そして誤字脱字報告助かりました、誠にありがとうございました。
ノーコンな武蔵はもうどうしようもないので前衛でただラケットを前に出すだけのボレ―に徹していた。
サーブはもうお察しで、怪我をしないようにベルファストチームはネットを盾にして待っていれば勝手に点数を稼げたが、それでも八幡は武蔵の近くにボールが行く度にひやりとするほど打球が恐ろしかったそうである。
武蔵が打球を打ち返してコートからアウトを取る度に自分の所属しているクラスで驚きと悲鳴が上がっていたのを見て、少し暗い喜びに浸れたりもしたくらい、本当に武蔵の打球は破壊光線だったのだ。
後衛の天龍が全力で走って最初はネットを連発していたが途中でライジング・ショットについて騙されてたことに気が付き、自分の甘さに憤慨しつつその失敗を取り戻すために追いつこうと食い下がった。
だが遅い。
「だから、無謀だと言ったんです、貴女1人でダブルスは出来ないでしょう?これはシングルじゃありませんから、必然的に――――私たちの勝利です」
「くっ……私の敗けだ、やっぱり一人じゃダブルスは出来なかったか」
「お前ら、いい加減にしてくれないか?微妙になんか私を虐め過ぎてないか?」
「そりゃいわれるだろ…これ」
「比企谷もか…ふ、良いハンデだったろう?」
「それは負けた原因のハンデは言えないやつだから、普通だったらマジギレ案件まであるから」
「お疲れ様でした、比企谷くん」
さらりと流れるプラチナブランドが太陽の光で反射してキラキラと輝いていた。
八幡はなんとか、勝てたな、腕立て300回をしなくて済んで助かった、と勝利を静かに噛み締めていた。
そんな彼に眩い笑顔で彼女は言う。
「どうでしたか?あなたの掴んだ勝利に私の手は御役に立てましたでしょうか?」
「ああ、まるでさっきの言葉みたいに本当に手を引いて貰ったような感じだったけどな、凄いなベルファストさんは…ここまで初めて組んだ人間に合わせることが出来るなんて」
絶対に八幡には一生無理だと思えるほどの協調性をベルファストが発揮していた。
ベルファストと八幡の即席コンビがカップラーメンよりも即席である筈なのに、ベルファストがまるで八幡の呼吸や身体能力の限界の全て理解しているかのような立ち回りを魅せたことによって勝利を掴めたのだ。
八幡はとても心地よかった、もし八幡に10年来の親友が居たとしても不可能だと思えるほどに自分が他人とシンクロし響き合ったような感覚が試合を終えてもまだ胸に残っていた。
「ふふ、ありがとうございます――では、私達の勝利に」
ベルファストが両手を構えてハイタッチのポーズを取る。
え、本気で、と八幡は思ったが。
「お、おう」
そんなことをされて流石に無視するような捻くれた真似もせず、素直に八幡はベルファストと互いに汗ばんだ手でハイタッチを行った。
手を合わせた時に薔薇の香りがしたような気がして「いい匂いすんなこの人」と鼻の下が伸びないように頑張りつつも、それでもドギマギしていた。
「では、少し先にお休みください、私は天龍の元に向かいます……ちょっと可哀想だったので」
「ああ……ていうか、大丈夫なのか?さっき3回も飛び込み倒立前転させられてたけど、いきなり受け身をとれるのは凄いけど」
「ついでに少し怪我がないかを確認してきますよ」
そういって、向かいのコートにベルファストが向かう、武蔵にサーブで三回も頭に打球をぶつけられたことについて天龍が怒っている様だった。
武蔵は土下座していた。
それを見て「相変わらず土下座上手だな、武蔵は」とベルファストは爆笑しかけたがそれは無視して天龍に近づいた。
「最初にベルに騙されなかったら勝てたのになぁ、くそぉ!なんでベルの勝負事の意地汚さを忘れてんだ私は……朝の件でもやってただろ…」
勝負に負けてそんな風に吠えている天龍にベルファストが静かにさらにゆっくり気づかれないように近づく。
そして
「では互いの健闘を称えてハグを」
そしてばっと、天龍の前に現れ。
「うわっ!なんだよベル!」
ベルファストが天龍に抱きついて天龍の後ろの頭を撫でながら耳元でささやくように「ありがとう天龍」
ベルファストが足踏みをして進めない道を簡単に切り開いてくれたことに感謝を述べる。
とても嬉しかった、ご主人様と一緒に何かを出来て本当にベルファストは嬉しかったのだ。
この世に生を受けて、ここまでの幸せはきっと2度とないと思えるほど夢見心地な時間をベルファストは堪能することが出来た。
もう死んでもいいくらい、幸せだった。
「貴方に大きな感謝を――――あと頭大丈夫でしょうか?」
「ちゃんと食らった瞬間に倒れて転がって受け身とってたから大丈夫だ……それに礼なんていらねぇよ、だって友達だろ?」
ああ、もう天龍はずるいなぁ、とベルファストは思って。
「ふふ、天龍、まだまだ―――甘いね、と言っておきましょう」
