ともかく一族滅亡は逃れたい   作:藤猫

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これからの展開に悩みまくって、片割れのひとたちの日常を書いてました。


とある片割れの姉弟たち

「・・・・ええっと。ほか、何かあったかな?」

 

千手百合はそう言いながら、はてりと首を傾げた。

ちょうど、彼女は自分の家の庭に大量の洗濯物を干した後だった。さすがは、忍の、しかも年端もいかない男四人兄弟がいる家だ。あまり簡単に衣服が用意できないとはいえ、それでもその量はけして少ないとは言えない。

しかも、今干した分は二回目で、彼女の持つ洗濯籠には一度目の洗濯物で満たされていた。

長女であり、戦場にも出られる歳である彼女は家事を担っている部分は多い。それも、彼女にとっては継母であり、柱間たちにとっては実母である女性が病弱であるという部分も多いが。

 

(いや、正直、医療も栄養もろくに取れない中、あんなばかすか子ども産んで生きてるだけですごいよ。あの人。)

 

脳裏に浮かぶのは、雪のような肌と髪を持った女性だ。良くも悪くも控えめな人で、奥方である自分が家の事をせねばと思っているらしく、よくよく百合の事気遣ってくれる。

外身はまだしも、中身はすでに成人して久しい身だ。さほど、気にしてはいない。

百合からすれば、行事ごとだとかはあちらで取り仕切ってもらっているし、自分は言われたことをやればいいので楽な事だ。

 

(・・・・・もう、そんなに日はないなあ。)

 

百合の脳裏に浮かぶのは、良くも悪くもうちは一族らしい、黒髪の少年だった。

そうして、自分と同じ、現代の記憶を持っているらしい少年。

正直な話をするのなら、百合は彼に出会うまで、自分の記憶をただの幻想のように思っていた。

けれど、その少年によって証明されてしまったのだ。

この記憶は、本当の事なのだと。

 

(どんな結論に至ってるのか。)

 

けれど、今の状態でそれを防げるなんて夢想は抱いていない。

彼の少年がどう動くかで、百合のやるべきことも決まるのだ。

どんな結末になるのか、憂鬱な気分ではあと息を吐いていると、家の中から幼子の叫び声が聞こえて来る。

百合は、思考を中断し、声の方に顔を向ける。そうして、その声の理由を察してあーあ、とまた息を吐いた。

 

 

「僕のだったのに!!」

「お前があんなとこに置いとくのが悪いんだろ!」

 

百合が洗濯籠を抱えて声のする部屋を覗くと、そこには瓦間に飛びつくように泣きついている板間と、その後ろで微笑ましそうにそれを眺めている扉間と柱間の姿だった。

そうして、扉間と柱間のいる机の上には、空の皿が一つ。

それによって、何があったのか察せられた。

 

「あー。もう、なにやってんの!?」

 

百合が洗濯籠を置いて、板間と瓦間の間に割って入ると、板間が百合の腰に抱き付いた。

 

「かわらまあにじゃがおやつ食べちゃったんだ!」

「あねじゃに言いつけるなんてずるいぞ!」

 

己を挟んで響き渡る子ども二人の騒ぎに、百合はぱんぱんと手を叩く。

 

「はいはい!分かったから。板間、ちょっと待っときなさい。」

 

百合はくるりと二人に背を向けて、部屋から出て行こうとする。そうして、もう一度、四人に振り返った。

 

「・・・あと、瓦間。逃げ出すんじゃないわよ。」

 

ぎろりと睨まれた瓦間は思わず固まり、小さくはいと返事をした。

百合はそう言うと、二人を置いて台所に向かう。そうして、とある戸棚を開けて、そこから皿を取り出す。そこには、今日のおやつとして用意していた干しイモを取り出した。

それを持つと、百合はそそくさとまた元の部屋に戻る。

そうして、泣きべそをかいている板間にそれを指し出した。

 

「ほら、姉ちゃんのあげるから。」

「いいの?」

 

ぐずぐずと鼻を啜っていた板間は、姉から差し出された皿を受け取った。ひとまず泣き止んだ板間に安心し、百合は無言で瓦間に向き直った。

瓦間は、どこか気まずそうに下を向いていた。百合は、それにまださほどない身長差を縮めるために、少しだけその身を屈めた。

 

「・・・・どうして、食べちゃったの?」

 

