川神院。
神奈川県川神市にある拳法寺は世界屈指の猛者が集う場所。地元は元よりワールドワイドで有名で、海外に於いては軍や政府の官職を中心に日本の最終兵器と名高い。
そんな道場で、武神の孫娘と最初に戦ってからはや2年と経った。
門下生と言うわけではないが、学校が終わった後は大抵此処に通い、母の仕事が休みの時は偶に親子揃ってお邪魔している。
此処で数えきれない程仕合と言うか模擬戦を繰り返し、今や修行僧達の間でちょっとした名物となっているらしい。
何やらまら時間が飛んだ気もするが気のせいだ。
初めて訪れて以降足繁く通ってなにをしているかといえば、先にも言った通り主に百代と仕合漬けの毎日であった。
無論遊びはしているが、彼女は今現在戦いの方が楽しいのか、隙あらば仕合をしている。
現在進行形で。
「せぇい!」
放たれるは正拳突き。
当たれば必殺であろうその一撃を手にした模擬刀で逸らす。
彼女の素質は、それはもう凄まじい。
成長してゆく様を表す熟語として日進月歩と言うモノがあるが、この言葉は当て嵌まってはいるし、当て嵌まって居ないとも言える、意味としてはこれが正しいが、文字としては相応しからずであろう。1日どころか1試合、四半日要らずで先を歩く。
戦いこそが何よりの鍛錬と思ってはいるが、テラチート(笑)な此方から見ても彼女の武芸の素質は正しく反則的(チート)と言える。
「今日こそかあぁつッ!」
「まだまだ」
目まぐるしい攻防は激しくも流麗であり、武の道を進むものとって羨望の念を禁じえぬ光景。
総代、師範代、修行僧が事を見守る。
再び付き出された拳に足して腕の外側に回り込む。対してモモは付き出した拳を体勢を捻り、裏拳で追撃。
振られる腕に手を添えて、勢いを利用して距離をあける。重心移動を駆使して瞬時に着地し、間を置かずに左手の得物を横に薙ぐ。
両者の距離は大凡10m。本来ならば拳や刀剣と言った近接武器が届く間合いではない。
しかし―――
「グアっ!」
―――届く術を此方は持ち合わせている
横向きに飛んでゆくモモ。
不可視の何かに殴られたかのように不自然な飛びをして、地面に横たわる。
「それまで!勝者、筱宮ノルン!」
合図に対して武器を収めて一礼。すぐさまモモの方に向かう。
小走りで駆け寄った所で、モモの眼がパチリと開く。刀剣や素手である以上例外なく昏倒するのが己の武術ではあるのだが、最近回復が早いってか早過ぎる。
ただ体内神経を掻き乱すだけではもうそろそろ気絶しなくなりそうだ。彼女の体内に秘めた氣が、強化時に巡って居るためにそれが気付け代わりになるようで。
しかし、それだけでは眼が覚めると言うわけではない。その仕組みは単純明快で、戦いを経て学習しているのだ。
大丈夫か、と問いかけに対して、あー、と言う返事の様で返事に成っていない呻きじみた声を上げる。
「また負けたー……なんでノルンの攻撃には殺気とかがないんだ」
「精神修養の賜物だ。明鏡止水の心というやつ」
むーと唸る自称美少女。
や、確かに見目麗しいが。
「それにモモの場合、氣に頼り過ぎなのだ。感覚を研ぎ澄まして見てみらば
モモが次に何を為すか具(つぶさ)に分かるというというもの。」
テレフォンパンチだ。
そういうと顔を顰める。恨みがましい眼でこちらを見ている。美少女と言っている顔が台無し以外のなにものでもない。
「じゃあ、最後の攻撃。あれはいったい何をしたんだ?