ベルファストは天龍がそんな凄まじく格好いいことサラリと言うのでドキッとさせられて、ついそんな悪ふざけが口から出てしまう。
天龍はカッコ可愛い、好意を簡単に表現出来なさそうなツンデレそうに見える癖に常にこうしたイケメン過ぎる発言がポロポロとその可愛らしい口から出る度に周囲の女の子をメロメロにしていくことで有名だ。
あの魔性のカリスマを持つ女性、村瀬透から大切に育てられたからこう育ったのだろうか、なんてベルファストは思った。
「ムカつく……っ!つうか?もう頭撫でんな……頭のてっぺんのツボ押すな!お腹壊すだろ!?」
武蔵みたいな天龍馬鹿に私をする気なの?と「このっこのっ」とベルファストが天龍の頭を押していた。
「実はこれは百絵という自律神経を整えるツボですよ、なにか落ち着いてきません?ここをですね、押し続けると脊髄を通して……」
ついでにエコーをかけておく、天龍の体が大丈夫なのか確認していた。
これはベルファストが可能とする能力だった、他人の体に触れることで、他人の体の異常を即座に発見できるのだ。
観測のために妖精を必要としない、アズールレーンの艦の肉体を持っているだからなのかは誰も知らないが、そのような能力をベルファストは隠し持っていた。
人に言わないのは他の艦娘と違うイレギュラー過ぎる自分をあまり好んでないからかもしれない。
他にもベルファストは武装こそ引き出せはしないが、艦娘たちが使えないいくつかの特殊な力を持っていた。
「押し続けると脊髄を通して……?」
「…………」
異常はないようだ、とベルファストは安心した。
「……な、なんか言えよ、黙るなよ!」
そうやってベルファストが敗者の天龍を弄ってる光景、そんな風にいちゃいちゃしている2人を羨まし気に立ち上がり横で見ながら武蔵は「私には全くよくわからんが、相当薄氷の勝利だったんだろうな」と思った。
体を動かすことに関して、凄まじいほどの才気を天龍は持っていた。
武蔵やベルファスト二人はまだ最初期の基本性能が高いだけだと思い知らされるくらい天龍の技量の上達の速さは異常である「早いのではなく速い」としか言いようがない。
艦娘として唯一「契約」し、その力を十全に普段の生活でも発揮しているのだ。
まさしく「経験値の吸収能力」とでも言うしかない異能。
先程のテニス勝負でもその力を発揮し、もう少しでベルファスト達が追いつけないほど彼女は成長していた。
勝負が長引けば、手がつけられなくなる、天龍はどんな相手にもそんな危機感を常に与えるほどの成長能力を持っているのだ。
もう一試合するようなものならハンデの武蔵を抜かなくても、二人くらいじゃ天龍1人に足元に及びもせず敗北するだろう。
身体能力で制限をつけて勝負すると、空母系の艦娘たちなら弓道やアーチェリー勝負くらいなら勝てるとは思うが基本的に、小細工を弄しても結局誰もどんな種目のスポーツでも天龍には敵わない、それは艦娘たち14人全員が共通して思っていることだった。
もちろん小細工を何個も使い、小細工の山を利用した戦いで他人を圧倒するのを得意とするイレギュラーのベルファストもだ。
僅かな経験で次元が変わったような成長を見せる怪物なのだ。
レベルが上がる、その言葉通りにそのままに様々な技術の練度を高めることが出来るのだ。
「そいつに同じ技は2度と通じない」という能力だ。
そのことで艦娘たちは「契約」を恐れている者もいるくらいである。
自ら培ってきた努力が無駄になるような気がして怖いと思っているようだ。
故にベルファストがもし「契約」したのならば、と武蔵は思っているのだ。
そもそも艦娘と違って大破前進による沈没などはアズール・レーンにはないので、もしかしたらベルファストはリポップし直すような不死身かもしれない存在だ。
もし「契約」したのならばどれだけの力をベルファストは手にするのだろうか、と武蔵はいつも気になっていた。
その契約先が目の前に居て一緒にこうして会話しているのが中々新鮮だった。
「しかし凄いな天龍の上達速度…ハンデが仕事しなかったら完全に勝てなかったぞ、これ」
抱き合って楽しそうに笑い合っている美少女2人は絵になるな、なんて思ってコートから歩き離れ始めたところに武蔵がやってきたのでつい八幡はそんなことを武蔵に言った。
ハンデが悪いと言ったのに武蔵は気にせず。
「ほう、わかるのか、比企谷、まぁいい、さて彼処で休みつつ少し話そうか」武蔵が空いているベンチに指を指して、向こうでまだイチャついてる2人を放っておいた、羨ましいけど、ほうっておいた。
2人はコート近くのベンチで話す。
「よくわかるな、あれはほんと突然ああなるから気づくやつは少ないぞ?本気を出したと思われるだけで、上達と言う奴は少ない、本当に突然過ぎるからだ」
