気まぐれ神様の物語 真剣恋Ver.   作:ジーザスルージュ

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大変遅れてしまい、すいませんでした。
言い訳はあとがきにて……


62話

 白銀の刃線が空を文字通りに斬る。

 最早動作すら見えない一閃。

 刀を振るう事で生み出された光景。しかし、愚直に刀を振るうでしかない筈の姿は芸術的でその光景そのものがひとつの至高の作品だと、見ている者がいればそう評しただろう。

 

 しかし、振るっている当人はそんな事はお構いなし。

 元より武を振るう事に誇りを感じず、ただ只管に刀を振るい、ひとつの目標に至る為に振るい続けているのだ。誰の評価にも笑いながら、しかし軽く流すのが常だろう。

 

 ――――刀を振るい続けるノルンにとっては。

 

 常と変わらず表情が変わらない。徹底して合理性に準じた身体運び。全身の筋骨と間接を完全制御した事で為される人に可能で同時に不可能な神懸かり的な体術もって織り成される剣技。

 纏う黒の狩衣の広い袖が動作と共に翻る。

 本来ならば刀を手繰るに適さない筈の格好は、しかしこれ以上に無い程に様になっていた。剣を振るう度に袖が鳥が羽ばたく様に舞う。

 長く広い袖の動きすら最早身体の一部なのだろう。目の前の光景はそれほどまでに違和感を抱けなかった。

 

 再び奔る刀の軌跡。振り切った状態の姿勢はその斬撃を繰り出した事の証左。周りには軌跡しか見えない様な速度も彼にとっては真横へ横一文字に斬っただけ。

 

 

 

 ――――直後、眼前に生じる不可視のナニカ――――

 

 

 

 姿形は一切に無く、風も全く感じず、しかし確実に何かが目の前を先程の斬撃の後をなぞる様に現れたナニカの気配が確かにあった。

 それは斬撃だ。

 しかし刀の軌跡は一切なく、傍目には何が起こったのかすら理解には至らない。そう確信して言える程に奇々怪々な現象が今、起こったのだ。

 尤も、それを唯一見ていた者には一切の訝しむ様子は皆無だが。

 

 無論、気付いていないのではない。

 

 寧ろ、その現象を眼にして何時も鍛錬の時は普段見せる微笑みの様な軽い笑みを一切見せなず真剣な表情をしている筈の彼は笑う。それを当人も自覚する。

 その性故に、感情を完全に律する事が出来ている彼が鍛錬の最中に笑みを零しているのだ。ある意味異様である。

 しかし、それを指摘するモノはいない。厳密にはいるが、する必要がない(・・・・・・・)と言うべきか。

 

 奇怪な現象を起こしたのは他ならないノルン自身なのだから。

 

 秘剣佚之太刀。

 既にお馴染、因果の流れである"原因"と"結果"が速度を以って重なった事によって事象に到る過程を省いた魔剣。

 一切の氣や魔力、神秘を用いらずに奇蹟を体現する彼や師の秘剣は寸分違わずに目の前で為された。

 刀が鞘に収まって(・・・・・・・・)いないにも関わらず(・・・・・・・・・)

 

 

「呵々、漸くに、ここまで……」

 

 

 絞り出す様に呟く独白。身体を包む爽快な感覚。

 一言で表すならば達成感。しかし、もう少し掘り下げてみればなかなかに複雑で、感謝、感傷、喜び、様々なモノが達成感の中に綯い交ぜになった単純だが明快ではない。しかし不快でもない感覚。

 師の秘剣を初めて為せた時も、こんな感覚だっただろうかと、珍しく感傷に耽る。

 

 しかしこうして呆気も無く求めた為せた現実は同時に別の側面から見ると未熟さを感じてしまう。

 ノルンという個体は戦いの才能はあっても武の才能はないという一風変わったどころか珍妙と言って差し支えない能力を持つ。

 持ち前の身体能力の高さは元より、心眼や精神透過が齎す恩恵に於いて戦いそのものの機微を敏感に察して行動する。だが、決まった型をその通りに反復すると言った機能だけは反比例しているのかといえる程に欠落していた。素振り1つ満足にするのにすら身体能力と比べると凡人レベル相応の習熟速度と雲泥である。

 そして、それ故に思った通りに型を行えたからと言ってそのままゲームの様に自在に発動できる筈もない。当然自由に為せるように修練を重ねた上で初めて自在に扱える。当り前だ。

 だが旅行から約一週間、佚之太刀発動に幅が広がっているどころか至上だった抜き身での佚之太刀すら可能になり、更にここまで軽く――――宛ら前からずっと鍛錬を続けているかのような成功率を目の当たりにすれば否でも理解させられてしまう。

 

 肉体に積み重ねた鍛錬は遅かろうと速かろうと何れ結果は鏡の如く寸分違わず現実の物として当事者に指し示すもの。ここまで自在に操れているという事は

 ――――即ち以前から自らの心技が領域に到達していたという事に他ならない。

 同時に、己の特性を踏まえればそれは今まで為せていたのに為せなかった訳で――――

 何が原因かと言われれば、間違いなく意識の問題だったのだろう。そうでなければ此処まで自在に操れているのは不可解だ。

 

 捕らわれていたのだろう――――あまりに師に焦がれていた為に。

 感情を自在に制御できる異端で異常な精神力とはいえ、否、それ故とでもいうのか。意識的に心を制御できるが故に、自覚出来るものに限られている。自覚のない感情までは当人にも干渉が出来ない。何処を調整すれ(正せ)ばいいのか理解できないから。

 どちらにしても師が見ていれば、未熟者と罵倒されて地獄の鍛錬どころかズンバラリン折檻コースまっしぐらである。空恐ろしい。

 

 だが、そこは流石規格外の精神透化によって為せる集中力は一切乱す事無く続けて放たれる斬撃。刀を振っては振りきった直後に生じる不可視の斬撃。

 

 振るっては表れ、また振るっては表れの繰り返し。

 

 やがては多方向に繰り出さる太刀筋。

 

 演武は演舞の如く。身体操作による人の身でありながら人知を超えた領域に到る体術は更に洗練されていく。

 昇華といってもいいかもしれない。

 

 より速く。

 

 より早く。

 

 より先へ。

 

 より極へ。

 

 しかし、振るい続けて思う。これでは駄目だと。ひとつの到達点に到って尚心は満たされる事はない。少しぐらい前ならば今以上には感動には浸っていただろう。

 何せ、漸くに刀を抜いた状態での師の秘剣を為せたのだから。

 しかし為せたのに満たされない。新たな極みを見出してしまったが故だった。

 今し方まで望まんと欲して、いざ得てみればまた更なる先を見出さんとする。まさしく師に曰くの武の求道者たるの姿。

 当人にとっては困ったモノだと呆れの感情を禁じ得なかった。同時に先があることへの喜びも。

 

 

(この程度ではッ……)

 

 

