気まぐれ神様の物語 真剣恋Ver.   作:ジーザスルージュ

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55話

 明くる翌朝、起きた時の義経はとても見物だった。寝る前もだが。

 顔を真っ赤にして終始無言。言葉を発しても裏返っては直ぐに顔を伏せてしまうという愛くるしい様子は二日目の朝に通じるものがあり、とても微笑ましく、正直に言えば和んだ。

 しかし、それも旅館を出るころにはある程度律せるレベルまで抑えられたのだろう。段々と普段の調子を取り戻していき、帰りつくころには元の状態に戻っていた。表面上は、だが。

 

 

「おーかーえーり~ッ」

 

「うわ、べ、弁慶? 何でもうベロンベロンになっているんだ!?」

 

 

 行きの様な騒動もなく川神へと辿り着き、極東本部へと帰って来たところに待ち構えていた弁慶のタックルを2人揃って喰らう。

 隣り合っていた為、というよりは狙っていたのだろう。酔っ払っているとはいえ流石に主を間違える筈は無い。きっと。めいびー。

 抱きとめた弁慶からは川神水の甘い匂いが鼻腔を刺激する辺りどれだけ飲んだかが窺えるが、抱きつくへべれけはなにそれ美味しいのと言わんばかりに思い切り腕の力を強めている。

 

 

 しかし、問題はそこでは無い。

 現在は8月の30日。まだまだ夏休み途中とはいえ、川神学園には夏休みの期間中に大学の様な選択式で好きな教師の授業を受けられる補修制度があるのだが学校が開かれるのは午前中、というかぶっちゃけ朝である。

 ちなみに現在時刻10時と5分。自由選択とは言え武士道プラン的には体調不良でもないのにここにいるのはOUTだ。

 

 

「待ってたんだよ~? 主達が帰ってくるのを。嬉しいだろう」

 

「嬉しい、とても嬉しいが……しかし、弁慶、これだけデキあがっていると感動が台無しだ」

 

「いやぁー誘惑に勝てませんで、申し訳も」

 

「しかも、匂いからして5杯どころではあるまい?」

 

「う~ん……覚えてる限り、20くらい?」

 

(既に末期か……)

 

「飲み過ぎだぞ!?」

 

 

 5杯を通り過ぎた辺りから記憶が曖昧なる武蔵坊さんちの弁慶さん。誰がどう見ても手遅れです。本来ならば学校で会える筈だったのでここで出迎えてくれる事は嬉しいが色々と台無しである。

 学校で会えるというのも、旅行明けとはいえ自身の都合によるものであり、武士道プランの本分を疎かにするにはいかないとの義経の言葉。しかし、旅行というモノは存外体力を消耗するものであり、休憩を提案するも義経は断固として行くと変えなかったので妥協案として昼から行く事を了承して貰った。

 

 

 その事は彼女のみならず全員へ事前にメールで伝えていた筈だというのに主を待っていた弁慶。圏境に誰も引っ掛からないところを見ると残りの2人は学園の方だろう。

 忠犬ハチ公よろしく、学校そっちのけで主を待っていた、と此処だけ聞くとちょっとイイ話しだというのに漂わせている川神水の匂いが全て台無しにしている。然もありなん。

 

 

「まぁ起きてしまったことをとやかく申すまい。義経は荷物と着替えを。私は弁当の用意してくる」

 

「そうだな。義経は一端部屋へと戻る。弁慶を連れて」

 

「そうして欲しい。眼を離すと飲み出すであろうし、な」

 

 

 切実である。割と本気で。

 当の本人は隣で赤い顔して頷いているのだから色々と末期である。

 

 

「あ、じゃあツマミもよろしくねぇ」

 

「……夜まで待てと申せど待てぬのであろうなぁ」

 

「あははーよく分かってんじゃん」

 

「駄目だぞ、弁慶。幾らなんでも飲み過ぎだッ」

 

