気まぐれ神様の物語 真剣恋Ver.   作:ジーザスルージュ

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58話

 結局のところ、諸々の打ち合わせありきで九鬼ノルンが始業式の日に学校へ行く事は叶わなかった。

 明くる翌日。

 遅れて教室に入ると既に義経達他、馴染のSクラスの面々は既に教室にいた。こちらに気付いておはようという挨拶に応えて着席。と、同時に背後から圧し掛かって来た小雪。

 

 

「ウェーイ、昨日は何処行ってたの?」

 

「や、急な仕事が入って、な。姉上からの呼び出しともなれば出張らざるを終えぬ」

 

「ふーん」

 

「聞いてきた割には興味無さ気であるなぁユキは」

 

「折角会えると思ったのに会えなかったからねー。ちょっと寂しかっただけなのだ」

 

 

 負ぶさった状態でユキは頭を頬が合わさる位にまで寄せてくる。しかし慌てる事はない。それはとうに慣れた光景なのだから。頭を顔の横でブー垂れてふくれっ面の白い少女の頭を撫でる。当人もちょっと、と言っていた様に頭を少し撫でているとご機嫌になっていく。ご機嫌過ぎてマシュマロを口に入れらた。有難く頂く。

 微笑ましい光景に冬馬が「羨ましいですね」と言ってくるがどちらに対してなのかは聞かない方が良い。

 

 

「そういやさ、ノルンって九鬼だと何してんの? 英雄の話だと工学系って言ってたけど」

 

「言われてみれば、私達も知らないな」

 

「ノルン君は仕事の話を殆ど持ち込まないし、義経達も話題にしなかったからだろう」

 

「その質問には我が答えよう。ノルンは九鬼に於ける電子、機械系の技術開発を一挙に担っておるのだッ! 我が弟が開発に加わって以降、九鬼の技術は50年、いやひょっとすれば100年近くは進んだと言っても過言ではない!」

 

「兄上、100年は流石に大げさかと」

 

「50年の方は否定しないんだな。具体的に例えば?」

 

「フハハハハ、聞きたいか? 我が弟はなんと超小型の核――――」

 

「兄上?」

 

 

 凄まじく不穏な流れを口を挟んで変える。確実に今口走ろうとした事は、出すとゴシップなんて目ではないものだった。

 止められてうっかり滑りそうだったのに気付いて「いかん、いかん。これは機密であった」と九鬼特有の高笑いと謝罪で強引に場をしのぐ。兄にとって弟の功績とも言うべき点は誇らしいものであり、ついつい熱く語るのだろう。兄弟誰の功績でもこの兄はこうして評価するのだから。

 

「かく?」

 

「おいそれと口には出来ぬ故、すまぬな。そうだな、大まかにはSF染みたものを作っておると考えて欲しい」

 

「SFねぇ……確か宇宙開発が主だって言ってたな」

 

「よく覚えておったな与一。うむ、専らそういう方向と思うてくれて構わぬよ」

 

「やっぱり序列とかあんの?」

 

 

 当然といえば当然の疑問にも是と答える。

 基本的には社員からしたら上にある身分だ。しかし身内の間となると兄弟間では頭一つ立場は低い。尤も業務努力を怠らない限りは接し方などは緩いもの。

 事実、人前で気を配るのは周囲に甘く見られないようにと務める妹と未だ態度の固い母位で上の姉兄は割とフランクである。父親は最たるである事は言うまでもない。緊急以外は基本的に緩いのだ。スケジュールの過密具合であの態度には恐れ入るけれども。

 

 

「職場の立場的には姉上、兄上、紋よりもひとつ下となっておる。尤も兄上達ほど殺人的なスケジュールではあらぬが、な」

 

「へぇー、ノルン下なんだー」

 

「紋様の下とか……うらやまC」

 

「おやおや、本気で悔しがってますね準」

 

 

 血涙を流すなとハゲに言いたいのは誰しもがであった。冬馬とユキを除けば、だが。何時もの事と全員視線をそらす事で対応。慣れ過ぎである。

 

 

「フハハハ、普段明け透けな割に意外と我が弟はそう言う所を気遣う。我ら兄弟共に九鬼に貢献しておるのだ、引け目は無用ぞ! その分ノルンには武士道プランの面倒やら紋の事も気に掛けておるしな」

 

「そうだね、私達も大いに助かってる」

 

「どうせ川神水がらみでだろうに……あぁいや、何でもない」

 

「どちらも私が望み、立場を利用した上での行動故ですが」

 

「それでも義経は大いに助かっている。改めてありがとう、ノルン君」

 

「僕も今くらいがいいよー。お仕事お仕事だと一緒に居られないもん」

 

 

 義経とユキの言にほっこりして、ありがとう、と礼を言う。こうまで慕ってくれる事はとても喜ばしく思うのは人情というモノだ。ユキにはマシュマロを取り出して渡し、義経には近くに居たので頭を撫でる。突然の行動へのリアクションは対照的で喜んで食べる側と顔を沸騰させてあたふたする側である。

 そしてそんな義経をこれ見よがしと弁慶も加わる。更に赤くなる義経。ソレを見て弁慶が興奮するのちょっとしたループ状態。

 和んでいると冬馬が興味深そうに語りかけてきた。

 

 

「呵々、愛らしいな義経は」

 

「本当に。それはそうと、ノルン君は頭を撫でるのが得意なそうで」

 

「さて、受けはよいものと自負するが……如何(いかが)したか?」

 

「いえいえ、興味がわきましてね。どうでしょう、ひとつ私の頭も撫でては貰えませんか?」

 

「ふむ、まぁ否はあらぬよ」

 

 

