気まぐれ神様の物語 真剣恋Ver.   作:ジーザスルージュ

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正直、今回は批判とか覚悟してます。
色々と。


54話

 意識が急速に浮上する。

 既に慣れた感覚とはいえ、こうもスッと起きられるのは我ながら便利な身体だと常々思う。

 身体操作は体内時間も誤差も粗無く正確に測し、即座の目覚めを可能にするのだから。

 

 

 時刻は3時半。窓の外から聞こえる轟音は天候の荒模様を具に伝えてくる。

 拭きつける風が、風で窓に叩き付けられる雨粒が、時折光るのは雷だろうか。予報通りの荒れ方は台風のソレに匹敵する。

 唸り声を上げる外の世界へ向けた意識も、直ぐに引っ込めて布団を抜け出した。

 隣で眠る義経を起こさない様に細心の注意を払いながら布団を畳み、何時もの狩衣姿へとシフト。

 そのまま抜き足差し脚忍び足、部屋を後にする。

 

 

「ノルン様、何か御用ですか?」

 

「李か、特にはあらぬ。そのまま引き続き部屋を見ていてくれ。私は鍛錬をして参る」

 

「この時分、この嵐の中で、ですか?」

 

 

 首肯で返す。

 凄まじく微妙な顔ではあるが、強さの壁を越えたものは変わりものが多いという変なジンクスからか特に何も無かった。

 そんな彼女の内心を察しても何も言わず、ただ「頼んだぞ」と付け加えてその場を後にする。「いってらっしゃいませ」と背中に掛けられた声に手を振って答えて。

 昨日の義経との鍛錬に触発されたのが原因の一端であるが、それでも旅行中だというのにこういう事をしてしまう自身に苦笑いものだった。

 

 

 

 

 

 外に出てみれば一層その嵐の規模の大きさを理解する。

 拭き刺す風で膝まである後ろ髪が大きく乱れ、打ちつけられる雨はシャワーの如く身体を濡らす。しかし、どれもこれもが意識の外。あるとすれば、五感で感じる自然の息吹だけ。

 自然の感触に浸るのもそこそこ、異次元蔵(打ち出の宝珠)から脳内に伝わってくる蔵の目録をみて、取り出す得物をどちらにするか少し迷い、月御霊の方にする。

 

 

 鍛錬でこれを抜くのはかなり珍しい方である。

 しかし、最近――主に義経に負けて以降――はこれにする事が多かった。野太刀の握りを力強く握り締め、得物を無造作に構える。

 得物以外は何時もと変わらない鍛錬法。だが、それもここ最近は変化が生じていた。

 

(……なんであろうな……何かを掴みかけておるのだが…)

 

 何時もは師の秘剣をイメージして得物を振るう。より早く、彼の極へ臨まんと。

 しかし、若獅子での義経の秘剣を目の当たりにし、事ここに到って自身にも変化が生じたのだ。

 敗北が切っ掛けなのは間違いない。しかし、その正体も掴みあぐねているのもまた事実。

 

 

 故に振るう。

 振るう事で、かつて交えた武を思い出しながら自らが到るべき開へと到る為に。

 

 故に振るう。

 まだ先へ到れるのだという実感が身体を突き動かす。

 

 故に振るう。

 長きに渡る――実質1億以上の――停滞からの昇華の可能性に心躍らせて。

 

(佚之太刀を、明鏡止水を経て、その先へと……祖を高みに――――)

 

 

 ――――想像せよ。自らが描く高みを。

 

 そんなものはとうに決まっている。

 秘剣 佚之太刀――――因果直結を為す太刀筋を容易くに振るう師、あやめの姿。彼女こそが最強と、今でも揺るぐことはない武芸の極。

 

 ――――想像せよ。自らが到った極を。

 

 秘剣 明鏡止水。

 自身最大級の秘奥であると同時に、師の背を追い掛ける者としてこれ以上ない程に不満のもつ技。佚之太刀が体術、引いては剣術の極意に対して明鏡止水は同じ体術でも圏境という瞑想によって為される技である。

 

 

 繰り返すが、衛宮ノルンにとって武の極は自身の師に他ならない。人となりは決して褒められる類の人格では無かっただろうが、それでも多くを教わり、彼女に対して複雑極まりないが敢えて一言で言えば敬愛の念を抱いている彼女こそをと強さの目標としてここまで研鑽を積んできたのだ。

 そんな人物に対して、例え勝て得るモノを編み出せたからといってその枠を僅かにでも外れたものを是とする事は彼には到底出来なかった。

 打破し得るものならば、せめて剣打で。こういった感情すらもその突端を与えてくれた彼女だからこそ思えるのかもしれない。

 

 

 ようは唯のこだわりである。

 師がその場にて聞けば笑い飛ばしながら言うだろう。

 

 ――――己が研鑽の果てに到った極、誇らずしてなんとする阿呆め。

 

 その光景が浮かぶ。

 しかし同時にこうも言っているだろう。

 

 ――――だが良い。貪欲と相成ってこその武芸、力の求道だ。

 

 

 思い浮かべて、気が付けば薄く笑っている己に気付く。しかし、今は余分だと頭の隅に追いやり野太刀を振るう。

 明鏡止水を是としないのは心情を省いて客観的に見ても、実のところ実用的ではないからである。自己の斬撃に於ける運命操作という効果だけを見れば絶大の一言に尽きるだろう。しかし、同時に佚之太刀に比べて死角が存在する技だ。

 極端ではあるが佚之太刀が刀を携えるだけで発動できるのに対して、明鏡止水は刀を持ち、圏境の極致で世界に干渉して初めて発動できる技である。

 これだけで発動に到るプロセスに差が出ている。突き詰めると明鏡止水は予め構えていないと奇襲などといった一部の戦法には滅法弱い。

 師ならば即座に見抜いて射程距離外から一撃で首を刎ねに来るのは想像に難くない。常在戦場の構えで圏境を最大限まで常に広げるのも選択の1つだろうが、その場合範囲内の他者のプライバシーは皆無である。

 ピーピングの趣味はないので、この手段はあまりにも自身へのリスクが高過ぎてリターンに釣り合っていない。

 故に、それを超えてより死角の無い極へと臨むのだ。

 

 

 自らへと振り返る事によって極への道筋や下地(骨子)は確認できた。故に内側へ再び埋没する。思考する。道の先へと。得物を振りながら。

 

 

 ――――顧みよ。今生にて結んだ武の縁を。

 

 幸恵、モモ、釈迦堂、ルー、鉄心、佐々木、ヒューム、揚羽、義経、弁慶、与一、清楚、ざっと浮かんだだけでも錚々たる顔触れである。

 そして何れも類を見ないとまで言える程の武士(もののふ)だ。

 

 ――――顧みよ。高みへの光明を齎したモノを。

 

 脳裏に過るのは浮かんだ人物たちの中でも一握りの人物たち。

 

 

 何時だって全力で勇往邁進する相棒。

 

 ――――初の公式試合でお前から初白星をもぎ取る……実に心躍るじゃないかッ!

