魔法学院の教室は、大学の講義室のようだった。講義を行うメイジの教師が、一番下の段に位置し、階段のように席が続いている。サイトとルイズが中に入っていくと、先に教室にやってきていた生徒達が一斉に振り向き、くすくすと笑い始めた。先ほどのキュルケもいた。男子生徒に囲まれ女王のように祭り上げられている。
皆、様々な使い魔を連れていた。猫やフクロウ、窓から覗く巨大なヘビ。しかしサイトの目を引いたのはそんなものではない。サイトの世界で架空の存在とされてきたUMAがうようよいるのである。サイトは生き物専門のハンターではないが、それでも興味を注がれる。無邪気な子供の様にルイズに質問する。
「マスターあの目玉は何ですか!?」
「バグベアー」
「あのタコ人魚は!?」
「スキュア」
「あれは!?」
サイトの質問攻めに、ルイズはいい加減痺れをきらし声を荒げる。
「あーもう!いい加減にしなさい!みっともない!おとなしくしてなさい!」
まるで母が子供に叱りつけているような姿だが、叱られているのは長身のいかつい男、叱っているのはその一回り小さい女の子である。そのシュールな光景に教室が爆笑の渦に包まれる。
ルイズは恥ずかしくなり、顔を赤らめてサイトを睨んだ。そんなルイズをよそに、サイトはポケットから黒くて小さな板のようなものを取り出し、教室の使い魔に向ける。
何をするのかとルイズが思っていると、カシャッ!という聞きなれない音と共に、板から光が発せられた。光を当てられた巨大モグラはびくりと体を震わし、周りの使い魔達もギャーギャーと騒ぎ始めた。その瞬間、生徒達の顔から笑顔が消え、場が凍りついた様に静まり帰った。
そして一人の金髪の生徒が怒りの表情を浮かべ、サイトに歩み寄ってきた。
「貴様ァ!僕のヴェルダンディに一体何をした!返答次第ではただではおかんぞ!」
「いやいやすみません。悪気はなかったんです。これはその…ちょっとしたマジックアイテムなんです。見ててください。この板をこうして私たちに向ける」
サイトの黒い板に、まるで鏡の様にギーシュとサイトが映る。そしてサイトが画面に触れると、再びカシャッ!と音が鳴り、画面に映っていたサイトとギーシュは、時間が止まった様に停止して画面に残った。
「ね?これはただ板に映った映像を閉じ込めて保存するだけの物なんですよ」
「ふざけるな!貴様!」
金髪の少年は全く聞く耳を持たず、サイトの胸ぐらを乱暴に掴んだ。そこにルイズが慌てて割って入った。
「ごめんなさいギーシュ!こいつかなりの田舎者だから常識知らずなの。でも他人の使い魔に害をなすようなことをする奴じゃないわ。ほら、あんたも謝んなさい!」
「申し訳ありませんでした」
ルイズに言われサイトは深々と頭を下げた。
「ふん、去年のメイドの事といい、君は僕のことを、相当舐めているようだな。昼休みにそこの木偶の坊とヴェストリ広場に来い。逃げるんじゃないぞ」
「わかったわ…」
三人は自席に着いた。ギーシュは怒りが収まらないのか、不機嫌そうに腕を組んでいる。その様子を見たルイズは小声でサイトに話しかける。
「全くなにやってんのよあんたは!勝手な行動は慎みなさい。生徒全員を敵に回すところだったわよ!」
「悪かったよ、以後気をつける。それにしても俺たち、あのガキに説教でもされんのかな?」
サイトの呑気な発言にルイズはため息をついた。
「だったらまだいいわね」
その程度で済む筈ないでしょ。もうこいつクビにしちゃおうかしら…
そんな事を考えながらルイズが頭を抱えていると、扉が開いて、教師が入ってきた。
紫色のローブに身を包み、とんがり帽子を被り、ふくよかな体型のその風貌は、まさにTHE・魔法使い。カボチャの馬車を召喚しかねない雰囲気である。サイトは肩を震わせ、必死に笑いを堪えていた。
「皆さん。春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。このシュブルーズ、こうして春の新学期に、様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」
