NINJAの末裔がまかり通るようです。 作:Soul Pride
翌日。合宿二日目の早朝。朝靄の心地よい冷たさが漂う中に。
宿泊するロッジの屋根の上に、ナッツ・ドライバーは座っていた。
(──“白眼”──“写輪眼”──そして普段の眼──切り替えはスムーズに出来る)
三種の“眼”を切り替えながら、この世界──カルナージの景色や空を眺めていた。
ナッツは、考えている。この三つの“眼”とこの身体が、今この時代と世界にある理由を。
偶然なのか、あるいは何かしらの思惑があるのか。意味はなくとも、誰かが意味を見出すかもしれない。
一つ目の“眼”、“白眼”は自分の得た武を振るう為の力。
二つ目の“眼”、“写輪眼”は己が堕ちた闇の証明。
三つ目の“眼”、何の能力もない黒き眼は、世界をありのまま見る為の眼──。
(……戦闘行動は……まあ、万全じゃないな。無理して出せて四割か)
一日休んだ所で全快にはならなかった。しかし、普段通りの行動に支障は出ない。
ダウンした全身の“経絡系”は回復こそしたが万全ではない。魔法の技量はそこらのエースを凌駕するが、肉体は十一の少年の域を超えていないのだ。“仙人化”と“門”の使用には耐えられない。
ナッツの最大戦力は、この二つの自己強化に頼っている。通常の状態でいうならば三割が良いところだ。
再び使用するのならば一ヶ月以上のインターバルが必要になる。“大筒木”の肉体とはいえ、不可能な無茶がある。
「ここ、私のお気に入りの場所なんだけどね」
「邪魔したな。降りるよ」
「いや、あの状態から何で普通に歩けるようになってるのって聞いてるんだけど」
ルーテシアの質問は、“お前絶対安静なんだから寝ていろ”という副音声付きだ。
それについてはナッツも理解している。しかし、日常行動に問題が出ない程度に健康体なのだから、寝たままにいるのは逆に具合が悪くなりそうだった。
自分の身体に起きた変化。それをどう説明したらいいかと少し考えた。
「……コツを掴むのと似てるな。可能な筈のスペックなのに今まで出来なかった……で、コツを掴んで出来るようになった。俺の身体はそうなってんの」
「ふむふむ……いやちょっとおかしい。それでそんな異常な回復力って」
「おかしくない。“自覚”っていうのは、重要な要素だ」
──あの男の“細胞”、その大元の血肉。自分の身体がそうであると一度自覚してしまったのなら、そういうものになる。
認識一つで世界は変わる。前提一つ違うだけで、180度違う様相を示すこともある。
「詳しい諸々はその内話すよ」
「その詳しい諸々が聞きたいんだけど」
「折角の合宿だろうが。ただでさえ俺のせいで一日潰れたんだから」
「尚更説明責任があるんじゃないの?」
「──“瞬身の術”」
「あ、ちょっと!……あんな体で私より速いって自信無くすわ」
ロッジの屋根から跳んで、降り立ったのは森の中。その中の一本の木に、手も使わず垂直に立った。
ナッツがそこで見たのは、宝石のような短剣型デバイスを持った少女……コロナ・ティミルだった。
「──
「……へぇ」
土や岩から作り上げられた岩人形……ゴーレム。それを操る人形操作の魔法。
コロナが作り出したのは、成人男性並みの大きさの岩人形だ。
珍しいものを見たと、ナッツは関心の声を上げた。
「ゴーレムか、珍しい」
「な、ナッツ君!?どうしてここに……」
「身体の慣らし運転だよ。色々新術が使えそうだしな」
ゴーレムで思い出した、この体の新しい術。
印も覚えている。ある種禁術であるために使うことはないだろうとは思ってはいたが、使えるのであれば使う。
「“木遁・木人の術”」
……しかし、変化は起きない。
術を使用とした魔力が空気に霧散していき、不発に終わった。
「……足りないか。“仙人化”じゃねえと不可能ってことかね」
「……ルーちゃんが絶対安静って言ってなかった?」
「俺は動ける。問題ないってことだ」
「それ、屁理屈にもなってないよ」
