シエスタの案内でルイズ達は厨房の前に着いた。
「少し待ってて下さい。料理長に事情を話してきます」
そう言うとシエスタは厨房の中に入っていった。シエスタを待っている間、ルイズは内心不安だった。というのも、ルイズは平民たちが自分たち貴族をあまり快く思っていないことを知っていたからだ。何か理由をつけられて断られるかもしれないと思っていた。
そんな事を考えていると、厨房からシエスタが戻ってきた。
「料理長から許可が下りました。二人共、中へどうぞ」
ルイズはホッと胸をなでおろした。厨房に入ると、そこは別世界のようだった。
釜戸から伝わる熱気、包丁が料理を刻む小気味良い音、鼻腔を突く出来たての料理の香り。何よりルイズが目を見張ったのは、その中で忙しそうに働く料理人やメイドたち。まるで戦場の様に厨房を駆け回っていた。
料理を運ぶメイドの一人が、大声でシエスタに呼びかけた。
「ちょっとシエスタ!アンタ何やってたのよ!忙しいんだからそっちは料理長に任せて、アンタはこっちを手伝って!」
「す、すいませんでした!あの、ミス・ヴァリエール!後の事はそこにいる料理長に聞いてください!」
仲間のメイドに引きずられながら、シエスタは厨房の奥へと消えていった。
ルイズが呆気にとられていると、後ろからガハハと豪快に笑う大柄の男が現れた。浅黒く焼けた肌に白いコックコートを着込み、丸太のような筋肉質の腕をした男。料理長のマルトーである。
「いやあ、うちのシエスタがいつもご迷惑おかけしてます。ミス・ヴァリエール。さあ、どうぞこちらへ」
マルトーは大柄な体格には似合わない丁寧な仕草で、二人を隣の部屋へ案内した。そこは料理人たちが賄いを取る部屋らしく、少し広めで、長机が二つ並んでいるだけの質素な部屋だった。
「こんな汚い場所で申し訳ありません。すぐに料理をお持ちしますんでしばしお待ちを」
ルイズは少し困惑していた。招き入れてくれたとはいえ、もう少し邪険に扱われるかと思っていたが、マルトーの態度からはその様な雰囲気は微塵も感じられなかった。それが逆にルイズには不気味だった。
少しするとマルトーが料理を運んできた。食堂に並ぶもの程ではないが、十分過ぎるご馳走だった。
「こんな余りもんしか無くて、すいません」
「そんな!十分ですわ、ミスタ」
「ミスタだなんてやめてくだせえ!マルトーで結構でさあ!それじゃごゆっくり」
照れくさそうに頭を掻きながらマルトーは部屋を出た。そして二人は各々の食事作法をして料理を食べ始めた。
しばらくすると、サイトがルイズに話しかけた。
「貴族ってもっと平民に嫌われてんのかと思ったけど、マスターは割と敬われてんだな」
「当たり前でしょう?私を誰だと思ってんの?公爵家よ、こ・う・しゃ・く・け!他の貴族とは格が違うのよ、格が!」
ルイズは誇らしげに鼻を鳴らしすが、サイトはふーんと、さも興味ありませんといった顔をした。そして話しを再開した。
「けどよ、それだけじゃシエスタちゃんが執拗にマスターの世話を焼く理由にはならんよな?あの様子だとあの子、自分の仕事ほったらかしてまで教室に来たみたいだったぞ。なあ、あのギーシュとかいうガキが言ってた去年のメイドの事ってシエスタちゃんの事だろ?なんかあったんだろ?あのガキとの間で」
サイトの問いにルイズは目を丸くした。なぜならサイトの推理はほぼ当たっていたからだ。ギーシュとのあの僅かなやり取りでそこまで推察したのかと、ルイズは少し関心した。
「アンタ、中々洞察力あるわね。まあ別に皆知ってるし、隠すような事じゃないから話してもいいけど、シエスタには私がこの話をしたことは内緒にしといてね」
サイトが頷くとルイズは語った。
一年前
実は、ルイズとシエスタは同じ時期に学院に入っていた。当初は二人共なんの接点もなく、立場の違いもあり、挨拶以外に言葉を交わすこともなかった。
一ヶ月が過ぎた頃、その事件は起きた。
それは昼休みの時間、生徒たちは各々の友人と優雅にティータイムを取っていた。シエスタはメイドとして生徒たちのテーブルに茶菓子を運んでいると、一人の生徒のポケットから何かが落ちるのが見えた。