 

 傲岸不遜で、しかし同時に全部を飲みこみ得る女傑。

 

 ――――俺の言った事を努忘れるなよ。俺の許し無くして俺の目の前から消えるのは許さん。

 

 仇敵にして同類たる一途な剣士。

 

 ――――清々しい程に傲慢だね、しかも矛盾だらけ。でも嫌いじゃないよ、それでも押し通そうとする姿勢は。

 

 そして、最も影響与えたこの背を目指す英雄の卵。

 

 ――――君こそが、目指すべき極だとッ! 否、目指したい場所なんだとッ!

 

 誰もが確固たる思いと共に、相対して来た。

 時代が時代ならばまさしく何れも英雄と称えられていただろう。一部はそのもののクローンではあるが、それを差し引いても彼女達は何某か人を魅せるものを持っていると確信している。

 そして同時に共通項に気付く。

 

 全員女であったと。

 

 横や背中から今更か、漸くか、な視線がヒシヒシ伝わってくる。然もありなん。

 今は一切合財受け付けず、唯々振るうのみ。現実逃避や後で絞り取るなど耳に入るが受け付けない。顔を伝っているのは雨粒であり身体から排出した類のものではない。

 

 

 顧みたなかでも、更なる先へと到る切っ掛けになりそうなのは義経の逆光する太刀と佐々木の魔宵伽と似て非なる幻術。

 先へと挑んだその極致と、自己に沈む事で世界を欺く術、運命操作を為す明鏡止水、そして自身の基礎である佚之太刀。

 "抜けば既に事を終えている"を体現するに到って、今のままでは駄目だと一層自覚してしまう。

 義経の秘剣は更に磨けば明鏡止水でも場合によっては相打ちで終わってしまう可能性とてあるのだ。思考すればするほど、死角の大きさを改めて思い知った。

 

 

 高みへと到るには思考し、思案し、挙げた四つの技を吟味して剣を振るう。どれだけの時間が掛ったかは今は意識には無い。

 思考していくうちに師匠のある言葉が何故か過った。

 

 

『剣だけでなく拳を鍛えるのは何れも自身の体ひとつで為すが故に、だ。剣は手の延長にして身体の一部……今は未熟な身だが何時かは己が身ひとつで秘剣を為したいものだ』

 

 

 それはあまりにも遠い日の師の言葉。記憶力には自信があったので言葉は間違いなく覚えている。

 ポツリと漏らした弱音にも聞こえた独白は何を込められたのかは分からない。しかし、其処には高みへ臨む意志があったのは確かだ。

 

 

(佚之太刀を、己が身ひとつで為す……)

 

 

 何気ないこの言葉に異様なまでに魅かれた。

 振るっていた筈の得物を蔵に引っ込めているのを自覚するのが遅れる程に魅かれた。

 しかし、いざ構えてみてもどうしたものかと思い悩む。刀で為せるなら延長である身体でも為せない道理は無い筈ではあるが、実行できるかとは別問題。

 だが想像だけなら自由だ。

 故に夢想する。己にとって理想図を。体術で以って為す佚之太刀、引いては明鏡止水を得物に依らず為す姿を。

 単純な身体の駆動が、望む事象へと結ぶ。武芸者であれば誰もが突き詰めるべき頂点にして極致の姿。

 

 

(望む事象へ結びつく……?)

 

 

 再び思考に覚えた更なる引っ掛かり。宛ら喉に小骨が刺さったかの如く、喉元まで出かかって行き詰ったかのようだ。

 明鏡止水では無い。似て非なるものだ。

 そんなものよりもっと根本的に、深く、広く、悪辣な力――――其処まで思考した時に浮かび上がるは

 

 ――――自らが持つArchetype:Zero(根源の使徒)としての異能(チカラ)

 

 

「――――呵々ッ」

 

 

 思い当たったそれに柄ならぬ性分にもなく笑みがこぼれた。無論、あの異能は正真正銘の能力であり、体術とは全くと結び付く類ではない。

 だが、事象だけならばあれが一番近い――――否、明鏡止水とて気付いていないだけでその一端を抽出したと言える。

 なんて事は無い、どれだけ思考し思案してもこれから為そうと目指すのは、其処から零れ落ちた様な代物だった。

 既により完成されたモノを、更に困難な方法で、しかも劣化したモノを手に入れようというのだからこれがどうして笑わずにいれよう。

 

 

「さて、問題は如何にして身体の駆動のみで為すかだが……」

 

 あくまでも基礎となるのは間違いなく佚之太刀だ。しかし、どうあってもそれだけでは足りない。経験則からしてそれは確実である。

 しかし今までのやり方では到底至れる領域では無い。圏境が鍵なのは間違いない。しかし、其処から先が問題だ。圏境では無く体術であり、そして圏境でもあるという矛盾の果てを為そうというのだから。

 其処まで考えて思い出すひとつの技。

 

(佐々木のあの幻術は確か己の精神の内側、その彼方へ追いやる事で世界を欺いておったな)

 

 世界との合一など容易い。違いは唯、内と外のみ。

 自我を保ったままに自我の境界を超えるというある意味言葉遊びの様な矛盾を超えたその先へ。

 内へと沈む感覚は外へと広がるソレとは違っていた。例えるなら前者が奈落へ飛び込むなら後者が宇宙へ飛ぶ込みとでもいうのか。似ているようで異なる感覚はとても新しく、新鮮なモノだった。

 何時もと違って解放に近しい感じは無く、しかし何処までも何もない奈落という表現がしっくりくる感覚。世界とは違い、どこまでも自分にしか還えらないソレはとてもではないが愉快とは言えない感覚である。

 それでも辿り着いてしまう訳だが。

 

 

 行き着くべきところに辿り着いたところで、目の前の荒れ狂う海を見据える。

 

「後は為せば解る、かッ」

 

 

 

 

 

 

 

 頭から降り注ぐ熱い水。身体へと掛るそれは雨で冷えた身に心地良く感じられた。

 浴室の内装は流石一流の旅館、流石九鬼というべきか。シンプルながらもどこか高級感を感じさせる意匠だ。

 温泉があるこの旅館で浴室を使うのは初めてだが、こういう所にも気を配るところが一流たるだろう。

 

