幕間3
お昼休み。
C組とF組の合同の体育も終えて制服に着替えてお昼ご飯を食べる、平和な高校生のお昼休みだ。
天龍、武蔵、ベルファストの3人は以外なことに昼は各自別々に食事をとることが多い。
武蔵は学食で最低5品目程度を一気に注文し、学食の4人席を丸々占領して食事をとる、なんていう総武高校ではかなり有名な光景を作っている。
天龍は天龍で体育の授業にトイレから戻らず、どうやら制服に着替えないでジャージのまま購買食品をフライイングゲットしにいったらしく、そのまま何処か好きな場所で食事を摂っていることだろう。
ベルファストの場合、お昼休みは家庭科室でお茶を淹れて、手軽な茶菓子を嗜好品として摘むくらいで食事を終えることが多い。
3時から5時の間のアフタヌーンティーには早く、どちらかというと11時のモーニングティーに近い時間だが、1人で優雅なティータイム、それがベルファストの学校での楽しみのひとつだ。
やはりこういうお菓子が紅茶に合うんですよね、などとベルファストは家庭科室に置いてある、シンプルで白く美しい小皿に、家庭科準備室にこっそりと自分用に常備しているルマンド、バームロール、オールレーズンといった昔ながらの茶菓子の定番ともいえるお菓子を全て2個ずつ程度小包から出して軽く見栄え良く配膳し、ベルファストが一番好きな紅茶、「マルコポーロ・マリアージュフレール」を白いカップに注ぎ一緒に戴く、それがベルファストのこの高校でのお昼休みの密やかな楽しみだった。
しん、とした沢山の家庭科の授業専用の打ちっぱなしの机が並ぶ中、棚の食器や栄養素について描かれたカレンダーに眼を通しながら静かに紅茶の香りをゆっくり味わいながら、ルマンドのサクサク感、バームロールのしっとり感、オールレーズンの酸味を交互に味わう。
午後の太陽の光が作る教室の優しい影、グラウンドや中庭の遠い喧騒、窓を明けて取り込んだ空気がベージュ色の教室のカーテンをゆったりとした風で膨らませる、そんなとても美しい光景にベルファストは微笑みを浮かべる。
きっとご主人様も気にいるだろう、この光景をいつか一緒にと常々ベルファストは思っている。
お茶を飲んで片付けた後は次の授業が始まるまで学校の図書室で借りてきた、学術、風習、民俗、伝記やその他諸々、最近では古典文学作品を理解りやすく解説、現代語翻訳をしている角川ソフィア文庫の書籍などに眼を通すことが多い。
どちらかというと楽しみで読書ではなく、知識の幅を広げてメイドとしての教養を養う常日頃の努力の一部だ、時には最近流行りの野菜ソムリエなどの資格取得の為の勉強などに昼休みの時間を当てていた。
こうしてゆったりと贅沢な昼休みの時間1人過ごせる、これだけで去年家庭科部を発足した甲斐があったというものだとベルファストは思っている。
家庭科部部長としてやることは多いが、元々ベルファストがいつもやっていたことのお遊びのようなものである。
二名しかいない学年上の女生徒からは去年の後期から部費が出る活動になったことでとても感謝されていて、こうして好き勝手にしても誰も文句を言わないし、そもそもベルファストの行為を悪いことだと指摘する人間はこの学校にはいない。
居るとしても家庭科の授業の担当の鶴見先生だが、ベルファストは家庭科部を発足し、さらに管理衛生資格や調理師などの資格を持って顧問代理として全ての面倒事をやってくれるので顧問としてどの部活動顧問よりも楽をさせてくれるという彼女のお気に入りの素晴らしい生徒だ、顧問についたことで教師間で起こる様々な面倒事を部活動顧問であるという名目でカットも出来ているので感謝されているくらいだ。
もう、一年経つんですね、とベルファストが一人呟いた。
家庭科部発足して一年の歴史をベルファストは思い出す。
元々は武蔵が趣味の裁縫を活かせる手芸部に入ろうとしたところ、進学校のこの総武高校にはそもそも家庭科部すらなく、全て同好会以下だった。
とある事件を機に折角なので高校生活で友人を作れずグループ形成に失敗し、クラスに馴染めず孤立気味な女生徒たちの居場所もついでに作ってみようと武蔵が言い出したことから家庭科部が発足されることとなった。
女性に優しい紳士を目指している武蔵がそのような女生徒全員を天龍を引き連れ口説き落として周っては部員を集め、家庭科の先生の名義を借りて、そこで名探偵コナンくんばりに様々な場面での実用に耐えうる家庭科に特化したような資格を多く所持しているベルファストを代表として立てて家庭科部を発足したのだ。
それがこれからも続くだろう総武高校の家庭科部の成り立ちであったという。
部長のベルファスト自身は基本的に常に裏方作業であまり姿を表さず、放課後はいつも1人で学校の用務員の迷惑にならない程度の範囲で空き教室や廊下の掃除などを好き勝手にして過ごすのがベルファストの部活動だ。
そして普通の学生には面倒な部活動の活動に携わる申請書類の作成や部費の計算、備品の管理、部費の予算案作成、その他様々な雑務を全て1人で担当している。
副部長の武蔵は甘い物が苦手で甘い香りですら目眩がするくらいなのでお菓子作りなどの活動には触れず、裁縫担当のリーダーとして部活動に参加し作ったぬいぐるみなどを孤児院や施設に寄贈している。
家庭科部設立で特に気を使ったのは家庭科部にありがちな「食べるだけの生徒、ただ居るだけの部員」を作らないようにすると同時に家庭科部のこれからの部費要求の強い予算獲得理由や存続の要として今年から実績づくりの為に毎年日本全国で行われる「高校生日本全国スイーツ・コンテスト」などに部員の出場を決め、定期的に廃油で作った石鹸を福祉施設に寄贈したりなど地味だが活動的で生産性のある意味を持つ家庭科部を創っていた。
天龍も家庭科部に入部しており、天龍は天龍でその運動における上達能力を生かして学童スポーツ保育などのボランティアに率先して参加し、楽しんで小学生にサッカーなどを教えて遊んだりしている。
ゴールを決めて小学生たちと抱き合って笑っている天龍の姿は完全なる尊い美少女である。
そんな活動が半年以上続き、ついに高校受験生向けの広報誌やホームページにはでかでかと総武高校の家庭科部の活動が今年から載った。
地味な快挙であった。
家庭科部がこうした活動を続けていく部活動としてこの総武高校の伝統的な部活になればいつかはきっとつまらない地方テレビ番組にでも紹介されることになるだろう。
当然である、本職のプロの家政婦長、つまりメイド長がこの総武高校にいるのだから、当然の結果だ。
なんて、ベルファストの渾身のドヤ顔が浮かびそうである。
そして部活動予算がかなり潤沢で、他校の家庭科部に比べるとかなり恵まれた部活動が出来ていることがこうした活動の原動力であった。
高校生の少ないお小遣いから部活動に関する消耗品にあまりお金を使わず済むからだ。
一般的に家庭科部はそのような個人個々の自腹を切った支出が多いのだが、ベルファストがある学校改革にこっそりと着手したおかげで多少部費での補填がきくようになった。
「それにしても、まさか……あんなにも凄いことになってしまうとは思っても見ませんでした」とベルファストが独り言を呟いた。
ベルファストが去年の全部活動の部長たちが出席する後期の各部活動予算を決定する部活動予算運営会議が始まる数ヶ月前に他の文化部と交流を行い、彼らと結束して文化部予算獲得連盟を樹立したことから始まる。
神々しいほどの美貌を携えたイギリス人美少女の新入生が気さくに文化部を回って交流を深めようとするので全てが凄まじく潤滑に進んだことで樹立には数日もかからなかったそうだ。
ベルファストが各文化部に予算獲得の為に各文化部のこれからの予算運営方法、これから実施していく社会貢献活動などについてプレゼンテーション資料などを作らせて学校側に提出させたのだ。
パソコン部や文芸部を主導とした社会の企業でも通用するようなクォリティの高いプレゼンテーション資料をパワーポイントで作ったのだ。
そしてそれが学校側に認められたのである、今までにない革命的な手法だったそうだ。
ベルファストが個人ではなく、あくまで文化部予算獲得連盟がだ、ベルファストが全て裏で事を運んでいたが、きっと誰一人として、そもそも誰がどうして文化部予算獲得連盟を始動したのかさえ覚えてはいないだろう。
運動部と文化部の予算についての差別がひどいと他の文化部にベルファストがその神秘的な美貌を使って気さくに冗談混じりで言うのだ。
イギリスでは学生達はこうしてます(嘘)
運動部は明るくて、文化部は根暗という扱いで学校は予算を決めません(嘘)
イギリスではこのような方法で学校や社会に認められる部活動を行っていますので必要な予算が下ります(嘘)
日本はこうしたことはしないの?(こうしてる国あるのかな?)
