ともかく一族滅亡は逃れたい   作:藤猫

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今年に入ってめちゃくちゃ忙しくて投稿できませんでした。
完結までがんばります。


最善への決意

(あ・・・・・)

 

その日、ホノリは修行のために家から少し遠出をしていた。

来年には初陣をきることになっている彼は、苦手な体術の特訓を一人で行っていた。正直な話をすれば、組手の相手をする片割れがいればよかったのだが。

組手をするならば、自分よりも実力が上の存在が望ましい。体術というのは、センスのほかに慣れというものが求められる。

見切り方などはどうしても実地で行くしかないのだ。そのため、ホノリの同い年の少年たちはほとんど自分の兄に相手にしてもらっているのだが。

ホノリが目当てにしていた兄貴分たちはほとんど予定が埋まっていたし、一番期待していたアサマについては、彼自身あまり近寄る気になれていなかった。

初陣から、ホノリの兄は変わってしまった。

アサマはずっと物静かになり、妙に老いた瞳をするようになってしまった。何よりも、彼は写輪眼を開眼した。

それは、喜ばしいことであるはずなのだ。

事実、大人たちはアサマが開眼したことを喜んだ。才能のある子がなんと多いことかと。

けれど、アサマはそれを喜ばなかった。

何故か、アサマはヒヨリと同じように考え込むことが多くなったように思う。父は、それを成長と言ったが、ホノリにはそうは思わなかった。

変わってしまった、けれど、それは大人になったということなのだろうか。

ホノリは、この頃熱心に体術の修行を繰り返している。

大人たちは、それを苦手を無くすためだと言っているが、実情は違う。

ホノリは不安なのだ。

変わらないと、そう信じていた存在たちがどんどん変化していることが、彼は恐ろしかった。

彼の好んでいる座学では、その不安を打ちのめすには不向きだ。頭を空っぽにして、体を動かすことのなんと気楽な事だろうか。

全てが、変わっていっている。

アサマはもちろん、ヒヨリとマダラも、何か変化があるようだった。

けれど、それが何か分からない。

誰も、初陣を迎えていないホノリに何かを話してくれない。

怖かった。変わっていくきょうだいたちが、家族が怖かった。

 

「・・・・・兄様?」

 

ホノリの目に留まったのは、うちはの集落から少し離れた場所に作られたクナイの鍛練場だった。

四方八方に立てられた的を前に、ヒヨリは数本のクナイを両手に構え、たんと軽やかに飛んだ。ヒヨリは、くるりと宙で回りながら散らされた的に次々と当てていく。まるで、全方向が見えているかのような命中していく。

降り立ったヒヨリは、その結果に特に驚きも見せずに当たり前という態度でクナイを取りに行く。

 

「わあ・・・・」

 

ホノリは思わず感嘆の声を上げた。

それが聞こえたのか、それとも気配を察したのかヒヨリがくるりと振り返った。ヒヨリは驚いたような顔をした後に、薄く微笑んでホノリに歩み寄って来る。

「どうした、ホノリ。お前がここら辺にいるなんて珍しいな。」

久しぶりに二人だけでヒヨリと話せることを嬉しく思いながら、ホノリは少しだけもじもじとしながら答えた。

 

「え、えっと、もうすぐで初陣だから、体術の鍛練をしてました。」

 

照れくさそうに下を向いたホノリは、ヒヨリがどこか悲哀を帯びたような目で己を見つめていることに気づかない。

それに、ヒヨリは少しだけある身長差を無くすために屈みこむ。

 

「そうか、頑張ってるんだな。」

 

それにホノリは首を振る。

 

「い、いえ!兄様に比べれば、全然で。」

「クナイのこと言ってるのか?まあ、お前さんが赤ん坊のころから練習してるからな。大体、止まってる的にどれだけ当てられても、戦場じゃあ役にはたたないからなあ。」

 

苦笑していたヒヨリは、ふと気づいたようにホノリに問いかけた。

 

「クナイ、教えてやろうか?」

「え、いいの!?」

 

拙い敬語を放り投げたホノリにヒヨリはおう、と頷いた。

 

「そうだな、この頃あんまり教えてやれなかったし。ちょうどいいだろ。クナイは、確か苦手なほうか?」

「はい、体術は苦手で。」

「・・・・そうか。なら、基本的なとこから頑張るか。」

 