「だーいジョウブだよ義経。ツマミが無いと流石に胃がキツイしね」

 

「「そういう問題ではないッ!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四苦八苦だった。着替えが、ではない。料理が、ではない。弁慶の川神水を飲むのに止めるのに、だ。主に義経が。

 荷物を置こうと眼を離すと盃を傾けようとし、着替えようと眼を離すと瓢箪を取ろうとし、お土産を先に渡すとほっこり顔で受け取り、料理が出来上がると何時の間にか忍びこんで摘み食いをしようとし、一部を除いて殆ど動きまわった義経の顔には疲労の色が見えた。旅行から帰ってくる時は無かったのに、だ。

 

 

 そうこうしている内に仕度も整い、学園へと向かうのだが元々ものぐさであり、加えて既にベロンベロンな人間がまともに歩く筈は無く、おぶさっての登校である。何時もの事と分かりつつもやってしまう辺り義経から甘いと言われる要因か。

 背に乗ったへべれけ(弁慶)は何が楽しいのか首筋に埋めて笑ったりしてる。寝てはいないが今にも寝そうであるので来るまで義経が背にいる弁慶に声を掛けながらの登校風景。

 正直傍から見ればシュールだったろう絵図は川神ならではの破天荒さ故に特に注目はされなかった。

 

 

「漸く着いたな」

 

「義経は何故だかどっと疲れたぞ……」

 

「夏バテか義経? なら、この川神水を――――」

 

「だから駄目だと言っているだろう!?」

 

「未だ私の背に乗っておるのだから手を離すでない弁慶」

 

 

 背に乗って手を離して瓢箪を取ろうとする弁慶を抑えつつ教室へ。

 普段使っているSではなくFに行き、カラカル=ゲイルの授業に出席する為だ。扉をくぐると其処には見知った顔が2人いるのを眼にした。

 

 

「大和と京もここであったか」

 

「おひさー」

 

「お、ノルンに義経か。なに、背中の人は飲み過ぎ?」

 

「如何にも、だ」

 

「もう、弁慶が朝から潰れる寸前で大変だった」

 

「しょーもない」

 

 

 肩を落とす義経に大和は苦笑い。だらけ部なる非公式な部活動でよく目にする光景なのだからある意味当たり前である。

 酔い潰れた弁慶を大和の連絡を受けて回収する姿は最早お馴染になりつつある。

 

 

「そら、到着だぞ弁慶」

 

「ごくろうさま~。お礼に一献」

 

「いただこう」

 

「いただいては駄目だろうノルン君!」

 

「ノルンの好物だしねー。弁慶みたく乱れないけど室内で遊んでいると気付くと飲んでるし」

 

 

 京の言うとおりである。室内で遊ぶ類のものならば大概片手に盃を携えていたりする。「そうなのか?」と問う義経に首肯で返し、貰った盃を一気に煽る。満面の笑みで「いい飲みっぷりだ」とご満悦の弁慶。

 

 

 何かいつもと違う弁慶の様子に訝しみながらも、心眼からは何も伝わってこないので問題ないモノとして大和達に向かう。

 

 

「旅行の土産物だ。これが大和と京の分」

 

「ありがとう。――って、デカイヤドカリの帽子?」

 

「何やら大和好みそうな代物だったので、な。即決だ」

 

 

 渡したのはヤドカリの形をした帽子。デフォルメされたデザインのそれは帽子という商品名ながらぬいぐるみにして飾ってよしという帽子としてどうなのよ、と思わず突っ込んでしまった一品である。リアルデフォルメというよく分からないキャッチフレーズにも魅かれた。

 大和と京にはそれぞれ色違いで渡した。

 

 

「アベックにはペアルックで、と思うてな」

 

「おぉー、直江君と椎名さんはそういう関係なのか」

 

「ひゅーひゅー」

 