 佚之太刀。

 その制度は鞘に収めたソレとなんら変わらない。しかしまだだ、と得物を振るう。

 

 

 ――――何時か、己が身ひとつで佚之太刀を―――

 

 

 師である彼女の言葉。その本質は無論、刀を抜いての佚之太刀ではなく、佚之太刀を体術で為す事ではあるが、同時に然にあらずと心眼は、経験は告げる。故に振るいながらも思案する。思考する。極みの位置を見極めんが為に。

 

 身体一つで因果律の原因と結果の合一を為す。

 これほど単純で、しかし難解だったモノは武芸に関しての事柄でかつてなかった。少なくとも彼自身は知らない。

 

 では、身体のみで行われる原因と結果の合一による技とは何か。

 思考してみるもこれが意外と明確なイメージが浮かばないものだった。

 今現在、居合いでは無く抜き身の刀で行っている佚之太刀とて、ある意味で身体で為せているに等しい。居合いであってもそれは同じで、やはり改めてこれより先にある極となると想像が固まらないのは必然なのかもしれない。

 

 以前変わらずに刀を振るい続けるなかも淀みなく思考は脳内をめぐる。絶え間なく、脳から発せられる電気信号は持ち主の意に沿ってより加速され、自在に身体を行き交い全身を寸分と違わず文字通りに操りながらも思考をは留まらず、それどころか加速されていく。

 

 

(ともあれ、佚之太刀の到達点とは如何なる形か……)

 

 

 速さは天井を知らず。

 振るっている方の刀すら速度を上げ、最早それだけで見る者を魅入らせてしまう程の技。加えて佚之太刀を交互に出すのを寸分違わず変わらない。しかし刀を手繰っている当人には二の次だ。

 

 

(剣技のみならず素手でも為せる事? 否、そんな単純な類ではあらぬ……然りとて――――)

 

 

 回る、回る、頭が回る。言うまでも無く、往年のホラー映画の様に物理的にでは無い。

 問題に対する解を見出す為に頭の中で考えを回している。

 

 素手ではないのは良く分かる。それは佚之太刀と技的には変わっていない。刀は身体の延長線上たる以上は何時かは到りたいと願うが、極ではない。

 

 しかし概念的には近しいと己の心眼は告げてくる。

 

 発想として、何かが足りない。しかし、何をどうすべきか。問いはその一点。しかし難点。振るう得物の速度に負けない位に考えが浮いては沈むの繰り返し。

 だがしかし、些細であっても重ねる事に意味がある。

 それが証拠に、彼の思考にはひとつの閃きを得る。

 

 

 ――――佚之太刀とは斬撃という事象に於ける原因と結果という因果の合一である。

 

 

 ふと、浮かんだモノに何を当り前な事を、と文字通りの自嘲。そう思うモノの、何かがノルンの中では引っ掛かった。

 

 本来斬撃とは"刀を振るう"という動作を経て"斬る"という行動に繋がる。しかし佚之太刀はザックリと表せば"刀を振るう"という動作と"斬る"という行動を一緒に繰り出せたら太刀筋がより早くなるのでは……なんて厨二も鼻で笑いたくなる程の呆れた発想で生まれたトンデモ技である。

 実際なっているので決して笑えないが。

 

 しつこいようだが佚之太刀は"斬撃"という因果の合一である。

 では、これを更に上へと至るにはどうするべきか。

 その問題にひとつの仮説が浮かぶ。

 浮かんだそれを相も変わらず得物を手繰りながら吟味していく。

 

 発想としては佚之太刀よりも遥かに軽いと言っていい。否、広いと言うべきか。

 厨二をこじらせた位に色々と吹っ飛んでもいる。

 しかしそれはある意味で自然な流れとも言えて

 

 

 ――――悪うない、な。

 

 

 思わず、とらしくもない意識しない感情の揺らぎそのままの笑顔を浮かべながらそう思った。

 得物を振りきる。

 野太刀という通常よりも長い武器にも関わらず、その刃は大気を震わす事は無く、何処までも静寂。

 こんどは軽く、腕では無く手首を使って刀身に纏う露を振り払うかの様な仕種。ヒュッ、とここにきて初めて刀が風を切るのだった。

 

 時間を確認するとまだ少し余裕がある。

 己の内で浮かんだ想像を現実にするために再度振るわんとして

 

 ――――頭を奔る独特の感覚に手を止めるのだった。

 

 

(成果は無し、か)

 

 

 各地に放った身外身。

 使い手の思考を模して自立行動できる分身体は現在橘天衣とその部下の捜索にあたっている。捜索から早5日という日付が経っているが一向にそれらしい報告は上がってきていない。

 

 思念を介して伝わってくる身外身達からの定時報告もやはり成果は無く、溜息をつく。引き続きの捜索を続ける様に指示を出し、再び考えを巡らせる。

 

 

(この5日間の調査から予測するに隣接する他県には存在しない、か? 然りとて、身体の状態からして然程遠方にゆけるとも思えぬが……一体は戻すか? それとも……)

 

 

 実際のところ、橘天衣が其処まで遠い場所にいると言う予測はしてない。根拠としては一重に彼女の身体にあった。

 幾ら強化股肱によってパワーアップして、身体との親和性も高いとはいえまだまだ微妙な調整が欠かせない事には違いない。当人も部下もいざという時の応急処置や軽い調整が出来る程度には知識を授けているとはいえ、それ相応の設備が備わった拠点は必須である。

 

 目下その拠点をノルンは身外身達に探させているものの成果は無し。従者部隊も同じくという結果は現在九鬼を悩ませている最たる問題だった。

 更に先程の隣接する他県にいないと言う考えもあまり充てには出来ない。本体の持つ心眼などのスキルは分身体には付与できいない上、探知範囲も狭いのだ。故にどうしても精度が劣る。

 

 

(加えて、演習場より逃げ出した際の事も気掛かりだ……依頼の一件と言い前途多難だ)

 

 

 朝の鍛錬は結局のところ2日前と変わらずに終わり、新たな可能性を見出せたとは言え、状況は素直に喜べないのが少し残念だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふあぁー……ダリィなぁ……」

 

「もっと爽やかにいこうよ、与一君」

 

「週の頭にも似たような事を申しておらなんだか?」

 

 

 毎日の通学路。土曜日という日付だが武士道プランとノルンの一行は川神学園へと向かっている。

 夏休みが明けての最初の週末は学園長である鉄心が未だ抜けていない夏休みの遊び気分を吹き飛ばさんとして始業式の挨拶でいってきたために今日は通常通りの授業が行われる。

 

 空は生憎の曇り。今にも降り出しそうなどんよりの灰色模様の空は、分厚い雲によって日差しが無い分外を歩くには幾分か楽だった。

 与一が愚痴り、弁慶は毎度ノルンへとよたれかかり、清楚や義経がそれを諌める何時もの光景だ。

 

 

「やはり、まだまだ精度が及ばないなぁ……」

 

