車両へ乗って移動する。

 

「町並みはあまり目立って変ったところは無いんだな」

 

「ここはまだ都心部故、そう目立って変わり映えはすまい。伝統家屋が立ち並ぶ住宅密集地ならば義経の思い描いた通りの光景があるだろうが」

 

 流れゆく景色を同じ様に眺めていく。

 都心部とシーズン期間だけあって街中は人でごった煮がえしており辺り一帯の体感温度はそれ相応に高いモノなのは容易に想像がついてしまう。

 ふと視線には何故だかバナナのたたき売りならぬゴーヤの叩き売りなんていう奇特なモノが映った。

 

「ゴーヤの叩き売りなぞ需要、あるのだろうか?」

 

「ご、ゴーヤか……」

 

「そういえば、なんでも食せる義経もあれはあまり好んでおらなんだな」

 

「ノルン君が作ってくれたチャンプルーはとても美味しかったが……」

 

「流石にナマのまま丸かじりは、なぁ」

 

 ついこの間に季節という事でゴーヤチャンプルーを作る事になったのだが、ゴーヤ自体初めてな4人の内義経が調理最中に食べてみたいと齧るも流石にナマはきつかったらしく呑みこむものの顔はかなり苦み走ったものだったと記しておく。

 調理したならばサラダなどでも大丈夫ではあった。

 

「し、しかし今なら大丈夫な筈だッ。あれはそう、予想よりも苦くて驚いただけなんだ……なんでそんな目で義経を見るんだ!」

 

 本当だぞッ、とさも大事だと言わんばかりに真剣に訴える義経の姿に微笑ましい表情と視線を向けるのは別段可笑しくは無い。無いったら無い。

 

「むー……信じていない顔をしている」

 

「そんな事はあらぬよ。ただ可愛らしいなぁ、と」

 

「かッ、わッ……あうぅぅ…」

 

 言葉一つでこうして恥ずかしそうにする義経は本当に可愛らしいと思う。

 無論、からかいでは無く吐いた言葉は紛う事無く本心だ。赤くなるだろうと意図していたのも事実だが。

 完熟したトマトよろしく真っ赤に染まった義経を眺める内に旅館に着く。

 エントランスで手続きを済ませて部屋へ。

 

「いい部屋だな。ほら、ノルン君窓から海が一望できるぞ!」

 

 純和風な部屋は2人が止まるには十分過ぎる広さがある。手入れされた畳張りの部屋独特の匂いが鼻をくすぐった。

 荷物を置いて窓から見える景色に夢中な義経を横目に一息つく。備え付けの茶器に手を伸ばし、お茶の仕度を整える。

 

「夕食は六時からとなっております」

 

「何かありましたら部屋の外に待機してますのでお申し付けください」

 

「ありがとう」

 

 一礼して部屋を去っていった従者たちを見送り、お茶を入れる。無論義経の分もだ。

 お茶に気付いて礼を言いながら共に一服。緑茶の渋みと甘みの丁度いい味加減に内心満足しているのは秘密である。

 

「それで、これからどうしようか? 夕食まで時間はあるが」

 

「今日は部屋でまったりしようではないか。遊ぶのは明日にも出来よう」

 

「ん……そうだな。今日はゆっくり休んで、その分明日は思いっきり遊ぼう」

 

 夕食まで他愛ない会話に興じる。

 与一が未だに義経の言う事を聞かないと愚痴る義経を励まし、最近清楚と仲が良くなった事に共に喜び、弁慶のさ――ではなく川神水癖が悪いと嘆くのを苦笑で受け流す。

 ひとつ吐きだすごとに一喜一憂して表情を変える義経の様子を密かに楽しみながら。

 

「――――与一も、もう少しみんなと仲良くできたら……って聞いているのか、ノルン君ッ」

 

「うむ、無論だよ義経」

 

 むぅ、なんて唇を尖らせている姿は彼女には珍しい拗ねたようなリアクション。どうやら温かい眼で見過ぎた様で、体勢を少し前のめりにして話に続きを促す。

 再び口を開いたところで、ノックの音が木霊した。微妙に間の悪いが、時計を見ると大分時間も経過していたので十中八九夕食の配膳なのは容易に想像がついた。

 

 声と共に入室してきた李とステイシーの手に持っていた膳で予想は肯定され、静かに並べられていく。

 美味しそうだ、と目を爛々させる義経に首肯して改めて膳を見降ろす。

 色とりどりの海鮮料理と沖縄の食材を使った郷土料理の数々は眼を大いに楽しませて、漂う匂いは鼻孔を擽り食欲を掻き立てる。

 ご馳走が並べられたところで料理の品目を言っていくメイドの2人。

 全てを言い終えたところで義経は律儀に2人に礼をいい、改めて向かい揃って手を合わせて

 