 「ではお願いします」と頭を差し出す冬馬の頭部に手を乗せて何時もの様に頭を撫でる。主に女子を中心に湧き立つ教室。きっと京の同類だろうと極力無視。

 やがて冬馬は眼を細めて感触を味わう様に溜息をひとつ。更に湧き立つ教室。耳障りだ。自業自得だが。ついでにユキも「ぼくもー!」と騒いでしまい、後でとなんとか言いくるめた。

 

 

 湧き立つ教室とは裏腹に心眼が、念動力が目の前の青年の心の一端を伝えてくる。潔癖からくる親に対する確執。そしてそれを拒めなかった自身の至らなさと聡明さ――この場合同時にあきらめの良さとも言うべき諦観、自己嫌悪が伝わってきてしまう。

 事故とは言え、伝わってきてしまったソレを表情には出さずに胸に生じた罪悪感を留めて目の前の青年に心で謝罪した。

 

 

 暫く撫でているとホロリ、と零れる一粒の涙。その光景に驚いた準を始め他の面々も冬馬の名を呼ぶ。ユキは彼を心配そうに近付いて、だ。唯一人、兄だけは何も言わず静かに見つめていた。

 彼は答える事無くただ一言「ありがとうございます」と言ってスルリと手から逃れて眼を瞑る。何かを思案するように。

 

 

「ど、どうしたんだ若?」

 

「…………」

 

「トーマ? 大丈夫?」

 

「…………えぇ、大丈夫ですよ……ただ、酷く――――」

 

 

 ――――懐かしかっただけです。

 

 

 側で聞いていた小雪以外は恐らく聞きとれないソレを、持ち前の高い聴力は拾ったが直ぐに思考から追い出す。これは聞いてはならない事だと、そう思ったから。

 やがて冬馬は先程の様子が嘘の様に晴れやかな笑みで今まで自分を撫でていた手を取って来た。

 

 

「とても素晴らしい心地でした。私、益々惚れちゃいそうです。今度一緒にホテルへ行きましょう!」

 

「コイツ、泣いたかと思ったら次は地味に斬り込んできやがった。情緒不安定かよ」

 

 

 心底疲れた表情のあずみ。それは教室の男子の殆どを代弁していた。

 

 

「呵々、其処へ到るにはまだまだ好感度が足りぬな。加えて衆道は持ち合わせておらぬ以上レートは低いものと心得よ?」

 

「なんで其処で笑うんだよお前は!?」

 

「ノルン君!?」

 

「意外なリアクション……でもない、のか?」

 

 

 源氏組のツッコミ、特に与一という珍しい光景に教室は驚き、そして弁慶に内心でツッコム。

 ――――其処は絶対に違うと。

 

 

「望むところですね。その方が燃えると言うモノです!」

 

「ブー、トーマでもノルンは譲らないからねー!」

 

「フハハハ、我が弟はモテモテであるな!」

 

「いや、英雄もなんで其処でそういうリアクションなんだ……」

 

 

 非常に珍しい与一のツッコミという珍しいものが見れたところでHRを告げるチャイムが鳴る。全員それを合図に席へと着き、程なくして宇佐美先生がやってきた。

 何時もの日常の始まりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝の一幕も嘘の様にその後何かあった訳では無く、授業は順調に消化されていく。歴史担当の綾小路麻呂先生の授業内容は平安9:その他1と自己申告しているだけあって凄まじい偏りぶりを発揮。お陰でどのクラスからもやっかまれている。

 しかし、中身が分かっているのに答えられないSの生徒はおらず当てられても詰まる人間は一人も居なかった。

 

 

 のどかな授業風景。しかし彼の場合は今日の授業の殆どが耳に入る事はない。元々授業自体は必要とはしていないので現在は分割思考で対応している。

 というのも昨日の一件を思い出すとどうしてもメインの思考はそっちに割かれている為だった。

 

 

 

 

 

 ――――回想。

 

 

 

 

 

 あのまま別れた後、真っ先に向かった先は山間の中を大きく切り開いた様なだだっ広い平原。静岡県は御殿場にある北富士演習場。九鬼の軍需部門が新型兵器の試験を行っていた演習場だ。

 試験中の最中である通常ならば戦車や銃器の音で満ちていなければ可笑しい。可笑しい筈なのだが、そこには一切の音は無く、あるのは黒煙を上げて機体上部がまるで何度も殴打されたかのようにボコボコな戦車の残骸と砲弾によって抉れた地面のみ。

 

 

『これは……』

 

 

 明らかな異常事態だった。

 ここには第一線を退いたとはいえ未だ現役の力を保持する姉が居た筈なのだ。だというのにこれだけ被害が生じたと言う事実に元々も冷えていた心が瞬時に最大まで研ぎ澄まされる。

 副次的に広がった圏境によって周囲から奇襲を警戒しつつ、姉を探してみて――直ぐに見つかる。しかし、圏境からでも分かる程度に外見はボロボロの状態。幸いにしてダメージはそれほどでも無い様子だった。横に居た小十郎は満身創痍で気絶中。

 直ぐ様縮地で側まで跳ぶ。

 

 

『姉上、ただいま罷り越しました』

 

『おお、来たかノルン』

 

『ご無事、の様で』

 

『うむ、大事ないぞ。……小十郎は何時まで寝ておるのだ、た・わ・け・がッ!』

 

『ぐはあ!? も、申し訳ありません揚羽様あぁ!』

 

 

 相も変らないやり取りを尻目に何があったのかと問う。

 其処で聞かされた内容はなかなかどうして驚くに値するものだった為にだ。

 

 

 ――――橘天衣が腹心の部下と共に脱走した。

 

 

 聞けばこの惨状も橘天衣が引き起こしたことらしく、新型の戦車と橘天衣の強化股肱。ふたつの評価試験が繰り広げられていたこの場で、最初に行われていた戦車の試験の最中に突如暴走とも取れる形で暴れ回り新型戦車5台を破壊し、止めようと乗りでた姉ですら手に負えなかった始末。