 

 溜息が零れそうな声音でボヤく義経。今朝の鍛錬を想いを馳せてついつい漏れだした言葉だった。

 喜怒哀楽がはっきりしている彼女らしく、というのもなんだが自分の至らなさに肩を落とす。そしてそれを弁慶は反対側にいるのをいい事に「あせらない事だよ義経」と頭を撫でて励ましている。

 励まされて元気よく握り拳を作って「大丈夫だ、ありがとう弁慶」と笑顔で返す義経に微笑む弁慶。

 

 これだけを見れば間違いなく小さいながらも美談である筈のソレは、しかし落ち込んだ段階で既に微笑ましい顔をしていた弁慶を見ていれば美談も何だかなぁ、と色褪せて見えなくもない。本当にユニークな主従である。

 

 2人を見つめる清楚とノルンは苦笑い。相変わらずだなぁ、という共通の感想。

 お互いがその様子に気付いてどちらともなく動かした視線は交わり、やはり苦笑するのだった。

 

 

「……アホらし……」

 

 

 やや後ろを歩く与一も相変わらずである。

 

 そんなこんなで歩みを進めて、通学路にある多馬大橋がその姿を現す。

 大きさもさることながら、それ以上に変態の出没率の高さゆえに変態橋の異名で呼ばれるこの場所もまた常変わらず、というのも甚だ可笑しいが奮っていた。

 

 突然進路上に躍り出た中年の男性。朝も早いというのにカジュアルな格好をした男性は鼻息を荒くして弁慶に近付き、後3、4歩で手がと届くという所で突如として奇声を上げながら跳びかかって来た。

 なので――――

 

 

「あぷろばっ!?」

 

 

 ノルンは綺麗に川へと蹴り落とす。

 跳びかかった際には流石武芸者揃いと言うべきか。全員身構えはしたものの、コントの如き瞬間的なフェードイン&アウトに呆然となった。然もありなん。

 

 他にも、蹴り落とした男性と同じく息遣いの荒い女性が再び目の前に現れる。

 容姿はそれなりに整っている方で、10人いれば6、7人は振り返るレベルだ。しかし、まだ朝早くとはいえこの季節に長けの長いロングコートは未だ残暑が残るこの環境の中では否でも際立つ。

 先程の様な異様な雰囲気にまた跳びかかってくるのか、と身構える武士道プランの面々。しかし、唯一人ノルンだけは変態らしくヒネた行動を取るのだろうと、思考する。

 持ち前の心眼では無く、経験則である。それだけここは筋金入りである。どんだけかと。

 

 

「ねぇん、坊や達……あたしをみ・て!」

 

 

 バッ、とコートを翻した女性。

 武士道プランの申し子達はおろか、ノルンでさえも一瞬だけ呆然とした。

 ただコートを翻した訳では無かった。前の部分で止めていたのをどういう理屈か一瞬で外し、両側へと翻したのだ。詰まるところ、コートを脱いだ訳である。

 普通ならばそれだけで止まる道理はない。しかし、目の前に広がる光景は呆然となって然るべきものだ。

 

 ――――なにせ全裸だったのだから。

 

 変態の行動は予想をヒョイと通り抜けるとはいえ、内心で呆れながら即座に気絶させんとノルンは腕を振るおうとして――――止めた。

 止めざるを得なくなったと言うべきか。

 

 眼の前には目隠しをするように視界を遮る弁慶の手。よたれかかる為に組んでいた腕は離さないと言わんばかりきつく掴まれていた。地味に軋んでいたりする。

 

 視界には見えないが義経が更に前に出て両手を広げて女性の裸体が後ろの人間――立ち位置的にはノルンだろう――に見えない様に塞ぐ。

 

 そして清楚は誰よりも早く、それこそノルンの初動の速度すら超えてみせて、女性を川へ殴り落とす。ノルンが腕を振るおうとした時には既に姿が橋の外にフェードアウト仕掛けていた事でその速さは尋常ではない。

 悲鳴すら上げる暇も無く、落下する様子すら見えず大きな水柱を上げた女性の後(らしき所)を、宛ら道端のゴミでも眺めるかの様な眼で見送っていた。しかも氣が猛々しく荒ぶって。西楚状態だ。

 

 

「フン、流石はといったところか? 痴女まで現れるとはな。おいノルン! よもや今の女の裸体、眼に入れてはいないよなぁ?」

 

 

 紅玉と称えられるほど綺麗な瞳が貫く。その冷たさを湛えた眼には鍛錬等では見られない威圧感が溢れていた。

 義経も無言で振りかえり、見てないよね、と言わんばかりの視線を投げかけ、弁慶はこちらも無言で、しかし手に力を更に加えて見てないよね、と無言の問いかけだった。傍から見れば似た者主従でも実際は小さく大きな隔たりがある。然もありなん。

 

 問いに対して頭を振りながら見たことを告げて、清楚の言葉に否定を示す。幾らなんでも、あの状況で痴女の裸体に眼を向けずにというのは無理な話だった。

 何か行動を起こすも心眼は危険を示さず、ならば何をするのかと身構えた上でのあの女のトンチキな振る舞いはなまじ優秀過ぎるチートな身体故に、弁慶や義経が視界を塞ごうとしてもどう足掻いたところで視界に収めずにはいられない。

 

 更に加えれば見せつけられた当の本人は赤の他人の裸体になど一切の興味を示す事がないのもあって、コアな趣味に苦笑いはしても情欲は湧く事はない。寧ろ、弁慶の密着だとか、義経や言外に見たと示して「あわわ……だ、駄目だぞノルン君ッ」と顔を赤くして諌めたりする様子だとか、清楚の怒りの中に垣間見える独占欲に近しい感情の方が余程魅力的に見えているが、3人には知る由もない。

 

 ちなみに、今の一連の流れで一番ドン引きなのは、後ろでこの状況に戦々恐々している与一なのは言うまでも無い。巻き添えを食らうまいと後ろにいる事をいい事にソッポを向いて知らんぷり。

 しかし、額には大きな汗を示す水玉マークを幻視したとかしないとか。

 閑話休題。

 

 

「フンッ!」

 

「ればー!?」

 

 

 清楚からの脇腹への強烈なフック。しかもノルン式の縮地を使っての奇襲でもあった。

 ノルンの態度や、何より他人の裸体を見たと聞いた瞬間から、強く胸の内から溢れ出た感情に身を任せての行動だった。

 しかもご丁寧に化勁で流される事を考慮したものだろう。力を上手く制御しての一撃は、多少しか受け流せずダメージが身体を通り抜ける。

 清楚の方もあ……と多少は思いもしたが殴った事で多少留飲も下がったし、そもそも裸体を見たこいつが悪い、と微妙な自己嫌悪と共に無理やり自分も納得させた。

 

 横に弁慶がいるのを考慮してか、はたまた本気で殴るまでもないのか、小さくもないが大きくも無い一撃。しかし、現在進行形で弁慶によってノルンの腕はギシギシなっているので痛みだけなら増えただけ。