それは小さな小瓶で、中に鮮やかな紫色の液体が入っていた。シエスタは瓶を拾い、落とし主に声をかけた。その落とし主はあの金髪の少年、ギーシュだった。
「あの、すいませんミスタ。これ、落としましたよ」
シエスタが言うと、ギーシュは瓶を一瞬見て、フイっと横を向いた。
「これは僕のじゃない。君は何を言ってるんだね?」
ギーシュの言葉にシエスタは、はあっと困惑した返事を返した。それを見ていた横の生徒がシエスタの持つ香水を見ると、大声で騒ぎ始めた。
「おお?その香水は、もしや、モンモランシーの香水じゃないのか?」
「そうだ!その鮮やかな紫色は、モンモランシーが自分ためだけに調合している香水だぞ!」
「それが、お前のポケットから出てきたってことは、もしかしてつきあってるのか?」
「ち、違う、いいかい?彼女の名誉のために言っておくが…」
ギーシュが何か言いかけたとき、後ろのテーブルに座っていた少女が立ち上がり、ギーシュの席に向かって歩いてきた。
「ギーシュ、どういうこと?貴方、この間私に、僕の中に住んでいるのは君だけだとか言ってたわよね?」
「ケ、ケティ、誤解だよ。これは街の雑貨屋で買ったもので…」
ギーシュが弁明をしていると、また一人、少女が歩いてきた。香水をプレゼントしたモンモランシー本人である。
「あら、偶然ね。私もついこの間、全く同じセリフを言われたわ。その雑貨屋で買った香水をプレゼントした時に…!どういうことか説明してもらえるかしら?」
どうやらギーシュは二人の女の子に浮気していたらしい。三人の間に沈黙が流れ、ギーシュが恐る恐る口を開いた。
「そ、それはきっと、僕のドッペルゲンガーが…」
「「うそつき!」」
「ブルガリ!」
ギーシュの余りにも酷い言い訳を聞く前に、二人のグーパンが同時に炸裂した。彼は訳のわからない叫び声をあげながら倒れた。
その一部始終をシエスタは震えながら静観していた。よもや落し物を拾っただけで、こんな事態になるとは思ってもみなかった。鼻血を流しながら倒れているギーシュに、シエスタは心配そうに声をかけた。
「あの…大丈夫ですか?ミスタ」
ギーシュは鼻を抑えながら、苦しそうに起き上がった。
「大丈夫なわけがないだろう…クソ!全部君のせいだ!」
「え…そんな、私は何も…」
「いいや!僕は君が香水を拾った時、知らないフリをしただろ。話を合わせるぐらいは出来た筈だ!その程度の機転も効かせられないようじゃメイドなど務まらんな。君はクビだ!さっさと学院から出て行け!」
「そんな…無茶苦茶な…」
「できないと思っているのか?残念だがここでは貴族の言うことは絶対だ。適当に言い繕えばメイドの一人や二人、クビにする等造作もないことだ」
ギーシュの横暴に、シエスタは膝をついて泣き出してしまった。
その時、別の席で一人紅茶を飲んでいた少女が立ち上がり、二人に向かって歩き出した。ルイズである。
「その辺にしときなさいよ、ギーシュ。見苦しいったらないわ。紅茶が不味くなるのよ」
「君には関係ないぞ、ゼロのルイズ。引っ込んでいろ」
突然、横槍を入れてきたルイズに、挑発をしながらギーシュは睨みつけた。しかし、ルイズはギーシュを無視して、シエスタの方に歩み寄った。
「貴方、名前は?」
「シ、シエスタです」
「おい!無視するな!!」
ギーシュが怒鳴り声を上げるが、ルイズは振り向きもせず言葉を続けた。
「シエスタ、こんな奴の言葉なんか気にする必要なんてないわよ。貴方は何も悪くないし、生徒に従業員をクビにする権限なんてないわ。大方そう言って脅せば、勝手に自分から辞めると踏んでたんでしょ」
「貴様には関係ない事だろ!引っ込んでいろ!ゼロのルイズ!」
ギーシュのセリフにルイズはプッと吹き出した。
「アンタ、さっきと言ってる事がまるっきり一緒よ。ちょっと動揺してるんじゃない?」
ギーシュは、うぐ…!と言葉を詰まらせた。