なら日本の学生もやってやろうじゃないか、みたいな気風が勝手に出来上がったのだ。
ベルファストは勝手に出来上がるように場を整えたりしただけである。
ベルファストは主犯であって主犯ではないのだ。
ベルファスト本人もそこまで深く考えてはいなかったらしい「普通会社とかそうやって予算を貰ってプロジェクト進めるよね」くらいのノリだったそうだ。
家庭科部の予算が少しでも増えるといいな、と思って動いただけだ。
なにせ家庭科部の最初の前期予算がなんと2千円だけでベルファストが「缶ジュースをみんなで一本買うくらいしかくれないのか、所詮趣味でしかない文化部だから自腹を切るのが当たり前という風潮?」とちょっと腹が立ち、気になって調べると文化部全体がそんな感じだったらしく、そこで冗談としてベルファストが文化部予算獲得連盟を考え付いたのだ。
高校生の少ない小遣いで自腹を切らせるようなことをするというならば、コチラにも考えがある。
上手く考えて沢山持ってる場所から削りとってやろう、と。
元々文化部というのは学校内で完結した活動が多く、常に学校の中でしかその活動が行われないことが多い、所謂根暗なイメージを持たれやすいし、学校側にとっても意義のある結果も実績も残らないから、学生の根暗な趣味扱いで予算を雀の涙程度しか渡さず、学校にあるものだけでやりくりしろ、他は自分達で自腹を切れ、というシステムだったのだ。
しかし、ベルファストはこれからの文化部の部活動をボランティア活動に比重を多く置くことで、そのイメージを払拭させることにした。
ベルファストの予想の範囲内で事は進んでいった、まぁ5千円でもいいから文化部全体に予算が少しでも増えると良いかな、くらいのつもりで進めていった。
影で上手く事を運べたのは外国から日本に入学してきたばかりのイギリス人のベルファストが日本の部活動の運動部と文化部の格差について完全に把握し、さらに予算獲得をするために必要な日本の学校が好きそうな綺麗事に詳しいなんて誰も思わないからだ。
バレたらブリカス扱い間違いなしである。
そしてついに、これはお金が絡むことなのでそうした努力をしない方が悪いという形で今年からは運動部も予算獲得のプレゼン資料を作る様にしなければならない新しい決まりが学校に出来るかもしれない、という噂が流れた。
文化部も考えたもんだな、くらいの学校側の軽い見直しだ。
そこまでは良かった。
まだ次回の予算獲得が楽しみになってきたくらいだった。
そこで楽しくなってきたベルファストは予定を予定で終わらせずにもっと予算獲得が上手くいくように「どうでも良いから今すぐとにかく近所の町内会の大会でもいいから適当な大会へ出場してとにかく優勝を目指せ」と短い活動目標を持たせて、そして「とにかくなんでもいいから自分達が得意なことでもいいから本当に何でもいいからとにかく人の役に立つことならなんでもいいからボランティア活動しろ」と全ての文化部に早い実績作りとして好きなことをやらせたところ、ある変化が起きた。
ここから、ベルファストの予測の手から全てが離れてかっ飛んでしまった。
ベルファストの誘導通りに文化部全てが自分たちが得意なことで社会の役に立つことをしただけで大騒動となったのだ。
ベルファストは油断していたのだ、文化部に凝り性で個性的な人間が多かったことを把握してなかったのだ。
例としては、パソコン部の場合。
各自治体における小さな施設などへのボランティアでのホームページの新規更新を実施。
自治体が運営するホームページは未だに古いホームページソフトで作成されたホームページが多く、そしてなによりもつまらないサイトが多い。
最初に業者に任せて作ったものの、以降、更新を担当する人間もいつも手間取って滅多に更新されなかったり、そもそも更新をしない場合が多いそうだ。
そうしたサイトの一新を高校生達が行うのだ。
かなりの依頼が総武高校に殺到するようになったという。
目新しく、そしてやる気のない業者が作ったサイトよりも何倍も面白味がある地方自治体のサイトがいくつも作られていった。
社会貢献としてはかなりのもので、感謝の声もネットを通して広く集まり、長く形にも残る素晴らしい実績となったらしい。
ただ、高校生の負担が大きくなるのを防止するためサイトの最初のリニューアルのみと明言しており、ホームページ作成の数も部活動の年間行事予定として全て前期に締結しておき、それ以上の負担は行わないことにしたという。
インターネット・サーフィンしかしないような部活動からとても生産性のある部活動へと変わったそうだ。
次の例は漫画イラスト部
特に根暗とされ、内部での自己満足で終了し、文化祭などで冊子を毎年作って終わる場合が多い部活動らしい。たまに個人が同人活動などをする場合が多いらしいがそれはあくまで個人の活動だった。
簡単なことで様々な自治体のイベントなどで作成されるチラシ作りの為のイラストの依頼を業者の代わりに高校生の部活動がボランティアとして受けるようになったのだ。
これも依頼が殺到するようになったという。
業者や自治体で作るよりも地元の高校生がやってくれるという地域交流の気配がありそうな温かみが凄まじく受けたのだ。
学校に地元の商店街や町内会からのお礼が沢山届くようになったという。
家庭科部が大体処理を任されるらしい。
文芸部は老人ホームに突撃して和歌の歌会ではなく、俳句の歌会、つまり句会に参加した。
参加依頼がひっきりなしに来るようになり、他の県からも依頼が来たそうだ。
ただの大会参加でも若者が来るだけで十分なボランティアになるらしい。
総武高校文化部ではこうした学生が専門技術者として社会人の真似事をするボランティア活動が盛んになったという。
部活動予算運営会議前に勝手にみんなが凄い実績作りをやりだしたのだ、何故か。
こうした活動の素早い実行速度はベルファストがふざけて文化部予算獲得連盟なんてものを作って結束させ協力させるようになったことがきっかけだ。
部の枠内を越えて、様々な人間たちがお互いに協力しあってボランティアをするようになってしまったのだ。
そんな文化部のジャンヌ・ダルクなベルファストは一応家庭科部として予算獲得連盟の集まりの度に文化部への差し入れのクッキーを大量に家庭科部の女の子たちと作ったりもしていたが、それくらいしかしていない。
つまり学校内では感謝はされず根暗扱いされる行為が外の世界ではとても感謝される行為になったことで自分たちの技術に自信も持つようになり、それがきっかけで自尊心が芽生えた彼らが自分たちでスキルアップを兼ねて校内を越えて、さらなる社会的な称賛を求めて積極的にボランティア活動を進めていくようになったのだ。