 

 

「な、なにゆえ?」

 

「お前がアレの裸を見たと聞いたら腹が立った。反省はしていない」

 

「キャラが微妙に崩れておらぬか? あと弁慶」

 

「なんだ?」

 

「腕が軋んでおるのだが……」

 

「おや、そうかな?」

 

「……色々と肝が据わっておるな、弁慶」

 

「だ、大丈夫かノルン君!?」

 

 

 見ていて何時もながらの可愛いらしい義経のリアクションに「大事ない」といって前かがみの体勢を元に戻す。

 そんなノルンを尻目にソッポを向いた清楚はこれ位でいいか、とシュルシュルと自然体に氣を収めて西楚は清楚に戻る。攻撃的な気配はなりを潜め、振り向いた清楚は「ちょっとだけやり過ぎちゃってゴメンね」と清楚に謝って来た。

 謝っている割には唇を尖らせて、不満ですよ、顔が物語っている。そんなにも納得できなかったのかと。

 

 ノルンはとばっちりというべき元凶である痴女に内心で悪態をついた。清楚達の行動は彼にとっては可愛らしくとも、まさかレバーフックが来るとは流石に想定外にも程がある。

 おまけに何故だか心眼も働かなかった。

 ギャグとでも言うのか。

 

 グダグダな空気に色々と疲れを感じたところで、遠方から急速に接近してくる馴染んだ気配を察知したノルン。既に馴染み過ぎてもうまたか、という感想しか湧かない。

 

 

「天から美少女登☆場ーーーーーッ!!」

 

 

 そのまんま人間大ジャンプで、文字通りに跳んできたモモ。清々しい笑顔はファンなら垂涎ものだろうが、この場では苦笑しか誘わない。

 お互い朝の挨拶を交して、大凡の見当はついてはいるが一応の確認として「何事だ?」とノルンは問う。

 

 

「いや、何だか朝からデカイ氣を感じてな、ここまで飛んできた」

 

「あ、あはは……わたしだね、それは」

 

「マイスウィートハニー清楚ちゃんのだったか。なんか荒ぶってたみたいだが、なんかあったのか?」

 

 

 実は、と義経が掻い摘んで状況を説明。

 耳を傾けつつ、モモは聞いた内容を自身の中で反芻するかのようにふむふむ、と頷く。成程、と話を聞き終えて

 

 ――――思いっきりノルンの身体をぶん殴る。

 

 身体に奔る強烈な衝撃を、今度は話が終わった瞬間に警鐘を鳴らした心眼によって化勁によって残らず空へと受け流す事にどうにか成功する。

 無双正拳突きの一撃とか、馬鹿なの死ぬのと言ってやりたい。

 

 

「話を聞いたら腹が立った。後悔はしていない」

 

「清楚と違って可愛げがあらぬな、モモの場合はっ」

 

 

 何故だかドヤ顔を決めて来たモモ。

 同じで台詞でも言う人間の心情ひとつでここまで違うのかと。清楚とは雲泥の差だった。

 

 

「お前に言われたくないな、その台詞。どうせ相棒なら対処できるだろうと思って」

 

「下手な信頼とは、斯くも痛々しいものか……」

 

「それよりそのお姉さん、いまならまだ拾えるかなッ!」

 

「え」

 

「モモちゃん……」

 

 

 清楚、義経は流石に呆れた。弁慶は我関せず。そして与一は何時の間にか更に距離を離していた。巻き込まれない様にするために。

 何気に探知能力が上昇している気がする。どうせならば何時もそうすれば弁慶の折檻だって減るだろうにと見ているものがいれば突っ込んだだろう。圏境で位置を把握しているノルンは現に心の中でツッコミを入れているのだから。

 閑話休題。

 

 何処までも欲望に忠実な相棒に己も同じか、と頭に過ってそれ以上なにも言えなくり、ノルンはそのまま歩を進める。腕にひっついたままの弁慶も言わずもながそれについていき、清楚と義経は少し慌ててそれに追従し、与一もまた黙って付いていく。

 

 無視されてむくれる武神は「なんだよー、ちょっとした茶目っけだろうー」とブー垂れながら置いていかれまいと続くのだった。

 

 歩くなか本当に変質者が跋扈するものだと、頭を抱えたのは誰だっただろう。

 

 学園へと歩みを進めているなか、ついには背にまで乗っかりだした武神を相手にノルンは極めて普通に対処する。女子、それも10人居れば9人は確実に振り返る美女2人に抱きつかれるこの状況はひどく悪目立ちをしているが、当人はどこ吹く風と奇妙な光景に拍車を掛ける。

 

 

「時にモモ。鉄心殿から許可は下りたか?」

 

「あぁ。ジジイ達も楽しみにしている見たいだ。何せ昨日の今日ならぬ昨日の明日だからな。武人として色々騒ぐんだろ」

 

「滾る、の間違いであろう」

 

「そうとも言うな」

 

「何の話?」

 

「昨日の夜に話したであろう。まゆっちとの――――」

 

「姉さん、それにノルン達も。おはよう」

 

 

 横に居る弁慶の問いに答えようとして、被せる様に掛けられた声に中断させられる。

 眼を向けた先には大和がよっ、と手を上げて挨拶をしてきている姿。同じ様にみな挨拶で返す。

 ガクトがノルンの光景を見て血涙を流しながら悔しがるもみんな無視。

 影が薄く、それ故にかツッコミ担当のモロですら眼を向けていない辺り既に既知過ぎる光景なのが窺える。

 

 

「――――っていうか、ツッコミだけが僕の存在価値みたいに聞こえるんだけど違うからね!?」

 

「突然どうしたモロ? 悪いもんでも拾い喰いでもしたか?」

 

「あ、ゴメン……なんだか無性に言わなきゃいけない気がしてさ。後、キャップとかじゃないんだからしないよそんな事ッ」

 

 

 モロの電波な言動は須らく脇に捨ておくべきだ。世界の法則が乱れる。

 

 妙なコントを他所にまゆっちは真剣な、なんて言葉がシックリくるほど真っ直ぐに一点を見つめる。表情は硬い。しかし、何時もの強張ったものではなく、戦を控えた武士の様な佇まいだった。

 彼女の眼差しの先に居る人物は膝まで届く程の白い長髪を靡かせ、常と変らない薄い笑みを浮かべて同じく彼女を見る。恐ろしいまでに澄んだ瞳の中には何処か常とは違う、強いて言うなら興味の色を湛えて視線は交わる。それを見るモモは彼と違って面白い、と今にも口から漏れだしそうな位に笑っていた。

 何とも踏み入りがたい空気のなか、徐に口を開いたのはノルンだった。

 

 

「モモから正式に許可が下りた。明日、川神院にて、だ」

 

「はい、望むところです」

 

「イェアー! オイラ達の力、眼にものみせる時が遂に来たぜ!」

 

「……シリアスな場面なのに、シュールだね」

 

 

 モロの至極なツッコミに呵々と笑って同意する。

 事態を把握できていない弁慶は再度「なんなの?」と問い、再びノルンは答えた。

 

 昨日の金曜集会の折の話を。

 テンパリながらも、言葉を噛みながらも、それでも顔はふざけている様子は一切なく真剣なモノで彼女は夕闇迫る秘密基地の室内でこう告げて来た。

 

 

 ――――わ、私とひとつ……勝負をしてください!

