気まぐれ神様の物語 真剣恋Ver.   作:ジーザスルージュ

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大変お待たせしました。

ぎ、ギリギリの一月更新…………ではないですね、本当にすいません。


66話

 

 喧騒未だ冷め止まず包まれている商店街の中に於いてもその者の声は不思議と良く耳に届いた。

 だからだろうか、全員が全員漏れなく声のした方を向いたのは。

 黒を基調にしたカソックの様にも見えなくもない黒装束に、残暑の香り濃く残るこの暑い中、更に紫色のストールを身に纏っている姿だけでもそれなりに胡散臭い。

 占い師なんて胡散臭いものだと言われればそれまでだが、その男の言葉は不思議と耳に入るものだった。その視線は気のせいかノルンに向けられている。

 

 

「あれ、あんた確か……」

 

「どうも、お久しぶりです」

 

「知り合いか大和?」

 

 

 男の姿を見て最初に声を上げたのは大和だった。

 表情をみるからに見覚えがるのは一目瞭然。対して占い師風の男も顔を覚えているのか軽やかに挨拶をしてきた。

 それが引き金になった訳ではないだろうが、大和に続いてモロ、京、まゆっちが「あ、、、」と声を上げる。声音からしてそれは明らかに覚えのあるというニュアンスが含まれている。

 

 

「して、この御仁とは如何な馴れ初めなのだ?」

 

「馴れ初め言うなよ」

 

「アレはね、私が小学校4年だった頃……」

 

「京の事じゃないからね……乗らなくていいから」

 

 冗談めかしに茶化したノルンに睨みつける事で咎める大和と悪ノリか素かと問われれば間違いなく後者な京の昔語りをツッコミで止めるモロ。瞬く間にカオスに成りかける。

 

「閑話休題。で、実際何処(いずこ)で知り合うたのだ?」

 

「自分で言うんだ、閑話休題」

 

 

 モロのツッコミはさておいて、話を聞いてみれば五月の連休、キャップの強運で当てた商店街の福引き旅行。ファミリーの面々で向かった箱根の旅行の帰りに出くわしたらしい。

 バスを待つなか、キャップの類稀なる強く幸福な運氣に誘われて声を掛けて来たのだ。

 しかし、御覧の通りやや胡散臭い上に占い師と言うのは意味深な言葉で興味を引き、意地の悪い切り方をして相手がノって来たところで占い代をせしめてから続きを言うのはキャップも知ってたのか、出だしは興味を見せるものの占い代がいるとなると手の平を返して突っぱねたそうなのだ。

 占い師も立派なひとつの商売。なんとか格安でと言うが突っぱねたキャップ。

 2、3交渉を繰り返して、折れたのは占い師の方。彼程の強運な気を見るのは初めてだったらしく、純粋な興味と、そういう(・・・・)目を養う意味もあったのか、バスの時間も迫っている事もあってキャップを中心に全員を占う事になった、というだけの話しだった。

 経緯を話し終わっての第一声は

 

 

「あぁ、そんなこともあったっけ」

 

「占い師を一回袖にしてその後タダで占わせておいて忘れてるとか凄いね、キャップ……」

 

「呵々、それも商魂逞しくてよいが、な。して、占い師とやら、呼びとめた以上は商売の内、ということでよいのだな?」

 

「はい、そう、ですね。それで合っていますよ」

 

 

 当然と言えば当然のこと。

 繰り返すようだが占い師とて立派にひとつの職業、と言えるかどうかは知らないが少なくともノルンにとっては職業だと言える。

 何せ、彼もまたそういう方向も可能な神秘を手繰る者。魔術的なモノを学ぶに至って占術も一通り学んでいる上に、相を見るという点に於いて彼の心眼はこれ以上に無い位正確なモノを弾き出す。

 母幸恵の死さえも予見すらしてみせたのだ。見える者には見えているモノ。

 そして、目の前の人物は間違いなくホンモノだと分かるのもまた、その眼の利便性か。

 至極、どうでもいい事だろうが。

 

 

「話代の武士道プランの方々と此処で会ったも何かの縁。どうですか? お安くしておきますよ」

 

「ふむ、興が乗った」

 

「?」

 

「なに、これもひとつの余興だよ弁慶。誰を視た(・・)のかは存ぜぬが、確かに此処で会うたも何かの縁。ここは口車に乗ってみようではないか」

 

 常変わらない笑顔で、しかし興が乗ったと当人が言った通りに占われてる見るのも面白そうだと目が語る。

 

「いいんじゃない? やってみても。当たるも八卦当たらないも八卦って言うし。言いだしっぺのノルンの奢りで」

 

「うむ、容赦があらぬな弁慶」

 

 彼女の言う通りに自身が言い出した事なので、ノルンに否は無いがそれでもツッコミを入れたくなるほど自然な切り出しだった。

 

「えっと、いいのだろうか? 奢って貰う?形になってしまって義経は少し気が引けるのだが」

 

「構わぬ構わぬ。腕前如何だが、余興としては申し分あらぬであろう」

 

「容赦がないのは兄弟もだけどな。まぁ、腕前に関してはかなり見る目があるといいと思うぞ」

 

 

 口ぶりからしてキャップの事だけでは無いのが窺える。

 大和はガクトの方を指さしながら「彼の恋愛運をもう一回見てみてください」と言った。言葉(なかみ)を察するに以前の時も占う内容は同じだったらしい。

 占い師はゆっくりと首肯してガクトの顔を眺める。

 

 

「ふむ、総合的に見て万にひとつあれば良い方ですな。元々の縁は悪くはないのですが当人の振る舞いで大きく希薄になっております。ハッキリ申すと残念の一言ですな」

 

「成程、やはり確と相が見れるのだな」

 

「ど・う・い・う・い・み・で・す・か・ね!?」

 

「呵々、冗談、冗談だよ」

 

 言わずもがなと言う奴だ。語るに及ばずでも良い。或いは言わぬが仏の方が優しさか。占い師が既に"残念"と言ってしまっているのだから手遅れな気がしないでもないが、閑話休題か。

 ガクトの悲嘆はさておいて、改めて占って貰うことにした申し子+ノルンの5人。

 

「――で、何で最初が俺なんだよ!? 先輩や義経でも良いだろうが!」

 

「主の願いだからだよ馬鹿与一」

 

 

 最初は与一。

 周りからは2、3歩距離置いたところに時分の身を置くという何時も通りのスタンスだったのだが、流石にこういうところでは義経が黙っておらず、離れたところにいた彼に笑顔で手を振りながら呼び寄せた――――のだが、案の定ソッポを向いて弁慶とノルンの協力の元捕らわれたエイリアンよろしく両脇抱えて引き摺って来て今の構図に到る。

 占い師の前に強制的に立たせて相を見させた。どうにも、変に信心深いところがあるのか占いなんて、と言う割には星座占いなどで運勢が悪いと舌打ちをしたりするところがあるのかぶつくさと占い自体に対する文句が絶えないがノルンは笑いながらスルーし、弁慶は端から聞く耳持たず。

 駄々をこねている内にあっという間に終了。

 体感的には1分程の時間で相を見た彼は結果を朗々と紡ぐ。

 

 

「ふむ、そうじて過不足無し、と言えるでしょうか。友に恵まれ、環境にも恵まれている。この先を生かせるかは当人次第というところですかな」

 

「えっと、どう……言えばいいのかな?」

 

「ちっ、面白くない」

 

「姐御、本気の舌打ちはやめてくれよッ……」

 

 

 良くも悪くもまさしく過不足無しと言う、本当にどっちつかずの結果に言葉を探す清楚に「おみくじで言う所の小吉とか末吉ってところじゃないか?」とモモが言う。

 確かに、と周りも肯定するほどズバリで、聞いていた全員が頷く。

 

 

「しかし、昔と違って今の与一は周りと距離を取ろうとするのだが、それに義経ともあまり話してはくれない。義経はその辺りがとても不安でちょっと寂しい……」

 

「大丈夫ですよ。所謂お年頃と言う奴でしょう。それに、もしも道を踏み外しそうになっても貴方がたが止めてやればよいこと」

 

「っ! そうですね、ありがとうございますっ! とてもためになりました!」

 

「ハッ、言ってる事なんざ在り来たりイテテテテッ! 痛ぇよ姐御ッ!?」

 

「義経が喜んでいるんだから水を差すんじゃないと言っているだろう、この破滅的バカがっ」

 

 

 占って貰ったのは与一なのに何時の間にか義経が聞き込んでいて、それを茶化そうとした与一が例によって弁慶に締められる。実に何時も過ぎて逆にシュールだった。

 占いを終えたことで与一は解放され

 占いは弁慶の方へ。

 与一と同じ様に、やはり顔を見るだけに留まり、同じだけの時間を費やして結果を語るのだった。

 

 

「今のあなたはとても大きな願いのを持たれてますな。それも恐らく余人には理解されないであろう願いを」

 

「っ! へぇー、よくわかるっていう」

 

 表情の硬くなった弁慶に「そうなのか?」と主が心配そうにしているのを見て「そうだよ」と硬さを崩しながら軽く返して、占い師に続きを促す。

 

「何を決めるか、そして選んだ選択によって出る結果までは私には解りません。目標への壁も存外に手強いでしょう。それでも本当に叶えたいと願うならば、いま思い描いている道を何処までも突き抜けるべきでしょうな。開き直ると言っても良い。目の前に聳え立つ壁に躊躇せずに。然すればあなたの願いは切り開けましょう」

 

 

 それが占いの結果。

 弁慶は常とは違う神妙な顔つきで幾度か小さく頷き、やがて何かが吹っ切れたかのような清々しい表情している。それは、宛ら曇天が青天へと移る様に。

 その顔は思わず周りが見惚れるほど晴々としていて、少しだけ密かに湧いた。ただひとり、ノルンだけは清々しさと共に背筋に言い知れぬ感覚が奔っていたが。

 まるで餌を狙う猛禽類と出くわしたかのような感覚だが、敵意も邪念も無いので不覚は追及しないと決めた。例え放置すると後が大変だと心眼が告げていようが、そんなものは何時もの事だ、と経験に裏打ちされた変な達観でそう決めるノルン。その鮮やかとさえ言える思考の結論は心の内側だけに誰も突っ込めないのが痛いところだ。

 敵意、殺意以外は基本彼は大らかである。

 

 

「ありがとう占い師さん。うん、元々はっちゃける予定な感じだったけど今ので大分吹っ切れた」

 

「お役に立てたのならそれは何よりです」

 

「何だか清々しいな弁慶。見ていて義経も気持ちいい」

 

「ふっふっふー、まあね。主には近いうちに話すよ」

 

「義経にも関係あることなのか?」

 

「そうそうっ。というか、必要不可欠だね」

 

「碌な感じがしねぇなぁ、姐御の目標って。そもそもガラじゃね――――」

 

「何か言ったか与一?」

 

「い、いや? 空耳じゃねえか!?」

 

 

 テンパリ過ぎだろ、と誰もが突っ込んだそうな。

 弁慶もそれ以上の追求はしない。全く、と言わんばかりに溜め息をつきながらソッポを向いて

 

