練習というか、少し短めです。
うちはヒヨリは、決められた日時に、またとある河原へと向かっていた。
たん、たん、獣道といえるような山道を少年は急ぐ。
彼女と会った日から、寝不足が続いているせい少しだけ続いている頭痛に顔をしかめた。
それでも、出来る限りの速度で少年は足を進める。
そうして、少年は覚えている道筋をさっさと進み、目的の河原へとやって来た。
ぽちゃん。
何か、小さなものが沈む様な音がする。その音に、意識を向ける。
そうすると、河原には、燃える様な赤毛の少女が、手で石を弄びながら立っていた。
スライダーのような手の動きと共に、少女の手から石が放たれる。
それに、ヒヨリはわざとなのだろうかと考えながら、自分も出来るだけ平たい石を拾い上げた。
そうして、それを手で弄び、川に向けて放つ。
ひゅっと、という音と共に、石は数度跳ねて川に沈んでいった。
「・・・向こうに届かせるなら、投げた方が早いのにね。」
その言葉が何を意味しているか察しながら、ヒヨリはそれに応えなかった。百合は、気にしていないのか、くるりとヒヨリを振り返った。
「・・・・のんきなことしてるんだな。」
「まあ、暇だったから。これぐらいしかここで暇をつぶすのなんてないしね。」
簡潔な答えに、ヒヨリはため息を吐いた。そうして、隣りだった二人でちらりと互いを見る。
疲れ切った目に互いにため息を吐いた。
「・・・・それじゃあ、始めるか。」
「今日もかあ。」
二人がそう言って見下ろしたのは、数枚の地図だった。
「新しい情報は?」
「残念ながら。」
そういった二人は、はあとため息を吐いた。
悪魔に魂を売り果てて、それでもなお守れる物があるのならどうするのか?
ヒヨリにとってその問いへの答えは一つしかない。
もしも、知られればどうなるだろうか。下手をすれば、一族を追放されるか。
(殺されるのが重々だろうな。)
千手の人間と密かに会い、なんとか同盟にこぎ着けるための話し合いをしているなんて知った日には、父はどうなるだろうか。
いや、その前に、頭領の子がそんなことをしたと知れれば、次の戦で秘密裏に処分される方が確かだろう。
一族にばれれば、どれほど戦意という物はそがれるか想像に難くはない。
それでも、ヒヨリは選んだのだ。
裏切りに等しくとも、それでも多くの一族が生き残る道を。
いつか、滅ぶ血族のことを知っている。
肥大した自尊心と、駆り立てられた猜疑心、そうして信じられぬが故に殺された愛しい誰かの子供たち。
いつか、死んでしまうかわいい兄弟。
血縁の果てに、たった一人残される、寂しい子供。
そうして、一人で戦い、一人で憎み、わかり合いたかった友人と決別する、愛しい妹。
全てが変わらないわけではないのかも知れない。それでも、全てを変えなければいけない。
ずっと、一緒にいたいのだ。ただ、大事な誰かだけでも幸せになって欲しいのだ。
例え、その箱庭以外が地獄であろうとも。
だから、決意した。どんな業も、どんな怒りも、どんな憎しみも飲み干して、たどり着く場所に行かなくてはいけない。
ヒヨリは約束の日、約束の場所にやってきた。家族には少しだけ走り込みをしてくるとだけ伝えた。
追うものがいないのかできるだけ確認して、河原にやってきた。
そうして、そこには真っ赤な髪をした少女がいた。
「うっわ、ほんとに来た。」
発せられたそれに思わず頭を抱えたくなったヒヨリの気持ちがわかるだろうか。
「・・・・・来ることを期待してたんじゃないのか?」
「でも、期待はしてなかったからさ。私は、まあ一族でもみそっかすみたいなもんだし。いなくなってもそこまで支障はないけど。でも、あんた長男でしょ?下手な不祥事は本当に何人か首が飛ぶんじゃないの?」
「うちはの末路を知っていて、そんなことを言うのか?」
思わず出てきた皮肉気なそれに彼女は少しだけ悲痛そうな顔をする。そうして、軽く肩をすくめた。
「ごめん。でも、正直、話に乗ってくれるなんて思わなかったのよ。実際のとこ、やれることなんてほとんどないでしょ?」
彼女はそう言って、近くにあった岩に腰掛ける。
「ある程度、強ければそれ相応に発言もできるけどさあ。でも、結局年功序列なところもあるしね。そっちの場合眼の段階がもう少しよければそれ相応に良い感じだったかもだけど。私もなあ。チャクラが多いだけでそれだけだし。」
どん詰まりなのだ。結局の話。
それでも、どうにかしたくて、助けて欲しくてここにいる。