 

(成果は、思う以上に上々であった……後は突き詰めるのみだ。義経の如く)

 

 

 シャワーを浴びながら、先程の鍛錬の結果を思い返し、その感触を噛みしめる。初めてながら想像以上の領域にまで至った事にそれなりの充足を得られ、そしてこうしている間もどうすれば更に至れるかを考えている。

 成果が上々だったのが何よりの原因である。まだまだ不完全ながらも、しかし確かに形となってもいたのだ。高揚を感じても不思議ではない。

 

 

 程良く身体が火照ったところでノズルを回してシャワーを止める。

 予め置いてあったタオルを取り、水滴をふき取りながらドアノブに手を回し、開いて一歩踏み出したところで圏境の範囲に感じる気配に気付いた。

 

 

「「あ」」

 

 

 そして気付いた時には遅かった。

 互いにドアを開き切り、身体を乗り出しての見合った状態。片や少し着崩れた程度に乱れた浴衣と少しだけ乱れた髪をみるに洗面で身嗜みを整える為だろうか。

 問題なのはもう片方、即ちこちらだろう。シャワーを浴びている以上は全裸で、しかも身に纏うモノなど当然なく、申し訳程度に頭に乗っかったタオルのみだ。

 室内の浴室を使う以上は同じ部屋を使うモノであり、自身を除けば部屋にいるのは必然的に共に旅行に来た相手、源義経に他ならない。

 

 

「あ、あわ、あわわ……」

 

 

 言葉にならない言葉を発しながら顔どころか頭全体を茹でダコの様にみるみる染めていく義経。どうする事も出来ず、混乱の極のなか視線だけは上下に動いている。

 いい加減指摘した方が良いだろう。

 

 

「義経、まじまじと見られても反応に困るのだが……?」

 

「ひぅッ!? あ、ぇ……そ、その…ゴメンッ!!」

 

 

 赤めた顔のまま時間が倍速かしたのかと見紛うばかりに反転、ドアが閉められる。

 思考に意識を取られる過ぎるという最もらしくない行動に迂闊だったと頭を抱えたくなるも、どうしようもないとして開き直り、身体を拭いて脱衣所においてある着替えを纏い始める。

 そしてふと思う。

 

 

(これ、シチュエーション的には逆であろう。男の一枚絵(裸体)なぞ、誰得なのかと)

 

<<私達得だと言っておこうか>>

 

<<雪花達はずっと見ておったろうに>>

 

<<そうとも言うね>>

 

 

 着替えを済ませて居間へ。

 畳部屋は既に布団が畳まれて押入れへと直されており、整頓された空間が広がっている。

 部屋の中央に供えられたテーブルの前には正座をして挙動不審な義経の姿。居間に入って来たこちらの姿を見ては逸らして、見ては逸らしてを繰り返して落ち着きがない。

 無理もない事だとこれも割り切って「おはよう、義経」と声を掛けた。

 言葉に身体全体で反応した義経は、正座した状態で一瞬浮き上がるという妙技を披露して「オ、オハヨウッ! ノルンクンッ」とガチガチ状態。しかし、面白そうなのでここはスルーを選択。

 

 

「昨夜はよく眠れたか?」

 

「ウ、ウん。キモチよク眠レたゾッ。お、お陰で朝も気分ヨクおきれタっ!」

 

 

 誰が見ても分かる見事な裏声とテンパリ様である。とはいえ、事故とは言え異性の裸をみれば無理もない。

 

 

「流石に潜り込む事はあらなんだ」

 

「と、当然ダ! 義経は二度も同じ間違イは犯さナイぞッ」

 

「そうだな、しかし同時に些か残念だ。なかなかどうして可愛かったのだがな……義経の抱き付き姿は」

 

「あぅぅ~~~……ま、まだそれを言うのカ!? い、イヂワルが過ぎるぞノルン君!」

 

「呵々、すまぬすまぬ」

 

 

 しかし、そこは最近覚醒の一途を辿る義経。大分落ち着きを取り戻してきている。以前ならば間違いなく数日は引き摺って、しかも眼も合わせられない――これに関しては微妙に視線がズレているので現在進行形だが――状態だっただろう。

 成長したものである。こんな形で、とは誰も思ってはいなかっただろうが。

 

 

 ノックと声と共に入ってくる従者部隊のメイド2人が膳を運んでくる。朝食にも丁度いいころ合いだった。運んできた2人に礼を言ってテーブルに向かう。

 メニューはシンプルに和食。使っている食材が地産ものである以外は目立ったところは無いが、それ故に美味であることは初日に判明している。

 手を合わせて

 

 

「「いただきます」」

 

 

 

 

 

 

 パチ、パチ、パチ、と独特の音が不規則に奏でられる。

 音の発生源はプラスチックで出来た将棋盤から出ており、義経と現在対局の真っ只中だ。天候は今日一日嵐の為、どうあっても外で遊ぶ、もしくは鍛錬は実質無理――既にやっているだろうというツッコミは受け付けない――である。

 ならばどうしようかと考えたところ、土産を見に行くという発想もあったが午前はマッタリしていようという提案に、ならば何をするかとなった時、蔵から将棋を出して一局という流れになった。

 

 

「桂馬は成らずに、王手」

 

「うっ……じゃあ、義経はこっちに動かすぞ」

 

「ところがどっこいそこは膠着状態だった角の軸線、詰みだ」

 

「あぁッ! 折角抑えていたのを不意にしてしまった……」

 

 

 ガックリと項垂れる義経。ありがとうございましたと礼をし合って駒を再び定位置に戻す。

 これで3勝1敗の戦績。ちなみに義経が1敗でこちらが3勝である。

 

 

「もう一回だ、もう一回義経はノルン君に挑戦するぞッ」

 

「よいぞ、何度でも」

 

 

 義経の将棋のレベルは高い方である。根が正直な分とても読み易くはあるが妙な所で奇襲を仕掛けても来るのでなかなか油断ならない。

 それでもやはり義経か、正直な打ち方をするので基本的に源氏組でやると戦績は振るわないが。

 

 

 お願いしますと一礼をして駒を指す。パチ、パチ、と再び奏でる音。

 

 

「なぁ、ノルン君。与一はどうすれば友達が増えるだろうか?」

 

「む、与一に更なる友誼を結ばせる、か……基本的に何某か共通の趣向などがあれば良いのだがな…あぁ、でも大和辺りはこの間仲好さ気に話しておったな」

 

「うん、直江君はよく与一と話をしてくれている。主としてもとても有難いことだ」

 

 

