「みんな集まっているようだネ」
川神学園は体育館内。
昼休みを終えた2-Sの授業は武術だった。
ここ川神学園の特徴のひとつとして本格的な、といっても護身術レベルの武術のカリキュラムの存在がある。一年で既に基礎を叩きこみ、更に他校とは一線を画す程度には厳しく本格的な授業内容であり、学園の長が武芸の頂点に居るからという訳では無く、武士の末裔が多い川神市ならではといったところか。
体育館には既に着物姿に防具という俗に言う剣道の衣装を身に纏う男子女子の姿。それなりに様になっている者、あやふやで全くと言って似合っていない者と様々だが多くの物は真面目に授業に向きあっている。
授業に対しては何であれ手を抜かないのはエリートの多いこのクラスであっても選抜であり特待生としての威厳があるといえた。単に評価を落として内心に響かせたくないだけかもしれないが。
生徒の1人が「やっぱり素振りから始めるんですか?」と体育教師のルーに尋ねる。尋ねた側の声がウンザリした雰囲気あるところ、恒例な流れなのだろう。問われた側は相変わらずの独特なポーズを崩さずに頷く。
「剣の道は素振りで始り、素振りで終わル……なんて言われている様にどんな達人だって素振りは欠かさないネ」
教師の視線は義経とノルンの方へ。
2人とも言わずもなが刀を主武器とする武芸者であるため、同意するだろうという半ば確信的な視線でルーは見つめる。
そしてその判断に違わず頷いて見せる義経。続く様にして首肯した。
「実際、義経も素振りは日課だ。毎朝真剣に取り組んでいる」
「私も同じく。というか私の場合は模擬戦を除けば素振りしかしておらぬ」
「へぇー、走り込みとか筋トレとかしないんだな?」
意外そうな声と共に聞いてきた準の声に首肯で肯定する。「不要だからな、然様な非効率的な鍛錬は」そう口にしながら蔵から徐に普段鍛錬用に使っている愛刀と同じ大きさの野太刀型の模擬刀を取り出して準の方へ放り投げた。4尺8寸の長物が放物線を描いて空中を舞い、寸分違わず投げられた側の手元に落ちた。
「普通はさ、そういうのに打ち込むもんだよねウェーイ!?」
ユキの口癖を真似た様な奇声と共にガクリ、と身体が下に傾く。
どよめく周りを他所にきちんと受け取れた準の鍛えられ具合に拍手を送った。
彼の身体がああも傾いたのは一重に受け取った刀が想定より重かったのが原因だ。頭の中で想定した重量と現実の重量の差によって生じたズレによって言わば不意打ちを食らってしまい、慌てて身体が順応しようとした結果がこの状況である。
こういった状況に於いてきちんと落とさない様に受け取るには直ぐ様ズレに対応できるだけの筋力と反射神経が重要なのは言わずもなが。見事に体勢を崩さず、落とす事無く受け取れた準は多少の傾き澄んだ辺りかなり鍛えられているのが窺える。
義経もかつて同じ様な事をされた経験故にその驚き具合が分かるのだろう、同じ様に拍手を送っていた。
「だいじょーぶ、ハゲー?」
「あ、あぁ。思っている以上に重いのな、これ」
「私が普段鍛錬で使うておる模擬刀でな、大体3キロ程だ」
「それなりに重いのう」
「それにしても、九鬼ノルンは何故走り込みや筋トレをしないのです? 我々軍人とて日々のフィジカルトレーニングは毎日欠かさないというのに」
意外と剣道着が似合っているマルギッテの問い。ちなみに彼女がこれを着ているのは大好きな妹分の差し金らしい。他にも上司とかの影響を多分に受けている気もするがここでは関係ない事である。
マルギッテの疑問は至極当然だ。どんなアスリートや軍人もその手の筋トレや走り込みを怠る事はない。筋力が無くては目標とする動きに追従できないし、体力をつけなければ高いポテンシャルも長時間の維持は難しい。
「師に曰く、"戦う為の身体づくりなぞ素振りや型の反復をして、実戦を重ねておれば自然と身につく"だそうだ」
「義経も倣ってやってみたが、単純ながらこれがなかなか奥が深いんだ」
