主人公が過ごす集落での日常。タジマさんがけっこう出てる。
忍の一族がいくら傭兵集団という位置づけでも、そうそう頻繁に戦が起こっているわけでも、依頼を受けているわけでもない。
ある程度の間は開けて戦をしている。
その日も、戦が終わってすぐ、平和なものだった。
朝、まず起きればヒヨリは簡単な鍛練をする。習った刀の型の復習と、それに加えて体術の練習。それを終えた後は、朝食の準備をするのがヒヨリの集落での日課だった。
(・・・・この時代って未だに竃使ってんだよなあ。)
火をつけるのは火遁を使えば済むため構わないのだが、火勢の調節には今でも苦心している。
母親は、一番下のイズナを産んで亡くなっている。そのため、基本的な家事はヒヨリが受け持っていた。現在九歳、といっても中身は中年の域に片足を突っ込んでいるのだ。支障はない。
そこで、背中でもぞもぞと動くような感覚に振り返る。ヒヨリの背には、一番下の弟であるイズナがおんぶされていた。
「・・・・どうした、イズナ、腹減ったのか?」
声を掛けつつ顔を見るが、どうやらまだ眠っているらしい。それにヒヨリはほっと息を吐く。眠っているという事は、まだおむつも食事も大丈夫なのだろう。
もう母乳等は卒業し柔らかめの離乳食に移っているので、今ではだいぶ楽になったものだ。
(前は隣りの人に貰いに行ってたからな。)
それに加えて、母がいないため、子育ては殆どヒヨリが行っている。タジマは族長の仕事が忙しく、下の弟妹たちに赤ん坊の世話をさせるのは恐ろしかったため自然にそうなった。
(最初は慣れなかったが、死ぬ気でやればなんとかなるよなあ。近所のおばちゃんたちにはほんと世話になったよ。まじで。)
今ではマダラに少しずつ世話を任せるようになったが、やはり心配は残る為、出来るだけヒヨリが世話をしている。
ヒヨリはそんなことを思いながら、簡単に汁を作る。丁度あった大根の葉っぱも味噌と一緒に煮込んでいく。
「兄様、なにか手伝う事ある?」
「ああ、マダラ、起きたのか?」
後ろを振り返れば、台所がある土間の手前の板間にマダラが立っていた。未だに少しだけ眠そうな様子に、もう少し眠っていればいいのにとため息を吐く。
「眠いなら、もう少し寝ててもいいんだぞ?」
ヒヨリの言葉に、マダラはその容姿に相応しく、むすりと口を尖らせた。ヒヨリはそれに思わず胸を押さえた。
(ちくしょう!可愛いな、おい!)
マダラと言えば、漫画やアニメにおいてどうしてもあのクレイジースマイルが思い浮かんでしまうが、元をたどれば顔がよくて有名なうちはの出なのだ。
(よくよく見れば、鼻筋通ってるし、肌白いし、目も切れ長だし、髪も癖っ毛だけど手入れすればめちゃくちゃ美少女だしなあ。)
ちなみにマダラの髪は現在背中まで伸ばされており、手入れもヒヨリがせっせと焼いていたりする。もちろん、その下の弟たちもどこに出しても恥ずかしくはない美少年に育ってきている。
(・・・・・・あの人にも、兄弟の中で一番似てる。)
今世でのヒヨリの母に、マダラはよく似ていた。そのせいか、タジマもよくに気にかけているように思う。
前世ではそれほど子どもが好きだった記憶はないが、懐かれれば情が湧くのは世の理だ。今ではせっせと世話を焼いている。
「これでも兄様がいないときは、私が家のことしてるのよ!?」
「あー、そうだな、分かったから。そう言えば、アサマとホノリは?」
「まだ寝てる。起こしてこようか?」
「いや、後で俺が起こしに行く。あと、手伝い頼めるか?」
「!何すればいいの?」
「魚の干物を焼いてくれるか?七輪の場所も分かるだろ?」
「はーい!」
ヒヨリが頼みごとをすれば、嬉々としてマダラは土間に降りてその準備を始める。
使いかけの炭が入っている小鉢と七輪、そして魚の干物。そして、口から火遁を吹いて火をつける。
(・・・・やっぱあいつ才能あんだよなあ。)
マダラはすでに火遁・豪火球の術を会得している。自分よりも大きな火の弾を吹けるのだ。それに加えて、七輪にちょうどいいぐらいまでに火を小さくするという火力の調整もあの年で出来ている。それを見ていたタジマが小さく、男であればと言っていたのは記憶に新しい。
ぱたぱたと七輪で干物を炙っているマダラを横目に、ヒヨリは板間に寝ているイズナを下ろした。
「じゃあ、兄ちゃん水汲みに行ってくるから、少しの間イズナの事見といてくれるか?」
「分かった!」
元気のよい返事に、ヒヨリは薄く微笑みを浮かべて頷いた。
ヒヨリは台所の隅に置いてあった甕を持って家の近くにある、というか殆どヒヨリの家専用になっている井戸に向かう。
そして、井戸から引き揚げた桶を使い、甕に水を溜めていく。
「おや、ヒヨリ?」
「あれ、父様。朝からどうしたのですか?」
近づいて来た気配と声に振り返れば、そこには父のタジマが立っていた。
「いえ、さっき軽く体を動かしてね。少し汗を流そうかと思って。」
「ああ、なら手拭いは?」
ヒヨリは水を汲んでいた桶と持っていた手拭いを差し出した。
「いえ、自分のがありますから。」
タジマが軽く体を拭うのを眺めながら、ヒヨリは下に置かれた水の張った桶をまじまじを見た。
ヒヨリはタジマに似ている。一目で親子だと分かるほど、その面立ちは似ている。髪型も、タジマのように刈り上げてないだけで、そっくりだ。
