NINJAの末裔がまかり通るようです。 作:Soul Pride
「アインハルトさんが、手も足も出なかった人!?」
ストライクアーツの練習の、合間の休憩時間に。少女の驚きの声が響いた。
高町ヴィヴィオとアインハルト・ストラトスが出会い、衝突し、和解して、ノーヴェ・ナカジマの監督下で共に練習をしたりする仲になった頃に。
……話のきっかけは、憧れとなる程に強い格闘技者。ヴィヴィオはアインハルトの名を挙げたが、アインハルト自身は己を卑下し、自分が手も足も出ずに完敗した相手がいたことを話した。
「ど、どんな人なんですか!?」
「気になります!」
リオ・ヴェズリーとコロナ・ティミルもその話題に食い付き、興味津々といったところ。
ヴィヴィオたちにしてみれば近い世代、そして身近な存在で言えば、アインハルトは頭一つ抜けた強者である。
その彼女が、完全な格上であると認めた者がいると知れば、興味を抱かずにはいられない。
「私が以前、路上試合をしていたのはご存知ですよね?」
「うん。それで倒れてた所をノーヴェが助けたんだよね」
「……その日に、私は圧倒的なまでに負けたんです」
あの日がきっかけで、路上試合から足を洗い、こうして彼女たちと知り合うきっかけとなった。
聖王女のクローン、ヴィヴィオと出会えた事は感謝している。ぶつける場所のない内なる想いを、受け止めてくれた子に逢えたのは、幸運だとも思っている。
「日向流柔拳法、ナッツ・ドライバー。ベルカ古流武術の使い手でした」
「ひゅうが、りゅう……」
「私が知る限り、最も強い人です。今の私が倍強くなったとしても、敵わないと思います」
アインハルトが手合わせした中で、最強と呼べる人であった。
記憶の中にある、祖先である覇王──クラウス・G・S・イングヴァルトと比較しても、遜色ないと思う程に。
平和な今の時世にて、戦乱の世で無双を誇った覇王と同等の力を持った者が居た。
そんな人が、路上で拳を振るっている……。どうして戦うのか、どういう理由があるのか、気になるところはたくさんある。
最低限の言葉しか交わさなかった。拳も、満足に交わしたと言い切れない。
やくざな路上試合はもうやるべきではないとわかってはいるが……こうして誰かに話すと、もう一度出会いたいと思う自分がいた。
話すだけでもいい。そしてもしも、もう一度戦えるというのであれば……今度は路上ではなく、別の場所で。
「今度は、ちゃんと会って話がしたいです」
「私も、会ってみたいです」
「──ドライバーって奴の身元は、もう掴んでるぞ」
「えっ」
「ナッツ・ドライバーだろ?有名だぞ、ソイツ」
ノーヴェが会話に加わると、空中投影ディスプレイが現れる。
その内容は、あの夜にアインハルトと戦ったナッツ・ドライバーの個人情報であった。
「局でもマークしてる程の札付きの喧嘩屋だよ。変身魔法で誤魔化してるが、年は十一」
「年下だったんですか!?」
「世界は広い、そういう奴もいるってことさ」
自分以上の実力の持ち主が、年下の男の子と知ってアインハルトは衝撃を受けた。
「二年前の九歳の時に暴力事件を起こして転校、その後はロクに学校に通わず喧嘩三昧ってワケだ」
ディスプレイに映る資料には“ロズベルグ学園初等科 転校”となっている。
喧嘩を鍛錬とし、実戦の中で技を磨き続けてきた。生活の全てを戦いに費やしていた。
武術家として、それは極めて効率的な修行方法である。実戦で必要な動作は、実戦でこそ身に着くモノである。
しかしそれは、自分の身がどうなっても構わないという捨て鉢の覚悟でなければ成り立たたず、運が悪ければあっさり死ぬ。生きながらに死に瀕しているようなものである。
同じようなマネが出来るか、とアインハルトは自己に問う。
クラウスならば出来ただろう。全てを捨ててでも強くなろうとした、実例であったのだから。
(私には、出来ない……。そうなりたく、ない)
出来る、と。やる、と。そう思った瞬間にはもう、この身はアインハルト・ストラトスではなくなってしまう。クラウス・G・S・イングヴァルトという亡霊に憑かれたゾンビになってしまう。
強くなるにはそうするべきだ、という声を振り払う。
せっかく出会えた可愛い後輩たちを、悲しませたくはないのだから──。
「ノーヴェ、その人に……ナッツさんに会えない?」
「……言うと思った。駄目だ。話が通じる相手とは限らない──」
「──話が通じる相手、かもしれないぞ」