 

 

 言葉と共に勢いよく下げられた頭。

 突然の行動と、普段の彼女からは到底でないだろう言葉。二重の意味でファミリーの殆どが驚いた。

 ツラツラと口に出すは戦いを挑む由、故。

 曰く、KOSでの戦いで刺激され、更に若獅子で見た佚之太刀は黛流の目指すべき極に到っている技。それを見て、ひとりの剣士として戦ってみたい――――そう思ったのだそうな。

 

 後輩の真摯な頼みは当人が思っていたよりも軽く、あっさりと承諾された。受けて貰えるかを心配して、10どころかその五倍は用意してきたのにとどこぞの馬が嘆いていたらしい。

 閑話休題。

 

 恐ろしい程にあっさりと付けられた決闘の約束に、いの一番で反応したのはモモだ。

 喜色満面の笑みで「戦うってなったら場とか見届け人が必要だろうウチでやってやるよそうと決まれば善は急げだ!」とノンブレスで捲し立てたかと思うとあっという間に自分の家に帰って鉄心にも話し、この決闘を取り仕切って貰った。

 話をしたその日の夜に決まったのは驚愕モノだった。

 

 

「ふーん……で、明日は剣聖の娘との決闘って訳ね。覚えてないなぁ……」

 

「というか、昨日の夜にノルン君言ってたよ」

 

「話した時はとうにデキ上がっておった故、覚えておるまいて……ま、それはそれとして、だ。楽しみにしておるぞ、まゆっち」

 

「は、はい!」

 

 

 少しテンパリ気味の返事。何時もの光景だとみんな笑って学校に向かおうと足を向けた。

 そしてそれを遮る大きな声。

 声色からして張り合げてはいないので恐らく素で大きいのだろう。野太いそれは進行方向とは逆向きから聞こえたのだった。

 振り向くとそこに見える巨漢の姿。浅黒い肌にボディービルダーですかと問いたくなるような丸太に例えられそうな四肢。

 ジャソプで連載していた超有名な格闘漫画に出てくるキャラの様な体躯は現実に現れると引くか見とれるかのどちらかに別れるだろう。

 

 

「川神百代と九鬼ノルンはどいつだ?」

 

「ふむ、片方では無く両方とは新しいな。そう思わぬか?」

 

「だな。それだけ実力者、だといいなぁ……」

 

「私は弱くていっこうに構わぬが、な」

 

「当事者なのに無茶苦茶呑気だぜこの二人……流石パネェ」

 

「寧ろこの場合、自分はこの2人を名指しした相手の方が凄い気がするが……」

 

「確かにね……逆の意味で、だけど」

 

 

 実際のところ、眼に見えてと言える程余裕があるという訳ではない。というのも、相手の実力が間違いなくマスタークラスのものだからだと2人とも察していたからだ。

 それでもこんな対応が取れるのはモモの場合は武人としての嗅覚が目の前の男の力量を正確に測ったが故に。

 もう片方は斜めに構える事で相手のプライドを刺激し、激昂させて隙が出来る様に誘導しようとしての事だった。思惑は半分成功、半分失敗。ふたりの振る舞いに片方の眉を上げ、不愉快そうな表情を見せるも突っ掛かるまでは至らない。

 

 

(玄人、か。加えて勝てるだけの自信もある、とな……然りとて――――)

 

 

 脅威足り得ない。

 本質を見抜ける心眼が告げた直感の答えはその一言に尽きる。しかし、だからと言って油断が出来る相手でも無いのも事実。曲りなりにもマスタークラスに比肩する力は持っているのだから。

 ギラついた肉食獣の笑みを浮かべるモモを尻目にノルンは場を移す事を提案。モロから「遅刻するけど……」とツッコミが入るが、目の前の挑戦者は当然見逃しては貰えそうにないのは明白なので当然、無視という選択は皆無だ。

 

 結局のところ、他の迷惑も鑑みて多馬大橋下の河川敷に移動する事と相成った。

 他のメンバーも付き合えば遅刻する筈なのだがそこはそれ、友達が心配で――――という名目の興味本位で付き添う。無論、心配というのも多少あるだろうが、この場に於ける2人に対する見学者達の信頼はとても厚い。それだけの実力に裏付けられた信頼である。

 

 日差しの見えない空の下。

 残暑が運ぶ熱気を含んだ夏の気配を感じる風に晒されながら睨み合う1人と2人。

 闘氣を滾らせるのは野太い男と武神たるモモ。

 ノルンは相変わらずの静けさを保ったまま場を見る。圏境は最大まで高め、しかし姿はそのままに。何時相手が動いても対処できるように、そして相手の手の内を探るために静かに佇む。

 

 

「ムンッ!」

 

 

 力む仕種と同時に男から更に滾る氣の発現。周囲の空間へと広がりゆく。

 男の行動に呼応するように氣を高ぶらせる武神。モモは相手の氣の量からしてマスタークラスのソレを確信する。直感では察せていたものの、やはり普段から不良や有象無象の相手が9割以上を占める為、目の前の男が"本物"であることの証左を見れての歓喜した。

 

 対してノルンも感心と関心を見せていた。

 氣の量が、ではない。

 氣の使い方に、だ。

 実力が目算以上に高い、という意味では無論ない。文字通りの氣の運用の仕方に物珍しさを覚えたからだ。

 同時に玄人であるとするのはこれが原因だと悟る。

 

 そんな事など知る由もない男は広げた氣を今度は自身へと集める。先程広げたものよりも遥かに多く。集めた氣を鎧の様に男は纏わせた。

 

 

「ハッ、何をしたのか知らないが退屈させるな――よッ!!」

 

 

 開幕からの川神流 無双正拳突き。

 合図など無い一方的な先制攻撃だった。

 なにかあったとするなら強いて言えば氣を滾らせた事が合図だっただろうか。

 男の変化にモモは当然気付いていはいたが、それすら知るかと言わんばかりに本気の無双正拳突きの一撃。

 

 この行動はモモが挑戦者を選り好みするようになった際の常套手段である。

 相手が隠したならば有無を言わさず骨一本程度の無双正拳突きに留め、相手が一応に壁を超えた者と見たら取りあえず死なない程度の全力で無双正拳突きで試す。

 戦い甲斐があるかどうかを確かめる為の彼女なりの間引き方。ちなみに死なない程度云々は彼女自身の武人としての直感頼み。

 ハッキリ言って挑んだ側からしたら堪ったモノではない。今まで喰らってきた面々はお星様になったのは必然だ。

 