誰にも信じてもらえない未来の結末を、変えたくてここにいる。まだ、これが原作の話であるならば、それ相応に売れる情報も、あがける何かもあっただろう。
けれど、今はあまりにも不確定要素が多すぎる。
わかっている結末の時期さえも曖昧なのだ。千手百合はわかっている。
父は、きっと止まりはしないだろう。例え、己の息子たちの半分が死ぬとしても。
最終的に、千手は記録に残る。歴史にさえも残る。
原作では滅多に出てこなかったが、それでも木の葉の里に脈々と千手の血は繁栄し続けるだろう。
それを教えなくとも、滅びの事実だけを教えても彼はきっと信じない。今、目の前にある現実と憎しみだけを見つめ続ける。
きっと、それだけで父は満足する。うちはに勝ったのだと高らかにそういって死ぬだろう。
(くそだ。)
百合も、うちはについて忌避感はないわけではない。原作について知っていれば、その一族がどれほど爆弾を抱えているかなんてお察しの通りだ。
それでも、百合は目の前の少年にならば賭けて良いと思っている。
うちはの性質がどんな物で、尚且つ結末を知っている彼は誰よりも柔軟なはずだ。
信じるしかない、この選択肢しかない。
見捨てることだってできた。けれど、それでも、抱えてしまった情が、前世で背負った価値観が彼らを見捨てることを赦さない。
自分に無邪気に伸ばされるその手を振り払った瞬間、百合はきっと何かを捨てるのだろう。
人としてあり方というものを。
ヒヨリがすっと、百合の隣に立った。
「そんなこと、わかりきったことだろう。」
少年の、やたらと重みのある声がした。それに、百合はうろんな眼をする。五月蠅いとばかりに顔をしかめた。
ヒヨリは気にしたふうもなく、よっこいしょと彼女の隣にかがんだ。
「ばれればそれこそ一族への反逆だ。状況は更に悪くなる。それでも、俺の賭けにのるか?」
「何?名案でもあるみたいな口ぶりね。」
「ある。」
それに百合は怪訝そうな顔をした。それにヒヨリは淡々と言い切る。
「なあ、どんなことだろうと。死んでも成し遂げるぐらいの覚悟はあるか?」
問いかけたそれに、緑の瞳がじっと自分を見ていた。そうして、醒めきった目だ。
「だからこそ、ここにいる。」
「・・・下の奴らに誓って?」
そんな言葉を吐いたのは、自分たちにとって家名も、自分の名前もほとんど意味がないとわかっていたからだ。自分たちがここにいるのは、脳裏で笑う子供たちのためだけだ。
百合は全てを察したように頷いた。
「誓うわ。」
吐き捨てるようなそれに、ヒヨリは頷いた。それを期待していたからこそ、ヒヨリとてリスクを考えても彼女へ手を組むことを選んだのだ。
百合はじとりとした眼でヒヨリを見返した。
「それで、その名案ってなんなの?」
それにヒヨリは非常に言いにくそうに頬を掻いた。それほどまでに、自分の思いついたそれは突飛もなければ、そうして成功する可能性も低い物だった。
それでも、それこそが最短だ。
「案はシンプルだ。」
尾獣を味方にして世界自体をひっくり返す。
百合は眼をまん丸にした。心の底から、理解できないというように口をあんぐりを開けた。
そうして、口からほとばしった絶叫じみたそれにそっと耳を塞いだ。
両者の一族を同盟までさせるには、それ相応の影響力という物が求められる。
原作では、同盟が叶ったのはうちはの勢力がそがれ、且つ千手柱間がそれを求めていたからだ。
が、この現状ではお世辞にもきっかけさえも存在していない。
そこでヒヨリは思い出したのだ。
誰の味方でもなく、勢力なんてものさえもひっくり返そうな存在について。
「馬鹿だろ!?無理に決まってる!?」
「荒唐無稽の自覚はある!だが、これ以上の案があるか?」
その言葉に百合はぐっと言葉を飲み込んだ。
「それでも、どうするのさ。」
彼女自身、言いかえしたもののほかに案があるはずもない。その様子を察して、ヒヨリは更に言葉を続けた。
「未来についていろいろと情報は持ってるだろ?それを使えばある程度話もできるはずだ。」
「話って。してる間に殺されるんじゃないの?」
「まあ、温和なやつと接触を図る気ではいる。この時代なら、まだ人柱力もない。まだ、話ができるはずだ。」
「そりゃあ、一匹だけでも十分に一族への影響力はすさまじいけど。」
百合は考え込むように顔をしかめた。そうして、ヒヨリと顔を寄せてひそひとと話を始める。
「使えそうな情報ってなんだろう。」