「知ったことかよ。“木遁・木分身の術”」
ナッツの身体から木が生え、伸びていく。その姿にコロナはぎょっとした。
木が形を変えて、整え、最終的に……もう一人のナッツへと変化した。
「……消費やべえな。結構ごっそりイったぞ。いや、“影分身”よりマシだが」
「“影分身”が必要なタイミングになったら、次以降コレを使えばいい話ってことだろう。利便性はこっちが上だ」
「な、ナッツ君が二人に増えた……」
二人のナッツが会話する様を、コロナは口をパクパクさせて見ていた。
「元々魔力量がそれ程多くはないって自覚はあるだろう。小手先の技術と“門”と“仙人化”でどうにか誤魔化し切ってるに過ぎない。“大筒木”とはいえ、身体は十一のガキで潜在魔力量はそれ程多い訳じゃない」
「……まあ、必要に迫られる事もねえか」
分身に諭されて、“うちは”一族の悪い癖が出ていたことを自覚した。基本、何でも出来る才能を持っているが故に、全て自分でこなそうとする悪い癖。
出来ないことがあったならば、他者と協力する。その思考が一族単位ですっぽり抜け落ちている。その癖力が足りないと嘆けば精神疾患に陥るとどうしようもない。
──“写輪眼”など、その象徴だ。
「
そう言い残して、木分身のナッツは……木となった。
分身に慰められる程、思いつめていたわけではないが……“うちは”の血統には丁度いいくらいだ。
「邪魔した」
「え、あ、う、うん」
コロナにそう言って、再びナッツは瞬身で跳んだ。
どこに行く宛ても無い。ただ、天高くジャンプした。
全身を差す朝日の輝きが、美しいと。難しく考えなくてもいいというのが、こんなにも体を軽くするのだと。
──生きてて良かった。心から、そう思えるようになった。
「……タフだな、アイツら。昨日ボッコボコにした筈なんだが」
「あら。それをアナタが言う?」
「そういう体質なんです」
「そうじゃなくて、アナタの武術って鍼灸術の応用でしょ?打った所も、疲労回復の効能ばっかり」
「……さぁ?」
訓練場で行われている、六対六のチームマッチ。DSAAのライフポイント制で行われている模擬戦を、ナッツは眺めていた。
隣にはルーテシアの母であるメガーヌ、そしてノーヴェの姉妹であるという聖王教会のシスターセインが同じく観戦していた。
「やっぱあのオレンジ、やべえ強ぇな。速攻落として正解だった」
「あの喧嘩で一番先に落としにいったのはティアナちゃんだったわね。根拠はあったの?」
「一番死体見てそうでしたからね。生き汚いヤツって、最後に残すとマジで面倒くさいし」
「……思うんだけど、ナッツ君も記憶の継承をしてるのかしら?実戦感覚がその年でそこまで極まっているって、普通じゃあり得ないわ」
「記憶は無いです。ただまあ、勘っつーか、ヤバイものはヤバイって知らんでもわかるっていうか。簡単に言えば“血”です」
「生存本能が、人より優れてるという感じかしら?」
「それも含めて……ですかね。ん?」
ナッツは模擬戦の様子を映す画面の一つ……ヴィヴィオとアインハルトの戦いを注視した。
反射的に眼が“写輪眼”へと変化。
観察したのは、アインハルトの動き。“覇王流”の動きを、取り入れられるならば取り入れる気でいる。
(……アレも一種の“血継限界”か。真似こそ出来るが、本来出せる威力には程遠いな。“覇王流”を使うには“覇王”の肉体が必要になる。体術故に猿真似は出来るが、戦場で無双を誇ったという域には届かないって訳か)
アインハルト以外にも、ヴィヴィオやリオ、コロナといった年少組にも。スバルとノーヴェのシューティング・アーツという独特の格闘技を。フェイトとエリオの高速戦闘を。キャロとルーテシアの召喚と送還術を。なのはとティアナの視野の広い指揮と射撃を。
取り入れられるモノは、全て取り入れる。“写輪眼”の勾玉はその持ち主の意思を汲み取り、回り続ける。
「その眼のことは、教えてくれないのね?」
「うお、すげえ!目が回転してる!」
