ともかく一族滅亡は逃れたい   作:藤猫

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書いてる人間の能力がシリアスに全振りしてるので、ギャグ成分がどんどん減ってきてます。



避けられなかった分岐点

忍術には、五つの性質と呼ぶことのできるものが在る。火、水、風、土、雷、である。

ヒヨリは、忍術に関しての覚書を記した巻物を前に首をひねる。

戦というものを知らない彼としては、戦闘スタイルを確立する上で原作は参考にはなった。

そこで彼が目指していたのは、某写輪眼使いの先生なわけだが。

 

(・・・未だに雷切の術、発明できてないんですけどねえええええ。)

 

ヒヨリは大きくため息を吐いた。

この時代にも一応チャクラ紙は実在していた。それで調べてみると、ヒヨリには火と雷が在ることが分かった。これが分かった時は、それこそ内心では小躍りした。目標としていた存在に近づけ、かつ戦闘のスタイルが定まったためだ。

けれど、そんな思いはすぐに砕け散ることとなった。

基本的に、性質というのは遺伝で使えるものが定まっている傾向がある。例えば、原作ではうちは一族が火遁を得意としていた。

さて、ここで問題が発生した。

遺伝によって決まる性質では、近親婚を繰り返しているうちははどうなるか。簡単だ、性質自体で、火遁以外が生まれ難くなる。そのため、うちはでは主に火遁を主流の忍術として使っていた。そのため、うちははまさしく火遁スペシャリストといっていい。そのため、火遁についての知識はそれこそ唸るほど存在していた。だが、その他の忍術はどうなるか。

 

「まさか、うちはに雷遁について詳しい存在がほとんどいないとは、なあ・・・・・」

 

ヒヨリはぐったりとため息をまた吐いた。

うちはでの主な戦いは写輪眼を使ってのものだ。火遁以外の術が使いたいのなら、それでコピーすれば早い。かといって、コピーしていたとして、皆がそこまで多様な雷遁をコピーしているわけではない。ヒントも少なければ、新しい忍術を発明するほどの知識や経験を持っているわけでもない。

それに加えて、うちは自体が血継限外持ちの排他的な一族だ。忍術の指導を頼めるような伝手などない。

ヒヨリ自身は、どういった術なのかということは知っていても、印や性質変化については誰かにある程度教えを請わなければならなかった。

おかげで雷切の開発は思うように進んでいなかった。

 

(だからと言って、あの戦法を諦められるわけもないし。)

 

代わりになる術を火遁で開発することは出来ている。何よりも、ヒヨリが瞬身の術(仮)の開発を決意した理由自体が、この火遁を使うためであったりする。

けれど、その火遁の術と瞬身の術(仮)を合わせて使うとすると、チャクラの燃料に合わせて、チャクラのコントロールの難易度もバカ上がりするという仕様になり使えなくなっているのが現状だ。

 

(・・・・ともかく、雷遁は少しずつ極めていくしかないよな。極められたら、夢の超電磁砲も出来るようになるかも。)

 

思いはせるのは、某有名なライトノベルの光景だったりする。

そして、そこまで考えてヒヨリは、廊下を歩く音に気が付いた。

とたとたと、可愛らしいとも思える音と、尚且つわざわざ足音を立てる様な存在は、家に一人しかいない。

己の部屋の前で止まり、そして一向に襖を開けないことに、ヒヨリは苦笑した。そして、出来るだけ穏やかな声を意識して、襖の向こうに声をかけた。

 

「・・・・マダラ、用があるなら入って来い。」

 

その言葉の後に、少しして、襖がゆっくりと開けられた。

 

「・・・・兄様。」

 

その、心細そうな表情に何故彼女が来たのか、ヒヨリには察せられた。

 

 

 

先の戦の後から、妙に集落が浮足立っているというのだろうか、落ち着かない様子であることは、戦に関係のない女児であるマダラに察せられた。

何よりも、初陣で会った一番目の弟であるアサマの様子がおかしいことが何よりも気がかりだった。

聞いた話では兄とよく話していた友人、マダラも面識のあったミヨリ、が戦死してしまったそうだ。もちろん、マダラも悲しかったが、それ以上に弟が生きて帰ったことに安堵していた。