実際のところ、刀にせよ拳にせよ武器に適した動きというモノがあるのは語るまでもない。極端な話、前述の二つを比べても拳を突き出す動作と刀を突き出す動作、刀を振り下ろす動作と拳を振り下ろす動作では処々の身体の使い方は異なる。ピンキリで大きく異なるのもあれば、似たり寄ったりだったりもするが、どれだけ似ていてもその細部の違い、誤差が威力にダイレクトに影響してしまう以上はやはり適した動作が必要不可欠である。
それらの動作とはより洗練されればされるほどに制度を増し、効率が増し、最上の結果を叩きだすもの。
これも拡大解釈の領域にはいるが、身体を動かせばその分筋力を使うのは人体のあらゆる動作は筋肉が全て密接に連動する事によって機能している。無論全ての動作に全ての筋肉が、ではないが。戦いという中でも動く以上は当然ながら、動きである以上筋肉や体力を始め様々なものを身体を能動させるモノである。
筋トレとは端的に言えば筋肉に負荷を敢えて掛けて、負荷に対する耐性を付ける事である。身体を動かすという事柄に於ける"体力"もまた筋肉が鍛えられれば持久力が増え、高いポテンシャルの維持が見込める。尤も、筋力の性能が上がれば比例して体内物質の消耗も上がるので人によっては燃費が著しく上昇したりもするだろう。
ちなみに体力のメカニズムは持久力的な有酸素運動度と瞬発力的な無酸素運動とでは必要要素が異なり、前者は一般的には取り込んだ酸素で脂肪を燃やす事にある。これが一般的だろう。しかし後者の方は脂肪では無くグリコーゲンという筋肉と肝臓に蓄積されたブドウ糖の一種を消費するのだがその増大方法は詳しくは割愛する。
話を戻して、望む身体の使い方に対して相応しい鍛え方とはなんだろうか。
サッカー、野球、マラソン、剣道、柔道、様々な運動があるがそれらすべての競技者達が同じ運動をするだろうか。
答えは否である。
どれをとっても鍛錬方法には共通項というのは存外に少ない。サッカー選手が組手をする事はないし、野球選手は剣を握らない。マラソン選手はボールを蹴ったりもしないだろう。
目的に応じた身体の鍛え方というのはある。洗練すればするほど乖離していくのは自明の理だ。
同じ走るという事についてもマラソン選手と野球選手とでは身体の使い方が違う。サッカー選手と野球選手を比較しても、一見して全力疾走という状況は似ていても、やはり主に使う場所が異なるが故に、細かい鍛え方は当然異なってくるものだ。
戦いに於いてもそれは変わる事はない。
剣道が常に素振りを行うように、戦いという状況に適した身体づくりとは戦いでしか作れないと言うのが師であるあやめの持論である。
「私の身体操作技術も、結局のところ戦いの中でのみ培えた技術故、効果は折り紙つきだと敢えて言わせて貰おう」
「まだまだ義経も未熟だからな、もっと頑張らないと」
「義経はホントに頑張り屋さんだねぇ」
個人差は当然あるが、と付け加えるのは忘れない。
この領域に到るにはそれこそ、素質+時間が必要である。というか一朝一夕で学ばれても遣る瀬無いことこの上ない。
というか、そんな話も今現在義経が弁慶に撫でられるシーンに持っていかれている。遣る瀬無くはない。本当に。閑話休題。
「ハイハーイ、雑談も其処までにして授業を始めるヨ」
全員所定の位置につく。縦横均等に間隔を開けて並び、動きを阻害しないようにして整列する。
「やあッ!」や「せいッ!」と多種多様な掛け声の元竹刀が空を裂く。その速度や姿勢にはやはりと言うべきか、バラつきがありルーは教師らしくひとりひとりを見て周って怪我をしない様な工夫を助言、或いは指示していく。
繰り出される指示は的確ながらもなかなか厳しい感じで、運動を苦手にする人間には多少甘くしているが、それでも多少。川神院の根性論に基づく鍛錬を見れば分かる通り、基本的に精神論ごり押しである。身体に過ぎた負荷を掛けない様にはしているが、厳しい事は厳しい。
「全く……
「其処、無駄口を叩かなイっ!」
「は、ハイッ!」
なので、少しでも怠ければこうなる。誰が叱られたかは敢えて語らない。
素振りに使われる時間は約10分。しかし、侮るなかれ。10分間延々と500mlのペットを振りまわし続ける奴はそういないのだ。剣道部の現部長とかいるが、そんな経験者は稀である。振りまわす頃にはみんなそれなりに疲労困憊だ。
しかし、やはり例外は何事も存在する訳で。