「ああ、なんか天龍の動きが途中から一瞬で格段に変わったのはわかる…最後に命の危険を顧みずに武蔵ばかりを狙ってなかったら普通に負けてたな、なんだあれ、RPGのレベルアップか?」
天龍は初期のテニプリをやって、武蔵はテニヌをやっていた、八幡は武蔵にそう言った。
「天龍の才能だ、自分に蓄積した経験を瞬時に一気に開放して成長すると言えばいいかな……まぁ漫画とかによくある才能だな、ん、なんか似たような話を何処かでみたような…」
艦娘が全員持つかもしれない、才能だ、開花させているのは天龍のみなので、まだわからないものなので、天龍の才能として扱っていた。
「凄いな、それは…そんな人間がいるのかリアルで…テニプリの覚醒シーンの音楽流れたかと思ったわ、まじで」
「言ったろう、私は天龍のハンディキャップだと」相変わらずの自信満々なポジティブな武蔵の発言。
「そういう意味もあったのか……それでも自慢は出来ないだろ…めちゃくちゃ足引っ張りすぎだろ」
「天龍が楽しめればもうなんでもいいさ、勝負に熱くなってきた天龍にマジギレ気味に「邪魔だ」と言われる度に心が軋むが……」
「いや、頭に三回もあんなサーブ決められたら普通にキレるだろ、というか普通だったら死ぬかもしれない」
「ちゃんと危ない、と言ったぞ私は」
「いや、サーブ撃った瞬間に「危ないっ!」て言っても無意味だから、むしろわざとやってるように見えるからな、あれ」
「おーい!あっちで話そうぜ!メーワクかけたからいい加減下がろうぜ!あっちいこーぜ!」
天龍がそんなことを話している2人を大きな声で呼んだ。
そして四人は集まって、静かな場所に移動した、先程八幡が1人で壁打ちをしていた場所だ。
「相変わらず、小細工の一つでもしないと天龍には勝てませんか、武蔵はむしろもっとハンデとしてハンデ力を高めてください」
「おいおい、武蔵がこれ以上高めたらどうなるんだ?これ以上高めるのは無理だろ、今の時点でも居ないほうがマシなのに……」
「天龍……お前……今とても私は傷ついたぞ?どうしてくれる……すごい胸が痛いんだが?」
「あ、ごめんな、でも事実は事実だから、嘘つきたくないし」
胸を押さえている武蔵に冷たく天龍は言った。
「怒ってるのか?………そんなに足引っ張ってたか……?」
「引っ張るどころじゃねぇよ!?なんであの超剛速球を私の後頭部に3回もぶつけんだよ!3回も!いきなり衝撃で「くるっ」て飛び込み倒立前転させられてびっくりしたからな!?」
「これからは武蔵を使用したチームは危険で悪質な反則行為として公式戦は全て強制退場になりますね、他のクラスにも、もう知れ渡ってるようですし」
学校中の女の子に人気の天龍が大活躍の王子様っぷりが凄まじかった試合だったのに、4人だけで静かに話せているくらい武蔵に八幡のクラスのグラウンドに居る人間全員が怯えて近づいてこないのだ。
C組のクラスメイトたちは慣れたように被害状況を確認していた「えーせいへーい!」「こちらは異常なしです!」とか言ってふざけあっていた。
そして去年3人と同じクラスメイトだった八幡のクラスメイトもそれに参加し「こちらは総武高校学兵第2F師団の師団長の石田だ、こちらの被害も特に無い」「おお、元第1B師団で共に戦った……心強いな」とかやってた。
去年のことを知らないで怯えている人間を尻目にテニスコートの整地を始めたりしていたそうだ。
「おお、F師団に最先任上級曹長がいらっしゃるとは……あなたがテニス部の戸塚彩加様ですね、どうかうちの師団を救ってくだされ…どうか!」
「マスターチーフの戸塚です、よろしくおねがいします―――えっとこれでいいの?」
「いーよいいよいーよ…そういうのいーよ、実はこういうの可愛いけれど強かったりするんだよ…いーよ」
「えへへなんか面白いね…みんなでこういうの楽しいね、じゃあテニスコートの整地の仕方教えるね?」
「最初は面白いですまなかったからな……言っておくけど」
「うん……すごかったね……でも村瀬さん…もっと凄かったなぁ……」
「えっとこのノリなんだし?」
「さぁ…」
「あ、いっちゃった…4人で…」
三話 なんて素敵なジャパニーズ 前編
4人で壁を背にしておしゃべりを続けていた。
「誰も怪我してないのは奇跡だわ」八幡はそう言うしかなかった。
「使わないようにしてたんだけどなぁ、つい使っちまったわ、武蔵を」
「危険な違法パーツ扱いか私は」
「もう今年は使わないようにするわ、ごめんなベル」
「いいえ、よくぞ、副作用で体がボロボロになりながらも、よくぞまあ、本当に大丈夫でしたか?」
「ああ、力の使いすぎで、疲れたくらいだ、大丈夫だベル……まだ私は戦える…」
「天龍……あなた、ジャージがっ!?」
「ああ、少し破けた」
「あとで直して上げますから、我慢しててくださいね、私がメイドパワーで直してあげますからっ!待っててくださいね!」
「わかった、ベル………」