案外、イギリスから留学してきた元メイドの美貌の女子高生という謎の多属性の手作りのお菓子が食えるから文化部男子が頑張っただけかもしれない。
徐々にそうした総武高校の文化部の活動が社会的に少しずつ認知されるようになったという。
地方新聞が大々的に取り上げたりもした。
学校側は寝耳に水で度肝を抜かれたことだろう。
毎日の謎の催促の電話や勝手になんか生徒たちが突然新聞のコラムに載って称賛されまくったりしたのだから。
スポーツ故の無慈悲な勝ち負けがある部活が運動部と違い慈悲深く勝ち負けで結果が左右されない故に拘束時間が長く厳しくハードな練習もないし厳しい先輩後輩の上下関係もなく厳しいレギュラー争いもないので常に平穏で争いも揉め事もあまり発生しないのが文化部であった。
少しだけ真面目にやりさえすれば決まりきった評価が確実に貰えるし、そもそもお金もかからないボランティアはそんな忙しくない文化部にマッチしやすい。
試合の予定で休日が潰れることなんて文化部にはないからだ、そして暇を持て余した学生が多い。
そもそも文化部なんてのは暇を持て余した学生たちの集まりが多くそんな学生の暇を潰すためにはボランティアはもってこいである、相手側からお礼として飲食が提供されたりもする場合も多いし、タダで遊んでご飯も食べれるしとイイコト尽くめにしかならないボランティアも中にはあるのだ、そしてなにより偉い大人たちから立派な高校生だと感謝されて気持ちも良いのだ。
自分達の学校では無意味、無駄と馬鹿にされていた力によって学校の地味で暗い世界から賞賛ある明るい世界へ歩き出せることに気付いたのだから、本当に素晴らしいことだ。
学校側がそうした技術を持つ、暇も持て余す文化部の学生が可能とするギャンブルのような勝ち負けのない安定した力に気付いた。
こうしたことで綺麗な真新しい設備と進学率だけが取り柄な総武高校の少子化が進む中でのこれからの新入生獲得への学校のイメージアップの光明のひとつをこれからの文化部の活動が担うのだと学校側が強く認識した。
生徒達が自治体からの感謝状の表彰など何度か行われるようになってしまい予算の大幅な見直しを始めるしかなかったのだ。
始めないと文化部に対するケチな学校側の対応に社会的非難が来たり自治体やPTA からのクレームが来たりするかもしれないと酷く恐れたからだ。
ベルファストは別に学校や運動部に喧嘩を売ったつもりはなかったし、まさかここまで文化部の人達がやる気を出すとは思いもしなかった。
運動部の予算を少し文化部にわけて欲しい、それだけであったのだ。
そして運動部は運動部同士ではそうした社会的な認知度を高める実績を積む力がなかった。
総武高校は運動部は弱いからだ、そして結束も出来ない。
そもそも運動部は運動部で互いにグラウンドや体育館の使用スペースなどで揉めることが多い。
毎年高体連が同時期に行われる、故に互いの練習時間の確保で必ず揉めるのだ。
しかも運動種目によって掛かる金額が全て違う、予算の配分がサッカー部よりも野球部の方が元から優遇されていたりもする。
運動部同士で仲が悪いのである、元気な高校生だ、仕方がない。
纏まりようがなく、纏まっても後で必ず揉めるのだ。
ある程度の段階の信頼を文化部が獲得していれば予算運営会議の監督をしている教師が言うのだ「そんなに揉めるのなら一切揉めない文化部に多めに今年は渡すぞ」と。
そして最大の弱点としてそもそも、ボランティアが出来る暇人が運動部にはいない。
基本リア充なのだ、それに部活動のハードな運動で疲れてるのに休みの日もボランティアをしたがる物好きがいるわけもない、遊びたい盛りの高校生だ、しょうがない。
つまり、貴重な休みの日に老人ホームにわざわざお菓子を食べるためだけにいくような暇人が運動部にはいないのだ。
文化部には沢山いた。
そして文化部は元々全体的に予算の配分がどんぐりの背くらべ程度だった。
一万円を超える予算を貰っている文化部がそもそもないくらいだった。
自分たちの高校生の少ない小遣いから自腹を切って運営をしていた部活動もあるくらい貧乏だったので貰えるだけ喜ばしいし、最初から揉めないように互いの必要額を相談しあってもいた。大抵皆オタク友達やオタク仲間が多く横の繋がりが深かったので後で揉めることはない。
仲が悪い部活もあまり居ない。
家庭科部がそんな非リアな彼らに女子高生の手作りお菓子という燃料をときたま投下していくだけで、彼らは喜んで家庭科部に予算を多く分配してくれた。多少の下心はあるようなので、この騒動が終わったあとも家庭科部がたまにお菓子を彼らに作るようにしている。
それだけで家庭科部は文化部予算獲得連盟の盟主扱いらしい。
結局。
運動部の方が元々の部員の活動数も多くお金のかかり方が違うので、元々部員が少ない傾向にある文化部が必要な額なんて運動部に比べれば大した金額ではなかったことで決着がついた。
予算全体的にみるとかなりごっそりと運動部から削れたが配分すると大した問題でもなかったのだ。
野球部が前年65万円で新聞部が前年8千円だとして、今年度は野球部62万円、新聞部3万8千円になったとしても、額面を見た人間からそこまで不満は出ないのだ。
ちなみにベルファストは予算獲得連盟から吹奏楽部は運動部扱いで外していた、下手な運動部よりも運動部をしているからである。
そう「運動部の予算が全体的に少し減らされただけでまともに活動できる程度の額が文化部が今年から貰えるようになった、良かったね」くらいでなんとか終わったのだ。
運動部の部長達は相当焦っていたそうだが、多少我慢が増えるくらいで済んでホッとしたことだろう。
これからは面倒なプレゼン資料作成に頭を抱えることになるだろう。
「大会で勝てないのに実績を作る」という重いテーマに挑まなければならないからだ。
結局後期の文化部の予算は他校の文化部よりも遥かに多いと思われるが、大したことでもない。
しかし、運動部には不満はそれでも残るだろう。
運動部は弱くて社会的に全く役に立たない部活動扱いをされたのだから。
そして不可能に近いプレゼン資料の作成の宿題に皆、頭を抱させられていく。
「文化部が余計なことをしたせいで」
その言葉が一度出れば大変なことになるだろう。
だがベルファストは勿論手を打っていた。
