気まぐれ神様の物語 真剣恋Ver.   作:ジーザスルージュ

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53話

 何時も以上に心地良い温もりに違和感を感じて、瞼が上がる。視界は闇に染まっていたが、なんとか見渡せるレベルには目が慣れているらしい。

 体内時間は現在が午前4時と告げ、暗がりの中にあった頭上の時計が体内時間の正確さを肯定。久しぶりに長時間寝たものだというのが正直な感想だった。

 

 旅行にきて二日目の朝。

 昨日は料理に舌鼓を打ち、そのまま何をするでも無く入浴、談笑、就寝という流れで10時頃には床に就いた。

 義経の早寝早起きはここでも変わらずであり、むしろ何時もは九時に眠気が生じてしまう辺り、それなりに遅く起きていたと言えるだろう。

 

 意識は身近にあるこの温もりへ。

 丁度、人肌より少し高い程度の温度は身体に程良い心地良さを与えてくれている。未だ夏の暑さがあるとはいえ、これはかなり癒される。

 冬には暖を取るのにちょうどいいだろう。

 などと現実逃避という無駄思考をそろそろ追いやって、現実と向き合う。

 

「……何故(なにゆえ)、義経が布団の中に」

 

 驚愕の現実だ。

 義経が潜り込んだ事もさることながら、殺気や敵意、或いは邪念が無いとはいえ懐に潜る事を彼自身が驚愕していた。表にはでないけども。

 

 義経自身の圏境のレベルを褒めるべきか、自身の未熟さを嘆くべきか、はたまた其処までの侵入を許す程、義経に心を許していた事を驚くべきかは謎である。

 改めて抱きつき、丸くなっている夢の住人に視線を向ける。背中を丸め、両手で寝まきとして着用した旅館据え置きの浴衣の裾をがっちりと掴み、幸せそうに頬を緩めている姿は彼女を愛してやまないどこぞの従者がいればさぞ歓喜した事だろう。

 

 あまりにも幸せそうなので、起こすのは止めておくことにした。

 さて、どうしたものかと思考を巡らせる。鍛錬に勤しむのも良いのだろうが、折角旅行に来てまで鍛錬を続けるのはなんというか、空気が読めていない様な気がしてならない。

 

 かといって鍛錬無しというのも何処か釈然としなくもない。習慣だからだろうか。

 しかし、空気を壊してまで為すべきかといえば然にあらず。

 再び思考を巡らせた結果

 

(一先ず起きようか)

 

 行動を決めたならば身体を起こそうとして

 

 

 

 ――――失敗する。

 

 

 

 

「義経……」

 

 原因は視線の先に。抱き枕よろしく抱き付いてきている彼女は裾を掴んだ手は話す気配が無く、指を離そうと手を伸ばして試してみるも、ギュッ、と更に強く掴まれ自身の方へ手繰り寄せる始末。

 更に無理に離そうとすると

 

「んー…………う~うぅ……」

 

 嫌そうに顔をしかめて呻くのだ。若獅子の凛々しさも何処へやら。

 しかし無意識の行動とは言え、これ以上彼女の安眠を妨げるのは気が引けた。何故だか脳内にほっこり顔の従者が出て来たが無視。可愛いという点には同意しておく。

 再び湧いた無駄思考を追いやり、体勢を元に戻した。

 

(仕様がない、な……)

 

 だが、このまま眠りに戻るの面白みに欠けると思い立ち、一手打つ事にする。

 

(起きた時が楽しみだ)

 

 おやすみ。

 言葉と共に二度寝を決め込むのだった。

 

 

 

 

 

 

「ん……、……?」

 

 ひどく心地良いまどろみから意識が浮き上がってくる。

 まだ巡りの悪い頭は寝起きだという事を暗に告げてきており、何時もの習慣故か、起きなければと急速に意識を自発的に動かし、まどろみから抜けるべく身体を伸ばそうと腕を動かそうとした。

 

(あれ、動かない?)