「おぉー、義経は気合入ってるネー。感心、感心(それに見ていて眼福と言える程惚れ惚れする太刀筋ダ)」
「ありがとうッ、ございッ、ますッ」
武士道プランの申し子として、マスタークラスの武芸者としてその様は眼にすれば思わず魅入りたくなる程のものだった。KOS、若獅子を得て以降から急速成長をみせる義経には誰もが驚き、流石だと言わしめるほどである。
(けれど、更に凄いものが目の前で起こっているけどネ……)
ルーの視線はもう一方の刀使いの方へ向けられる。一心不乱に真剣な表情で竹刀を振るうノルンの姿。
一見してそれは普通に竹刀を振るっている様に見えるものの、ルーの眼にはそう見せているだけなのだと卓越した眼はそれを見抜く。
(速すぎて眼が追いつけない程の剣の振リ。それも周りに極力派手にならない様にしているとハ……本当に底が知れないヨ)
走行中に高速で回転するタイヤのカバー。もしくは扇風機のプロペラを思い出してみて欲しい。あれらのは見ていると突然その回転が突然ゆっくりになった様に見えた経験が誰もあるだろう。
アレらは単純に視覚から得ている情報が回転する速度に脳が処理しきれず、結果として超高速回転がスローに見えているに過ぎない。無論、模様や回転物の構造によって際はあるが概ね現象としての理屈はそう言うモノだ。
現在進行形で目の前で起こっているのは、言わばその素振り版。
速度が早過ぎて、結果として周りには彼が周りに合わせて竹刀を振っている様にしか見えないのだ。ソレが証拠に、多少の動体視力に自信があるものが見れば竹刀を振るう彼の姿はブレて見えている事だろう。授業を考慮しつつ、自分の鍛錬をしようという結果だと知った時、ルーは更に頭を抱える事だろう。
当人は気付いていないので、そこのところは問題ないかもしれない。それに、列の最後尾の端に身を寄せているので周りにバレる心配も少ない。既にそれだけのことを自覚してやっているのだから気付けよと突っ込みをいれるのは果たして酷なのだろうか。
やがて素振りの時間も終えて今度は試合形式で戦っている最中である。
この武術の授業はあくまで護身レベルの内容であるのは言うまでもないことだ。その為、試合となれば当然誰もが参加して当たり前だが極々一部の面々は違う。力があり過ぎて勝負にならない為控えている者や、体力が低すぎて強制的に休憩を取っている者は横で試合を見学する形で授業に参加している。
当然、その中には義経達も含まれる。
「先程のノルン君の素振りは凄かった。義経の目にも普通に振っている様に見えたぞ!」
「ありがとう。思い付きでやった。反省も後悔もあらぬ」
「デタラメ過ぎるよ、相変わらず」
技術の無駄使いだと、聞いていれば体育教師は頭を抱えていただろうが幸い試合の審判に集中しているので問題はない。
傍らには義経が、どれだけ凄いかと身ぶり手ぶりで「これくらい驚いた」と全身で表現し、ノルンを挟んで反対側では弁慶が肩に凭れかかってべったりしながら向かい側の主を愛でているというこちらも相変わらずの光景。いや、ある意味弁慶は違うのかもしれないがそれを突っ込む者はいない。あるとすれば川神水に手を付けてない事だろうか。ちなみに授業中にまで川神水を飲む事は一応ない。前後にはあっても主大好きっ子の弁慶は彼女に恥をかかせる真似はしないのだ。
だからこそ与一に対するあの所業なのかもしれない。迂闊な発言自体が多いのは否めないが。
「しかし、本当に夏休みが明けてからこっち、ノルン君はモテモテですね。妬けちゃいます」
相変わらずの甘いマスクで流し目で語りかけてくる冬馬。誰に、なんて誰も突っ込むものはいない。
「時に、今朝方宇佐美先生が申しておった事、説明願えるか」と聞く。「無論、良いですよ」と快く笑みを絶やさず冬馬は説明をしてくれた。
――――依頼と呼ばれるシステム。
正式な名称は特になく、学生たちの間で暫定的に呼ばれている此処独自のシステムのひとつ。
生徒達は教師から様々な形で依頼を頼まれ、その報酬は食券として先払いで支払われる。しかし志願者も多いので依頼を受けるものを選抜するそうなのだが、そこでも此処ならではの方法で志願者を選ぶ。
