NINJAの末裔がまかり通るようです。 作:Soul Pride
「…………」
目が、覚めた。
ナッツは起き上がろうとするが、体が動かないことを全身の痛みから思い出した。
知らない部屋の内装。窓から覗く空は日が傾いている。
「負けた、か……」
思えば、喧嘩で負けたことは一度として無かった。
──自分には戦闘の才能があったらしい。もっともそれは、血に由来した才能でしかないとすぐに知った。
(筋線維やら血管、神経がブチ切れてる。魔力は……少しは回復したか)
目を閉じて、“白眼”を起こす。目の周りの血管が隆起する。
……視るのは自分の身体、その内部。脳、各種臓器、筋肉、血管、神経、骨……損傷個所のほとんどは治癒魔法で回復された形跡があった。
それでも自分の意思で動くことはかなわない。蓄積された魔力ダメージが、指の一本も動かすことを許さない。
(“経絡系”もダウンしてやがる。この辺は“門”を開けた自爆か)
唯一動く思考を巡らせる内に、ある案が思い浮かんだ。
脳天に魔力を集中──そこから糸のように全身の骨や筋肉に巡らせて──糸を引いたり伸ばしたりして──操り人形のように──。
小指が動き、薬指、中指、人差し指、親指……手首、肘、肩、首、背……末端から、内側へ。こゆるぎしていく内に、コツを掴む。
“資料”で残っていた“傀儡の術”。緻密なコントロールとセンスを要する技ではあるが──。
(……まあ、指先に“螺旋丸”を作るよりは簡単だ)
──ナッツの才能は、ものの数十秒の内に成し遂げた。横たわっていたベッドから起き上がり、床へと足で立つ。
(“経絡系”がダメになってる以上、魔力で魔力を繋げる。全快とはいかないが、動けはするさ)
動けないと困るし、動かなければならない。自分には、やらなければならないことがある。
おぼつかない足取りで、どうにか歩いて寝ていた部屋を出た。
廊下に出ると、ここのロッジのオーナー……ルーテシアと、目が合った。
「……えーっと、何で立てるの?」
寝ていたナッツを診たのは、ルーテシアだ。魔力ダメージが抜けようとも、数日は確実に起き上がれないと太鼓判を押したのだ。
たった一回の戦闘で、どこまで体を酷使すればこうなるのか……そう、思い知らされる程に、ナッツの身体は酷いものであった。
……そんな人間が、立って歩いていることに驚いている。
「……案内しろ」
「は?」
「俺にやられた雑魚共全員、魔力練れねえだろうが。さっさと並べてこい」
「あ、あのねえ!そんな状態で魔法使う気じゃあ……」
「うるせえ、やれ」
「…………知らないわよ、もう!!」
顔色は青く、ふらふらと足取り悪く、かいている汗の量もかなりのもの。見てすぐに、寝ているべき人間だとわかっている。
だがそれでも、眼光が死んでいない。あれは、やらなきゃひと暴れするぞという眼であった。
わかっていたことではあるが、ナッツ・ドライバーはルーテシアの負える範疇にない。
……ホテル・アルピーノのロビー。そこに全員が集合したのは、ナッツが起きて十分後だった。
「……流石腐っても局員か。“点穴”突かれて立って歩けるあたり、タフだな」
────お前に言われたくない、が彼らの共通見解だ。喧嘩をした者の中でぶっちぎりの重傷者はナッツなのだ。見た限り、立っているだけでも無茶をしているのはわかっていた。
喧嘩で倒れたフェイト、スバル、ティアナ、エリオの四人は、喧嘩が終わってすぐに目を覚ました。僅かな外傷も魔力ダメージも、
しかし、魔力が自分で発生できない症状は変わらずだった。一種の封印魔法と辺りを踏んでいたが、解呪方法がなかった。
アルピーノ家の書斎で、“白眼”と“日向流”の記述を探し出そうと子供たちが奔走していたが、見つかったのはたった数文程度の記述だけで、内容そのものへ踏み込んだものは一つとして存在しなかった。
打つ手、なし。魔力の復活には、ナッツの覚醒を待つしかなかった。……今日の内になるとは思ってはいなかったが。
「負け犬四匹、指一本取れ」
「一言余計よ」
「アハハ……」
ナッツの出した右手の指が四本。四人がそれぞれ一本ずつ手に取った。
