NINJAの末裔がまかり通るようです。   作:Soul Pride

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ノーボーイ・ノークライ

「……ママたち、大丈夫かな」

「心配するのもわかるが、問題ねえって」

 

 川遊びからロッジに戻ったノーヴェたちは、昼食の為にロッジへと戻っていた。

 だが、訓練場で喧嘩をしているなのはたちは未だ戻ってはいなかった。

 そして、遠くから響いてくる轟音と、このロッジまで空気を揺さぶる魔力。

 ……不安を煽るには、十分過ぎるものだった。

 

「じゃあ、様子見てみる?映像出せるし」

 

 ルーテシアはモニターを操作して、訓練場の映像を出そうとした。

 ……だが、モニターに映るのは砂嵐だけ。音も姿も、何も映さない。

 

「あれ、何でだろう?調子悪いのかな……」

 

 おかしいな、と操作をし続けるも、砂嵐は晴れない。

 ……嫌な予感が、してならない。ヴィヴィオの脳裏に過ったのは、殺意が宿った目をしたナッツ。

 追い打ちをかけるように、一際大きい轟音が鳴り響く。

 

「ごめん、ノーヴェ。私、行って来る」

「あ、ヴィヴィオ!」

「お、おい!」

 

 ノーヴェが呼び止めても、駆けだしたヴィヴィオは止まらない。そして彼女を追うように、リオとコロナも訓練場の方へと向かう。

 

「……何が起きてるっていうんだ」

「行きましょう、ノーヴェさん。ヴィヴィオさんたちが心配です」

「まあ、追わない訳にはいかないよね」

 

 ノーヴェとアインハルト、ルーテシアもまた、訓練場の方へと走っていく。

 訓練場の方へと近づく程に、肌を叩く魔力が強くなっていく。

 ただの、喧嘩のはずだった。ナッツ・ドライバーは確かに強い。一対一ならば、局の武装隊のエース級魔導師と戦っても勝ってしまう実力を持っていることも認めている。

 だが、元機動六課前線メンバー──あのストライカーたちは、桁が違う。実力の高さは、かつて敵として戦ったことのあるからこそ痛いくらいに知っている。

 その上、ナッツの性格上、そんな相手を前に一対一でやるのはまずあり得ない。強い相手が複数人いるのなら、まとめて挑んでかかる。勝利を至上の目的にするのなら非合理この上ないが、ナッツ個人の価値観でいう愉しむという意味では、不利な状況に自ら身を置くことも選択肢に上がるのだ。

 ──だが、もしも。もしも、ノーヴェが知っているナッツの力など……路上の喧嘩で発揮する力など、本来の実力の数百分……数千分の一程度だったとしたら……!

 

「…………これ、は……!」

「うわぁ……派手に壊してくれちゃってもう……」

 

 ──訓練場は、瓦礫の山になっていた。

 設計したビル群は跡形もなく、爆撃でもあったかのよう。

 修復こそ魔法で容易く行えるものの、一体どうすればあんな風に壊すことが出来るのだろうとルーテシアは一目見た瞬間に思う。

 

「……ヴォルテール!?」

 

 真竜ヴォルテール。キャロの召喚竜で、最大戦力が倒れ伏せている。

 召喚されていること自体が驚きで、戦闘不能になったことなど付き合いの長いルーテシアですら見たことはない。

 その現実を見た瞬間に、ここは既に戦場になっていることを知り得た。

 

「──嘘でしょ!?」

「っ!ジェットエッジ!お前らはそこで待ってろ!」

 

 ……ヴォルテールの影になっている場所で、ノーヴェとルーテシアは()()()()を見つけ、防護服とデバイスを即座に展開し、居てもたってもいられずに走り出した。

 それは、スバル、ティアナ、エリオ、フリードリヒの三人と一匹を治療しようと懸命に魔法をかけているキャロの姿。

 

「キャロ!」

「ルーちゃん!」

「スバルたちがやられたのか!?」

 

 着いた瞬間に、ノーヴェは全周囲を守る防御魔法を。ルーテシアはキャロの補助に回った。

 

「回復魔法をかけても、全然魔力が通らないの!こんなことって……」

「ちょ、洒落になってないってコレ……!」

 

 ルーテシアが加わっても、回復は遅々として進まない。まるで体が魔力を受け付けていないようにすら思えてしまう。

 三人とも気を失っているだけで、命に別状はない。身体的なダメージもエリオとフリードが少しだけ受けているだけで、ほとんどが魔力ダメージによるものだった。

 それにしたって、こうも回復しないのはおかしい話だった。

 