 

「――――ガラじゃないなんて、分かってるさ……」

 

「うん? 何か言ったか弁慶?」

 

「ん~ん~、な~んにも言ってないよ。ほら、占いの続き聞こ」

 

 

 隣にいた義経にも聞こえない位の小さな呟きは、やはり誰にも聞かれず笑いながら主を促して占いの方へと耳を傾けるのだった。

 次の占いは清楚へ。

 与一はともかく、弁慶の様子から占い師の腕前がいよいよもって証明され出したことからノルンが言い出した事とは言え半分余興ながらも占いに胸を膨らませるのは女の子として自然な事と言えるだろう。楽しみの表情の中に少しの不安も垣間見えるのも愛嬌だ。

 

 前2人と一切変わらぬ方法で、しかし2人とは異なり少しだけ占い師は眉を潜ませている。何と言えばいいのか語りあぐねているかのように少しだけきつく結んだ口元。

 周りも当事者も見つめるなか、判断が付いたのか占い師は徐に口を開き始めた。

 

 

「貴女には何か迷いがおありですね。自分の感情と、これは自分の……――――衝動――――とでもいうべきでしょうか? どちらを選ぶかで迷っておられる」

 

「感情と――――」

 

「――――衝動?」

 

「…………はい、そうです」

 

 占い師の言葉の意味が分からずオウム返しの様に呟くクリスとまゆっちを始め、訝しむ者が大半なのを尻目に続きを促す。

 

「とはいえ、今はそれは頭の片隅に置いておいた方がよいでしょう。そう遠くない頃に訪れるでしょうが今は時期ではない。直ぐに答えを出しても悪し様にしかなりません」

 

「そう、なんですか……」

 

「はい。とはいえ、あくまで占いは占いですから。最終的に決めるのはあなた自身です」

 

 

 ある意味突き離した辛らつな言葉。思う所があったのかガクトが「結構、身勝手じゃね?」と睨むものの「それが占いですから」としれっと言える辺りなかなか占い師としての経験深さが窺い知れる。

 出だしに例え余興であり、当人が決めた事では無いにしても断りを入れなかった段階で聞く事を了承しているも同じである以上は、聞き手にも受け止める事が求められるのは当然と言えば当然で。

 清楚もその辺りは理解しているので特に言う事はない。ズバリと誰にも見せた事も無い悩みを打ち明けられたのは驚いたが。

 占い師は言葉の後に「ただ、ひとつだけアドバイスが」と言って続ける。

 

 

「どちらを選ぶにせよ、為すと決めた以上は為す前に必ず貴女の味方を作る事です」

 

「味方、ですか?」

 

「はい。それもどんな状況でも必ず味方で在り続けられる、そして道を間違えそうになった時は力ずくでも止めてくる、そんな味方を」

 

「どんな状況でも、頼めば必ず味方でいてくれる人……」

 

 その言葉に、瞳は極々自然とその方向に向いていた。

 視線の先には何時も通り薄く微笑んだままの、和服姿の彼の姿。視線を向けられた側も当然それには気付いており笑みを深めてゆっくりと頷く。

 

「私は一向に構わぬよ。手を貸してほしいと清楚が申すのであらば、な。感情と衝動、何となしにその意味も心得ておる」

 

「……むぅ~」

 

 ノルンにとっては遠慮なく頼れとというストレートな返しだった筈なのに、何故だか清楚に浮かぶのは不満げな顔。

 

「こういう時って、鈍感な反応をするもんだよっ」

 

「こういう時に、そんな殊勝な振る舞いをする私を想像できるか?」

 

「……できない、けど」

 

 浅からぬ付き合いである為に、互いによく知っているのだ。実際に想像できないし、何より何故だか全力で想像する事を頭が拒否している。これも大概だった。

 

「違和感所の話じゃない」

 

「なんつーか、気持ち悪い?」

 

「鈍感な相棒……ないわー、むしろキショイ」

 

「義経も想像がつかない」

 

「いっつも訳知り顔だしねー、ノルンは」

 

「分かっておったが、総スカンとはな……まこと、良い友等だよ」

 

 

 あくまでも本気の言葉とは言え、ほんの少しの茶目でこれである。ノルンも苦笑を禁じ得なかった。

 清楚は、何処までも平常運転な彼の言葉に嘘が無い事は重々分かっている。しかし、だからと言って見透かすような言動故に素直に喜ぶ事が何故かだかできない。

 相手が自分を理解している事の証左である事にも関わらず、だ。常の彼女なら嬉しがったり驚いたりするが、ノルンに対しては別だ。胸に巣食うその感情は喜びよりも彼に対する羞恥心と照れが先立ってしまっており、そして何故それが先立つのかを自覚はしても理解するには清楚の心はまだ未成熟だった。

 そんな内面の問題はさておいて、目の前の彼を少しだけ困らせたくなった清楚は何時もの意趣返しのつもりで意地の悪い言い方で尋ねてみた。

 

 

「それじゃあ、例えばだよ? もしも私が九鬼に敵対する様な真似をしてもノルン君は私に味方してくれるの?」

 

 

 それはホンの軽い気持ちだった。宛らそれは子供が嗾ける悪戯の様に些細なもの。

 清楚自身、意地の悪い質問だということは理解している。半分奴辺りっぽいなー、なんて思ったりもしたが偶には困らせてみてもいいよね。

 なんて些細な軽いもの。

 対してノルンは即答する。

 

 

「うむ、よいぞ。例え相手が九鬼であろうとも清楚が切に味方としてこの身を求めるならば何時でも応じる所存だ」

 

「ふぇっ!?」

 

 

 絶句――――その一言に尽きる返しだった。

 何処までも真っ直ぐ、柔らかい笑みを浮かべたまま清楚を見つめ返す。あまりにも真っ直ぐ過ぎるその視線と言葉に嘘など一切含まれていないのが分かるだけに清楚は不覚にも顔が火照って朱に染まる。二の句が継げられず、口が不自然に相手は閉じてを繰り返すばかり。

 この返しには周りも想像の埒外だったのか、他も清楚と似たりよったりの驚愕を露わにする。

 

 驚いた表情のまま、大和が当然のように「お前、自分の言ってること分かっているか」と、そのまんま相手の精神状態を確認するように、もっと詳しく言うなら頭の具合を確かめる様に問う。

 問われた側は失敬な、と言わんばかりに肩をすくめて、至って正常だと返した。

 

 

「なに、そう驚く事もあるまい」

 

「いやいやいや、驚くからね!? 相手は九鬼だし、何より家族でしょ!?」

 

「うむ、鋭いツッコミをありがとう」

 

「何でそう言う切り返しなのさ!?」

 

「いや、普段から共にツッコミ役が基本ゆえな、気苦労を労ったまでだ」

 

「……突然の方向転換でビックリだけど、ありがとう」

 

「やはり普段影が呑まれておる分、こういう所で余計に光るな」

 

「ちょっとでも感謝した僕が馬鹿だったッ!! 余計な御世話だよっ!! てか、何のためだったのさこの茶番は!?」

 

「モロで遊ぶ為だが?」

 

「僕で遊ぶ!?」

 

 訳がわかんないよ、と頭を今にも掻き毟りそうなモロに「冗談、冗談」と呵々大笑。色々と今日の彼は絶好調である。

 

「まぁ、家族は確かに大事だ。私も九鬼の一族としての自覚はある」

 

「だったら――――」

 

「然れど、九鬼である前に私はノルン(わたし)なのだよ」

 

 然も当然と放ったその一言は、場を止めるには十分過ぎる破壊力を有していた。

 

「いや、私は私ってなあ兄弟」

 

「そう難しい事ではあるまい。己の行動原理は常、己が為したい事に殉じておるのだからな。責められようとも憚る道理はあらぬ」

 

 

 あまりにもあっけらかんとした態度と言動に全員なにも言えなくなる。無論、呆れの感情なのは言うまでも無い。

 友のその有り様にノルンの笑みは自信に満ちたものではなく、苦笑のそれに。常の事だと思う辺り大概か。

 同時に理解はできる話である。何せ、家族すらも敵に回せるのだと言い切った様に聞こえたのだから無理からぬ事だろう。相手が世界にその名を轟かせ大財閥である以上に、ある意味自分本位過ぎる発言ではあるのだから。

 ともあれ、冷かしひとつ無いのは意外だったと内心で思いつつノルンは「客観的にもそれが果たせるだけの根拠はあるのだぞ」と語るのだった。

 

 

「根拠?」

 

「うむ。まず一点だが、清楚が我が家族と敵対しようとも無暗矢鱈と傷を付ける事などあり得ぬ」

 

 確信が満ちていた言葉に、清楚はこれまた意地の悪い質問で返す。顔の赤みは取れないままだ。

 

「でも、私が興奮して覇王状態のままでいたらそれも分からないよ?」

 

 

 その発言には、周りは僅かに表情を渋らせる。

 何せ、覇王状態のある種の乱暴とも言える振る舞いを見た事があるモノにとってそれなりの説得力を持っていた。

 言動の苛烈さは言うでも無く、沸点も低いのか、この間覇王状態の彼女にガクトが何時も通りにと言うのも可笑しな話だがその暑苦しさと血走った目で迫って多馬川に没シュートされたのは記憶に新しい。

 

『俺に言い寄る度胸は認めるが、貴様のその血走った眼と不愉快な視線は我慢ならんッ!』

 

 と、助言としてある意味で有難いと取れなくもない正論と共に。

 普段は軽く受け流せていた様で、実際は微妙に不愉快ではあったらしい。自業自得である。

 ちなみに、覇王と知って尚、清楚の人気は些細な陰りしか見せておらず学校に置いては未だに衰えない文学少女の面とは別に覇王の側に新たな開拓の場を見出した者もおり、人気はその実前と変わってはいない。閑話休題。

 清楚の意地の悪い質問。しかしノルンは

 

 

「無用な心配だな」

 

 当たり前と言わんばかりに問いを否定した。

 

「どうしてそう思うの?」

 

「覇王の部分が出ようとも清楚は戦う上で相手を傷つけてしまおうとも、率先して痛めつける様な真似はせぬよ。誇り的にも、元来の性分的にも、な」

 

「むぅ……それは、そうだけど……」

 

 

 返って来た言葉に迷いはなど無い。

 実際のところ、先程の問いに関してなら彼がこういう返しをしてくるのは殆ど想像通りではある。何せ彼女の封印を解いたのは彼であり、解けた封印やその後も色々と親身になってくれたのも彼なのだから。

 勝手知ったる、とでも言うのか。

 確かに彼の言う事は全て的を得ているのだ。平常時の清楚にとって戦いとは出来るならば遠慮したい、とまでは行かなくとも率先して闘いの場に出ようとは思わないし、ましてや相手に乱暴をするなど勝負以外ではあり得ない。

 覇王状態の様な時でもある程度は同じだ。例え好戦的で、戦闘狂みたいな状態だけども、相手を嬲る様な真似や、戦えないモノに対して一方的に拳を振るう真似は嫌悪の対象なのだ。