けれど、帰って来たアサマの様子がおかしい。部屋に籠りきりで、食事も部屋で一人食べているようだった。兄も、戦で友人を失ったことはあるが、父であるタジマも食事を一人で取ることまで許したことはなかった。

マダラが話しかけても必要最低限の返答しかかえってこなかった。あの騒がしいアサマがそんな態度の為、どうにも無理やり話を聞くことも出来なかった。

何よりも、家にやって来た一族の大人たちが話しているのをマダラは聞いてしまった。

ヒヨリが、千手の長男に負けてしまったという。

それは、小さなうちはという箱庭で育った彼女にはまさしく世界がひっくり返る出来事だった。

大人たちは、今までのヒヨリへの態度について手のひらを返す様に彼を無視し、千手の長男を畏怖した。

そんな大人たちの話を聞いたマダラは必死に耳を塞いだ。

 

(・・・・ちがう!兄様は、誰よりも強い!天才なんだ!)

 

彼女はタジマが戦場から持って帰る兄の手柄話が大好きだった。戦場の事はよく分からなかったが、タジマが誇らしげに語るたびに、弟たちと嬉々として聞き入った。

そうだ、兄は強いんだ、天才なんだ。

誰よりも、何よりも、マダラはそう思っていた。

彼女にとって、ヒヨリは短所など存在しない、完璧な存在だった。それを否定される現実は、まさしく彼女にとって天地が無慈悲にひっくり返ったような心地だった。

名前さえ知らないその千手の長男に、兄が劣るなんて絶対に思えなかったのだ。

マダラにとって、父や大人たちに手放しに褒められる兄は正しく英雄だったのだ。

マダラは耳を塞いで、その場を離れた。そして、まるで腫れ物に触るかのように誰も近づかない兄の私室に向かった。

兄に、アサマに何があったのか聞きたかった。そして、何よりも、兄が千手の長男に負けたことを否定してほしかった。

 

「・・・・兄様?」

「ああ、なんだ。マダラ?」

 

感情のままに来てしまった兄の部屋で、マダラは改めて声を掛けたはいいもののどうすればいいのかと途方に暮れた。けれど、心配の対象である兄は思った以上にけろりとしていた。

 

「どうしたんだ、何かあったのか?」

「う、ううん・・・・・」

「そう言えばイズナは?」

「叔母さんが預かってくれてる。」

 

その様子に拍子抜けしながらも、マダラはヒヨリに促されるままに部屋に入る。けれど、改めて兄と向かい合っても、口を噤んでしまう。マダラが部屋にやって来た理由を察していたのか、彼は苦笑交じりに頷いた。

 

「千手の長男の事で俺が落ち込んでるって思ったのか?」

「・・・・・はい。あと、アサマのことも。」

 

見透かされた様にそう言われ、マダラは妙に恥ずかしくなり、体を縮こませた。それに、ヒヨリは仕方がないなあ、というように微笑むと胡坐をかいていた自分の足をとんとんと叩く。それに、マダラはその動作の意味が一瞬分からなかったが、それが膝に乗れという合図であることを思い出す。

 

「ほら、おいで。」

 

マダラは、それに恐る恐る胡坐の上に座った。

基本的に弟たちの定位置のそこは、ひどく久しぶりな気がした。

やはり、十歳と七歳では体格はだいぶ違いがある。それに加えて、日々鍛錬を続けているヒヨリの体はがっしりとしており、マダラがもたれても支障はなかった。

腹の前で組まれた手に、安心感を覚える。

 

「久しぶりだなあ、マダラを抱っこすんの。少し前まで、もっとちっこかったのになあ。大きくなってるなあ。」

 