 姉に対して其処までの実力だったのかを問えば返って来たのは『氣による強化股肱の性能の水増しだろう』という推測だった。パワーもスピードもケタ違いであり、モモにすら届くかどうかの勢いだとか。

 

 

 答えに対して更に其処までの性能がアレに出せただろうか、という降って湧いた疑問もRoadMakerの人工筋肉などの技術提供を基により親和性向上を目的に改造した結果、スペックそのものが当初の予想を遥かに上回っていたのが一因でもあったらしい。

 

 

 話を聞いて、内心ではある程度想定していたとはいえ頭を抱えたくはなった。

 新しい画期的な技術とは同時に現代にそぐわないという点で軋轢が生じ、歪みを作り出すものである。だからこそ技術の開発には最大限の注意を払ってはいた。

 しかし其処は持ち前の幸運値の低さとトラブルを招く体質故か。結局新たな技術はこんな形で世に出ることとなった。情報的にではなく物理的に。

 結果として技術を悪用されるかもしれない事に謝罪をしてくる姉に首を振って否と応える。技術である以上は使われてナンボだと説き、納得してくれた。

 

 

『そう遠くへは行っておらぬだろう。これから捜索させるがな』

 

『否、圏境によって半径30キロに及んで探知を広げておりますが、それらしき姿は影も形も窺えませぬ』

 

『……真か?』

 

『はい。如何なる技によるものか、一切見当たらぬ次第』

 

 

 ぬうぅ、と頭を抱える姉の気持ちも大いに察せる。市どころか県をヒョイと跨ぐ遠方の距離を持ち前の縮地でここまで来るのに呼ばれてから1分未満にも関わらず圏境にも魔宵伽にも引っ掛かることはない。即ちそれはそれだけの間に30キロ圏内から離脱していることに他ならない訳だが

 

 

(其処までのスペックが今の彼女にはある、ということか……せめてなりふり構わぬ逃走故と思いたい、な)

 

 

 多少の損傷よりも逃亡を優先してフルスペックによるものならば、頷ける面もある。

 何せ彼女の実力は未だ未熟なまゆっちに敗れる程だ。何が原因にせよ、強化股肱の予想以上のハイスペックがあったとはいえ、突然爆発的に氣が上がったためとは思いたくはなかった。

 凄まじくこの世界ではあり得そうで薄ら寒い思いであるはあるが。

 

 

 と、展開中の魔宵伽に妙な感覚を捉える。

 視覚に関わるものではない。そもそも30キロ圏内には物理的にはいないのだから。ならばこれは、と測ってみるとそれはとても覚えのある気配。とてつもなく薄い、残滓に等しいが魔宵伽によって"ソレ"はハッキリと伝わってくる。

 

 

『部下であった水守紗姫も行方知らずだ。何にせよ追わねば始らぬからな。引き続き行方を追うとしよう』

 

『私の方からも独自に探してみましょう。その方が効率もよい。それに、足跡らしきものも捕えました故』

 

『なに? しかし今し方は影も形もないと言ったではないか?』

 

 

 疑問は尤もだった。しかし、それは知っているからこそ判断できる感覚で姉には捉えられないと説明した。

 「そうか」の一言でそれ以上の問いかけが無いのは弟に対する信頼の表れか。眼を瞑った彼女からはこれと言って表情は窺えない。数瞬そのままに端正な顔は徐に眼を開けて力強く真っ直ぐ視線を合わせる。

 

 

『うむ、ノルンの方もくれぐれも頼むぞ。何せ橘天衣らは事情が事情(・・・・・)だからな』

 

『委細承知。ともあれ、先ずは――』

 

 

 視線の先にある戦車などの残骸。当然撤去しなければならないモノだが動かない鉄の塊程処理が面倒なモノは無い。

 

 

『こう申しては何ですが、RoadMakerを動かすには丁度よい。テストも兼ねて運ばせましょう』

 

『フハハハ、我が弟ながら抜かりないな!』

 

 

 

 

 

 ――――回想、終了。

 

 

 

 

 

 

 事後処理と捜索に関する打ち合わせで午前を費やし、折角と姉の仕事も手伝ったことで結局一日を使い果たす結果となったのが昨日始業式に出なかった理由である。

 身外身を4体、四方に散らせ静岡は従者部隊に一時任せて神奈川、長野、山梨、愛知と他県に向かわせている。身外身は自立型として本体の思考をトレース、独自の判断で動く様にもなっているが、反面独自行動中は圏境の範囲や文体を構築する魔力の総量の都合で身体スペックが本体に比べて大分劣ってしまうのが何点ではあるが。しかし広域に渡る探査には打って付けだ。

 

 

「聞いておるか九鬼ノルンッ! 梁塵秘抄に記された歌、何でもよいからあげてみよッ!」

 

 

 耳をつんざく、とまでは行かずともそこそこ耳に障る声が響く。分割思考を使って授業内容はきちんとさばけていた筈。傍からは間違いなく授業を受けているそれだった筈だが、犬的な嗅覚か、はたまた超☆平安贔屓な愛の為せる技か、授業態度に関して目では見えない何かが気に入らなかったらしい。

 

 

 返事と共に規律。梁塵秘抄と頭の中をワードが宛らパソコンの検索の様に巡る。

 後白河法皇が好んだ今様という歌謡。国中から歌の上手を集めて聞いた後白河法皇はその名だたる歌を後世に伝えんと記したとされる様々な歌が記された書物が梁塵秘抄である。それこそ五七五七七といったポピュラーなモノから、今様という形式である七五調といった昨今では聞き慣れないモノまであらゆる歌が記されている。

 

 

 頭に浮かんだ無難な有名どころを紡ぐ。

 

 

「遊びをせんと生まれけむ、戯れせんと生まれけん、遊ぶ子供の声聞けば、我が身さえこそ動がるれ」

 