 沸点や妥協点に差はあっても、根本的に多重人格では無い。元から彼女が嫌いな事はどっちの面であっても嫌いなものであるし、読書好きな点も覇王状態は身体を動かす方が好きなだけで変わってないのだ。

 

 

「それに、仮に九鬼に敵対したとして、その矛先が我が家族だとは申しておらぬしな」

 

「? それってどういう事よ?」

 

「そのまんまだよワン子。いま、もし清楚の拳が九鬼に向けられ得るとすれば、その標的に心当たりがあるというだけの話だ」

 

「あ……」

 

 清楚は誰の事を指しているのか見当がついた様で、憂いと喜びが入り混じった複雑な瞳を彼に向けた。

 

「アレだけ怒髪天をついておったのだ。結局有耶無耶にしてしもうたが、蟠り、消えたわけではあるまい?」

 

「…………正直に言えば、まだ少しだけ。あ、でもっ、本当に少しだけだよ?」

 

「ほう、少しとな? あの時のあれ程の物言いで?」

 

「だって、あの時はノルン君が変わりに受け止めてくれたし……それにその後も私に一杯付き合ってくれたから私の意識も次第に変わっていったというか……」

 

「呵々、ではそう言う事にしておくとしようか」

 

「も、もうっ! 本当だってばっ!」

 

 

 2人だけにしか分からない会話は完全に周りを置き去りにしていた。

 会話を聞く限り、この温厚な状態の彼女には九鬼の人間、それもノルンの家族以外で何らかの確執を持った誰かがいること位しか分からない。

 他愛ない様にも見えるじゃれ合いはある種2人だけの空間が何時の間にか出来上がっている。そんな状態に耐えきれないものがいた。

 

 

「どーんっ!」

 

「とと、なんだモモ?」

 

 掛け声と共に背に跳び付いてきた相棒に半分非難交じりに問うノルン。背中に引っ付いた武神はお構いなしと言わんばかりに首にまわした腕に力を込める。

 

「ふたりだけの世界を何時までも作るなよ~!」

 

「え、も、モモちゃん!? わ、私はそんなことしてないよッ!?」

 

「いやいや、なかなかの空気だったよ先輩?」

 

「あう、弁慶ちゃんまで……」

 

「弁慶、抓るのを止めて貰えぬか? ――――無視ですか、然様ですか」

 

 

 何が不満かは分からないが文句を垂れるモモと、半分茶化す様な弁慶の言に羞恥心で顔を更に赤くしてそのまま俯いてしまう清楚。

 その仕種に興奮して「かーわーいー」と騒ぎだすガクトとモモ。モモに至っては清楚に飛び付いている始末な辺り、取りあえずさっきまでの不満は何処へ行ったとツッコんだ者がいたがスルーだった。然もありなん。

 一通りの漫才にも見える微笑ましいというか姦しいともいうか、そんなやり取りを終始見ていた占い師は朗らかに笑い、釣られて全員占い師に視線を向ける。

 

 

「ふむふむ、どうやら私の心配ごとも杞憂だったようですな」

 

「い、いえっ! こちらこそ、とても楽になりました。参考にさせて頂きます」

 

「そう言って頂けるならば私も幸い。とはいえ、貴女、いえこの場合は貴女も、ですかな。別の意味でも大変そうですな」

 

「???」

 

 

 その言葉尻の意味を清楚は理解できなかった。しかし、占い師の視線は意味ありげにニヤニヤとノルンを見つめ、ノルン自身もまた鼻でひとつ笑ってそれ以上語る事はなかった。

 改めて清楚に話しかけるノルン。

 

 

「まぁ、そう言う訳だ。助力が必要な時には何時でも申してほしい。力を貸すぞ」

 

「うん……その時はお願いするよ」

 

 清楚が見せたその顔は花が綻ぶ様に嫋やかな笑みだった。

 持ち前の滲み出るカリスマも相俟って見ていた者を男女問わず魅了するほどに眩しかった。

 

「なんだか知らんが、とってもチックショオおおぉぉぉぉーーーー!!」

 

 ひとりの青年の魂の雄叫びはこの際置いておくとする。

 

「ほんと、ガクトは方向性を間違えなかったらねぇ……」

 

 男が一匹吠えている横で、周りはそれはやれやれと言いながら、微笑んだ清楚を中心に騒ぐ。そん中、義経は周りを脇目に自分が占って貰う前にひとつだけノルンに尋ねてみた。

 

「なあ、ノルン君」

 

「なんだ義経?」

 

 振り向いてみると義経はそっと顔を寄せて来て、何故だか何処か拗ねた気配が窺えるものだったが取りあえず耳打ちする彼女に耳を傾けてみる。

 

「ノルン君は清楚先輩の助けになると言ったが……その……」

 

 やや言い辛そうに躊躇いがちな仕種。少しだけ口籠りながら、やがてそっと続ける。

 

「もしも、もしもの話なんだが、義経が清楚先輩の……その、敵になったらどっちの味方をしてくれる?」

 

 

 義経の言葉には、言葉だけでなく顔や雰囲気にまで滲み出ている不安はノルンにひしひしと伝わってくる。不安だけでなく答えを切に求めるという思いも。

 義経にとって今の話を聞いていた上でこの問いを投げかけなくてはならないという一種の強迫観念に駆られての行動。

 何せ相手は自分が守ると誓った相手だ。そんな彼が特定の誰かに強く肩入れする――――という発想自体はあったが、肩入れした人物が自分と相見えた場合を考えるとこの行いが必然だったのかもしれない。

 だが、やはりらしくないのも確か。義経にとって清楚という先輩は敬愛を以って接する相手で、そんな相手と敵対する状況自体、自分でも想像がつかないがそれでも尋ねる事を止められなかったのは彼女自身も気付かぬ感情故か。

 

 

「おや、では義経は私の味方ではいてくれぬのか?」

 

 ノルンは、少女の心情を見抜いていたのだろう。動揺も驚愕も欠片も見せる事無く、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。

 

「え」

 

 対して意表を突かれたのは義経の方。何せ質問に足して質問で返された上に自分が守ると決めた相手に味方になってくれないのかと問われれば動揺もする。

 

「ち、違うぞ!? 義経はノルン君を守れる様になりたいんだっ。だから敵になる事はあり得ないッ!」

 

「ならば、よいではないか。それこそ私の、そして義経の解であろう」

 

「あ、え、う、うぅ~……」

 

 

 最初のとは別の意味で眉を歪ませた義経。その顔には納得がいかないと物語っていると同時に嬉しさにも彩られている。嬉しさと不満の顔面二重奏。

 嬉しさの根源は単純明快。彼がこんなトンチキと言えなくもない戯れ合いに近いやり取りですら自分を、自分の立てた誓いを守ってくれると信じて疑わなかったのだから。

 義経にとってそれは感無量ではあった。

 しかし、釈然としないのもまた確か。

 何せ質問自体がヒョイとちゃぶ台どころか盆をひっくり返す位容易く破却されれば誰だって不満のひとつも湧くというもの。

 だが、その不満こそがらしからぬ問いの根源だと義経は気付かない。気付けないがこの場合正しいか。

 そもそもに彼を守るという事が彼女にとって今の最大の目標と言っても過言ではない。誰にも明かしていないけれども、今の彼女にとっては武芸を鍛える上での最大の指針だ。

 だからこそ、義経の問い自体が既に的外れもいいところ。

 守る対象と敵対する様な真似自体、ただただ彼の隣を、彼と剣を並べることを目指し続けるのならば浮かぶ筈の無いもの。

 だが彼女はそれを浮かばせて、現実に問い掛けてしまった。単純な好奇心などでは無く、また己の願いを諦めたわけでも、ましてや彼が己を突き離したと錯覚したことでも決してない。

 しかし、その問い掛けた意味を彼女はまだ把握できていない。それを問い掛けねばならないと思った意味も。今はまだ何も。

 

 

「ノルン君は、やっぱりいぢわるだっ」

 

 だから、彼女は胸に巣食うその感情を拗ねると言う形で原因にぶつけることしか出来ない。

 

「呵々、すまなんだな義経。然りとて紛う事無き本心ぞ」

 

「……いぢわるだ……ッ」

 

 プイっ、とソッポを向いてそそくさと行ってしまう義経。同じ台詞ながらもその声に混じる色は違っていた。妙に頬に朱が差しているのは羞恥かはたまた別のなにかか。

 

「どうかした義経? なんか顔が赤いぞ?」

 

「何でも無いぞ弁慶ッ。うん、なんでもないったらない」

 

「???」

 

 

 訝しむ弁慶を他所に、早く占って貰おうと前に出る義経。

 そのまま頭を捻るものの様子からしてもらしくない振る舞いだが、大したことでは無いと弁慶は判断して追求はしないまま。

 やがて程なくして占いは始る。

 眺め続ける占い師は真剣な面持ちだ。時折頷きながら同じ様に1分程経ってから口を開いた。

 その表情は、清楚の時と同じく硬いものだった。

 

 

「ふむ、成程。貴女はとても大きく困難な目標を目指しておられますね。常人どころかその道のプロからみても果たし難いと言わしめる程の目標があるでしょう」

 

 占い師の指摘に本当に言い当ててる、と驚愕する義経。今迄のやり取りを見れば一目瞭然かもしれないが、やはり時下に言い当てられるのは驚愕ものには違いない。

 

「はいっ、義経にとってとても大切な、目標です!」

 

 目を輝かせて、口どころか全身で語っていると言う位の前のめり。

 

「ならば、早々に諦めた方がよろしいですよ」

 

「え――――」

 

 彼女の語りは知った事かと、言わんばかりの、しかし表情は心痛めているのが分かる顔で告げ、告げられた事に一瞬呆然としてしまった義経。

 

「貴女の目指す場所は、貴女程の才気あふるるものですら容易く喰らいかねない道です。既に今の段階で幾つかの厳しすぎる試練が待ち構えている。どれも下手をすれば貴女を壊しかねないものです」

 

 身を案じての事だろう。淡々と語る占い師に、義経は首を即座に振った。

 

「できません……っ。何と言われても義経は決めたんです……それが義経の望んだ事ですから」

 

「例え、それがあなたに消えない傷を刻みつけても?」

 

「はいっ、後悔なんてしません!」

 

 凛として、真っ直ぐ占い師を見つめる義経。言動、眼差し、雰囲気、何れを見ても真っ直ぐ過ぎて生き辛い――この場合行き辛いだろうか――と思わずにはいられない占い師は溜息ひとつ零す。

 

「成程、貴女は元より私が助言を与えるまでもなく、定めておるのですね、道を」

 

「はいっ!」

 

「ならば貫くがいいでしょう最後まで。例え……いえ、ここからは語りますまい」

 

「え?」

 

「おいおい、占い師が占いを途中で放るってのは駄目だろー?」

 

 

 中途半端に止めてしまった占い師にキャップが咎める様に言う。この場にいる者の代案であるそれに、しかしゆっくりと首を振り、占い師は「語らぬ方が時として良縁を結ぶこともある」と優しく、諭す様に占い師は言うのだった。