ヒヨリはマダラを抱えながら、揺り籠のように体を揺らした。

その、のんびりとした態度に、マダラは千手の長男に負けたことなど嘘だったのでは思えて来た。

そこで、マダラは気になっていたアサマのことを問う。

戦場のことなら、兄が一番知っているだろう。

 

「ねえ、兄様、アサマ、どうしたの?」

「そうだな。少し、兄ちゃんと父様で叱り過ぎたのかもな。」

「え、アサマ、何かしたの?」

 

ヒヨリはそれに、少し口をつぐみ、悩んだ後にようやく口を開いた。

 

「あいつはな、あんまりにもうちはとして誇り高すぎたんだ。そのせいで、暴走した。」

「暴走って、何があったの?」

「・・・一人で突っ走って、一族に損害を出した。」

 

そんな風に語る兄の顔は強張って、後悔しているように沈んでいた。

 

「俺がもっと、戦場でのことを言い聞かせて置けばよかったんだがなあ。いつか、何かを失ってしまっても、それでも失い方は色々ある。アサマはな、最悪の失い方と奪い方をしてしまったからなあ。」

 

ヒヨリの言葉を、全て理解することはマダラには出来なかった。それでも、アサマが何かの瀬戸際にいることだけは理解した。

 

「大丈夫、なの?」

「・・・・・そうだな。俺も、少しあの子に話しに行こうと思うよ。」

 

その言葉に、マダラは安心し、ほっと息を吐いた。兄が大好きな弟のことだ、すぐにいつものあの子に戻るだろう。そして、次に彼女にとっては重大なことを再度聞いた。

 

「兄様、千手の長男に負けたって本当?」

 

マダラがおそるおそる聞けば、ヒヨリはあっけんからんとした態度で答える。

 

「ああ、負けた。というか、殺されかけた。」

「え?」

 

あまりにあっさりとそれを認められ、マダラは目を見開いてヒヨリを振り返った。彼は、宙を眺めながら、しみじみとした様子で頷いていた。

それにマダラは悲鳴のような声を上げる。

 

「なんでそんなに平然としてるの!?」

 

ヒヨリは、それに驚いたように目を丸くした。そして、不思議そうにマダラに聞いた。

 

「マダラこそ、なんでそんなに怒ってんだよ?」

「だって!一族の人みんな、千手の長男のことを言ってる!兄様の方が、絶対強いのに!」

 

駄々っ子のようにそう言ったマダラは、うっすらの瞳に涙がにじんでいた。それを、ヒヨリは指で優しく拭い、彼女の抱きしめた。

 

「・・・・みんな不安なんだよ。彼に勝てる様な奴がいなければ、一族としては不利になる。それに、俺としては、どうしても彼を嫌いにもなれないしなあ。」

「何おかしなこといってるの?敵なのに。」

 

ヒヨリの言葉に、マダラが肩に顔を押し付けながら聞いた。ヒヨリはそれに、うーんと唸りながらぼんやりと呟いた。

 

「・・・・・兄ちゃんなあ、ものすげえひでえことしちゃったんだよ。」

「・・・・・戦に、ひどいことも何もあるの?」

「いいや、そんなんじゃねえの。ただなあ。同じ兄貴として、ものすげえひどいこと、しちゃったんだよなあ。」

 

その声音からにじみ出る後悔に、マダラは思わずヒヨリの頭をその小さな手で撫でる。そして、その小さな体で彼女は兄を抱きしめる。

 

「大丈夫、大丈夫だよ。」

 

何が大丈夫なのかも分からない中、彼女は続ける。

 

「何があっても、私は兄様の味方だから。」

 

その言葉に、ヒヨリは少しだけ体を震わせた。その後に、マダラの脇に手を入れて、ヒヨリは彼女を持ち上げる様に自分から引き離した。

そして、どこか父のタジマによく似た表情で、にこりと笑った。

 

「安心しろ、兄ちゃんだって強くなるから。お前らのことぐらいは、守れるぐらいに。」

 

その言葉に、何か、並々ならぬ覚悟がある気がして。マダラは黙り込んだ。その後に、ヒヨリはお道化る様に胸を張った。

 

「ま、安心しろ、妹よ。確かに勝負では兄が負けたが、千手の方よりも俺の方が勝っている面は多くある。」

「例えば?」

 

こてりと首を傾げるマダラに、ヒヨリは顎に手を当てて、キメ顔を作る。

 

「顔。」

 

マダラはその言葉に、目を瞬かせた。

 

(・・・・滑ったか?)