「ふむ、無難なの選んだ、の。まあよい、座りゃ」

 

 

 言葉の差すままに着席。隣の弁慶が「災難だったね」と小声で囁いてくる。まったくだと首肯で応えて中てられない様に注意しないとな小声で返す。

 つらつらと流暢に、グダグダ長々と平安にまつわる授業というよりは含蓄が披露されていく。

 ―――これでいいのか歴史の授業……と誰もが思ったそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はふぅ……美味い川神水、美味いツマミ、隣には酌をしてくれる人がいて……言う事無いなぁ……」

 

「最近、遠慮なしに人を枕にするな弁慶は」

 

 

 艶っぽい声と共に太ももに寝転んで膝枕を堪能している弁慶はトロン、とした瞳で見上げてきた。悩まし気に「いや?」なんて半ば確信犯であろう言動はそれこそガクト辺りだとイチコロだ。

 そして間違いなくといっていい程ガクトには見せない姿でもある。

 

 

「や、可愛いからよいのだが、な」

 

「ノルン君……」

 

「顔が些か怖いぞ清楚」

 

「全く、意外とノルン君はふしだらだ」

 

「男とは大なり小なりそういうものだ。ガクトとかは行き過ぎておるがいい例であろう」

 

 

 睨む清楚とむくれ面の義経。どちらも不満そうな空気を隠しもせずに睨んでくる。睨むというよりは見つめるというレベルの眼力。

 まぁまぁ、と空いた盃に川神水を注ぐ。誤魔化されません、といった雰囲気だが場を壊すものではなく、どこか仕様がないという呆れ交じりの諌めるソレ。清楚はゆっくりと盃を傾ける。

 

 

「フゥ……義経ちゃんじゃないけど弁慶ちゃんにちょっと甘すぎだよノルン君」

 

「ここまで露骨に甘えられると、な。どうにも断れぬ……私にとって頼られるというのは好ましい事なのだ」

 

「それでも限度があると義経は思う」

 

「ナハハ……そっかそっか、嬉しいならしょーがないよね。ウン、私も気持ちいい、ノルンも嬉しい……何も問題ないっ」

 

 

 それが問題ありなのだとへべれけの主は頭を抱える。なにも義経はだらけているのを咎めている訳ではない。こういう飲み会は最早毎日の様に行われている以上は目くじらを立てるほど今の義経は狭量では無かった。しかし、武士道プランの事を考えるとやはりどこか引っ掛かるものを禁じ得ないのだろう。実に真面目な義経らしい。

 

 

 逆に清楚の方はというと――――よくは分からない。当人が分かっていなかった。

 唯、分かっているのは甘えられて満更では無いノルンと、甘えている弁慶の姿に不満なだけ。自分自身もそれ故に軽い自己嫌悪であった。その内心の機微を九鬼ノルンという存在はやはり察しているのだろうと、分かるのも不機嫌を増大させている要因だ。

 

 

「清楚、そうむくれてくれるな」

 

「むー……別にむくれてなんかいませんよーだ」

 

「これは珍しい。清楚先輩が拗ねているね」

 

「確かに珍しいと義経も思う」

 

「先輩をからかうものじゃありませんっ」

 

「おや、へそを曲げてしもうたか……ホレ清楚、美味しモノでも食んで機嫌を直してほしい」

 

「自分の料理を其処までいうか……」

 

 

 弁慶のツッコミなんて聞こえないとばかりにスルー。

 唇を尖らせて不満そうに盃をチビチビ舐める清楚にさて、どうしたものかと考えて――――思いついた方法を実行に移す。

 徐に箸でちゃぶ台に乗っている自前の甘味を取り、「ほれ、あーん」と清楚の口元に運ぶ。現在恒例の飲み会は清楚が不満を向ける相手の純和風の部屋で行われている。立ち位置としては自身を中心に膝もと弁慶、右に清楚、弁慶を跨いで左に義経といった並びだ。そして粗隣会っているといっても過言ではない距離は弁慶を膝に置いても十分に届く。

 

 

 口に元まで持っていたソレを見つめる清楚。次いで箸を差し出す当人を見て

 顔がだんだんと茹でダコになっていく。交互にそれを見つめる清楚にもう一度「あーん」と言うと観念しておずおずと口を開いて食べた。持ち前の清楚さはこんな動作ですら気品を見せる。

 

 

「むぐっ……もう、こんなことじゃ誤魔化されないんだから」

 

「呵々、まぁそう言いつつも溜飲が下がっておるのが分かる訳だが」

 

「流石ノルン君だ」

 

「いや、そこは称えるところと違うよ義経」

 

 

 弁慶の言葉に心で同意する清楚。本当に憎らしい程心を見透かす目の前の彼。そしてそんな人物にここまで心を揺さぶられる"らしからぬ"自分に戸惑うばかりだ。きっと原因たる彼は突っ込まないだけでお見通しなんだろうな、と思う。肯定するかの様なタイミングで笑みを深めている辺りズバリだ。

 

 

 だが何よりも清楚自身、そんな相手自身や行動を悪くないと受け入れているのが一番の驚きでもある。心地良いとさえ覚えている辺り己の感性を疑いもしたが、結局幾ら考えても最終的にはノルンだから、で行き着いてしまう。

 目の前の彼は「先輩ばかりじゃなくてー、私もかまえーッ」と膝で横になっている弁慶をやれやれ、な表情で頭を撫でる。川神水を酌しながら。

 「そろそろ大概にせねば零れるぞ」と横になったまま盃を煽る弁慶に忠告しても「その時は舐め取ってあげるよ……」なんて同性から見ても艶っぽく言う始末。

 溜息を吐きながらも決して手を止めようとはしない彼に対して

 

 

「本当に、ノルン君はノルン君だねぇ」

 