触れた指から、魔力が流れ込む。
──“白眼”によって目に映るモノが違うナッツにとって、生体に魔力を流すということは、活殺自在を意味している。
日向流柔拳法は、魔力を封じ。逆に、活発化させることも容易である。
「“点穴”二百五十六箇所──解!」
詰まっていた栓のようなもの……それが抜けて、淀みなく流れていく感覚……彼ら四人は、共通して体内にそう感じたのだ。
頭の天辺から足の指先まで……活性化された魔力が漲っている。
……こころなしか、魔力出力量すらもワンランク上がってしまっているのではないかと思う程に。
「……四人とも魔力出力凄い上がってません……?」
「ブースト……じゃない。魔力出力が本当に上がってる」
「ちょっとナッツ!アンタ何やったの!?」
エリオはともかく、他の三人は魔力成長期は過ぎている。当然のことながら、一度に出せる魔力量……魔力出力には、限界が存在する。
後天的に魔力出力を上げる方法はブースト魔法を使うなり薬や何らかのロストロギアを使うことくらいだ。そしてそれらには当然、相応のリスクが存在する。
ナッツがやったことといえば、魔力を体内に流しただけ。その魔力に害意はなく、むしろ身体の中を洗い流していたような感じさえした。
「騒ぐな。“点穴”解くのに“経絡系”にゴミが溜まってたから邪魔だったからついでだ。
「本来の……これが……」
「……これで、けじめだ」
喧嘩の後始末。やり忘れていたことをやって、ナッツは座り込む。
──喧嘩屋ナッツ・ドライバーの最後の仕事を終えて、その看板を下ろすことが出来る。
「煮るなり焼くなり……喧嘩に負けた負け犬一匹、好きにしろや」
喧嘩で負けた。路上の流儀に従い、如何なる責め苦を甘んじで受けよう。
──これで実質、魔導師ナッツ・ドライバーは死んだ。“点穴”を開かなければ魔力は流れず。“白眼”が使えなければ“点穴”は開かず。魔力が無ければ“白眼”は使えない。そしてこの時代、ナッツ以外の“白眼”保持者は存在しない。ほぼ完璧な、“白眼”自己封印である。
脳天から操作していた体内の魔力糸も切れ、今度こそ自分で動くことも出来ない。完全な無防備を晒し、彼らの好きにさせた。どうにでもすればいい。これは捨て鉢ではなく、喧嘩の敗者の責務だ。
「……じゃあ、お話しようか」
ナッツは、彼らから投げかけられた質疑を、知る限り全て答えた。
喧嘩をしていた理由──最初に明かしたのは、そこからだった。
「調べたんだろうが、俺は暴力事件起こしてる。喧嘩し始めたのは、そっからだよ」
「
ナッツ・ドライバーという少年を知ろうとすればするほどに、止めないといけないという気にノーヴェは駆り立てられていた。だから路上で喧嘩を挑み続けた。喧嘩でしか止まらないなら、喧嘩で止める。
結局、自分の力で止められなかったあたり、口惜しい思いがないと言えば嘘になるが。
「……想像以上に惨めだな、コレは」
例の事件の経緯は、この場にいる全員が聞いていた。
──全てのきっかけは、名門私立校において起ったいじめからだった。
ある女の子がいじめられていた現場を見たナッツは、それを庇い立てた。いじめられていた少女とは友達だったため、見過ごすことなど出来なかった。
しかし、いじめの主犯らはさらに行動がエスカレート。気に入らない癖に友達がいることが原因なのか、その友達が顔立ち整ったナッツだからなのか……いじめの矛先がナッツにも向けられるようにもなった。
向けられたいじめ行為を気にしたことはないが、それが少女の心をさらに追い込んだ。
……窮鼠でも、猫を噛む。追い詰められれば、何をするのかいじめをしていた者らにはその想像がつかなかったらしい。ましては少女は鼠ではなく……同じ少女に力を向けるには強すぎる獅子であったがために。
名門校で起こった、いじめられた少女による、いじめっ子への報復の暴力事件。それを聞いて、ああと思い起こした者が何人かいた。
ナッツは、彼女がそうさせるまでに追い詰められていたなど、気付いてもいなかった。守っていたのだと、ナイト気取りでいた。結局、何も守れてなどいなかったという現実を突き付けられていた。