「「いただきます」」

 

 義経はまず、ゴーヤチャンプルーに手を付けた。卵とゴーヤ、豚肉の色鮮やかなそれを口に運び、咀嚼、飲みこむ。

 飲み込んだ義経は、少しだけ胸を張り、顎を上に向けて誇らしげな表情を浮かべる。所謂ドヤ顔という奴だ。

 

「どうだ、義経はちゃんとゴーヤを食べられるだろうッ」

 

「うむうむ、確と見届けさせて貰った。好き嫌いはこれで克服であるな」

 

「最初から義経は言っていたぞ!?」

 

「おや、そうだったかな?」

 

「ノルン君!?」

 

 抗議的な義経の視線に冗談だ、すまぬ、と返すと全く、と鼻を1つ鳴らして仕方がないと言わんばかりだ。

 そんな様子に微笑ましさを噛みしめながら、箸を伸ばしたのは活け作り。マグロ、タコ、サーモンといったお馴染のものから土地特有の鮮魚もみた。

 

「イラブチャーにグルクンとは、沖縄を感じるな」

 

「??? 聞いた事が無い……どういった魚なんだ?」

 

 イラブチャー、グルクン、共に沖縄の方言での名称であり、前者はイチモンジブダイ、後者はタカサゴという名が正式な名称である。

 前者はサンゴ周辺に生息する青い身体をした魚であり、沖縄ではそれなりに値の張る高級魚。

 刺身としての味はとてもあっさりしているが、少し癖がある。

 グルクンの方はと言うと、これは沖縄ではポピュラーな魚であり、その実関東でも探せば十分手に入る魚である。あまり出回ってはいないが。

 最大の特徴はストレスに応じて体色が青から赤に変わる点で、リラックス状態なら青、ストレスが掛ると赤へと変色していくのだ。

 味の方は刺身で食うよりは揚げ物や煮付けなどが主流だろう。それが証拠に並んでいる料理の中に揚げ物として存在している。

 

「うん! これも美味しいッ」

 

「グルクンの方は関東でも入手可能故、今度何か作ろう」

 

「それは楽しみだな、是非お願いする!」

 

「任されよ」

 

 豪華な海の幸に舌鼓を打ちつつ、会話を楽しみながら夜は更けていき、一日目を終えるのだった。

 

 

 

 

 

 ――――九鬼極東本部、一室。

 

 その部屋の主は豪快に盃を傾ける。

 中身はノンアルコールだが、場で酔えるとよく分からないお酒であってお酒では無い飲料水、川神水。

 常日頃から愛飲している主は、何時もならば機嫌よく盃を煽り、その味と効果に酔いしれているモノだが今宵はどうやら違うらしい。

 

 特別不機嫌という訳ではない。

 だが、川神水を飲む彼女の顔は何処か、寂寥感、とでも言うべき物足りなさがあった。

 常と比較しても荒々しい飲み方は偏にそれが原因なのは明白である。

 

「ゴク、ゴク…………あんまり美味しくないな……」

 

 思わずゴチる部屋の主たる弁慶は心底意外そうに言葉を漏らす。

 彼女自身の胸に巣食うその感情の原因に大いに心当たりがあるが故に。

 物足りなさの原因は単純明快で、彼女の横に普段は居るべき人物――――即ちノルンの存在が今はいないから。

 

 普段、彼女が夜に呑む際は必ずと言っていいほどノルンという人間は弁慶の横にいた。

 ある程度時間が経つと酔いがまわり、記憶が無くなるが、それでも記憶が無くなる手前までの状態は記憶している。

 

 甲斐甲斐しく酌をしたり、返したり。

 

 用意されたノルン手製のツマミの味を評したり。

 

 果ては横になって甘える自分を苦笑しながら頭を撫でたり。

 

 普段から当たり前のように夜の晩酌は共にあった。

 しかし今は敬愛する主と大会の景品を使っての沖縄旅行中。先程もメールを貰い、旅行を満喫しているのが文章からでも十分窺えた。

 そのメールが彼女の心に陰る曇りを増長させる結果になるなどお互い思ってもみなかったが。

 

 弁慶は視線をテーブルの上に向ける。

 愛用の盃や川神水の瓶の横に置かれたツマミが盛られた皿。これは彼女が用意したのではなくノルン手製のツマミだ。

 行きがけに渋った彼女に対するノルンの配慮、といったところだろう。

 

