AKIBA'S TRIP SHADE 作:AhoMidoro
中央通り南東にあるスーツ専門店からワイシャツを着たハヤオが出てくる。
「緊張した……」
普段入るようなこともあまりなく、まだ学生のハヤオにとってはなかなか息苦しい場所であった。
(あれ、アキヒロさんだ。道の真ん中でスマホなんか持って、写真でも撮ってるのか?)
道路の向かい側、中央通り南西にスマートフォンらしきものを構えるアキヒロの姿を見つける。
(こんなところで何を撮ってるんだ? カメラの先は……三人組のバンドマン。もしかして……あいつらもカゲヤシ?)
撮った写真を確認したアキヒロが、バンドマンの一人に話しかけた。何を言っているのか、ハヤオには聞こえない。しかし、仲良く世間話をしているような様子ではないことは遠目に見ていても分かった。そして四人が戦闘態勢を取る。
(やっぱりか。でもどうしてカゲヤシだって分かったんだ? いや、それよりマズいな。一対三だとアキヒロさんが不利だ。…………俺は、どっちの味方なんだ?)
ハヤオは迷っていた。結果的にとはいえカゲヤシに協力することになったにも関わらず、目の前で始まった戦いをどちらの側として見ればいいのか判断できなかったのだ。
(まず何よりもここを離れよう。アキヒロさんに気づかれる前に。……少し早いけど、ライブスペースに向かうか)
衣服を破かれ脱がされ灰となり消えていくカゲヤシを背に、ハヤオはその場を走り去った。
約束の時刻。
(……遅いな。エージェントに襲われてたりしないよな? ……少し捜してみるか)
周囲を警戒しながら外に出たハヤオの横を、三人の男達が通り過ぎた。
(黒服サングラス、エージェントだ。デッキから下りてきたよな。……なんだかあっちだけ人が少ないな。よし、行ってみるか)
エージェントが歩いてきた方向、UD+のデッキに向けて階段を駆け上がる。NIROが人員を配置したのか、その周辺だけ不自然に人が少なかった。
最後の一段を上ったところで、ハヤオの視界によく知った男と捜していた男が向き合って立つ様子が入ってきた。
(優とアキヒロさん……? どうして二人が一緒にいるんだ……)
「そっちはどんな感じだ。味方はやられたんだろ?」
「はい」
(バンドマンの格好、アキヒロさんが優の部下……。いやいやいやいや、エージェントじゃなかったのか?)
「聞いている。まったくクソな話だ。やり損ねたガキにここまでやられるとはな。あの時にやっぱりトドメをさしておくべきだったんだ。クソッ! 瑠衣の血を得た人間、か。よりにもよって敵に回るとは皮肉なもんだ。………………」
「それは僕のことか?」
「あ? 何を言って……!? 貴様はっ!? しまった、待ち伏せか!」
アキヒロが戦闘態勢に入り、優が背負っていたギターを右手に構える。
(変装してたってことか! ……まさか初日から二人が殺し合うことになるなんて、冗談じゃない……)
二人の戦いは、ハヤオがそれまで見たどんな戦いよりも激しいものだった。バンドマンを相手にしていたときのアキヒロにはいくらか余裕があったが、今は違った。軽くはないはずのギターを片手で軽々と扱う優と、回避に重点を置いて細かく立ち回るアキヒロ。お互いがお互いの服を剥がそうと必死になる。二人の力量はほぼ互角だった。しかし、不意をつかれた優の服が先に限界を迎える。
「ぐっ……。さすがにアイツの血を得ただけはあるじゃねぇか。確かにオレの部下じゃ歯がたたねぇ。だが、オレはこの程度じゃ灰にならねぇぜ。オレは対陽光性が他の奴らよりも優秀だからな」
(優、無理しないで逃げろ……!)
追い詰められたように思われた優だったが、脱げかけてボロボロになった服を気にする様子などなくギターを構え直す。
「さぁ、ラウンド2だ!」
「もう十分だ、ケリをつけるぞ!」
アキヒロに対峙していた優の背後から声が響き、高価そうな灰色のスーツにこれまた高価そうな黒いコートを着た男と聡子が姿を現す。男の名は瀬嶋隆二。秋葉原でNIROの指揮を執る、実質的なトップであった。
「はいっ!」
(囲まれた!? 優……!)