 ファミリーのメンバーもよくその光景を目にしていたが故に今度の男もまた星になるのだろうと、そう思っていた。

 

 

「な、に?」

 

「これが噂に聞く川神流奥義、無双正拳突きか……化勁で受け流したうえで俺の最大出力の天地外装を揺るがすとは見事だ」

 

「ね、姉さんの拳に――――」

 

「耐えた!?」

 

 

 驚くのは当然だった。受ければ人が天を舞う。比喩抜きでその現象を目の当たりにしてきた者達にとってそれは最も度肝を抜かれるのは。

 止められるどころか無傷とは想定していなかったモモは更に笑みを深くして詰めた間合いを離す。元の位置、ノルンの隣まで戻った彼女の端整な顔は満面喜色の笑みであり、ファンがこの場に居れば黄色い声が上がっただろうがこの場にはいない。いたとしても大和達の様に驚いて結果は同じだったかもしれないが。

 

 ならば、とモモは掌に氣を集中。両の手で挟み、腰だめに構え、限界まで圧縮した。

 手から零れるどころか溢れんばかりの黄金の輝きが彼女が込めた氣の大きさを物語っている。

 

 

「川神流、星殺しいぃぃぃーーッ!!」

 

 

 放たれる極光の波動。

 人体からビームなんて冗談にしか聞こえない氣の奔流は容赦なく男を飲み込まんと迫る。

 

 男は大して動じる事も無く不動の構えで迎え撃った。

 星殺しの一撃は確りと男に命中。しかし、閃光は男の身体を焼くには至らず、飲み込まれる事無く空へと弾かれてキラリと光るに留まった。

 その際、世界中でその光が目撃され、眼にした者は到るところで「アレがMOMOYOか……」と呟いたとか。

 閑話休題。

 

 武神の代名詞のひとつとも言える手からビームも通じず、ギャラリーに徹していたファミリーは沈黙。義経達は興味深そうに試合――と言っていいかは分からないが――を見守っている。

 

 無双正拳突きも星殺しすら弾く光景を見てノルンは思う。

 

 ――――見事、と。

 

 拍手を以って男の技を称賛する。

 

 

「いやはや、見事、と言う他あらぬ。誇ってよいぞ? モモの強力な一撃を二回も耐えるとは、な」

 

「受け取っておこう」

 

 

 ぶっきらぼうな男の態度。こういう性分なのだろう。愛想がいいような振る舞いでもないし、そんなものを誰も求めてはいないので問題はない。

 弾かれたモモもゴツイ男に愛嬌など求めないし、ノーサンキューである。何よりも己の技が此処まで対処されているのが嬉しいのか顔がギラついて肉食獣も裸足逃げ出しそうである。然もありなん。

 

 

「凄いな、アレ! ここまで防がれたのはノルンやジジイ以外にいなかったぞ。あの鎧どうやって作ったんだ? 明らかに男の持ってる以上の量の氣で編まれてるが……」

 

 

 彼女の疑問はある意味最も。何せ目の前の男は自身が持てる氣を遥かに上回る量の氣を以って鎧と為しているのだ。

 氣とは肉体が持つ生体エネルギーである。誰もが持っているものであり、心身の鍛錬と共にその量を増やしたり制御してモモのようなビームすら極めれば撃つ事も可能にする。

 しかし、幾ら鍛錬を積み重ねようが肉体が保有できる限界量は存在しており、それは個々に於いて千差万別。鍛錬を重ねてもワン子やクリス、京みたいにそう増えない者も居ればモモを始めとしたマスタークラスの達人達の様に端から莫大な氣を保有する者だっている。

 

 そして、そうじて自身の身体の許容を超える量の氣を制御する事も、ましてや保有するなど出来やしない。稀に存在はするが、膨大な氣に肉体が耐えかねて逆に虚弱になるのが常だ。

 だからこその疑問。

 そして、その回答をノルンは持っている。

 

 

「あれは洗練された周天行によって為される技だ」

 

「周天っていえば……あの中国の気功法の?」

 

 

 モモの問いに首肯で返す。

 周天行は煉丹術とも呼ばれる中国の道士の術のひとつである。道士の術は数あるがその多くは共通して、不老不死に到る為の手段として伝えられている。

 周天行は中でも氣と密接に関係がある技法。その修練工程は大きく分けて二つ。

 

 分かり易くザックリと言えば呼吸や精神修行を以って氣を知覚し、身体に巡らせて操作する技術を学ぶ小周天。

 更に小周天で培った技術を以って、今度は氣を触媒にして天地と己を一体化する大周天の二つである。

 

 

「あの男が初手で氣を広げたは威圧では無く天地と一体と化すため。一体となった後は天地の氣を言わば一時的に周りの氣も己がものとして手繰り、一点にかき集めてそれらを鎧と為したのであろう。人からしてみらば世界の氣は人とは比較にならぬ故、理論的には粗無尽蔵であろうな」

 

「うっわ……MP無限回復とか何処のチートだって話だよ……」

 

「チートに到ってはモモにだけは言われとうあるまいなぁ……加えてその鎧、身体を通さずに纏っておろう。勁脈への負荷も制御分のみで最小限に留めておるが故にモモの攻撃も防げたと見たが、如何に?」

 

 

 モモの攻撃にも揺らぐ事無く無表情だった男の顔が驚愕に染まる。

 指摘もさることながら、問いつつもノルンの既に確信を得ているという表情もあっての驚きだ。

 

 

「如何にも、といっておく。良く其処まで見抜いた」

 

「なに、眼と精神透過だけは規格外に優れておる故な……」

 

 

 フフン、とお互い不敵に笑う。ノリノリである。

 尤も、ノルンが見抜けたのは第一には心眼だがそれだけではない。周天行のような技法は彼にとっては十八番そのものだからこそ、だった。

 

 

「改めて称賛しよう、中々に見事な"圏境"だ」

 

「え!?」

 

 

 称賛の言葉にいの一番で驚き、声を上げたのは隣にいるモモでもなければ称賛された男では無く、見学に回っていた義経だった。

 ノルンとは中学から既に5年の付き合いになる義経はその武技をモモに次ぐ長さとモモ以上に真摯に眼にしてきた。だからこそ、その言葉に驚く。

 何故ならば義経にとって圏境とは氣を使わない技法(・・・・・・・・)だと認識していたからだ。モモにしても同じ認識だった。

 しかし目の前の男が氣を使っているのは紛れもない事実。

 モモは元より、特に義経にとっては想像以上のカルチャーショックである。

 当然の如く彼女はノルンに問う。

 

 ――――あれが圏境と呼べるのかを。

 

 

「ぶっちゃけてしまえば、寧ろアレこそが本流の圏境であるな」

 

「なんと!?」

 

 