「文化部は予算が多く貰えるようになったからこそ、これから我慢してくれる運動部にきちんと感謝しよう」とベルファストが運動部から不満の声が上がる前に文化部全体を言葉巧みに動かしていた。
本人は巧みに動かすつもりもなかったが動かさないと学校崩壊もあり得そうなので巧みに世論を操作したらしい。
無駄に恨まれたら文化部の人たちもかなり嫌だろうしそれに付け加えて「こっちの予算が増えたことで運動部の気の荒い方達に恨まれないようにちゃんとお礼をして感謝しておこう」と文化部の部長達に特に注意するように言ったのだ。
文化部の部員達も体育会系の部員たちには絶対に恨まれたくないのでかなり感謝をして煽てたそうだ。
朝の朝礼やらを利用して校内に感謝の声を広げたりもしたし、新聞部や放送部が特に頑張った。
そんなこんなでみんなが納得する魔法のことば「貧乏なのが全て悪い」という風潮も作り出した。
もし運動部に予算のことで後で文句を言われたら、逃げ道としてこう言えばいい、などとベルファストが各文化部の人間にアドバイスしていたお蔭で出来上がった風潮らしい。
「みんな」という言葉には島国で単一民族の日本人にはよく効く強い魔力が宿るとベルファストは微笑んで彼らに言った。
冗談ですけど、ね、と前置きし。
「みんな我慢している、だから―――」
「みんな一生懸命にやっている、そこに運動部も文化部も違いは―――」
「みんなそれでも頑張ってる―――」
「もともと文化部のみんなは少ない予算で―――」
「みんなで助け合うのが立派な高校生――」
「みんな同じ学校の生徒で平等な筈――――」
日本の方はそういう言葉が苦手な遺伝子があるんでしょうね、と。
千年以上他の民族と争わずそれゆえに侵略もされておらず、他の民族と血も混じっていないからこそ、そういう結束の言葉に弱いのだ、と。
一度使ってみてください、きっと効きますから、そう言ってベルファストは文化部の人間に他人から受ける文句を防ぐ魔法のことばを教えた。
流石にこのワードが含まれた言葉を言われると大抵の人間が一度決まったことに対して不平不満を言うケチな人間だと他人から非難されたくないので言われるとすぐに黙ってしまうらしく、文化部の人間たちは運動部に恨まれないように三枚のお札の呪文のように必死に唱えたそうだ。
かなり効いたらしく、効果を実感した文化部の人間たちはそんな美しいベルファストに這い寄る狂気なホラーを感じたらしい。
さらにベルファストが効果を実感する前に冗談で言っていた「なら、逆にこれが悪いことに使われれば、どうなるんでしょうね?」という言葉が後々になって「そういえば」とかなり恐怖心に響いたらしい。
少し怯えながらその冗談を聞いていた人間がベルファストにそのことについて問うと手品のタネを明かすように日本人の傾向について詳しく書かれた書籍を彼らに教え、最後に「だからこそ、ちゃんと自分自身の意見を持ちましょうね、みんな、という名前のない怪物に負けないように」とやんわりと言われて深く感心したそうだ。
でもやっぱりどこか怖いと思ったらしい。
そして運動部でも変化が起きていた。
一年後、つまり今年からだ。
前年よりも予算は減ったというのに、予算の無駄遣いが何故か減ったことで予算に余裕が増えたような錯覚を起こす運動部が増えたそうだ。
つまりだ、運動部にも部活動の予算運営のプレゼンの準備をさせることで運動部の予算の見直しも同時に行わせたのだ。
平和的解決である。
誰一人不幸にならない結果をベルファストは作り出したのだった。
そして、少し間違えればみんな不幸になっていたかもしれない、横に居た武蔵はそう思い「こいつ前世でなにやってたんだ?凄腕の詐欺師か悪徳宗教の教主?」とか思ってさらに気づく。
まさか、ご主人様がひとりぼっちのまま、まだ一度も誰かと笑えていない、そんなくだらない学校なんてご主人様には必要ないから一度壊してみようとか思ったんじゃないだろうな?こいつ、と寒気がしたそうだ。
本人はそんなつもりはない。
そのつもりがあったら、もっと目茶苦茶にしているからだ。
しかし、恐ろしいのは此処までの問題を引き起こしておいて、周囲は最初から最後まで「ベルファストさんは美人だけどなんかマイペースで気さくでお茶目な人」で済ませてしまっていた。
どこか腑に落ちない近寄りがたい存在感を残して。
本人もマイペースに好き勝手やってるつもりなのでその評価は違わないし、最初から悪気もない。
冗談で始めた予算獲得連盟やら冗談でやらせた文化部ボランティア革命やら、様々な台風を起こしておいて、まるでその台風の中心だからこその無風なまま本人は飄々と凪いでいる。
クッキーを作ることくらい以上はせず、家庭科部の雑務をこなして学校の掃除をして過ごしていただけで家庭科部の予算を増やしてしまったのだ。
プレゼンやらもクッキーを代金にしてパソコン部についでにやってもらっていた。
冗談交じりで「やってくれたら、クッキー作ってあげますから」くらいのノリでクオリティが高いのを用意して貰っていた。
そんな、あまりにもなその影の凶悪なアジテーターぶりに武蔵はベルファストをかなりの危険人物だと去年から再認識するようになったという。
「メイドはメイドはメイドは」
「今日のご主人様がですね、屋上でマックスコーヒーをまた飲んでいてですね、ご主人様がご主人様が」
ベルファストが自分の真のご主人様を見つけてからというもの、毎日ストーカー地味た行為を行って毎晩する自慰の喘ぎ声で五月蝿いだけの夏場の蝉のような狂人になってしまったかと思って武蔵は軽く済ませていたのが良くなかったのだ。
去年、ご主人様に出来ない奉仕の代償行為のように一緒に暮らしている武蔵に無駄に奉仕をしてくるので「奉仕され過ぎてこのままだと駄目人間にされてしまう」という危機感を覚え、武蔵は村瀬家にすぐに引っ越した。
武蔵にとってはそこまでは良かったかもしれない。
だが、それがベルファストにとっていけなかった。
本当にベルファストとしてはここまでの事態が起きるとは予測はしていなかったらしい。
やろうと思ってやるのは別だが、予測出来ないことに驚いたのだ。
故に「武蔵が居なくなってメイドとして満足出来ないストレスが溜まる生活を半年近くしていたので、消費出来ずにいた私から溢れ出るメイド力が周囲に被害を与えたのかもしれない」と本人はそれが原因であると本気で思っていた。
武蔵には「そんなのあるわけないだろうが」とよく突っ込まれる過去の出来事になってしまったが。
実はそれは本当だった。
つまりだ、つまり。
あります、メイド力。
メイド力とは?