「駄目だ。回復魔法は意味が無ぇ。その状態を治せるのは、ナッツ以外いない」

「ノーヴェ、これどういう仕掛け?」

「タネはアタシも知らない。“白眼”を発動した時の打撃を食らうとこうなるってくらいしかわかんねえ。ナッツの魔力が抜けるのを、時間経過で待つしかない」

 

 喧嘩でナッツに負けた者は、例外なくそうなっている。程度の差こそあるが、魔力を出せなくなり、同時に受け付けなくなる。

 ナッツの武術、日向流は魔力付与の打突が主な攻撃手段だ。

 そしてナッツの戦い方は“白眼”が前提条件だ。視野が異常に広く、一対多の状況をものともしない強さの根源は、あの眼にある。

 倒した相手は、二度と立ち上がれない。外傷はゼロであっても、内部に残るダメージは深刻なものになっている。

 

「あの子、物凄く強い……けど、あの強さは……」

「キャロ、落ち着いて……!」

 

 ナッツ・ドライバーを間近に見て、キャロは恐怖している。

 あの力、あの強さ。思い出すだけで、手に震えが走る。

 ただ強いだけならいい。信じられないくらい強い人であるならば、この次元世界に山ほどいる。

 ──だが、彼の強さはキャロの知るいずれもの強さと比べるにはあまりにも──。

 

「──邪魔だな。用が済んだらとっとと帰れよトカゲ」

 

 ふと、日の光が差し込んだ。

 気付いた違和感のきっかけは些細なもの。だが、状況の変化は彼女たちを容赦なく襲いかかり──。

 ……体長15メートルはあるヴォルテールが、天高く浮き上がっていた。

 

「……あ、ああ……」

 

 ──あまりにも、無秩序で暴力的であった。

 ヴォルテールの巨体が落下した衝撃と音、そして送還されたことは、彼女たちには遠い出来事のように思えてしまっていた。

 

「テメェもやんのか、ナカジマ」

 

 ……ナッツ・ドライバー。ヴォルテールが浮き上がった原因は、彼の無造作な蹴りによるものだった。

 だがその姿は、ノーヴェの知っているナッツとはかけ離れていた。

 両手両足は蛇の鱗塗れ。両肘には牙のような鋭い角が伸びている。

 目は隈取が縁どられ、蛇の如き細い瞳孔が、白い白眼に浮かんでいる。

 何よりも人とかけ離れた異形の証は、肩甲骨あたりから生えた二匹の大蛇。共に本物の蛇であると、その冷たい眼とチロチロと伸ばす舌の仕草が、命を感じさせた。

 渦巻く魔力はまるで別人のモノになり果てており、命を削っているかのように大量に噴き出している。

 

「やんねえんなら、とっとと消えろ」

 

 右手に掴んでいるのは、金髪の女──フェイトが気を失って倒れていた。

 無造作に振りぬくと、フェイトは放り投げられて……ヴィヴィオたちの方へと転がっていった。

 

「フェイトさん!」

「……行くぞ、()()になる」

「そうね。巻き込まれるわけにはいかないし」

 

 ナッツの頭上を見れば、莫大な魔力が集まっている。

 高町なのはの、集束砲撃(ブレイカー)。その発射準備が、整ってしまっている。

 ノーヴェはスバルとティアナを、ルーテシアはエリオと疲労困憊のキャロを抱えて、砲撃の範囲から走り去った。

 

「……優しいんだな。待っててやるなんて」

「その状態……体の負担が凄いよね。そこまでして、やりたかったことなの?」

 

 なのは以外の五人を悉く退けたナッツではあるが、無傷で倒せることが出来たのは最初の二人だけであった。

 体内に蓄積した魔力ダメージは常人では立ってはいられず、鼻と耳からは出血し、全身のいたるところの筋肉は千切れている。

 満身創痍。数日の間は、激痛に苛まれることが確定している。

 だが、肉体の状態と反比例するように心の内は晴れやかで。

 

「ああ。今までで、一番気分が良い」

「……これで、もう終わらそう」

「ああ。楽しい時間はこれで終わりだ」

 

 なのはのブレイカーの射程。そして、ナッツの状態──()()()()()()()()()()()今の八卦の領域。共に、間合いに入っている。

 ……これが最後の衝突。フェイトに追いすがった超高速の踏み込みによって、天空に立つなのはへと真っ直ぐ跳び上がる。

 

「──“仙法・超大玉螺旋連丸”」

 