そこには、責める様な色はなく、どちらかというと純粋な疑問の方が勝っていた。瓦間は、いじいじと己の服を弄った。

 

「おやつ、足りなかった?」

 

瓦間は、それに、こくりと頷いた。それに、百合は仕方がないなあ、と笑う。くすりと、綻んだ笑みに、瓦間は恥ずかしそうに顔を下に向けた。

瓦間とて、わざと、板間をいじめたくてやったわけではないのだ。

ただ、おやつが足りずに、目の前にあったおやつをついつい食べてしまったのだ。瓦間は、百合が怒っていないか、内心ではびくびくしていた。

 

「あのね、足りないならまず私に言いなさい。そうしたら、何かしらは用意してあげるから。あんただって、弟とわざわざ喧嘩したいわけじゃないでしょう?」

「・・・うん。ごめんなさい。」

「謝る相手が違うでしょう?」

 

その言葉に促されるように、瓦間はちらりと百合の後ろを見た。そこには、ひょっこりと板間が顔を覗かせていた。

瓦間は、少しの間迷うような仕草をした後にごめん、と囁くように言った。

 

 

「・・・・・というか、あんたたちも見てたなら止めてほしいんだけどね。」

 

先ほどの喧嘩などなかったかのようにおやつを食べ終わった板間と瓦間は遊びに出かけてしまった。

それを見送った百合は、今まで静観を続けていた弟二人に皮肉気に行った。

 

「・・・・止めに入ると、もっとめんどくさくなる。」

「そうぞ。姉者を待つのが一番かと思ってな。」

 

扉間は、居心地が悪そうに顔を背け、柱間は、あっけんからんと言い放つ。それに、百合はそうかもしれないけど、と頷いた。

そうして、目の前の二人も、未だに生きた年数が二桁もいっていないのだ。そんな二人に、年長者としての対応を求めるのも間違っているだろう。

 

(それを言うなら、私にこういう躾系の役目をやらすのやめてほしいんだけど。)

 

百合の義母は、基本的に寝込んでおり、彼女の世話係兼使用人も、百合の出来ない家事の為かあまり柱間たちに構えないのだ。

さすがに、喧嘩を止めぬわけにもいかず、手探りなまま姉役を引き受け続けている。

 

(・・・・私は、姉をやれてるのかねえ。)

 

考えたとしても仕方がないことを思う。百合は、そんなことを漏らしもせずに、また喧嘩をしているようなら止めるように二人に言い含めた。返って来た返事に頷きながら、立ち上がり洗濯籠を持ち上げた。

 

「俺も、手伝うぞ!」

「うん?そりゃあ、助かるけど。って、柱間、あんた今日の分の書き取りは終わってるの?」

「ちゃんと終わらせた!」

 

その言葉に、百合は思わず扉間の方を見た。扉間は、それに軽く頷いた。

どうやら、本当らしい。

 

「む、疑うなんてひどいぞ!」

「あんたそう言って、書き取りとかの座学すーぐサボんじゃない。」

「・・・・・座って何かすると、むずむずする。」

 

それに百合は、らしいなあと苦笑して、その頭をぐりぐりと撫でた。それに、柱間はにへえと、普段から緩んでいる顔をさらに緩めた。

 

「それなら、洗濯物畳むの手伝ってもらうかな。」

「・・・姉者、ワシも。」

「あら、扉間も?助かるわね。」

 

とてとてと近づいて来た扉間に、百合は微笑んだ。

 

 

柱間は、百合という姉の事が好きであった。

 

「・・・・柱間、どうしたの?頭痛い?」

 

三人で洗濯物を畳んでいる時、百合はそう言って柱間のおでこに手を当てた。その時、柱間は、珍しく扉間と百合が話している間黙り込んで作業を続けていた。

それを心配した百合は、柱間に矢継ぎ早に気分は悪くないかと問いかける。柱間は、己におでこに当てられた手のぬくもりに心地よさを覚えた。

 

 

「姉者は、兄者に過保護すぎる。」

 

大人のようにしかめっ面をする扉間に、百合が呆れたように言った。

 

「何言ってんの。あんただってこの前熱出して寝込んでたでしょ?」

「兄者がかぜなどひいたことない。」

「いくら風邪ひかなかろうと、怪我が治るのが早くても、万が一があるでしょう。だいたい、あんたたちぐらいには過保護でいいのよ。この前好奇心で薬草食べて熱出したあんたが言えることなんてないでしょ?」