「……ただ、回ってる訳じゃないんだがな」
構える。その構えはアインハルトの──“覇王流”のもの。
そして繰り出されるのは、試合中に放った“アンチェイン・ナックル”、続けざまに“覇王断空拳”。
仮想敵も無い、ただの演武でしかないが、動きはアインハルトがやっていたことをそのまま写し上げたものだ。
「え、今の覇王っ子の?真似したの?一回見ただけで……」
「そういうことが出来る眼でね。基本、一度見た体技やら魔法は見破れるし、可能ならばコピーも出来る」
「何それ、チート!?」
「……まあ、道具としてなら便利だ」
「自分の眼でしょ?道具としてなんて……」
「道具だ。瞳術が使える眼……特に“写輪眼”は戦乱の時代では最大の戦利品と言えた。眼の移植なんて割ととある話でしたし」
それこそ
優れた瞳術を持った眼とは兵器に成り得る。であるならばこの眼も所詮は道具に過ぎない。
肉体における感覚器官の一つ、という価値観ではない。無くなったら無くなったらでどうにかする、がかつての彼らの価値観であった。
「そもそもだ。“忍者”なんて五体全てが道具で、自分の心も殺しきる。死ねと言われたら死ぬのが鉄則なんだが……そういう時代でもないしな」
時代が異なればニーズも違う。当然のことだった。
「そういう時代があって、そういう人間もいた。俺から言わせてみれば“写輪眼”なんて精神疾患の証明みたいな代物ですから」
「え、病気?精神病って……」
「コレの覚醒方法は、精神的なショックです。悲しみや絶望が強い程に心は病んで、その分瞳力が増す。例えば……
「……想像が出来てしまうわね。私も、親友を亡くしてるから」
心を病んだ人間が、強力な力を得れば、暴走するのがわかりきっている。ナッツはそれを身をもって知っている。
“うちは”一族の悲劇の証明。だからこそナッツはこの眼を忌み嫌っていた。抉り取って“白眼”を移植し、その事実を忘れ去ろうとするほどに。
……そして同時に、メガーヌはナッツの不器用な優しさをも感じ取った。
ああいった、人に嫌われる態度をし続けていたのは、間違っても繋がりを得てはいけないと考えていた為だ。繋がりを得てしまえば、失った時に心を病む。そうなれば、自分はもっと深く心を病む。そう知っていたからだ。
……不器用で、痛ましい程の優しさ。だからこそ彼を、孤独にしてはならないとメガーヌは強く思う。
「──集束砲の衝突か……正にアポカリプス」
集束砲撃“スターライトブレイカー”同士の衝突を眺めながら端的に言った。
最終戦争。訓練場のビル群は巻き込まれて崩壊し、後に残るは瓦礫の山。
「なのはちゃんのアレ、凌いだ上で反撃したって聞いたけど?」
「うぇっ!?」
「二度とやんない。絶対にやんない。アレは撃たせないが正答だ」
──面白がってアレを撃たせたのが敗因だ。真っ向から勝ちたいと、チャージが終わるまで後回しにしたのが間違いだった。
セオリーならば、開幕速攻で沈めた二人の次に倒しておくべきだった。一発逆転の帳消しに出来る必殺を持っているならば、その可能性を消しておくべきだった。
負けて良かった。負けるべきだった。負けるべくして負けた。あれはそういう喧嘩だった。
……それはそれとして、悔しいのは事実だ。
ナッツ・ドライバーは戦う者であり、負けず嫌いであり、男の子なのだ。
「……二戦目出てみる?ルーテシアには私から言ってあげるから」
「冗談。もし俺が混ざるなら一対多……俺対それ以外しかあり得ません」
チーム戦にはまったく興味が惹かれない。一対一か、一対多か。ナッツがやるなら、それ以外ない。
多人数で一人を追い立てる状況に成り得るのは、性分ではない。……別物であるとわかっていても、過去にあったいじめが頭を過ってしまうのだ。
「……まあ、楽しそうではあるんじゃないか」
路上の喧嘩よりよっぽど健全だ。ナッツはそう思う。
個人計測ライフポイントを用いての魔法戦技。ルール無用のストリートファイトよりもずっと上等な代物だ。
