朝も早くから剣を振るうのは彼女――源義経にとっては日課だ。
9月は1日。高校生である彼女にとって始業式当日であってもこれを欠かす事はない。一心不乱に刀を振るう度に着物の裾や後ろに束ねた髪が跳ねる。
どれだけの時間をそうして振るい続けたのか汗で輝く程に彼女の身体はしとどに濡れている。見ている者が居れば間違いなく見惚れるほどの立居振る舞いだった。
(かつてない程に、身体が、心が軽いッ)
義経は、一振り一振りに全霊を込めて太刀を担う。その心はとても清々しいもので満たされている。ここ最近は刀を振るうごとに感じる心だった。
切っ掛けは間違いなく旅行の時の経験に他ならない。
あの時の光景、あの時の彼の背中、あの時の言葉、そして目指したそれに一端とはいえ漸く触れられたことだ。
(とても……ともて心地が良い――)
太刀を振るう手を休める事無く、思いを馳せる義経。
当人にとっては一度は己の掲げた己の存在意義を見失い掛けた大事。そしてそれは図らずしも原因の一端である人物によって救われる形に帰結した。
尤も、当人には自覚は無い。自分の信念ともいうべき行動指針が乱れた事も。
刷り込みの様に他者から与えられたモノでは無く、義経自身から願いが生まれた事も。
武士道プランや英雄に対する憧憬ではない。間違いなくあの時、あの瞬間、誰でも無い彼女自身が生んだ願いこそが今の義経を占める活力の源である。
その自覚は当人にはない。ないが
(もっと――もっと早く高みへ……彼を守れるようにッ!)
少なくとも彼女にとって"困っている誰か"よりも"彼"の方が優先されていた。無意識に。
無論"困っている誰か"の事を他所においている訳ではない。
そも彼女を心機一転させたのは"彼"が受け売りとはいえ言った「誰かを助けたいという思いは間違いではない」という一言に他ならない。
尤も守りたいと義経が意識を向ける彼は基本的にまだ守られる側にはいない。というかどうしても想像がつかないというのが正直なところである。
だからこそ義経は剣を振るう。
"誰か"の為に。"彼"の為に。
其処が、其処こそが源義経の求めるところなのだから。
肩を前に向ける様に身体を横向きに、刀を身体の向きに沿う様に水平に構えて前を睨む。視線の先には何もない。しかし義経には見えている。目指すべき高みが、彼の姿が。
精神を研ぎ澄まし、何処までも薄く、鋭くを意識して。内包する氣がそれに呼応して体内で高密度に巡る。
決して外には漏れる事は無く内へと巡るその形は彼女が到ったこの世界における新たな氣の使い方。この世界において氣は基本的に内から外へと放出されるのを好む傾向にあるが、それとは別角度の極みだろう。
派手さはないが堅実で身体の操作や技の発動に必要な溜めの時間などをある程度簡易、短縮される。制御が担い手の精神力に作用されるが使いこなせれば武神クラスに引けを取らない領域にまで上げられるのだ。
(まずはこの一太刀を更に磨きあげるッ……それが高みへ上る第一歩だッ)
義経にだけ見える仮想の彼はやはり悠然と得物を手に携えてこちらを見ている。
一件にして無防備。しかし、抜いている以上は苛烈極まりなくエグイ攻勢を繰り広げる事はよく把握している。
悠々――――彼の佇まいはこの言葉がしっくりくるが、それが蜘蛛の巣よろしく悪辣なのかを彼女は知っている。
ジリ、と僅かに腰を落とす事で生じた足の摩擦。幻想に向けて刃を振らんと腕を伸ばした。
幻想の顔は何時も見せている薄く笑う顔。その顔を見ていると
――――私は義経が愛おしゅうてならぬ。
何故かあの日の思い出が克明に蘇った。
「ッッッーーーーーー!!!!」
文字通り瞬間的に朱に染まる義経の顔。ブンブンと頭を振るい、釣られて束ねられたポニーテールが顔を打つが気にならない。顔の熱も一向に引く様子はない。むしろ鮮明さが増すばかりで、比例して顔も火照っていくような錯覚すらする。
見た目は線は細いながらも抱きしめられた時に感じたたくましさや、耳元で囁かれた時に背筋に奔った何ともいえない感覚。