 事実である。

 そもそも圏境とはナニかを簡潔に表せば氣を自在に操る事によって周辺の探知や自己の気配を隠ぺいする技法なのだから。

 先程のモモの視認すら難しい筈の無双正拳突きの挙動に男が化勁で受け流せたのは一重に彼が圏境で攻撃の気配を呼んで動いたのだ。モモが動こうとした時に男が既に技に対して身構えていた瞬間をノルンは確り眼にしていた。

 

 

「氣を使っての探知と気配遮断なんて、私達レベルは普通に使ってるぞ? それがあぁなるとはちょっと、なぁ?」

 

 

 懐疑的なモモの意見はある意味では正論なのかもしれない。

 普段のモモやまゆっちを省みれば分かる様に、この世界に於ける人としての強さの壁を超えた者達は卓越した氣の操作技術によって呼吸をするように圏境を行えているのだから。

 

 しかし、ノルンからしてみれば"だからこそ"この領域で留まるのだろうとも思う。

 

 なまじ意識せずとも自然に覚えてしまう為に意識して其処に到ろうという発想自体が無く、だからこそ気配の探知と遮断のレベルに収まってしまうのだ。

 スキル的に言えば一般的なマスタークラスは圏境B相当に値するのかもしれない。目の前の男はB+程度か。

 閑話休題。

 

 ならば、ノルン自身が言う圏境とはナニカ。

 この疑問もまた当然のものである。

 しかし割かし難しいものでも無く、端的に言えば義経達にした説明と変わらない。氣を用いらずに文字通りの精神集中の最果て、明鏡止水の極によって為される意識そのもの拡散、天地と合一を自在に行っている。

 卓越した集中力は時として人の知覚領域さえ広げてみせる。

 科学的に言えば、脳から発せられる固有の電磁波や電波の様な波動を自在に浸透させ、ソレを通じて自己の周囲を知覚しているのだ。

 

 ただし、人の脳が送受信によって処理できる情報には本来限りがある。本来であればこんな方法は圏境という分野に於いては邪道で、当人もまたそれは自覚していた。

 人外の魂故に、身体は確実に人の身でありながらそのポテンシャルが人の領域を外れ、並みの英霊にすら比肩し得る肉体と、世界に自己の精神のみで広大かつ精密な情報がくみ取れる深度にまで自我を維持したまま"()"に出来るノルンの異常性があって初めてこの領域に至れる。

 

 だからこそ圏境というスキルを持たず、あくまでも規格外の透化スキルによる副次的なものなのだ。ついでに付け加えるなら規格外の心眼もある意味このスキルの影響でその領域に到っている。完全に余談だ。

 

 正面の男から視線を外さないままモモの懐疑的な声にも「事実だ」と斬り捨てた。

 対峙する男は金属的な硬質感すら感じる身体を動かし、地を一度軽く踏みしめる。再び高まる氣の圧力。彼が再度氣を集めているのだ。

 

 

「お喋りは終わりか? 今度はこっちから行くぞ……そして――――」

 

 

 モモの放った星殺しにも匹敵、否、瞬間的には凌駕すらし得る程の氣の凝縮。同時に肌で感じるほどの急速な乾燥感。天地の氣を急速にかき集めた弊害だ。

 男はこれならばと勝ちを確信して、無表情だった顔を初めて笑みで染める。

 

 

「――――留めだ! 天地轟破砲おォォッ!!」

 

 

 極光が朝を照らす。

 迫りくるそれに嬉々として迎え撃とうするモモを片手で制してそのまま直立。

 尚も変わらず迫る氣の爆流に何の対処もしない相棒にオイ、と非難した視線を更に視線でも制す。

 今にも呑み込まんとする男の必勝の技。

 それはノルン達に触れるか否かのところで

 

 ――――急速に輝きを失う。

 

 アレだけ大きかった光の波動は膨らんだ風船が破裂したかのようにあっという間にその姿を消して、幻の様に消えるのだった。

 唯一男の必殺技が現実のものだったと示すのは蛍火の様に舞う僅かな淡い氣の輝きだけ。

 

 

「周天呑氣。……なんて、な」

 

「……馬鹿、な……」

 

 

 からかう様な冗談めかしに聞こえるノルンの声。

 対して呆然とするのは男の方。自身の必殺技が跡形もなく、それも何をしたのかさえ分からないままに完封されれば誰だってこうなるのは自然である。

 あまりの非現実的な光景に、男は自らが纏った鎧が消えた事すら気付けない。

 

 呆けるその姿を眼に収め、脅威足り得なんだな、と内心ゴチるノルン。

 男の圏境が見事だったという感想には変わりない。少なくともこの世界に於いてはこれほどまでに圏境、ひいては周天行を収めた者はそういないとさえ言える程に。

 しかしそれだけに落胆もあった。

 

 最後の一撃で決められると。

 

 アレで勝利を確信してしまったその瞬間から、総合的にはノルンの中で男の株は下落の一途だ。

 

 

「あの程度で勝利を確信するとは興ざめも甚だしい」

 

「……なにをしたのだ?」

 

「見間違えじゃなければ氣を呑み込んだ……だよな?」

 

「正解だモモ」

 

 

 呆然は唖然に変わり、「馬鹿な」と漏らす男を誰が責められただろうか。しかし、無情にも現実である。

 周天行は自らの氣を天地と合一させる技法。結果として圏境のようなスキルが身につくがしかし、たかだかその程度の事だけで不老不死を生みださんとする煉丹術のひとつには部類するだろうか。

 

 無論、否である。

 

 周天行の本質は合一したその先、天地の氣を用いて身体の健全に保持する事にある。外傷、病は元より老いさえも寄せ付けない程に健全に。

 氣とは遍く世界に於いて様々な理を持つがその本質は生命が生み出すエネルギーの一種。そして天地にもそれらは宿っており、規模は人の基準に当てはめれば途方もないものだ。

 それらを吸収し、生命維持に必要な栄養源すらそれで補う事、言わば霞を喰らって生きる仙人はこれに該当し、周天行も言ってしまえば仙道の前段階の様なモノだ。

 

 ノルンが為したのは自らの広げた圏境の領域内にある他者の氣を呑み込んだのだ。文字通りに。

 これもまた言うほど容易くなく、幾ら周天行といえど天地の様な自然の物では無く他人の色に染まった生体エネルギーを身体に違和感なく取り込む、それも音速を超えて迫る技としてのそれを瞬時に呑みこむのはある意味離れ業だ。

 まずこれを為すには相手よりも圏境が優れていなければならず、そして相手が手繰っている氣を天地の氣ごと掌握して改めて技の速度に対処して初めて成功する技だ。

 苦も無くこれを涼しい顔でやってのける辺り、彼の圏境と透化スキルの規格外さが窺えるというもの。

 

 

「疑問に思わなんだか? ベラベラと圏境や周天行に対する蘊蓄を垂れておる事に」

 

「……詳らかに知識を披露してたわけでは無かったか……不覚っ……しかし! まだ鎧が残って――――」

 