メイドではなくメイド長つまり家政婦長は一般的に現場を動かす力、人に言うことを効かせる能力が高くなければ務まらない。
たった一言で現場指揮下のメイド達を上手に1人で操らなければならないのだ。
目の動きや身振り手振りだけで現場を動かす修行もメイド長を目指す者はする。
シェフに頼む料理を出す時間や、運転手に頼む急な移動予定の変更依頼など様々な場面で他人にお願いして命令することがメイド長の基本業務だからだ。
多岐に渡る他人を気持ち良く働かせる力、やる気のない人間ですら動かすほどの力を使いこなせなければメイド長にはなれない。
一度ベルファストは英国で最も優れていると呼ばれる家政婦長に出会ったことがあるが、彼女くらいのレベルになるとベルファストのように神秘的な人外の容姿や人外の力の後押しを全く必要とせず、自分自身が纏う「空気」で現場を動かしていた。
その方は己が持つ「空気」以外に自身の歩き方を極めているらしく場面場面によってわずかに歩行音を切り替えて使うことで自分の下につく他のメイド達に簡単な指示を出せるという技術を持っていた。彼女の下につくメイド達も当然ながらメイド長の些細な変化を感じ取れるセンスをしっかりと持っているという前提であるが、ベルファストは見ていて感心したものだった、世の中の広さに、人間の凄さに。
そのような小技と「空気」を組み合わせて使うことこそがメイドの極意なのだ。
そしてベルファストはやはり、と思ったそうだ。
メイド長として完全な存在になるにはやはり「空気」を会得しなければどうしようもないらしいと。
ベルファストの人外の力だけでも普通の人間のメイド長とはなんとか渡り合うことは出来る、しかし、それは己の性能に慢心しているだけだとは知っている。
なのでこのメイド力を手に入れなければ真のメイドには近づけないと理解したのだ。
イギリスに来た甲斐があったと、その時のベルファストの表情は挑戦者の笑みを浮かべていたそうだ。
そして「またデスカ、またベルファストがおかしくなったデス」と同居人に頭を叩かれた。
メイド力の一つ「空気」
昆虫が敵対者を発見したさいに使う仲間を呼び寄せる為に発するフェロモンなどとは違う物質に因らない力だ。
あくまで物質を介さず、他者と通じ合う能力。
その空気を纏うだけで、他人に指示を出せるという力。
それは第六感に近しい力であり、人間が退化させて忘れてしまった能力のひとつだ。
居るだけで他者を奮い立たせ、戦いを勝利させてきた歴史上の過去の猛将たちが使えていた力に似ていた。
合理化が進み、メイドたちが機械などに取って代わられていく世の中で新たに会得する者が少ないとされる真のメイドの秘奥のひとつであるとされている。
既に失伝しかけているそうで、世界中のメイドでも片手で数えられるほどもいない、らしい。
どちらかというとメイド技術よりもバトラー技術として残っている場合が多いそうだがそれでも数少ない力。
イギリスでベルファストはその技術を2年という期間で会得出来たのか?
当然、会得した。
ベルファストは生まれたときからメイド本能を持つベルファストなのだから、会得できない方が可笑しい。
ベルファストは自分自身でその「空気」があると理解した瞬間、既に会得出来ていたそうだ。
ベルファストはメイドの天才、当然であった。
結局、その「空気」とは一体なんなのか、それは持つ者で全てそれぞれ意味も答えも違う。
会得しても長い年月をかけてその技術をさらに研鑽しなければならないので他人にどういうものかと問われてもすぐ答えられるものでもない。
ただ、まるでそれは「空気」だから「空気」と呼称しているのだ。
ベルファストの意味や答えはかなり簡単だったらしいが、まだまだ自分自身でも未熟だと思っているそうだ。
しかし未熟でもその「空気」を会得出来たからこそ引く手数多のミセス・ベルファストとして英国において重用され、日本に帰国した後も高い年俸で未だに雇用依頼が来ているのだとベルファストは実感している。
そして日々研鑽を重ね、様々な小技を覚えている途中である。
その小技のひとつとして人をリラックスさせるヒーリング効果があると言われカリスマ指導者が持つと絶大な効果を発揮するという1/fゆらぎの声を獲得したとはベルファスト自身は思っていないが、メイドとして主人に与える声や言葉は常に主人にとって心地良く聞こえるようにするのが当然だと思っているので似たような力を持っていた。
聞いていて主人にとって不快な声を発するメイドなんて必要とされないからだ。
主人を観察し、主人の呼吸や鼓動にとって最も効果的な声を探して覚えなくてはならない。
最低レベルで主人の実の母が歌う子守唄くらい主人を安心させることが出来る、そんなメイド声が必要なのだ。
その声があるだけで主人がどんな苦境に立たされていても主人が奮い立ち逆転勝利を掴むことが出来るほどのメイド声が理想的である。
もちろん主人の側に立つのだから主人の周囲の人間にとっても心地の良いメイド声が必要である、主人の傍に悪意を持って近づく人間の悪意を削ぐようなメイド声は必須とされている。
故にそんなメイド力を無意識のうちに使ってしまい学校全体の空気を動かしてしまったのかもしれない、とベルファストは思っている。
既にベルファストの声は他人を落ちつかせる力があると大淀で検証済みで「ベルファストの声を一日に一度聞かないと何故か落ち着かない体になってしまった」と言われるほどの中毒効果は確認されているし、ベルファストの傍では不思議と意地悪や争いごとなどが軽減されるようであるとなんとなく本人も実感もしているし、周囲からもベルファストの傍ではイザコザが起きにくいと言われもしていたことがある。
ベルファストが特に技術として学んでいるのは、言葉とその声や呼吸の中に含まれていてそれと共に僅かに発せられる「空気」のコントロールなので、多分それが暴走してしまったことがあの騒動の原因だと本人は今になって思っている。
最近は足音の技術も練習しているらしく、頭の可笑しいヤバイ狂人と思われるので人には決して話さないが、ベルファストはいつも他人に使って練習している、本人はあまり足音の技術は限定的過ぎて必要ないと考えているので、お遊びの範囲だが、夜中トイレに行こうとした人間を足音だけで脅かすとか、そういうことに使ったりするらしい。
特に直感力が強い天龍が引っかかりやすく殺人鬼が自然に覚える殺意の足音を出すと、お泊りなどで天龍の後ろに立って使って遊ぶと天龍が無意識に戦闘モードに入り警戒する、そしてそこで姿を現せば「っ脅かせんなよ…なんだよベルかよ」みたいな会話が出来るらしい、逆に言うとそれくらいしか使い道がない。
足音の技術は英国一のメイドのように大理石の床などに合わせて特化させ研鑽しないと意味がないのだ。
そしてさらに今回の騒動はベルファストが自分自身が持つ、優れた容姿に関し少し無頓着だったのも原因だった。