「興味があるなら、こういうのがあるのよ」
「魔法戦競技だろう?喧嘩仲間が競技者崩れだし、逆にそっちに転向したりとかもしてた」
「あら、知ってたの」
「だがデバイスが要るんだろう。俺も持ってはいるが、型がどうも古い」
一定規格以上のデバイスの所持、が大きなハードルだ。喧嘩から足を洗いたがっていた喧嘩仲間も、バイトをするかとぼやいていた。
ナッツの持っている物は半ば“遺物”である。非殺傷設定という便利な代物もない、古代ベルカ中期時代の骨董品だ。ナッツと同じような“血”に目覚めた当時の“忍者”が使っていたような、古い代物だ。
そんなモノがまともに今も扱えるはずもなく、ナッツはデバイスを使わずにいた。
「……だったら、私たち任せなさい」
そういう人脈は、広く持っている。メガーヌは胸を張ってそう言った。
──新しい道を見つけて歩き出したいなら、私たちはそれを応援する。
また一つ、借りが出来てしまった。暴走しない限りやる気は一切ないが、悪いことはもう出来ないなと、ナッツは心の内で苦笑する。
心を縛るのは、善意と好意が一番。それを天然で彼らは知っているのだ。
特に“うちは”みたいな面倒くさい人間の対処法を。
「……ええ。頼らせて頂きます」
──敵わない。どうしようもなく、敵わない。
器の大きさに。そして己の小ささを自覚させられる。
“喧嘩屋”ナッツ・ドライバーの名前は返上した。
“忍者”ナッツ・ドライバーは未だ必要ない。
──ならば今は、“競技者”ナッツ・ドライバーであるとしよう。
「……引き分けか」
「はーい、試合終了ー!」
……一試合目が終了し、休憩が挟まれる。
────合宿二日目、この日、三度の試合が行われた。
その全ての試合を見届けて……ナッツは、心の内がほのかに熱くなっていることを知る。
これから歩む道に、自分の本当に欲しているモノがある。そんな予感が、微かではあったのだ。
「──うわ、すっごい年代物のデバイス……しかもこんなに」
「中身さえ入れ替えれば今でも使えると聞いたが、可能だろうか」
ナッツとルーテシアは、テーブルの上に並べられた数々のデバイスを手に取って見ていた。
──クナイ、手裏剣、忍者刀、鎖鎌……暗器と呼ばれるモノは一通り揃っている。
魔法戦競技へと出場するための、デバイス作成。それをルーテシアへと依頼し、それを彼女が受けた。
骨董品のデバイスはナッツの“遺物”。かつて戦乱の時代に使われた代物だ。その殆どが故障していたり中身の術式が古かったりとまともに使えるモノではない。
「可能ではあるけど……この中にあるものじゃないと困る、って訳じゃないよね?」
「本音を言えば。俺のやり方はデバイスは邪魔だからな。両手が邪魔にならないヤツがいい」
ナッツの魔法のスタイルは、ミッド式やベルカ式などから根本から違っている。術式はプログラムに依ったモノではなく、両手で組む“印”によって編まれているモノだ。
そしてその独自の魔法──“忍術”を可能にする魔力の質もまた、一般的な魔力とはまったく異なる。
ナッツは“眼”だけでなく独自の体系の魔法をも可能にする二重稀少技能保持者。
それに合うデバイスとなると、相当な難度になる。
「手が塞がらない。ジャケットの展開。非殺傷設定。ライフポイント計測とクラッシュエミュレートは別の装置だったか?」
「そうね。じゃあ、最初の三つの条件に合うようにと。……ここにあるのはほとんど
「……だったら、コレだな」
ナッツは、金属の板が縫い付けられた布──“忍”と刻まれたプレートを、ルーテシアに渡した。
それはデバイスではない。しかしナッツにしてみればテーブルに並べられているガラクタよりずっと大事であると、ルーテシアは感じ取った。
プレートには細かい傷や汚れ……血が付着した痕跡すらも遺っている。布は経年劣化で至る所が虫食いで穴だらけになっている。
「これは?」
「額当て。一人前の“忍者”の証で、誇りだった代物だよ。所属している“隠れ里”のマークを刻んで、どこの“忍者”かわかりやすくしたものだよ」