正直に言えば、あの時の義経は間違いなく喜悦で満たされていた。
(あ、あ、あ、あ、ああいうのをこ、こここ告白、というのだろうか!? し、しかしよ、翌朝は普通にしていた筈だッ。お陰で義経もふ、ふふ普通でいれた訳だし……)
しかし幸か不幸か。圏境を会得し、感が研ぎ澄まされている義経には彼が向ける眼差しに何処か以前とは違うモノが含まれているのを敏感に感じ取っている。慈愛にも似た眼差しで、何故だかそれが無性に嬉しくてしょうがない。
「――て、違う違う! いや、違わなくはないのだがッ!」
これでは駄目だと思考を切り替え、得物である薄緑を構える。仮想として浮かべた相手はしつこいようだが変わらず其処にある。何せ当人のイメージに過ぎないのだから。
今は余計な事は控えよう、と心に定めて仮想を見据える。仮想の彼は心なしか先程よりも優しく笑みを浮かべており笑みというよりは微笑みに近い。
(あぁ、そうだ。こんな感じにノルン君は義経見て――――)
絶句――――戻した筈の思考はあろうことか直ぐ様に外れてしまう。満面の朱が更に赤みを増して義経を沸騰させる。
実のところ旅行に帰って来てからの鍛錬はずっとこんな調子だ。ある程度峠を越えないとこうして思い浮かべては顔を赤らめの繰り返し。
分かってはいても止められない。義経の意思に反して顔が火照る。どうしてもあの日の抱きしめられた時の感触が抜けない。抜けないが故に喜悦に満たされ、喜悦が更に心を乱す。
(あうぅぅ……直に会っても問題はないのだが……)
その感想通り、ノルンと直にあっても此処まで心を乱す事はない。それは彼自身から発せられる雰囲気がそうさせるのだ。尤も現実に同じ目で見られた時の彼女の中の幸福感は半端なモノでは無いが。
こうも乱されるのは鍛錬の時だけだ。
義経はまだまだ未熟だ、と独りごちて腰に差しているもう一振りの刀を手に取りそれを見つめる。
誕生日と歓迎会を兼ねた宴の帰りにノルンから貰った
矛盾した話だが心を乱すのも彼ならば心を落ち着かせるのも彼に縁ある類のものだった。短刀を見つめて改めて彼の遠さをこれで確認し、心を落ち着ける事で鍛錬に臨んでいた。
今日もまた同じくスゥ、と心が静かに張り詰めていくのが義経には分かる。
よしっ、と気合一発。改めて鍛錬の続きを、と今剣を戻して薄緑を構え、いざ斬らんと一歩を踏み出し
「短刀を見て笑みを浮かべるは、些か危ない趣味の人にも見えるな」
苦笑交じりの声音に出鼻をくじかれる結果になった。
飛び跳ねる義経の身体。悲鳴を上げなかったのは奇跡に近い。弾かれるように視線を声の方に移すと「呵々、驚かせてすまなんだ」と手で詫びのポーズをしながら謝るノルンの姿。
ドキドキと彼女の心臓が跳ねるのは驚いているだけではないだろう。
「おはよう、義経」
「お、おはようノルン君。相変わらず早いな」
「そういう義経こそ始業式の当日に鍛錬か?」
「ノルン君だって同じだろう」
「呵々、違い無し」
お互いが見慣れた格好だ。特にノルンの方は黒い狩衣と平安チックなファッションは彼の戦装束である。その意味するところは相応の戦いがあったか鍛錬に打ち込んでいる時のみ。そして今回は間違いなく後者である。
ノルンはふむ、と何か思い悩むような気配を僅かに見せ、徐に得物を抜く。同時に希薄になっていく気配に義経は一気に警戒を強める。
その様子に満足そうに首肯してノルンは言った。
「どれ、刻限までまだ猶予はある。ひとつ打ち合わぬか?」
時間に余裕があれば何時も掛けてくる何気ない言葉。慣れた筈のソレにすら今の義経にはこの上無い幸福感と充足感を齎してくれた。
「あぁ、受けて立つッ!」
「ぐわあぁぁぁーーーーーーッ!地獄を見たのは俺だったあーーー!」
奇声と共に何かが上空を目にも留まらない速さで掛けて抜けていく。
声から察するまでもなくそれは人間だ。人間がお星様になった――――なんて言えば聞こえはいいが、ようは何かしらの要因で人が天高く舞ったという事に他ならない。ホラーである。
8月を抜けて9月の初日。