 

百合の言葉に、扉間はまた、思いっきり顔をしかめた。そうして、自分にとって恥ずかしいと認識している出来事を蒸し返されることを避けるためか、洗濯を畳むことに専念しはじめる。

 

「大丈夫ぞ、姉者。」

「そう?気分が悪かったら、すぐに言いなさいね?私たちのぐらいの子どもなんてすぐに体調崩すんだから。」

「・・・姉者とて子どもだろうに。」

 

百合は、大人のような顔でそんなことを言うものだから、扉間は顔を又顰める。それに、柱間は、その顔が父親に似ているなあとぼんやりと思った。

 

「まあ、それならいいんだけど。何かあるなら、すぐに言いなさいよ?」

 

それに、柱間ははにかむ様に笑って頷いた。柱間は、姉である百合の過保護さが何よりも心地が良かった。

 

 

千手一族は基本的に病気などはあまりしない。柱間たちの母のように白髪をしたもの、聞いた話では昔入った血筋の影響、は病弱なものが生まれることはあるが。それでも、やはり子どもの内はそれ相応で寝込むことは数度は重ねるものだ。

けれど、柱間は生まれた時から病気など一つとてしたことはなかった。幼いころから、異様に頑丈な彼を父は誇っていた。病弱であった母も、柱間を生んだことによって当主の妻としての立場を確立したのだ。

そうであるがゆえに、柱間は物心ついたころより跡取りとして在り方を求められた。

元より、素直な資質のせいか座学をサボることを抜けば手のかからない子どもであった。そのために、柱間はあまり構われることのない子であった。

元より、母は病弱で在り父も又子に厳しく、それに加えてすぐに弟も生まれてしまったため両親を独占できる時間などほとんどなかった。

柱間も弟の事は可愛かった。ふにゃふにゃとした暖かな体を抱っこさせてもらった時の喜びは、彼に刻み込まれて久しい。母が乳飲み子であり、自分よりも幼い弟たちを心配し、優先するのも嫌ではなかった。父が、柱間に厳しい言葉をかけるのも、期待しているが故だと知っていた。

もちろん、愛されているのだと、分かっていた。

母は、柱間が顔を出すたびに気にかけてくれていたし、父は、柱間に期待して稽古をつけてくれた。

一族の皆は、柱間を可愛がり、同年代の子どもたちを何くれと柱間を頼ってくれた。

二人は、柱間に期待してくれた。柱間を愛してくれていた。

そうであるがゆえに、柱間は、甘えるということが下手な子どもになっていた。

 

柱間は、頑丈であった。病気をしたことなどなく、怪我もそうそうに治ってしまった。だからこそ、柱間は跡取りとして以外では優先されることはなかった。

人はどうしても慣れてしまうものだ。

そういうものだと柱間を扱い、心配するということはあまりなかった。

何よりも、やんちゃな性質の人間の多い一族では怪我をする子どもも多く、風邪を引く兄弟がいれば必然的に柱間の構われる頻度は少なくなった。

それは、当たり前であり、辛いと思うことはあまりなかった。

ただ、時折、意味も無く、一人でいることが嫌になることがあった。わけも無く、母に躊躇なく抱き付く弟たちを見るのが嫌になることがあった。弟たちと、母が話すのを見ていると皆と共に居るはずなのに、独りでいるような気分になった。

それを寂しさと名付けるには、柱間は幼過ぎた。

転んで擦り傷を心配される遊び仲間を見て、転んでみたことがあった。擦り傷なんて出来ていなかった。

組手で殴られたことがあった。父は、立ち上がれと叱りつけた。

なんだか、寒気がする気がして母に言いに行った。弟の一人が熱を出したと慌てていた。

 

わけも無く、母に己だけを見てほしいと思った。少しだけでいい。弟たちを置いて、自分の事を見てほしいと、そう思って母の袖を引いた。

母は、困ったように言った。

 

「柱間。あなたは、熱を出したことも、怪我で長い間寝込んだことも無いから分からぬでしょうが。あの子は今、とても辛いの。我慢してください。」

 