「なかなかどうして迷言だな清楚」

 

「義経は清楚先輩の言っている事が何となくわかる気がする」

 

「予想外な方向からの援護射撃、だと?」

 

「事実だもん。ねー?」

 

「うん。清楚先輩の言うとおりだ」

 

 

 義経との意気投合。向けられた当人は頭を捻っているが、それは2人が彼に対して向ける感情に根本的な所が同じなのだな、と茶化しながら弁慶は思った。

 自分も間違いなく同じだからこそ分かるシンパシー。自覚無自覚の有無に関わらず、だが。

 

 

「んー……モテモテだね、ノルンはさ」

 

「光栄な事に、な。現在進行形で両手に花束だ」

 

「明け透けに言う……可愛くない」

 

「両隣に清楚と義経、膝もとに弁慶と贅沢な状態だから、な」

 

 

 言いながら横になっている弁慶の頭を撫でるのを止めない。

 からかおうとする弁慶には申し訳ないが、本当に世の同性が見れば"リア充爆発しろ"もしくは"MO☆GE☆RO"と言われる環境という自覚があった。

 ガクトから見れば間違いなく血涙と共にラリアットが飛んでくるのは間違いない。

 

 

 ふと左右から視線を感じる。部屋には4人しかいない以上は言わずもなが義経と清楚のもの。それぞれの顔を眼にする。心眼経由で伝わってくる眼に含まれる感情は複雑なモノで、羨望と羞恥を基準に不満や僅かな不安が窺えた。

 なんとなしに原因を把握してそれを口にする。

 

 

「羨ましそうだな、清楚、義経」

 

 

 言葉に狼狽えるのは義経。ムッ、と先程見せた拗ねたソレに近い表情をするのは清楚。

 一見して十人十色ならぬ二人二色な反応ではあったが、2人は共通して顔を赤らめていた。恥ずかしそうにあわあわと。唇を尖らせてほんの少し不機嫌に。

 前者は照れで、後者は内心を見透かされたことへの不快感と羞恥で。しかし、それは傍から見てもどちらもとても魅力的にしか見えないもの。

 

 

「どちらがよい? 頭と膝枕」

 

「ど、どどどどどっちと言われてもっ!? あわわ……」

 

「……それも分かってる癖に」

 

「なんとなしには、な。然りとてハッキリと言の葉なり態度なりで示して欲しいと願うは人情であろう?」

 

「そんな人情しらないよっ、もー!」

 

「全くとんだ誑しだなノルンは」

 

「その誑しに率先して寄り掛かっておるのは弁慶だが」

 

「それはそうと、義経は膝枕で決定だから。そして私の抱きまくらー」

 

「あわあわわっべ、弁慶!?」

 

「スルーか」

 

 

 問答無用と起き上がった弁慶は義経に抱きつき、そのままドスンとビデオの巻き戻しの様に膝に戻ってくる。あわあわする主を抱きついてねこ可愛がりする従者。何かが大きく間違っている様な正しい様な。実に百合百合しい。閑話休題。

 じゃれ合う主従をそのまま優しく撫でる。弁慶はそのまま主に頬ずりしながら満足そうに溜息を漏らし、義経も最初はあわあわしていたが程なくして気持ちよさそうに、顔は茹でダコのまま眼を細める。

 頭だけに留まらず、頬から耳、顎へと手をすべらせる。

 

 

 ポス、と左と比較して軽い音と重みが太ももに掛る。倒れ込んだ拍子にその長い髪がふぁさ、と広がる。横顔からは表情は窺え難い。分かっているのは彼女のヒナゲシの髪飾りが見えるという事。そして未だに拗ねているという事だけ。

 どうか機嫌を直してほしいという意味も込めて撫で続ける。義経達と同じ様に愛しみを込めて。

 

 

「――――ホントに誑しだよ、ノルン君」

 

「呵々、相手を好きだという意思を一切合財憚らぬのを誑しと申すならばそうなのであろう、な」

 

「――――ズルイよ、その言い方」

 

「嫌いか?」

 

 

 その言葉に頷けるだけのモノを清楚は持ち合わせていない。内心を見透かされようが、それでも九鬼ノルンという人間が齎す不思議な心地良さは格別だ。撫でられる掌から、見つめてくる眼差しから、こちらを愛おしく思う気持ちがこうも伝わってくる人間はそういないと常々思う。

 またそれが憎らしくもあるが。

 こんなにも心を乱されているのにそれ以上に温かみをくれている事が、何だか無性に悔しい。悔しいから清楚は膝に顔を埋める。原因たる彼が苦笑しているのが手に取る様に分かってしまうのが拍車を掛ける。

 

 

 そういえば、と清楚は頭上――この場合は反対の膝――の弁慶達に眼を向ける。自分と同じ感覚であろう武士道プラン的にも同類な2人は相変わらず全開で寛いで甘えている。傍目からは真反対な主従だがこういう所では同じらしい。

 

 

(ううん、同じになった、かな。少なくともノルン君の前では)

 

 

 弁慶は元から誰かに甘えたいというきらいが以前から見え隠れしていたのだ。彼と知り合ってからの弁慶は義経達の面倒を見守りつつ、九鬼ノルンという人間に寄り掛かるという姿勢が常という印象が強い。事実ほぼその通りだ。尤もここ数日の間に何かが変わった様にも清楚は感じていたがそれが何かは分かっていない。

 

 

 対して義経はどうだろう。

 何事にも真面目で一生懸命。良く言えば優等生。悪く言えば頑固者。その努力することへの直向きさは見ていて気持ちが良い。反面思い込みも強く、感情の起伏が激しいといえる。更にそれ故の視野狭窄で猪突猛進気味でもあった。

 その人物は臣下に抱かれ、彼女にとって憧憬そのものである彼に頭に撫でられて気持ちよさそうにしている。始めは照れていたがそれもあっという間に影すら見せない。

 以前ならば恥ずかしがって逃げようとするだろう。ましてや身内に等しい間柄とはいえ誰かの前で公然と甘えるなど川神水で酔った時以外は見られる光景では無い。

 武力の飛躍的な進歩に留まらず、日々の生活にも今までに落ち着きを見せ、しかし人としての魅力は保ったまま。何が彼女を変えたのかといえば間違いなく彼女があらゆる意味で意識を向けている、絶賛膝枕をしている当人だろう。

 

 

 ――――君こそが、目指すべき極だとッ! 否、目指したい場所なんだとッ!