 

 動かないというよりは動かしづらいというべきか。

 何が原因だろうかと、頭に疑問が湧く。その原因は自分を包む妙に心地良いこの温もりが原因らしい。

 身体の二の腕か辺りから背中に掛けて前にと僅かに掛る力。それによって顔は固くも柔らかい何とも矛盾した感触の、しかし決して不快ではないモノに押し付けられて視界も殆ど聞かない。

 

 記憶の限り自身は旅行の最中であり、昨夜は九鬼経営のホテルに泊まったと記憶している。

 寝る前の環境にはちょっと――その実はかなり――懸念事項ではあったが、こうして目が覚めた以上は就寝に付けたという事に他ならない。その筈だ。

 

 一瞬金縛りなどといったホラーな状況が思い浮かんだが、動きづらい以外は特に違和感もない。

 改めて動きが制限される理由を探ろうと今度は視界を使う。

 体勢的に左側は敷布団だ。右側を見てみるも映るのは天井、吊るされた電灯、それに着物の袖である。

 

(袖?)

 

 袖と思しきソレは顔の横から前に掛けて伸びている。

 着衣の袖である以上は其処には当然腕がある訳で、向きからして必然的に彼女の前に腕の根元――即ち胴体、ひいては人の身体があるのは当然だ。

 視線の先にあるのは密着しているので見辛いが胸元だろう。視線を上げれば当然顔がある。

 実際に上へと視線をあげてみれば

 

 

 

 

 

 

 ――――生温かい眼でこちらを見る、旅行の連れ添いの姿。

 

 

 

 

 

 

「$あ&t%m@せ#ーーーーーッッ!?!?」

 

 声にならない声が出たのは必然だった。然もありなん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝の日差しは悲鳴と共に。

 ちょっとした小説の題名に出来なくもない様な一面を迎え、お互い着替える。無論、別々に。義経は洗面台の方に、こちらは部屋の方で。

 着替えが終わったところで義経の髪を整える為に後ろに回り、櫛で髪を梳く。ちなみに自前である。

 この光景は割かしちょくちょくあるもので、出だしは義経では無く弁慶であったが、彼女から話が飛びに飛び火し清楚や紋の髪も時折こうして梳いている。

 尤も、梳かれてる当人は顔を真っ赤にして縮こまっている。羞恥で。

 

「うぅ~……不覚だ、まさか義経の秘密がノルン君にまでバレてしまうとは…」

 

「そう気を落とす事はあるまい」

 

「しかし、は、恥ずかしいものは恥ずかしいぃ……」

 

 縮こまっているのは一重に彼女の癖というか体質というか、或いは習慣とでもいうのか。

 布団の中に潜り込んだ事と、その原因が発覚してしまった事にある。

 

 義経はどうにも部屋が真っ暗な状態だと寝れないらしい。

 それを告げられた時に、寝る直前に何かを必死に隠したい気配をこれでもかと漂わせて、電灯について問われたのは主にこれが原因であった。

 基本的には部屋を真っ暗闇にするので素直に答えた時の昨夜の義経の振る舞いに納得である。

 

「正直に申してくれればよいものを……」

 

「い、言える訳がないだろうッ! 唯でさえ、は、恥ずかしいのに……この上ノルン君にそれを話すなんて義経にはとてもじゃないが無理だ……」

 

「然様か。まぁ、私も驚きはしたがよい顔が見れた故、な。それで良しとしておこうか」

 

 呻くようなか細い声で答える義経。きっと更に顔を羞恥で赤らめているのだろう事は想像に難くない。

 

「の、ノルン君はいぢわるだッ」

 

 プイ、とそっぽを向いてしまう。機嫌を損ねて、というか拗ねてしまったらしい。

 すまぬ、すまぬ、と言いながら髪を更に優しく梳く。ある程度、纏まったところで愛用の白いリボンで髪を後ろに一本で纏め上げ結ぶ。

 

「よし、具合は如何に?」

 

「あ、えっと……うん、大丈夫だ。ありがとうノルン君」

 

 鏡の前で確認し、肯定が貰えたところで話題をふる。

 といっても、今日の予定に関してだ。昨夜では結局海で遊ぶくらいしか決めていないので何か興味があるものがあるならば、と相談し合う。

 