ここにいる誰でもない、別の声。それは声変わりする前の、少年の声で……。
会話に割り込んだ声の方へと、彼女たちは一斉に振り向いた。
「いつぞやの夜ぶりだな、可愛い覇王様」
そこにいたのは、目深にフードを被った少年。アインハルトには、あの夜に出遭ったあの男と姿が重なった。
──喧嘩屋ナッツ・ドライバー。露になった口元は、最後の光景と変わらない笑みを浮かべていた。
「……何の用だよ、喧嘩屋」
「知った顔がいたんでな。声掛けただけ」
「話がしたいんだったら、目を見てしろよ。フードを外せ」
「ん、いいよ」
言われるまま、彼はフードを外した。
ナッツの素顔は、灰色の髪を短髪にし、日で焼けた小麦色の肌。背丈はアインハルトの頭半個分高く、スラリと細く長い手足は俊足の
スポーツタイプのサングラスをしていたためか顔全体はわからないが、端正な顔立ちであることはうかがえた。
「サングラスもだ」
「いいのか?」
「なに?」
「生まれつき、魔眼でな」
先天性の固有技能の一つとして、目に宿る異能を魔眼という。
かつてのベルカ戦乱期でも魔眼を持った人物は存在し、ナッツもまたその血を汲み、先祖返りで宿ったのだろう。
魔眼の能力は多種多様。眼を合わせることで自動的に発動する力か、視界に入った時点で発動する力か。
様々な差異こそあれど、ナッツはあまりこの眼を他人にはあまり見せたくはないものであった。
「構わねえよ。お前の
どういう能力なのか。使った時、どうなるのか。ナッツ・ドライバーという少年を調べるにあたって、ノーヴェは熟知している。
ナッツは溜息を吐いた後に、サングラスに手を掛けた。
「……これで、いいか?」
「……わぁ」
感嘆の声を漏らしたのは、誰であったか。
サングラスを外したナッツの双眸は、ヴィヴィオやアインハルトのような虹彩異色ではない。
白い、眼だった。様々な人種が次元世界単位で来たり行ったりするミッドチルダの地であっても、白い虹彩、白い瞳は珍し過ぎるものだった。
「……それが魔眼系の
魔眼“白眼”。今ではもう、この眼はナッツだけのものになった。
事前に知識として知ってはいるものの、実物を見るのはノーヴェも初めてになる。
ナッツ・ドライバーの流れる血が発現した稀少技能。その血がもたらした力は、かつてはベルカ最強とまで言わしめるまでに至ったものだ。
「あの、ナッツさん!」
「ん、どうした覇王様」
「あなたは、どうして路上で戦っているんですか」
アインハルトはナッツに疑問を投げかけた。かつては共に路上で戦っていた者として。そして、少しの間とはいえ拳を交わした者として。
自分は、こうして正しく拳を振るえる場所を見つけることが出来た。であるならば、彼もまたそういう場所があるのではないのか。
その強さは、きっと表舞台であっても輝くものに違いないのだ。
「………………」
ナッツは、深く考え込んだ。思い返す、回帰する、頭の中で記憶を追跡する。
きっかけはあった。理由もあった。
……それらは既にもう、何の意味も失くしてしまった。
「玉石混交だが、相手にも状況にも困らない。それが今の理由だよ」
夜道を歩けば、暇を持て余した同類がいる。
互いが同意を得れば、即ゴング。得なくてもゴング。
夜の街は、喧嘩師にとっての
ナッツにとって、居心地の良い場所でもあったのだ。
「
「まあ、そんなところだ」
──聞くなよ、と言外に目で伝えている。そこから先に踏み込んだら、加減が利かないという意思表示だ。
見知った顔と少し話がしたい。そんな気まぐれに似た用事は終わり、ナッツはサングラスを掛けなおし、フードを目深に被る。
「待て」
立ち去ろうとするナッツに、ノーヴェは肩を掴んで待ったをかけた。
この少年はまた、今日も夜の街を彷徨っては喧嘩に明け暮れるだろう。
ノーヴェは彼女たちのストライクアーツのコーチをしている。端くれではあるが、この小さな子たちを正しく導かなければならない先生である。
であるならば今この場で、ナッツ・ドライバーを止めなければならない。そうしなければ、この子たちの先生であると胸を張れなくなってしまう。
「──離して」
躊躇なく、ナッツは掴まれた手の甲に、人差し指で軽く突いた。
……それだけで、ノーヴェの掴んだ手の握力がなくなった。
するりと手を払って、またナッツは歩き出す。
──これが、日向流。指先一つで魔力を断ち、人を制す。今となっては彼のオリジナルになった、ベルカ古流武術。
「……だから、待て!」