「大体ねえ、根本的にアンタが浮気なんてしてるのが悪いんでしょ。それを他人に、ましてや女の子に責任転換して罪を擦り付けるなんて、アンタそれでも貴族の紳士なの?恥を知りなさい!」
ルイズに完膚なきまでに正論を叩き込まれ、ギーシュは押し黙った。そして一言「覚えていろ…」と憎しみを込めた声で言った。しかし彼女は意に介した風もなく
「今度、彼女にちょっかい出してみなさい。私がアンタを退学に追い込むわよ」
と逆にギーシュを脅した。
「行きましょう、シエスタ」
「は、はい!」
そして二人はその場を後にした。
それからというもの、シエスタはルイズを慕うようになった。それまで友達のいなかったルイズも、満更でもないといった様子で、今では週末に二人で街に遊びに行ったり、帰省の際には付き人として、ヴァリエール家に連れて行ったり、シエスタの故郷のタルブ村に招待されたりと、すっかり親友となったのだ。
そして現在。ルイズはこの話をかいつまんでサイトに話した。
「なるほどねえ、そんな事が、いやいや立派じゃないですか。まさかマスターがそんな優しさを持っていたとは」
サイトが感心したように言うと、ルイズは少し顔を赤くした。
「べ、別に優しさとかそんなんじゃないわよ。私は自分のプライドの為にやったのよ。弱者がいたぶられるのを黙って見てるなんて、貴族じゃない。そう思っただけよ」
「いや…それを優しさって言うんじゃ…」
「うっさいわね!違うったら違うの!大体、あの状況で何もいわない周りの連中がおかしいのよ。私は唯、貴族として当然の行いをしたまでよ」
ルイズが顔を真っ赤にして言った。その時、後ろのドアが勢いよく開き、ルイズはビクッと肩を震わせた。入ってきたのは、料理長のマルトーだった。片手にはデザートの乗ったお盆を持っていた。
「素晴らしい!やっぱり貴方様は、俺の思った通りの本物の貴族だ!」
マルトーはボロボロと泣きながら、ルイズの手を握った。
「俺は今、猛烈に感動してるんでさあ、この学院にも貴方様のような、ご息女がいらっしゃる事に!貴方様こそ『我らが貴族』だ!」
「え?我らが貴族?」
ルイズはマルトーの言ってることが解らず、マヌケな声がで聞いた。
「はい!無礼を承知で申し上げますが、俺は正直、貴族という人間たちが嫌いでした。いつも威張り散らして、俺たちを家畜の様に扱って…」
マルトーは言葉を詰まらせ嗚咽を漏らした。
「しかし、貴方は違う!平民であるシエスタを身を呈して助け、そして今!それが当たり前だと言った!俺は生まれて初めて、本物の貴族に出会えたんです!」
マルトーの手を握る力がより強くなった。
「あ、あのミスタ、お言葉は嬉しいのだけど、少し、い、痛いですわ」
マルトーの気持ちとは裏腹に、ルイズは複雑な気分だった。なぜならマルトーの手は汗でびしょびしょだったのだ。嬉しい半面、気持ち悪いとはとても言えず、ルイズは苦笑いしながらやんわりと伝えた。
「おっと、俺としたことがつい力んでしまって、申し訳ありません」
マルトーはそっと力を緩めたが、その手は離さなかった。
ち、違う!そうじゃない!キモイから離せって言ってんのよ、筋肉オヤジ!サイト、助けて!
ルイズが目配せすると、サイトはうまいうまいと、運ばれてきたアップルパイと紅茶に舌鼓を打っていた。そしてルイズは、もうどうでもいいやと、放心状態になった。結局、ルイズが開放されたのは、それから12秒後の事だった。
食事を終え、二人が厨房の入口に着くと、マルトーやシエスタをはじめとする、厨房のコックやメイドたちが見送ってくれた。ルイズは皆に頭を下げた。
「料理、とっても美味しかったですわ。本当にありがとう」
「やめてくだせえ!ミス・ヴァリエール!」
ルイズのお礼にマルトーが慌てて両手を出した。そしてすぐ笑顔で言った。
「ここには貴方を嫌う平民は一人もいません。またいつでも来てくだせえ。食堂では出さねえ裏メニュー用意して待ってますんで!」
「そうね、楽しみにしてますわ」
そう言ってルイズ達は厨房を後にした。
そして約束の昼休みの時間となり、二人はギーシュの待つヴェストリ広場に向かった。