刀を振ったと思ったら頭に衝撃がきたぞ」
「あれは恐らく"遠当て"の応用じゃのう」
孫娘の問いに応えたのは祖父である武神その人。長い顎鬚をさすりながら片眼を瞑り語る姿は歳相応にも不相応にも見えた。
「とおあてって…ようは氣弾だろ?でもあれは…」
「いや、本来の遠当てとは攻撃の打点と力点、即ち攻撃する個所と攻撃する方向をズラすことじゃ。
さっきのノルンの攻撃は刀の打点と力点を"伸ばした"と言ったところかのう?」
「さすが鉄心殿。よもや初見で見抜かれようとは」
そう、闇夜剣壱之太刀『狐月』はその遠当ての技術の応用だ。現代風に言うならば古式遠当てと言うのか。
それを今初めて見せたと言うに、初見で見透かされてしまった。
老いてなお武神は衰えを知らずともいうのか。
っと言うか御歳お幾つになられるのだこの御仁。
(以前小耳に挟んだところ、若い時代が日清戦争中だと聞き及んだが…)
師範代達曰く、あったときから今の姿だとか。
「ほっほっほ。相変わらず歳不相応だのう、お主。時に、今の技は我流か?」
「はい」
「フム、成程。まぁ、ともあれ今日の稽古はこれまでじゃ。
後は元気に遊ぶがよいぞい」
「「ありがとうございました」」
一礼して各々シャワールームで体を清める。
熱いシャワーがとても心地よかった。
で、その後何をしているのかといえば―――
「なぁんでお前さんが此処にいるんだよ?」
「お邪魔しております。釈迦堂さん」
―――川神院師範代の1人である釈迦堂形部氏の部屋にお邪魔してます。
川神院の中でも彼は礼節より純粋に力を重視する人物であり、人相も相俟って正直川神院には馴染めているとは言い難い。
だが、不思議と彼の傍は居心地が良い。主に堅苦しくないところとか。
「ったく…人の部屋に勝手に入って勝手に漫画読みやがって」
「悪態付きながら尚、追い出だそうとはせぬ釈迦堂さんが、素敵です」
「言ってろ。全く…」
ブツブツ言いながらも横で漫画を読みだした。
こういう、自身を慕っているモノにはそれなりに割かし甘い所は魅力的である。
無論、友人というか、悪友的に。
「だいたい、なんで俺んとこなんだよ。百代のとことかあるだろ」
「や、女の子の部屋に無断で入るなど…そんな真似は出来ませぬな」
「俺の部屋ならいいのかよ」
「うむ」
「こいつ、いっぺん〆てやろうか」
と軽口を叩きながらまったりと読書に勤しむ。
外からは修行僧の鍛錬する声や音が聞こえ、飽きない程度のBGMにもなっている。
なんと心地良い事か。良き哉良き哉。
そうな風にまったり過ごしているところに修行僧達とは別の声を拾う。音の聞こえからして室内を回っているらしい。
「ノーールーーンーー!どーこーだぁー!」
「なんかお呼びの様だぜ?色男さん」
「……なんでしょうね?」
「って、いかねぇのか?」
「面倒ごとの予感がしますゆえ、モモが此処を当てられたその時には、応じる所存」
「おめぇの場合、そういってる段階で確実に詰んでるだろ?運がねぇもんな、お前」
「…そうとも言いますね」
「ここかーー!!」
バーン!という音が鳴る程襖が勢い良く開かれる。
目の前に立つのは声の持ち主川神百代。それなりに駆けまわったのか髪が乱れており、目は若干血走っている。
ハッキリ言って美少女?な状態である。
然もあらん。
「やっとみつけたぞノルン!いっつも気配を消して!おまけに逃げるし、見つけるのにどれだけ苦労してると…」
なにやら愚痴りだしてしまった。
「それよりモモ、なにぞ用事があったのでは?」
「あぁ、そうだった。ちょっと付き合え」
「付き合えと書いて、強制参加と読むのですねわかります」
「さぁ、ゆくぞ!」
「…いってきます」
「おう。行っちまえ、行っちまえ」
もうちょっとまったりしていたかった。ともあれ、話を聞いてみなければ進まない。
「それで、いったい何事か?」
「うん。なんだか、かくかくしかじかでボディーガードらしい」
「意味が分からぬ」
「とにかく、門まで行けば分かるから」
そう言って手を引く百代。
何かはわからないが、どうやら百代に頼み込んだ誰かがいる様だ。それも荒事系で。当たり前だが我々の力は破格すぎる。
強いが故においそれと力を振るう事を川神院では許してはいない。それは母とて同じ事であり、バレたら説教モノである。
面倒な。
よって、必然やり過ぎないように手綱を握らなければならない。何を為すにしてもバレないように手を回さねば。
手綱を―――
「はて、握れるのやら…」
「なんのことだ?」
「や、なんでも」
そうこう戯れ合ってる内に門前に到着。
目の前には同年代ぐらいの少年が立っていた。一目見て、彼が今回の騒動の種なのは窺える。
こちらを見て顔が困惑している。彼女は一体なんて彼に説明したのだろうか。
「あの…その人が?」