掴んでいた左手は全く言うことが利かない。だからどうしたと言わんばかりに、今度は右手で止めに入った。
しかしその手は空しく空振って……ナッツは流れるような身のこなしでノーヴェの懐に入り身で入り、咽頭の部分で二本貫手を寸止めしていた。
「咽頭・脊柱・肺・肝臓──頸静脈・鎖骨下動脈・腎臓・心臓……都合、急所八ヶ所。好きな所を言えよ、楽に逝かしてやる」
──口調が、語気が、変貌する。皮一枚剥いだ先にあった、ナッツの本性が、顔を出す。
日向流の貫手は、容易く人の肉を裂き、骨を断つ。ここまで懐に入られれば、技の鋭さは防御も回避も迎撃も許さない。
ノーヴェ・ナカジマの命は今、ナッツ・ドライバーに握られている。正しく、生殺与奪を支配されられている。
「ノーヴェ!」
「大丈夫大丈夫。大したことねえって」
心配するヴィヴィオに、ノーヴェは笑って応えた。
ナッツは本気である。殺意がビリビリと、ヴィヴィオたちにも感じられる程に発せられている。
急所が穿たれて血を噴き出し、倒れるノーヴェが、幻視してしまう。
……返答、なし。
突き付けた貫手で咽頭を抉ろうと、ナッツの頭の中で決定した瞬間────。
「──高ランクの魔導師と戦わせてやる」
「あ?」
……手が、止まる。
「管理局のエース級魔導師と戦わせてやる、って言ったんだ」
「言ってみろ」
「言ってください、だ」
「…………言ってください」
「結構、そのまま聞けよ。……アタシの知り合いにな、お前みたいな不良小僧が大好きな人らがいる。喧嘩から足を洗えば、立ち合いの場を設けてもいい」
「タイマンじゃ割りに合わねえ。五人は用意しろ」
「ああ、いいぜ」
急所から、貫手を離す。生殺与奪を手放したことが取引成立を証明。
振り向きざまに刺突を左手甲──先程突かれた場所に寸分違わずに打ち込まれた。
途端に、ノーヴェの左手の感覚が戻る。動くようになった手をプラプラと振ったり、握ったり開いたりして感触を確かめる。
「連絡は追って寄越せ。俺は我慢弱い」
「おう」
去っていくナッツの背中を見送る。
背後であっても、隙がまるで見当たらなかった。ここで仕掛けたとしても、一蹴されるのが目に見える程に。
少女たちにとって、ナッツ・ドライバーという少年はびっくり箱のような印象であった。白眼を隠していたり、路上で戦うきっかけをはぐらかしたりと……彼を知ろうとして踏み込もうとする程に、どんな反応が出てくるのか予測がつかない。
一気に踏み込もうとしたノーヴェをいきなり本気で殺そうとする辺り、殺意の引き金は非常に緩い。
ナッツを知るには覚悟を必要とする。そう、少女たちは思い知らされた。
「ねぇ、ノーヴェ……もしかして、知り合いだったの?」
ナッツもノーヴェも、初対面にしてはお互いに気安い態度であった。
コミュニケーション能力が高く人脈も広い彼女だ。そうでなければああいう資料を集められはしないだろうし、殺されそうになってもああも平静でいられるはずもない。
ギリギリのラインを知っている。そんなことは、事前に面識がなければ出来るはずもない。
「……アタシも、実はケンカして何度か負けてんだ。あ、コレ内緒な」
家族……ナカジマ家、特に
ヴィヴィオにコーチをする以前に。夜の街でナッツに喧嘩に誘われ、それを受けた。叩きのめしてこの不良を更生させよう、という気持ちだった。
結果は敗北。一度や二度ではなく、片手の指の数を超える程度には勝負を挑んだが、全て返り討ちに終わった。
その後、ヴィヴィオにストライクアーツの教えを請われて、喧嘩から足を洗った。
……ノーヴェ・ナカジマにとってみれば、ナッツ・ドライバーは路上に置いていった心残りそのものだった。
自分では、どうすることも出来なかった。それ程までに、彼は強くなってしまった。
「アタシじゃ、アイツを変えることは出来なかったからな」
「そう、だったんだ……」
「……だからこそ、この誘いには絶対に乗ってくる」
ナッツは、強くなり過ぎた。路上で拳を振るうには、過剰が過ぎる程に。
本人も言っていた。“路上は玉石混合”であると。
ただの喧嘩自慢では相手にならないアインハルトとノーヴェを一蹴する。そんな力の持ち主が満足できる実力者が、そこらにいるはずもない。
路上では滅多に出会えない、管理局のエース級。それと戦えるというエサに、絶対に喰いつく。
「連休にやる合宿に、アイツを呼ぶ」
「あっ!もしかして……!」
「人頼りになっちまうけど、な。情けない話だけど……」
──ナッツ・ドライバーを止められる人のアテなど、