まだまだ夏の気配の濃い川神市だが、誰ひとりとしてこの怪奇現象には驚く事はない。無論それは多馬大橋、別名変態橋の異名のここを通っていた武士道プランの面々と関係者にもそれは最早慣れた光景だというのだから更にホラーである。
「さっすがモモ先輩! 秒殺には定評があるぜ!」
「キャー! ステキですぅ、ももせんぱーい!」
そんな中でソレを為した相手に感性を送れるのは凄まじいと思うのは間違っていない。しかし誰も当たり前として受け入れている辺り、これを行ったモノの人気のほどが窺える。
まぁ、為したのはぶっちゃけ武神こと川神百代な訳だが。
「全く、相も変わらずというか……」
「いやー、ノルンの幼馴染さんは今日も変わらず凄いねぇ。グビ、グビ」
「本当に、義経はあの強さに敬服する」
義経と弁慶の言葉には大いに同意する。言葉には出さないものの清楚もまた同じなのか苦笑を隠す様子はない。それでも驚かない辺り大概だ。与一は言わずもなが後ろの方で黄昏ているのでスルー。
橋の下へと視線を向けるとモモの姿。威風堂々、というのも変だが全身から自信に充ち溢れるあの姿が人を魅入らせているのだろう。
しかし、彼女を姿を眼にしておや、と疑問が湧く。
(妙に機嫌が良い?)
川神百代は対戦者を選り好みをする。
それは武神から執着を向けられる者として存在する認識である。彼女でなくてもあれ程分を弁えられない相手は誰であっても辟易するというのはこの際無視。
遠目から見るモモの顔は喜色一辺だ。対戦相手でないのは明白だがそれだけでは説明が付かない。昨日は終ぞこちらに対してのみだが不満気だったのだからあの表情はそれ以上の何かがあった証拠だ。
「どうかしたの?」
「なんだか困惑そうだ」
勘の鋭い義経と清楚のふたりの言葉に首肯で応える。
彼女から滲み出る喜びにも似た感情の原因が分からない、と。あぁ、と頷くふたり。感の鋭さ、確かな慧眼をもつ彼女達にもそれは察せていたらしい。
「確かにとても喜んでいるように義経にも見える」
「何か、あったんだよね? モモちゃん凄く機嫌が良さそうだもん」
「皆目見当はつかぬがな。――――む、あれは」
圏境の間合いに入って来た気配を頼りに眼を向けてみるとこちらへと向かってくるファミリーの集団が見えた。時間に余裕もあるので共に行こうと4人に許可を取り待つ。
やがて近付いてきた一団にはモモの姿も当然あった。
瞬時に圏境から伝わる気配を察知。拍子を合わせて縮地を使い丁度、人ふたり分の距離を退った。
瞬間、目の前に現れる武神その人。
「――――うおっとと!?」
両腕で自分を抱きしめる不自然な体勢でよろける。腕の動きからしてこちらの姿を発見し、後ろから抱きつくという腹積もりだったようだ。ふいにした訳だけども。
むー、と頬を膨らませ、先程とは変って不満そうにしているモモ。「よけるなよー」とブー垂れるのに「突然抱きつこうとするでない」と軽口で返した。
「んだよー、美少女の抱擁を袖にするとかお前本当に男かー?」
「男だとも。女に見えるか?」
「見えるな」
「――――あぁ、そうであったな」
完全に自爆である。健気にも励ます義経と清楚に礼を、茶化す弁慶にジト目を返す。どこ吹く風だった。
迂闊であった、と頭を抱えていると丁度ファミリーの面々も合流してきて挨拶を交す。
「キャップの姿が未だ見えぬが……」
「まぁ、ひょっとしなくても間に合わなかったね……」
「海外だから時差を考えて無かったのかも」
マチュピチュは南米にある上に観光地としては有名でも交通セクションはお世辞にも良いとは言い難い。普段語り聞かせてくれる冒険譚など諸々も含めるとこの結果もやはり、と思ってしまうのも我らがリーダーのクオリティか。
「清楚先輩。今日も素敵に清楚ですね! どうです、今度俺様と七浜までデートしませんか!?」
「眼が血走ってて怖いぞ」
「あははッ。今日も元気だね。お互いもう少し分かりあったら考えるよ」
「おおお!? これは、脈ありか!?」
興奮して鼻息を荒くするガクト。クリスの言うとおり眼が血走っていてどうにも変態的だ。しかし何より清楚の言葉。