 恐らくは彼の十八番であるコネクションづくりの一環ではあるだろう。それを差し引いても仲は良さそうに見える。元々そういう気質というか素質があるからだろうか。

 時折引き摺られて昔の病気を再発させているし。

 

 

「もう少し友達ができれば、今の状態も改善されると思うのだが……」

 

(どう、であろうなぁ……? アレは時間しか解決のしようがあるまいと踏んでおるが)

 

「それに、与一も最近少しは義経とも話してくれるようにはなったが、まだまだ昔の様にはいかない」

 

「照れておるのだろうよ。弁慶も申したと思うが、断じて嫌がってなぞおらぬ。それは、最近の義経にはわかっておるだろう?」

 

「うん、それはなんとなく。言葉は冷たいし、ときどき何を言っているか分からない時があるが、何だかんだで義経を助けてくれるから」

 

 

 圏境を習得した影響か、サイコドライバーやNT的なソレ、には及ばないものの鋭い直感、洞察力が最近の義経には備わってきている。4割程度の確率とはいえ秘剣 佚之太刀の迎撃を可能にしているのは研ぎ澄まされたこういう感覚によるところがある。

 

 

「ともあれ、照れ隠しといえど望まぬ事を強いり過ぎても溝が生まれる。急いては事を仕損じると申すであろう」

 

「うん」

 

「交友が狭い私が申すのも何だが、今少し見守ってやるのも主の務め、と私は思う」

 

 選ぶのは義経しだいだが、と一文付け加えて。

 

「そう、だな。うん、もう少し見守ってみる事にしよう。ありがとう、ノルン君ッ。義経は気が大分楽になった」

 

「どういたしまして。とは申せど、あまり碌なアドバイスは出来なんだな……面目ない」

 

 

 こういう方面は大和に分があると自覚していても、大した助言が出来ないのは情けない。

 縁は多い方だが、大抵コアでディープ、ひと癖もふた癖もある面々なので、一般的には語れないのが残念でならない。

 こちらの物言いに義経は強く反論してくる。

 

 

「そんなことはないぞ! 義経もノルン君に聞いて、応えて貰って助かっているんだ」

 

「そう言って貰えると私も気が楽だ。ありがとう、義経」

 

「どう致しましてッ。……あれ? なんで何時の間にか義経が礼をいっているんだろう」

 

「礼を言われる事を義経が為したからであろう」

 

「そう、なのか?」

 

 

 首を傾げている彼女に首肯で示す。そんな姿に愛くるしさを覚えつつ駒を指すのであった。

 ちなみにその後昼食まで何度か繰り返して対局したが最終的に11戦8勝3敗に落ち着いた。どちらがどちらかは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 昼食を終えてひと段落したところで土産物コーナーへと赴いた。ロビーにほど近いところに設けられているブースはちょっとしたスーパーかとツッコミを入れたくなるほど大きく、ご当地ものからKUKIのロゴの入ったものも目に付く。

 九鬼の身としては、こういう所には誇るよりも気恥かしさが浮かんでしまうのは未熟な証か。

 

 

「お、こんなところにも九鬼の商品があるぞノルン君」

 

「ペナントとはまたベタな」

 

 

 なんて会話をしつつも、土産を選んでいく。

 如何せん渡す人間が多いが故に選ぶのも一苦労であり、ファミリーの面々や弁慶達、それに家族である九鬼家の面々とざっと17人という何を渡すか悩みどころである。

 

 

(とはいえ、弁慶には既に最大のお土産が手元にあるし、ファミリーの面々も一部を除いて方向性ははっきりしておる。問題は家族、か……)

 

 

 恐らく、これほど渡すのを迷う相手はいないだろう。何であろうと喜んでくれるからこそ尚更だ。

 お世辞にもセンスが良い部類とは言えない己の感性は熟知している。だからこそ悩みどころな訳だが。

 横を見てみると真剣な表情で悩む義経の横顔。彼女の視線を追ってみるとそこにあるのは

 

 

「ストラップ?」

 

「うん。弁慶のお土産にしようと思うのだが……どちらがいいだろうか?」

 

 

 視線の先にあるのは熱帯魚をデフォルメした様なストラップ。手に取っているのは赤い色と青い色の2種類であり、色合いからしてペアタイプと思われる。

 手中のソレに必至に悩んでいる義経に「片方は弁慶、もう片方を義経が持てば弁慶が喜ぶぞ」と告げる。

 

 

「義経が持てば弁慶が喜ぶ……」

 

「うむ。弁慶の性格からして主とお揃いだというのは喜ばれるぞ」

 

「そうだろうか?」

 

「間違い無く」

 

 

 主大好きな従者がほっこり顔になることは想像するに難くは無い。ならば早速、と取るストラップの片割れを横取りする。

 

 

「ノルン君?」

 

「旅行に連れて来て貰った礼だ。片方は私から義経にプレゼントさせて貰おう」

 

「そんな、義経が払うぞッ」

 

「よいから、よいから。ささやかなモノだ。礼をさせて欲しい。それでこちらの気が済むのだ。黙って受け取って貰えぬか?」

 

「う、うぅ~そう言われると義経は何も言えなくなってしまうではないか。……本当に良いのか?」

 

「無論」

 

「ありがとう」

 

 

 お互いに笑い合って再び土産物を物色しようと、視線を周りに向ける。本当に色とりどりの――というには少し違うかもしれないが――土産だと感心を通り越して呆れに近い感想を抱かせてくれる。

 余分な思考は隅に追いやって再び家族への土産物を選びに専念。

 

 

 ――――しようとしたが、耳に入って来た大きく、慌ただしい声に中断させられる。

 

 

 義経にも聞こえた様で顔を見合わせる。数瞬見つめ合い、2人して頷いて声の方へ足へ向けるのだった。

 

 

 

 

 

 

「なぁ、頼むよッ!」

 

「そう言われましても……」

 

「この天候じゃあなぁ……」

 

「おっちゃん、やっぱ無理さぁ。少なくとも風がおさまらんとどうしようもねぇ」

 

 

 2人でロビーにまで来てみると、其処には漁師らしき男性二人と、李、ステイシーが何やら唯ならない様子で話している姿が目に留まる。

 漂う雰囲気に隣り合う義経と視線を交し、肯き騒動の元へ近付いていく。

 

 

「何事だ?」

 

「! ノルン様ッ」

 

「あ、あんたは?」

 

「九鬼ノルンと申します。貴方は?」

 

 

 名を名乗り、尋ね返した李達に頼み込んでいた様にしていた様子の男は名乗らずに、顔を驚愕で染めて、やがて我が意を得たりと言わんばかりに胸に喰い付いてくる。連れの男性は彼の形相にぎょっとした様子で止めようとしているが、男の興奮は治まりが効かない様子。