 

内心でひやひやとしているヒヨリに、マダラは呆れたように言った。

 

「・・・・そんなの当たり前じゃない。」

「えっと、そうか?」

「うん!うちはの中でも兄様が一番かっこいいもの!みんな、兄様が兄で羨ましいって言ってるよ?」

「思ってる以上に好反応。」

「それに、千手の人間は無骨で、ださいってみんな言ってるもの。そこの長男が兄様より顔がいいなんてありえないわね。」

 

(未来の親友(予定)よ、哀れな。)

 

こんな時から、ださいって言われたのか。

 

「兄様は世界で一番かっこいいわ!将来は兄様と結婚する!」

 

目をキラキラとさえながら、めいっぱいの愛嬌をヒヨリに向ける。

その言葉に、ヒヨリは胸に手を当てて、感慨深いというように震えた。

というか、自分の妹が今日も可愛い。フルフルニィとか絶対阻止する。

 

「おそらく、父や兄なら一度は言われてみたい発言第一位は、あれだな。こう、ヤバイな。」

 

突然、ぶつぶつと呟きはじめた兄を心配し、マダラはその顔を覗きこんだ。

 

「どうしたの、兄様?」

「い、いや、何でもねえよ。というか、マダラ、その理論で行くと俺の顔は父様とうりふたつなんだが。」

「父様には母様がいるもん。」

「あ、そういう理論なの。」

 

いつの間にか緊張していた空気は和やかなものに変わっている。そのまま、二人はのんびりと、ヒヨリがいない間の集落や弟たちの話に移っていた。

 

 

 

「・・・・ヒヨリ、とマダラもいたんですね。」

 

一通りマダラとヒヨリが雑談に興じていると、部屋の襖を開ける存在があった。顔を出したタジマは、どこか静かな目でじゃれ合っている兄弟を見た。

 

「父様、どうしたんですか?」

 

こてり、と首を傾げるマダラにタジマは何とも言えない顔で微笑んだ。ヒヨリは強張った表情で、タジマを見つめる。

 

「いえ、ヒヨリに用があるんですが。マダラにも用があったんですよ。」

「私にですか?なんでしょうか?」

「・・・・・少し、兄様と組み手をしてほしいんです。」

「組手、ですか?はい、分かりました?」

「・・・・・父様。」

 

マダラの後ろでヒヨリが強張った声を出す。それに、タジマは何も言わず首を振ることで応えた。ヒヨリは、顔を歪める。

マダラは兄と父の間に何かがあるのは察せられたが、それがどんなものかまでは分からなかった。ただ、良くないものであることしか分からなかった。

不安がるマダラの頭をヒヨリは軽く撫でた。

 

「・・・・兄ちゃんは後で行くから、マダラは先に行っといてくれ。この頃ぜんぜん見てやれなかったから、試してやる!」

 

朗らかなヒヨリに、マダラは少しだけ安心感を覚えて頷き、ヒヨリの部屋から出ていった。マダラの出ていった後の部屋では、タジマとヒヨリの間に不安な空気が生まれる。

 

「・・・・父様。」

「お前も準備が出来たなら、すぐに来なさい。」

 

ヒヨリの言葉に、タジマは言葉少なに部屋を出て行ってしまう。

それに、ヒヨリは顔を手で覆い、ぐったりと息を吐いた。

そして、ヒヨリは己の手を握りしめては開いてと繰り返した後に、彼は悲しそうに微笑んだ。

 

「・・・俺は、まだお前に勝てるかな。」

 

 