「ほら、身内や英雄達公認だよ? アベックなんだよ! やっぱり私達お似合いの間に見えるんだよ、だから大和付き合って!」

 

「お友達で! 時々発作えお起こした様に奇襲するのを止めてくれませんかねぇノルンさん!?」

 

 

 あまりの必死さと思い通りのリアクションをくれた大和に内心で感謝しつつ、謝る。

 毎度、というほど頻繁では無く、寧ろ全体を通せば数える程度だがこうして京の援護射撃を偶にしている。主な理由は京の健気さと大和のリアクションを求めて。

 

 

「呵々、や、すまぬすまぬ。色違いの二組を眼にしてどうにも、な」

 

「な、じゃねーよ! 偶にだから予防線を張らずに油断した瞬間、一撃死し得る技ぶっこむとか外道か!? しかも義経達も巻き込んできやがってッ」

 

「まま、落ち着かれよ。後で手製のアイスを進呈する故、な」

 

「たっく、そう言いながらまた奇襲するんだよな……後、アイスは有難く受け取ります」

 

「既に大和の胃袋はノルンに支配されている……これは妻として何気にハードルが高いんだッ」

 

 

 妙な所で京の戦々恐々しているのを尻目に、大和のリアクションを存分に堪能したので話題を次へ。今日に関しては寧ろこちらが本命といえる。明日のファミリーのイベントについての相談だ。

 

 

「首尾は?」

 

「上々かな。みんなプレゼントは用意もしてあるし、時間帯も夕方からって事に伝えてある」

 

「準備の方も軽い分はクッキーが用意してくれてるよ。他は明日、ガクトやモロ達がやってくれるって」

 

「料理は私に任されよ。身の丈に合った最高の品を馳走する」

 

「頼む」

 

「姉さん、妙にそわそわしてたからなぁ……そのせいで絡まれたけど」

 

「役得であろう?」

 

「う~……もっと合法的に大和とくっつける手段はないものか」

 

「ふむ、モモがくっついておる時ならば大和も身動きとれぬと思うが」

 

「おぉーい、自重はどうした?」

 

「その手があったかっ!」

 

「ねぇーよ!」

 

「でもやっぱり2人きりの時がイイと思うのが当たり前ッ!!」

 

「聞いてないし!」

 

 

 事前に決めてあった事なので、雑談を交えながらもある意味凄まじくトントン拍子で進んで行くのは当たり前。テンポのいい会話に軽い心地良さを感じながら予定を頭に浮かべる。「何の話だ?」と聞いてくる義経に「ファミリーとのイベントの打ちあわせだ」と答える。

 明日、8月31日はモモの誕生日である。大体は各ファミリーの面々の誕生日は仲間内で行うのが通例である。去年はこちらの都合のため参加出来ず仕舞いだったが今年は問題なく出られるのでその準備を相談しているのだった。

 尤も、補修云々は関係なく明日は九鬼の仕事がある為に夕方という処置になってしまった。現在九鬼で最も暇であるのが次男ならば技術的貢献も次男という妙な事態だが、齎す技術がオーバーテクノロジーである以上は仕様だ。

 

 

 そうこうしている内に定刻となり、ゲイルが入って来たので話を切り上げて授業を受けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー、やっぱりノルン君のお弁当は美味しいね」

 

「ありがとう清楚」

 

 

 目の前の清楚の喜ぶ姿に嬉しさがこみ上げる。他も同じ様な顔なので満足のいく結果だった。

 授業も終わり、昼食にと移る。教室で鉢合わせ無かった与一と清楚に予めメールを入れて屋上で合流し、弁当を渡すのと一緒にお昼を済ませている最中である。

 

 

「全く、仲よしこよしで飯食うなんざ冗談じゃねぇ。1人でいる方が性に合っているぜ」

 

 

 尤も、約一名離れて食べているが。弁慶が酔いが回って本調子ではないのをいいことにこの態度。それでもちゃんと視界に入るところで食べてる辺りがツンデレとでもいうのか。義経もその辺りは分かったのか、寂しそうにしつつもしょうがないという感じに昼を取っている。