──自己への怒り、無力感。
事件後、どうにもならない気持ちを抱えて、学校に通わずに街を彷徨っていた。
……だが、ここで彼は幸か不幸か目撃した。いじめられていた友達が、車に連れ込まれて誘拐される現場を見た。
──失いたくないという力の渇望。
────ナッツの目の前は、真っ赤になった。今まで繋ぎ止めていた、何か。そういったものが、ブツリと断ち切れる感覚。それが頭の中で音を立ててなった瞬間に、自分が自分でないような力が湧いてきたのだ。
……ふと、気付いた時には潰れたゲームセンターに立っていて。いやに生暖かい赤い液体が両手に付いていて。曲がってはいけない方向に手足が曲がっていて倒れて、ピクピクと痙攣する男たちがいて。
友達にナイフを突きつけて人質にする、最後の男がいて。人質にされている彼女は、俺を化物を見るような怯えた目をしていた。
──友に裏切られたと思った絶望。これが、
映らないゲームの筐体の画面が、鏡のように反射して
これが自分の顔だと信じられないくらいに……醜い笑いを浮かべていた。戦いが、血が、至上の娯楽であるといわんばかりの狂笑。
ナッツ・ドライバーという存在の本性がこうなのだと、突き付けられた。流れる血が、戦いを求めているのだと、自覚させられた。
……彼女を人質に取った男は
その後に緊急避難とはいえ過剰防衛のきらいがあり、ナッツは拘束。学校も転校。
前科こそ付きはしなかったが、短期の保護観察期間を経た後──路上の喧嘩屋として、名を広めることとなった。
「……どうして、喧嘩をやってたの?」
「人質に取ったあのクソが、もっと仲間を呼んで俺とアイツに復讐するなんて言ったからだ。だから俺が出向いてその仲間とやらを一人残らずぶっ潰す必要があった」
結局のところ、復讐しに来る者など一人としていなかった訳で、ホラであると気付いたのはかなり後。
……いや、それも所詮は言い訳に過ぎない。
「結局、俺は血に呑まれた。力に喰われた。自分で自分を止めることを、諦めた」
目に諦めが宿ったのは、そのため。忌むべき血を、どうすることも出来ない。
自分で抑えが利かない。何をどうしようとも自分は力をつけ続け、戦いを求め続ける。
……戦いで、喧嘩でなら止まるのならそうし続けた。負ければ、止まるのなら。ボロクズのようになることで止まるのなら、そうなりたかった。
けれどもナッツは喧嘩で無意味に勝ち続けて。代名詞となった“喧嘩屋”の渾名も付けられて。
──誰も、止めることなど出来はしなかった。
「だがこれで、やっとただのクソガキになれた」
止めてくれた彼らには、感謝している。多くを失ってゼロになったが、それでも
……そして無意味に闇に消え果てる。立つ鳥跡を濁さず……痕跡を一つとして残さず、在ったという記憶や記録すら、何もかもを忘れ去る。
ナッツ・ドライバーがこれから歩む“道”が、それなのだ。
「……世話になった。もう、誰も関わらないでくれ」
「……それで、いいの?」
「何が?」
「魔法を捨てて、一人になって……それで幸せになれるの?」
「わかってないな。俺に最初から幸せになる資格はない……!」
その血が流れている時点で、只人である資格などとうに失せた。
忌むべき血。厄災の血統。強大過ぎる力を持ち、何よりも深き情愛の心は闇を生んだ。
前例は、流れる血が知っている。この血が原因でいくつもの悲劇があった。この血によっていくつもの禍根と戦乱があった。それを今度は、自分が起こすことになるだろう。事実、そうなりかけた。
彼らに多大な恩がある。借りがある。故にこそ、一刻も早く消えなければいけないのだ。
「──“六道仙人”直系“うちは”一族末裔……最後の
己を殺し、心を殺し、忍んで耐えて、目標の為に前へと進む者。それが、“忍者”。その“忍者”が歩む道こそ、“忍道”という。
自分より先に、忍者を遺してはならない。時代遅れの異物は、消し去らなければならない。ナッツ・ドライバーの“忍道”とはそれを指した。
その邪魔をするな。独りにしてくれ。闇の中へ、沈ませてくれ……。
