「ふむ、成程。大凡の形は理解したよ」
夜の帳も落ち切り、そろそろ草木も眠る時刻差し迫るなか。ノルンと清楚は静かに寝息をたてる義経達を横に談義をしていた。
議題は勿論、先程目の前の彼女が口にした『武器が欲しい』という要望に彼が応える為に、だ。
話し合う事
「結構掛っちゃたね、ふぁぁ……」
流石の清楚も普段はここまで起きていないせいか欠伸が漏れてしまう。瞼も重たそうに今にも落ちそうだ。ここまで時間を要したのはそれもこれも、一重にノルンが原因ではある。突端は清楚の一言だが。
何故ここまで時間が掛ったのか。単純明快で、ノルンと言う人間は物創りにかけて、かなりの懲り性だからである。尤も身近なところを挙げれば彼が普段にも戦闘時にもよく纏う狩衣。これにもかなりの手間暇を惜しげもなく費やした品だ。
まず素材からして神代にしか無い、今は失われた物質を使い、製作の段階でこれでもかと多様な魔術理論と失伝技術を使い出来上がった狩衣は常に高い魔力を帯び、外敵からの物理威力を半減し、更に外界からの干渉を高レベルで防護する事での狩衣自体に常時Bランクの対魔力を付与。他に自動アジャスト、自動洗浄機能に自然治癒の促進、耐熱、耐寒、耐腐食、耐溶解。更には各所の部分に
ノルンの魔術、身体能力的にいらねえだろ、なんてツッコミは受け付けない。
他を見てみても、修行の為だけに不完全とはいえ己の師の力を再現する為――と、言うには当人はかなり不満――だけに当時は自分ですら再現できない体術を再現させて魅せる。
伴侶の肉体を実体化では無く受肉化させる為だけに色々と模索して実行してしまったりと、何かを創り出す事に掛けてはイロイロとやる事なす事はっちゃける特徴がある。
無論、今回の事にしても例外ではない。
「付き合わせてすまなんだな。どうにも斯様な事に関しては妥協が許せぬ性質で、な」
「うんうん、こっちこそお願いする立場だもん。それだけ真剣になってくれてる事だから嬉しいよ。でも、本当にいいの? 頼んだのは
「遠慮は無用だ。"為すからには全霊で"が我が方針ゆえ」
朗々と語るノルンの姿は何時もと同じ様で、少し違っている。何が違うのかと言えばテンションが少しだけ高い。端的に言って張り切っているのだ。自身の物創りの技術が彼女の助力に一役買える事に。
それを漠然とだが感じ取った清楚は常とほんの少し違う彼の雰囲気に少しだけときめいて微笑ましく笑うのだった。
「なら、お願いするね。……ぁふぁ……」
言葉尻に再び漏れる欠伸を噛み殺し損ねてついつい大きく出てしまう。人前で、それも異性の前で見せる行動では無い為に恥じらい頬を僅かに染める。
ほんの少し前の清楚と同種の笑顔でノルンは爆弾を投下した。
「もう夜分も遅い。良ければ清楚も泊まっていくか?」
「ふええっ!?」
これ以上にない位凶悪な一撃。年頃の男女が、夜に部屋に泊まる発言。頬のみだった赤みが顔全体に広がり思わず変な声が上がってしまった。
彼女とて義経ほど純粋培養な育ちでは無い。周りに比べたら流行などには疎いが、その分本で知識等は豊富な清楚。活字、漫画とジャンルを問わない読書は彼女にそういった知識を与えるのには十分である。所謂耳年増。然もありなん。
驚きに染められる中で、ノルンの言葉に疑問符が湧く。目の前の人物は清楚"も"と言わなかったか。彼女の疑問符は彼の先読みで氷解する。
「ああ、言わんとしておる事は分かる。が、どうにもこの主従、特に主は離す様子が見受けられんでな」
言葉と共に視線は下へと、より正確には膝もとへと向く。片や気持ち良さ気に、片や赤子がむずがる様な顔。川神水がいい具合にまわっている弁慶は猫が擦り寄る様に身を丸めている。実に気持ちよさそうだ。対する義経は寝ていながらも不安げな様子が窺えており、手に持った着物の裾は決して離さないとばかりに掴み、縋りつくような寝方をしている。