この世界に現れて10年、去年で9年だ、その間は学生をせず、只管メイドとして1人の独居老人のような女性の下で働いていて、それから2年イギリスで取り憑かれたようにメイドとして我武者羅に働いた。
日本に戻り自分でときたまメイド服を来て「流石、私のベルファスト、クラシックなメイド服も似合いますね」とかやるくらいで、自分自身の容姿を自己満足で終わらせていた。
多感な十代の男女に対してその美貌にどれだけの力があることをまだそこまで知らなかったのだ。
今は適度に理解し、これからご主人様に雇ってもらうために最大限利用するつもりらしい。
故に、己のメイド力を自在に使いこなせるベルファストを雇おうと思わないご主人様はいないだろう。
そしてさらに一年かけてご主人様を比企谷八幡という男性の全てをベルファストは既にある程度、把握し終えたので、もうきっと逃げられないだろう。
なぜなら、比企谷八幡は既にベルファストの存在の全てが自分にとって好ましいものだと思い始めているのだから。
主人に合わせて自分自身をカスタマイズするのはメイドの嗜みである。
以上がメイド力の一部についてである。
そんなこんなで一年、他にも沢山の出来事があったが家庭科部は部員13名全員の居場所として上手く機能してくれているようで今の所、勝手に辞めても良いのにひとりも辞めた子がいないし、サボってもいいのに誰もサボらない、そんな楽しい部活動が出来ている。
続ければ続けるだけ日々の努力が学校側で大きくそして分かりやすく社会的に評価されていくことで最初は学校に居場所がなくて暗い顔で学校に登校しに来る女の子たちの確かな自信となったようで長期休暇でも部員が学校に来て家庭科室に集まって本当に楽しそうにしている。そんな姿こそがベルファスト達の影の努力の報酬である。
部員全員が家庭科部を自分たちで作った大切な居場所だと認識しているのだから嬉しいことであるとベルファストは思っている。
そしてこれこそがそもそものベルファスト達の家庭科部設立の狙いだったのだ、それが思わぬ勢いで斜め上にかっ飛んでしまったけど。
そんな中、一人だけベルファストの暗躍に気づいていたようだ。
総武高校生徒会長である。
なんでも、似たような先輩が前生徒会長だったらしいので気付いたらしい。
まるで2人は光と影みたいだとその先輩とベルファストを表現していた。
華やかに誰にも出来ないことを一人で為し遂げたという先輩。
それが沢山の人に評価されて今も有名らしい。
地味に誰でも出来ることをみんなで為し遂げたさせたベルファスト。
それが誰にも評価されていないまま、今も無名無実。
「ほら、光と影みたいじゃないか?どちらかというとベルファストさんが未だに影に隠れたままで終わっているのが少し危険な気がするけれどね、ベルファストさんは特に自分自身の影響力に無頓着だから注意した方が良いよ、ほんと注意してね、マジで、頼むからウチの学校を壊さないでね」
そんなことを去年卒業した生徒会長にベルファストは呼び止められて言われたそうだ。
そしてベルファストはその言葉に対し、返答としてその当時の生徒会長に対しメイドについて熱く語ったらしい。
もしかして私のようなメイド力を持った人間が近くに居たのか!この千葉県に!?とか興奮したらしい。
幕間3
「なんかあの時かなり去年の生徒会長にドン引きされた気がしますね、狂人か何かを見る眼でしたし」とベルファストが紅茶を飲み終えて一言。
そもそも誰でも出来ることを極めているのがメイドなのだから、影に隠れるレベルでそれが出来て当然だろう、とベルファストは一年前の記憶を締めくくる。
そして最近はいまのところ家庭科部は平和である。
来年、再来年、いつも一人で楽しそうに勝手に掃除をしている部長が実は多忙を極める部長であったことに残った部員達が気付き、次は誰がそんな部長をやるのか、それとも分業にするのか、と色々揉めそうな気がするが、それは次の家庭科部が決めることだとベルファストは思っている。
地味な部活のさらに地味で面倒な裏方作業が好きなベルファストのような物好きが現れる可能性は多分もうないのできっと確実に揉めるだろう。
一応ちゃんとベルファストが自分が居なくなっても良いシステムの準備もしているが、それはベルファストは秘密にしている。
そんな地味な仕事が大好きな名家庭科部部長のベルファストが紅茶を飲み終えて、カップなどを洗い終わって静かにご主人様の指や手の形や笑顔や声、髪の艶の色、目線、様々に全てを反芻して思い出して蕩けるような恍惚としてた表情を浮かべ先程ついに彼と握手して触れ合うことが出来た自分の右手を太腿からスカートの内側に添わせ―――家庭科教室のドアが開いた。
「メイド長いるー?絶対いるよね?」
「――っ!?」
メリハリのある整った可愛らしい顔つきの少女が小さな紙袋を携え1人家庭科教室に現れた、ふわふわしているロングの髪が愛らしい、元気なマルチーズ犬の風情を感じる少女だ。
ベルファストは努めて冷静な表情で家庭科室に入ってきた人間の名を呼ぶ。
そして自分がえっちな気分になったことを瞬時に忘れることにした。
「………ナル?」
彼女は今年の高校生スイーツ・コンテスト出場予定の部員たちのリーダーである、加藤鳴海という女生徒だ。
あだ名はナル。
漫画雑誌サンデーで連載されていた漫画「からくり・サーカス」の主人公を肖って父親に名前をつけられ、小さな頃から父親に中国拳法を無理やり習わさせたことについて、いつも腹を立てているらしいことが一部有名な元気で明るい女子だ。
北海道から千葉に一人進学し、親に反対されながらもパティシエを目指しているという家庭科部唯一の男子生徒との8年ぶりに再会した幼馴染同士の恋愛疑惑をかけられていて彼女は最近の家庭科部の恋バナの注目の的である
家庭科部の所謂ムード・メイカーな子で、ベルファストすら驚愕や呆然とさせる問題を過去にいくつも持ち込んできたことも家庭科部で有名。
例を挙げるなら
彼女の他の文化部の友人たちがシュールストレミングを夜の校内でこっそりと開けて異臭騒ぎになりかけていたそうだ。下手をしなくても停学問題である。
そんな時助けを求められた加藤鳴海が、一番掃除に詳しそうな家庭科部長を夜中に呼び出して隠蔽作業を手伝わせる、そのような事件ばかりを加藤鳴海はベルファストに毎回持ってくる。
ベルファスト自身は別に気にしないし、むしろ夜中も掃除が出来て嬉しいのでwinwinなので良いけど、普通の友人なら絶交するレベルで大変である。
そんな傍迷惑な友人である彼女の姿を認めるとゆっくりと座ったまま身体を向けるベルファスト。
「居たね、まぁいっつも居るよね……ん?なんか顔赤いよ?」
「気の所為ですよ、まぁ、少し日向ぼっこをしすぎたのかもしれませんね」
「焼いたら勿体無いよ?折角白いんだから、白人の人ってホントにそのまま火傷しやすいんでしょ、日本の日差しは欧州と違って強いから、長い日光浴しない方が良いよ」