「遊びもいいのだが、やはりどこかで一度鍛錬をしたいな。身体がなまってしまいそうだ」

 

「私が申すのもなんだが、大概だな義経。こちらは一向に構わぬぞ」

 

 彼女の申し出と物言いには染まったという感想か出てこなかった。生温かくなりそうになる視線を心で制して首肯。

 折角の旅行で鍛錬というのもアレではあるが、楽しむ側が望む事ならば問題は無いだろう。どうかとは思うが。閑話休題。

 

「なれば、午前中は鍛錬に充てるか?」

 

「そうだな、そうしようか……午後からは海で遊んで、午前は鍛錬に充てる。うんッ、とっても有意義だと義経は思う」

 

 落ち着きは風格と共に確実に出てきてはいるのだが、それ以上に染まったモノである。本当に。

 染めた原因はただただ、笑うだけ。

 やがてノックと共に入って来た従者たちによる朝食の配膳。朝の挨拶を交して席に着き、朝の活力を摂取するのだった。

 

 

 

 

 

 

 ――――仲見世通り内、松永邸。

 

 家の住人である納豆小町こと松永燕は鏡の前で真剣な表情で悩んでいる。眉間には僅かに皺が寄り、常にサバけた彼女からしてその真剣具合が窺える。

 両手には二着の服。片や白、片やレモン色の服を交互に身体に重ねて悩む。

 

「うーん……よしっ、キミに決めたッ」

 

 悩んだ末に選び取ったのはレモン色の服。白の方を脇において、手早く着替える。

 今日の彼女は納豆小町としての仕事がない、夏休み最後の休日。そんな日にめかし込んで出掛けるは京都を離れ、この地で出会い友誼を結んだ少年、直江大和との遊ぶ為。

 

 端的にいえばデートである。

 

 突端は5日程前に貰った大和からの御誘いのメール。

 予め話したスケジュールの話題を覚えていた彼は、若獅子以降から微妙に開いた距離を埋める為に誘ってきたのだろうと彼女は踏んでいる。

 

 別段、若獅子後直ぐに仕事が入った訳ではない。

 それなのに彼との距離を取ったのは他ならない燕自身だった。

 彼に対して心変わり下という訳ではない。

 距離を空けた原因もまた若獅子タッグマッチトーナメントである。

 

(むー……未だにショックから抜け切れて無いとは……我ながら珍しく女々しい。女の子だけど)

 

 納豆の粘りがこんなところにも出てきてしまったのかと馬鹿の思考が頭に過り、そしてソレを追いだす。

 落ち込んでいるのはトーナメントの敗戦が突端だ。

 

 思い返す先の大会。万全、とは行かずとも自分なりにはベストコンディションではあった。

 にも拘らず負けた。自身の力に過信した覚えは無い。油断は元より相手を侮った事は絶対ない。

 仮にも相手は英雄だ、油断など出来る筈も無かった。

 自らの思考で敗因を客観的に分析して、分析して、分析して、分析して、分析して、何度も繰り返してもどうしても最初には浮かんでしまう

 

 

 

 

 ――――パートナーの戦闘力の低さという点。

 

 

 

 

 思い浮かんだソレを彼女は即座に追いやった。

 元々彼の戦闘力の低さも織り込み済みで選んでいる以上、この点についてはお門違いも甚だしい。準決勝戦も振り返ってみればベストを尽くしたと言えよう。それと悔しさは別問題ではあるが、この場合に限っては見て見ぬふりをする。

 そして彼女は負けた敗因を己の到らなさと決定づけてそれを飲み下す。

 これだけならば、彼女も持ち前の明るさと計算高さで大和相手に普段通りに振舞えただろう。

 

 

 その僅か数日で武神が、あのKOSの優勝者の1人に負けなければ。

 

 

 更にその翌日に自身に依頼された武神、即ち"川神百代"を負かすという依頼そのものが無くなったりしなければ。

 

 