どちらにしても方向性は違えど其処から動きませんと言わんばかりの寝相だった。
清楚もまた言わんとしているところを把握するも、それでも容易く頷けるものではないだろう。常識的に考えて。
「で、でもだからって泊まるだなんてッ! ほら、部屋に運ぶとか色々方法はあるじゃないッ!?」
「運ぶだけならな。然れど義経は離してくれぬであろう。結果、私が義経の部屋に泊まる事と相成なるは想像に難くなく、なれば何処で寝ようが変わるまい。や、他の眼もあれば迂闊な事はできぬと思わぬか?」
さっきみせた雰囲気はあっという間に成りを顰め、こちらをからかうようなノルンの顔。先程のときめきを返せと言いたかった。
だが、同時に彼の言葉が別に今日ぐらい一緒にいる事は不思議ではないのだと、胸を仄かに掻き毟るその不安は一緒にいる事で晴らしてしまえと言っているのだと気付いてしまう。
彼女が武器を求めた事も言ってしまえばノルンを目の前で失い掛けた事に対する恐怖によるものだ。今こうして彼の膝もと丸くなっている2人も。食事そうそうに消えてしまったが与一もその不安は拭えなかった筈だ。
早々に弁慶が酔っぱらうと見るや逃げ出したのはどうかと思うが。
だから食事を終えても、飲んで騒いでいる最中も、彼の傍から離れる気は少なくとも与一も弁慶が酔うまではぶつくさ言いながらも一度も離れなかったのがいい例だろう。何だかんだと――弁慶が酔うまでは――側を一度も離れずにいたのだ。何時もは食事が終われば颯爽と消えるのに。
つまりはそういうことだろう。独りになればどうしても思い出してしまうから。それが怖くてたまらない。
「あぁ、もう……本当にズルイよノルン君は」
「そうか?」
「そうだよ」
何時もながらの他人の内心を見透かしている言動。不快な筈のソレは不思議と心地良く、自分から零れ落ちたその言葉は少しだけ心に染みて、それが嫌いじゃなかった。
「じゃあ、お言葉に甘えちゃうね」
「うむ、では早速支度するとしよう」
「そうだね。私も――――」
手伝うよ、そう口にしようとした所に指を弾くノルン。そして、瞬く間に台や散乱していたビンやツマミの残骸が綺麗さっぱり消え失せて変わりに出てくるのは綺麗に敷かれた布団。
それは1人で過ごすには広いこの純和風調の部屋に綺麗に並んでおり、あろうことか横になっている義経達や起きている清楚達の下にへと敷かれているのだから驚きである。
いざ手伝おうとして出鼻を挫かれた感を絶えない清楚の心はまさにこれ、微妙の一言に尽きる。ノルンの行動は割とこういう事は毎度と言えば毎度なので直ぐに脇に流したが。本当に、アレである。
「では、横になろうか」
「うん、そうだね……」
「?」
深く考えるのはかなり無駄な徒労で、きっと馬鹿らしいので言葉に素直に横になっておく。でも、ノルンが小首を傾げるのは酷く間違っている気がする。繰り返すが、疲れるので突っこまない。けど、何時も通りな感じが何処か今日は少しだけ嬉しかった。
「おやすみ、ノルン君」
「おやすみ、清楚」
そんな心を隠す様におやすみの挨拶。返って来た言葉は同じなのに、何処か安心した。ラフな格好とはいえ寝巻という訳ではないが、あまり気にならず清楚は横になるのだった。消えた明かりに倣う様に彼女もまた瞼を落とす。
落ち切った暗闇は安寧を齎すもの。夏用の敷布団と毛布は残暑の気配が色濃く残る今時分でも丁度良く身体を包んでくれた。
――――筈だった。
ごろり、ごろりと幾度無く布団の中で身を捩るのはお休みと呟いた清楚自身。程よく心地良い気持ちのまま瞼を落としていざや眠らんと夢の国へと旅立とうとした時にふと頭に過るこの状況。
(あれ、でもだからって同じ場所に寝なくてもいいような?)