「教師側から最初に提示された食券から競り方式で減らしていき、最終的に残ったモノが依頼を受けるのです」
「こっちも相変わらず変わった学校だね……」
「いい制度だと義経は思う!」
「時に、依頼の中身……具体的に申せば如何な類の仕事なのだ?」
「そこは文字通りピンからキリまで、ですね……」
冬馬曰く、迷子の動物の捜索といった具体的で簡単なものから学園に害を及ぼす要因の排除といった曖昧で難しいものまで色々あるらしく、最後の依頼は義経達が転入する前の春先に起こった校内での窓ガラス破壊の犯人の捕縛だったとか。
そういえば、と思い返してみた時、キャップが此処に転校した時に嬉々として語っていた出来ごとを思い出す。迅速に窓を割っていた外国人連れの若者の集団を相手にオオトリモノを繰り広げたと子供の様に話してくれたな、と。
状況的にもそれは一致しており、つまるところあれがそうなのだと内心で結論付けるのだった。クリスが入って初めての依頼はそのまま素直に捕まえられて万々歳、では無かったらしいがその辺りはノルン自身はよく知らないので割愛する。
「成程……それでその依頼、厳密には依頼を勝ち取るための選抜が放課後に行わるる、と」
「はい。ユキが退屈気味だそうなので私はいきますよ。良ければノルン君達も一緒にどうです?」
「義経はとても興味がある。しかし……今日は挑戦者の相手をしないといけないから義経は行く事が出来ない……」
ショボーン、と肩を落とす義経。「ま、次があるよ義経」と、慰める弁慶。頷いて見せたががっかりしているのは誰の目にも明らかな肩の落とし具合である。
冬馬の言葉に首を振って断った。義経に対する挑戦者がいる以上その管理と後始末という仕事がある為だ。
「それは残念ですね」
「またの機会によろしく頼む。その時は義経と共に、な」
「あぁ! よろしく頼む葵君」
「はい、いいですよ」
視線は試合への方へ。竹で出来た刀が打ち合う軽快な音が耳を打つ。時折聞こえる雄叫びは担い手の気合そのもの表す様に裂帛したもので、動きもさることながら、流石特進クラスと言ったところだろうか。
幾分かの打ち合いと読み合い、授業とはいえ真剣勝負の場を制したは
「メーンッ!!」
「にょわーーーー!?」
名前しかしらない少女であった。
終始優勢であった筈の相手は何を間違ったのか眼に見えて分かりやすい誘いに乗って飛び込み、カウンターを入れられて閉幕。優勢だっただけあって呆気ない結末には誰もがえー、となったのは自然な流れだった。
「一本ッ! それまデ! 勝者、赤池!」
勝てた喜びを示す赤池。対して負けた方――――不死川心の方はと言うと……
落ち込んでいた。それは見事としかいえない程の、今の彼女の心境を表すのにこれ以上にないこんな姿勢(→OTZ)で。
ショックで膝をつく彼女にユキが徐に近付いていく。
「ま、負けた……剣道とは言え
「元気だしなよ、心。確かに相手は明らかに心より動きが悪かったけどしょうが無いよ……隙だらけだったんだもん、心が」
「お前は慰めに来たのではないのかあァッ!?」
「そんな心には油断大敵って言葉を送ってあげるよー♪」
「楽しそうに言うでないわーーーー!」
走って出ていく心を笑って見送るユキ。言っている事は理にかなっているとはいえ容赦がない姿勢には惚れ惚れする。恐らくは心や準といった極一部限定の対応だろうと思いたい。
色々と落ちを付けて、ある意味綺麗に試合が終わったのだった。
川神学園には和室が存在する。
元々川神学園の創設者にして長である川神鉄心が古き日本人らしい在り方を好む傾向があるというのも一因なのかもしれない。他にも学生間の諍いを解決する手段として敢えて争いを以って雌雄を決する学園特有の"決闘システム"を始め、授業カリキュラムに本格的な武術を取り入れているのを見ても分かるだろう。
――――"侍"――――
――――"武士"――――
古来、この国に根差した武に秀でた者の名称であり、現代に於いては外国人にとっては勇猛果敢で義理難い人情家の様な日本人をさし、間違った知識だと日本人はこういう人物なのだと思う所謂"間違った日本知識"をもったかぶれも未だにチラホラ見受ける。