 咄嗟に守ろうとしたステイシー達を手で制して男を見据える。心眼が彼から混乱、不安、喪失に対する恐怖の感情を正確に読み取った。

 

 

「お、おっちゃんやめーなッ!?」

 

「な、なぁあんた九鬼の人間なんだろう!? 頼むッ、力を貸してくれ!」

 

「力を、ですか? まずは事情をお聞かせ願いたい。こちらとしても何を為せばよいかも分かりませぬ故」

 

 

 あくまで落ち着かせる様に、僅かに言霊を使いながら興奮を鎮めるように語りかける。功を奏し、落ち着きを幾分取り戻した彼は事情をポツリ、ポツリ、と話し始めた。

 

 

 蓋を開けてみれば、単純に親子喧嘩が高じた末の騒動らしい。

 彼の息子は漁師の跡継ぎとして日々勤労に勤しんでいたが、彼の父親、即ち目の前で狼狽していた男性は日頃からスパルタ方式で鍛えていたらしく、かなりキツイ言葉も投げかけており口喧嘩は絶えなかったらしい。

 しかし、これもある意味親子のコミュニケーションという部類であり、彼の隣にいた男性は漁師仲間らしいが其処まで深刻なものではないと判断していた。

 

 

 だが、今日に限っては事態がかなり厄介な方向に向いてしまった。大時化では漁に出られる筈もなく、偶にはと今日は日がな一日飲みながら過ごしていたそうなのだが、酔っていた為に口喧嘩は剣呑な方へ直進。側で見ていた彼も止めようとしても聞く耳持たず。然もありなん。

 遂には「俺だってやればできる」「やってみろ半人前が」みたいな言い合いの末、息子が家を飛び出す。天候もあって直ぐに戻るだろうと楽観視していたが、1時間しても戻る気配は無く、行きそうな所に連絡を入れても見掛けないと言われ、虫の知らせか船場を見てみると自分のところの船が無くなっていたのだ。ご丁寧に上げた船を1人で海に降ろして。

 

 

 父親である彼は慌てて海難救助に連絡を入れるもこの嵐の中では当然出られる筈もない。八方塞がりの状況のなか、隣いる彼が知り合いが九鬼に努めており、日頃から世間に"何でもあり"と言われているあそこならばと藁にも縋る思いでここへやってきたという次第。

 話を色々と聞いていたとの事で偶々通り掛ったメイド2人が九鬼の従者部隊と知って助けを乞うたのが先程までの状況だ。

 

 

 話を聞き終わったところで思う。毎度毎度のトラブルバキュームな自身のruckの状態を。頭を抱えたくなるのは間違いではない。

 初日の空港での出来事といい、この一件といい、そういう星の元にあるのかという位のトラブルである。

 九鬼に入ってからはこれでもマシなレベルには落ち着いている。それが証拠に2日目は無事に過ごせているのだから。

 

 

 しかし、起こってしまった事を論じても不毛である。解決に乗り出すために、従者部隊側に手立てはあるかという意味で李とステイシーに視線を向ける。2人は何を言いたいかを察したらしく首を横に振った。

 

 

「流石に、我々も今の状況でこの嵐の中、船一隻を探索するのは……」

 

「難しいであろうな。場所が分かろうとも助けに行く術があらぬ」

 

「そ、そんな……そ、そこをなんとかッ!」

 

「おっちゃん……」

 

「ノルン君、息子さんがどの辺りにいるか分かるか?」

 

 

 義経の質問に肯定を以って返す。

 え、と呆ける2人を差し置いて「どの辺りなんだ?」と再度尋ねて来た義経に「東南東、約11,7キロの地点だ。まだ無事な様子だぞ」と告げる。

 義経の事情を聴いていた時からしていた困った顔が眉間に依った皺が更に深まり、苦み走ったモノへと変わっていく。

 

 

「その距離では義経では無理だ……ノルン君の縮地ならいけるだろうか?」

 

「行けるには行けるが、その場合人間のみで船までは流石に無理だな……」

 

「この際、それでも構わないッ! 息子を助けてくれ!」

 

「けど今船を失ったらッ!」

 

 

 当然ながら船の値段は高い。昨今の不景気や昨年度の金融危機によって株価の暴落、緩やかにデフレが響いている中、船を失うのは痛手だ。

 彼らの収入がどれくらいは知りようがないが、間違い無く痛恨なのは火を見るより明らか。

 

 

「や、人も船も、どちらも救ってみせよう」

 

「え……」

 

「ほ、本当に……?」

 

 

 発言が驚愕モノなのは理解している。自信を以って言い放った言葉に驚きを隠せない漁師達に言葉を重ねた。

 

 

「九鬼に不可能はあらぬ。それに、手立ては確と持ち合わせておるぞ」

 

「しかし、いかがなされるのですか? この天候では船もとなると」

 

「うむ、逆に申せば嵐さえなんとかしてしまえば良いのだろう?」

 

「まさか……」

 

「そ、其処までやってしまうのかノルン君?」

 

「察しの通りだ。それに然程驚く事でもあるまい」

 

 

 今からやろうとしている事は、恐らく川神在住の武神も為せるだろうから。

 そんな言葉を吐かずに飲み下し、外に向かう。

 

 

 ひとたび外に出ると拭き付ける雨風。最早痛い位に降り注がれるそれは朝に比べて酷くなっているように思えた。

 「どうするつもりなのだ」と視線で語る漁師2人や隣に付き添う義経とメイド2人を脇目に蔵から模擬の長刀を取り出す。慌てた様子の漁師たちを意識の外へ。

 天を見据えて、圏境を最大まで広げ、意識を極致まで澄ませる。今朝の鍛錬の時とは違う慣れ親しんだ解放感に似た感触が全身を包む。

 身体を満たすその感触を掌握する感覚。(こころ)のままに得物を振るった。傍目には動いていないが。

 

 

 ――――秘剣 明鏡止水――――

 

 

 叢雲に大きく一文字の線。それは雲を歪めたかと思うと、一瞬の内に世界を暗闇から光へと満たす。同時に、あれだけ吹き付けていた雨も風も成りを潜めて穏やかなるものへと世界が移っていた。

 

 

 その時、沖縄中の人間がその青天の霹靂の光景を目の当たりにして誰もが呆然としているのは必然だった。

 在日の某国の軍隊も、沖縄の市長も、空の荒模様を移していた放送局も、それを見ていた国民も全てが一時その現象に目を奪われたのは余談である。

 

 