ここ極東本部に備え付けてある部屋の間取りは下位の従者たちの相部屋を除けば九鬼の直系、序列上位の従者たち、義経達の各部屋は総て基本的には同じつくりではある。内装などは個人の自由で、場合によっては個人個人で改造もしたりしているものもいる。
ノルンの場合は部屋自体は畳張りの純和風の1LDKで普段はリビング兼ダイニングに集まって夜の飲み会を行っており、眠る時は横にある他所より風呂を大きく作られて有る為に他人の部屋より約1畳分程狭い個室を寝室として眠っているのだがそれでも寝具以外には何もない殺風景な状態(
だから、本来何時も集まっている居間の方に寝なくてもよいのだ。
それは彼なりの気遣いで、彼からコアラの如く離れない義経を主に慮っての行動。そして、同じ位に不安を抱えた弁慶と清楚への配慮。
だが、残念なことに清楚は其処まで至らない。厳密には到れない、というべきか。
(い、勢いで頷いちゃったけど、これってノルン君と、男の子と一緒の部屋で寝てるって……!)
などと、絶賛混乱の真っただ中だ。落ち着け、落ち着けと心に言い聞かせても言い聞かせれば言い聞かせる分だけ胸に刻まれるのは現状の認識だけ。これぞまさにドツボに嵌っていると言えよう。
結果として清楚自身、気付く事無く悶々として寝返りを続けること約一時間。気恥かしさと、同じ位の安心感に苛まれるという世にも奇妙な状況を味わっている。
終わりは来るのか、と傍から見ていればそう問いを投げたくなるような状況は意外な方法で幕を引かれた。
「……清楚先輩?」
「ひゃぃ……ッ!」
ぼそり、と聞こえた言葉に思わず小声で悲鳴を上げるという無駄な器用さを披露して。
比喩ではあるが彼女が味わった衝撃はそれこそ心臓が止まりそうに成程だった。自分しか起きていないものだと思っていただけあって余計に。
「お、起きてたんだね、弁慶ちゃん」
「えぇ、まあ」
気だるげに返す弁慶の言葉は何時も通りだが、呂律はしっかりしている。先程まで浴びるほど川神水を呑んでいたのにも関わらずに、だ。
地味にこれは驚くべきことだろう。弁慶と言えば川神水とだらける事と義経が大好きな少女で、時間が許す限りまったりダラけるのが常で、それ故に一度眠りつけばまず途中では起きない。ましてや今日――厳密には昨日の遅く――の様に浴びるほど飲んでいれば二日酔いを起こしたかのように頭を抱えて一層気だるげそうしているのが通例である。
だが、実際のところは不思議ではない。
弁慶の症状を見ていると忘れがちだが川神水はあくまで『場で酔えるノンアルコール飲料水』である。どれだけそれっぽく見えても、それ絶対酒だろとツッコミを入れたくなる代物でも、アルコールではないが故に飲めば無条件で呑まれるという訳ではない。
「……」
「……」
沈黙が、妙に痛かった。間違えた、居た堪れなかった。
声を掛けたものの、背後の気配の動きが気になっただけで他にふる話題を用意してなかった弁慶。
声を掛けられて、先程の行動から羞恥心が抜けず舌が上手く回らない。尤も清楚の側も話しかける話題が見あたらないのもあったが。
どちらも黙ったままに、時は変わらず刻み続ける。
暗闇では時間の経過が分かり辛く、2人にはどれだけ時間が経ったのかは分からない。5分か、10分か、はたまた30分、或いは1時間だろうか。しかし少なくとも2人には時間の経過に意識を向ける事はない。部屋にまで降りた夜の帳を眺めて幾分たち、口を開いたのは弁慶だった。
「清楚先輩、ちょっと聞いてもいいです?」
「う、うん。なにかな弁慶ちゃん?」
「…………」
「……弁慶ちゃん?」
問いを投げていいかと尋ねたにも関わらず、彼女から言葉は出てこない。天上に置いていた視線は当然の様に隣に向く訳で。
投げた相手はというと、難しい顔をしていた。眉を潜めており口元はもごもごと小さく動きまるで言葉を口の中で反芻させている様にも見え、切り出し方を悩んでいる様にも清楚には見えた。
ほんの少しの間、悩んだ末か彼女は再び口を開く。
「ノルンの事、清楚先輩はどう思ってます?」
「え、ノルン君?」
一瞬の間と共に絞り出すような声が出た。それはなんというか、渋々というか不承不承とでもいうのか、色々考えたけどそれしかないから口にしたと言わんばかりの言葉だった。