「それにしても恐ろしい力です……もう二度と使ってはいけませんよ…あなたの体のためにも」
「だけど、私は勝たなくちゃ…みんなのためにも……」
「ええ、わかってます……」
「ああ、だから私は「い い か げ ん に し ろ」
2人の寸劇にいい加減に腹を立てて武蔵はそう言った。
「居たのか武蔵」
「一度抜けばまた帰ってくる、そういう魔剣なのですね…恐ろしい」
武蔵はため息をついた、そしてガクッとする。
そしてそれを面白そうにみている八幡をジト目で見て言う。
「な、なんだ…?」
「比企谷、この2人のこの言いよう……どう思う?少し残虐過ぎはしないか?人には行って良いことと悪いことがあると私は思っているんだが、この言い方は駄目だろうとは思わないか?私だって頑張っているんだ………」
ああ、そういう、八幡は少しほっとした、先程からベルファストたちの胸とか尻とかちょっと見ていたからだ、男性の性である。
めくれたジャージがそのままな天龍の形の良い臍や、破れたジャージを見て屈んだベルファストの胸は大変魅力的だったのだ。
「さっき聞いたけど、あのいつも気になってる体育館の天井に圧し曲がって挟まってるバレーボールの4つとも全部武蔵の時点で組んでくれる人間がいるだけマシだろ…俺だったら体育の授業自体をハブられるぞ」
「なるほどな……そう思うしかないか」
「よし、負けは負けだ、じゃあ罰ゲームだな、お前らが決めろ、なんでもいいぜ」
「それでは、初対面の比企谷様には荷が重いですし、私が決定いたしましょう」
正直、八幡はそう言われて助かった、女性に罰ゲームを考えるなんてぼっちの自分には荷が重すぎるからだ。
そしてベルファストの言葉で気になった部分があった。
「様?」
「ああ、癖で…つい人をそう呼んでしまうんですよ、私は」
「本物のメイドさんだっけか」
「ええ、普通の学業に去年復帰するまでは一応ミセスとしてイギリスでいくつかのお家で働かせて戴いて貰ったことがありました」
「ミセス?」
「既婚未婚関係なく、名前の頭に付く、使用人を擁する家庭の命令系統第2位の家政婦長の敬称です、人事管理、出納管理、備品管理、緊急時の応急処置などの看護業務、業務外で保存食の加工などを担当し、主に日々の業務は各現場の使用人の統括業務を行います、総合管理職のようなものですね、ああ、命令系統第1位の女性執事としても雇われたことがあります」
「は?」
八幡の眼が点になった、武蔵は「あーあ」と額に手を当てた、天龍は「またメイドの話か、なげーんだよこいつの……」とどうでも良さ気だった。
イギリスでベルファストが修行していた頃の話だ。
実はベルファストは、元々大淀の元で勉強の傍ら、迷惑な独居老人の介護士のごとく大淀の専属のメイドとして働いていたのでハウスキ―パーの学校であまりにも学ぶことがなかった。
艦娘の同類というだけで、信頼され様々な部分で大淀の生活に携わる場面で抜擢され、その仕事を「いきなり上流階級のメイドっぽい感じだ!嬉しい、嬉しい、産まれてよかった、よし頑張るぞー」と楽しく全てこなしていた。
独居老人の大淀も幼い美しい少女が自分の面倒を見てくれるので、うれしくて、本当にホイホイと好きなことをさせてあげていた。
そうして気づくと
「最近増えた女性執事がやっぱり家政婦長になるために紹介状の目的の為にこの学校にきたのか?卒業扱いにしてやるから出て行け」と講師に入学3日目で言われたくらいだ。
すぐに入学金も返却され卒業の手続きも学校側からされてしまい、いきなり1人、放逐されて困ってしまったくらいベルファストは既に完成されつつあったのだった、あとは名前だけ売れるのを待つことくらいだった。
「合宿自動車学校に通ってマニュアルの普通自動車免許を取ろうとしたら、実はその免許は高校生が一日で取れるただの原動機付自転車免許だった」そんな感じ。
「実力さえあるのなら、卒業させてくれて、さらには特別な蜜蝋サインの斡旋紹介状までくれるのか、これが海外、欧州か、日本とは全然違う」と驚きながらイギリスを観光して遊んだりしてしばらくを過ごした。
型月の魔術師がいないか時計塔にいったり、魔法使いがいないかキングス・クロス駅に行ったり、紙使いがいないか大英図書館にいったり、日本に居る武蔵に頼まれた場所ばかりを連絡をとりつつ見て回った。
ベルファストはその時、少し意気消沈していた。
結局のところ、出生届けすら不明で無理やり前世の名前を組み合わせて作った戸籍のあまりにもな不鮮明さで王室侍女の就職は絶対に不可能だと理解してしまったのだ。
現実の壁である。
存在がファンタジーなベルファストはそれにぶち当たってしまったのだった、
MI6という、ようは007のスパイ組織が実際現実にあるのだ、どうせすぐにこの世に突然現れた不審者であることがバレてしまう、そう思ってがっくりしていた。