 何事に置いても真実を語るのが吉とは限らないのは古今東西の共通項だろう。聞き手にも相応の覚悟が求められるのが常だ。

 その辺りを弁えていたのか、はたまた目の前の純粋無垢とも言える少女に此処より先の艱難辛苦の星を具に語るのは流石に忍びなかったのか。答えは両方である。

 喋れよー、と言うキャップにもお断りしますとどこ吹く風。暖簾に腕押し、柳に風だ。

 

 

「いやー、本当に最近の主は立派になって、私も喜ばしいよ」

 

「そうか? 義経的にはまだまだなのだが」

 

「いやいや、立派だよ立派」

 

「確かに、今の義経はとても目が凛々しかったわ」

 

「ああ。揺るがぬ心って奴だな。見ていて惚れ惚れする位だった」

 

 弁慶に頭を撫でられ気持ちよさそうに目を細める義経。弁慶だけでなく周りからも褒められ喜ぶ姿を見ながら、先を案じていた占い師も、これなら大丈夫かと思いたくなるほど微笑ましくも逞しい光景だ。

 

「なんていうか、与一と義経は終わってみればアッサリ終わったね……」

 

「だな、まあそれはそれとして、だ」

 

 

 京の言葉に頷きながらモモは視線を一方向に投げかける。武士道プラン組が一通り占い終わったいま、残すところはノルンひとりのみだった。

 これには、全員興味津々の様子を隠しもせず見ている。

 なにせ不運に掛けては定評がある、正体不明の権化とも言えるノルンだ。ここまで一流の占い師による結果は果たして如何ばかりの代物か、というのがモモの見解だった。からかう気概まんまんである。

 そうでなくても他の面々もやはり興味はつきない。その興味も何が出るのか、では無くどんな風に不運さを評されるのかによるのだから本当に色々とアレである。

 

 占い師は前4人と同じ様に見る――――ということにはならない。

 彼の顔には一言でいえば、困窮に近い色を帯びており、目線は先程とは違って泳ぎっぱなしだ。

 流石に周りも訝しむ。さっきまでの流れと比較しても、比較するまでも無い位の違いなのだから、疑問に思っても当然である。

 ノルンは薄い笑みを保ったまま、静かに話しかける。

 

 

「何を遠慮する必要がある?」

 

「いえ、そういうわけでは……」

 

 言い淀む占い師にノルンは徐に首肯し、笑みを深めて言う。

 

「なに、相を見て貰うと言い出した以上は覚悟はある。なれば躊躇う道理はあるまいて。そら、疾く申せ。思わず其方(そなた)が声を掛けてしまうほどの相をこの身に見たのだろう?」

 

「っ……」

 

「うん? どういうことだ相棒?」

 

 顔を僅かにひきつらせる占い師と益々首を傾げるファミリー+申し子達。ノルンはそのまんまだ、と先程言ったのと同じ声音で言って、占い師に続きを促す。

 渋々と、絞り出す様に、吐き出す様に、或いは懺悔するように語る。

 

「私は、長いこと占い師をやってきました……その中で見て来た人々の中には色々な相があった。金を呼び込み易い者、逃げられ易い者。人に愛され易い者、嫌われ易い者。なかには稀ですがバンダナの彼の様に強運に恵まれた者、またはその逆などそれこそピンからキリまで。色々な運勢を持った人間がいた。ですが……」

 

 

 少しだけ言い淀みながら、言葉に詰まりながら、絞り出す様に彼は言う。

 

 ――――貴方程の濃い死相を映した人間は初めて見た、と。

 

 

「しそうとは何なのだノルン君?」

 

「読んで字の如く"死に纏わる相"だ義経」

 

「え……」

 

 ギョッとする義経を脇目に続きを促す。

 語り出して尚も躊躇いを見せる占い師を急かす様に。

 

「……言ってしまえば、何時死んでも可笑しくない程の死相ですよ」

 

「だろうな。然もなくば、声を掛けたりはすまいて。幾ら顔馴染みを見つけたとはいえ、幾らかつて占った一団がおったとはいえ、あんな風に声を掛けたりはすまい」

 

 

 占い師が声を掛けて来た時、ノルンに視線を送っていたのは決して気のせいなどでは無く確信犯だと言う事を彼自身、持ち前の鋭い感覚から容易に察せていた。

 占ってみようと言うのは間違いなく興が乗ったと言うノルン言葉は本心ではある。この占い師が自身をどう視るのかが興味が湧いたのだから。

 義経達にも大なり小なり助言になった事は望外の収穫でもあるのは棚ぼただったが。

 

 

「正直なところ、死に魅入られているとしか言いようがない死相の濃さです……そこまで来ると、日常の何でもない所であっても下手をすれば死に到りかねない。さしずめ"死を呼ぶ不吉"とでも言いましょうか」

 

「ぐっはあッ!?」

 

 

 神妙な、或いは沈痛な面持ちで語る占い師に何故か吐血せんばかりにもんどりを打つ大和。

 占い師本人に一切悪気など無い。ある筈もない。彼は自らが視た占いを言葉で示したのに過ぎないのだから。

 大和がもがいているのは別の理由である。

 かつての傷跡が疼くとでも言えばいいのか。或いは昔書いた秘密の日記帳を読まれたと言えばいいのか。

 もっと端的に言えば、唯の昔の残照(高二病)である。ちょっとだけのシリアスが台無しだった。

 

 

「チッ、やっぱりコイツも俺と同じ特異点かよ……! そんなものが3人も集まるなんざ何が起きたって不思議じゃねぇぞ」

 

「ぐ、グフッ……た、頼むから、土下座しても良いから止めてくれぇぇ……」

 

「悶えてる悶えてる。可愛いねぇ大和」

 

「京ったらすっごいイイ笑顔ね」

 

「ま、昔の大和は凄かったもんなー」

 

 与一の現役の台詞に悶える大和をファミリーは2828と見つめ続ける。傍から見れば唯の奇行であることは言うまでも無い。

 占い師が思わず案ずるほどに悶えるのをノルンは笑顔で問題無しと言い切って続きを再度促す。

 

「貴方の死相は貴方だけに留まらないでしょう。恐らく周囲にもかなりばら撒いている筈です。心当たりはありませんか?」

 

 

 有るか無いかの二者択一ならば当然有るの方に決まっている。今日一日だけを上げてみても、飲食店と商店街で合わせて2件の銃器が関わる事件が勃発しているのだから。

 何せ相手は銃器である。この川神と言う街にいると薄れがちだが、銃とは例え幼子が持ったとしても屈強な人間を殺し得る兵器なのだ。人間の英知の結晶であり、人々から英雄を消し去ったその権化。

 本来ならばこの日本と言う国に置いて実際の銃を眼にする事自体稀でありながら、しかしどういう訳か今日だけで2件起こっており、またノルンという人間の周りに置いてソレ自体が珍しからぬものなのだ。

 彼の関係ならば庶子とはいえ世界に轟く大財閥九鬼の次男と言う立場上少なくない敵が狙っても不思議ではないのだが、今日の起きた出来事の片割れは彼とは何の関係も無い。

 彼の主観だと、どちらかと言えば狙った襲撃よりも偶発的、かつ突発的な事の方が多い。当人の与り知らぬところから騒動が引き寄せられてくるとは当人の談だ。

 それを告げると周りの方が否定的意見が出てくる。

 

 ――――そんなものはただの偶然だ。半分はノルンと関係ないものだろう、と。

 

 しかし占い師は言う。

 それこそが証左である、と。

 そしてノルンも言う。

 占い師の言う通りだ、と。

 友達全員が否定する。

 当り前だ。どれだけ騒動が大きかろうと物理的に因果関係など皆無な物だって多々ある。だと言うのにノルンと言う人間の周りで起きる騒動は彼の死相、噛み砕けば運の悪さが招いた事など俄かには信じがたい。

 特に武士道プラン組は真っ向否定する。心当たりが無くも無い。が、やはりおいそれと頷けるものではないのも事実だ。

 逆に言えば、そんなまっさかー? みたいな空気で否定するのはファミリー、引いては古参の面々。何せある意味真逆といっても良いキャップを見ていれば運に左右されるというのは分からなくはなかった。しかし、やはりノルンと言う人間の周りで起こる騒動全てが、当人の与り知らぬモノまでもというのは流石に俄かには信じ難い。

 何せ、キャップの場合は半分自分から飛び込んで騒動を起こす様なものなのだから自業自得と言える部分は多々ある。だが、基本的にノルンの場合は行動によって先程の人質事件の様に火種を撒く結果になろうとも自ら火種に火を投げ入れる事は滅多に無い。少なくとも付き合いの長いファミリー達すら見た事はない。

 当人そっちのけで小規模な喧騒が続く中、占い師は悟る。

 ノルンの一切変わらない雰囲気――平時は何時もこんな感じだが――から彼は自分がそう言う星の下にあるのを知っているのだと。

 胸に湧いたその確信めいた、占い師にとっては半ば確認に等しい問いを投げると。

 

 

「うむ、自覚しておるが、それが如何(いかが)した?」

 

「――――」

 

 然も当たり前のように、寧ろ何を言っていると問われ兼ねない雰囲気で言うのだから一瞬忘我状態に陥っても不思議ではなかった。

 言葉に詰まりながら、占い師は問い続ける。

 

「周りを巻き込んでも構わない、という風に聞こえましたが……」

 

「構わぬな。最後に護るるば私にとっては問題あらぬ」

 

「貴方では対処できない困難が振り掛った時は……?」

 

「己のみならず他の誰かを頼ればよい。足りぬとなれば他所より調達するが肝要ぞ」

 

「何故、貴方は自分の死相が周りを巻き込むと分かってて、その様に振舞えるのです……?」

 

「仇を為すのなら武力(ちから)を以って是を討つ。ただ、それだけのこと」

 

「…………」

 

 

 占い師は思った。既に手遅れだと。色々な意味で。

 ノルンの思考は常道を逸していた。自分の不運さが周りを巻き込むと知れば、普通の神経をしていれば大なり小なり背負う必要の無い呵責に捕らわれてもいい筈なのに彼にはそれが一切ない。

 相手や自分を蔑にした台詞では無い。ましてや自分ならば必ず守れるという世間知らずの自信過剰から来る台詞で無い事を彼は長年の占い師の経験からみて判断する。彼の言う事は恐らく、占い師の私見ではあるが何があろうと唯受け入れる、そんな境地から発せられる言葉なのだろう、彼なりの人生だとか経験だとかが為せるものなのだと。

 だからこそ、手遅れだと彼は悟る。

 どんな経験、どんな体験、どんな見識、どんな学識を味わえば、こんな境地に、こんな若い美空で至れるのだろうかと、目の前の笑みを絶やさない少年と青年の狭間にある、大人と子供が同居する様な彼はそんな所に至れるのか。考えただけで空寒い思いの占い師はそれ以上の思考は放棄した。

 なにせ、元々向いている部分があったとしても間違いなく自然に行き着いた場所では無いとやはり占い師の経験則は語るのだから。

 何時の間にか言い合っていた周りも耳を傾けており、奇しくもというか当然と言うか、大多数はうわー、的な顔をしている。今にも"だめだこいつ、はやくなんとかしないと"なんて言葉が飛び出しそうである。