「クソッ、コイツは捨て駒か! ……今まで数で押してきたのに、いくらコイツだからって、一人で現れたのはおかしいと思ったぜ」
優が再び視線をアキヒロへ向ける。
「なぁ、以前はいろいろあったが、今やお前はオレたちと同族。捨て駒同然の扱いを受けてよぉ、お前、それでいいのか? ……頼む、後生だ。今回だけ見逃してくれ」
「……わかった、行け」
「……そうこなくっちゃ。ヘヘッ、バーカっ!」
優が姿勢を低くし、アキヒロの脇を抜けてその場から走り去った。ハヤオのいる方へと近づく。
「しまった!」
「……貴様、正気か? 化け物に情けなど……」
聡子が声を上げ、瀬嶋がアキヒロに対し不快感を示す。
(連中の会話を聞いていたいけど、それどころじゃないな)
ハヤオは瀬嶋達から死角になる場所で優を待ち、近づいてきた優に手を振った。
「優、速く!」
「お前……! なんでここに!?」
「いいから速く! 追撃されたらどうすんだよ!」
優は驚いていた。部下だと思った相手が変装したアキヒロだと気づいたときと同じくらいか、或いはそれ以上に。
「服がボロボロだけど大丈夫なのか?」
「オレは末端連中と違ってこの程度じゃ塵にはならねぇよ。焼かれた側から回復するからな。身体にダメージがあればそうともいかないが……」
「その末端とかってのも含めて訊きたいことがいっぱいあるんだよ。協力する以上ちゃんと答えろよ」
「わかったよ。……オレも訊きたいことがあるからな」
「僕はオトリだったのか?」
変装の為につけていたヘッドフォンを頭から外しながらアキヒロは尋ねる。
「そうだ。技を身につけたところでお前は所詮、素人だ。こちらが想定した以上には戦えていたが……やはりダメだ。まだまだツメが甘い。ならばこういう使い方をするのが最も適切だ。違うか?」
「………………」
そう言って立ち去ろうとした瀬嶋が、足を止めて再びアキヒロを見た。まるで舐めまわすように。
「……妙だな。いくら眷属の血を使ってカゲヤシ化したとはいえ、随分と……。……ふん。血の相性でもあるのかもしれんな」
気のせいか一瞬だけ怪訝そうな顔をして、今度は立ち止まらずに戻っていった。残された聡子がアキヒロに謝罪をする。
「騙すようなことをしてごめんなさい。けれど、わかってください。私達は遊びでやっているわけじゃない。あなたが一人で現れなければ奴は戦う前に逃走していたはず。合理的に考えて奴を倒すためにはこれが一番……。──────」
聡子が言っていることは間違っていなかった。しかしそれは瀬嶋をフォローする目的での発言であり、つまり言い訳でしかないとも言えた。
(そもそも俺はエージェントじゃない。協力しているだけだ。そうだ、これは遊びなんかじゃない。素人のままではいられない)
「と、ともかく、お疲れ様でした。次の連絡があるまで体を休めてください。また何かあればご連絡します」
「……了解」
アキヒロに背中を向けた聡子が、斜め右に視線を落とす。
「……私が言うのも何ですが、あの人を、恨まないでください。あの人は、ただ一生懸命なだけなんです」
(別に恨んだりはしないさ。ただ命令に忠実じゃないだけだ。……奴とは、また戦うことになりそうな気がする)
配置されていたNIROの人員が解除され、すぐにUD+は普段通りの賑わいを取り戻した。しかしアキヒロは喧騒の中、しばらくそこに立ち尽くしていた。
周囲にエージェントがいないことを確認し、ハヤオは扉を閉める。
「……どうしてあそこにいた?」
優が疑問を投げかける。
「ん?」
「ここにいるはずだっただろ」
「あー、うん、遅かったから。エージェントに襲われてたらと思ってな」
「昨日の傷のせいで歩くのだって楽じゃないだろうに。来たって戦えるわけでもない」
そして、理解できないというような顔をして目線をそらした。
「……たしかに。無駄だったな」
「……礼は言わねぇぞ」
「感謝されようなんて思ってないよ。実際何もしてないし」
「…………。で、訊きたいことってのは?」
「うーん……何から訊けばいいんだ。えーと、アキヒロさんとは知り合い?」
「アキヒロ? あいつのことか。その言い方だとお前は知り合いみたいだな。知り合いっていうのとは少し違うが……。昨日の晩、お前を見つける前に襲ったんだよ。だが色々あって、血も吸えずトドメもささなかった。よりにもよってエージェントになるとは思わなかったがな」
「アキヒロさんも襲われてたのか……。もしかして優、キヨタカさん……アキヒロさんの友達も襲った?」
「その辺のことも知っているのか。あぁ、確かに吸血した。そいつを捜しに来たらしかったな」