 

 

「義経ちゃんは沖縄旅行は楽しめた?」

 

「あぁ、とっても楽しかった! 海に潜った時のお魚さんの群れとか見れたし」

 

「へぇー、詳しく聞かせて」

 

「もちろんだッ」

 

 

 清楚と義経は旅行の思い出話に花を咲かせている。熱帯魚が可愛かった、タコを怒らせて墨を吐いた、ネコザメという稀少な動物をみれたことなど旅行で起きた事を色々と語り、実に楽しそうである。

 お土産の方も合流した時には渡しており、与一には義経からカメのストラップ、こちらからは海賊マークのハンカチ。清楚には海の様子を写真に映した栞、こちらは「キムジナーとヤンバルクィナ」という妙な短編小説。見つけてしまった時はあの旅館のレパートリーの広さに首を傾げたものである。喜ばれたが。

 

 

 隣で弁慶があーん、なんて口を開けて言って来たので手元にある彼女用の弁当からおかずを放る。登校後は飲ませていないとはいえ既にデキあがっているので既に甘えモード全開状態。ここまで来るのにすらおぶさっている。大和達は揃って「しょーもない」と発言していた。息ぴったりである。

 

 

「ところで、ノルンは私に対してお土産は無いの?」

 

「あるぞ。しかし、これは夜まで取っておいた方が良いだろうと思うてな」

 

「なになに、気になるなぁ……教えてよ」

 

「楽しみが減ると申したであろう。我慢我慢」

 

 

 見せるだけならばそれは直ぐにでも可能だった。しかし、中身が中身だけに少数でしかもゆっくりと出来る環境が好ましいので、弁慶にはそれまで我慢してもらう様に頭を撫でることで説得。直ぐに懐柔できた。

 猫撫で声とでもいうのか、鼻を鳴らして気持ちよさそうに眼を瞑り、やがて頭を肩へと預けて来た。

 

 

「眠るでないぞ? まだ授業が残っておる故、な」

 

「あぁ~分かってる分かってるって……つまり、振りだろ」

 

「違うぞ弁慶ッ!?」

 

「ちょっとだけだよ、ちょっとだzzz……zzz……」

 

「あぁ~……言ってるそばから……」

 

「弁慶ちゃん、随分酔ってたよね」

 

 

 清楚の言には誰もが頷いた。基本的にルーズで、主の困った顔が見たいとSな態度を義経に見せたりもするが基本的に彼女は主に不利益を与えることはしない。

 酔っても潰れるのは授業が終えた放課後以降で、自由選択式とはいえまだ授業が残っている段階でのこの状態は珍しいを通り越して訝しさしか浮かばない。

 

 

 どうしたものかと思考するが、どの道まだ時間はある。その場で相談した結果、定刻に起こすということで話は着いた。

 必然、それまでは此処でお守をするという流れなので与一は付き合っていられないと言わんばかりにふらりと消えて、後はこの場に残る形となる。

 

 

「清楚は戻らずとも良いのか?」

 

「うん。ノルン君達は次は小島先生の授業でしょう? 私も同じだからね。それなら義経ちゃんのお土産話を聞きながら時間を潰して一緒に行こうかなって」

 

「然様か」

 

「然様です」

 

「だそうだが義経?」

 

「義経も望むところだ。さっきの続きなんだが――――」

 

 

 その後、時間が来るまで義経は楽しそうに話し続け、清楚も楽し気に耳を傾ける。そんな姿を時折振られて相槌を打ちながら眺めるという優雅なひと時を過ごしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、我ながら上々の出来栄えだな。後は蔵にこれを丁寧に押し込めてっと……」

 

 