加藤鳴海はテレビか何かで聞きかじった注意をする。
向こうはいいよねー、日光浴目的のオープンカフェの本場だもん、と言う。
「ええ、気をつけますよ、ありがとうございます、ナル」
「どういたしまして、でも、やっぱりなんか顔赤いね?大丈夫?」
結構鋭い子なので、少し心の中で焦るベルファストは話を変えることにした。
「それよりも、そういえば、ナル、どうかされました?またお腹でも減ったのですか?…もうクリームパンはないですよ?残りは3時間目の中休みに天龍に上げてしまいましたから、あと私のお菓子は絶対あげませんから」
問題をいつも持ち込んできて下手をすると廃部の危機にいつもベルファストを直面させて戦慄とさせる悪魔みたいな子だが、いつも他人の為にそうした問題を持ってくる彼女の面倒の後を片付けたりするのはメイドとしての腕が試されていた。
なので彼女のことはとてもベルファストは気に入っていた、性格もしっかりとしていて男勝りでまだ若くて綺麗な青い正義感が強い良い子で、天龍や武蔵もそういう所が気に入って一緒に遊びに行ったりもする同学年の別クラスの女子だ。
よく早朝に起きて一人暮らしのマンションで奉仕する相手が居ないせいでなにもやることがなくて暇なベルファストがホームベーカリーで暇つぶしで作ったパンなどをよく餌付けのように彼女に与えていたりすることがあった。
「そう、お菓子です…お菓子―――返してください、盗んだやつ返してください」
先月、楽しみにしていたプレミアム・ホワイトロリータを含む沢山のブルボンなお菓子たちが根こそぎ誰かに掻っ攫われたのはベルファストの記憶に新しい。
お昼休みに鍵をかけていた筈のお菓子入れのスチール缶をぱこりと開けたら何もなかったことに呆然とさせられ、思わず怒りでワナワナと震えたのも記憶に新しい。
なのでベルファストは問題児、加藤鳴海をみながら静かに言う―――お菓子返せと。
「あれを態々ピッキングまでして食べたのコウだし、私じゃないし、いや、そういうことで来たわけではなくてね?」
つまりは家庭科部部員のその件のコウという名の男子生徒にピッキングされてベルファスはお菓子を全て盗み食いされたのだ。
予告状もなしに犯行後のスチール缶に「ブルボン王朝の秘宝は全て頂戴した」と書かれた紙一枚残されて。
その時、ベルファストの脳内に「ルパンルパーン」の音楽が流れた気がしたという。
せめて予告状くらい出してほしかった、流石に必要ないと言ってもお昼に何も食べないのはちょっと虚しかったとベルファストは腹を立てながら思ったものだ。
あと様々な店を探してやっと手にいれたプレミアム・ホワイトロリータが被害にあったことで、まるで大事な果実がなった畑を猪などの害獣に荒らされた農家の気分にもさせられたものだった。
「あれは現場に残されていたピッキングで使ったと思われるあなたのヘアピンも証拠品の一つですよ、あなたも一緒に食べてたんじゃないですか?実は」
銭形警部というよりも、天才バカボンに登場するお巡りさんくらい暴力の引き金が軽くなり、ベルファストが家庭科部のお菓子作りの際に犯人の頭を無言で卵を割る道具にしたことで事件と刑罰は終息したが、共犯は見逃していたことをベルファストは思いだした。
決定的な証拠品は残された声明文を使った筆跡鑑定であるので犯人は単独犯としていたのだ。
「コウが私に罪をなすりつけるためにやったやつだから、それは」
「全ては貧乏が悪い」と言っては一切反省しないあの野郎もそうだが、私の見立てでは、多分知らないうちに彼にお前もそのお菓子を食べさせられていて共犯扱いにさせられているので、お前も共犯だ、とベルファストは目の前であたふたしている女子に冗談混じりでそう言う。
「そんなぁ……ちょっと貰っただけで…」
食ってる、やっぱり食べてた、この騙される峰不二子。
そして相変わらずそうやって騙されやすいからいろんなゴミのような問題を買わされたり拾ってくるんだ、この少女は、とベルファストは深いため息。
「でも、それくらいいいですよ、お菓子くらいではもう怒ってないですよ」
ベルファストは微笑みを称えそう言った。
正直、また七面倒の袋を山でもってこられるよりもマシであるし。
両親と喧嘩をしていて常に貧乏を強いられているあの欠食児童な男子生徒もまぁ、立派な淑女の1人としてはその程度のこと笑って受け入れる度量はあるつもりだとベルファストは思っている。「普段ナルを通してたまに食料をわけてやってたのに恩を仇で返したな」と少しカッと目元が熱くなる気がするが。
「良かった…」
ベルファストの言葉が冗談だと気づいて可愛らしく肩を下ろす少女。
「良くはないです、いい加減にしてください、次やったら、今年の修学旅行で清水寺の高台からあの男と一緒に叩き落としてやるつもりですから、怒ってはいないです」
一応釘を差しておくことは忘れない、ベルファスト。
「それまだ怒ってる……ごめんなさい…ってそうじゃなくてっ」
「では何用ですか?あなたが用もないのにお昼休みに家庭科部にはこないでしょう?まさか、また問題でも拾ってきました?犬猫を拾って来られるくらい迷惑なやつ」
ときたま、家庭科部員が眼の保養と言ってベルファストのもとでベルファストの顔を眺めながらお弁当を食べに来たりしてついでにベルファストの髪の毛を三つ編みにしたりと弄ったりしにくるが、加藤鳴海は学食派だった筈。
そして今日は家庭科部は活動する予定はない。
暇があれば毎日みんな集まって好きな事をしているが、週3か週2くらいにしているのだ。
この時点で問題の気配しか感じない気がベルファストはしていた。
これから今日、放課後にご主人様との一生の思い出となる大切な用事があるんだぞ、本気で勘弁して欲しいとベルファストは少し泣きそうになってくる。
あの野郎こと三条煌とこの加藤鳴海は昨年のシュル缶事件、文化祭飲食部門決定戦事件、校内蛇口盗難事件など様々なくだらない事件ばっかり持ってきやがるのだ、主に彼女とその三条煌が推理とかなんとかして解決している間にハイパー・メイドモードな私と静かに慌てている武蔵と爆笑している天龍が必死に隠蔽工作をしなくてはならないことが多い。
そういう大抵がバカバカしい理由で発生する「人が死なないミステリー系」は全く興味ないし、やめて欲しい、普段はいいけれど、いや良くない、でも今日だけはほんとやめて欲しい――――「よし、武蔵と天龍を呼びましょう」と携帯電話を開き始めたベルファスト。
2人にはお食事中のところ悪いが、私1人では手に負えないのだ、どうせ、いつか私達は巻き込まれるのだ。
すまない許してくれ、武蔵、天龍、一緒に地獄に落ちろ。
そんな悲壮感と乾いた表情を浮かべ始めたベルファストに鳴海は気づいて焦った。
「そうじゃないから!」
「黙りなさい、黙ってても毎回何かやらかすんですから、とりあえず黙っててください」
「違うから!」
