「はっ!」
「せぇい!」
家の庭先で剣を振るう。
朝も早くから鍛錬に勤しむ親子。
もっとも、振るわれる模擬刀の速度は人外のそれだか。
「ふむ、最近動きが鋭くなってきましたな母さん」
「そりゃ、軽くとはいえこんな鍛錬続けてたらね。昔の感も取り戻せるというものよ」
(や、動き以上に肉体自体が若返っておるような…?)
気のせいだと思いたい。
いくらなんでも有りの川神とはいえ、見間違いと思いたい。
心眼は何も反応せず。
よって気のせいと思うことにする。
喋りながらも剣速はそのままに振るわれる。当たれば痛いでは済まないであろう、お互い捌いていく。
そんな中でも幸恵は思わずを得ない。何時もの光景であったとしても。
即ち、毎度毎度の事だ。
(相変わらずデタラメ…!)
振るわれる疾風の如き剣に息子は何処までも冷徹に捌いていく。
武神の孫娘とはまた違った強さの形であろう。
かの娘は武と言う武の全方位に輝くを才を惜しみなく出して相手を圧倒するタイプだ。
対して息子は言うならば武に於いて己の方向性と、向き不向きを突き詰めて戦う玄人タイプだろう。
息子の戦い方は隙と言うモノが削がれ過ぎている。
(身体に対する強化をせず、明鏡止水による極力攻撃も含めた"機"を全く相手に見せず、あくまで自然体のまま、宛ら気付けば首を刎ねられると思わせる一撃必殺を主観に置いた戦い方。例えるなら奇襲上等な剣豪、もしくは正面でも戦える一級の暗殺者)
思考をしながらもキレを落とさず剣を振るう。その速さは既に壁と呼ばれるの領域の手前にまで来ている。それでも息を乱さずに
(加えて、持ち前の氣を全てスタミナに充てる事によって疲労を極力減らし、身体操作も相俟って長時間己の肉体が持てるスペックを十全に発揮できる…)
何度見ても武に於いて息子は可愛気がない。
衰えたとはいえ、曲がりなりにも己もマスタークラス。少なくとも武に生きてきたものの矜持がある。
それがこうも対処されると否が応でもなかなか語ろうとはしない事情とやらが気になってしまう。
だが、何時か話せるやもという息子の言を信じてもう少しだけ待ってみようとは思う。
具体的に言えば後2、3年後ぐらい。
もしそれ以上になっても語らないようなら。
(とっちめてでも…フフフ…)
(おォう…!?な、何やら母さんから言いも知れぬ怖気が…!)
それでも呼吸は乱れない。
性分とはいえ、こういう所は正直助かるばかりだ。
透化スキルさまさまである。
しばらく剣をふるい続け、やがてどちらとも無く剣を降ろす。
「今日は此処までにしておきましょう。病院へのお見舞いもある事だしね」
「うむ、ありがとうございました」
互いに一礼。
道具を片づけ、汗を流したら何時もの和服に着替える。
和服と言っても道着であるが。
鍛錬ようとは別に外着用とかで分けてある。
和服が好みなのだ。
玄関へ向かうと既に母が待っていた。
母は女性でありながら着替えるのに時間を有さない。
メイクもナチュラルで留める為かそうじて身支度に時間をかけない。
本人はそういう方面には最低限女を保てるだけで良いと明言はしている。
「準備は良い?忘れ物は」
「抜かりは無いです、母さん」
「そ。じゃあでかけましょう」
「はい」
そのまま川神市内を歩く。
行く先は川神でも有名な総合病院"葵文病院"だ。
「それで、友達のこゆきちゃん?の具合はどうなの?」
「うむ。心身共に差異はあれど経過は良好だそうで、身体は後1ヶ月もすれば治りきるとか」
「そう。なら問題は―――」
「はい。精神、心の方ですね」
今日お見舞いの相手は1ヶ月半前に知り合ったこゆきである。
あれから週に4、5日程の周期で遊んでいた。
それでもこゆきが時折何かに怯える仕種は初めて会った時に浮かんだ1つの可能性の確信を強めた。
DV、正式名称ドメスティックバイオレンス、家庭内暴力だ。
親からヒドイ虐待にあっており、約1ヶ月前
この一件はニュースでも話題になり、弾みで娘の名前も報道された。
もっとも、グループ内でこの事実を知っているのは自分とモモの2人である。
他のみんなはこゆきと言う名前が出てもまさか一緒に遊んでいる少女とは夢にも思ってもいない。
ただし、報道されたその日に電話が掛ってきたモモと口裏を合わせて皆には伝えない様に言い含めた。
この一件は少々刺激が強い為、こゆき自身から喋らない限りは黙っていることと決めた。
しかし、やはりというか軍師殿は感が良いようで、こちらに問い詰めてきたがハッキリと告げずに曖昧に誤魔化してある。
何れは知る所とこではあるだろうがショックを受けるのはもう少し歳を重ねてからで良い。
モモの方は自分と同じく身体を不自然に引き摺っている所から察したようで。隠してもモモの場合何故か自力で探りを入れられそうだ。
また、ショックを受けるであろうが持ち前の気性でモモなら受け止められるという判断で正直に話した。
話を戻すが、保護されて入院してから本日。
面会が可能なようなので見舞いに病院へ足を運んでいる次第。
ちなみに、独自に調べたもので部屋番号も既に把握してある。
しかしまぁ、何と言うか。
やはり己の幸運Eは伊達ではなかった。
「もーらいっ」
「ひったくりよー!」