「や、記憶が正しければ清楚の台詞は何時ぞやと同じでは?」
「あれ、そうだっけ?」
「記憶に残っていないし……哀れだねぇガクト」
「しかも清楚ちゃん。何気に考えるであって脈もへったくれもないよなぁ」
「皆まで申すな、モモ」
男一匹が吠える。切ない様な言葉だが、血涙でそれもある意味台無しである。色々と残念な人物とつくづく実感する。自業自得だが。
「放っておいてもいいのだろうか」とこんな時も気遣う義経に、「大丈夫大丈夫、何時もの事みたいだし」と何故か付き合いの浅い弁慶にまであしらわれている辺り、本当に残念な男だ。
「大和、付き合って」
「お友達で。さり気なくなかったが今の流れでよく仕掛けてきたな?」
「京さんのめげないところは見習いたいです」
「友達100人の道のりは修羅道を行くが如しだぜ」
和気藹々の空気で通学路を歩く。橋もそろそろ終わりを迎えるという所で、モモがご機嫌な理由を尋ねてみた。
尋ねられたモモは待ってましたと言わんばかりにニイィ、と笑みを深め、しかし直ぐには理由を話さない。焦らし続ける彼女の仕種に周りは困惑気味である。
「何だと言うのだ、一体」
「姉さん、朝からこんな調子だったんだよね。理由尋ねても答えてくれないし」
「朝からこんな感じだったわ。理由を聞いても答えてくれないのよ」
「ふっふっふ、聞いちゃうか。私の機嫌が良い理由をお前が聞くか、ノルン」
「あぁ、聞くとも。もの珍しい
「それはだなぁ……」
はや全員が――与一も遠間からも一応――モモに耳を傾けている。その様子が喜びに拍車を掛けるのか笑みを深める。しかし生来の気質的に川神百代は我慢強い方では無い。辛抱堪らんと語り出す。
しかし"語る"と言うのには些か語弊があった。何せ蓋を開けてみればたったの一言。だがその一言は告げられたこちらにとっては凄まじく大きな衝撃だった。
――――おめでとうノルン、正式にお前も私と同じ武道四天王の一員になったぞ。
一瞬の余白。
理解と同時に溢れる驚嘆の叫び。次いで漏れたのは称賛の言葉だ。
武道四天王の称号は日本国内に於ける武道の達人の中でも選りすぐりの4人を指す称号である。それはかつて姉の揚羽が一柱を務めたものでもあり、武道家にとっては間違いなく名誉ある称号に他ならない。
「ふふふ、漸くノルンが正当に評価されたんだ。私と同じ場所に立ったんだ……これ以上に喜ばしい事はないッ」
「おめでとうノルン!」
「凄いな、ノルン君! ――――ノルン君?」
口々に贈られてくる称賛の数々。本来ならば喜んで然るべきだろう。
しかし、向けられた相手の表情にいち早く気付いたのはやはり義経。次いで清楚、モモ、弁慶、大和だった。
喜んでいる顔では無い。表情は無く、眼を見開いた顔は強いて言うならば驚愕が正しいだろうか。
同時に義経は其処に喜びが一切入っていないのにも気付いてしまう。だから問うた。嬉しくないのか、と。
投げかけられた問いに答える事は無く、おずおずと口を開く。確認するように、発した言葉は予想の斜め上を行っていた。
――――その発表は何時からだ。
問いの意味をモモは理解しかねた。しかし何気ない質問ではあったので容易く答える。
曰く、昨夜家に帰りついた時に祖父である川神鉄心より聞かされて、今日の午前0時から正式なモノとして打診してある、と。
言葉を聞いた反応は、溜息だった。仕様がない、と言わんばかりに疲労を匂わせる溜息。益々理解できないのはファミリーも武士道プランの面々も同じ事。
「どうしたの? 嬉しくないみたいだね……」
「…………光栄ではあるよ清楚。姉上と同じ称号だ、九鬼としてはこの上無く誇らしい」
「そうは見えないぞー、相棒」
「私の運の無さは、ここにおる者達の内まゆっちとクリス以外は委細心得ておるな?」
更に意味不明な問いだったが、クリスとまゆっち以外は頷く。というのも、彼の周りはトラブルが吸い寄せられる様に発生するのを知っているから。