 九鬼極東本部にて依頼主に呼ばれ、そこで直に聞かされた依頼の取りやめの話しは寝耳に水といっても過言では無かった。仕事をやっている間に何があったのか。

 それだけでも驚いたが更に驚くのはあの百代が遂に公式で敗れた事だ。

 若獅子の時の友のうっかり漏れたというか漏らしてしまった失言は彼女も耳にはしていたし、それ自体が嘘だとは思っていなかった。

 むしろ、曲りなりにも付き合いをしていた彼女には百代の言葉が嘘偽り無いものと確信している。多少なりとも動揺はあったがそれを耳にしたのは若獅子で負けた後の事。

 公式戦無敗の記録が傷付いてしまったが、それはそれ。武神を倒せばそれも帳消しにしてお釣りが来る位の名声が得られるのだから。

 これを機に心機一転と思ったところにこの報告は、彼女の精神力を以ってしてもショックは大きかった。計算を崩しに崩されたところに足場の崩壊。泣きっ面に蜂どころか鬼が顔面目掛けて金棒振り下ろしたに等しい。容赦のなさっぷりには納豆小町も終わった後に涙目。然もありなん。

 

(って、あぁーもッ! やめやめッ。うん、思惑は全部おじゃんになったけど幸いサポート自体はある。モモちゃんに挑む事自体は問題ない訳だし、改めて倒す隙を……スキ…………)

 

 気持ちを新たにモモを倒す算段を企ても倒せるイメージが湧かないのは気のせいだ。気のせいったら気のせいだ。

 そろそろ思考を元に戻して。

 

 武神を倒すには正攻法には無理である。予め貰ったデータから直ぐにそれを諦めた彼女は少しだけ角度をズラして攻める事にした。

 力そのものでは無く、力を操る心を乱してその破滅的な力を十全に振るえなくさせる方法。

 ようは精神的に揺さぶって隙を作ろうという事。そのための手段として上がった方法は、彼女が懇意にしている人物を籠絡するという手だ。

 これによって目標の精神を乱しつつ、かつ相手の情報もあわよくば入手し得るという場合によっては一石二鳥な選択。

 

 最初の段階で彼女がマークした相手は依頼主の兄であり、武神と尤も古い付き合いがあり、彼女が最も執着を見せるという九鬼ノルンその人だった。

 そう、ノルンだった(・・・)、だ。

 偶然を装って近付き、2人そろって屋上にいるところをこれ幸いと接触。持ち前の社交性をいかんなく発揮して連絡先を交換した際に彼と視線が交わった彼女はその段階で、自らの本能が慣らす警鐘によって断念せざるを追えなかった。

 

(あの眼はなぁ……こっちの内面、全部見透かされた様な眼だった…)

 

 思い出しただけでも背筋が凍る。

 何か威圧された訳でも、邪推された訳でも無い。唯々、澄んだ眼だった。

 

 

 澄み過ぎて怖い位に。

 

 

 表情と眼が合致しないというのは自身も父から偶に言われる事もあるが、アレよりはマシだと断言する自信がある。

 そして、あの時ほど自分のポーカーフェイスを、策士的な才能を幸運に思った事は無い。

 尤も、それも一瞬のことであり、直ぐに彼の親しみやすさや側にいると感じる不思議な安心感は高感触を持てた事でどうにかプラマイゼロに評価が戻ったが、内面の苦手意識は深く根ざす事になる。

 

 後々に判明した武力の高さも相俟って彼女自身は直ぐに目標を彼から直江大和に切り替え、結果としてそれが彼女にとってはプラスに働いた。

 精神的にではあるが。

 

(ホーント、打てば響くというか、可愛らしい子だ。益々骨抜きしたくなっちゃう)

 

 今のところ骨抜きまでは五分五分。関係的には絶好調である武神の舎弟クンを思い出して心で笑う納豆小町。

 ふと目の前をみると、悪そうな、或いは緩そうな、そんな矛盾した二律背反な顔を晒している事に気付いて慌てて顔を元に戻す。とてもではないが人には見せられたものではない。

 

「燕ちゃーん?」

 

「!? な、なにかなおとん?」

 

 突然の父の声に驚きながらも後ろを向いて返事をする。休みで家に帰ってきている父は先程まで自室で設計に勤しんでいたらしく、顔だけをのぞかせている。

 表情から察するに幸いにも今し方浮かべていた顔は見られていない様子。

 