「なるほどな。理解できた。あと、末端とかっていうのは? 身分か階級だとは思うけど」
「カゲヤシは大きく妖主、眷属、末端の3グループに分けられる。カゲヤシの頂点に立つ妖主、人間で言うところの幹部に当たるその血族、そして強い自我を持たない末端だ。ちなみに末端連中は妖主の命令には逆らえない」
「つまり、ユウは眷属だから炭化しなかった?」
「そういうことだ。お袋が妖主でな」
「……王子様じゃん」
「……間違ってはいないが、それは何か違う気がするぞ」
「それと、エージェントのことなんだけど……。エージェントは人間じゃないのか?」
「いや、基本的には人間だ。但し例外もいる。同胞の血を使ってカゲヤシ化した強化エージェントだ。今はお袋が引き付けているんで秋葉原にはいないが、かなり厄介な相手だ」
「カゲヤシの血でカゲヤシになる……。アキヒロさんは強化エージェントってことか?」
「いや、あいつは違う。瑠衣……オレの妹が瀕死のあいつに血を与えたんだよ。NIROの連中はその力を野放しにはできなかったんだろうな。特例ってわけだ」
「そういえばさっきもそんなこと言ってたな。てか、妹いたんだな」
「アネキも二人いる。意外か? まぁ、人間の感覚とは違うからな。全員父親は違い、歳も数十離れている。生まれてすぐに他のカゲヤシに預けられ、親と暮らすことはない。オレ達は親兄弟とベタベタ馴れ合いはしねぇ。ただアネキ共も瑠衣も父親が人間で、まるで人間のように甘い。特に瑠衣はお袋に育てられたんで、カゲヤシらしさの欠片もねぇ。……妖主の子供の中で、オレだけが、純粋なカゲヤシだ」
「嫌いなのか?」
「好きじゃねぇ。アネキ達はマザコンだからな。瑠衣は特別でお袋が可愛がってるが、アネキ達はそれが気に食わないらしい。そのくせ瑠衣自身はお袋の計画に乗り気じゃないみたいで、アネキ共が手を焼いてる」
「カゲヤシも人間もそんなに変わらないように思うんだけど、やっぱり違うのか?」
「姿形は似ていても、まったくの別種だ。そうだな……オレは何歳くらいに見える?」
「10代後半から20代前半かな」
「実際の年齢はそんなもんじゃねぇ。カゲヤシは人間と違ってあまり気にしないんで細かくはわからないが、これでも30年か40年くらいは生きている」
「長寿の種か。確かに人間とは違うわ。じゃあ、どうして人間が嫌いなんだ?」
「どうして? ……そうだな、人間であることに誇りもねぇ。同胞意識もねぇ。能力だってカゲヤシよりも劣る。何より人間以外を認めず、カゲヤシを狩る。好きになれるわけがない」
「うん、間違ってはいないと思う。ただ、全員がそうだってことでもないと思うぞ」
「さあな。……オレからも質問させろ。どうして逃げなかった?」
「逃げる? 何のことだ?」
「今日一日、逃げ出そうと思えばどこへでも行けたはずだ。それなのにどうして逃げなかった?」
「……考えもしなかった。というか、逃げられたのか?」
「お前には監視をつけなかった。正直、逃げるだろうと思っていた。まだお前のことを知っているカゲヤシはほんの一部だ。逃げようとしても誰も気がつかない。いつでも逃げられた」
「最初から頭になかった。逃げられるなんて知らなかったし、もし知っていたとしても、多分俺は逃げなかったと思う。特に理由はないけどな」
「……理解できないな。オレたちは人間を襲うんだぞ?」
「そんなの、人間だって牛やら豚やらを食べるだろ。カゲヤシが人間の血を吸うのはおかしいことじゃないと思う。まあ、人間を殺す必要があるなら考えちゃうけどな」
「……お前、変わってるよ。……なぁ、もしも力があったら、エージェントと戦えるか?」
「こんなド素人がプロ相手に戦えるか? 無理だろ」
「力があれば、だ。あいつ……アキヒロだったか。見ただろ? あいつだって昨日まではただの素人だったんだ」
「……俺にカゲヤシになれと?」
「強制はしない。それに一時的なもので、しばらくすれば人間に戻る。戦闘に参加しろとも言わない。自分の身を守るためだ」
「俺はお前の嫌いな人間だぞ」
「朝も言ったが、お前は特例だ。……この辺だったか」
優がズボンの上からハヤオの左腿に手を当てる。そこは昨晩、優が蹴りを入れた部分だった。
「いたっ……」
「カゲヤシになれば、この傷も治る。……どうだ?」
「……わかった。なるよ、カゲヤシに」
「よし……上を向いて口を開けろ」
そう言うと優は、犬歯を使って左手の小指を第二関節から先端まで切った。傷がすぐに塞がらなかったのは、おそらく傷が浅くなかったからであろう。
「…………」
表情を変えずに優は左手をハヤオの顔の上に持っていく。下に伸ばした小指の爪先から滴り落ちた数滴の鮮血が、ハヤオの舌の上にのった。