 

 言葉を言い終える前より速く拳を正面へ、戸をノックするように振るう。

 ガラスが砕ける様な音が木霊し、男が放った必殺技と同じ様に鎧は霧散していく。打撃力の指向性を完全制御する事で攻撃を以って相手の神経経路や力の流れを乱して砕くノルンの十八番、我が力武を交えず(暗器暗武)によって勁脈にまで衝撃を相手が気絶しない様に調整しながら徹して氣の制御を阻害しつつ、鎧の氣を破壊。

 氣を半ば以上封じられ、男はどんなに力んでも氣をかき集める事は出来ず、傍からは暑苦しい様子にノルンは気にも留めず「氣も手繰れぬであろう。未だ続けるか?」と無表情に問う。

 

 無慈悲に告げられる言葉の意味を噛みしめる様に理解し、男は静かに項垂れた。この瞬間、男の敗北は決したのである。膝を折る男に「まだまだ成長に見込みはある。良ければその腕、我が九鬼家で振舞うがよい。其方のような人材は貴重ゆえ、な」と名刺を置いてノルンは戦いを締めるのだった。

 そしてポツリと美少女は呟く。

 

 

「結局私、碌に戦えてないし、いいとこなしじゃないか……」

 

「戯け。この男と本気で拳を交えようモノならば、即座に其処におる鉄心殿と全身全霊で止めておるわ」

 

「フォッフォッ、流石に気付いておったのう。相も変わらず見事な探知じゃわい」

 

 

 指差した方向にいる好々爺的な顔で笑う川神鉄心の姿。隠行にも長けた彼の気配遮断は透明化にすらなれないけどもモモの探知能力では捕まるものではない。

 必然モモよりも探知能力の低い他の面々もいきなりの登場に驚く。

 してやったりのドヤ顔に愛嬌を感じなくもないが、それよりもイラッと来るのは何故だろう。

 

 

「いたのかよ、ジジイ」

 

「当り前じゃ、あれ程の氣を感じて駆けつけぬなどあり得んわい。おまけに孫は奥義かるーくぶっ放しておるし……まぁ、それだけの相手だったから多めに見るがのう」

 

「お、なんだよジジイ、話が解るじゃないか」

 

「ちなみに、男が鎧を纏うた次の瞬間にはここにおったぞ。彼への対応を誤らば説教どころか折檻モノであったな」

 

「……それを今まで黙ってたとか、変なとこSだな相棒。それよりもだノルン……ものはそうだん――――」

 

「だが断る」

 

「なにも言ってないだろう!?」

 

 

 言葉を遮る余りの態度にムッ、とするモモ。しかし、それよりも、なんて言った時の顔からして何を言いたいのかは彼には手に取る様に把握していた。

 

 

「透明化を教えよと申すのであろう?」

 

「アッハッハー、良く分かってるじゃないか、流石相棒」

 

 

 別段、ノルンはモモが強くなる事に懸念して言っている訳ではない。

 武に於いて全方位に才能を発揮するこの武神の事、透明化できるまで至れるだろうが、そうした場合これの起こす女子に対してのセクハラ行動が過激になるのは火を見るより明らか。

 そしてその為に火消しに回る大和が地獄を見るのは眼に見えている。とばっちりで巻き込まれる己の姿も、だ。

 

 

「故に断る」

 

「理由も聞かないとか、幼馴染が冷たいにゃん……」

 

「モモの場合碌でもない事になるのが目に見えておるからのう……あぁ、時にノルンや――――」

 

「然れど御断り申す。あなたも魂胆が見え見えですよ」

 

「ふぉ!?」

 

 

 一刀両断に切り捨てられて面食らう鉄心。それを腹で笑う孫と大人気なく挑発に応じた孫。

 碌でもない、しかし常人には見てる分にすら危険極まりないじゃれ合いが勃発。

 超局地的な竜巻や自身の発生。本当にいい迷惑である。然もありなん。

 

 見学側では義経がノルンの透明化発言を雄弁に語っている姿が見える。

 身ぶり手ぶりに「スゥー、と本当に見えなくなって、気配も全然感じなくなるんだ。義経も最初はとても驚いた!」なんて輝かしい笑顔で語る義経。

 その姿にノルンや弁慶達申し子は犬耳としっぽを見た。それはもう彼女の艶やかな黒髪と同じ耳としっぽを。ブンブンと振って凄いんだぞ、と語っている実にさわり心地の良さ気な可愛い獣耳。無論、幻視である。

 約一名顔、鼻の辺りを手で押さえているが誰もが見ないフリをした。

 

 尤も風間ファミリーは義経に説明を受けて、キャップ以外分かってはいたがなんでもありか、と分かっていても去来する呆れ的な感想に気付けない。この手の事ではキャップは子供の様に大興奮なのは何時もの事なのでスルーである。

 極々一部だけはモモ達と同じ事を考えているのか良からぬ方向に思考が染まって口に出すも総スカン喰らって項垂れているのが目に見える。

 その姿を――項垂れているのは視界から外して――見たノルンは、今の実力的にも申し分ない、か、なんて思考しながら口を開く。

 

 

「丁度良い頃合いやもしれぬな。義経、本格的に本来の圏境を習うて見ぬか?」

 

「え? よ、義経でいいのか? モモ先輩は……」

 

「よい。今の義経には恐らく圏境の修行は無駄にはなるまいて。あぁ、無論義経が遠慮したいと申すならば話は別だが」

 

「そんな事は全然ないぞ! ノルン君との鍛錬は義経は大歓迎だ!」

 

「うむ、なれば帰ってから早速始めよう」

 

「うん!」

 

 

 満面の笑みの義経に周りが癒される。

 視界の端にもの凄い突風が起きてさえいなければさぞいい光景だっただろう。「アレどうするよ?」「放っておいて構わぬよ。何時ものことだ。そろそろ学校へ参ろう」「そうだね、遅刻するし」とじゃれ合いがぶつかり合いに転じそうなふたりを置いて学園へと歩を進めるのだった。

 その後、放置に気付いて慌てて手を止めて学園へと向かったモモは昼休みの間、拗ねてずっと機嫌が悪かったそうだ。

 

 




何故こんなに長くなってしまったのか、作者にも意味不明です。

改めまして、遅れてしまった事をお詫び申し上げます。
理由としては前回の更新後の翌週の頭から身体を離れない倦怠感が原因でした。
パソに向かうも筆が進まず、読む方ですら四苦八苦する始末というのが作者の言い訳です。

後、Aが買えねぇストレスも拍車をかけましたね……プレイされた方も多々おるでしょうね、妬ましい(オイ
弁慶とか、最早オリジナルと比べて原型留めてないよなぁ、とか。どんなシナリオ(イベントも)だったのかが純粋に気になったりもして悶々でした。

それなりに治まっているとは言え倦怠感も抜けきっていませんが、次回更新も頑張ります。
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