 

 

 間違いなく彼女は九鬼ノルンという人物によって変わった。最近では英雄たらんとしているようでその実彼の後を追いかけているようにしか見えないと弁慶とで話したのは記憶に新しい。そしてそれは若獅子の戦いで理由も明らかになった訳だ。

 そして、その変化は強くなったといえる。漫然と眼に見えない何かを追うのではない。形あるものを目指す事で、邁進する事で源義経という英雄に憧れる少女はひとりの戦士として成長した。

 結果出来上がったのが今の源義経である。

 

 

 気持ちよさそうに眼を細める源氏主従2人。なにか顔を赤らめて少し性的だが、其処には撫でる側への全幅の信頼ありきだ。火を見るより明らかとはこの事か。

 しかし何故だかその姿を見てざわつく自分が居るのを清楚は感じていた。

 そして何となく思う。

 

 

 ――――2人も自分と同じだと。

 

 

 何がかと問われれば分からない。唯、この心を良くも悪くも掻き乱す原因たる彼に向ける(こころ)が一緒なのだと覇王の血がそう囁く。まだ清楚はその正体を知らない。

 

 

「さて、和んでおるところ悪いが少し真面目な話がひとつ」

 

「んー?」

 

「突然だね?」

 

「何だろうか?」

 

 

 太ももを枕にして寝たままの彼女達に語る話は他でも無い九鬼家従者部隊序列二位にして武士道プランの提唱者。星の図書館の異名を持つマープルのこと。

 彼女達にとっては育ての親に値する彼女がキナ臭い動きを見せていると語る。

 

 

「どういうこと?」

 

「具体的にはこれとは言えぬ」

 

「ノルン君には珍しいな。何時も不確かな情報は義経達には教えないのに」

 

「うむ……まぁ、なんと申せば良いのか。端的に言えば彼女が何を為そうが手出しはせぬと言い切ってしまった手前、具に調べるのに気が引けて、な」

 

「本当にらしくないね」

 

 

 言わんとしている事は尤もである。こちらが基本的に不確定な情報は齎さない様にしているのをこの場にいる三人は知っていればこそ当然だ。

 それでも話を持ち出すのはマープルが既に不穏な動きを見せ始めているからに他ならない。平行してヒューム達も何やら独自に動いた節が夏休みの途中、具体的にはKOSを終えた辺りから窺え出したのだ。何やら中国の方とコンタクトを取っている位には察知できたが、先にも言ってしまった手前深くは手を伸ばさないでいている。

 

 

「今こうして三人、後で与一にも申しておくがマープルが何某か動くとすれば十中八九武士道プランの面々は無関係ではおれぬだろう」

 

「まぁ、当然だね。私達は言ってみればマープルに育てられたようなものだし」

 

「うん、マープルは義経達武士道プランの申し子にとって親代わりみたいなものだ」

 

「四人にはその親代わりから何ぞ理不尽な命が下されるやも知れぬ」

 

「例えばどんなのかな?」

 

「ふむ、そうさな――――」

 

 

 ――――お前達の手で私を倒せ、とか。

 

 

 言った瞬間に即座に反応を見せたのは義経。「あり得ない、そんなことッ!?」と驚愕な形相を見せて上体を起こした。次いで弁慶と清楚も「冗談にしては笑えないな」「それは、どうして?」と想像通りのリアクションが返ってくる。当然である。マープルは仮にも従者部隊。それが九鬼の人間に牙を剥くなどと言われても現実味は薄い。

 リアクションに対して「あくまで可能性だ。限りなく0に近いが」と返す。

 

 

 実際のところあり得ない話では無い。清楚の正体やマープルが去年から作って来た地下の巨大空洞に大量のクローン関係の資材。武士道プランの本質。

 計画の規模や具体性は一切把握してなくても根幹にここまで干渉している以上何らかの方法でこちらを無力化するという状況は考えても不思議ではない。無論、マープルや呼応するヒューム、クラウディオの忠義に対する信頼は揺らいでいない。恐らくは多少手荒でも監禁や隔離と言った方法で抑え込むだろうと睨んでいる。

 そして状況如何ではそれがヒュームでは無く彼女達にやらせ得る事も。

 

 

「私でなくても、或いは学園の誰かだったり、下さるる命は間違いなく理不尽なものであろうという確信が私にはある。実際に4人がその時如何なる選択を選び取るのかは私には分からぬ。義理を果たすもよし。我を通すもよし――――」

 

 

 「義経はッ!――――」と興奮する義経をあやす様に宥める。分かっていると言う様に。義経の言葉を遮る様に言葉を被せる。

 

 

「何を選びとろうとも私は4人を肯定するよ。マープルの命に順じて刃を向けても怒る事も恨む事はないと誓う」

 

「もしも、私達が敵として前に立ったらノルンはどうする?」

 

「弁慶ッ!」

 

「例えばの話だよ主。で、どうする?」

 

「その時は即座にそちらに降ろう」

 

「ノルン君はそれでいいの? 抵抗もしないでなんて」

 

 