ヒヨリはそう言って、的が置かれた方向に歩き出した。ホノリは、目をキラキラとさせながら、たったっ、と追いかけて行った。

 

クナイ、飛び道具の類は遠距離攻撃の基本である。弓などの類はサムライたちの専売特許で、忍はそれよりも忍術を飛ばしたほうが効率的かつ、威力が高いのだ。

それでもクナイや手裏剣を使うのは、手数を増やすことや弓に比べてコンパクトで持ち運びがしやすいことが挙げられる。

 

「それじゃあ、ホノリ。クナイを投げるには気を付けなくちゃいけないことがあるんだが。はっきり言って、子どもにはクナイを投げることは難しいんだ。何故か、分かるか?」

「えっと、クナイを真っ直ぐ飛ばすための腕力がないこと、真っ直ぐ飛ばせないから当たる部分の予想が付きにくいこと、あ、腕力に関しては風向きに勝てるほどない、こと?」

「おお、いいな。そこらへんはよく分かってるんだな。アサマならここで、素直に分かりませんって帰って来るんだが。机上でのことだろうと、何故そうなるかを知ってることは重要だ。」

 

すごいな、とヒヨリに頭を撫でられてホノリは顔を限界まで緩ませる。

出来ないなら、どうして出来ないのかを知るのは大事なことだ。がむしゃらに何かをするよりも、その方が最短を行けることもあるのだとホノリは考えた。

アサマにはまどろっこしいと言われたが、ヒヨリからの肯定にホノリは鼻高々だった。

 

「それじゃあ、まずは、クナイを投げてみるんだが。ちょっとごめんな。」

 

ヒヨリはそう言って的に立ち向かうホノリの後ろに立った。ホノリは己の手に添えられたヒヨリのそれに、ドキドキとしながら姿勢を正した。

 

「いいか、腕は真っ直ぐだ。飛んでいく方がブレないように。脇は閉めろ、力が入るから。そうして、しっかり的を見る。そんで、投げる!」

「えい!」

 

その言葉と共に、ホノリが思いっきりクナイを投げた。

とん、と軽い音が響いた。

ホノリの目には、的の端であっても、しっかりとそれを捉えたクナイが目に入った。

 

「あ、当たった!すごい、兄様。簡単に当たった!!」

「おうおう、ホノリはすごいなあ。」

 

興奮気味のホノリを落ち着かせるようにヒヨリはその頭を撫でながら、肯定の言葉を投げかける。

 

「すごい!いっつもなら、十何回ぐらい投げてようやく当たるのに。」

「当てよう当てようと焦るからダメなんだ。お前はその焦りで当たりが外れるな。」

 

ヒヨリの言葉に、ホノリはしょげたように顔を下げた。

 

「・・・・でも、アサマ兄様はもっと簡単に当てるんですよ?もっと、簡単に当てられるようになって。」

 

それにヒヨリは驚いたような顔をして、くすくすと少女のように笑った。それに、ホノリがヒヨリを見ると、彼は手を伸ばしてきた。

ホノリのまろい頬をヒヨリの未だ頼りない両手が包み込んだ。けれど、その小さな手はけして柔らかく幼いわけではなく、がさがさと乾燥しており、タコのように所々固くなっていた。父とよく似たその手は、目の前の兄と自分との間にある差を思い出させる。

 

「・・・・・馬鹿な奴だな。アサマの奴と自分を比べる必要なんてこれっぽっちもないんだよ。」

 

柔らかなその声は、何故か、もう記憶もぼんやりとした母を思い出させた。ホノリは、己の頬を覆う手に自分のそれを重ねた。

互いのよく似た黒の瞳が交わる。

 

「他人と己の長けた部分を比べなくていいんだよ。お前とアサマは兄弟でも、違うんだ。俺も言ったろ。得手不得手は必ずある。出来ない部分があるのなら、自分の出来る部分を増やしていけばいい、補っていけばいい。」

 

お前は、お前にとっての最善を探しなさい。

 

ホノリは、自分よりも少しだけ高い兄を見上げた。

ホノリの目にはじんわりと、水が張る。

それに、彼は慌ててそれを拭おうとする。けれど、ヒヨリはその手をそっと止め、あやす様に抱きしめた。

 

「ほれほれ、泣け泣け。我慢は体に毒なんだから。」

 