やんわりと、母は柱間を諫め、そうして拒絶した。

するりと、手から服の袖が抜け落ちた。母は、丈夫でない体を引きずって、自分もあまり体調がよくないというのに、熱を出した兄弟の元へ行く。

父でさえも、熱を出した弟の元に顔を出す。

遊び仲間は、怪我をする、病気になる。

 

柱間だけが、それを知らない。柱間だけが、ずっと、ずっと、変わらぬまま。

それに、柱間は何かに気づきそうになる。気づきそうになるけれど、幼い柱間にはそれが何か分からなかった。

ただ、一つだけ、柱間だけが、そうであることが分かった。

 

それから、柱間は特に何かしらの事があるわけでもなく、その違和感を抱えて生活していた。けれど、その違和感をひっくり返す出来事が起こった。

 

「・・・知っているだろうがお前の姉の、百合だ。」

 

そう言って、紹介されたのは、焔のような髪をした少しだけ年上の少女だった。緑色の瞳を真ん丸に広げて、少女は柱間を見ていた。

姉がいることは知っていた。何故か、違う家で暮らしている彼女はよく知らないが、柱間が生まれた時に立ち会ったそうだ。弟たちが生まれた時も、その時だけふらりと連れてこられ赤子を抱き上げていた。

滅多に関わることのない立場である彼女を、柱間は絵空事のように感じていた。姉という存在に興味が湧かなかったわけではないが、それ以上に柱間の周りにはたくさんのことが溢れていて、ふだん遠くにいる姉に割く時間を持っていなかったのだ。

 

「・・・・ああ、訳あって離れて暮らしていたが。今日から共に住むことになった。百合。」

 

その言葉に、じっと柱間を凝視していた百合は弾かれた様に、声を上げた。

 

「百合と、言います。よろしく、柱間。」

 

それに、柱間は何と言えばいいのか分からず、こくりと頷いた。

 

百合は、柱間の家にさほど苦労をすることも無く馴染んでいた。元より父は姉に対して思うところがあるらしく、さほど口を挟むことも無かった。母の方は、男ばかりで出来た娘が嬉しいらしく何くれと気遣っていた。元より、妻を多く持つ傾向にある千手の当主の妻だ。腹違いのきょうだいなど、とっくに覚悟していたのだ。

まだ幼い弟たちもいつの間にか出来た姉に違和感も無く受け入れていた。

もちろん、柱間も、姉を嫌っているということはない。

ただその姉は、なんだか、不思議な人だった。

 

「大丈夫、怪我してるんじゃないの?」

 

それは、父親との鍛練から帰って来て柱間を出迎えた姉は心配そうに言った言葉だった。

柱間は、それに、驚いた。

なんだか、久しくそんな言葉など聞いていない気分だった。

 

「ん、うん。だいじょうぶぞ。」

「本当に?擦り傷なんかもないの?」

 

姉はそう言って、柱間の腕を取り傷がないことを調べる。それに、くすぐったさと照れくささを覚えた。

 

「えっと、俺は、怪我もあんまりしないぞ。」

「そんなこと言って、化膿してたりするのよ。いくら傷の治りが早いからって、それがいつもだってわけじゃないでしょう。」

 

心配ぐらいするわ。

 

その言葉は、衝撃だった。その言葉は、驚きだった。その言葉は、不可思議だった。

その少女の瞳は、どこまでも、どこまでも、柱間を弟たちと同じものとして映していた。

その瞳に映っていたのは、ただの、子どもであった。

 

「まあ、いいわ。ほら、さきにおやつでも食べましょ。お腹、減ってるでしょ?」

 

百合はそう言って、柱間の手を取った。そうして、彼女は姉らしく、柱間を弟のように手を引いた。

 

「鍛練頑張ってるし、みんなより少しだけおやつの量、多くしてあげる。」

 

少女は、そう言って、少年の頭を撫でた。

 

「無理しちゃだめよ。」

 

その時、確かに柱間は、ただの子どもであったのだ。ただ、怪我を心配される、姉に甘やかされるだけの子どもであった。

柱間は、柱間だけではないように思えた。

 

 