今まさに連絡しようとしたベルファストの携帯電話を握る手を必死に加藤鳴海が止める、どうやら違うようだと理解して携帯電話から手を離すベルファスト。
「では、なんの御用でしょうか?」
「…あのさ、メイド長ってこの部活動やめないよね?」
今、メイド長がこの部活動やめたとしたら家庭科部がラピュタ並の空中分解するから、お願い、部長を辞めないで、コウのスイコンの為にも、と家庭科部発足のきっかけとなった少女に頭を突然下げられる。
それと一緒に北海道旭川銘菓の「蔵生」と北海道根室銘菓「オランダせんべい」が彼女の手からベルファストにそのお菓子が入った袋を2つ手渡される、どうやら賄賂か何かのようだ。
しっとりとしたクッキー、カントリーマァムをさらに新鮮なクッキーとして美味しくしたような「蔵生」とまるでたい焼きの皮をさらに食べごたえのある、しんなりとしたワッフルを美味しくしたような「オランダせんべい」はベルファストのお気に入りの北海道ご当地銘菓だ。
イギリスのただパサパサしていてジャムやクリームをつけても口の中から水分が急激に失われるだけの乾いた岩石を食べたかのような全く美味しくもないスコーンと違って一線を画するどころか国境が違うほど美味しいお菓子なのだ。
ちなみに加藤鳴海が言ったスイコンとは高校生スイーツ・コンテストの略らしく件の三条煌が残りの高校生活全てをかけて挑んでいるそうだ。
ベルファストとしてはただの予算獲得の名目の大会なのであまり気にはしていない。
加藤鳴海は何故かベルファストが静かに見守って応援してくれているとか思っているようだが。
「え?」
受け取ったら、逃れられないのだろうか、なんて思いつつ、大好きなお菓子を疑問の声を上げながらつい受け取ってしまうベルファスト。
「アレってメイド長のだよね?私たちに愛想つかしたんでしょ?この前の春休みのアライグマで…ついに…」
総武高校 春休みアライグマ事件。
それはとある女子生徒が春休み中に飢えて死にかけていたアライグマを偶然道端で拾って学校に連れてきたことを発端として春休み中に暇で取り敢えず集まってトランプなどをしていた家庭科部部員達がそのアライグマに餌をあげたりして可愛がりラスカルと名付けて放し飼いにしてしまったことでその内に生命力を取り戻し基本的に人になついたりはしない狂暴な習性を持つアライグマが校内を元気に野生そのままに疾走し暴れて大事件となりかけていたところたまたまその時ベルファストが部長として家庭科室の食材を見に学校に来ていたことで事なきを得た事件だった。
ちなみに武蔵と天龍が埼玉で別の事件「柊つかさ妖精事件」に巻き込まれて居たのでベルファストが1人頑張る羽目になった事件でもある。
今現在も校内で少し噂が残ってしまった事件であり、一応、偶然にも特定外来生物アライグマが勝手に校内に入り込んで家庭科室の食料を荒らしてしまったことにしたが、たまたまいた角川先生が隠蔽処理を助けてくれなかったらどうなったことやら、と不特定外来生物ベルファストが珍しく沢山の冷や汗をかいたという出来事だった。
アライグマ程度なら簡単に素手で捕まえることが出来るベルファストが居なければ普通に部活動停止の危機であった。
アライグマは人体に有害な寄生虫や感染症や病気を媒介する動物なのだ、そして普通に獰猛。
兵庫県ではアライグマに噛まれたりする被害も多くあったという。
アメリカでは人の死亡事故もあるくらい危険である。
ベルファストが関係者に後に強制的に病院に行かせたりしたくらいだ。
でもそれは家庭科部ではアライグマのぬいぐるみ、刺繍、編みぐるみを作ることも持ち込むことも現在固く禁じられているくらいでなんとか済んだ程度なことだ。
結局、残った春休み中のベルファストの身柄をひとりでいつも寂しい大淀に引き渡すという犠牲によって、部員たちのメンタルを守るために保健所で殺処分されないように大淀の財力でそのアライグマを故郷の大自然に返してもらったことで終幕を迎えた。
別にベルファストとしては彼女たちの無鉄砲な子供らしい懸命な動物愛護精神にはちょっと感動させられたので愛想をつかすことでもない。
少しはウィキペディアなどでアライグマの習性を予習して後先を考えてから面倒を見てくれ、そもそもラスカルが飼い主のスターリングに最後に森に捨てられたのはラスカルが成長して凶暴化したからだぞと本気で叱った程度だ。
かなり迷惑で面倒はあったが、迷惑や面倒の処理はメイドの本業の一つなので気にはしていなかった。
反省してもう二度と同じことをしなければもうそれでいい、そのくらいだ。
過去にメイドとして勤めていた先のセレブが飼っていた虎が蜂に刺されて暴れて逃げ出したのを捕まえた時よりは楽であったとベルファストは思っている。
「アレってなんですか?それ、違いますよ、家庭科部を廃部にさせるつもりなんてサラサラないですけれど、何か勘違いを?」
来年、再来年以降も続く立派な部活動に育て上げるのが、この学生生活のベルファストの目標の一つなのだ。
大事なご主人様のこともあるが、折角学生をやっているので思い出づくりの為に何か打ち込むことを見つけて実行する、それは今しか出来ないことだからとそれなりに真面目にやっている、もちろんベルファストは途中で投げ出したりはしない。
ここ一年で遠慮を何処かに無くして段々と個性的で愉快になってきた部員達のことも好きだし、今年入った後輩の部員も面白い子がいて中々楽しいのだ。
「勘違いされているのでは?」
「へ?勘違い?」
ベルファストはそれを否定しながら、静かに蔵生とオランダせんべいを自分の側にあった新しい丈夫な鍵付きの大きなスチール缶のお菓子入れに入れつつ言った。
前回、お菓子盗まれた時に詫びとしてもってこいと言っていた2つのお菓子だ、このまま貰っておこうとベルファストは鍵を閉めた。
「だから違います」
「だって!あんな名前の部活、メイド長しかいないよ普通っ」
「………なぜ、そのような発想に至ったか、ご説明お願いしましょうか、まぁ座ってください、紅茶でも淹れますので」
ベルファストそう言って立ち上がった。
そして紅茶の準備を静かに始めた。
「あ、やった、メイド長の紅茶だ」
「好きな時に飲みに来てもいいんですよ、人にお茶を淹れるのは私は大好きですから」
続く。
あとがき
オリキャラ
加藤鳴海 家庭科部員
三条煌 男子家庭科部員 北海道厚岸郡から千葉へとわざわざ私立の学費のかかる高校へ進学しておきながら、卒業したらパティシエを目指すと言って両親を激怒させ、仕送りをギリギリまで削られている。
文化部の部費について
大体こんな感じじゃなかった?
アニメ世界名作劇場
ラスカル 動物に対し責任を持って飼う事が出来ない駄目な子供の話そのまま。
フランダース 修正済み
小公女セーラー 地獄も沙汰も金しだい。
母を訪ねて3千里 ジャイアントロボのシズマ博士かな?
世界名作劇場って大抵ロクでもない所があって面白いよ。