 友達の反応もなんのその。朗々とノルンは更に続きを催促した。

 

 

「で、如何かな占い師」

 

「いかが、とは……?」

 

「恍けるでない。思わず声を掛けずにはおれぬ程の私の死相について詳らかにするがこの身に対する其方のお勤め。なれば申すべき事が後一点残っておろう?」

 

「…………」

 

 

 占い師は閉口する。

 彼の指摘は確かに正しい。どれだけ衝動的とはいえ半分は営利、半分は見聞で声を掛けて占いと言う商売を成立させた以上は語らねばならないが、この状況で語っていいものかは彼でも悩む。

 死相とは相手の死にまつわる運命だ。これを視るという事は即ち、相手の死がどれだけ近いか、死期を視ると言う事なのだ。となれば、必然ノルンの言いたい事とは理解できるだろう。占い師も其処は理解している。

 

 

「遠慮は無用ぞ。占って貰う以上は私も覚悟はある。特に其方ほど腕の立つのなれば尚の事だ」

 

「………………………………分かりました、語らせて頂きましょう」

 

 視線と視線が絡み合い、少し間を置き、根負けした占い師が疲れた様に溜息をひとつ、再び零して最後の務めを果たさんと口を開く。

 

「ここまで死に魅入られたとしか言えない程の死相を視るのは初めてですので……あくまでも私見に過ぎませんが――――」

 

 深呼吸ひとつ。意識を整える。

 何度も言ってきた事ではあるが、やはり占い師にとっては緊張を禁じ得ないの一瞬だ。

 

「――――恐らく、今年は越せないでしょう」

 

 

 言った。言い切った。そして占い師はまたも驚愕に包まれる。

 経験はあってもやはり慣れるものではない、と占い師は心で吐露する。現代に於いてこの手のモノを信じる者はとても稀である。しかし、それでも大なり小なり人は影響を受けるものであり最低でも困惑の表情を見せるのが普通だ。どんな形であれ死を宣告されて動揺しない者はいないだろう。ましてや先程までの実績を見せればなおの事。現にノルンの周りは困惑した表情を浮き彫りにしている。

 しかし、ノルンは苦笑を湛えるだけだった。まるで是非も無い、と言わんばかりに。

 

 

「ふむ、成程、そうか。や、礼を申すぞ占い師。戯れとはいえ、実に満足以上の結果だった」

 

「……本当に、不思議な方だ。普通はそちらのお友達の様に動揺されるのですがね」

 

「まぁ、其方の腕前を披露してからではそうもなろうて」

 

「ノルン君……ノルン君は、平気なのか? その……」

 

「こんな結果が出てしまって?」

 

「うん……」

 

 何処となく気落ちしている義経の頭を優しく宥める様に撫で、苦笑気味に笑い掛けながら彼は言う。

 

「なに、人は死ぬる時は死ぬるものだよ義経。それが正しい在り方だ」

 

「それはッ。……そうだけど」

 

「呵々、目の前に死が差し迫っておるからと気落ちする程しおらしい人間か? 私は」

 

「ないな、絶対にない」

 

「だね。じゃなきゃKOSの時にあんな風に約束破ったりしないもん」

 

「ハッ、そんな可愛げがお前にあるものかよ。タナトスに魅入られようとも腕尽くで運命を切り開くのがお前だろうが」

 

 

 弁慶と清楚の言葉がノルンの胸に突き刺さる。実に耳の痛い話ではあるが、人はそれを自業自得と呼ぶ。

 しかし「しおらしい相棒? 気持ち悪い」というモモの台詞に風間ファミリー全員が以下同文と続いたのはどういう事かと問い詰めたい。クリスとまゆっちもとか。

 後、モモに対しては死に難いという点に於いてだけは色々と突っ込んでおきたい。真剣と書いてマジと読めるほどは

 

 

「てか、本当に聞くだけなら厨二病だぞノルン。それを自覚しているとか、実はお前もひょっとして……」

 

「厨二か否かのコメントは差し控えておこう。自覚云々については母さんが良い証拠なのだモモ。後々に聞き及んだのだが佐々木はこの街に来て間も無く、強者を探して歩いておったところにいの一番で出くわしたのが母さんだったそうだ」

 

「……!」

 

 

 モモを始め、全員これには初耳だった。ノルンが言っていなかったのだから当たり前だが。

 語った通り、知っての通りなので語る事はこれ以上無いが、少なくとも彼が指し示せる"己が死に好かれている"ということに関しての証明にはある意味でなるだろう。所詮は運氣によるところなので、逆に言えば偶然とも取れるが、運命なんていう陳腐で強大な理外のものを理で語ること自体が筋違いなのだから。

 周りの空気の変化に気付いてノルンは眉間に少しだけ皺を寄せながら訂正を入れる。

 

 

「誤解するでない。ただ、そういうものなのだと理解の為のひとつの形として示したに過ぎぬ。母の死は悲しかったが、それ故に結べた(えにし)はあるのだからな」

 

 人の出会いは一期一会。縁は異なもの味なもの。

 悲しみも心残りはあったが、喪失したが故に何かに繋がる縁もあるのだと朗らかに語るノルン。

 

「け、結構な暴論がとんで来たね……」

 

「それもどうかと思うぞ、兄弟。いや、逞しいけどさ」

 

「呵々、悪くはあるまい。そう言う訳だ、あまり思い詰めるでないぞ、義経」

 

「……うん、義経は心の片隅に取っておく事にする。それに、そんなものが来るのならば義経がノルン君と一緒に打ち祓えばいいだけの事だ」

 

「うむうむ、その調子だよ。何時ぞやに与一が申しておっただろう、"人生とは死ぬまでの暇つぶし"とな」

 

 何やら1名胸を押さえて呻き声を上げているがスルーである。

 

「大いに然り、実に的を得ておる。暇つぶしならば是非も無い。何時ぞと果てるやもしれぬとなれば酸いも甘いも大いにしゃぶり尽さねばな。今この時が勿体ない」

 

「うんっ、義経は一層頑張るッ」

 

 曇りから青天へ、眩しい笑顔をのぞかせる義経に頭を撫でる事でノルンは応えた。

 

「まさか、与一のヒネた発言がこうなって返ってくるとは思わなかったっていう。やっぱりノルンって厨二?」

 

「かもしれぬな。しかしな、弁慶。間違いを口にしてはおらぬと自負しておるよ」

 

「ま、そこそこいい台詞だとは思うよ」

 

「だとしてもこの切りかえしはオラ、流石にビックリだぜ」

 

 先程の困惑と僅かな悲壮が交じった空気も何処へやら。和気藹々とした流れが彼らを運ぶのだった。

 そんな中、ノルンが手を打って占い師の方に向きあうのだった。

 

「話し込んでしもうてうっかり報酬を払い忘れておったな、すまぬ」

 

 そう言いながらノルンは何処からともなく高級感漂う黒い長財布を取り出す。占い師も「いえいえ、大丈夫ですよ」と笑って許してくれた。

 手に取った財布から、お札全てを取り出して占い師に手渡す。その手元を見て一斉に全員ギョッとした。

 

「ちょっとまていッ」

 

「なんだ大和」

 

「ソレはなんだソレは!?」

 

 ビシッ! なんて効果音が付きそうな勢いで大和はノルンの手元を指さす。

 そんなノルンは小首を傾げつつも彼の問いに答える。

 

「これは男ならせめてこれ位は持っていた方が何かと箔も格好もつくからと父上に3年前の誕生日の贈り物として頂いたものだと以前説明したであろう?」

 

「ちげーよ、そこじゃねぇーですよッ。俺が言ったのはその札束だ、さ・つ・た・ば!」

 

 ふむ、と彼はひとつ頷く。大和もまた、肯定するようにひとつ首を縦に振る。

 

「私が稼いだ金だが?」

 

「誰も聞いとらんわバカチンがあァーー! 払う額があまりに大き過ぎだろって言ってんだよ! 俺の言いたい事が分かってるのに何でボケるッ!?」

 

「 愉 悦 」

 

「―――――」

 

「すまぬ、謝る、悪かった。ちょっとしたおちゃぴーと言う奴だ」

 

 凄まじい勢いで瞳のなかの光が無くなっていく、俗に言うハイライト状態と見るや否やノルンは笑みを僅かに引き攣らせながら謝るのだった。

 かなり薄ら寒いものだったらしいソレはノルンをして笑顔を引き攣らせる程だったことから推して知るべしだ。ツッコミ役が偶にボケると大惨事である。色々と。

 

「とはいえ、この50万(金額)でも不足と私は思うぞ? 普段はこれほどあれば大抵事足るる故な、正直しくじった感が否めぬ。倍くらいが妥当だと思うのだが、よければおろしてくるが如何(いかが)か?」

 

 周りが噴き出すなか、これまでの柔らかい態度が嘘のように首を激しく振る占い師。無論、向きは横に。

 

「む、然様か? これでよいならば良いが、ではお代は確かに」

 

「え、えぇ……」

 

 心なしか、いや誰が見ても占い師が伸ばすその指先は震えていた。が、それに気付いてもこういう場面では気にも留めないのがノルンである。

 札束を確りと手渡して、ひとつ頷き、改めて礼を口にしてみんなの方へと向き直る。

 

「さて、余興も済んだし、これからどうす――――なんだモモ、その眼差しは?」

 

「ん~? べっつに~? 羽振りがよさそうだにゃ~?」

 

 猫っ気とでも言える様な視線と表情で腕を肩へと回してノルンへと密着してくるモモ。

 この顔をする時の彼女は碌な事をしないし言わない。そして、中身を理解しているのがノルンクオリティというもの。

 

「それでなー、モノはそうなんだが――――」

 

「だが断る」

 

 故に彼の行動は端からひとつ限りだったのである。然もありなん。

 しかし、それでは納得しないモモは「まだ何も言っていないだろー!?」と不平不満を漏らすどころか吐き出す。

 

「大方金銭であろう?」

 

「うん」

 

「姉さん……そこはもっと躊躇おう?」

 

 大和の言う事は尤もだとノルンも大いに同意する。金の方には相変わらずルーズな幼馴染に手で顔を覆って、ふと可笑しい事に気付く。

 

「おい待たれよモモ、其方には義経達への挑戦者を間引いた報酬として金銭を渡した筈よな?」

 

 

 そう、彼女にはノルン自身が依頼して武士道プラン導入に至ったこの街で、投入翌日どころか即日から近隣界隈どころか遠方から挑戦者が我先にとここ川神へと多くの武道家が押し寄せてといっても過言ではない勢いで来たのだ。

 ノルンは全部が全部相手にしては流石の義経を始め、3人は――当時はまだ清楚が項羽と知らない――全員身が持たないとしてある程度は間引く仕事を6月ごろに依頼しており、収束を見せた夏休み前に倒した人数分、誰が相手であっても1人当たりの金額を一律に設定して渡したのは記憶に新しい。

 

 

「いやー、モモ先輩には楽させて貰って感謝、感謝」

 