 清楚が言わんとしている事も何となくだが察せていた。ようは武芸者として戦わずして下っていいのか、と問うているのだ。

 正直に言えば"誇り?え、なにそれおいしいの?"である。元々教えもあって武を振るう事を下策とした上で武の頂きを目指すと言う矛盾を貫いている身だ。ノルンという存在にとって通すべきは我であって武では無く、武は我を通す手段に過ぎない。

 

 

「武は誇るな、掲げるな、唯振るえ。然もなくば武に振るわれる」

 

「お師匠さんの教えか?」

 

「うむ、受け売りだな。師を目指すにも困難を払う手段にも師より教わった事が偶さか武であったが故に鍛えておるに過ぎぬ。極端な話、師が武芸でなく知恵者であったならば、私はそっちに傾倒しておったよ」

 

「そ、そんなものか……」

 

「がっかり、したか義経?」

 

「そ、そんな事はないぞっ。少しシビアで驚いただけだ」

 

 

 義経に問うたのは一重に彼女が憧れて追って来たから。今の発言は持っていた憧れを砕き得る要素を孕んでいる。憧れというのは自分にはないものを持っている事に対する羨望から生まれるものだ。ここまで義経の羨望を集めてしまった以上はおいそれと裏切るのは流石に気が引けた。

 例え杞憂と分かっていようとも。意地の悪い質問だった自覚はある。だが、人として(・・・・)ならばそれが自然な反応な筈。

 

 

 実際杞憂であり、言葉に対して見せた義経の反応には彼女の言葉以上でも以下でも無く、唯変わらず強い眼差しが其処にあるだけ。

 

 

「例えどんな思想でもそれがノルン君を形作るモノだ。義経の心は変わらない、絶対にッ!」

 

「そうか……ありがとう義経」

 

 

 再びその頭に手を伸ばす。柔らかい艶やかな髪は指通りがいい。撫でられる当人はやはり慣れないのか最初は恥ずかしそうに、次第に先程と同じ様に気持ちよさそうに眼を細めていく。しかし、そこは根は真面目な義経。ハッ、として真顔になろうとするも直ぐにふにゃふにゃと緩んでしまい、抵抗も僅かばかりで完全に蕩けていった。そしてソレを見る弁慶もまた蕩ける。そ何処までも主スキーだった。然もありなん。

 

 

 一通り愛でて満足したところで、話の軌道を戻すために手を離す。名残惜しそうな義経の顔。釣られて名残惜しそうな弁慶の顔。大概な臣下である。そして主に再び抱きついて引き摺り倒した。

 

 

「と、話が逸れてしもうたが、ようは悔いが少なく済むように選び取れと言いたかった訳だ」

 

「其処は無い様にじゃ?」

 

「どの道、どっちを選ぶにしてもこの場合悔いは残ろうて」

 

「あー、確かにな。まったくメンドイ事だ……で?」

 

「で?」

 

「どれ位の確率で、その仮定は現実になるっていう?」

 

 

 弁慶の言葉に向かい合って横になる清楚も抱きつかれてあわあわしてた義経もこちらを見据えてくる。こちらの持ち前の鋭さ故に必然の問いかけ。

 問われ、思案する。

 

 

(流れからして、それこそ来週からでも可笑しくはなかったが、橘天衣の一件が、な)

 

 

 逃げ出した件の元四天王は今や曲りなりにも九鬼の重要な人物だ。世間的にも表立って動けない以上は身を顰める彼女達を捉えるのにもある程度時間を要するのは明白。

 当然マープル達も怪しまれない様通常業務を行いつつの橘の案件もある。事を起こすのには余りにも時期が悪かった。運が、と言うべきかもしれない。

 

 

「――――今少し立てこんだ事情があってな……それ次第だが、最短でも今月末にはあり得る」

 

「それは……」

 

「ま、余りそれに意識は向けずともよいさ」

 

「オイオイ、ノルンが言い出したんだろう」

 

「意識し過ぎると警戒されて何を仕出かすか分からんぞ」

 

「では、何故それを義経達に言ったんだ?」

 

「なに、なにも知らされぬよりは何某かあると頭の片隅に入れておいた方がいざという時、割かし柔軟に対応できるという老婆心だよ」

 

「そういうもの、なのかな?」

 

 

 なにも聞かされていないのとある程度話を聞くのとでは心構えからして既に異なる。寝耳に水を差されても来るかも知れないと予備知識があればより冷静に対応できる。冷静に対応出来れば流れに呑まれる危険も少ない。文字通りの老婆心。お節介ともいう。

 

 

「さて、真面目な話も終わりにして呑むとしようか」

 

「ところでさ、さっき私達が敵として現れても即座に投降するって言ってたよね?」

 

「確と申したが、それが如何(いかが)した?」

 

 

 横になったままの体勢で先程とは別の意味でニヤついた弁慶の表情にはそこはかとない不穏なモノを感じる。具体的には義経をからかう時の様な。

 

 

「投稿するっていう事は捕虜だよね?」

 

「どうしたの弁慶ちゃん?」

 

「まぁ、概ねそう捉えても可笑しくはあるまい」

 

「ってことは、捕虜の身柄を私達がどうこうしても、構わないよね?」

 

「弁慶!?」

 

「なかなかの暴論だな!? して、そこまで振って私になにを所望するのだ?」

 

「九鬼の執事を来て、専属の付き人になって貰うのさ! 前々からノルンには似合うと思っていたんだッ」

 

 

 ここまで前振って於いて望みは執事。しかし弁慶のSな笑顔は本気さを窺わせる。

 

 

「あ、なるほど……それはいいかも」

 

「まさかの清楚からの肯定とは思わなんだ」

 

「駄目だぞ、弁慶! 敵にならない様に考えないと!」

 

「そんなこと言って、義経だって興味あるでしょ? 正直に言ってみなよ」

 

「…………実はちょっとだけ」

 

「義経、其方(そなた)もか」

 