武者修行の為のイギリス行きの航空機チケットを持った自分の足に「行かないで、私を一人にしないで……なんで、私がそんなに嫌になったの?」とうざったく縋り付いてくる大淀を「邪魔です、私の天敵のお掃除ロボット・ルンバくらい邪魔です」と無視しながらの渡英だったのだが、結局嫌々ながらも毎日「ねぇベルファスト、帰ってこない?ねぇ、貴方がいないと寂しいの……」と執拗に国際電話をかけてくる大淀のコネ紹介でいくつかの本物の王族関係者、貴族、セレブの元で短期間のヘルプとして仕事をこなしたのだった。
ベルファストは戸籍さえしっかりしていれば最年少で王室メイドの仲間入りは有り得たのではないのだろうか?と言われるほどに猛烈な働きぶりだったという。
「産まれたときから貴女はミセス・ベルファストだったのか」と周囲を驚愕させるほどの技能を携えて来るので使用人業界を席巻することが出来てベルファストは誇らしかったという。
熟練の使用人が急な病で倒れ、大事な行事や接待が潰れかける時の助っ人として伝説を何度も残したのだ。
当然だ、私はベルファストなのだからとドヤ顔である、もう有頂天「天下とったぜ……!」というくらいの絶頂の日々を送った2年だった。
「まるで、食事も睡眠も休息も必要としない美しい少女の姿をしたメイドのアンドロイド」そう揶揄されたくらい、ベルファストは2年働き続けた。
メイドとして食事も睡眠も休息も必要としない人外の力を発揮して明鏡止水のハイパー・メイド・モードで働いたから当然だ、取らなければいけない最低の休日日数以外1秒も休まず働いたのだのだから。
むしろ「休みが無駄に多い、本当に欧州は怠け者だ、それだから労働力が足りなくなって移民なんてして自分の国の治安を悪くするのだ、日本の社畜や過労死も問題だけど、どっちもどっちだ」なんて思うくらいだったそうだ。
「もっと私に働かせろ」状態。
そうやって英国中ならば紹介状なしで王室以外なら何処でも働けるくらいの実績をベルファストは数々と残した。
その容姿、卓越した能力で中々の年収でオファーが山ほど舞い込んで来る。
なんと男性執事の2倍の額の年収18000ポンド(3200万円)というレベルに到達したのだ。
嬉しくて嬉しくて布団の中で転げ回ってしまうくらい、ベルファストは「ついに……っここまで……ぐす……産まれた時は地獄かと思ったけど、天国だったんだ此処は」と歓喜して泣いた。
そんな「メイド……メイド…メイド……私がメイド…むしろメイドこそ私」とぶつぶつ言ってはパソコンで送られてくる短期のオファーを見ながら自分が好きそうなメイドとしての仕事を狂ったように確認しているベルファストの様子を目の当たりにするマッチング式のルームシェアで当時一緒に暮らしていた同じ年代の日本人女性が「ベルファスト……貴方気持ち悪いデース、叩けば治るデスカ?」とよく言っては頭を叩いてくる日々。
正直言うとベルファスト的にはイギリスでは休日にその紅茶狂いの友人と専属メイドごっこをしていた時が楽しいことに気がついていた。
自分がよく知る、好ましい人の為に働くのが一番楽しかった、そんなことを理解した。
そして自分の真の主が現われることを夢見て祈る日々を過ごしたという。
そんなベルファストは自分がメイドであることに対し、当然ながらプライドを持っている。
そして生涯唯一無二のご主人様予定の方にそんなことを尋ねられたら、もう止まらない。
只管、自分のスペックを紹介してしまうのだ。
ねぇねぇ、ごしゅじんさまぁ、やとって、やとって、わたしをはやくあなたのめいどにしてよーと。
「個人的なコネで年齢関係なく働ける場所でいくつかの実績を残したことにより年俸額は「ストップ、ストップだベルファスト」
武蔵は八幡にベルファストがこのままでは「ガチのドン引きされるぞお前」と思ったので口を横から挟んだ。
普通の男子高校生に同じ高校生なのにいきなり出来る社会人としての自分をアピールするのは普通にドン引き案件である。
10年近くかけて作ったパーフェクト・メイドのベルファストとしての自分をご主人様に対して紹介したいのはわかるが、お前を雇うのに必要な年俸額なんて話をしたら褒められるどころか別次元扱いされてしまうぞ、暴走するなと武蔵は焦って止めた。
ご主人様と力を合わせてのダブルスの興奮が冷めず判断力が低下しているのだ。
まるで飼い主と遊べて嬉しすぎて嬉ションしてしまう犬のような粗相である。
あの大淀に対する的確な冷たすぎる対応で他の艦娘たちから信頼されて大淀専属の介護を任されていたお前はどこにいったのだ、と武蔵は思った。
「武蔵、なぜ、止めるのですか?」
うわ、殺気が、凄いな、と武蔵は少し昔のベルファストに戻りかけているのに気づきビビりながらも言う。
「おい、ベルファスト、一回メイドはとりあえずリセットしておけ、話が進まない、今は罰ゲームの話がメインだ……よし――――天龍は?」
「天使ですね」