「へぇ……」
「……特にこの“忍”の額当ては、特別でな。結構思い入れがある」
──あるのはただ“忍”だ。
この額当てが巻かれることになった四度目の大戦の時に、五大国の連合を率いた連隊長が演説でそう言ったと……“資料”に遺っている。
それは、国も里もない、たった一人残った最後の“忍者”であるナッツにも、同じことが言えた。
「載せる機能は最低限でいいんだよね?」
「ああ、そうしてくれ。杖としての機能は全く期待しちゃいないし」
「それはそれとして、寂しいものがあるんだけどね」
「手間がかからない方が良い。俺より、覇王っ子の方に手塩をかけた方がいいさ」
「アインハルトのデバイスを作るのは私じゃないわよ?まあ、私も一人じゃちょっと難しいだろうからアインハルトのと同じように八神さん家に協力を求めるけど」
「八神?……八神シグナムって女がいるの、知ってるか?」
「えっ、知り合い?」
「一年くらい前に喧嘩吹っ掛けようとしたら断られた。今だから思うが逃がした魚は大きかった」
「あら、世間って意外と狭いのね」
意外な繋がりに微笑むルーテシアと、ここではない世界でくしゃみ一つする女性。ルーテシアの親友である融合機が“風邪か?”と心配するまでの一幕だ。
ナッツのデバイスの方向性も定まり、広げたデバイスを片付ける。
今日はもうすることなど風呂入って寝る程度……。暇を持て余したナッツを、ルーテシアは手招きする。
「……ナッツって、マッサージ上手いよね?」
「“日向流”だからな。……おい、まさか」
今日の三試合で、張り切り過ぎてまともに動けなくなった少女たちがナッツの脳内で思い当たった。
今頃はベッドの上で乳酸漬けで筋肉痛と戦っているだろうというのは容易く想像が出来てしまう。
「フフー、そんなナッツには女子部屋への招待資格を与えよう」
「オイちょい待てざっけんなコラ。俺はやだぞ女子部屋に入るなんて神をも恐れぬ無神経な所業」
「私が許すんだから万事オッケー!さ、行くわよ」
ナッツの手を引っ張って、ルーテシアはヴィヴィオたちが寝ころんでいるだろう部屋へと連れていく。
抵抗は既に諦めた。この手の人種は、自分が勝てない相手だと察している。
「やっほー、マッサージ師連れてきたよー」
部屋のベッドには予想通りに──ヴィヴィオやアインハルト、リオとコロナがろくに動けずに寝ころんでいた。
そして彼女らの格好は休むための部屋着であり……そしてそれは、異性に見せる予定は皆無であっただろうと思うくらいに薄着で、隙だらけで──。
彼女たちから目を逸らす程度の情けが、ナッツの中にはあった。
「うえっ、ちょっとルールー!?」
「ナッツ君、見ないでー!」
「はわわ……!」
隠そうにも、両手はまともに動かない。身をよじって丸まろうとも、筋肉痛が体に響く。
「じゃあ、ナッツ。やっちゃって」
「……はぁ」
盛大に溜息を吐いた後、“白眼”を発動。眼が白く、目の周りの血管が隆起する。
渋々といった感でベッドへと近づいて……絵面としては、四人の少女たちを襲おうとする少年といういかがわしいものになっている。この光景にはルーテシアも思わず赤面する。
「悪いな。恨むならアレを恨んでくれ。寝たままの格好でいいからそのままにしてろ」
「な、ナッツ君のエッチ……」
「けだものー!」
「乙女の部屋に入ってただで済むと思うなよー!」
「体が動かないのが、恨めしいです……!」
「はっはっは……。笑わせんなちんちくりん共。十年経ってから出直して来い」
ちんちくりん、の一言が深く突き刺さって、少女たちは多大なショックを受けた。
その間にナッツは二本貫手で一人十六ヶ所……計六十四ヶ所を超高速で突き終えた。
「“柔拳法・八卦六十四掌”っと。はい、終わり」
「……あ、凄い体が軽くなった!」
「一応、明日には疲労が引きずらないだろう。大人しく寝てろ」
そそくさとベッドから離れていき、用事が終わったから部屋からも出ていこうとする。