「弁慶は全部理由を付けて戦っていないだろう!?」

 

「だって一応自主性は重んじられていたからね。メンドイことはしたくない」

 

「ブレねぇなあ、姐御」

 

 申し子達の愉快なやり取りを尻目にモモは頬を指で撫でる様に掻きながら視線を逸らす。

 

「あれな……もう使い切りそうなんだ」

 

「何をしみじみ語っておるのだお前は? いち学生が2ヶ月待たずに使い切れる額では断じてあらぬぞ?」

 

「ちなみにモモ先輩はどれ位稼いだの?」

 

「1人当たり一律500円として合計387人。しめて19万3500円」

 

 京の気軽な質問はとんでもない額という顔面シュートであろうことか返って来た。

 もうビックリどころでは無い。額を渡した側も側ならそれを使い切った側も側である。

 

「一体、何に使ったんだ……姉さん?」

 

「いやー、服だとかその他諸々に使ってたらこう、何時の間にか……なあ?」

 

「問うでないわ戯け。ああ、だめだこやつ、はやくなんとか――なせる、か?」

 

 一瞬でも想像してみるが、なにをどうやっても何一つ浮きやしねえ。

 思わずノルンは天を仰ぐ。が、見えるのは空では無く金柳街の彩りのステンドグラスが映える天上だった。何度見ても見事だと思うが、何かがこう、違う。

 

「鉄心殿を通すべきだったか、これは」

 

「だな。今回ばかりはノルンの失態だよ」

 

 大和の反応通り、本来ならばこれ程の大金は彼女に渡す前に祖父である鉄心を通すべき金額だった。

 個人的な利用でもあった為に、鉄心への報告を控えてしまったのは当人の言う通り明らかな失策だ。覆水盆に返らず。故にノルンが返すべきなのは

 

「やはり断る。そのまま金欠に喘いでおれ戯け」

 

「うわっ、なんだよケチだなー……そんだけあるんだからちょっと位良いだろ?」

 

「聞く耳持たぬな。大体にして金に対して計画性皆無とは何事か?」

 

「いいだろー、金は使いたい時に使ってナンボだっ。お前だって高額な金をポンってだしたじゃないか」

 

「金の使い方には同意だ。払う価値のあるものに相応の対価を払うのも私の主義ゆえな。然れどモモ、宵越しの銭を持たぬと申すなれば容易く他人より借り受けるでないわ、戯け」

 

「戯け、戯けって連呼するなよっ! 戯けって言った方が戯けだっつーのっ!」

 

「…………(溜息)」

 

「もの凄い顔になってるぞ!?」

 

 

 片やブー垂れ、片やつっけどん。見慣れた光景とは言え、苦笑いを禁じ得ない程の有り様だ。一言で言えば滑稽である。

 武神の、正体見たり、穀潰し。

 穀潰しとは少しばかり異なるかもしれないが、無作為に(とみ)を消費すると言う点に於いては同じ様なモノだ、と思考だけに留めてノルンは口には出さない。言うだけ無駄と言うのもあるが、それで洒落にならない戯れ合いに発展しては適わない。

 横で喚くモモをスルーして、これからどうするかをみんなに問う。

 

 

「あー、そうだなー……微妙っていや微妙な時間だよな」

 

「確かにキャップの言う通り、何をするにも微妙だね」

 

 

 金柳街周辺の立地から考えれば商業施設は色々とある。しかし、これだけ色々と集まってウィンドウショッピングはキャップが反対するし、弁慶とてそういう方向はノーサンキューだ。

 時刻は3時を半分経るかどうかというところ。何処へ行くにも中途半端でなかなかに迷う状況だ。

 というのも、武士道プランの申し子達は基本的にある程度門限に対する制限はあるが緩いもので健全な青少年の活動が許される範囲内ならば自由行動は可能であり、また夜に行動する際も従者部隊、或いはノルンにある種の申告をして許可を取れば夜間行動は可能だ。

 だが、ここ最近はそれも規制も厳しくなっており、主に時間的な面で外出制限が出ている。その原因の一端は先の橘天衣にあることを知っているのはこの場にはノルンひとりのみ。直接的には関係ないのだがそちらの捜索に人員を割いている為、ローテーション的に厳しいというのが実情。滅多なことでは負けないとはいえ世間的には申し子達4人が何かしら騒動に巻き込まれるのはノルン個人としても九鬼としても避けたいが故の処置。

 

 門限もノルンが側にいようと関係なくである。

 だからこそ、キャップと京が言った通り今のこの時間帯が十数人の団体が楽しめるように遊ぶと言うのはなかなか難しい。

 全員してその場で考えていると

 

 ――――商店街に響き渡る声。

 

 それは女性特有の高い音で「誰か、そのひったくりを捕まえておくれッ」と叫びを上げている。

 ノルン達に限らず、商店街にて声が聞こえた全員が声の方に振りかえれば、ナイフ片手に人混みを縫う様にして角を駆けてきた男の姿。

 距離は大分離れているが、男は確実にこちらの方に迫っており、横道など無いが故に間も無くしてこの場も通るだろうというのは想像に難くない。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 押し黙る。誰もが押し黙る。なんだなんだと周りが騒ぐなかでこの一角だけが静寂である。

 こういった騒ぎにいの一番で食い付きそうなクリスや義経ですら黙ったままだ。

 

「…………」

 

「…………」

 

「え、えっと、その……」

 

「無理に語る必要はあらぬぞ義経……いつもの事だ、これがな」

 

 

 とはいえ、昨今に於いては本当に今日の様な日は実に久しぶりの事。加えて占いの件も相俟って何とも微妙である。

 繰り返すようだが、ノルンとは直接的には因果関係などない。

 やれやれ、と頭を振りながら、肩をすくめながら、ゆらりと動く和服の姿。それに呼応するかのように、しかし彼を通り過ぎて颯爽と駆けていったふたりを苦笑で見送る形で歩を進めたノルン。彼女等ふたりの実力と己の圏境によって犯人が然したる脅威でないことを理解しているが故の行動だった。

 そろそろ目と鼻の先にまで迫りそうな盗人は、ナイフ片手に人混みの中央を威嚇しながら突っ切っているので宛らモーゼの如く人垣が左右に割れていく。

 

 

「お待ちくださいッ」

 

 今日で3件目か、なんて灰色思考で赴くノルンを止めたのは占い師だった。

 ノルンが振りかえり、釣られて周りも彼に倣うと切羽詰まった表情を浮かべた占い師の顔。成程(・・)と位置的にみんなからは見えないところで頷くノルン。

 

「あなたは――――」

 

「言わずともよい、占い師」

 

 何かを口にしようとした占い師をノルンは言葉を被せる事で止める。

 その顔は何が言いたいか理解していると物語る。

 

「慣れっこだ、この程度の事は」

 

 

 会話にすらなっていないやり取りだが、顔を一層顰める占い師を見るにお互い何を言いたい事を理解しているのは明白である。

 頓珍漢なコミュニケーションに訝しむ周りを尻目に踵を返してノルンは歩みを元に戻す。その後をカルガモの様についていく義経。

 取りあえず、ワン子たちが心配だからというキャップの(表向きで、本当は面白そうだからという)提案でなし崩し的にノルンの後を追うのだった。

 

 人混みを抜けて見てみれば、犯人目掛けて同時に顔面飛び蹴りを喰らわせてるクリ&カズの姿が目に飛び込んできた。

 まるでイナズマを纏いそうな飛び蹴りは走って来ていた男の顔にジャストミート。頭から落ちた男は独楽のように回転しながらもの凄い勢いで転がっていく。顔面以上に彼の頭皮が気掛かりである。

 

 

「どうだ、盗人め! 正義は勝つっ!」

 

 ンフー、と鼻息荒らげて平均的な胸を張り、仁王立ちのクリス。決めポーズのつもりだろうか、というのがノルンの感想だった。

 

「あ、ノルンに義経も。どう? 盗人討ち取ったり、よ!」

 

「うむ、ノルンには何時も遅れを取るが自分達もやれば出来るんだッ」

 

「ふたりとも見事な飛び蹴りだったな! こう、ズガーンって感じで義経は思わず見惚れてしまった」

 

 ワン子は純粋に胸を張っているが、クリスの言動からして何か含むところがあったらしい口ぶり。

 尤も、ノルンは気付いても気にも留める事は無く、犯人を一瞥し、首肯をひとつ。

 

「赤点だ、戯け。追試ものだぞ」

 

 首を横に振りながら「次回があるかは知らぬが、な」と駄目だしを口にするのだった。

 

「なんと!? どういう事だ、自分と犬はこうして盗人を退治したというのに、なぜ赤点なのだ!?」

 

「これじゃあ駄目だったの……?」

 

 

 納得のいかないのか、問い詰める2人に駄目駄目だ、と告げる。そもそも、前提が間違えているというか、らしくないというのがノルンの実直な感想である。

 どうにも今日の2件の事件と先程の占いが尾を引いているとノルンは見ているが、これで心乱すのはどうか、と同時に無理からぬのか、と心でぼやいて隣に立つ義経に尋ねる。

 

 

「さて、何が駄目なのか分かるかな、義経君?」

 

「えっと、見たところあの泥棒さんは何も持っていない様だが、盗られたものは何処に行ったんだろうか?」

 

 彼女にはノルンの言いたい事が理解できていた様で、多少遠慮がちに応えた。

 

「あ」

 

「あ」

 

「(泥棒にさん付けって……らしいのか?)義経の申す通りだ。詰めが甘いぞ?」

 

 

 徐に腕を天へと伸ばすノルン。宛らタクシーを止める様な挙手に、なんだなんだと困惑させる。

 そんな周りを他所に程なくして落ちて来たハンドバッグ。手に吸い寄せられる様にそれを掴み、壊れモノが入っている事も想定してタイミングよく腕を降ろしてキャッチ。

 周囲のギャラリーが思わず拍手を送る程に綺麗な掴み。遅れて追従してきたキャップ達もお見事、と称賛する。

 一礼を以って返し、視線は拾った(というか空中キャッチした)バッグへと向ける。仕立てからしてそれなりの品物であり、使っているのは比較的若い女性なのが窺えた。

 

 

「むー……悪を成敗出来たのはよかったが、なんだか釈然としない」

 

「しょうがないわよ、実際あたし達は詰めが甘かったんだし」

 

「犬に諭されると余計に複雑だ」

 

「どういう意味よ!?」

 

「アレは放っておいていいのかノルン君?」

 

「構わぬよ、何時もの事だ」

 

 

 がるる、と見合うふたりと少しだけ憂いを見せて眺める義経を尻目に持ち主を探してみるノルン。辺りを注視してもそれらしい人影はあらず。ちなみに、盗人は従者部隊の一部が即座に駆けつけOHANASHIをする為丁重に運ばれていった。ご苦労様です。

 ギャラリーがワラワラと散っていくなか、改めて持ち主を探してみるノルン達。先程声を張り上げていたのは目撃していた女性なのは既に把握していたので、ノルンは圏境の間合いにはいるだろうと視界外にいる女性を捕捉せんと意識を向けてみる。