 今し方作った出来たての一品を鮮度を保つ為に蔵へ丁寧に押し込む。異次元蔵(打ち出の宝珠)はかのバビロニアの金ぴか王の法具の構造を模して作り上げただけあって便利がいい。蔵と呼ぶ専用の異次元空間には時間の概念が無く、取り出さない限りいれたものが劣化する事はない。

 ケーキや魚の様な新鮮さを重きに置く様な保存にはまさにうってつけである。

 

 

 明日の準備を一通り終えたところで調理場を後にした。

 調理場を離れ、向かう先は自室。そこに待っているであろう待ち人のとこに向かう為でもある。極東支部の構造上、部屋までは凄まじく長い道のりだ。

 

 

 部屋に到着するまでにたっぷり5分費やしての到着。ホテルの様な意匠をしている見慣れたドアを潜り中で待ってたのだろう人物は「おーそーいーぞー」と気の抜ける声で抗議をしてきた。

 

 

「すまぬな、弁慶。しかし、朝から飲んでおるのに明日は大丈夫なのか?」

 

「問題ないって。そ・れ・よ・り、早くここ、座って酌してよ」

 

「心得たよ」

 

 

 ペシペシと自身の横の床を叩いて示す。催促に従って座ると駆け付け一杯と出された盃。

 勢いよく飲み干すと、昼間と同じ様に嬉しそうに笑っている弁慶。返盃を受け取った彼女は何が嬉しいのか更に笑みを深くして一気に煽る。舌から喉へと駆け抜ける味を堪能して、大きく息を吐く弁慶。実にご満悦の様だった。

 

 

 隣に座って改めて彼女の格好を見据える。シャツのボタンは殆どはだけており、胸元を大きく広がっており「男の部屋で些かはしたないぞ」なんて言っても適当にあしらうだけで終わる。何時ものやり取りだ。お互い今となっては慣れたものである。

 

 

「ツマミは?」

 

「抜かりない。弁慶の要望で作ってみたが……会心の出来だぞ、我ながら」

 

 

 蔵から取り出すのはひとつの料理。円柱上の構造に縦に大きく穴があいたそれはこんがり焼かれて大半をきつね色にしているが端の部分から元は白いものと窺える。

 原材料は魚。身をすり潰し、練り上げて棒に塗り固めて焼いて出来上がるソレの名は

 

 無論、竹輪である。

 

 学業を終え、帰路に就くその最中に弁慶が思い出したように提案してきた。

 「ノルンの作った竹輪が食べてみたい」と。作る側としてはそれ自体問題では無かったが、直ぐにでも食べたいとの仰せだったのが問題だった。既に昼前に用意したツマミがあるがといっても珍しい駄々っ子が発動。

 らしくないと思いながらも仕方がないと何時ものメンバーである武士道プラン組に断って材料探しへと向かった。駅前の金柳街まで。

 

 

 懲り性のサガというか、作るならば美味しくと馴染の魚屋を物色。魚屋の主人に無理を言って竹輪の材料となる魚を見聞。良さ気な所を選んで購入したのだ。

 時間帯からして忙しいのに付き合ってくれた主人には感謝の念が絶えない。

 

 

「んー……んぐ、ムグ…ッ! こ、これは……絶妙な練り具合と焼き加減が齎すであろう甘みと食感。素材を生かし尽くして、かつ作り手が私好みに仕上げているのが伝わってくるッ。美味いッ……やるじゃないかノルン……」

 

「其処までべた褒めされると喜ばしいな。面映ゆくもあるが」

 

 

 自称ちくわソムリエとしては満足できる一品だったらしい。ソムリエよろしくな見事な評価だが、練り物ひとつにここまで言える辺り、極め方が察せる。

 

 

 川神水の酌をしながらちくわを頬張る弁慶。満ち足りた表情で暫く楽しんでいたが、既に酔いはかなり回っているのだろう。ごろり、と膝の上に頭を乗っけて大凡固く、寝心地が悪いであろう男の膝枕を堪能している。