「なんだそれ」
「………」
「………」
「………」
「………」
「んんっ!…言っておくがベルファスト、罰ゲームだが、面倒で恥ずかしくて私たちの心のライフを削るのが永続的効果つく系は勘弁してくれ」
「あとで問い詰めるからなお前ら色々と……まぁとりあえず私らに手作りのタキシードとか着せてセレブとか貴族扱いしてメイドとして面倒見てくるのとかやめてくれよな、ベル、あとは私の部屋の掃除の1ヶ月とかは勘弁してくれ、せめてトイレくらいで頼む」
そして密かに武蔵にベルファストは可愛くウィンク、暴走しかけていたことに対して止めてくれた礼のようだ。
よく武蔵とベルファストは「百合関係だと良いな」と周囲に思われて疑われることが多いが、正直あり得ないと2人で絶叫したいくらいそういう関係だと疑われるのが嫌いである。
だからベルファストは得意の誘惑的なウィンクを武蔵には絶対にしない。
かなり焦ったらしい、今、本当に焦っているらしいこいつと武蔵は理解した。
「私も後で二人に問い詰めさせていただきますが、罰ゲームについて決まりました、比企谷くん、本日の放課後はご予定はございますか?あるのでしたら、後日という形になりますが」
そういって気を取り直してベルファストは言った。
「どうでしょうか?」
そして八幡がこう言った。
「特にないけど?いつでもいいぞ、ぼっちの俺にあるわけないだろ?むしろ明日に何かがあるほうが不思議なまである」
武蔵、ベルファスト、天龍はその言葉を聞いて三者三様の反応をした。
「ここまで先程まで初対面だった私たちに言い切れるとは、凄まじいなお前は」
「素晴らしい」
「ひゅう」
天龍は口笛を吹いていた。
でもあまり上手じゃないので、武蔵は今度教えてあげよう、と思った。
そして武蔵は素直に感動した、彼に対する変なバイアスが全て消えた。
「まさか、誰にでも対してそういう台詞をいつも吐いてるのかこいつは」と驚いて、そして感動したのだ。
感動とはどんな知識も記憶もイメージもあっという間に全てを超越し、鮮烈に心に直接響く。
普通に格好いいな、と武蔵は思った。
これはなかなかに惚れそうだ、10分の1天龍くらいカッコいい。
なんで原作であんなにモテたのか普通に納得が出来た。
アウトロー的な格好良さだ。
ぼっちであることに対し自信を持っている、もの凄い自信だ。
ぼっちであることに対しプライドと美学がある、一貫性がある。
自分のことを日本一のぼっちとか、そういう自信が見える、それは何にせよ誇りなのだ。
自慢じゃないが事実として私を含めてあの346プロにスカウトされるレベルの綺麗どころが目の前に3人も揃って居るというのにも関わらず、男としての自分を誇張して良いと見せようとする、そういう下心の努力を一切せず綺麗に放棄していた。
少しも強がりもせずに、ただ、ありのままの自分をたった一言で表した。
まぁ普通の女性ならドン引きするかもしれない、多分普通にドン引きだろう、いいや、絶対引くわ、これはキモい言われるわ。
こいつ、同年代にモテるタイプじゃないな、年下か年上向きだ、もしかして中学生の時は下級生とか上級生には実は気にされていたんだじゃないか、と武蔵は思った。
気持ち悪い、きっとまだ何もわかってない十代の女性ならそう思うことは多いかもしれない。
そうやって、わけのわからない理解不能の存在として理解を放棄して目の前の男をただの気持ち悪い存在だと決めつけて厭うのだ。
しかし、そうあっても目の前の男は事実として、それすらも泰然として受け入れながら言っている。
なにせ、折角少し仲良くなりかけている私たちに「近づくな、俺は、気持ち悪い男だぜ?」なんて言えるのだ。
他人が自分を罵り軽蔑したとしてもこいつは気にしないのだ、自分がどう言われようがびくともしない。
つまりだ、とても男らしいのだ。
ぼっちという言葉がダサいだけだ、さっき言った言葉を英語に変えて日本語で再変換してみようと武蔵は思ってやってみた。
「特に無いな、孤独の俺に明日に何かがあるわけがない、あるのなら不思議なくらいだ」
中々にハードボイルドじゃないか、日本語すごいな。
そして言外に「こんな俺と居てもつまらないだろ?さっさと消えろ、俺は1人が好きなんだ」みたいな感じだ。
おお、格好いい……男の浪漫だ、仲良くしようと近づいてくる綺麗な女性にそんなこと言ってみたいわ――――後が怖くて絶対無理だけど。
でもこいつ言ってるんだよな……凄すぎる、前世の私じゃ絶対不可能だろう男らしさだ。
ベルファストはだからヘタレているわけではなく一年もただ見守る以外必要とされないから声をかけなかったのかもしれない。
必要とされないまま、今も、必要とされるのを待っているだけなのかもしれない。
乙女としては声をかけたいが、メイドとしては必要ない、だから声をかけたりしなかった。
まさか、そうなのか?