──誓い、決意……しかしそれは悲壮に満ちていて。
…………白い“白眼”が
「……ナッツ君。その、眼……」
「……は……?な、何で……抉った筈だ…………ああ、そうか、“大筒木”……“カグヤ”が大本だ……辿っちまえばそうなるのか……」
……眼が、変化した。その変化の兆し、“眼”が映す視界……自分はそれを知っている。
これだけは。これだけは絶対に……誰にも見られたくなかった“眼”だ。“白眼”以上に醜く、悍ましく、半ばトラウマになった
「何で……何で……“写輪眼”が……!」
──“うちは”一族……ナッツの祖先に当たる一族が発現する魔眼、心を写す瞳──“写輪眼”。
脳から発生する特殊な魔力によって視神経に影響をもたらし、眼が変化する。発現のプロセスは知っていた。それが今、恩義を感じた彼らとの繋がりを断ち切ろうとした。それによって起きたのだと理解した。
それでも発現する可能性は絶無のはずだった。
──“資料”と共に遺っていた“遺物”の一つ……“白眼”の眼球。自分の眼を抉り取って、それを移植。“日向流柔拳法”を会得したのも、“白眼”が前提の上に必要以上に傷つけない武術の特性が性に合っていたからだ。
過去の誰かのモノであった“白眼”が、ナッツのモノとして馴染みきり、“写輪眼”へと変化した……そう推察したが普通、あり得ない現象だ。意図的にそうしようとするのであれば、“細胞”が必要になる筈だとナッツは思っている。強靭過ぎる生命力に満ちた、
……考えられる結論はただ一つ。
「……誰か、俺の眼抉ってくれ。誰か、俺を殺してくれ……」
動けない身体なのは、変わっていない。手が動くのならば、即座に自分で抉っていた。抉り潰して、そのまま脳まで潰していた。
この血が恨めしい。付きまとい続けるこの運命が、血に遺る遺志が、逃げられはしないと訴えている。
────眼などいらない。光なんて要らない。人並みに死のうなど、おこがましいことであったのだ。
「……私たちは、絶対に見捨てない。苦しんでいるなら、絶対に助けるよ」
「だったら、今、ここで殺せ!俺が俺でいられる内に!」
痛ましい叫び。動けるようになるまでの時間までの間に、自分を保っている保障などどこにもない。自害を選択することすら出来ない現状があまりにも憎らしい。
「推測が合ってりゃ、放っておけば
────お前たちが正義の味方なら。次元世界の平和を守る時空管理局の一人なら。大災害の火種は消せる内に消してくれ。
ナッツの語る言葉は耳にしたことのない固有名詞ばかりだ。しかし、嘘は言っていないし、言いたいことはわかる。
ナッツ・ドライバーは、ここで今、死ななければならないと訴えている。ナッツ自身も至る可能性がゼロと切り捨てていた危険性が、ほんの僅かでも発生してしまったのだ。自分の生存が次元世界が危機に瀕する程の、大災厄を招くのだ。
火が無い所に火事は起きない。大火はいつだって小火から起きる。ナッツは頭が良い。彼の言う次元規模の大災害を食い止めるには、ここで殺してしまうのが一番簡単で合理的手段なのだろう。そう考えるのは無理もない。
──静けさ。静寂。だが、凪いだ空気の中にふつふつと沸き上がるモノがある。
それは怒り。憤怒。
喧嘩をしにきたという一番最初の傍若無人さと、口の悪さにはほんの少しイラっときたが、ここまでではない。年頃の少年にありがちな、小生意気さだった。
知れば知る程に、隠し切れない優しさが顔を出してくる。根幹の部分は親愛の情に溢れているということが、わかってしまうのだ。
……だからこそ、自分が死んで他を助けるという思いが何よりも許せない。自分の命を諦めきった目が、気に入らない。
ここにいる全員が、そういう自己犠牲染みたことが大嫌いなのだ。
「────ふざけ、ないで」
…………姿が重なる。猛烈に、ダブる。昔の鏡を見ているように、思えてしまった。
────四年前……あの玉座に座っていた自分に。そこで何も出来ずに泣いていた自分に。大切な人を傷つけ悲しませた自分に。この世界にいちゃいけないんだと、嘆き苦しむ弱い自分に──!!