(うーん、それを置いておいて整った顔立ちしてるよな、自分でいうのもなんだけど。)
男前、というよりは美形という言葉が似合うだろう、柔らかな顔立ちだ。そんな己の顔にヒヨリはしみじみとした思いを抱く。といっても、己の顔を自慢に思うことはない。
何故か、答えは簡単だ。うちは一族は基本的に美形だ。ぶっちゃけ、自分の顔に自信を持つ前に一族の中に居れば、まあ、そこそこじゃないかな、程度で収まってしまうから恐ろしい。
「・・・そう言えば、父様。今日って俺は何かしなくちゃいけない事ってありますか?」
「いや?戦は当分ないだろうし。お前に主だった用はないが。どうしたんだ?」
「アサマたちが鍛練つけろって強請って来てるんです。あと、家の事も出来るだけ片付けとこうと思って。」
「・・・・すいませんね。家事についても、きょうだいたちのことも全部任せてしまって。」
「大丈夫です。父様は、長としての役割とか色々ありますし。俺はまだ何もないので、今のうちはやっておきたいんです。大人になれば、出来ないことも出てきますから。」
最後の言葉に、ヒヨリの顔が陰る。其処には、大人になった折、己に課せられる責任について理解しているようにタジマには見えた。
そして、その後に軽く肩を竦めた。
「それに、シガクのことが気になるので様子を見に行こうかって。」
「・・・ああ、そうだね。」
先の戦で弟を亡くしたシガクは、たった一人残っていた母親も先日亡くした。年が離れているとはいえ、弟については年が近くよく気にかけていた身としては、ヒヨリは気になっていた。
「……そう言えば、ミホリのおじさんの所に行く用事ってないですか?」
「ミホリか?」
ミホリはタジマも腹心の一人ではあるが、ヒヨリとそう親しいという話は聞かない。
「急ぎではない用事ならあるが、どうした?」
「あー、まあ、ついでに済ませたい用事があるので。」
「うおりゃあああああ!」
アサマの威勢のいい声が、家の中にまで届いた。
タジマは、その掛け声に元気な事だと目を細める。彼は、一族内で決まったことを簡単にまとめている最中だった。
「兄ちゃんつええ!」
少し騒がしい印象を受ける声は、次男のアサマだ。今年で五歳になる彼は、うちはの人間にしては少々やんちゃな性格だ。よくいたずらをして怒られているが、体術については筋がいい。
「・・・でも、やっぱり兄様も強いけど、アサマ兄様も正面から行き過ぎだよ。」
少々気弱に聞こえる声は、三男のホノリだ。今年で四歳になるが、同年齢に比べて聡い子だとタジマは思っている。アサマとはよく一緒にいることが多い。
どこからか微かに子守歌が聞こえて来る。
それが、タジマにとっては可愛くて仕方がない一人娘のマダラの子守唄であることが分かる。おそらく、イズナを寝かしつけているのだろう。
マダラは今年で六歳、イズナは一歳になる。
病弱だった妻に似ず、よくよく健康な子どもに育ってタジマも安堵している。弟妹たちの世話も積極的にしてくれているし、自分の出来る範囲んで家事も手伝っている。
今は、一族の人間に手伝ってもらっているが、将来的にはどこにいっても恥ずかしくない女性になるだろう。
ただ、一つ言えるなら、体術などについても才能を見せているため、男であったならばと思わないではなかった。
「確かに、アサマは正面から来過ぎだな。格上だって分かるなら、不意をついて攻撃しなくちゃ絶対に勝てねえぞ。」
苦笑交じりのたしなめる様な声は、タジマにとって一番気にかけている長男のものだった。
ヒヨリは、族長筋の長男として、およそ理想的な子どもだった。
我儘をいう事もなく、およそ大人に反発することも滅多になかった。勉学に励み、体術などのタジマの厳しい指導について文句も言わずに食らいついてくる。子どもにしては理知的で、優しいせいか戦場において人を殺すことを恐れていた面もあったが、それも吹っ切れた様だった。
「・・・・一族の事も、よくよく見ているようですね。」
タジマが見ていたのは、一族内で決まった婚姻についてだ。先日話の中心になっていたシガクと、ミホリの娘についてのものだ。これを提案したのはタジマということになっているが、本当はヒヨリが言い出したものだ。
これのおかげか、シガクは大分精神的に安定してきている。
一族の事は、息子に任せても大丈夫なようだとほっとしながら、それと同時にタジマには一つ懸念していることがあった。
ヒヨリという存在に、どこか距離を感じるのだ。
うちはという輪に属していながら、どこか時折、その輪から外れているような危うさがある。
仲間であり、身内であるというのに、まるで他人であるかのような不可解さを感じるのだ。
もちろん、彼がタジマの息子であることは疑いようのない事実だ。けれど、ヒヨリはタジマでさえ知らないような感情を孕んだ顔をする。近しい家族や、一族の事ではない、どこか遠い場所を見る様な顔をする。
けれど、そうであるからこそ、皆がヒヨリという存在を気にせずにはいられない。思わず、こっちを見ろと言いたくなるような危うさが、人を惹きつけるのだろう。
けれど、タジマはそれに危機感を覚えているのだ。
それが、具体的にどんなものかは言い表すことは出来ないが。その感覚が現実にならないこと彼は切に願っている。