「女の子なんだから服選びは重要だけど、時間大丈夫?」

 

 言葉と共に時計に眼をやってみると既に待ち合わせまで10分前。ちなみにここから待ち合わせ場所までは歩いて20分、走って3分未満である。

 

「やばッ、遅刻するナットーウ! いってきまーす、おとん!」

 

「いってらっしゃーい」

 

 父の言葉を背中に、燕は夏の炎天下を疾走する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 炎天下の元に待つ水着姿の女性と見紛う白髪に病的な白い肌の青年、ノルンその姿。

 時間は正午を過ぎて午後に差しかかって直ぐ。午前の白熱した――というかし過ぎて騒ぎになってしまった――鍛錬を終え、昼食も済ませて今は義経を待つ。

 

「それにしても、2人とも開放的であるなぁ。特にステイシーは。や、遊んでおる間は自由にして貰って結構だが、な」

 

「はっ、ありがとうございます」

 

 眼の前のメイド服を脱いだメイド2人。

 片や学校指定のスクール水着姿の元暗殺者。片やアメリカ国旗柄のビキニを纏う元傭兵。

 しかし、それを知る由もない海岸に訪れ居ている男共はその肢体に釘づけである。視線を集めている2人は一切歯牙にも掛けてはいないが。

 

「にしても、男共の視線の正直な事」

 

「まぁ、無理からぬであろう。2人とも見目麗しい故、な」

 

 ステイシーはその辺りの事は織り込み済みでの格好の様子。逆に李の方はそう言った視線には興味がないのか終始我関せずといった構えである。

 その態度が引っ掛かったのか、ステイシーは突っ込むも気にしないとスク水メイドの言。ある意味嫌味と取れなくもない。無自覚だが。

 

「すまない、待たせてしまったか?」

 

 声の方へと振り返ると其処には白いワンピースタイプの水着を着用している義経の姿。健康的なしなやかさを持つ肢体と彼女自身の雰囲気も合わさって一層引き立てている。

 

「うむ、ちゃんと普通の水着であるな。よく似合っておるぞ義経」

 

「そ、そうか? 有難う、ノルン君にそう言えってもらえると義経も嬉しいッ」

 

「では、私達はここで待機しております。何かあったらお申し付けください」

 

 参ろうか、と手を差し出すと同じ様に手を伸ばして掴み取った。

 はにかむ義経は若干照れている様子でとても愛らしい。

 

「あぁ、そうだ……2人にはこれを渡しておくぞ」

 

 蔵から取り出したるは何の変哲もないクーラーボックス。困惑しながらも受け取る李。

 

「中身は軽いデザートと間食だ。仕事とはいえ待機のみというのも気が引ける。これで無量の慰めにでもして欲しい」

 

「重ね重ね、ありがとうございます」

 

「恐悦至極です」

 

 お辞儀をして礼を言ってくる水着メイドの声に手を振りながら海へと向かっていた。「準備体操はしたかノルン君?」「ぬかりはない、義経は?」「確りとしてきた」なんて会話をしながら。

 

 見送ったメイド達は視線をクーラーボックスに向け、手を伸ばす。

 蓋を開けてみれば文字通り間食として食される市販のお菓子の他、何やらフルーツジュースの類まである。こちらは手作り感があったので、渡してきた者の手製だと容易に想像がつく。

 

「相も変わらず、ノルン様は気配り上手というか」

 

「6月の川神学園の行事の時もこっちに気をまわしてたよなぁ。有難いこって」

 

 お菓子の1つを手に取り、開封。遠慮なく手を伸ばしてあり付いた。

 

「ところでステイシー、菓子の肴として私の特技は如何ですか? 仮死だけに」

 

「おとといきやがれファック」

 

「…………手厳しい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 勇んで海に飛び込み、南国の自然を満喫する。

 コバルトブルーなんて表現されるが、今日の海は天候も味方して一層鮮烈に輝いている。

 開眼少し遠めに見える沖まで海原を気持ちよく泳ぐ。

 

「気持ちいいなぁノルン君」

 