 

 

「あのー……」

 

「む?」

 

「お?」

 

 声の方に振り返ってみると何時の間にか近くにまで現れていた金髪碧眼の外人の姿。かなりの美貌を持ち、何やら横でガクトが叫んでいるが無視である。

 

「そのバッグ、私のなんですが……」

 

 躊躇いがちに告げてくる女性は少しだけ語尾や所作が遅い。

 女性に対して日本語が達者だな、と思いつつノルンは心眼で虚言では無く真実だと把握して手に持ったカバンを女性に渡す。

 

「ふむ、そうでしたか、では――――」

 

「お譲さん、日本語が上手ですねっ。どうでしょう? ここで会ったのも何かの縁、この後俺様と一緒にお食事で「姉パンチッ」も゜ッ!?」

 

 言葉どころか身体ごと遮って軟派をし始めたガクト。呆気にとられていると、モモが鳩尾に拳一閃。

 奇声を上げて崩れ落ちる筋肉バカ(ガクト)を尻目に、何故だか今度はモモが女性を口説きだした。

 

「お姉さん、綺麗な髪と瞳ですね」

 

「えっと、ありがとうございます?」

 

「どうかな? これから一緒に其処の喫茶店でお茶でも。なかなかに評判が良くてとても気に入ると思いまぶフッ!?」

 

 口説いている最中に奇声を上げて中断した。否、させられたモモ。原因は隣にいた彼女の相棒の振り抜いたツッコミ用宝具、条理を超える一振り(ハリセン)が原因である。

 誰が振っても安心の音色を安全な威力で奏でてくれる特注品だ。至極どうでもいい。

 

「あにすんだ!?」

 

「た わ け 持ち物を返さずしていきなり軟派とはガクトと同列だぞ、モモ」

 

「ッッッ――――!!!!」

 

 モモの背後に雷が奔った気がしたが無視である。眺めていたファミリーと申し子達の大半は苦笑である。

 ハンドバッグを返してお礼を言う被害者。

 

「にしても、災難だったけど直ぐに取り返せてよかったじゃん」

 

「はい、皆さんもありがとうございます。でも、災難ばかりではありませんでしたよ? 望外の幸運も転がりこんで来ましたし」

 

「望外の幸運?」

 

 キャップの言葉に対する女の反応に首を傾げるのは自然だった。

 ひったくりにあっていながら生じた望外の幸運、所謂棚からぼた餅的な事があったと言うのだから疑問も湧くと言うもの。

 

「ひょっとして、俺様との出会いですか!? いやーモテる男はつら――」

 

「いえ、そうではありません」

 

「――あ、そう、ですか……」

 

 自然な、としか表現できないやり取りで気勢を削がれてスゴスゴ引きさがるガクト。

 咳払いひとつで無かった事にしてノルンは改めて目の前の女性に向きあう。

 

「して、何が幸運だったのですか?」

 

「それはですね」

 

 カチャリ、という独特な音が言葉の中で小さいながらもノルンの耳を鋭く揺さぶる。

 

「(溜息)……やはり、こんなものか」

 

「っ……!」

 

 先程の少しだけ遅い所作が嘘の様な機敏な腕の動きを、その初動を正確に察したノルンは振り上げんとした女性の手を掴む。

 厳密には手に握られた鉛色に光る筒状のもの――――銃を。

 

「キサマ……ッ」

 

「ふむ、隠蔽効果が向上しておるのは些か驚いたが、仕掛けどころを見誤ったな」

 

 

 女性の手に握られたコルトガバメントの愛称で呼ばれる拳銃のスライドを強引に押さえて弾丸を止めながら告げる。

 正直なところ、女性がどういう腹積もりで近付いてきたのかはノルンには一目見れば分かっていた。というのも、彼女からは礼の隠行符が心眼にて視てとれたのだから分かりもするだろう。何時ぞやのダークコンドル(名前の記憶があやふや)も所持していたソレは壁を超えた強さを持つ人間の探知すら出来ないレベルだった。

 今度はそれに加えて殺気の隠匿すら可能にしてみせたのは少しばかりノルンにとっても驚いたが。

 改めて女性を見つめるノルンには、女性のこの流れの経緯が宛ら手に取る様に視界を通じて把握していく。

 

 

「成程、ひったくりは完全に不意を突かれての突発性の出来事か。予想以上に足の速かった強盗から取り返さんとしたが、逃げる方向に私がおるものと見るやこれを利用した」

 

「――――」

 

「呵々、ポーカーフェイスは苦手か? 暗殺者にはそれなりに致命的だぞ(やはり、ある程度情報が流出して居るか)」

 

 

 引き攣った女性の顔を冷笑を以って対しながら、ノルンはこの状況に乗りきった経緯に訝しむ。

 そもそも、突発性な事故から暗殺に流れるなどプロの為す事では無い。目の前の人物の実力はかなり高く、それなりに経験もあると把握している以上、素人考えで無いのは明らかだ。

 ならば何故こんな下策に見える行動で近付いたかと言えば、恐らくこういう騒動に首を突っ込むという彼の行動パターンを知っていたからに他ならない。

 完全な偶然を利用し、何喰わぬ形で接近、殺気すら隠せるこの状況なら不意を討てば殺せる、と。それでも確実性を欠いた流れだからこそ棚ぼたと表したのだ。

 

 舌打ちをしながら、女はもう片方の手をバッグから離し、新たな拳銃を取りださんとする。

 視界に捉えていたノルンは既に銃を押さえていた側の手を握り締める。握られた事によって生じた圧力は我が力、武を交えず(暗器暗武)を以って銃の本体から弾に、その分子構造体まで正確に浸透させ、手の形がパーからグーへと変える様な自然さで銃を破壊する。

 

 

「な――――」

 

 

 思わずという風に声を上げた女性を暗殺者なのにと誰が責められよう。なにせ、手にした銃が装填していたマガジンや内部の弾薬まで跡形も残さず塵にしたのだから。それも何の抵抗も無く、手を握り締めるどころか開いた状態から拳を作る様な自然さで。

 しかし、女の行動も早い。即座に半身引いて自身の手を銃と同じ末路を辿る訳にはいかない。左の手に握った新たな拳銃は目の前の青年の命をカランとその空洞を向ける――――が、それも無造作に振るわれた標的の右手の手刀でひとつめと同じ末路を辿るに過ぎなかった。

 

 

拳銃格闘(ガン=カタ)か? や、ここではアレは架空の技術であったな……唯の空似か」

 

 

 構えから思い当たるそれをノルンは即座に否定する。そもそもにあの技術は平行世界で確立されたものだと思い直す。ある意味、彼女が雛形と成り得ると言えなくはないが余談だ。

 最小限の動きであろうと身体操作によって全体重+遠心力分の威力が加わった我が力、武を交えず(暗器暗武)によって浸透、分子の塵になった銃を尻目に、丁度彼女の手を通り過ぎた辺りで振った手刀を切り返して女性の手首の袖を掴み、重心移動を駆使して立ち位置をグルリと半回転させる事で逆転、開いた方の手を、迫ってくるモノに対して無造作に掴み取る。

 

 

「ッ!?」

 

「隠行と仲間を利用しての奇襲、見事。然りとて芸があらぬ」

 

 

 女性の背後から、同じ様に認識阻害と気配、殺気の遮断の隠行を利用した奇襲。一直線に振るわれたナイフの軌跡を白刃取りで対応し、先程の銃と同じ様に砕く。

 更に追撃で2人目の茶髪ショートボブの女性を昏倒させようとして、頭上からの更なる奇襲が迫る。

 当然ながら、と言うとアレだがノルンも察知はしていたがこれには動くかない。動けないのではなく動かない。

 何処に持っていたのかとか、よく職務質問受けなかったとか、ツッコミ所満載なハルバートを振りかぶっているにも関わらず、その速度も一級なのに、だ。

 このままではグシャ、とトマト的末路を辿り得るというにノルンが動かないのは単純明快。動く必要が無いからに他ならない。

 その理由もまた単純。

 

 

「させないッ!!」

 

「チッ……! クローンか……ッ」

 

 

 義経の手助けがあると確信していたからだった。最初の奇襲は状況についていけず呆然としてしまったが流石に2人目、3人目にまで対応できない程未熟では無かった。

 稲光と見紛う斬撃に戦斧を振るう女性も、空中と言う事も相俟って弾き飛ばされ、二転三転転んだのち体勢を立て直す。ソレに合わせてノルンも残りふたりの袖を巧みな柔を基礎として重心と体重移動で投げ飛ばし、仕切り直すのだった。

 そして、ノルンと義経の横には何時の間にか並び立つモモとまゆっち、弁慶と清楚の姿。他にも少し後ろで構えるクリスやワン子、与一や京と一見過剰戦力甚だしいメンバーとで暗殺を仕掛けて来た女性3人組は退治する羽目になっている。暗殺者が相手だけあって同情はできないが。

 しかし、ノルン視点ではこの状況は些か下策である。だからこそ、指示を飛ばすのは自然だった。

 

 

「此処はモモと義経と私で事足るる故、ワン子とクリスは大和達の所まで下れ。まゆっち、弁慶、清楚はそのままクリス達と共に守りに入って貰いたい。後、与一と京は手を出すでないぞ?」

 

「なんでだノルン!? 全員で叩いた方がこの場合絶対有利だろ」

 

「大和の申す事は尤もではあるのだが、敵がこれだけとは限らぬし、狙いも私のみとも限らぬであろう?」

 

「それは、そうだが……」

 

「というか、何で自分と犬まで下がらないといけない!? 不意打ちを仕掛けてくる相手に引くなど――――」

 

「足手纏い故に、だ」

 

 抗議の声を上げるクリスをバッサリ切り捨てるノルン。絶句するクリスを尻目に、淡々と彼は事実を口にするのだった。

 

「なにせこの曲者共、間違いなく壁を超えた強さを持っておるからな」

 

 今度は違う意味でクリスのみならず全員驚く。

 対して暗殺者共は相変わらず表情を変えないままだ。

 

「確かか?」

 

「十中八九、な。大凡ではあるがまゆっちと同等位階と視た」

 

 ギイ、と笑顔の起源が本来威嚇であるのだと言う事を思い出させる顔を作るモモ。

 氣も呼応して昂っていっている。

 

「ハハッ、それはいい! 鬱憤もちょっと堪ってたところだ……晴らさせて貰うぞ?」

 

「イイ笑顔でまた随分な事を申す。……ともあれ、そう言う訳だ万が一があらぬ様に下って貰いたい。御覧の通り、戦力も足りておる故な」

 

「ふん……いいだろう、ここは大人しく下がっておくとしよう。後ろは俺に任せておけ」

 

「しかし、清楚先輩ッ」

 

「お前達が居ても邪魔なだけだ。いいから来い!」

 

「あ、ちょ、何をするだァーー!?」

 

 世にも珍しい清楚によって引きずられるクリスの図に、呆れとも真面目とも取れる複雑な顔で弁慶達も下がっていく。

 義経はそれを無理やり頭からどけて、不慣れ至極なこの状況に対してノルンに注意事項を問う。

 