出掛けてる最中にひったくりに会うのは最早日常の一部。銀行やコンビニの強盗、果てはヒドイ時には真昼間に頭に"や"の付く自由業な人達の抗争に巻き込まれた事が旧ファミリーの面々にはあった。
しかし、質問の意図は理解できない。このタイミングで話す以上は無関係ではないのは付き合いの長さ的に殆どの者が察している。しかしその意味まで把握できる者は皆無だった。
「で、何が言いたいのさ兄弟?」
「まぁ、なんだ……如何に九鬼の基で運気が多少上がったとはいえどこの身のリアルラックは基本的に低い」
「うん、昨日のゲームは良い例だよね」
「四天王の称号ともなれば挑戦者などは当然おろう?」
「そりゃあ……ねぇ」
「ま、私は別格だが当然出てくるだろう。……それがどうかしたのか?」
「詰まる所、何が申したいかといえば――――」
手を素早く頭の横、こめかみ付近にまで持っていき、探知に引っ掛かったソレを無造作に掴み取る。
間をおかず響く轟音。空気を貫くかのような木霊は銃声、それも対物理ライフルの類だと経験に基づく分析が告げていた。
驚く周囲を他所に、視線を弾が飛んできた方向へと向ける。其処には何時の間にか存在していた男達。計8人の男共は思い思いに武器を携えている姿はどう見ても堅気では無い。
横目で睨みつけながら閉じた手を開いて中の熱く、冷たい鉛を地に落とす。実力者達は直ぐ様警戒を強めて構える中、静かに睨みつけたままだ。
「モモとは異なり、私の場合は斯様な手合いが多いのだということだ」
「よくぞ受け止めたな。流石は武神に勝利しただけはある」
「バレットM82――――他人の頭目掛けてアンチ・マテリアル・ライフル……それもこんな極近で放つなど……常人ならば掠った瞬間に首から上が吹き飛んでおるぞ」
「ふん、それがどうした。何れ世界を制する我等の礎となれるのだ、光栄だろう」
「そう! 我等はダークコンドル。西暦2222年に世界を征服する組織だッ」
「―――は?」
何を言っているのか理解できなかった。否、理解を拒んだと言った方がいい。
発言自体にツッコミ所が大いにあり、尚且つそれをあろうことか真顔で言い放ったのだ。つい思考が停止に陥っても不思議ではない。
周りでは「オイ、なんかスゲェ痛いこと言ってんぞ」「こんな歳になってまで中二病とは……ご愁傷さまだね」「古傷がイタイッ……」「悶えている大和カワイイよ大和」「チッ、組織の連中め……白昼堂々とやってくれるな」「ヤ、ヤメローッ、これ以上傷を抉るなぁッ!?」「あぁ、もう可愛い過ぎて我慢なんか出来ないんだッ! やーまとーッ!」「ストップだ京、それこそ白昼で衆人環視の中はヤヴァイだろ」「愛があればノープロブレムッ。そんな変態趣向もバッチコーイ!」「もってねぇーよ」「いい具合に暴走してるぜ京さん」
カオスである。
僅かな会話でこの事態。誰がどう収拾するというのだろうか。そして尚も気付かない2222年に世界を征服する組織(笑)ダークコンドルとやらのメンバーは高らかになにかを語っているが正直なところ耳に入れたくもない。
こんな事に脳の記憶容量を僅かにでも消費されるなどまっぴらである。
「――――という訳で、資金の収集と組織の名を今の内に売る為に九鬼の一族であり武道四天王たる九鬼ノルン、貴様を討つ――って聞けよ人の話をッ!!」
「あ? あ、あぁ……ご高閲は仕舞いか?」
「うわー、容赦ないねノルン。気持ちは分かるけどさ……ゴクッ」
「そういう弁慶も川神水を飲みながらの台詞、なかなかどうしてタメを張れるぞ?」
「こ、の、馬鹿にして! 手加減はせぬぞ」
「応ッ! 我等の力を思い知れ」
「いや、端からノルンを倒すんだから手抜きはできないでしょ」
「義経もそう思う」
「やかましいッ!!」
言葉と共に銃口をこちらへと合わせ、引き金に掛った指が鉛玉を打ち出す為に引き絞られる。軽口を叩きながらもこちらを守らんとする義経。そして主を守らんとする弁慶の行動に不意に場違いな温かみを覚える。
心地良いモノだが、この程度で煩わせてしまうのは最早心苦しい以外の感想が湧かないのも事実。端的に言ってしまえば"もっと相応しい場面あっただろう?"
