AKIBA'S TRIP SHADE 作:AhoMidoro
「話が終わるまで、誰も近づけるな」
瀬那が側近の男に命令する。短く返事をすると男は、部屋の外へ出て扉を閉めた。
優を一瞥し、瀬那がハヤオに鋭く視線を刺す。
「午後ハヤオ、お前はなぜカゲヤシが人間を襲っていると思う?」
「吸血するためです」
「ではなぜ、吸血をしていると思う?」
「えっと……生きるためですか?」
なぜ吸血をするか。そう言われてみると、吸血の理由を聞いていなかったことにハヤオは気がついた。
一方瀬那は、その答えが間違いではないが正解でもないものであったために質問を続ける。
「具体的には?」
「食事じゃないんですか? それと、人間が敵だから?」
「……優の口から説明して」
沈黙していた舞那は瀬那を、祐樹は優を見る。そして、優はハヤオを。
「確かに、本来カゲヤシの主食は人間の生き血だ。だが……今は人間と同じものが食える」
「え、そうなの……? あっ、でも、やっぱり血のほうがいい理由があるとか。人間の食事だとリスクとかデメリットがあったり?」
「いや、何もない。昔は違ったらしいが、人間の影で隠れて生きるうちにカゲヤシは変わった。つまり……人間の血を吸う必要はもうない」
「……マジか」
ハヤオは、どうやら自分が勝手な勘違いをしていたらしいと知った。そもそも、優は一度も食事として吸血をしているとは言っていなかったのだ。
「これを聞いて、午後ハヤオ。どう考える? それでも我々に協力できるか?」
「……一度自分で協力するって言っちゃいましたし。ていうか、本来カゲヤシは血以外を食べられなかったんですよね。人間が追い詰めたから、変わらざるを得なくなったってことですよね?」
食べるという言葉が適しているかは判らなかったが、ハヤオは言った。カゲヤシが変わらなければならない状況を作り出したのが人間であれば、人間にカゲヤシを責める権利はない。
「……は?」
舞那は驚きを隠せなかった。隠すことを忘れていた。そしてそれは舞那に限った話ではない。優、祐樹、普段敵の前で表情を崩さない瀬那までもが、ハヤオの言葉に衝撃を受けていた。その言葉は、完全に想定の範囲外だった。
「本気で言っているのか? もう一度言うが、カゲヤシが人間を襲う必要はないんだぞ?」
「本気ですよ。それに人間だって、その気になれば農作物だけでも生きていける。でも美味しい物を食べたいから、動物を狩る。だったらカゲヤシが人間の血を吸いたがったって文句言えませんよ」
「……カゲヤシが人間を襲っているのは、別に人間の血が欲しいからじゃない。ある計画のため」
「さっきサクラって人も計画って言ってましたね」
「姉さん、教えてもいいの?」
舞那が口を開く。
「うん。私は、信用できない人間じゃないと思う」
その言葉で、重かった空気が少しだけ軽くなった。
「……我々が秋葉原で実行しているのは『引きこもり化計画』」
「引きこもり化?」
「将来日本の重要な担い手となる若者を選択的に吸血し、引きこもり化させることで社会における人材的資源に痛打を与え、これにより生まれる働き手の空隙に同胞を送り込む事で、じわじわと人間の社会を我々のものとする。それが引きこもり化計画」
「吸血されると引きこもり化するってことですか?」
「カゲヤシに吸血された人間は極めて強い倦怠感を抱き、太陽光にさえ過敏に反応する特殊な虚弱体質になる。これを利用して、強制的に引きこもりにしてしまう」
「なるほど……。とんでもない時間のかかる計画ですね」
「……そうだな」
(とりあえず、認められたってことでいいんだよな……)
ハヤオと瀬那の話が終わり、瀬那が優に話しかける。
「それで、優はこの子をどうするつもりなの?」
「オレの側近に就かせる。本当ならオレが色々教えてやろうと思ったが、さっきも言ったように堂々と動けないんでな。とりあえず明日は訓練だ。その後のことは追って考える」
「側近に……? いや……わかった」
瀬那は何か言いたげだったが、それが無駄だと察したためか何も言わなかった。
「祐樹。お前がハヤオの面倒を見ろ。間違っても殺したりはするなよ?」
「わかりました。危険のない範囲で訓練します。あまり追い詰めては殺すどころか、むしろ私が殺されかねませんし」