「おぉ!頼もしい助っ人で、わたしの相棒だ」
「初耳だ。何時に私達はコンビなど組んだか?」
「ツレないこと言うなよぉー…こんな美少女が言ってるのに。だいたい、普段から一緒なんだ。だから、相棒」
「そうだね。騒動を起こす度に後始末をせずに押し付ける相手を"相棒"と言ってよいならば、だけど」
「うぐっ…」
川神百代と言う人物の性格を一言で言うなら欲望に忠実だ。
好きなモノは好きと言うし、嘘や騙すなどの一般的に卑劣とされる行為を許さないし、気に入らない相手にもそういう態度を隠す事はしない。
故に敵を作り易く、といっても大抵実力で黙らせるのだが、中には上級生と言った年上を兄弟に持つ者は居る訳で。
ようは仕返しに来るのだ。
だが、こういう手合いは決まって放課後に来ると言う相場が決まっているのだが、大抵その場に言わせ0て、彼女が此方に押し付けてくるのだ。
「わたしの相手か?ならばまず、こっちの彼に勝ってからな?」
という具合に。
正直傍迷惑この上ない。そして何故かホントに此方に襲い掛かってくるのだから尚性質が悪いというモノ。面倒くさい。
話がズレてしまった。
「まぁ、そこは置いといて」
「置いとくなよ!」
「して、モモ…彼女に用心棒を頼んだ理由は?」
「美少女を無視とか…」
「……実は―――」
彼が此方に事情を説明してきた。
なんでも彼とその友人たちと、上級生達による抗争――といえば物々しいが、ようはケンカだ。
だが、上級生側が寄って集って彼らを一方的に多人数で嬲った様で、更に人質を取った挙句にリーダー格の友人が耳に穴まで空けられたらしい。今度逆らったら今以上の数で相手になってやると言う脅迫付き。
此処までされて黙ったままではいられない。しかし、同じ様に挑んでも前車の轍を踏む。ならば此方も誰かしら助っ人を呼ぼうと考えて、百代を選んだという流れらしい。
こちらの事も知ってはいたが、取り付く切っ掛けが見つからず、百代ならば野球のレアカードを欲しがっていると言う情報から、それ頼りに交渉して助力を頼む魂胆だったようだ。しかも、耳に穴を開けられたリーダー格の男の子が今日にももう一度挑むと言ってるそうで、状況は微妙かつ中々シビアらしい。
それにしても、この少年実に面白いというか面白くないというか。
この年で頭の回転が速い。加えて政治力とでも言うのだろうか、交渉の要をちゃんと心得ている。
だが可愛げに欠ける。
目の前の少年は一切情に訴える事をしないのだ。
いや、情には訴えているが打算が過ぎて信用できて信頼できずと言ったところか。恐らく親の教育の賜物なのか、えらくヒネている。
人の事が言えないなどと言う苦情は受け付けない。
何故なら見た目は子供、中身は老人をある意味地でいっているのだから。悪しからず。
「…おい」
事情を聞き終えた百代は気付けば顔が凄まじい事に。誰が見ても一目瞭然で怒っているのは明々白々。
怒髪天を衝くと言う奴だ。
「なん…ですか?」
「カードとか、べつにイラン」
「で、でも!」
「いいから、案内しろ…」
「え…?」
「彼女は、その上級生のところに案内してほしいそうだ」
「え、それって…」
「喜んで力を貸すと言うことだ」
「さすがノルン。わかってるじゃないか」
「いいん、ですか?」
「そう言っている」
「は、ハイ!」
少年は嬉しそうに返事をして案内を始めた。2人で後に付いてゆく。
「それはそうと、顔が凄いことになっておるぞー?」
「おっと、イカンイカン。折角の美少女の顔がもったいない」
「相手ではなく、味方が真っ先に怯えてしまうぞ?
それと、少年」
「えっと、わたしですか?」
「そう、初対面で悪いがまずひとつ。その敬語はやめておこうか。何ぞ気持ち悪い」
「きもちわるい!?」
「あ、それわたしも思った」
「まさかのダブル!?」
なかなか弄り甲斐がありそうな少年である。隣の彼女も同じ感想か、玩具を見つけた童の様な顔つきだ。
それはさておいて。
「あれこれモノ申すつもりはないから、簡単に言って、これから一緒に闘う仲間なのだから余所余所しいのは無しで願いたい」
「っ!」
驚愕に染められた顔。彼の心境を察するに青天の霹靂も斯くやといったところか。
「だな。そんな"かべ"みたいなの作ってるやつなんかは仲間にみれない」
「あぁ、わかった。これでいいか?」
「それがおまえの
「うむ。よい感じだ。それともうひとつ、これが一番肝心なのだが」
「?」
「自己紹介さ。私はノルン、しのみやノルン。川神小は2年1組」
「おっと。そういやわたしもだったな…あらためて、川神百代。3年2組の美少女だ」
「・・・おれの名前はやまと。直江大和だ」
後々に於いて、彼を始めとしたこの縁こそが自分達にとって掛け替えの無い存在となっていく訳だがそれを知る由はこの場には誰もいなかった。