 やがて、上を向いて「あーん」と大口を開ける。ひな鳥よろしく、餌を催促している姿は普段と違いどこか愛嬌がった。

 ちくわを放り、咀嚼。次いで川神水を口元に持っていく。傾けられる盃を飲み干して足をバタバタ、と辛抱堪らんと言わんばかりに動かす。

 

 

「ん~ンフフ……あーしあわせぇ。あーん」

 

「そら、零すでないぞ?」

 

「ング、ゴク、分かってるよぉ」

 

 

 食べては膝に頬ずりをするその姿に、何となく頭を撫で欲しいのだという催促にみえて頭に手を伸ばす。行動は正解だったようで、蕩けた表情で気持ちよさそうに寝そべる弁慶。得も知れぬ色香を漂わせている。

 

 

「あたまを撫でて欲しいってぇ、よくわかっらな……」

 

「なんとなしに、な。それよりも呂律が回っておらぬぞ」

 

「らいじょーぶッ。それより、わたしへのおみやげって結局なんなんら?」

 

「あぁ、それはこれだよ」

 

「こ、これは……!」

 

「お気に召していただけたかな?」

 

 

 返事は既に無く、食い入るように見つめる弁慶。渡して見せたものは高い耐水性を自身の携帯。其処には旅行中に魔宵伽の隠密性を駆使して撮った義経の姿。

 これこそが弁慶に対する最大のお土産である。服装だけでも浴衣、水着と旅行色にあふれているそれはそれぞれ様々な場面で撮られており見ている弁慶もほっこり顔であることが写真がベストショットなのを物語る。

 なお、いかがわしい写真等はありませんので悪しからず。

 

 

「熱帯魚と戯れる主はかあいなぁ。あ、このアングルはイイ!」

 

「うむ、そこは撮れた中でも五指に入るな」

 

「見事な仕事っぷりだよ。いいおみやげだー。あ、頭撫でるのやめちゃだめだ」

 

「はいな、お姫様」

 

「うむ、苦しゅうない」

 

 

 盛り上がった。それはもう大いに盛り上がった。写真を肴に川神水を楽しみ1つ見ては湧き立ち、また川神水を飲んでの繰り返し。

 写真を全て見終わるまで続けられ、見終わった弁慶の顔はそれはそれは幸福至極と言わんばかり。筋金入りである。可愛かったのは事実だが。データは全て弁慶に進呈されたのは言うまでもないかもしれない。

 余談だが、彼女のお気に入りはネコザメに夢中になっている最中の義経らしい。

 

 

「あー、満足したぁー。ベン・ケーは感謝する!」

 

「然様か。満足いただけて何よりだっと、ツマミが切れたか」

 

「あたしのちくわー?」

 

「その疑問形は何なのかと。そら、追加だ。ちくわではないが」

 

「ちくわぁー……」

 

「や、1人で粗平らげておいて我がまま申すでない」

 

「ぶぅー、いいや、じゃあ変わりに飲ませえ貰うから」

 

「先程からと変わらぬが、な」

 

「つべこべ言わず、酌をしりょーッ」

 

「はいな」

 

「あたゃまをなーでーろー」

 

「はいな。然りとて私の手は二つしかあらぬからな? 増やせぬ以上は交互にしかできぬ」

 

「はやせーッ!」

 

「無茶苦茶だな!?」

 

 

 やいのやいのと騒いで宴もたけなわ。

 楽しい時間は流れて既に夜更け。散々に楽しんだ弁慶は今は膝の上で就寝中。抱きつくようにして眠っている為動くに動けない状態にある。

 

 

(それにしても、今日の弁慶はやけに甘えん坊であったな)

 

 

 眠る彼女の頭を撫でながら今日一日を振り返ってみて、弁慶の様子に変化を感じた。

 酒ならぬ川神水で飲む時は多々ある。普段は義経の面倒をみてる側であるためか、誰かに寄り掛かりたいというか甘えたいという欲求が彼女の中で生じるのだ。頭を撫でる行為はその最たるだろう。