それに、ホノリの瞳から留めなく滴が溢れてやまなかった。

よかったと、少年は安堵していた。

少なくとも、ホノリの一等に大好きな兄は変わることなく、そこにいた。

泣くなという大人に混ざって、いつだってヒヨリは誰かの涙を肯定した。

涙を弱さと斬り捨てず、その涙を拭ってくれる人だった。

ホノリは泣き虫だった。兄のアサマに比べて気弱な彼はよく泣くなと叱られていた。けれど、ヒヨリは違った。

泣け泣けと、彼は言ってホノリの頭を撫でてくれる。

だから、ホノリはヒヨリが一等に好きだった。

怒るのでなく、飽きれるのでなく、泣き止むまで待ってくれる。ホノリの強くなる未来を信じてくれる。自分の弱さを肯定してくれる兄の事が好きだった。

ぎゅーぎゅーとホノリはヒヨリに縋る様に抱き付いた。

変わってなどなかった。きっと、この兄だけは変わることなくここにいてくれる。

それだけを胸に、ホノリはヒヨリの衣服を掴んだ。

 

 

とん、と軽く、何かが硬いものに当たる様な音がタジマの耳に入った。

所用からの帰り道、タジマはクナイの練習場として使われている広場の近くに通りかかった。

夕暮れも近い時間、誰かがしているのかとそちらを除くと、そこには彼にとって馴染んだ人物が淡々とクナイを投げていた。

 

「ヒヨリ。」

 

その声に、反応して彼はタジマの方を振り返る。

 

「・・・・父様。」

「こんな時間まで鍛練ですか、珍しいですね。」

 

ヒヨリは出来るだけ家で弟たちの世話をすることを好んでいる。そのため、彼が一人で行動していること自体が珍しい。ヒヨリは大抵、誰かに囲まれていることが多い。

 

「・・・・・マダラを戦に出す件、本格的に決まったんですか?」

 

その言葉に、タジマの顔が強張った。それに、ヒヨリは苦笑して、何気ない雰囲気でクナイを的に投げた。

とん、と軽い音と共にクナイが的の中心に刺さる。

彼にしては、目上の存在を前にしてぞんざいな仕草に、その心境を慮る。

 

「分かりますか?」

 

掠れた様なタジマの発言にヒヨリは肩をすくめる。

 

「他の方々の俺を視る目やらを見れば、察するのは難しくないですよ。」

「ええ、皆との話し合いで決まりました。次の戦にでも、あの子を戦に出すことになりました。男として。」

「・・・・・妥当でしょうね。あの子がいくら強かろうと、うちはの女であることは伏せた方がいいでしょう。幸い、うちはは華奢な人間が多いですし。衣装も線が出ないので早々ばれることはないでしょう。」

 

その熱のない声に、タジマは己が子に責められている様な感覚を覚える。

いや、実際責められているのだろう。責められるべきなのだ。

女を戦に出すという異例の責任は、全てマダラに背負わされるのかもしれないのだ。妹に一層の情を注ぐこの息子には、赦せぬことなのだろう。

タジマは、父として、長として、己の言葉を安売りしてはならぬと分かっていても、その口からは謝罪の言葉が吐き出されようとしていた。

けれど、それに被さる様にヒヨリが先に言葉を吐いた。

 

「父様、すいません。」

 

その言葉の意味が分からずに、タジマがヒヨリに視線を向ける。そこには、静かに、けれど悲壮に微笑むヒヨリがいた。

 

「マダラよりも、才ある者として生まれてこなかった俺のせいです。」

 

その声に、目立った感情はなかった。震えているわけでも、吐き捨てるようでも無く、まるで断罪を望むそれのような、静かで重みのあるものだった。

タジマは、その、息づかれたような瞳と、そうして大人に押し付けられた未来を背負う覚悟を、子どもに見た。

タジマはそれにかぶりを振る。

 

「お前のせいであるはずがないでしょう!?」

 

掴んだ息子の肩は、年相応に華奢であり、未だ彼は年の行かない子どもであることを示していた。

もしも、もしも、ヒヨリに責があるというならば、それはマダラを戦に出さなくてはいけない程度の実力しかないうちはの全てに責があるはずなのだ。

ヒヨリは、それに首を振る。

 

「それでも、俺がもっと強ければ、あの子は戦に出る必要はありませんでした。父様、マダラは、婚姻をすることさえ出来なくなるのではないですか?」

「・・・・・ええ。その、可能性は強いでしょう。」

 