うちはでは、女は戦場に出ないと言っても忍術や体術は一応一通り習う。それは、護身術であり、子どもに教えるためであり、そして万が一を想定しての事だった。

マダラに忍術と体術を教えたのは、ヒヨリだった。ヒヨリがいないときは、叔母などに教えてもらい、後は弟や従弟のヒカクと共に空いている時間に鍛練をするぐらいだった。

それ故に、マダラは己がどれほどまでに強いか、自分自身では理解していなかったのだ。

 

 

マダラが父に連れてこられたのは、うちはの大人たちが話に使う集会所だった。板張りのそこは、手合せを行うこともできることは知っていたが、あまりマダラには縁のない場所であった。

集会所には、うちはの男たち、戦場に出る面々が集まっており、何故か自分と兄の手合せの見物をするという。

どうして、大人たちがそんなことをしているのかもわからずに、居心地が悪くてそわそわとするマダラに対して、ヒヨリはいつも通り彼女と対峙した。

それに、マダラの肩からも力が抜ける。

 

(・・・・私が兄様に勝てるわけないもんね。それに、兄様と一対一で戦えることなんてないもん。)

 

よくよく考えれば、これも兄を独り占めできる貴重な機会だ。

マダラは意気揚々と体を構えた。

 

(・・・・それに、私が強いってみんなに知ってもらえば、私に稽古をつけた兄様のこと、また見直してもらえるわ!そうしたら、千手のやつのことなんて、みんな気にしなくなる。)

 

そう思えば、この稽古が己にとって有意義なものに感じて来た。

マダラは、顔にうっすらと笑みを浮かべ、ヒヨリへと一歩進めた。

 

 

 

(これが、主人公補正ならぬ、ライバル補正。理不尽だなあ・・・・・)

 

つい最近同じようなことを感じた気がしながら、ヒヨリは板間に転がっていた。

結論を言えば、ヒヨリはマダラに負けてしまった。

組手ということと、室内であることを考慮され、忍術、火遁等はなしではあったが体術等を駆使したものの、勝てなかった。

ヒヨリは、それに対して何かを思うことはない。劣等感もなければ、悔しさも無い。

というか、あ、だよね、と己の予想が的中したことに少し笑えてさえ来そうだった。

しんと静まり返った集会所の中で、ヒヨリはゆっくりと起き上がりながら現実逃避の一種のようにマダラについて考えた。

ヒヨリは、何よりもまず弟妹たちを含めた年少組を鍛える際、基礎的な体力の向上と、そして受け身や回避術を叩き込んだ。

マダラは、その基礎をきちりと積み上げていたのだろう。

 

(まあ、攻撃は当たんねえし、受け流されるし、かといってマダラの攻撃さけられねえこともあるし。)

 

己のしてきた努力を、才能という力であっさりと飛び越えていかれるのは少々虚しくもあるが、それでもヒヨリはほっとしていた。

少なくとも、この妹は、彼女だけは戦場で死ぬということはそうそうありはしないだろう。

そして、ヒヨリは目の前の幼い彼女に、周りの大人から向けられる視線に気づく。

そこには、畏怖、驚き、期待、その他多くのものがあるが、やはり一番強いのは畏怖だった。

戦場にさえ出ていない幼子が、戦場に出ている自分に勝つ。

彼らは、それこそ、化け物を見るような目でマダラを見ていた。

静まり返った空気が、兄と姉の間にある絶望的な才能の差を表しているようだった。

マダラは、己と兄の間に何が起こったことがわかった。けれど、やはり、幼い彼女にはそれが何か明確にわからない。唯、立ち尽くすしか出来なかった。

そんな沈黙の中で、誰が言ったのか分からなかったが、ぽつんと言葉が漏れ出た。

 

「マダラ様が男として生まれてくださればよかったのに。」

 

がしゃんと、何かが壊れた気がした。

それが明確に何であったのか、ヒヨリにも分からない。ただ、何かが壊れてしまった。

自分に視線が集まる、それはけして良い意味のある視線ではない。

それに、ヒヨリは少しため息を吐きたくなる。あからさますぎるだろうと。

 