しかし、それも今は瞬間に意識の彼方に追いやる。曲りなりにも銃――それも撃たせれば友らに危害の及ぶ危険だ。断じて見逃せるはずがなく、そしてこんな時でも瞬時に思考と精神を切り替えられる己の性分は何処までも便利だった。
音と共に空を突くように連続して奔る鉛玉。円錐形のそれは触れれば容易く他者の身体を傷付けられるものだ。
持ち前の動体視力故に見える弾の軌道。ばら撒かれるそれらは間違いなく周りにまで被害を齎すと心眼は見抜く。
弾がこちらに触れるか触れないかまで接近してくる。
――――目の前で一度に両断される弾丸と銃器。
寸分違わず倒れ伏す世界征服を果たす組織(笑)のメンバー。
「――――うむ、上々な結果だな。意識1つでここまで変わるとは私自身思いもよらなんだ」
「な――――」
「か、身体が……手足が動かせねぇ……」
「こ、このヤロ……」
「何をしやがった!?」
状況が飲み込めず、動かせない四肢を動かそうとしている結果、エビみたく飛び跳ねる男達。
その様相に僅かな気持ち悪さを覚えながら「四肢に伝播する神経の流れを掻き乱し、動きを断ち切ったに過ぎぬ」と返す。
しかし、一見して何も持っていなかったどうやってそれを為したのかが気になったのだろう。モモと義経がその方法を尋ねてくる。
「佚之太刀だ」
「佚之太刀!? だがノルン君は得物を携えていないぞ?」
「うむ、これについては義経に礼を言わねばならぬな。ありがとう、義経」
「ど、どう致しまして?」
「いやいや、微妙に会話が繋がってないぞノルン」
自己完結な流れなので当然だ。しかし同時に事実であり、本心だ。
今為した佚之太刀は蔵を鞘に見立てて出す→斬る→直すという一連の動作を省いた技。ついこの間、沖縄旅行の際に出来上がった技。
義経に対する礼はやはりこの身に大きな敗北を与えてくれた事だろう。あれが最たる切っ掛けなのだから。あそこまで真摯に、愚直に挑まれ、戦った末での敗北、そして其処から得た教訓は新たな境地への道を切り開いてくれたのだから。
「私も相当だが、お前も大概だな」
「言葉とは裏腹に獰猛な笑みだな相棒」
「ハハッ、倒し甲斐があるからなぁ」
「……道は遠いな」
「私も義経の思いに恥じぬ様に努めたいから、な」
「…………うんッ、義経も甲斐がある!」
「むむむっ」
モモと清楚からの視線が強まるが気にしていられない。無言で男達の方に歩みを進める。何をするのかと喚く男達を無視して身体をまさぐっていく。何処かにあるべきものを探して。
しかしあらまし装備絵を外しても見当たらない――――分かってはいた事だが。心眼による本質を見抜く能力は便利だが、こういう時にも容赦なく純然な事実を伝えてくる。致し方無しと衣服を順次剥いていった。
「ちょ、おまっ」
「な、何してるのノルン君!?」
「や、やっぱりそういう趣味が!! これは熱いッ、熱いんだッ!」
「否だ、京。……どうあっても私をそういう方向に持っていきたいのか? それはそうと不思議に思わなんだか?」
「何が!? 今現在お前が服を脱がしてる以上に不思議な事はないと思うが」
「…………銃を撃たれるまで姉さんやまゆっち達がこいつらに気付かなかった事、か?」
大和の言葉に顔を向けてニヤリ、と口角を上げる。あ、と指摘に気付く面々。
人としての強さの壁を超えた者達はその大半は視線になどに含まれる攻撃の意思に敏感だ。不穏な空気があれば間違いなく気付く……筈なのだが今回に於いてはその限りでは無く、撃たれるその瞬間まで察知出来ていなかった。
「然りだ大和。モモやまゆっち、義経や清楚、弁慶、与一といった武力として際立つ
「でも現に起きている事だ。とすれば、それは――――」
「うむ、義経の推察通り原因が他にある訳だ。そして私にはその心当たりがあるのだが――――」
「
「然様な名前なのかは知らぬが。十中八九、な」
「アレとはなんだ与一?」
「一年前にこいつが誘拐されかかった時の話に出て来ただろうが。俺達に気配を悟らせない