マダラほどの才を持つならば、子をなすことが一族としては一番だ。けれど、子を産むというのは女にとっては負担だ。出産で儚くなる女は多い。

子が腹にいる間は、マダラは戦に出ることが出来なくなる。出産から回復するまでは。もしも、子を産んで儚くなった場合は。

懸念材料が多くなりすぎる彼女の婚姻は、実際に成立するか分からないのだ。

それに、ヒヨリは、やはり微笑んだ。覚悟を決めたという様な、静かで穏やかな微笑みを。

ヒヨリは、タジマを見上げた。

 

「父様、一つ、聞きたいことがあったのですが。よろしいですか?」

「・・・・なんですか?」

「父様、一族を率いる立場として、何よりも優先すべきこととは、何でしょうか?」

 

予想しなかったそれに、タジマは目を少しだけ見開いた。けれど、それに彼は躊躇なく応える。

 

「一族の存続と繁栄。何を犠牲にしようと、それは変わりません。」

 

タジマのそれは、確固たるもので、強く、決意を含んだものだった。ヒヨリは、それにゆっくりと頷いた。

 

「それは、誰かの意思に反していたとしても。一族の繁栄に繋がるのならば、決断をすべきなんですね。」

 

タジマは、一瞬だけ躊躇した。それは、マダラの犠牲の上に一族の繁栄を願っていることを意味していた。兄に、妹を贄としろと言っているのだと分かった。

けれど、けれど、それでもタジマは一族の長であった。一族を背負っているのだと、分かっていた。

だから、頷いた。

 

「ええ。そうです。何よりも優先し、そのための道筋を志向し続けることが、一族を率いる立場にある者の役目です。例え、何を切り捨てようと、蔑ろにしようとも。」

 

ヒヨリは、それにゆっくりと頷いた。ゆっくりと、薄く微笑んで、彼は頷いた。

 

「分かりました。長、心にとめておきます。」

 

静かな声に、タジマは臍を噛むように瞳を閉じた。

残酷だ。この世とは、なんと残酷なのだろうか。

この齢にして、これほどの覚悟を、思考を、努力を重ねられる存在に、神というのは妹ほどの才を授けてはくれなかった。

長、と言った声に熱はなく、己が子が早々と忍としての在り方を受け入れてしまったとタジマは悟った。

それでも、それ以上に安堵した。

きっと、きっと、この子がいれば、マダラの歪さを埋めてくれるであろうと期待した。

うちはの未来に、安堵した。

きっと、きっと、この子とマダラがいるのなら、憎き千手を滅ぼしてくれるだろうと。

 

 

「兄様!」

「お、何だ。ホノリ。」

 

クナイの修行から一足先に帰っていたホノリは、縁側にて帰って来た兄に依然と同じように甘えた。

ヒヨリは、縁側の上にいたホノリの頭をぐりぐりと撫でる。ホノリはそれに嬉しそうに顔をほころばせながら、笑う。

そこでホノリは、兄の顔が何故か明るくなっているように感じた。

 

「兄様、なんだか嬉しそうだけど、どうしたんですか?良いことでもあったんですか?」

「うん?いや、少し父様と話してな。なあ、ホノリ。みんなと、きょうだいたちとずっと一緒に居られたら、幸せだよな?」

 

問いかける様なそれに、ホノリは首を傾げるが、一族の会議にも出られる兄のことだ。何か、心配していることがあるのかもしれないと当たりをつける。

幼い彼は、至極素直に答えを返す。

 

「はい!兄様や姉様に、イズナとずっと一緒にいたいです。」

「どんなことがあっても?」

 

ホノリはそれにも、また、至極簡単に答えた。

 

「兄様たちがいれば大丈夫だよ!」

 

幼く、無邪気な返答にヒヨリは薄く微笑んだ。

 

「そうか。そうだな、そのために頑張らないとなあ。」

「兄様、大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ。そういうお前は大丈夫なのか?この頃、俺のこと避けてたろ。」

「え、どうしてわかるんですか?」

「ふふふ、お前のことぐらいお見通しだからな?」

 

ヒヨリはそういってホノリの頭をぐりぐりと撫でる。そうして、掠れた声で囁いた。

 

「そうだな、兄ちゃん、頑張るな。」

 

頷く兄にホノリは微笑んだ。兄の心配事を察することはできない。ただ、兄に力を貸せるほどに立派になりたいと願った。

いつか、憎き千手を滅ぼすための助けが出来るように。もっと、強くなろうと誓った。

 

 


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