……が、その前にルーテシアに呼び止められた。
「……ねえ、ナッツ。それって“日向流”の技でしょ?それで魔力を封じたり、今みたいに回復したり出来るの?」
「ああ。それが“柔拳”だ。一般的な打撲や骨折を狙う打撃技……“忍者”の言い方では体術の体系で剛拳と言うんだが、その反対……魔力を徹して体の内部である内臓、血管、神経……そして“経絡系”を直接攻撃するのが“柔拳”だ」
「“経絡系”……昨日、何度か聞いたけどソレって何なの?“点穴”とか……」
「……話せば長くなるが、まあいいか。話聞きたいヤツ、手上げろ」
そう言うと、部屋にいる全員が手を挙げた。好奇心旺盛な彼女たちであれば、知りたいも同然だ。
今やナッツのオリジナルになった、謎に包まれし武術“日向流”……その秘密に迫れるなら迫りたい。
「“経絡系”っていうのは、魔力の通り道だ。脳から末端に隅々まで行き渡っていて、骨や神経、血管筋肉、臓器等々とも複雑に絡み合ってる」
「はい、先生!」
「どうぞ、アルピーノ君」
「そんな器官は聞いたことも見たこともありません」
「細胞そのもの、とも言える代物だ。リンカーコアと一緒で物質じゃないし、基本見えない。半分概念的な代物だ。観測する方法は特殊な眼……“白眼”とかでなければな」
「じゃあ、“白眼”は“経絡系”を見ることが出来る眼、ってことなんだ」
「それじゃあ、“点穴”っていうのは……」
「“点穴”は、“経絡系”上にある魔力の穴だ。全身に361ヶ所存在し、これも“白眼”でなければ見れない。“日向流柔拳法”はこれを突くことで魔力を封じたり、活性化させたりすることが出来る」
「……昨日回復魔法が全然通らなかったのって、そういう訳だったわけか」
魔力の放出、吸収を完全に封じる武術。そのメカニズムを聞いて、彼女たちはそれがどれだけ魔導師にとって脅威となるかをと思い知っている。
魔力の生成の過程とは、空気中の魔力素を体内に吸収し、リンカーコアを通して魔力を作り上げる。それが不可能になった瞬間、魔導師はただの人になってしまう。
「……所詮は“白眼”ありきの“日向流”でな。“白眼”なくして成り立たない。廃れるべくして廃れた時代遅れの武術だ」
「……じゃあ、眼を移植したっていうのも」
「当然、“柔拳”を使う為だ。……そこまでするか、と思ったな?そこまでするし、かつての“忍者”はそこまでした。いや、俺なんかまだ可愛い方だ。もっとヤバいヤツは、身体を弄り回した末に蛇そのものになったヤツもいる」
人体の改造に躊躇がない。そういう人間も存在する。自分の肉体だけに留まっているナッツは、優しい方であると自覚をしている。
「……とはいえ、この眼が嫌だったから、代わりの眼が“白眼”しか無かったっていうのが理由の殆どだがね」
そう言うと、“白眼”から“写輪眼”へと変化した後、普通の黒い眼へと戻る。
ナッツの眼が“写輪眼”になっている時……彼の纏う雰囲気も、冷たいものになっている。そう彼女たちが感じたのは、気のせいではない。
“白眼”はともかく、“写輪眼”は絶対に異能以上の何かがある。それこそ、彼の精神に変調をきたす程の何かが。
「ねえ……今でもその……“写輪眼”だっけ?嫌いなの?」
「嫌いだな。嫌いではあるが、嫌いなだけだ。使える物には違いないから、こき使うだけだ」
抉って捨てる程のものではない。だから、このままでいる。
この血、この体である限り、付きまとう宿命には違いがないのだから。
“写輪眼”は物として割り切る。今のところ、そう決めたのだ。
「……うん、それでいいと思う」
「……邪魔した。また明日な」
──ああ、また明日……そう言える人がいる。自分で言っておいて、ナッツは心が満たされた気持ちになった。それが少し、おかしくて笑う。
部屋から出ていく。あとやることと言えば、風呂入って寝る。それだけで日付は変わり、また朝日は昇る。
────明日が楽しみなんて、そう思ったのは何時ぶりだろう。