脇を通り抜けるひったくり犯に母、足を引っ掛け、息子、倒れ際に腹に掌打一発。
神経では無く、内臓に響く様に打ち込んだため、今は気絶しているが起きた時は地獄であろう。
取られた荷物を追いかけてきた持ち主に渡して、すぐに来た警察に犯人はしょっ引かれた。
それからも、ひったくりが3件。2人乗りのバイクだったり自転車だったり。
他にも偶々目をやった方に居た不良達に因縁をつけられたりなど。
「あぁ!?何見てやがんだガキ!」
「お、良く見たら母親の方は美人じゃね」
「確かに!おい、ネーちゃん。ちょっとつきあ―――」
続きを言えずに母に殴られる。
「たがみん!?」
「このアマ!やっちまえ」
当然、末路など語るまでもない。
然もあらん。
そんなこんなで病院まで到着。足早にこゆきの待つ病室へ。
「あ、ノルンっ」
「や、こゆき」
さも何時ものの様に挨拶をしてこゆきの傍に座る。
「ビックリしたよ。まさか来てくれるなんて」
「ふっふっふ。喜んで貰えたのなら何より。それで、こちらが私の母だ」
「初めましてこゆきちゃん。母の幸恵です」
「こんにちは」
何事も無いかのように挨拶をするこゆき。
些か予想外ではあった。
そのまま話を続ける。
と言っても具体的には近況を報告したり他愛無い会話であるが。
「それで、その時のガクトの顔がなかなかに傑作でな」
「アハハ。なにそれー」
他にも少し踏み込んでしまうが、こゆきの事はモモ以外に知らないという事や、モモも近いうちにお見舞いに来るという事など。
話せる事は全部話した。
「ちょっと、飲み物買ってくるわね」
「分かりました」
席をはずす母を見送り、他に話題が無いか模索しているとこゆきの方から切り出してきた。
「このお守り、ありがとうねっ」
「いやいや、礼には及ばぬよ。こちらこそ強引で済まなんだ」
「んーん…何となくだけどこのお守りのお陰で今こうしていられる気がするんだー」
「そうか?」
「うんっ」
その発言にはドキリとさせられた。おくびにも出さないが。
こゆきの言うとおり、渡しておいたお守りはただの験担ぎではなく真実、"福を招く"お守りだ。
厳密に言えば、『持ち前の幸運値を最大まで上げ、ここぞという所で最大効率で発動する』と言う効果を持つもの。
他にも持っているだけで持ち主の幸運値を比較的に高める効果もある。
名前は無いが敢えてつけるなら
一回きりの使い捨てだが、人生のターニングポイント、己の将来や生死を分ける所などで効果を発揮する代物である。
元々は己の幸運値を上げられないかと作り上げたものの副産物だが、役に立って何より。
え?自分で使わなかったのかって?
そんなもの、説明が必要かな?この身の運の無さは呪いの様なものらしい。もっとも、今となっては大概の災いは己で何とか出来るのだが。
話がズレた。
兎にも角にも、まだ
無論、こんな
「やはり、病院の中は暇を持て余すか?」
「んー…みんなと遊んでるよりは退屈だねー」
そうしていると、母が戻ってきて3人で騒がしくない程度に盛り上がる。
「負けた…」
「ノルン7並べ弱いねー」
「うっ…」
「勝敗に少しでも
「そう言う母さんは僅差だった訳だが」
「負け惜しみ負け惜しみ」
「そうだな、普段の鍛錬では押され気味故、せめてもの意趣返し…と思えばなぁ」
「く、悔しくないもんっ」
「呵々、
「うんうんっ。カワイイーね」
「大人をからかうんじゃありません!」
やがて面会時間も差し迫ったきたので帰り支度を始める。
不安げに見ていたこゆきにまた来ると告げて、病室を後にした。
ちなみに、病院からの帰り道はなんの騒動も無く帰路につけたのだ。何気に凄い。
そして今は夕食時。
話題に上がるのは今日のお見舞い。
「こゆきちゃん。優しそうな子だったわねー、思うよりも元気だったし」
「うむ。包帯等は痛ましきものでありましたが…」
「DVの被害者って聞いてたからもっと怯えられると思ったのだけれど」
「むー…恐らくではありますが…こゆきには本能的に察せるのでないかと」
「なにを?」
「邪念、敵意の類を」
母はその言葉に少し目を見開き、そして、納得と言う顔をする。
「成程ね、頷ける話だわ。ひょっとしたら、武芸の才があるかもね」
其処に直ぐ結び付ける辺りが何とも。
「呵々、母さんはホンに武芸者であるなぁ」
「何を当たり前のことを」
「や、尤もなのですが、ね?」
「何が、ね?よ。変な子ね」
「いやぁ…」
「褒めてないわよ。何処に照れる要素があったのよ」
離しながらも夕飯を食べ終わり、食後のお茶の一服でマッタリな時を満喫。
同じ様に母も寛いでいる。
「子供の筈なのに、何でお茶を飲む姿が絵になっているのかしら?」
「さて、な」
今はマッタリする時。雑念は無用である。
そこへ電話の鳴る音が響き出す。
「私が出ます」
「お願いね」
電話の相手はモモであった。
「おやモモか。どうしたのだ斯様な
「あぁ、良いかノルン。よく聞いて欲しい」
受話器越しのモモの声は酷く切羽詰まっており、何やら大事であることは明白だった。
そして、語られる内容はまさに青天の霹靂。
「岡本のばあちゃんが、ワン子の両親が―――」
亡くなってしまったっと、モモは無情な事実を告げたのであった。