「尾獣たちの未来は知ってるだろ?あいつらだって、最終的に十尾に立ち戻るなんてごめんのはずだ。だからこそ、早々と人間と組むことを進める。」
「それをどうやって証明するの?」
「六道仙人の話と、あいつらの個別の名前について知っていればそれ相応に反応は得られるはずだ。」
「そうね。今の時代ならまだちょっかいかけて来る奴らに切れてるだけでまだ、余地はあるかもだけど。」
そう言った後、百合はジト眼でヒヨリの方を見た。
「それでも、さすがにぶっ飛んでるなあ。」
「なら、降りるか?」
念を押すようにそういえば、百合は苦笑して笑った。
「いいや、乗るよ。」
どうしようもないことぐらい、わかってるから。
それに、ヒヨリはやっぱり目の前の存在が自分と同じ物なのだと理解する。どうしようもなくて、それでも生きるか死ぬか大ばくちに賭けている。笑えるほどの滑稽さだ。
それでも、そうするに足る理由があった。
互いに互いで言葉を多く語らないのはここに来た時点でとっくに意思など固まっていたからだ。
「でもさ、もしもこれでうまくいった場合。元々の筋書きってどうなるんだろ。」
「気になるのか?」
「いや、まあ。殺しあいってものがどれほど後を引きずるか。憎しみやらなんやらがどれほど心にとどまり続けるか。もう、理解できるから。」
おそらく、一番に激しい戦国の時代に生きているからこそ、わかる。
あの終わりは、そうそうないほどに綺麗な着地点だったのだ。
共通して、戦うしかない状況、敵。
何よりも、若い世代に戦争を知らない、ひいては憎しみを背負っていない存在たちへの転換期であったことが大きいのだろう。
自分たちの及ぼす影響というのは、後にどれほどの結末になるのだろうか。
そんなことを、考えて。
「余計なことは考えるなよ。」
思考に入り込んできた冷たい声に、思わず百合はヒヨリの方を見た。
赤い瞳が、彼女を見ていた。赤いそれの浮かんだ瞳が、じっと百合のことを見ていた。
「俺たちは神ではない。ただ、ここに入り込んだ異分子だ。己の優先すべき物を間違えるな。」
なにを勘違いをしているのか。
ヒヨリは立ち上がり、百合を見下ろしていた。逆光により表情はよく見えなかったが、それでも確かに無表情のまま自分を見下ろしていることはなんとなく察せられた。
百合は、それにまるで反射のように自分の前にある少年の脛を殴り飛ばした。
「ってえ!」
脛を押さえて座り込んだヒヨリと入れ替わるように百合は立ち上がった。そうして、彼のことを見下ろした。
「協力しようって時に、その目を向けてんじゃないわよ。」
叱りつけるようにそう言った後に、百合は眼を細めた。
そうして、しみじみと思う。
(こいつも、うちはであるのはそうなのね。)
赤い、冷たい眼が自分を見ていた。その目、その表情。どこか、何かが欠けて、ねじ曲がっている気がした。
(でも、狂っているって言うなら。私もそうか。)
弟たちを愛している。それは、ここまで育ってしまった情だ。未来を知っている。悲しむ弟のことを知っている。それでも、百合の意識は平和なあの時代から地続きなのだ。
そんな自分が、どれほど見捨てられないとはいえ、あっさりと命を手放す選択肢をしている。
それは正常なのだろうか。
わかりはしない。
それでも、決めてしまったのだ。なら、腹をくくるしかない。
「それじゃあ、尾獣たちの情報を集めていきましょう。どこに誰がいるかとか。噂話ぐらいなら、集められるのもあるだろうし。」
「・・・・ああ。その間、鍛錬も続ける気だ。ともかく、どれぐらいの周期で来るか。そうして、互いの暗号も考えよう。情報を互いに集めてすりあわせをする。そうして、誰に接触を持つかも話さないと。」
立ち上がったヒヨリはそう言いつつ、そっと百合に手を差し出した。百合はそれに怪訝な顔をする。
「・・・・形式みたいなもんだ。」
俺たちの間に、愛はない、友でさえない。それでも、俺とお前は同じ場所に行く。
「握手をしよう。忘れないために、愛でも、友にさえもなれない。それでも、忘れないためだ。」
なあ、共犯殿よ。
皮肉を効かせたそれに、百合は顔をしかめた。そうして、はあとため息を吐いた。
一瞬だけ躱されたそれには、百合にとってやたらと堅くて小さいように思えた。
この話自体、どうしようかと悩んでいたんですが。また、少しずつ考えて書いていけたらと思っています。
感想、いただける嬉しいです。