対して清楚は何を問われたのかと考え、そして程なく最近開拓したケータイ小説なるものや、恋愛系の書物、そして偶に耳にする学園の後輩や別のクラスの人の会話を思い出し、これがそうなのだと理解する。
清楚もこれにはほんの少し驚いた。彼女からこういう、所謂"がーるずとーく"的な話をまさか振られるとは思っていなかったからだ。
しかし、律儀に答えるべきか彼女は悩む。何せがーるずとーくには縁遠いといっても過言ではない普段の生活。本に関する話題が大半でありこういう方向性はみな彼女に抱く雰囲気もあり、また学園のイケメン四天王に入る京極と学校では行動を共にしている事から周りでは公然のカップルの認識があるのも一因だろう。当事者たちにとっては兄妹的な認識なのだが、周りはそれを知る由はない。閑話休題。
どう思っているか、とは即ち
突発的な、しかし運命的と言うには少し笑える出会いや自己の覚醒。其処から始まる2人だけの秘め事。今でこそ落ち着いているが、目覚めた当初はやんちゃだった。
何せ落ち着いた後の自分の第一声は「どうやったら天下を取れる?」なのだから。
今でもそう言った時の彼の反応は忘れない。忘れられるものではない。彼にしては珍しい眼に見えての表情の変化は不覚にもこういう顔もするんだ、と思わずにはいられなかった。
その後も、「やはり、総理大臣を打倒べきか?」なんて尋ねるものだから、落ち着いて考えるとなんて頭の悪い言葉かと顔から噴火ものである。
普通なら呆れても可笑しくない――というか、あの顔は呆れだっただろう。しかし、彼は色々と言っている自分に
「仮にこの国を、世界を統べて、その先はなんとする?」
と尋ねて来たのだ。至極真剣に。苦笑1つみせても可笑しくないのに。彼は問いを投げかける。自分にとって、未だ解を見出せない問いを。
当時の覇王状態の自分も、そして今の自分も、考えに考えても答えが出ることは終ぞない。いや、無くはなかったが精々"そうすれば世の中はより良くなるだろう"位のもの。漠然と言うのすらおこがましい有り様。
だけど彼は首を振る。重ねて彼は「それでは統べる事が目的になってしまう」と言う。
それの何がいけないのか、と返した自分に彼は「それでは先などあらぬ故に統べようとも全てを台無しにして不幸にしかならぬよ」と説く。益々以って意味が分からない。
分からない事も彼には解っていたのだろうか。「だから、これは宿題だよ清楚。王足るに必要な最低限の、な」なんて言うものだから、自分にはやっぱり難しくて、けどそれは不思議ととても必要なことなんだなぁ、と何故か思わせるモノが其処はあった。彼の言葉だから、或いは彼がそうさせたのかは知らない。
しかし、ならば教えろと言っても、彼は「教わるでなく気付くものだ」と語って、だったらどうすれば気付けるのだと、苛立ち交じりに聞けば「今までと変わらず、今の清楚が日々を暮らして行けば自ずから気付けようて」なんて茶目っ気たっぷりに笑う。
不覚にも、最初に彼にときめいたのはこの瞬間だっただろうか。日々の小さな所でドキリ、とさせられるけどこの時は何かが違ったなーって今でもそう感じる。
客観的に見ると、何処に、と思うかもしれない。ただ、それを言っていた時の彼からはまるでこちらの全てを包む様な暖かさを感じたからか。
それは普段京極と接している時とは似ていて、しかし何かが違うものだった。これはきっと自分にしか分からないだろうと、思い馳せて胸を満たす熱に少しだけ酔いしれる。
「ふーむ……ここも脈あり、と」
「ふぇ!? あ、えーっとね、こ、これは」
「いいですよ別に誤魔化さなくて。私も、先輩と同じで女としてアレに魅かれてますしね」
サラリと弁解はとんでもない爆弾を落として行った。
「え、ええ――ムグッ!?」
「しー、声が大きいです先輩」
彼女の咄嗟の機転で清楚の口元を覆う事で何とか声は最小限に抑えられた。背後に振りかえる弁慶の視線は僅かに身動ぎ、そして更に話題に挙げられている人物の胸に縋りついている主へ。
些細な行動だけで、直ぐに寝入った義経に安堵を吐き、口元を覆う手を謝りながら退ける。
だが、清楚はそれどころではない。内心はとても混沌としている。
(え、だって、魅かれてるって、ええ!? 弁慶ちゃんも同じって……ええええッ!?)