 得物を鞘に収める。傍からの見ていた義経は「やっぱりノルン君は凄いッ」ともの凄いキラキラした目でこちらを見ており、従者2人も間抜けな顔は晒していないがそれでも呆然としている事が気配で察せられる。川神のデタラメ具合に体勢があるとはいえ、こんなお伽噺の様な光景を目の当たりにすれば無理もない。

 

 

「李、ステイシー」

 

「あ、はっ。なんでしょうか」

 

「九鬼の医療スタッフの用意を早急に。何があっても良い様に最高のモノをひとつ、頼むぞ」

 

「か、かしこまりました」

 

「さぁ、こちらも船の準備をして迎えに参りましょう。御子息が心配だ」

 

 

 去っていくステイシーを見送って、漁師たちの方へ声を掛ける。未だ呆ける漁師達を正気に戻すべく肩に手を置いて語りかけた。

 しかし――――

 

 

「ひぃッ!?」

 

 

 乗せた手は彼らの悲鳴と共に勢いよく弾かれる。

 眼に見えて浮かぶ恐怖心。心眼すら必要としない程に分かりやすい未知に対して湧くものだと窺えた。

 「え……」と呆然とする義経と李。しかし、男達の視界にそれは映る事は無い。視線は一直線にこの状況を齎したモノに突き刺さる。

 2、3歩後退した彼らは堪え切れない恐怖から逃れる為か、呻くように一言

 

 

 ――――ば、バケモノッ――――

 

 

 そう呟いて背を向けて去っていった。当然といえば当然の帰結。逃げると言って差し支えない後ろ姿に、苦笑を禁じ得ないのは必然か。

 

 

「李、くれぐれも彼のご子息の事、よしなに頼むぞ。私は共に行けなくなったが、場所は先程伝えた位置から動いてはおらぬ。生きてはおるがどうやら気を失っておるようだ」

 

「………………はっ」

 

「ノルン、くん……」

 

「さて、戻ろうか義経」

 

 

 何ともいえない、内面は色々と複雑な思いである事が窺える顔で肯き、勤めに向かった李。ステイシーと同じく去る背中を見送り、義経を伴って旅館へと戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 あれから旅館に戻ったモノの、義経の心はとてもではないが土産を選ぶ余裕は無かった。しかし、彼は違う様子でお土産を熱心に選ぶと土産物コーナーに戻り、自身は部屋へと戻る。

 思い出すのはたった今し方目の前で起こった光景。何時もの様に、己の力でひとつで瞬く間にひとつの命とその家族の幸せを守ってみせた筈だ。

 

 

(なのに、あの漁師さん達の向けた眼は本当に怪物を見ているかのようだった……)

 

 

 正史においての彼女は英雄に憧れ、自信を切磋琢磨していく快活で素直で、色々な事に一喜一憂する優等生的少女だ。それはこの世界に於いても変わりない。

 唯ひとつ、ノルンという彼女にとって英雄の理想像に近い存在に出会った事以外は。

 

 

 あの炎に巻かれた家から刀一本で救いだした光景は未だに鮮明に焼き付いて褪せる事は無い義経にとって原風景に等しい。彼にとってあれ程の惨事もきっと慣れており、誰もが諦める状況でも切り開き、救えたのだろう。だからこそ、その背に憧れた。

 

 

 ――――その背中に英雄たるの姿を見た気がしたから。

 

 

 しかし、先程の一件は大いに義経の心を抉り、棘の様に深く刺さったまま取れない。最大の原因も漁師たちでは無く彼の方。

 

 

(なんでノルン君はあんなにも、さも当然だ、しょうがないと言わんばかりに笑ったのだろう)

 

 

 まるで飲み過ぎて醜態をさらす臣下の面倒を見る時の様なそんな笑顔。悲しむでは無く、怒るのではなく、笑顔だ。ゆえに彼女は悩む。笑顔の訳が知りたくて。

 悩んで、悩んで、悩んで、色々と悩みつくした結果、当人に聞くのがいいと結論付ける。

 そうと決まれば話は早い。土産物コーナーにいるだろう彼を呼びに行かんと、いざ立ち上がり

 

 

「ただいま」

 

 

 ようとして、聞こえたあまりの間に座りながらつんのめったのは内緒だ。居間へと顔を出した彼は義経の顔を見て「どうかしたのか」と問うてきたので首を振って否定しておく。

 

 

「いや、なかなかどうして苦労した。特に家族の面々が」

 

「あはは、確かに九鬼君や揚羽さんには何をやったらいいか義経も迷うだろうな」

 

「どれもが正直自作にした方が手っ取り早いときた。なので、そろってぬいぐるみにしたよ」

 

「あぁ、確かにかわいいのがあった」

 

「ゴーヤマンとか」

 

「あれを!?」

 

 

 楽しい会話が続く。何気ない会話から始めようとしたら切り出すタイミングを見失っただけとも言えるが。内心どうしたものかと唸る義経。しかし、そこはそれ、ノルンクオリティとでもいうのか

 

 

「さて、場も温まったところで、だ。義経、なんぞ私に聞きたい事があるのだろう?」

 

「う、うん」

 

 

 見透かしたかのように向こうから切り出してきた。切り出すところを探した矢先のフリは変態と言っても良い機敏さである。

 しかし彼女にとっては僥倖なのに違いない。そのまま話を持ち出す事にした。

 

 

「――――何故(なにゆえ)、笑っておったのか、か……」

 

「うん。怒るでも無く、悲しむでも無く、どうして笑っていられたのだ?」

 

 

 投げかけられた問いに、困った様な苦笑を見せるノルン。それは、答え難い子供の質問に対する答えを探している様にも見えた。「慣れておるから、では納得できぬよな?」との答えが来るも納得できる筈は無い。

 心持ち苦笑を深め、やがて彼は「あくまでも私の経験による個人的には、だが」と前を振って語り始める。

 

 

「私が笑うたのはな、彼らが逃げたればこそなのだよ」

 

「? 逃げたから笑う? どういう意味なんだ、義経にはよく分からない」

 

「あまりにもらしい(・・・)行動で、何より可愛げがあったが故に笑うたのだ」

 

「? ???」

 

「呵々、なれば義経は何故(なにゆえ)あの漁師達が逃げ出したと思う?」

 

 

 何故助けを求めた彼らが逃げたのか。禅問答よろしく投げかけられた問いに義経は頭を捻る。必死に考えて、考えて、考えて、彼らの逃げる際の表情からひとつの可能性が浮かぶ。

 

 

「…………ん、……怖かった、から?」

 

「正解だ」

 

 