 両手の上に、魔力の回転と圧縮によって形作られた魔力弾──移動中にやっていた魔力弾と同じプロセスによって作られた代物である“螺旋丸”──その超巨大版が、形成された。

 ナッツの手札にある、最大火力。ヴォルテールを沈めたのは、この一発。それが、両手に一発ずつある。

 

「──全力、全開!──“スターライト──ブレイカー”!!」

 

 発射される、星の光。ナッツを圧し潰すべく、莫大な魔力の奔流が迫りくる。

 ……そのまま両手の“螺旋丸”をぶつけても、集束砲によって阻まれてなのはには届かない。良くて相殺、最悪そのまま呑み込まれる。

 

(……チッ、足りねえか……これでも)

 

 ……最後のぶつかり合いで、負ける。勝負を分けたのは、用意できた火力の差。

 ここまで追い詰めれば、上等だろう。喧嘩で得るものは何もない。だが、それでも彼を認めない者など、この喧嘩で戦った者の中に誰一人としていない。

 ──そんなものに……敗者の敢闘などに、何の価値も意味もありはしない。

 

「…………まだ、だ!」

 

 ほとんど、反射的な行動であった。“スターライトブレイカー”にぶつかる手前に、ナッツの体は宙できりもみ回転をした。

 日向流柔拳法の動きの基本は、円と回転の動き。魔力の放出と体重移動の組み合わせは流れるような連携を生み出し、相手に何もさせぬまま一瞬の内に決着する。

 ナッツの得意技“柔拳法・八卦六十四掌”は日向流においても奥義に相当する。

 だがこれは“攻”における奥義。もう一つ……“守”における奥義は、かつての時代に最強と言わしめた原因となった術──。

 

「──“柔拳法──八卦掌・超螺旋大回天”!!」

 

 ──“八卦掌・回天”。体をコマのように回す円運動と魔力放出によって生まれた回転は、渦となり、人が作る超小型の台風になる日向流の“守”の奥義。

 全周囲を守護する完全防御は、同時に範囲内に入った者を吹き飛ばす攻性防御である。

 ナッツは、両手の“螺旋丸”を展開したまま、それを行った。乱回転する魔力の塊を手に、術者本人もまた回転をして、威力の向上を図った。

 “八卦掌・超螺旋大回天”──ナッツ本人にとっても、試したことはなかった即興(アドリブ)にして独自魔法(オリジナル)。不発に終わる可能性もあったが、日向流の鍛錬とナッツの才能はこの魔法を開花させた。

 集束砲と、攻性防御のせめぎ合いは拮抗。魔力砲は押し流そうとし、防御は受け流しながらも食い破ろうとする。

 

「──ブレイク……シュート!!」

「──オオオオオオオオオオ!!」

 

 

 

 

 

 …………魔力砲が、回天が、止まる。

 ナッツの魔力は、ほぼ空に等しい。異形の原因となっていた仙人化は解けており、大人化も解けて少年の姿に戻っている。宙に浮かぶ魔力すらない。

 ……だが、なのはの上を取った。競り勝ちはしなかったが、受け流しきったのだ。

 

「……取った!」

「ぐっ」

 

 右手が、なのはの首を掴んだ。ナッツの残っている最後の力を振り絞っており、振り払おうとしても蛇の牙ように噛みついて離さない。

 なのはは今、ブレイカーを撃った反動が体に響いている。防御も回避も出来ない、最後の隙。それをナッツは見逃さなかった。

 体に残った極小の魔力で足りる。それだけあれば、首から魔力を流し込んで臓腑を揺さぶれる。人一人を気絶させるには十分。

 

「──この喧嘩……俺の、勝ちだ」

「あ゛っ……」

 

 勝利を確信し、全ての魔力を流し込んだ。

 打撃と呼べないお粗末な代物だが、柔拳の定義とは流し込んだ魔力による攻撃で体の内部に直接ダメージを与えること。いわば“日向流”の基礎の基礎。言ってしまえば、打撃でなくても──相手に直接触れずとも柔拳であるのだ。

 魔力ダメージだけとはいえ、臓器そのものへとダメージを与えられる。

 鍛えることの出来ない内部への攻撃。その激痛は、肉体が受けるモノとは尺度が異なり、耐えられるものではない。

 これまで、柔拳による攻撃がまともに決まって沈まなかった相手はいない。そしてそれに、例外など存在しない。

 当然の如く、彼女は態勢を崩して落下していく。彼女の意識は、目蓋が閉じるように飛んでいく。

 

「…………はは、ははは、ハハハハハハハ……!」

 