(まあ、視線の意味もわかるけどな。こんな子どもに負ける跡取りとかやべえもん。でも、落ち込んでる場合じゃねえよなあ。)

 

ヒヨリは、あっさりと立ち上がり、視線をマダラに移した。

その顔に、皆が驚いた。ヒヨリは、笑っていた。

けして無理に浮かべた笑みではない、清々しい、どこか、何かを悟ったような笑みで、マダラを見た。

皆が唖然としている中、ヒヨリはパンパンと土埃を払い、マダラに歩み寄る。そして、彼女の頭をぐりぐりと撫でた。

 

「強くなったな、マダラ。」

 

そこには、嫉妬など一欠けらだって存在しなかった。妹の成長を祝うそれと、そして、もう一つの感情。その時は、マダラは理解できなかったが、大人になってようやくそれが諦観といえるものであると知った。

そして、ヒヨリは特に動揺した風も無く周りを見回した。

 

「それじゃあ、父様、俺たちは家に帰りますね?ああ、そうだ、少し近くの町で買い物をしてきます。」

「・・・・・ええ分かりました。」

 

タジマはそっけなくそう返事をすると、ヒヨリはマダラの手を引いて、集会場から出た。

マダラは、なにか恐ろしいことをしてしまった気持ちで黙り込んでいた。そうしていると、マダラの肩に手が置かれた。

びくりと肩を震わせ、後ろを振り返ればやはり微笑みを浮かべているヒヨリがいた。

 

「に、兄様、私は・・・・」

「安心しろ、お前は何にも悪くない。大丈夫だよ。」

「でも。」

「マダラ。」

 

ヒヨリは、もう一度囁くようにマダラに言った。

 

「強い妹を持って、兄ちゃんは誇らしいよ。」

 

いつも通りの、優しい笑みだった。心の底から、マダラが己より強いことを誇りに思っているのだと、そう理解してマダラはようやく肩の力が抜けたような気がした。

それを確認したヒヨリは、その背中を叩きながら、声を上げる。

 

「・・・・安心しろ。なんにも、怖いことなんてなんだから。」

 

その言葉に等々今までの不安感が爆発し、マダラはヒヨリの腹に顔を押し付けて抱き付いた。

ああ、よかった。

マダラは、ただ、安堵した。

何かが壊れた気がした、何かが崩壊した気がした。

けれど、きっと、大丈夫だ。大丈夫なのだ。だって、兄がそう言った。強くて、かっこよくて、天才である、そんなマダラの兄がそう言ったのだ。ならば、きっと、何もかもが大丈夫だ。

その様子に、ヒヨリは大きく叫ぶように言った。

 

「よっしゃ!マダラが強くなった記念に、今日は兄ちゃんが稲荷寿司作ってやるぞ!」

「え、本当!?」

「おお!酢飯に入れる具は何がいい?」

「え、ええと、ええとね!」

 

はしゃぐマダラに、ヒヨリは目を細めて頷いた。

今だけは、今だけは、せめて笑っていてほしい。

何もかもが間に合わなかったことに、ヒヨリは己の無力を呪った。

 

 

 

 

「・・・・・ヒヨリ、お前はいつからあの子の才能に気づいていましたか。」

 

日もすっかり暮れ、弟妹たちを寝かしつけた後、ヒヨリはタジマの私室に呼ばれた。蝋燭にぼんやりと照らされた己の父を見ながら、ヒヨリは内心では舌打ちしたい気持ちでいっぱいだった。

柱間の実力を目の当たりにし、まざまざと自分との差を思い知った。それこそ、脇役と主人公の差、というべきものだろう。

だからこそ、知りたかったのも事実だった。主人公のライバル、そう言う風に生まれてしまった妹の実力を。

結果はお察しの通りで、ある種、自分と柱間はどう足掻いてもライバルにはなれないということをまざまざと知れたわけだが。

 