 義経の心情としては正直当たっては欲しくは無かった。助けを求めて来た人間が助けて貰った相手に恐怖して逃げ出したなどと、仕様がないと理解はできても納得は出来るモノでは無い。

 だが、ノルンはそんな心情を見透かして、「それが正しい在り方だ」と続ける。

 だが、だからこそ義経の心に疑問の変わりに別のモノが湧き立ってくるのは必然だった。情動に駆られるままに「納得できないッ」言葉を紡ぐのに対して、ノルンは微笑む。首を横に振りながら。

 

 

「大きな力、異質なモノを人は只管(ひたすら)に恐るる……それこそが、人というモノの本質の一端だ」

 

 

 語る彼の顔は、終始穏やかで何処かここではない遠くに思い馳せていた顔だった。同年代の筈の青年の姿が、義経には酷く老いてみえる。普段から見せる落ち着き払った大人びた雰囲気ではなく、老人の様だ。

 

 

「誰かを助け、誰かを救おうとも、救い上げた者が理解に及ばぬのなれば、人はソレを退ける。救い手が見返りなど求めずに人助けが目的であると、例え明言しても人はそれを信じようとはせぬ」

 

「…………」

 

「人は弱い、直ぐに心を揺さぶらるる。人は脆弱だ、自らが信じたモノすら信じ続けられぬ。人は愚かだ、都合のよいものしか見ようとはせぬ」

 

「そんなことはないッ! 人はもっと……そんなものなんかじゃッ」

 

「うむ、そうだな。そうでもない者もおるという事はよく理解しておるよ。しかし、やはりそれは本質であることに相違ない……繰り返すがあくまでも私の持論だぞ? 与一も似たような事を申しておるが、まぁ、アレはヒネておるに過ぎぬ。が、言葉自体、あながち間違いとは言えぬのだよ」

 

 

 「厄介な事に、な」なんて可笑しそうに笑う。

 何時ものと同じ様に見えるそれは、しかしやはり何かが違うと義経は感じた。ただ、嫌なモノでは無い。しいて言うならアルバムを見返しているとでも言えばいいのか、適切な言葉が見つからない。

 そんな心情も知ってか知らずか彼は語り続ける。

 

 

「人は弱く、脆く、愚か。そのことを人は人自身が本能的に理解しておるのだ。自身のそういう所があるという事を」

 

「人自身が?」

 

「うむ。人が内包する大罪の話ではあらぬが、人は理解しておるからこそ法という名の理性を以って人は人を律する。そういうものだと私は思う。本能的な部分が鋭いからこそ……本能で以ってしても測れぬ、理性を以ってしても解せない未知なるモノに恐れ戦く。なればこそあの者達の逃げっぷりも理解できよう?」

 

「それは……そうかもしれないが……」

 

 

 きっと眼に見えて顔に影が差したのだろう。目の前の彼は困った様に指で頬を掻く。

 

 

「あー……然様な顔をさせとうなかったのだがなぁ」

 

「す、すまないッ。義経が聞いておきながら……」

 

 

 つい伏せてしまった頭を「よいのだよいのだ。話したのは私ぞ」と笑いながら優しく撫でてくる。心地良いその感触も罪悪感と申し訳なさで浸る余裕は義経には無い。加えて、彼の話を聞いた彼女自身が、分からなくなってきた。揺らいだと言ってもいいのかもしれない。

 英雄とは何だろうか、人の役に立つとは何だったのか、助ける為にその力を最大限振るった彼は救った誰かに恐怖される姿はやはり色々と衝撃が大きい。

 

 

 伏せっぱなしのところに、彼はまさしく見透かしているのだろう言葉を投げかける。「人の助けになる事が如何なることかが分からなくなったか?」と困った様に。

 黙ったまま首肯した事に対して彼は再び驚きの言葉を投げかける。

 

 

「ふむ、助けたいと思うたから……良いのではないか?」

 

「え…………?」

 

 

 思わずといった具合に視線はノルンの顔へ。その顔は優しく、穏やかさを湛えて語りかける。

 

 

「私の場合、慣れてしもうた、というとアレなのだが……確かに、助けた人間に怯えられるのは見知っておるよ。助けた人間に後ろから撃たれた事も多々あるし、助けようとした行動事態を大きな悪巧みの要として利用された事もあれば、力に怯えられたが故に助けた相手が錯乱して自殺した……なんてことも片手の指の数程だがあった、な」

 

 

 傍から聞けば、静かに語られるそれらは彼の年齢や人生を踏まえると、到底現実味のない話だ。しかし、ノルンという人間の姿を約3年、追い駆け続けた義経には分かる。作り話では無い紛う事無く彼の実体験だと。誰がなんて言おうとも、目の前の人物の背を追い掛け続けている義経には本能的に真実だと心が囁く。

 

 

 そしてきっと、それは今の義経には全くといっていい程想像にもしない位、それこそ今日のできごとが些細なものに思えるほどの苦行だ。それでも彼はその表情を欠片でも苦悶に歪める事は無い。

 

 

「理不尽な眼に会おうとも、やはり目の前で拾える命があるのならば……拾っておかねば目覚めが悪いであろう?」

 

「そう……だけど」

 

「なればこそ、困ってる人を見た、故に助けたい。誰かを助ける事に迷うてしもうたならば、これで一先ずは納得しておけ。如何なる眼に会おうとも――――」

 

 

 ――――誰かを助けたいという思いは、決して間違いなどではあらぬのだから。

 

 

 なんて事は無い、常日頃義経自身がよく言っていた筈の言葉。

 

 ――――困っている人の役に立ちたい。

 

 なのに、今の彼女にとってまるでそれは天啓の様だった。

 照れくさそうに、しかしどこか嬉しそうに「とある正義の味方から教わり学んだ受け売りだが、な」という彼は

 

 

「義経が困った時は、清楚を、与一を、弁慶を、私を、皆を存分に頼って欲しい。私は義経の力になりたい」

 

「あ、ぅ…………、……ッ…………」

 

 

 かつての在りし日に告げられた言葉が再び紡がれる。

 無性にその言葉が胸を打って泣いた。堰を切った様に義経自身の意思とは関係なく溢れだす。

 何が響いたのかは正直良くは分かっていない。胸に去来する感覚は強いて表すならば若獅子の時に似ているが、はっきりとはしない。考えても明確な答えは出ないが今は、隣でそれ以上は何も言わずに居てくれる彼の胸を借りようと思った。

 

 

 

 

 

 

「ッ……グスッ……スン、ずずッ……す、済まない汚してしまった」

 

「構わぬ構わぬ。泣きたい時に泣けるのは恥では無く、よいことだぞ」

 