「周りへ被害を出すのはご法度だ。それと銃器を取りだしたらこれを即座に破壊せよ。我等は兎も角周りを巻き込む訳にはゆかぬ。努々怠らぬ様に、な」

 

「委細承知したッ」

 

「オーケーオーケー、でもま、なにもさせない様に相手を直ぐに全滅させるのが早い話だろうな」

 

「身も蓋もあらぬことを……」

 

 その言葉を皮切りに、モモが飛び掛かる。

 

「楽しませろ、よっ!!」

 

「だから戯れるなと言うに」

 

 

 (かぶり)を振るうその後ろで大和が大声を張り上げて「通り魔と武神の戦いだ! 巻き込まれたくない奴は逃げろォーッ!」と言っている。野次馬の被害を避ける為の処置だろう。

 それが証拠に、流石に物見遊山感覚で見ていたギャラリーも青い顔をして蜘蛛の子を散らす様に離散していく。この状況では事故の危険もあるが、その辺りまで気を配れる状況では無かった。

 モモは狙いを付けていないのか、ひとりを殴り飛ばしてはその隣のという立ち振る舞いだ。目にも留まらぬ、とはよく言うがそれがこんな昼間に、しかも商店街という人通りの多い所で発生するなど誰にも想像しなかった事だろう。来ていた人間と商いをやっている人間には申し訳なくあったノルンだが、それもこれも目の前の暗殺者達をなんとかしてからの話しである。

 結果として出遅れた形になった義経とアイコンタクトを取り、仕掛けどころを合わせようと頷き合う。

 弧月を利用した遠隔攻撃はモモの身体能力も相俟って想像以上に厄介なのか、ひとりで3人を押さえているが暗殺者の矛先は始めからモモではない以上、ノルン達に向かってくるのは確実だ。

 そして、案の定僅かな隙を見出して暗殺者が踊りでる。

 まゆっちと同じと言う彼の視立てはズバリで駆ける速度は比較しても劣るものではない。

 

 

「やらせないと言った!」

 

「こ、の……ッ」

 

 

 尤も、現状はそれ以上の実力者である義経が許しはしないのだが。

 2人目に襲ってきたナイフ使いとぶつかり合う義経。ぶつかり合うというには、お互い攻撃を流したり躱したりしているのでぶつかっていると言うよりは躱しあっているだろうか。

 義経の太刀を避ける暗殺者と動作の切れ目を狙う暗殺者。能力的にも、そして武器の場合的にも劣っているのに拮抗しきっているのは一重に経験の差である。厳しい表情で構える義経の振る舞いが手強いものと認識しているのが良い証拠だ。

 

 

(強い……ッ。けど、関係無い! ノルン君を守るんだッ)

 

 己の願いに殉じるが故に発する気迫は、暗殺者を更なる重圧という形で襲う。が、そこはプロの人間、冷徹に動きを鈍らせる事無く義経に肉薄している。

 

「ふむ……」

 

 

 出だしにアサシンに(タマ)を狙われたノルンは状況を見据えていた。

 狙われた当人が何をしとんねん、とツッコミ所ではあるが、ノルンからしてみれば見据えなければいけない事情があった。

 片方は義経と拮抗して1対1、片方は武神相手に能力値とそれ以上に経験でなんとか凌いで2対1。ノルンが更に加われば、間違いなく瞬時に終わらせられる。

 まず義経と肉薄しているナイフ使いを隙を見て、或いは作って彼か義経が彼女を斬り捨て、返す刃でモモの方に飛び込めばあっというまに3対2の有利な状況となるだろう。

 一見して皮算用にも思える予測も、彼の心眼と圏境、何よりも当人が慣れっこと言った様に持ち前の経験がそれが可能だと告げている。

 なのにそれでも静観している理由は、やはり同じ理由によってそうした方がよい、と判断したからに他ならない。

 しかし、やはりこの状況でノルンの立ち位置は奇妙に映るのか、視える程度に抑えながらも距離を取っている大和達は各々憶測を交している。

 

 

「なんでノルンは動かないんだ?」

 

「まゆっちと同じ位って言ってたから入り込む隙が無いとか?」

 

「それは無いんだぜモロBOY」

 

「ええ、今日の一回しか闘っていませんが、ノルンさんの場合そう言ったモノは合理的にかつ、強引にこじ開ける様な方だと思いますから」

 

「ああ、概ね剣聖の娘の言う通りだ。俺と戦う時も大体そんな感じだからな」

 

 経験者は語るの言の通りに清楚はまゆっちの推測を肯定する。

 ならば、何故一歩引いた立ち位置なのかという疑問に答えたのは与一と弁慶。

 

「多分だけど、嫌な予感がしたんじゃない?」

 

「だな。とはいえ、闇に覆い隠すもの(インビジブル)を相手は使ってる以上奇襲の類を警戒しているんじゃないか」

 

 横でどこぞの軍師が胸を手で押さえたのは余談。

 

「だが与一よ。そうだとしても所詮は同じ手だ、ノルンが二度もドジを踏む間抜けに思えんがな?」

 

 

 清楚の言葉にはみんな頷くばかり。

 実際に彼はこの間の傭兵集団の時も防ぎきっているし、何よりも先程も3人分の奇襲を防いでいるのだ。奇襲自体が成功するとは全員思えなかった。

 とはいえ、ノルンが動かない上は何かあるんだろうと成り行きを見守りつつ、弁慶や清楚、まゆっちは周囲を警戒するのだった。

 

 対してノルンは、やはり動かない。

 厳密には動けないであり、もっと言うなら動かない方がいいという感覚からの行動であった。心眼が告げるのは間違いなくもう一手、暗殺者達にとっての布石があるのだと見抜いていたからに他ならない。

 だが、周囲にそれらしい人間は見当たらず、遠巻きに大和達以外にも事態を眺める野次馬などが居る為に圏境を最大まで研ぎ澄ましても探る事ができない。一重に彼女達の持つ隠行符が殺気を自然に覆い隠していたからに他ならなかった。

 殺気や敵意、或いは邪念の類さえあれば、例え隣の県であっても把握できる自信がノルンにはあるがそれすらも秘されては流石にどうしようもない。

 

 

(否、魔宵伽を用いらば造作もあるまい。然りとて、この程度の状況で場におる全員の記憶のピーピングなぞ、ローリターンハイリスクにも程がある)

 

 

 魔宵伽は範囲内にいるならば人の五感、直感、意識までもその感覚を奪い、律するだけでなく他人の記憶すら読み取ることが可能な彼にとって実のところ使いどころが大きく限られている技。故に彼は本当に必要友う時以外には使わないし、思わない。

 そして、この状況もまた使うまでも無いと己の勘も経験も己に告げている。目の前で常人ならば何をしているのかは愚か動きの所作すら見えない程の戦闘でありながら、だ。彼の言う慣れとはひどく恐ろしいものである。

 

 閑話休題。

 このまま静観し続けたままというのもやはり駄目だとも彼は理解している。

 戦闘開始から間もなく30秒。戯れ半分のモモと攻めあぐねている義経を見ればそろそろ踏み込むべきだ。何せ暗殺者の狙いのひとつはノルン自身なのだから。

 

 

(これ以上、己だけがこうしておるのもアレだ。状況に未だ不安要素は拭えぬが、動くべきか)

 

 そう思い決めて、いざ踏み込もうとしたまさにその時

 

 ――――抉る様な悪寒が背筋を貫く。

 

 氷水を脊髄に流し込まれたかのような差す悪寒は、間違いなく濃い"死の気配"。それは義経へと向いていた。

 清々しい程一直線に。

 

 

「ッ……!」

 

「うわっ! の、ノルン君!?」

 

「なんだ!?」

 

 

 鍔ぜり合っていた義経とナイフ使いの間に縮地で跳び、下段から手刀で上へと払う。

 戸惑うふたりの声を無視して、ノルンは正面へ、義経から見れば左側の肩ぐらいの高さの所へと腕を突き出す。

 

 ――――瞬間、掌から飛び出す赤い花。

 

 ブシャッ、と耳に残る粘質感のある独特の音。

 ノルンの左の掌は紅い色で染め上げられた。しかし、唯腕を伸ばしただけの筈が何故手から血が吹き出るのか? その答えは命滴る左手を見れば分かるだろう。

 不自然な血の彩られ方をしているのだから。

 飛び散った血が彼の掌の奥と手前で、何も無い筈の空間にまで流れているのだ。目には見えない鋭い何かが其処にはあって、それが彼の左手を貫いているが分かる者には分かる。

 

 その1人がノルンである。

 彼は勘に従って跳んだ瞬間、3人の暗殺者とは明らかに勝る速度で迫る人影を眼にしていた。

 人影、というとこの場合語弊があるが。

 なにせ、そこには人影どころか何もないのだから。しかし、ノルンの目には確かに捉えていた。

 姿形もない筈の人影を。両手に匕首、口には小太刀を加えた女の姿を。

 奇抜な姿だとか、透明になっているだとかそんな事は瑣末なもの。だって、女が義経目掛けて一直線にその刃を振るおうとしているのだ。そして義経は元より他は誰も気付けていない。ノルン以外は。

 結果として、左手は4人目の女性に貫かれるという形になった。

 化勁で受け流そうとして失敗。その原因は刃に込めた氣の量が尋常では無い位に刀身に極一点に圧縮されてたが故であり、彼の化勁で流せる量を瞬間的に超えていたのだ。

 何が起こったのか義経には理解できず困惑しているが、最後のアサシンはそんなことは知った事ではない。

 反対の手に持つ匕首が振るわれる。若獅子で見せた松永燕のそれに匹敵する鋭い一撃。

 首目掛けて迫るそれをノルンは相手の肘内に手刀状態の右手の甲を抑えつける様に差し込みこれを止める。

 一瞬の拮抗。

 しかし、女はそれすら予定調和であるかのように自然流れで匕首を捨てて、ノルンの腕を逆に身体で押さえつける様に身を乗り出す。

 視認出来ていれば抱きつく様にも視える光景。だがしかし、女の口元には銜えられた小太刀が不気味に光を反射している。

 狙いを察したノルンは咄嗟に身じろごうとするが、相手の身体操作も見事なもので封じられていた。密着されていては縮地も彼女ごと跳ぶ為に意味をなさない。

 瞬く間にと言っていい程の速度で迫り、白すぎるほどに白いノルンの首元に添えられる武骨な銀色。

 

 ――――大輪の紅い花が辺りを彩る。

 

 

 




日常シーンって難しいなぁと思う。
何かが違う? そんな感覚で書いていましたが何が違うのかもよくわからず結果としてお待たせしました事お詫びいたします。何に対する違和感なのか……?

こんなに待たせているのに何故だか地味に評価もお気に入りも入れて頂いて感謝感激です。

ところで、自分はAを財政的にも回線の細さ的にも買えないのですが、ネットで漁っていると弁慶が実はスピードタイプとしても行けるって聞いてちょっとビックリデス。
ナニカネタに使えないだろうかとちょっとだけ考えてたり。でも今のところ閃きも皆無。

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