とベルファストを武蔵はみた―――――みなきゃよかった。
そんな風に感動している武蔵以外も感動している人間が他に居た。
決まっている、天龍だ。
天龍も眼を見開いて、驚いていた。
「おまえ、いいな、お前は自分に一切嘘をつかないんだな……」
「ん?なにが良いのかわからないけど、なにがいいんだ?ぼっちであることがか?嘘なんかすぐバレるだろ?こんなのどうみても、俺はぼっちだろ?」
事実として、淡々と八幡は述べた。
それを聞いて、天龍は笑った。
何いってんだ、こいつ、とわかってねーのか、と。
「……おまえ、格好いいぜ、ただ私の顔や体をみて近寄ってくる男共と違って言い訳しないし女々しくもない、男らしいぜ……こんなヤツ居たのか…へぇおもしれぇ……お前いいぜ、さっきの言葉言った時の、お前いいな」
天龍なら絶対言うと武蔵はわかっていた。
こういうロックンロールな人間が天龍は大好きなのだ。
出会った時間も、性別も、距離も、全て気にせず、そういうヤツといつでも友達となりたい、そう常々、天龍は思っているらしい。
「気に入ったよ、お前」
「は?」
「ええ、格好良いですよ、自分を飾らず、他人の責任にせず、こうして自分が独りであること素直に認める、それは強い心を持っている証ですよ、男らしいですよ」
ベルファストも感動からやっと落ち着いたのかそう言う。
その様子を見ていた武蔵は折角なので少し彼に補足しておこうと思った。
一生懸命に褒め称えたというのにそれを無為にするような変な卑屈すぎる言動を彼が行ったら短気な天龍がマジ切れするからな、と武蔵も口を開く。
「一人であるということに卑屈さを自分から無くして自分に自信を持てばそれは硬派、というやつになるだろうなお前は、大丈夫だ、お前はもうこの学校で一番の男前も認める立派な強いローン・ウルフだ、格好いいよ」
女に生まれて、こういう風に男性を褒めるのは初めてだな、と武蔵は新鮮な気持ちになった。
「当然だ、この私が認めてんだ、私が認めてる奴が自分だろうが他人だろうが本気で馬鹿にすんなら、私が怒るぞ、姉さんを本気で馬鹿にされる次に私は怒るぜ、それがどんなやつでもだ、絶対に許さねーよ、私は」
天龍には出来る。
天龍はそれが出来る、常に誰よりも死にもの狂いで生きてきた。
いくら強くなろうとしても私は天龍には勝てないといつも思い知らされるほどに純粋で美しいのだ天龍は。
それが、こんなただの日常会話程度でその熱い血潮を垣間見せる、魅せてくれる。
虎がなんで強いか、それは虎だから、という名言が思い出させるほどに、天龍は強い。
つまり
天龍は天龍だから天龍なんだな。
おお、なんて素敵なジャパニーズ。
武蔵は法悦に近い喜びに震えた、こんな生き方を出来る人間に信頼され兄のように慕われている自分になれたことに誇らしいと。
ああ、もっと、強くなりたいなぁ、と武蔵は思った。
もっと強く、この世の誰よりも強く、優しくなりたい、ああ、久しぶりに山でも篭もるか、と思い始めた。
氷川武蔵は、高校に昨年通い始めるまで、何をしていたのか、それは武術家としての修行をクソ真面目にやっていた。
大淀の金銭面の支援や武道家を紹介してもらい、只管10年以上の修行をしていたらしい。
当然、強く成るためにだ。
最初にいろいろと天龍と姉を巡って嫉妬されていろいろあったらしいが、そのことについて話すと本気で面白がられて友人として認められたのだ。
「ああ、当然だな、私もそういう風にありたいと常に願っているよ天龍……」
ああ、だから天龍は私の目標なんだ、といつも武蔵は思っていた。
この少女と出会えた奇跡にいつも感謝している。
そして自分がオズの魔法使いに登場する獅子になれると天龍が信じてくれている。
そして1人、小さく誰にも聞こえず口に出す。
「そろそろ私も勇気をださなければ、ならないか」
そう決めた。
そしてそんなことを思っていたせいで天龍がどんな人間か、忘れていた。
「だから、自分を馬鹿にしてるだろ?ぼっちだって、周りからハブられてんだって」
「あー、なるほどな、そういうやつなのか、お前、フフいいぜ、そういうところも、だがな――――なぁ言っておくぜ?比企谷」
「なんだ?」
「そういうくっだらねぇ事実が本当の真実じゃあ、ないんだぜ?なぁ、みろよ、これ」
天龍の左手が失われた片目に沿わされる。
武蔵もベルファストも一瞬で凍りついた、まさか、ここで、こんなところで、いきなり、嘘だ。
あり得ない。
まさか
「っ!天龍!」
「っ天龍!」
武蔵とベルファストの両名は悲鳴のような声で静止しようとした、天龍のそれはこんな場所で軽々しく他人に見せて良いものでは断じてない。
「そんな大したもんじゃない」
天龍はそう言って、周囲に見えないように、八幡だけに見えるように唐突に自分の片目の眼帯を開いて見せた。
ベルファストの真の主に、まだ自分を信じることが出来ないまま、ひとりだと、まだひとりにしかなれないと思っている狭い世界しか知らない未熟な男にそれを見せる。
天龍は知っている、あんまりこれは人にみせるもんじゃない、これをみた人は世界が汚く思ってしまって悪いからだ。
それでも天龍は彼を認めた、だから天龍は気にせず、それを見せる。