 ナッツは、嗤いが、止まらない。喧嘩に勝った。それでいい。それ以外は、何もいらない。

 ……自分の命すらも、もういらない。

 

(死んだな、俺)

 

 全ての力を使い切った。魔力、体力、全て底をついた。

 この高度、魔法を一切使えないこの状況下だと、まず落下死は免れないだろう。体力が少しでも残っていれば五接地転回法でも試そうと考えたが──もう小指の一本も動かない。

 自分は死ぬ。それでいい。これが最期だと、最初の内に覚悟は決めた。

 使える手札を全て使って死ぬのなら、それでいい。戦って勝って死ぬのなら、それがいい。そうでないなら、そこから先の人生など全て蛇足だ。

 喜びの内にある。これが歓喜だ。これが絶頂だ。そのままに死ねるのなら、こんな幸せはない。

 ────なあ……じゃあ、その目から出てくる熱い水は、なんなんだ?

 

 

 

 

 

「……悪いけど、死なせる訳にはいかないかな」

「はっ?」

 

 

 

 

 

 ……ナッツは知らない。高町なのはという人間を、あまりにも知らない。

 高町なのはの本領は、高い魔力でも航空戦における技量でも砲撃の威力……ではない。

 

「“レイジングハート”、浮遊補助」

『Floater』

 

 ナッツの落ちる速度が、極端に遅くなり、頭から落ちていった姿勢も仰向けとなる。

 何が起きたと周りを見渡そうとすれば……高町なのはが、自分の傍で飛んでいた。

 

「……はぁ……?なんで……」

 

 柔拳を食らっていて、意識を保っている。そんなあり得ないと思っていた事実に、ナッツは瞠目する。

 事実、なのはも正直ギリギリであった。呼吸は荒く、顔色も良くはない。ブレイカーの反動の直後に、一撃を見舞われた。殺傷設定であれば、口から血を吐いている。今までにまともにくらったことのない未知のダメージで、今すぐ横になって寝ていたい。

 ……そんな弱音と甘えを切り捨てて、なのははナッツを助けた。

 ──彼女は、泣いている子を見過ごせない。九歳の時に魔法を知ってからずっと、自分の魔法は泣いている子を助けるものだと信じて動いてきた。

 そのための不屈の心。そのための、悲しみを撃ち抜く魔法。不可能の一つや二つを、彼女は乗り越える。

 共に地面に着地。ナッツは立ち上がろうとするが、まともに動けもしない。

 体力魔力、共に使い切った。折れていないのは、心だけだ。

 

「……やれよ」

「…………」

 

 倒れるナッツへ、なのはは杖を向けた。

 魔力弾でも砲撃でも、一発でナッツは気絶する。

 それをやって、この喧嘩の勝利を得られる。

 

「……ナッツ君は、喧嘩楽しかったの?」

「ああ」

「……私は、辛かったよ」

 

 ただただ、辛かった。なのはの心は、それだけだった。

 ナッツの振るう魔法は、全て暴力だ。如何に超絶の技巧であっても、如何に強力であっても、そこに込められているものは──何も、無かった。

 ただ、空虚。強さを誇示するためのものではなく、何かを成し遂げるためのものでもなく……暴力そのものであるために、暴力を振るう。

 その暴力で、仲間が傷ついた。その暴力で、親友が傷ついた。

 こうして杖を彼に向けている今、自分も心が痛い。

 誰も、幸せになれない。

 関わる全てを傷つけずにはいられないハリネズミ。あるいは災害だ。

 

「どうして……どうして、こんなことを平気で出来るの?」

 

 この少年は、いずれ災害そのものになる。まだ、喧嘩という範疇で済んでいる。しかし将来、確実に喧嘩が戦争へと置き換わる。

 そうなってしまったら、この子は平気で人を殺すだろう。何の理由もなく、何の感情もなく、人を殺す兵器へと成り果てるだろう。

 ────その目から流れるモノの意味も、知らぬまま。

 

「──考えたこともない」

「…………っ」

「そういう風に出来ているんだろう。ああ、元からお前らとジャンルが違うんだ。個人的な趣向じゃなくて……ああ、もっと根源的な。思い当たる節で言えば……血だ」

 

 この身に流れる血が、暴力を止めることを許さない。血に宿る遺志が、戦いを欲してならない。

 血が戦う力を与え、血が戦いを欲し、血が戦いを呼び、血が戦いを貪る。

 中身が違えば、当然同じ人間とは言えない。構造や仕組みが、根差している本能が、別物なのだ。

 

「言い返そう。()()()()()()()()()()()()を出来ずにいられる?」

「っ!」

「ウォーモンガーと分かり合おうと思うなよピースメーカー」

 