「うむ、季節に反してクラゲもおらぬ故泳ぎやすい」

 

 八月も末ならクラゲがいても可笑しくない筈だが、幸いにしてその姿は見られない。

 

「折角だ、少し潜ってみぬか? 可愛い魚とか見られるやもしれぬぞ」

 

「それはいいなッ!」

 

 キラキラとした顔で賛成する義経。そうと決まれば、と大きく息を吸って肺を空気で充分に満たして潜水。

 眼の前に広がる一面の青。天上の光が差し込み、光芒の様な光は海底を明るく照らして幻想的な光景だった。

 隣の義経もその景色にちょっとした心酔しているようで恍惚に近い顔をしている。

 その表情を崩すのは少し忍びなかったが、何時までも息を止めてはいられない。例え呼吸を止めて10分だろうが20分だろうが余裕であってもだ。

 

 義経の肩を叩くことで正気に戻す。ハッとするその姿に苦笑いを押し殺してもう少し下へ潜ると指でジェスチャー。

 意図を呼んだ義経は首肯で返して共に潜っていく。

 

『可愛いな、この魚。あッ、あっちのはファイディング・ミモのクマノミだッ』

 

『もの凄いはしゃぎようだなぁ。あ、イソギンチャクには近付くでないぞ』

 

『分かっている!』

 

 右往左往してキラキラ顔を隠す事無く見せながら魚たちと戯れている義経を見ながら追いかける。

 沖縄の海だけあって熱帯魚も多く、悠々と群れ泳ぐもの、岩場の間に隠れ潜んでいるもの、魚以外にもタコといった海の生物も多く見掛けた。

 

『うわッ! す、墨を吐いた! あ、あぁ……見失ってしまった…』

 

『威嚇されてしまったな。タコは……あそこ、あの岩場に隠れておるぞ』

 

『殆ど見えないな』

 

『どうする?』

 

『これ以上刺激しても可哀そうだから、義経はそっとしておこうと思う』

 

『承知』

 

 更に海底――といえば深く聞こえるが実際は10mと少し程度――をフラフラと泳いでいると前方に大きな魚影を発見。

 その影は他の魚より大きく、円筒形の同体に薄い褐色の体色に濃い褐色の横帯が特徴的で海底スレスレをゆっくりと泳いでいる。

 

『ノルン君、あれは?』

 

『サメだな』

 

『…………サメ?』

 

『然り』

 

『アレが……』

 

 サメと聞いて少しおっかなびっくりな様子の義経。以前見たサメが主役の有名な外国映画の影響だろうか。彼女の力を考えたらサメの一匹くらい訳無いだろうに、と内心微笑んでゆったりとサメに近付いていく。

 

『の、ノルン君!? 危なくないのか?』

 

『大丈夫、大丈夫』

 

 ゆったりと泳ぐそのサメに手を伸ばせば触れられる距離まで詰める。近付いて尚そのサメは敵意が無いのが分かるのかゆったり、ゆっくりと歩く様に泳いでおり、その姿は愛嬌があった。

 近寄っても何も行動示さないと分かったのか義経もこちらに近付いてくる。

 

『なんだか可愛いな、あのサメ』

 

『ネコザメは夜行性だから真昼間に見られるのはかなり稀少なのだ』

 

『そうなのか? しかし、夜動く今の時間帯に何故動いているのだろう?』

 

『大方漁師辺りに漁の時に誤って追い払われたのではないか。ねぐらである岩場に向かっておるようだしな』

 

 泳ぎの得意ではないネコザメはゆったりとした動作で周りを物色し、暫くして目当ての岩場を見つけたのか影に隠れて制止。そのまま動かなくなる。

 

『休んでいるところを起こしても悪い、他を回ろうノルン君』

 

『そうだな』

 

 その場を静かに離れる。

 ところで、どうやってジェスチャーとコミュニケーションだけでここまでのとっているのか甚だ疑問である。

 

 

 

 夕暮れ寸前になるまで潜っては上がって、潜っては上がって海の世界を満喫して午後は遊び倒して終わるのだった。

 旅館に戻って夕食を取り、風呂に入って就寝時間。午後を遊び倒したせいか義経の夢の渡し船も通常運航の様で九時ごろには床に就く事に。

 