横では弁慶が、なんだ自覚なかったんですね、なんて軽く言ってくる。なんて軽いこと軽いこと。キャラがブレてないか?
「と、突然すぎないかなっ? こう、もうちょっと手心とか間合いとか、ね!?」
せいそ は こんらん している!
「だって、先輩だって魅かれてるでしょ? ノルンとの子供なら産みたいって思える位には」
べんけい の こうげき。きゅうしょ に あたった! こうか は ばつぐんだ!
悲鳴にも声にもならない叫び声という奇妙な技を披露してしまうほどにそれは彼女の胸を貫く。話題としても乙女的にはアレ過ぎな上に、ドッ直球極まりない一撃は清楚をひんしにまで追い込むには十分過ぎる。
何故ひんしか、と言えばその言葉に迷わず心が肯定してしまった自分がいたからだが。
どうしようもない位気付いていしまう己が心。
ああ、駄菓子菓子……こんな気付き方は幾らなんでもあんまりだと思う。欲は言わないからせめて懸想している相手とのやり取りで気付きたいと、そう思うのは欲深なことだろうか。本に綴られるような甘く切ないやり取りがあったって罰は当たらない筈だ。
今まで好悪問わず、そんなやり取りがあって尚、気付いてないだろうとかツッコミは受け付けない。断じてだ。
「私もね、概ね同じですから。まあ、気付いた切っ掛けはもの凄い些細でしたけどね」
「~~~~~~ッッ……。そ、そうなんダ? ぐ、具体的はド、どんな時だったノ?」
言葉尻が思わず上がってしまうほどの動揺している最中でもやはり其処は乙女。やはり人の恋愛ごとには興味津々だ。
「……不味いんですよ」
それは要領を得ない言葉。色々と端折り過ぎて理解できるものではにソレに思わず首を傾げて聞き返す清楚の反応は自然と言えた。
彼女は苦笑しながら答える。
「川神水がね、不味かったんです。旅行にアイツが義経と行った時、ひとりで飲んでてもちっとも美味しくなくて。昔はひとりで飲んでたって平気な筈だったのに、気付けばノルンを探してて、主では無くノルンをです。いや、主もなんですけどね。自分にとっては何時の間にかそれが当たり前の様になってんだなーって。アイツが隣にいる事が自分の一部なんだって分かったんです。んで、その時思ったんですよ」
――――ああ、自分はこんなにもノルンに絆されてたのかって。
弁慶は笑っていた。優しく笑っていた。それは普段義経を愛でる時とも川神水を美味しそうに飲んでいる時とも違う。明らかにそれは女の顔。焦がれる誰かを思う女のソレで、決して恋する少女には出せるものではないモノに清楚の背筋はゾクリと粟立つ。思わず身震いをしてしまうほど、今の弁慶からは色香が溢れている。滲み出るとかの次元では無い。同性すらその場だけでも陶酔してしまいかねない程に色っぽい。
「でもまぁ、正直最初はどうしようかとも思いましたよ」
「それは、どうして?」
「だってアイツ、既に伴侶って言える人
あ、と声が漏れる。そういえばと、清楚は思い出す。それは彼女が無意識に避けてしまっていたものだった。確かに彼には既にそう言う女性がいる。何せ一度は自分が問い詰めているのだから忘れようはずもない。浮いた心は真冬(と言っても南国同然の島で育って冬らしい冬をしらないが)の冷水を被ったかのように沈み、そして締めつけられていく。思わず痛みを覚えてしまうほどに。
「まあ、其処の辺りは次の瞬間には解決しましたけどね」
「え――――?」
今し方感じた幻痛も一体どこへやら。呆けた顔で弁慶を視た彼女にツッコミを入れられるものはいない。寧ろツッコミを入れたいのは清楚である。
「え、え、えぇ……?」
「そりゃ、私だって考えなかった訳でもないですけど……でも1人だけならいざ知らず複数人も侍らせておけばねぇ」
「えっと……つまり、どういうことかな?」
「今更2、3人増えたって別に支障なくね?」