柱間の姉は変わることなく、弟たちと平等に扱った。父との鍛練のたびに、柱間の心配をした。すねた柱間を、いの一番に見つけるのも百合であった。

父のように柱間に厳しくすることも、母のように柱間に兄であるからと後回しにすることはなかった。

抱きしめられて、頭を撫でられることがなんだかたまらなく心地が良かった。

百合は、柱間に過保護であった。

怪我をしていないか、病気をしていないか、喧嘩をしていないか、嫌なことはないか。

百合は、どこまでも柱間を心配していた。

父や母や、一族のように柱間をこういうものであると扱うのでなく、逐一柱間の様子を気にしていた。

ただの、弱い子どものように扱われることが嬉しかった。皆と同じもののように扱われることが、ただ、嬉しかった。

姉の前では、柱間は、ただの子どもであれた。ただの、幼いだけの子どもであれた。柱間は、ひとりでないのだと思えた。

柱間は、幼い子どもとして、姉に甘えることが出来る己を気に入っていた。

姉は、不思議な人だった。

姉は、どこまでも、柱間をただの子どものように扱う人だった。

 

 

(・・・・寝たか。)

 

洗濯物を畳んでいる間に、いつの間にか眠ってしまった柱間と扉間を前に、百合は息を吐く。

そうして、洗濯物をまとめながら、柱間と扉間の頭を撫でた。

さらさらとした髪と、癖のある髪を撫でた。

 

(・・・・可愛い、弟、私の、弟。)

 

百合は、元々、千手仏間の元にいなかった。どう言った経緯があったのかは知らないが、少しの間他家に預けられていた。どんな経緯があるのかは分からないが、仏間の元に引き取られたのだ。

 

(・・・最初に、この顔を見た時に、よくぞ叫ばなかったな。私よ。)

 

仏間という父親の名前に、覚悟は出来ていたのだ。自分の生まれた、環境やら、立ち場というものに。

 

(・・・・・生まれてこなければ、よかったのに。)

 

弟二人を前に、そんなことを思うのは、彼女の中に欠片だけ残った、読者であった自分だった。

それは、どこか、小説の一節を読むように熱も無く、実感もない単語であった。

生まれてこなければ、自分の弟として、生まれてきてさえくれなければ、百合の地獄は存在しなかったのに。

死にたくない、痛いのなんて御免だ。彼女の、人として当たり前の感情はわめきながら、戦場を恐れていた。

最初は、無視できていた。ただ、赤子として抱き上げただけ。ただ、血がつながっているだけ。

それだけだった、それだけなら、無視だって出来たのに。

否応なく、百合は柱間の近しい場所に立ってしまった。

百合は弱い人間だ。自分よりも、ずっと幼いくせに父親に鍛えられる子どもを無視できなかった。

手のかからない子どもとして、独りでいる子どもを、無視できなかった。

いつか、死んでしまう二人の事を想うと、どうしても、無視することが出来なかった。

怪我の心配だって、病気をしているかもしれないと、どうしても気にせずにはいられなかった。

きりきりと、きりきりと、百合の中で、見捨ててしまうかもしれないという罪悪感が暴れている。分かっているのだ、無視してしまえば、百合はきっと生きてはいけない。

その罪悪感を抱えて、あの柔らかい体温に、苛まれて続けるだろうと。

百合は、もう一度、弟たちの頭を撫でた。

愛しているのだろう、その弟たちを。もっと、簡潔に言えば、どうしようもなく罪悪感に引きずられるような情を抱えていた。

あの記憶の事でさえ、最初は妄想か何かだと思っていた。

いや、思っていたかったのだ。そう、思い込もうとしたのだ。

だって、あんなことが起こるなんて、どうして信じたいと思うだろうか。

百合の弟たちは、二人を残して死ぬのだ。

幼子のまま、恋も、酒の味も、子を残すこともなく、蕾になることさえ許されずに死んでいくのだ。

例え、二人残るとしても。だからなんだ?

それでも、半分は欠けてしまうのだ。

自分の生死さえも分からなくても、百合はそのことを思うだけでたまらなくなる。だから、無視しようとした。

百合は逃げ続けようとした。けれど、それでも、無視し続けることも出来ぬほどに、百合は弱かった。無意識のうちに、百合はずっと死んでしまうかもしれない未来を恐れても、なおのこと、罪悪感を抱えて生きる覚悟を持てなかった。

 

 

(・・・・生まれてこなければ、もっと、気楽に生きていけたのに。)

 

愛している、幸福と願っている、生き残ってほしいと思っている、何よりも、何よりも、そう思っている。

軋み続ける心の奥で、生まれて来たくなかったなあと、他人事のように呟いた。

 

 

 

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