(言語として間違うておらぬのに、妙に痛々しいとはこれ如何に……)
「あぁ……ゴクっ、あったねぇ、そういう話も」
既に男達の衣服はインナー、分かり易く言えば下着のみ。淀みなくそれを剥く。騒ぐ外野は当然スルー。
シャツを捲ると見えてくる男の筋肉質な肌。しかしそんなものを見て感心したり、眺める趣味は持ち合わせておらず、そも服越しでも身体の鍛え具合は察せるのだから。
淀みなくめくったシャツの裏側を見ると裏地に刺繍された梵字と漢字で構成された掌大の長方形の紙。ビリっ、と勢いよく剥いだ。他も同様に回収する。
(やはり、先のとも変わらずどれもこれもが同じ力の気配……最低限札を作ったはひとりのみ、か)
「それが与一君が言っていた……えっと、なんだっけ?」
「インビジブル、か? 名前までは知らぬが、まさしくこれが清楚達が気付けなんだカラクリだよ」
「ふーん」或いは「へぇー」ともの珍しそうに見つめる周りを他所に回収した8枚の札を束ねてビリーッ、と勢いよく破り捨てる。「オイオイ」とか「勿体ない」なんて声も封殺する。勿体ないとか何に使う気だったのか武神やマッスルガイには小一時間問い詰めた方がいいかもしれない。京は皆まで、という奴である。
細切れになったそれを掌に乗せて極々初歩的な火の魔術を起こす。青い炎が紙きれを灰燼に変えた。
あーあ、なんて一部から至極残念そうな声が聞こえるが無視。割かし本気で残念がっていることなど気にしない。
事態を静観し、何があっても良い様に近くで待機していた桐山に声を掛ける。
「桐山、すまぬがこの者らの処理を頼むぞ」
「お任せ下さい」
優雅に一礼をしてテキパキと手際よく男達をふんじばって撤収していった。
漸くに終わった、と所要時間3分もなかった筈なのに疲労感がとんでもない状況だがそれでも学校は行かねばならない。
「どっと疲れた……割と本気で」
「お疲れ様ノルン君」
「いや、ホントによく分からない人達だったわねー」
「あぁ。言っている事がイマイチ理解出来なかったしな」
「ていうか、そろそろ行かないと遅刻しちゃうよ」
「そうだな、行くとしようぜ」
銃相手にも怯えが一人も見られないのはある意味凄まじい光景だ、と湧いた変な感心を頭の隅に追いやり、皆と一緒に学校へと歩を進める。
しかしそれは、急速に接近した気配に止められた。気取られないように気配を限りなく押し殺しているその人物の気配も圏境は容易く捉え、そしてそれが馴染みある者であると伝えてくる。
「
「突然どうしたんだノルン?」
「相変わらずお見事ですノルン様」
一部を除いて殆どがこの老執事の突然の登場に驚く。クラウディオは優雅ににこやかに、気品ある立ち振る舞いを崩さず驚かせたことへの非礼を詫びる。そして再びこちらへと向き直る。
「揚羽様よりノルン様への急ぎの用向きを承っております」
「姉上から?」
「はい。至急我が元へ来られたし、との事です」
「揚羽さんから……それもこの時間帯に?」
「でも、始業式始まっちゃうよ?」
武道に秀でて、また軍需鉄鋼部門を統括しており、手の届く範囲で産業、経済共に辣腕を振るう姉からの至急なんて尋常ではない。それは周りが思っている以上に緊急事態なのが窺えた。
しかし、とも思う。何事なのかと。
思考を高速で巡らせ、彼女の今日の予定や何某かの事態にヘルプを求めたのが兄ではなくこちらという点。電話による直接的なモノでは無くクラウディオを用いた点。色々と踏まえて思考しているとひとつの事が浮かんだ。
(よしんば予想通りならば、この対応も頷けるか)
「心得た、今直ぐ参ろう。武士道プランの面々の方は頼んだぞ」
「かしこまりました。お任せ下さい」
「いっちゃうのかー……ま、仕事だからしょうがないか。帰ってきたら飲み会だからな」
「はいな。承知したよ」
「いってらっしゃい、ノルン君」
「いってきます」
みんなに見送られながら姉の待つ所まで縮地で向かうのだった。