あっけらかんとは正にこの事か。清々しい顔で、普通に事実を指摘してる積りなのだろう、当人の中では。だが、この人どうみてもぶっ飛び過ぎである。おかげで清楚は再度叫びかけた。そして再びインターセプトされた。何度目ですか、なんて言っている弁慶。こっちの台詞だと声高に叫びたくてもできない。二重の意味で。
「とは言っても、なかなか踏ん切りは付きませんでしたけど」
「あ、そうなんだ。……よかったよ」
思わず小声で安堵した清楚。良かった、彼女にもまだ常識は生きていた。
「でも、今日でそれも決心付きましたけどねー」
「決心?」
「ええ。あのよく当たった占い師も本当に欲しいなら開き直れって言ってたし。何より尻込みした結果、全部無くなってしまいましたなんて私は御免だ」
「…………」
全部無くなる。
言葉にしたソレに含まれているものを汲み取れないほど彼女は鈍感では無い。やはり、というべきか、弁慶を酔わせられなかったのは今日の一件に一因するのは間違いない。だが、弁慶に気負っているものは一切見受けられなかったのは、彼女が視ているのがきっと今横で抱き付いている主と抱きつかれている青年だからだろう。瞳に映るそれが、そして思い描くものが何かは清楚には分からなかった。
尤も、彼女は強制的に分からせられる破目になる。
「そ・こ・で、ですね先輩?」
「(あれ、何か変なプレッシャーが……)う、うん、何かな?」
「ちょっとお耳を拝借」
ズイ、と清楚の枕元まで顔を近づけ耳元で小さく声を放つ。ぽしょぽしょと可愛らしい擬音が聞こえてきそうな話声は、そんな傍から見たものとは正反対のしろものだ。しかもぶっ飛んでいる。
どれくらいのものかと聞かれれば、もう一度清楚が大声をあげそうになって三度弁慶にセプられる位には。
「こらこら先輩、夜中に大声を上げるのは非常識ですよ」
「弁慶ちゃんにだけは言われたくないよ!? よ、よりにもよってノルン君をお、おっ、おお押し倒すってッ……破廉恥だよッ!」
「小声で叫ぶとか器用だなー。まあ押し倒すはちょっと語弊があるかもですけど……私はね、先輩。取り合うとかそういうのは面倒なんですよ。ええ、だから先輩とも取り合うとかメンドーなのはノーセンキュー。けど、アレは諦められない」
色々と支離滅裂である。まさか素面で酔っているのだろうかと正気を疑っている清楚を尻目に彼女は朗々と続ける。あくまで静かに。
「清楚先輩だって、簡単に諦められないでしょ?」
「そ、それは……けど、ノルン君にはもう」
「ええ、いますね連れ合いが。それも
その時、清楚は背筋に冷たいナニカが奔るのを感じた。先程から達、とか複数もとか色々と強調し過ぎな気がしてならない。
「うん、まあ私もこれがひとりっきりだったら、まあ正直諦めてましたね。ええ、取り合うとか面倒はゴメンなので。でも、アイツはあろうことか複数人の相手を連れ添っているなんて非常識を露呈させた」
一言、一言、其処には心が込められているかの様な気迫は清楚に伝播していく。間近で感じる彼女は何故か彼女が猛禽類的な何かを連想させる。ナマケモノの様にも見えるのに。
「5人も囲う甲斐性があるんだったら、今更2、3人、増えたってどうってことないと思いません?」
「待って、ねえ落ち着こう弁慶ちゃん?」
寒い。何が原因か清楚には理解できないが、この、未だ目の前の怠惰至高の彼女は気だるげさを隠す事を今もしないその身から薄ら寒いナニカを禁じ得ない。
別に、私はふつーですけど、なんてのたまう彼女。確かに別段混乱をしている様には見えないがこの薄ら寒さも本物だ。ガールズトークが息をしていない。いや、ある意味ガールズトークと言えなくもないが。
「んー……じゃあ、今から私が言う事を可能な限り想像してみてください」
「ふえ? あ、えと、うん、それ位なら別にいいけど」
「眼を瞑って」
「うん」
素直に従って瞼を降ろせば視界は何一つ映す事は出来ず黒一色に染まる。これで彼女の言葉が想像が下手でも無い限りイメージできるだろう。
「先輩は部屋で読書に勤しんでいます」