 飲んでいるのは兎も角、帰って来た時に抱きついてきたり、らしくもなく学校で酔い潰れたり、今日の飲み会も普段からみせる行為は変わり映えしないが何処か接触を求める度合が強い様に見えた。

 

 

 しかし、やはり考えても理由はみつからない。強いてあげるなら主と離れて寂しかった、辺りだろうか。だが仮にそうならば主のところに

 視線を落とすと気持ちよさそうに眠る弁慶の姿。呑気だがどこか憎めない光景に溜息を零してタオルケットを掛け、離して貰えないので身動きが取れないので布団を引かずそのまま眠る事にした。

 

 

 ――――のだが。

 

 

「ん~……ぅ?」

 

「弁慶、起きたのか?」

 

 

 ムクリ、と膝から頭を上げ、上半身を起こした弁慶に話しかける。寝起きだからか投げかけた声には反応せず、ぼうっと周りを見渡す。視線は定まらないまま部屋を右往左往して最後はこちらへと向く。

 焦点が合わないままの視線。しかし何故だか穴が開く位に見つめられる。至近距離から川神水によって紅潮した弁慶の整った顔。普通ならば慌てたり、或いは興奮もするかもしれないだろうが自身の性分的に魅力的に見えても狼狽は無いのはやはり人間的に欠落している。なんて無駄な思考を頭から追い出す。

 

 

「弁慶?」

 

「…………」

 

「弁慶?」

 

「…………」

 

「ベン・ケー?」

 

「……ちがう」

 

 

 其処にはツッコムらしい。僅かなイントネーションの違いを汲み取ったのに苦笑するも反応はそれ以外にはない。

 美人といえる整った顔は相変わらず視線を動かす様子は無い。未だに呆けた様子の弁慶。だが、しばしの膠着は弁慶の手で破られる。

 

 

 徐に、言語化すればぬるっと手を伸ばしてこちらの首にまわしてきた。名前を呼ぶも反応せず、顔を真横まで近付けたかとそのまま体重を掛けて来た。それも思いっきり。飛びかかるようにしたのだろう。僅かに身体が後ろに傾くも身体操作は巧みに衝撃を逃して受け止める。身体に染みついた脊髄反射の為せる技だ。

 結果として、弁慶の行動はのしかかる様に身体をもたれており、傍から見たら押し倒されているように見えるだろう。まわした腕を引きよせ、真横にある頬が触れあう。寄せた頬をすり寄せて今日何度目か分からない鼻を鳴らした艶っぽい声。

 

 

「ん~ぅ……あぁ、いいなぁ、これ…」

 

「弁慶、今日の其方(そなた)は妙に甘えん坊だな?」

 

「うん、今日からこれは、私専用の布団だぁ」

 

「聞こえておらぬし……てか、誰が肉布団かと…」

 

「zzz……zzz……」

 

「寝てしもうたとな……」

 

 

 抱きついて押し倒した姿勢のまま眠りにつく弁慶。揺り起しても川神水の酔いが回っている以上は絶対翌朝まで起きやしない。眠るの大好きな彼女の睡眠は筋金入りだ。

 丁度真横にある彼女の顔は幸せそうに眠りを貪っている。その顔を見て諦観にも似た感情が湧き、このままで良いかと彼女の身体を引きはがすのも止めて眠ることにする。

 

 

「あ、タオルケット……」

 

 

 届きそうで届かない場所に弁慶に掛けたタオルケットがある。弁慶の足元にしか掛っていない。このままでは風邪を引くかもしれないので手を伸ばそうと身体を伸ばそうとするが、弁慶の身体がソレを許してくれない。どうにも動く事を許してくれそうにないので溜息をついて取るのをあきらめて今度こそ眠りにつくのだった。

 

 

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