ルイズは俯いた。
「おやおや。変わった使い魔を召喚したものですね。ミス・ヴァリエール。彼は随分震えていますが、体調が優れないのかしら?」
シュヴルーズが言うと、サイトは顔を伏せ、震えながら右手を上げた。
「あら、何か質問かしら?使い魔さん」
「あの、ビビディ・バビディ・ブーって言ってもらっていいですか?」
「ビビディ…?何かの呪文かしら?」
なんの事かわからず、シュヴルーズが首を傾げると、ルイズがわぁーと叫びながらサイトの口を抑えた。
「な、なんでもありませんわ!ミセス・シュヴルーズ。彼は平民なので、早く魔法が見たくてしょうがないみたいなんです」
ルイズは脂汗を滲ませながら、無理やり笑顔を作った。
「そ、そうですか、それは結構なことですわね。焦らなくても、ちゃんと魔法は見せてあげますよ」
教室の中は静まり返っていた。少し前なら、ルイズの使い魔がおかしなことを言ったと、笑いが起きててもおかしくなかったが、今の生徒達のサイトに対する認識は、おかしな平民の使い魔から、貴族を敬わない無礼な平民に変わっていた。皆、サイトの不躾な態度に憤りを感じていた。特にギーシュは、鋭くサイト達を睨んでいる。
そんな教室の空気に、一人事情を知らないシュヴルーズは、息苦しさを感じつつも優しい笑顔を見せる。
「で、では授業を始めますよ」
シュヴルーズはこほんと重々しく咳をすると、杖を振った。机の上に、石ころがいくつか現れた。
「私の二つ名は『赤土』。赤土のシュヴルーズです。『土』系統の魔法を、これから一年、皆さんに講義します。魔法の四大系統はご存知ですね?ミスタ・マリコルヌ」
「はい。ミセス・シュヴルーズ。『火』『水』『土』『風』の四つです!」
シュヴルーズは頷いた。
「今は失われた系統魔法である『虚無』を合わせて、全部で五つの系統があることは、皆さんも知ってのとおりです。その五つの系統の中で『土』はもっとも重要なポジションを占めていると私は考えます。それは、私が『土』系統だから、単に身びいきしているというわけではありません」
シュヴルーズは再び、咳払いをした。
「『土』系統の魔法は、万物の組成を司る、重要な魔法であるのです。この魔法がなければ、重要な金属を作り出すこともできないし、加工することもできません。建物を建てることもできなければ、農作物の収穫も、今より手間取るでしょう。このように、『土』系統の魔法は皆さんの生活に密接に関係しているのです」
「全部、魔法なくてもできるけどな」
サイトがぼそりと呟くと、ルイズがしー!と指を立てた。
「今から皆さんには『土』系統の基本である、『錬金』の魔法を覚えてもらいます。既に出来る人もいるでしょうが、基本は大事です。もう一度、おさらいすることに致します」
シュヴルーズは、石ころに向かって、手に持った小ぶりな杖を振り上げた。そして短くルーンを呟くと、石ころが光りだした。光がおさまり、ただの石ころだったそれは、ピカピカ光る金属に変わっていた。
「ゴゴ、ゴールドですか?ミセス・シュヴルーズ!」
キュルケが身を乗り出した。
「違います。ただの真鍮です。勝手にゴールドやシルバーを錬金で作るのは犯罪ですよ。それにゴールドを錬金できるのは『スクウェア』クラスのメイジだけです。私はただの『トライアングル』ですから」
シュヴルーズの言い方は謙遜しながらもどこか得意げだった。
「マスター」
サイト再び小声でルイズに話しかけた。
「授業中よ。後にして」
そういうルイズを無視する様にサイトは話を続けた。
「確か、系統を足せる数でメイジのレベルが決まるんだったな」
「そうよ、四つ足せて『スクウェア』、三つで『トライアングル』ね」
以前、サイトは学院長と話した際に、系統魔法やクラスに関する大まかな情報を聞いていた。
「つまり、あのフェアリーゴッドマザーは三つしか足せないってことか」
「そういうことね」
フェアリーゴッドマザーがシュヴルーズの事を指していることは明白だったが、ルイズはスルーした。もはやこの男に一々ツッコミを入れてたらキリがないと思ったのだ。
「その足せる系統には得意なものや苦手なものはあるのか?」