(・・・・・子どもの間で、マダラの実力は確かに有名だった。だからって、大人たちがそんな子どもの言葉に、俺と組み手をさせるのは予想してなかったな。)

 

いや、違う。

たった一度の敗北に、そこまで柱間という存在がうちはの中で畏怖されるべき存在になったという事に驚くべきなのだろう。

事実、彼は初陣にして手練れのうちはを討ち取ったそうだ。

あの時、柱間と対峙した時、逃げるべきだったのかもしれない。せめて、己が彼のライバルとしての役割を果たせる程度になるまで。

自分の軽はずみな行動でマダラの実力を露見させてしまったのだ。途中で急に戦うのを止めるのは余りにも不審な為続行したが、無理にでも止めておくべきだった。

 

「・・・・・普段の鍛練や、術の使い方を知っていましたので、才能についてはある程度は。」

「何故、私に報告しなかったのですか?」

 

静かではあるが、威圧感を伴わせたその言葉に、ヒヨリも出来るだけ冷静に返した。

 

「必要を感じませんでした。」

「それはお前の判断でしょう。」

 

凍土に吹く風のような冷え切った声に、ヒヨリは体を強張らせた。さすがは、うちは一族の頭領だ。その一言だけ、ヒヨリの怯えを駆り立てる。

けれど、ヒヨリは目の前の存在がけして暴力を振るうようなタイプではないことも、己に言い聞かせる。実質的な被害が無いなら、怯える必要はない。

これ以上怯え、己が次代の頭領に相応しくないと思わせたくはなかった。

 

「マダラは女です。うちはでは女は戦に出ない。ならば、あの子にどんな実力があろうとも、関係ないと考えました。違いますか、頭領。」

 

ヒヨリはあえて、父を頭領と呼んだ。それに、タジマは顔を歪めた、そして、正座していた足の上に置いた手をぎしりと握りしめた。

そして、震える声で言った。

 

「・・・・お前は、千手の長男に勝てますか?」

 

その震えた声に、何となく、大人たちの間でどのような会話がされたのか察せられた。

 

(・・・・・ミヨリが死んだとき、柱間に勝てなかったことを素直に言ったのが仇になったか。)

 

ヒヨリと柱間の戦いを見ていた存在は少なからずいた。そこで嘘を吐き、不信感に合わせて、その程度で意地を張るほどの存在だと侮られるのは避けたかった。

それが裏目に出、大人たちはヒヨリの影にいたマダラに目を付ける結果になった。

ヒヨリは、もう一度舌打ちしたい気持ちでいっぱいだった。それでも、マダラのことを父に報告しなかったのは、彼女を少しでも戦から遠ざけたかった。

 

(俺が、柱間と互角になるまで。)

 

けれど、ヒヨリはすでに知ってしまった。

己が柱間の片割れにはならないのだと。

知ってしまっている原作の風景に自分は至ることはできないと、先の戦で理解してしまっていた。

柱間(アシュラ)にはマダラ(インドラ)でないと勝ち目はないのだと。

それでも、ヒヨリは妹を守りたかった。原作では、確かにマダラは狂っていた。

けれど、ヒヨリにとって妹は、どこにでもいる少女だった。

いつか誰かと結婚し、母になる。そんなことを願っている少女だった。

柱間に勝てないヒヨリが、マダラを戦から守りたいと願うのは愚かだろう。それでも、ヒヨリはマダラに日溜まりの中にいてほしかった。兄として守ってやりたかった。

けれど、分かってもいる。この程度の強さでは、マダラは別として他の弟たちでさえ守れるかわからない。

ヒヨリは嘘をついてもしょうがないと理解し、返事をした。

 

「・・・・今は、勝てないでしょう。」

 

あえて今、とつけたのはせめてもの彼の意地だった。それに、タジマは分かっているというように頷いた。

 

「うちははけして、一枚岩ではありません。私の言葉だけでは、止めることができないことは多くあります。」

「それは、マダラを戦に出す意見が出ていると理解しても?」

「ヒヨリ、お前では、千手の長男には勝てないでしょう。」

 