「うん」
想像に容易い光景だ。取りあえず、お気に入りの書物でも開いてみようか。無論、想像の中で。
「静かに本を読んでいると、ふわり、と気配を後ろ感じると共に腕の細くも逞しい男子特有の感触がまるで抱きしめる様に身体を包む」
「う、うん?」
なにか、早くも雲行きが怪しいが、想像してみてくれとの可愛い後輩の言葉に従ってイメージしてみる。想像の中とはいえ、まるで恋人同士のやり取りの様でなかなかに恥ずかしい状態だ。
「驚いている先輩の真横から微笑みながら先輩の名前を優しく耳元でノルンが囁きます」
「うん……うん!?」
「イメージ」
「あ、ハイ」
もの凄い状態だったが故に、思わず困惑したが有無を言わせない迫力を放つ後輩に大人しく集中する。
思い浮かべるのは言われた通りノルンの顔、そして身体。女そのものと言っても差し支えない顔に不釣り合いな、しかし同時にこの上なくピッタリの人体の黄金比率の体現と言える逞しい身体の感触に身体を優しく包まれる。優しく名を呼びながら、自分の身体を更にぎゅうっと抱きしめる。それはまるで宝物を扱う様な気づかいを感じさせながら、これ以上ない位に愛を感じる所作に得も知れぬ幸福感で心を満たされる。想像の中にも関わらずに、だ。
もしもこの空想を傍から見れたなら、誰もが今の清楚の状態に指摘していただろう。幸せそうだと。そして想像が飛躍していると。
弁慶の言葉では何もこんな感じにはならないだろう。成り得ないと断言まではいかないが少なくとも彼女の言葉に清楚をこの状態まで持っていくだけの力はなかった。だから
「私の案に乗ってくれるなら、先輩もそれを諦めなくていいんですよ」
「!?」
狙い澄ましたかのような後輩の言葉はいとも容易く清楚の心を犯した。暴力に等しい蹂躙で以って心を溶かしていき、先程破廉恥と自ら言ったにも関わらず、歓喜で染められる。
何か悪魔めいた取引な様な気がしてならない。だが、今の清楚には想像の中で得た多幸感で気付けない。所詮は想像だ。虚構のもので現実では無い。それでも多幸感は確かにあって、だから思ってしまった。
――――現実に、これを味わうというのはどれ程のものだろうか、と。
だが、と同じく冷静な部分が心をざわつかせる。それはその関係自体が周りから見たら体裁が悪いどころでは無い。自分は元より件の彼にだって被害が及ぶのでは、と。事ここに到っては否定する要素が無い位に彼に魅かれているが故に、苛む心。
いや、それは建前だ。自分だって愛して欲しいと願っている。とても強く。でも、どうしても彼女に残る一般的な価値観が阻む。どうしても、そう言うのは汚らわしく思ってしまう。彼にも迷惑が掛ってしまう。
「でも、やっぱりそう言うのはちょっと……幾ら恋しているからって、どうかと思うんだけど……」
言葉尻が窄んでいくのは抗いがたいモノとの葛藤の顕れ。恋愛に関して何処か誠実な価値観を持っているが故のもの。
「恋? 違いますよせんぱい」
「え?」
まさかのここで恋心を否定に入る後輩。呆けさせられたのは今日で何回目だろうかと埒もない事が思考を過り、身体に得も知れぬ倦怠感を襲う。本当に何を言いたいのだこの子。
「だって、恋ってのは憧れを拗らせたものでしょう?(半分適当) 私は、そして多分清楚先輩もノルンに憧れて恋をしたんじゃなくて、魅かれて愛してしまったんだから」
恋とは憧れの延長にあるもの。自らの理想の体現、それは自己愛の延長にあるもの。それはある種の怠惰の極みにあり、年頃の少女にしては達観していた彼女なりの恋愛観の示したもの。尤も憧れなんて一度も抱いた為しは無いのでこうだと言う彼女の半分適当な決め付けに過ぎない。
だが、清楚のざわつきを収めるには、十分な一言だった。
(ノルン君に憧れて恋をしたんじゃない……魅かれて愛してしまった……)
心で繰り返していく。それは彼女の心にストンと綺麗に収まるのだった。