「電灯はそこの小さなもので足るるか?」

 

「大丈夫だ、問題無い」

 

「そうか。ともあれ、朝は良いものを拝めた故、消して寝るのも一向に構わぬぞ?」

 

「ううぅ~……やっぱり今日のノルン君はいぢわるだッ」

 

「いじわるなどと、紛う事無き本心なのだが、な」

 

「はうぅ……も、もう寝ようッ! うん、それがいい!」

 

 勢いよく布団をかぶり、横になる義経。話題逸らしとしては拙いが、これいじょう追いつめてもアレなので大人しく横になる。

 

「……明日はどうしようか…」

 

「嵐らしいからな……旅館でお土産を買うというのはどうだろう?」

 

「そうだな……あとは、ふわ、ぁぁ…」

 

 もう既に限界らしい。それ以上の事は明日決めようと言って会話を切り上げた。

 

「おや、すみ……ノルン、く、ん…zzz、zzz」

 

「おやすみ、義経」

 

 

 

 

 

 

 ――――九鬼極東本部。

 

 九鬼家の極東本部内部にある一室では1人の女性がいた。

 大きな、それこそ4、50人は余裕で入れそうな室内には金属製で出来ており、壁の一面が鏡張りの壁と反対側の高所に室内を一望できる観察室の窓が見える何かの実験室の様な印象を受ける部屋だった。

 

 中央に立つ女性は長い白に近い銀髪で片眼の部分が覆われ、唯一覗ける反対側の目も瞑想しているのか閉じられたままだ。

 静寂が部屋に木霊する。

 

 閉じられたままの瞳はゆっくりと開かれてその黒いまなこを見せた。

 視界に映る彼女にとっては最早慣れ親しんだ景色には感慨など湧き様がない。

 

「破ッ!」

 

 裂帛した声と共に突き出される拳。

 その素早さに空気そのものを殴りつけたかのような軽く、しかし鋭い音が響き渡る。

 突き出された拳は引っ込み、流れるままに身体を動かす女性。

 右、左、右、肘、貫手、水平チョップ。腕に留まらず足をも動かし、しなやかな脚は腕と同じく常人では考えられない程の凄まじい速度で振るわれる。

 明らかに人としての強さの壁を越えた力を持つ者のなのは明白だ。

 

 時間にして30分位が経っただろうか。

 徐に動作を止め、深呼吸による残心でその演武に幕が引かれる。汗だくの身体はそれだけ彼女の運動量を物語っている。にも拘わらず息を乱してない辺り、同時に彼女の強さを物語っているとも言えるだろう。

 

「お疲れ様です」

 

 凛としたソプラノの声と共に視界に映るタオル。

 誰のものかを把握した彼女は微笑みながらタオルを受け取り礼を言った。渡されたタオルで身体の汗を拭う。

 

「フハハハハッ! 手足の調子はどうだ?」

 

「問題無い。良好と言ってもいいです」

 

 突然の豪快な笑い声がスピーカーから響くも、声を掛けられた女性は慣れた様子で汗をぬぐいながら答えた。一見してぶっきらぼうにも聞こえるが、これが今の彼女の素である。

 スピーカーの声は観察室からのもので、声の持ち主は感心したように敬意の眼差しと共に演武を披露した女性に視線を向ける。

 彼女こそ、ここ九鬼家の長女にして九鬼の軍需鉄鋼部門を預かる九鬼揚羽その人だ。

 

 揚羽は眼差しに宿した敬意をそのまま口にする。それが当然と言わんばかりに。

 

「流石は元四天王、大した回復力と順応性だな――――」

 

 

 

 ――――橘天衣。

 

 

 

 演武を披露したその人物はスピードクィーンの異名と共にかつて武道四天王の座にいたものだ。

 

 




この話がこんなに長くなる予定、なかったんですけどねぇ……燕先輩のsideを入れたら長くなってしまいました。
そして更に仕込みを投入。
更新は週1をなんとか目安にして頑張っていきたい……
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