お前も理解しているとおり。

 

ヒヨリはそれに激昂し、叫ぶ。

 

「あの子は女の子だ!!昔からの掟を破るというのですか!?そのしわ寄せは、あの子に行きます!」

「そんなことは私にとて分かっています!!」

 

叩きつけるような声は、ヒヨリも初めて聞いたような激情を孕んだものだった。

 

(あの人が、亡くなった日も、こんな声で泣いていた。)

 

その声に思い出したのは、ヒヨリの母が死んだ日。誰にも悟られぬ様に、くぐもった声で、それでもなお、激情を孕んだ声で、彼は泣いていた。

あの時と同じ、普段内に秘められた激情が、表面に溢れ出ている。

 

「息子ならば、まだ、納得しましょう。我らは忍です。遠い昔から、それが我らの孕んだ業です。けれど、あの子は、あの子は・・・・・・」

 

掠れた声に、目の前の男がどんな思いで、その意見を聞いていたのか、分かった気がした。

彼とて同じだ。無力な己に、きっと、憎悪さえしている。

ヒヨリが、口を開く前に、彼はゆっくりと首を振った。

それは、すでに何も話すことがないのだと、そう示していると分かり、ヒヨリは無言で部屋を出た。タジマの私室からは、何の音もしなかった。

それでも、ヒヨリは、そこから、すすり泣く様な声を聞いた気がした。

 

 

 

(俺は弱い。)

 

ヒヨリは、川原で大きな石、というよりも岩の上でたそがれていた。

そうしていると、原作の二人がどうして川辺に来ていたのか、わかる気がした。流れていく川を見ていると、少しだけ精神的に安定するような気がした。

といっても、そんな安念はすぐにたち消えてしまう。

 

(どうすれば、いいんだ?)

 

アサマ、ホノリ、イズナ。

彼らは、死ぬ。

戦の果てに、自分よりも後に生まれてきたというのに、酒の味も、子をなすこともなく、死んでしまう。いや、自分でさえも、彼らをおいて逝ってしまうのかもしれない。

そして、独り残った妹は孤独の内に多くの人間を不幸にする。

何よりも、原作を、自分は進めていけるのだろうか。

ヒヨリは熱烈に、木の葉の里という場所が欲しくなっていた。

せめて、子どもが、子どもとして過ごすことが出来る場所。

冷たくなったミヨリのことを思った。

 

木の葉の里(箱庭)がほしい。)

 

熱烈に、ただ、欲しいと思った。

弟たちや妹、そして集落の子どもたち。そして、ひどいことをしたと思っている、一人の少年(柱間)の顔が浮かんだ。

 

(同盟なんて、今の状態でなんて絶対に組めない)

 

木の葉の里が出来るには、まず大名たちに納得させられる材料として、忍としての有名なうちはと千手の同盟は必須だ。そして、他の忍の一族が集まるような信頼も必要だ。

今の千手と、うちはの上層部では同盟など無理だ。

 

(なんで、俺は二次創作みてえにチートとかないんだろ。)

 

やけくそのようにそう思って、ヒヨリは顔を上にあげて、何ともなしに歌をうたう。

有名な、青いネコ型ロボットの歌だ。

ヒヨリが、あのメガネの少年のように助けを求めても、意味がない。

だから、ヒヨリは漏れでそうな、悲しみを、怒りを、苦しみを、飲み込んで己の体を抱き締める。

今、一人でそれをさらけ出せば、立ち上がれる気がしなかった。

少しでも、木の葉の里までの時間を早めなくてはいけない。

マダラは、戦に出るだろう。弱い自分の代わりに。

今度こそ、変えなくてはいけないのだ。

そのためには、強くならなければいけない。弱い自分の言葉なんて、誰も聞いてはくれない。

ヒヨリは心細さを誤魔化すように、きつく自分を抱き締めた。

 

 




忍術については、書いてる人間の想像です。あの時代の忍術って体系化とか、伝授とかどうなってたんでしょうね。

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