「それでも、最近の義経は泣いてばかりだ……」

 

「呵々、私はその方が好ましいが、な」

 

 

 現在進行形で彼の胸に頭を預けているが間違いなく微笑ましい顔をしているのは義経には容易に想像がつく。誰もが、かもしれないが。

 

 

 しかし、彼の言うとおり一頻り泣いた事による効果は覿面で、胸にあるモヤモヤも溢れた涙と彼の言葉で流されており、今は清々しさとやる気が満ちている。

 同時に、胸に湧く強いひとつの思い。目の前の青年に対して向けられるこの思いを義経はぶつけるのだった。

 

 

「ノルン君ッ」

 

「ん?」

 

「義経は、必ず強くなってみせるッ! ノルン君と並ぶくらいに強くなって義経がノルン君を守るんだッ!」

 

 

 内側から溢れる思いをあらん限りの勢いでぶつける。言葉を向けられた当人は、穏やかなモノから呆然といった様子で彼女を見つめる。

 

 

「…………よし、つね……?」

 

「義経は今日、ノルン君の事を少しだけ理解した。どんな時でも心を乱さずにいるけれど、ノルン君は傷だらけだ。一杯、一杯、傷だらけなんだ」

 

 

 助けた筈の人間から恐怖されても笑う姿を見て、かつての実体験を明かしてくれた時の穏やかさを見て義経が抱いた率直な感想だった。

 ノルンという人間は、宛ら折れず曲がらずを誇る一振りの剣の様にある。傷なんて物ともせずあり続ける剣。しかし、だからといって傷ついている事実には変わりない。

 

 

 全てを明かした訳ではないのだろう。しかし、励ます様に語り聞かせてくれた話を耳にし、涙と共に胸の蟠りが取り払われた時に彼女が感じたのは彼に対する切なさともどかしさ。

 傷を受けても平然と変わらずあり続けているが故に気付きにくいが、彼は決して傷つかない訳ではない。

 

 

「だから、義経は守りたいって、折れもしない、曲がりもしない、けどこれ以上傷を負わないでいいようにってそう思ったんだ」

 

「…………」

 

 

 黙したままの彼を見つめる。強く、強く。

 先程の、現実味のない本当の話の一部だって、多分ノルン君は自分の手でも人を殺めている。確証は無い。しかし、KOSでみた佐々木との殺陣劇は間違いなく本気のモノで、事ここに至ってはほぼ確信していた。

 それでも尚、それすらも(・・・・・)気に止めていない(・・・・・・・・)自分がいる事に驚いているがそれよりもやはり守りたいと強い思いが胸の奥にある。

 

 

 複雑そうな彼の顔は再び何ともいえない、敢えて言うならやはり苦笑か。そんな顔でこちらを真っ直ぐみて、静かに口を開く。

 

 

「私は、義経にそう思って貰う程の人間はあらぬぞ?」

 

「そんな事は関係ないんだ。ただ、義経が守りたいと強く思った。今は、その、守られる側だと思うけど……」

 

 

 今の自身の未熟さ故に、後半は語尾が尻窄んでいくが、首を振って気合を入れ直して分かっているんだぞ、という意志を込めて再度を視線を投げかける。彼の苦笑が更に深まっていく。

 

 

「なんというか、瞬く間に強うなったな義経」

 

「まだまだ、今のままでは足りないからな。もっともっと精進だ」

 

「や、そういう意味では――――あるのか?」

 

 

 苦笑は何時の間にか微笑みに――――否、満面の笑みを湛えて息巻くこちらを見ており、義経は釣られて笑ったら何時の間にか抱きしめられていた。

 一瞬頭が真っ白になり、顔に熱が溜まっていくのが否が応にも理解させられたのだった。

 

 

 

 

 

 

 衝動的にというらしからぬ行動で目の前の少女、義経を抱きしめていた。しかし、それを抑えようとは思わなかった。思えなかった。彼女の顔が火照っていくのが直ぐ側で伝わってくる。

 そして心眼が、念動力が、彼女が紛う事無く本心から言っているのだと伝えてくる。

 

 

「え、えと……」

 

「それは、義経が思うより遥かに地獄だぞ? 義経が、こんな筈では無かったと思うてしまうであろう程の……それでも私に並ぶと、守りたいと申すのか?」

 

 

 心眼が嘘と真を、念動力が彼女の(こころ)を、自らに備わった相手の内を見抜く能力で既に知っておきながらも尋ねる行為は実にらしくもなく野暮ったい。無粋とも言う。

 問われて尚、こんなにも彼女の心は変わらずのままだというのに。

 

 

「ウン。これは義経が助けたいって、そう望んだ事だからな。だから一直線に義経は行く。KOSの時のノルン君みたいに」

 

「呵々、耳に痛い、な……ありがとう義経」

 

「え、と、どう致しまして」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「あ、あの……ノルン君? そろそろ、離して貰わないと義経は、は、恥ずかしくてどうにかなってしまいそうなんだがっ……!?」

 

 

 現在進行形で義経の身体を抱きしめている最中である。こういったことにテンで体勢の無い彼女は心地良さよりも羞恥が勝って解くことを願い出るが、「もう少しだけ」といってまわした腕はそのままに。

 

 

「も、もう少しって」

 

「うむ、今の私は義経の事が愛おしゅうてならぬ」

 

「い、とッ!!?」

 

「この気持ちを抱きしめる事で留めておるのだよ。下手をすると其方(そなた)を乙女から女にしてしまいたくなる故、な」

 

「? よ、義経の性別は女だぞ?」

 

「分からねば良い。致す心算はあらぬ故、な」

 

「???」

 

 

 かつてはともかく、今の自身は強欲だと自覚している。普段は欲しても自重できるが、是が非でも欲しいと思ったが最後、強引に突き抜ける。伴侶達の様に。盟友達(・・・)の様に。

 

 

 ――――アァ、ホシイ、ホシクテタマラナイ――――

 

 

 そんな念を精神と触れあう事で自粛してながら、抱き締められてあわあわしている義経の様子を楽しむのだった。

 李が漁師の息子の救助が無事に終わり、五体満足で問題無しとの報告が来るまで。

 

 




こんなにも長くなるとは正直思っていませんでした。弁慶、清楚と違って義経は本作で一番梃子入れがあったキャラなのでそれ相応に力入れないとな、なんて思ってたら全話中最長になってしまいました。
そして主人公にさらなる強化フラグ。これ以上強くしてどうするんだと思わなくはないですけど、突っ走ります。最強系なんで。

あれ?義経にフラグ建てたつもりが、何時の間にか同時に義経がフラグ建ててた……あれ?
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