「当然あるわ、火と水、風と土はそれぞれ対極ね。スクウェア自体少ないけど、さらに四つの系統全てを足せるメイジは極僅からしいわ」
そんな風にしゃべっていると、シュヴルーズに見咎められた。
「ミス・ヴァリエール!」
「は、はい!」
「授業中の私語は慎みなさい」
「すいません…」
「おしゃべりをする暇があるなら、あなたにやってもらいましょう」
「え?わたし?」
ルイズが指名されると教室が一気にざわついた。
「そうです。ここにある石を、望む金属に変えてごらんなさい」
ルイズは立ち上がらない。困ったようにもじもじするだけだ。そんなルイズをサイトが促す。
「ご指名だろ。行ってこいよ」
「ミス・ヴァリエール!どうしたのですか?」
「先生!」
シュヴルーズが再び呼びかけると、少し離れた席から手を上げる生徒がいた。先程サイトといざこざを起こした、金髪のキザな少年、ギーシュである。
「どうやら、ミス・ヴァリエールは体調が優れないようです、なので僕が代わりに錬金をしましょう」
すると一斉に拍手が巻き起こった。それを見たサイトはかなり異様だと思った。サイトが感じた違和感はなぜか生徒たちが皆『安堵』しているということだった。
さっきのいざこざを引っ張っての事じゃない。彼らはルイズが錬金を行わなかったことに対して、心からほっとしている。そんな風な雰囲気をサイトは感じ取っていた。ルイズの方を向くと、彼女は座らずに顔を伏せ、拳を握っていた。
「お静かに!全く大げさな。一体どうしたというのですか。では、ミスタ・グラモンにやってもらいましょう」
ギーシュは壇上に立つと、キザな仕草でバラの造花を模した杖を取り出し、ルーンを呟く。杖が光り、目の前の石ころは青銅に変化した。
「お見事です。ミスタ・グラモン!」
ギーシュはシュヴルーズと生徒に向けてお辞儀をした。再び拍手が起きた。そして自席に戻らず、立ったまま俯いているルイズの元に歩いて行き、横に立つと耳元で囁いた。
「掃除する手間が省けたな。感謝しろよ。『ゼロ』のルイズ」
その瞬間、ルイズの目がカッと見開き、一瞬ギーシュを睨みつけると、無言で教壇に向かった。
「おい!何をする気だ『ゼロ』のルイズ!」
「席に戻れよ『ゼロ』のルイズ!」
生徒たちは一様に『ゼロ』と叫びながら、ルイズを止めようと野次を飛ばす。しかし今のルイズには完全に逆効果だった。一切を無視して壇上に立った。シュヴルーズが心配そうに声をかける。
「ミ、ミス・ヴァリエール、体調は平気なのですか?」
「はい、もう大丈夫です。ぜひ、私にも錬金をさせて下さい」
「ええ、もちろん構いませんよ」
ルイズはにっこりと微笑み、杖をとった。それを見た生徒たちは、一斉に机の下に隠れ始めた。
ルイズは目をつむり、短くルーンを唱え、杖を振り下ろす。
杖がまばゆい光を放ち、同時に爆発が起きた。爆風を受け、ルイズとシュヴルーズは黒板に叩きつけられた。
驚いた使い魔たちが一斉に暴れだした。キュルケのサラマンダーが口から炎を撒き散らし、衝撃で割れた窓ガラスから巨大な蛇が入ってきて、目の前にいたスキュラを、頭から丸呑みした。その光景を目にした女子生徒が悲鳴をあげた。
一瞬で教室は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
一方、爆風を受けたルイズとシュヴルーズはというと。シュヴルーズは完全に伸びており、ぴくぴくと痙攣していた。ルイズは煤で真っ黒になりながらも、立ち上がり、大騒ぎの教室を意にも介さず、優雅な仕草でハンカチを取り出し顔を拭いた。
「失敗しちゃった♡」
ルイズはわざとらしく頭に手を回し、舌を出してウインクした。それを見たキュルケが、激昂して立ち上がった。
「しちゃった♡じゃないわよ!全然可愛くないのよゼロのルイズ!」
「失敗しかしたことないだろ!いつだって成功率、ゼロだろ!」
他の生徒も罵声を飛ばすが、ルイズは耳を塞ぎ、聞こえないアピールをした。その表情はどこか爽やかで満足げだった。
「なるほど、『ゼロ』のルイズね」
そんな様子を見ていたサイトは、うっすらと笑っていた。