「ま、言わなくてもアイツなら用意してそうだけど」

 

 思わず想像に容易い脳内の光景に苦笑い。

 ひょい、と口に放りいれて、川神水をグイッと煽る。相変わらずのいい仕事だ、と諸手で上げる出来栄えだった。

 しかしそんな感情も刹那の事。瞬く間に胸には空しさが去来する。

 

「あぁぁーー…………本当にビックリダ……」

 

 

 ――――自分がこんなにもノルンに依存していたんなんて。

 

 

 ノルンの有無だけで、川神水の味もここまでガラリと変わる等、弁慶自身は思ってもみなかった。

 唯隣にいるだけという訳ではないが、それでも彼女にとって同じ様にマッタリと過ごす分においては昼間のだらけ部の面々とあまりは違いは無いだろうと思っていた――――――――しかし、実際はかなり違っていた。

 彼女の自身の想像を遥かに超えて。

 

 ふと隣を見ても盃を交すものが居ない。

 

 ごろりと横になった時、程良い感じに枕になってくれるものが居ない。

 

 寄り掛かる自分に川神水を注いでくれたり、頭を撫でてくれるものが居ない。

 

(大和も悪くないんだが、やっぱりなんか違うんだよねぇ……)

 

 気に入っているという点では同じでも、自分の中では何時の間にか随分と差が開いていたらしい。

 その点に、今日は自分自身で驚いてばかりである。

 違いは一体どこにあるのか、そう考えて大和とノルンと交したやり取りを基に比較した時、ふと胸に湧く1つの感情。

 大和の方では決して感じない安心が湧く温かみと心臓が跳ねる位の高揚とそれらが齎す心地良さ。自身の中で2人の間に決定的な差が生まれている事を自覚する。

 

 

 ――――その正体がいったい何なのかも。

 

 

「――――ハハッ。まったく、らしい(・・・)っていうかなんていうか……」

 

 思わず笑ってしまう。

 人とは多少違う、所謂個性的な人柄だとは分かっていた。

 ソレに焦がれる事なんて無いし、己のものぐさな点においてあったとしてもソレは世間一般で言えば変った形だとは思っていたが

 

 

 まさか、こんな何でもないグダグダな形で自覚するなど、自分らしいとしか思えない。

 

 

 色めいたものに憧れなど抱いた事はなかったが、だからといってものぐさもここまでくれば筋金入りといっても良い。然もありなん。

 故に笑う。笑ってしまう。

 恋焦がれる、なんて無縁と思っていた自分にもこんな感覚が得られた事の可笑しさに。

 恋、とは言うモノの、ソレとは少し違うかもしれない。

 

 それでも、例え違うとしても、武蔵坊弁慶にとってノルンという存在が思う以上に大きいこと。

 彼を強く求めている自分がいる事は明白であった。

 まだ記憶に新しいKOSではあんな風に裏切られておきながら、それでもだらけ部の方よりもノルンの方が重いらしい。その事実に更に笑いがこみあげて来た。

 

 愛する主と今ははるか南にいる者に思いを馳せる弁慶。

 

「さぁて、帰ってきたらどうしてやろうか……」

 

 取りあえず、酌の相手は確実だ。何はともあれ、川神水無くしては始まらない。

 序でに主も巻き込んでしまうか。頭に過った言葉にふと、思い出す。

 

(そういえば、義経もあの様子だと……いや、まだまだあの子に自覚はないだろうしねぇ…)

 

 加えて同じクローン組である清楚も既に怪しい。こちらもまだまだ自覚は無い様子ではあるが、それも何時までだか分からない。

 愛する主にしても、ひょっとするとこの旅行でその視点も変わるかもしれない。

 

(でも、争って取り合うのはねぇ……正直メンドイ。けど、飲み友達、で満足行く……のかな?)

 

 思考を巡らせてみても、今一つピンとは来ないのが正直な所だ。

 ましてや主と争奪戦など現実味がないにも程がある。

 浮かんでは消える益もない思考にやめやめ、と頭を振って追いやり川神水を流し込んだ。

 

「ま、全部帰って来てから……だな」

 

 煽った川神水は先程とは違う味に感じた。

 

 




沖縄か京都か迷いましたが、京都はまた先の方に取っておくことにしました。

弁慶の独白的な描写にはちょっと戦々恐々だったり……
そろそろ武士道プラン組のフラグを拾わないとなぁとか思ってたりもしての行動ですね。
オリヒロイン入るのに何言ってんだとかのツッコミは無しの方向でお願いします。
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