「ちょ、ちょっとだけだっ。本当にちょびっとだけだぞ」

 

 

 わいわいと和やかに馬鹿騒ぎをしながら夜は更けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、嘆かわしいねぇ」

 

 

 其処は川神市内のとあるバー。落ち着きのあるシックな雰囲気の店内には時間的に客は少なく、チラホラと見えるだけ。

 所謂穴場という店内のカウンター席にはそれこそ見る人が見れば即座に顔を顰めるだろう光景があった。

 手で顔を覆って眉をひそめる気品ある老婆と執事服の外人2人という組み合わせは異変に慣れている川神市民から見てもそれなりに眼を引くだろう。

 

 

「フン、それは橘天衣の事を言っているのか」

 

「それが以外になにがあるってんだい。九鬼の恩情を仇で返す様な真似をして、あたしゃ嘆かわしくてしょうがないよ」

 

「確かに、天衣様にも困ったモノです」

 

 

 九鬼家従者部隊序列0、2、3位という実質のトップ3が挙って一か所に居る光景などあずみ達若手には――否、若手面々でなくても従者部隊なら誰だろうと近付き難い空間だ。即座に回れ右をする光景が浮かぶ様な気がしてくるのは一重にこの3人ならではか。

 

 

 カラン、とグラスの中の氷が涼しい音を奏でる。

 終始眉をひそめるマープルはグラスを傾ける。喉に通る酒の香りとアルコールの熱が心地良かった。

 

 

「それで、現在の元四天王の行方は終えているのかい?」

 

「鷲見を中心に従者部隊の面々が調べているが今のところは足跡すらつかめていないな」

 

「まぁ、昨日の今日ですからね。相手がマスタークラスともなれば当然とも言えるでしょう。ノルン様も独自に動かれている様ですが、こちらも芳しくないと仰っておりました」

 

 

 話題は逃走した橘天衣の件。

 逃げ出した彼女は言ってみれば存在そのものがトップシークレットだ。強化股肱にしても、彼女が現在に至るまでの経緯にしても。九鬼、政治共にデリケートな問題であればこそ、この三人の話題になるのは必然だ。

 尤も、3人が集まったのはある意味でそれが原因だか副次的なモノでしかない。

 

 

「それで、結局のところどうするのだ?」

 

「予定では今週末辺りでしたが……」

 

「ま、こうなったからにはしゃあないさ。…………計画は遅延せざる追えないよ」

 

「止める、とは言わないのだな」

 

「ここまで来て止める程安い絶望じゃないさね……」

 

 

 主語を省いた会話ながら通じ合う3人。しかし会話の中身は不穏な気配が見え隠れする。

 しかし不穏な点を指摘出来る者は残念ながらこの場には存在しなかった。

 

 

「で、この間の続きだが……ノルン様は何処まで俺達の事を把握なさっている?」

 

「具体的なモノは一切調べておられぬだろうさ。ただ、前に言った通り武士道プランの本質やクローンの設備。それに帝さまがこの状況をお許しになられているのは把握しているよ」

 

「……わたくし達も一枚噛んでいるのも御存じであられた。しかし態度には一切不自然さはありませんでした。変な話ですが信頼の証なのでしょうね」

 

「一番似ていない様で、その実破天荒さは帝さまに匹敵するやもしれぬな」

 

「清楚の正体もなんだかんだで最初に見抜かれておられたようだしねぇ」

 

 

 当人そっちのけで褒めているのか貶しているのか言いたい放題である。当事者が居れば間違いなく「父上と比べられても、な……」と苦笑交じりで否定しただろう。

 

 

 突然「クックック……」と笑うマープル。側にいる昔馴染みの2人は揃って彼女の思い出し笑いに首を傾げた。

 

 

「このあたしを小娘呼ばわりした事を思い出してねぇ。清楚の事といい、全く、とことん食えない人だったよ」

 

「星の図書館を小娘呼ばわりとは、何とも大胆ですな」

 

「フン、俺と引き分けているのだ。それくらいの大胆さはあってしかるべきだろう」

 

 

 笑う笑う。可笑しそうに、嬉しそうに。其処に含まれる感情は間違いなく喜びだった。何に対してまでかを理解できるものも残念ながらここには居なかったが。

 ただ、と言葉続けたマープルに耳を傾ける2人。その表情は不思議だと言わんばかりの疑問と困惑で染まっている。

 

 

「その時の言動を思い返しても、まるでご自分の事を老人の様に仰ってたのが気になってね」

 

「ふむ……確かに、稀にその様な雰囲気を垣間見せる事がありますね。私も覚えがあります」

 

「俺もある。まるで、俺達よりも遥かに歳を食った仙人の様な空気がな」

 

 

 それはそのものズバリな意見だと言う事を3人は知らない。知る由もない。これも当人が聞いていれば苦笑していたこと間違い無しだ。

 

 

「ま、ノルン様への対応はその都度考えていくしかないだろうね。好きにすればいいとは言ったんだ、こっちとしても好きにさせて貰うとするさね」

 

「とは言え、ノルン様への対処は並大抵では務まらないのも事実」

 

「義経達は断固拒否するだろうしねぇ……梁山泊でも心許ない」

 

「俺が出張るのが妥当だろう」

 

「ムキになって喰ってかかるヒュームの姿が何故だか鮮明に浮かびました」

 

「フン、相変わらず笑えない冗談だ」

 

 

 大人達の夜もこうして更けていく。

 

 




凄まじい難産だった上に何故だか長文。
こんなに長くなる予定ではなかったのですが……

途中の清楚達の心象描写が難しかったからか……気付けばこんな長いものに。
次はもう少し短くまとめます。

さて、明後日、日付的には明日発売する第二次OGで更新が確実に遅れます、申し訳ありません。
やる最中に細々書いていきますが、来週の更新は延びる可能性が大です。
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