「う……」
抉られた左目。
醜い傷だった、途轍もないほどの想像も付かない悪意によって生まれたような傷だった。
恐ろしいほどに、ぽっかりと、その地獄のような悪意で生まれる、なにもない、乾いた虚無が空洞として1人の少女に残っていた。
それを比企谷八幡はみてしまった、直視してしまった。
人の悪意の深淵に近しさを感じられる醜い傷痕だ。
「フフ、怖いか?……こいつを失った時はさ、お前よりも私は「ぼっち」というやつで、何も映してなかったよ、なにもみえなかったよ、なんもなかったよ……」
「…………」
これをみて、悲鳴をあげたりするのは人としてやってはいけない、面白がってしまうなんて、あり得ない、そんなやつは人間じゃない、だから八幡は静かに無言を貫き通した。
「フ、悪かったな、こんなもん見せて」
そう言って、すぐにまた片目を元に戻した。
武蔵やベルファストが天龍がそのままにしていたら、天龍をぶん殴るだろうからだ。
近くにいる2人が静かにブチ切れそうになっているのを確認して、天龍は微笑む。
「悪いな、ふたりとも、だが、関係ないな、こいつは私の傷だからだ、お前らは関係ない」
2人はとても悔しそうにした、何故もっと早く、天龍のことを気にしなかったのか、自分たちの夢や目標のために去年まで天龍のことを気にしていなかったのか、後悔していた。
だがそれは後悔でしかない。
それにそもそも、二人に大淀は天龍を紹介するのを控えていた、二人が最初から大人だったからだ。
似たような存在なのに全く気にしていない姿を天龍に見せるのは悪影響になるかもしれないからだ。
縁がなかった。
そう、言うしかなった。
好きなように仕事をして、好きなように自分を鍛えていた自分たちの後悔だから、勝手な後悔だから何も言えなかった。
だから、天龍の行動に文句が言えるのは、天龍の姉である村瀬透か常に仲間を探し続けていた大淀だけだ。
「知ってるけど、気にすんな、私も世界の全てを救えるヒーローにはなれないし、私よりもひどい目にあってるやつはいっぱい当然にいる、今もそうだ、だから気にすんな、お互い様だろ、みんな誰だって辛い」
天龍を救った大淀もそう言っていつも後悔している。
だが、この後悔を後悔にしない存在は神様しかいないのだから、しょうがないのだ。
後悔にしないように、しかできない。
「なんで……」簡単に見せることが出来るのか、この眼の前の少女は、と八幡は理解不能だった。
たった少ししか話したこともないような人間に、出会ったばかりの人間に、そんなものは関係ないと気軽に見せることが出来る眼の前の少女に驚きを隠せなかった、恐怖に近い未知を感じた。
「なに、お前の見ている世界だって、きっとまだ全てじゃないんだ、お前を必要として、お前が必要としてくれるのを待っている人間が必ず居るんだ、絶対にだ、絶対に居るんだ、居ない世界なんて明日滅びればいい、こんな私にも居たんだ、だからとりあえず「ありがとう」って言ってくれよ、そんなに否定しないでさ、いい加減怒るぞ?」
「……ありがとう?」
「決まってんだろ、この天龍様やベルや武蔵がお前を格好いいつったんだぜ?お前は女にそう言われて男として礼の一つも言えねぇのか?ん?」
天龍はどこまでも無邪気そうな顔でそういった。
素直になれない幼い弟を優しく嗜める幼い姉のように。
それが出来ないなら親友のベルファストを任せられない、言外にそう言っていた、まだそれを知らなくても、それでも知らないうちに天龍は知っておきたかったからだ。
だが、違うだろう、出来るだろうと天龍は期待している、なにせベルファストの主になれる男なのだから、きっと途轍もない可能性を秘めた男なのだと信じているのだ。
八幡は察した。
それが、なんで、とか、どうして、ではなく、そんなことを考える暇なんて許されないことを。
そして人としての最低にならない為にも直ぐさま言い返す。
「みんな、ありがとう、褒めてくれて――ああ、褒められることには慣れてなくてすぐに礼を言えなかったんだ、悪かった、そして助かったわ、天龍、ありがとうな」
真剣に全力で天龍は八幡を助けようとしてくれたのだ、男として、未熟な小学生の男子のように女の子に対して素直になれなくて傷つけるような幼稚な失敗をしないように、普通の男になれるように手を引いてくれたのだ。
「おうよ、構わねぇよ、ただ単に男を褒めた女として、そういう返事が聞きたかっただけだからな、そんなビビるなって、こっちもいきなり変なもん見せて悪かったな、おいおい、まじでそんな畏まるなって!」
笑ってバシバシと八幡の背を叩く天龍に。
「……」
「ん?」
天龍がどんな人間か、コレ以外の言葉は見つからない、八幡はそう思って言う。
「お前の方が世界で一番格好良いだろ?男として生まれたことに自信をなくすまであるんだが」
こんな、凄いやつがこの世に居ただなんて思っても見なかった。
自分の瞳が輝くような気がするほどに、世界の広大さを感じ取った。
痺れるほど、この眼の前の少女は、村瀬天龍は格好いい人間だった。
「当然だろ!この天龍様が格好良いのは当然だ!」
三話 なんて素敵なジャパニーズ 前編 了