 理由なき暴力を振るう者に、理由を求めるなど愚行。

 価値観が異なれば世界が違う。分かり合えない者は永遠に分かり合えはしない。

 

「俺は止まらんぞ。俺でも止まらん。喧嘩からは足を洗ったが、戦争が残っている。ああ、楽しかったよ。殺しはしなかったが、殺せそうだよ。それだけの自信がついたあたり、意義はあった」

 

 ナッツにしてみれば、喧嘩自体は戦争に臨むまでの準備期間でしかない。長く長く戦争をするための、実力をつけるためのものだった。

 だがもういい。もう、我慢が利かない。

 戦争に行こう。そしていっぱい人を殺そう。兵士も戦災者も一般人も、敵も味方もなくいっぱい殺そう。

 その為だけに、生きている。その為だけに、存在する。その為だけに、この血が続いた。

 ……無意味な暴力こそが、存在意義だ。

 ────だから、この熱いモノなんか知らない。

 

 

 

 

 

……殺すなら今だぞ

 

 

 

 

 

 ……ぽつり、と溢れた言葉。自分でも、何故言ったのかわからないとナッツは困惑した。

 

「……なんだ、今……俺は、何を言った……?…………いや、違う、そんなはずはない!違う!」

 

 意識の空白。朦朧とした意識の隙を突かれたかのような、()()()()()()()()だった。

 高町なのはの心を殺すなら、これは言ってはならない言葉だった。

 真に戦争を望む殺戮者となりたいのであれば、この()()()()()()言葉はあり得ない。

 口を塞ごうとしても腕は動かない。ダメージがまだ、抜けきっていなかった。

 

「──うん、良くわかった」

 

 向けていたレイジングハートを、降ろした。

 これでようやく、ナッツ・ドライバーを理解することが出来るのだと、確信を得たのだ。

 

「初めて会った時から、ずっと泣いていた理由も。諦めしかなかった、その目も」

「泣いているだと、俺が……?」

「私には……ううん、みんな、そう見えていたはずだよ」

「寝てんのか、バカ」

「……その涙は、どうして流すのかな?」

「はっ?」

 

 ──高町なのはは、暴く。殺戮者になるつつある嘘の衣を。嘘を纏って何者かすらわからなくなってしまったその心を。心の亀裂を。亀裂から覗く、ナッツ・ドライバーの本当の心を。

 涙の理由(わけ)を問う。それだけでもう、ナッツの嘘は全て砕け散る。

 ナッツの頬を伝って流れ続けている涙には……嘘はなかったのだ。

 己でも信じられていない。

 ……涙など、とうの昔に捨てたはずだった。

 

「ふざ、けんな……ただの、不調だ……。普段“門”は、使わないし……“四門”まで、開いたから……多分、“一門”か“二門”のどっちかの、後遺症だ……そうに、決まってる」

 

 声も、涙ぐんで震えている。

 何の涙だ。何故泣く。理性は抑えようとしているのに、体が言うことを聞かない。

 わからない。自分が、自分でわからない。

 手が動くのなら、両目を抉りたい。醜態を晒す眼など、必要ない。

 違う、そうじゃない。そうじゃないんだ。言い表す言葉が見つからない。この感情が、溢れてくる何かが、ワカラナイ……。

 思考が潰される。ダメだ。泣くんじゃない。

 ────もう、抑えるな。

 

 

 

 

 

「あ、ああ……ああああ…………あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛…………………!!」

 

 

 

 

 

 

 入り混じるように、泣き喚く。泣くことなど許さないと抑え込む絶叫と、抑え込んでいた感情が爆発する慟哭。

 堰を切ったように、涙を流し続ける。やっと泣くことが出来たのだと、喜ぶように嘆くように。矛盾する全部を吐き出した。

 そんなナッツを、なのははただ見届けた。

 彼が抱え込んでいるモノ。背負い込んでいたモノ。宿しているモノ。どんなものなのかはまだ知らない。

 けれどもやっと、彼は痛いものを痛いと言えたのだ。耐えて耐えて耐え忍んで……痛みに耐える為にさらに痛くして……痛くないと嘘をつき続けて……それの繰り返し。

 どうにもならなかった袋小路から、やっと解放された。

 ……泣いて、鳴いて、哭いて……。

 ──泣き疲れて、眠りに落ちた。

 

「……ああ、やっと笑ってくれた」

 

 ──その寝顔は安らかで。ほんの僅かながらではあったのだけれど……安心したような微笑みを浮かべていた。

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