「──ふざけないで!!」
乾いて響く、頬を張る音。じん、と痛んで赤くなる。
高町ヴィヴィオが、ナッツの頬へビンタを振りぬいていた。
「何でそうやって諦めてるの!何で、何もかも終わりって顔をするの!自分の命でしょ!?もっと大事にしてよ!」
「それこそこの世でもっとも価値の無い代物だ!唾棄すべき汚物だ!足掻いて希望を見出そうが、必ず絶望に裏返る!歴史は繰り返し、そう証明してきた!」
「自分がそうなるって根拠はどこ!?さっきから“かも”とか“しれない”ばっかり!」
「それが危険だと言ってるんだ!可能性そのものを遺しちゃいけないんだよ!」
「じゃあ、
ナッツの胸倉を掴み上げ、紅と翠の鮮やかな眼は“写輪眼”を射抜いた。
ヴィヴィオは、彼とは徹底的に戦う気でいる。彼の犠牲を認めるということは、己の死をも肯定するも同然。四年前、救ってくれた母たちや恩人たちの想いを……そして今までの出会いや想いを否定することと同じなのだ。
これは、高町ヴィヴィオの戦いなのだ。その琴線に触れたら、彼女にとっては絶対に譲れない戦争だ。
「“聖王”のクローンで、“ゆりかご”の鍵で……そのために生み出された私は、何で生きていると思ってるの!」
「……ゆり……かご……四年前の“J・S事件”……“ゆりかご”は墜ちたろうが!死んだ可能性を挙げんじゃねえ!!」
「大して変わってないよ馬鹿!!ゼロじゃないでしょう!!」
「楽観が過ぎるんだよテメェは!!そこまでおめでたい頭じゃねえんだよ俺は!!」
「そういうの頭でっかちっていうんだよ!悪い事になると決めつけて考えて!!」
「悲観的に想定するのが合理だろうが!頭悪いにも程度があるぞ!!」
「私学校の成績良いもん!!学校サボってる人と一緒にしないで!!」
「そういうこと聞いてんじゃねえよ頭悪いなこの馬鹿!!」
「なによこのバカ!!」
「やるかこのバカ!!」
言い争いがヒートアップをし続け、ついにはヴィヴィオがナッツを押し倒してマウントを取った形になった。
流石にやり過ぎだとフェイトとノーヴェが間に割って入ろうとするが、なのはが手で止めた。
「もう少し、見てあげよう」
「で、でも……」
「大丈夫。
──私たちの娘は、ちゃんと強くなった。
“聖王女”オリヴィエ・ゼーゲブレビトのクローンではなく。高町なのはとフェイト・T・ハラオウンの娘、高町ヴィヴィオとして。
かつての自分へ。そして、今仲良くなりたい男の子へ。
それが言える程に、強くなったのだから。
「俺はお前じゃねえんだ!一緒にするな!!」
「一緒だよ!駄々こねてる所が同じだよ!!」
「駄々じゃねえ必要なことだ!勝手に俺が死んで、勝手に時間は過ぎ去る!お前らは忘れる!全て世はこともなし!単純だろうが!!」
「そんな風に割り切れないよ!そんな悲しいこと言わないでよ!!」
「
「そんなの……それこそ勝手……甘えてる、だけ……!人は、そういう風に、出来てない……!」
追いすがるヴィヴィオと、拒絶するナッツ。
手を伸ばし続けるヴィヴィオと、払いのけるナッツ。
二人は平行線を行くばかり。どちらからが歩み寄らない限り、交わることはあり得ない。
出会ってはいけなかった出会いは、必ずある。ナッツはそう知っている。自分とヴィヴィオが、正にそれなのだ。
出会ってしまったら、傷つけることしか出来ないのだから。
「……私……は、凄い人だって……思ってた……強い、人、だって……思った……何か事情がある、んじゃないかって思った……。会ったら、すご、い、怖い、人、だった……もっと詳しく、事情を、知ったら、ちゃんと人を想える人、だった……。ママたちと、喧嘩して、動けないはずなのに、無理する所は、ママに似てると思った……。危険、だって言ってくれる、ところは、優しい、んだって思ったのに……」