言われてみれば確かに、と思う。彼には憧れる事は少なくとも2人にはない。あるのは何時だってこんなにも心を満たしたり、乱したりと、人を揺さぶる事ばかり。成程、少なくとも自分や彼女は彼に恋しない、と不思議に納得してしまった。
ならどうしようもないかーと、思う。思って、思わず笑ってしまいたくなる。
(だって、こんなにも彼の事を思って止まないんだもの。どうしようも無いよね)
そして、本好きな彼女はある言葉を思い出す。それは昔から使い古されたもの。きっと年頃の者ならば耳にしないものはいないと言えるもの。
「こういうのを惚れたもん負けって言うのかな?」
「クス、さあどうですかね? で、どうしますか先輩?」
「……………………」
暫く間が空いた。清楚はあー、んー、うー、と言葉にならない声を零し、視線は右へ左へ上へ下へと落ち着く事はない。
問いに対する答えを考えて
考えて
考えて
考えて
考えて
それはもういっぱいに考える。彼女の頭の中を天秤が鬩ぎ合っているのが手に取る様に分かる程に分かりやすい。が、それも永遠に続く訳ではない。終わりはやってくる。良かれ悪しかれ問わず。
「…………はあ、本当に惚れた方の負けだね。うん、弁慶ちゃんのせいで私も欲しくなっちゃった、かな」
「なら交渉成立、共同戦線ってことで」
「うん……よろしくね。て、いってもまだ複雑だけど」
どちらとも無く笑い合う2人。その笑顔は中身に似合わずとても澄んでいた。
と、良い感じで締め括りたいものだが、話題の中身は以前乙女としてアレであるのに変わりない。そしてまだ終わっても居ないのだ。
「さて、残りは主だけ、かな」
「え、義経ちゃんにもおんなじことを言うの?」
弁慶の言葉に、清楚は軽い驚きと意外性が含まれる。
目の前にいる源義経を一言で言い表すなら正しく――優等生――の一言に尽きるほど常識的で、善性の塊で、とてもではないがそういう話に耳を貸しても決して乗りはしないと言い切れる程に真面目な子だ。
誰よりも彼女を知る弁慶がまさか話に乗るなどと思っているのだろうか。加えて先程彼女自身が居た筈……恋は憧れの延長だと。ならば、彼に憧れその背を追い縋っていく義経は色々な間違いなく相容れないと清楚は思った。
だが、それでも弁慶は首を横に振ったのだった。
「んー口で説明するのは難しいんですけどね……なんと言うか、ノルンに限っては主は色々とタガが外れるって言うか、アレに対しては例外っぽいっていうか」
「んー? 要するに特別ってことかな?」
「あー、有り体に言えば。まぁ、よくは分からないですけど少なくとも脈はアリ、と思いますよ」
切っ掛け、というよりは転機はあの沖縄旅行だろうか。少なくとも定期的にさせられる訓練で弁慶は愛する主が鍛錬の時にちょくちょくノルンを眼で追う様になっているのを彼女は気付いていた。それもその姿を追う時の瞳に帯びた光に、彼女はこれまでのモノとは少しだけ違うものがあると見ている。
どういうものにせよ、自身の思惑に乗るか、否かは彼女次第。だが、少なくとも目の前の可愛くてたまらない主が旅行に帰って来てからは自分達と同じ様に憧れでは無く魅かれていると感じた事だけは確かなもので。
しかし清楚には無論、言っている弁慶にも正確に測れるものではなく、それを窺い知れるのは当人ばかり。或いは、目敏いノルンならばとも思うが事この場ではやはり与り知らぬところ。
「ま、ぼちぼちやっていきますかね。ぬるーっと」
「い、イマイチ締まらない言葉だね」
「それが私なもんで……」
ガールズトークというには些か以上に物騒で常軌からは逸していたが、ひと段落はついた。ここより先どうなるかはまだ誰にも分からない。ただ分かっている事は弁慶が本気を出し、清楚までもく話話っと言う事だけ。
夜は変わらず更けていくのだった。
1ヶ月どころか3ヶ月とは……申し訳ないです。
しかし仕込みの方は上場です。自分では、ですが。
今回のはご都合主義が入ってますかねぇ、やっぱり……。