和室の話から壮大になってしまったが、諸々の事情もあり学園内にはそれなりに広い和室が幾つか点在している。
専らその利用方法は茶道部が主に使っており、部屋も茶道室なかなかに部員数も多く活動も活発である。他にも用途はあるが専らは部活動。しかしどれだけ活発でもだだっ広く作られた和室はひとつで部活を行うには事足りる。
そんな和室で大勢の人間が集まっていた。
放課後にも拘らず人が屯って入るが部活をしている様子はない。しかし、部屋の空気は何処か厳かではあった。
上座と呼ばれる場所にはこの集りの主催者らしき男性が座っている。平安の化粧である白塗りをした、これエセ公家かとツッコミを受けそうな格好で座布団に腰を据えていた。
其処から少し間を置いて左右に一列ずつお互いを見合う様な形で並ぶのは様々な格好をした少年少女。様々な、というには些か語弊があり、その大半は川神学園の制服を着た生徒である。学園内の和室なので当たり前だが。
しかし、全くの間違いでもない。
制服を着崩している者がいるが、その程度に留まらず他にも体操着だったり、果ては着物姿だったりものも極々見受けられた。
一同、一様に静かではあるが中には何処かソワソワとして落ち着きのない者までいる。
「では、本日の依頼を発表するでおじゃる」
化粧は愚かまさにこれエセ公家と言わんばかりの口調を上げた上座の人物、歴史教師の綾小路が徐に口を開く。
座った生徒は聞き逃さないようにと教師の言に耳を傾けた。
「風紀の乱れは心の乱れでおじゃる……この神聖なる学び舎にこの様なッ!」
静かに言ったかと思えば一転、声を荒げる綾小路。まるで今まで堪えてきたものを吐きだす様にも聞こえた声と共にビシッと自らの足元を示す。指の向いた方向には金髪の女性が戦場的な格好をする表紙の物理的にも内容的にもピンク色の雑誌。
回りくどい言い方をしなくても誰もが分かるエロ本である。
耳を傾けて成長していた殆どの者達が内心、ガクリと身体から力を抜けたのを感じた。白けたともいう。それでも依頼ならばと耳を傾ける生徒達。
「最近、持ち物検査で斯様な如何わしき書物があちらこちらで摘発されてるでおじゃる。全く以って言語道断ッ!」
ピシャリと激しく持っていた扇子を叩きならす。
白塗りすら更に朱に染め上げるかと思うほど血管が頭に上る様子は何故だか幾人の生徒の笑いを誘いそうになったが、なんとか堪える。白けた空気も相俟って噴き出さない様にその人達が苦労したのは余談だ。
「今回の依頼はこの如何わしい書物の流通元を断つ事でおじゃる!」
言い終えると同時にガヤガヤとざわつく室内。よりにもよってやる事がエロ本の流通元を断つなどというそれ学生に頼むのどうよ、と尋ねたくなる依頼。しかし生徒達が騒いでいるのはそう言う事では無い。
囁かれている内容は、「自分で自分の首を絞めるのはどうか」という点。
お分かりだろうが、浮足立っているのは寧ろ参加した人物達の中では男子だけ。女子の方も以外過ぎる内容にえー、となってはいるものの半分以上は白けている。
尤もそれにも動じず成長している者もいるが。
「頼み料は上食券300枚でおじゃ」
「300枚とはまた大層な額で候!」
「Oh! foot parlor!」
額の高さに今度こそどよめきたつ。
食券の数と質が依頼の肝ではある。当然高額になれば中身も相応に危険度が増すので当然といえば当然だが、エロ本ひとつにここまでというのもある意味これまでの流れでは致し方ない。
無論、依頼内容が高額なのにも理由は当然ながらある。
「西洋モノが多いので、どうにも輸入されたものというのがこちらの見立てでおじゃるゆえ、の」
「成程、かなりの数が摘発されているとなれば組織ぐるみの可能性は高いですからね。妥当と言えるでしょう」
学生たちの競争意識の発達を促すためとは言えここまで危険を孕む依頼をするのも議題には上がったらしいがそれはそれ、学生たちのバイタリティを信頼しての事か結局依頼に回っている辺り色々と業腹であるのかもしれない。
尤もこの程度怯む可愛げのある学生達の方がここでは稀だが。
「では始めるでおじゃる!」
学生の手が徐に挙げられた。