…………ナッツの、未だ熱い痛みを発する頬に、雫が叩いて落ちる。
紅と翠の、宝石のような目からこぼれる涙。
不謹慎ではあるが、彼にはそれが……とても、綺麗だと思った。
「…………どうして、素直に……生きたい、って、言えないの……」
「……俺が、人である前に“忍者”だからだ。俺が望む望まないに関係なく、それは生まれながらに揺るがない。そして忍の価値は、死に様で決まる……」
忍の価値は、死んでやっと判明する。
死ななければならない時に死ねないのであれば、それは価値無しと見なされる。
ナッツにとっての死に時とは、今この時に他ならない。生きていることが罪になるのなら、そうなる前に命を絶つ。
「だったら……今死んじゃったら、すごく、カッコ悪いよ」
「……知っている。本当は、死に様なんてどれもクソだ」
「だったら!」
「死に方は選べない。自己犠牲が忍の本分だ。俺の場合は、特にな」
だから忍が滅びた。“忍者”がいなくなった。託すものを託しもせず、現状を変えようとしてさっさと死に急いだ。
褒められたい訳ではない。格好悪いことも知っている。
────死にたくない。当然だ。さっきから、胸が痛い。心が、軋む。
「……ああ、クソったれ。
……小指の先が、自力で動いてしまった。直に、全身が動けるようになるまで回復してしまう。
完全回復まで数日はかかる予定だった。しかし、脳内で発生した魔力は全身のくたびれた“経絡系”を巡って“点穴”の封印を勝手に解くだろう。
自覚の有無で、こうまで違う。つくづくデタラメな体だと実感させられる。
「やだ!絶対に、やだ!」
「……わがまま」
「どっちが!」
「……何で、俺に死んで欲しくないんだよ。理由が聞きたい」
捨て場所の決まった自分の命よりも。もっと価値の無いものがあるというのならば、聞いておきたい。
それに何の意味がないとわかっていても。
「……ナッツ君、泣いてるもん」
「……同じこと、言うんだな。泣き虫」
「お互い様だよ」
「コレはお前の涙だ。一緒にすんな」
「嘘ばっかり」
……左腕が、動く。まだ、正気に保っている。
眼を抉るべく、顔へと近づける。
「……ああ……嘘つきは、俺か」
目尻に熱いモノ。この涙は、確かに自分のモノだったと認めた。
自分に嘘をつきすぎた。嘘に嘘を重ねすぎて、何が本心なのか忘れてしまった。
それを指先で感じた瞬間、ヴィヴィオの両目に映っていた“写輪眼”が……入れ替えた“白眼”以前の、元の黒い瞳へと戻っていた。
どういう理屈なのか、わからない。より“うちは”に、より“大筒木”に近づいたというのに……普通の目に戻るなど、あり得ない。
そして理屈以上に、論理以上に、責務以上に……沸き上がる想いがあるのを、否定しきれない。
「……ったく。俺に生きる資格なんて無いってのに」
────未練が、出来た。死にたくないって……生きていたいって、思ってしまった……。
「……女の子泣かせたんだ……死刑もんだろうが」
「……っ」
ヴィヴィオの目尻の涙をそっと拭う。
どうしてあの子を……かつての友達の女の子を、いじめから守ろうとしたのだと思い出した。
涙を見たから。ただ、ヴィヴィオのものとは違って、彼女の涙は一秒でも早く止めたいと思った。
その思いに。その願いに。それだけは、嘘はないとハッキリ誓える。
「どうすれば、許してくれると思う?」
「……謝ってよ、バカ」
「ごめん」
「絶対許さない」
「ええ……」
「償う気があるなら、死なないで」
ヴィヴィオの零す涙を受ける度に、ナッツの身体の内にある何かが満たされていく。
……敵わない。自分はどうやら、どうあっても勝てないものがあったようだと自覚する。
「……負けたよ、お前らに」
女の子の涙には、どうしても勝てない。
生涯初の、日に二度の敗北。
それでも気持ちは穏やかで。身も心も、軽く感じられた。