祐樹がハヤオを見て、冗談のようなことを言う。
「いやいや、俺そんなに強くないでしょ」
ハヤオはそれをちょっとしたジョークだと思って否定した。その台詞を聞いて、舞那が気づく。
「そうか。アンタはまだ今の自分の状態を知らないのか」
「おいハヤオ、そこで軽く跳んでみろ」
優に指示され、言われた通りにハヤオは地を蹴ってみた。
──────。
「へ?」
間の抜けた声が出る。言われた通りに、軽く跳んでみた。それだけ。しかし彼の体は、そうとは思えない高さにあった。天井に頭が届きそうなのである。
「それが、俺の血の力だ」
着地したハヤオはただ唖然としていた。そんな彼に祐樹が言う。
「俺は冗談で言ったのではない。それだけ優様の血は強力なのだ」
「これが……カゲヤシの力……」
「それだけじゃない。眷属の、更に言うとママ……現妖主の実の子供の血。ごく少量でも強力なのは当然」
瀬那がどこか誇らしげに付け加える。
「訓練ってのは戦い方のことだけじゃねぇ。力の扱いを知るってことも重要だ」
(嘘みたいに体が軽かった……。力の扱い、か。たしかに、今のままじゃ力に振り回される)
今自分の周りにいるカゲヤシ達が、どれだけ人類にとって恐ろしい存在なのかを今更、理解した。そして、そのカゲヤシ達を狩るNIROの強力さを。
「さて、話はこれで終わりだけど、何か質問はある?」
「……あ、えと、カゲヤシとか関係ないことでもいいですか?」
「言ってみろ」
ハヤオは二人を見てからずっと気になっていたことを尋ねてみた。
「お二人って、ダブプリですよね?」
その場の面々が小さく動く。
「なんだ、私達のことを知っているのか」
「へぇ……もしかしてファンなの?」
瀬那の反応は大きくなかったが、舞那のほうが興味を示す。
「ファンって言えるほどかわかりませんけど、お二人の曲は好きでよく聴かせてもらってます」
「好きな曲とかあるの?」
「有名なところだとGUTTER STARが好きで、少しマイナーなのだとRetryが大好きです」
舞那が満足そうな表情を見せた。
「ふ~ん、結構ちゃんと聴いてくれてるじゃない」
そこで今度は瀬那が尋ねる。
「新曲のVANITY VAMPはもう聴いてくれた?」
「はい、聴きました。なるほど、ダブプリがカゲヤシだと知ってからだと歌詞の意味が解るような気がします」
「姉さん、こいつ気に入った!」
「うん。悪い奴じゃなさそうね」
ダブプリの話が出てから徐々に空気が和らぐ。ハヤオの耳は、その中で優が小さく放った舌打ちを拾った。
「他には何かある?」
「はい。エージェントはどうやってカゲヤシを見分けるんですか?」
「どうやら連中は判別機を持っているらしい」
「判別機……?」
「と言っても、それがどんなものかは分からないけど」
判別機。その言葉を聞いて中央通りでの出来事を思い出す。
「……もしかしてカメラじゃないですか?」
「カメラ?」
「今日見たんですけど、エージェントとカゲヤシが戦い始める前に、エージェントがスマホで写真を撮っていたみたいなんですよ。それで、もしかしたらなぁと」
「わかった、部下に調べさせる。他には?」
「いや、もう大丈夫です」
「そうか。最後に、協力するというのであれば今後このアジトを自由に使って構わない。それと、働きに応じて報酬も用意しよう」
先程までとは違い、ハヤオは少しばかり居心地のよさを感じていた。舞那は笑顔を浮かべ、瀬那もまた微笑んでいた。しかしただ一人、優が微妙な表情をしていたことに、ハヤオは気づいていた。
「疲れた…………」
部屋を出た。深呼吸をし、体を伸ばす。
「それで、俺はこれからどうすればいい?」
「さっきも言った通り、明日は訓練だ。あとは……そうだな、実際にカゲヤシの活動を見てみろ。俺が動けるようになるまではそんな感じだ。おい祐樹」
優がハヤオに答えて祐樹に声を掛ける。
「ある程度こいつが力に慣れたら報告しろ。俺が見てやる」
「解りました」
────ぐうぅ。
突然、間の抜けた音が鳴った。優と祐樹が同時にハヤオに目を向けた。
「お前、腹減ってんのか」
「そういや昨日の夜からなんも食ってないや」
自分が食事を摂っていなかったことにハヤオは気がついていなかった。というよりは、そこまで飢えを感じていなかったというほうが適切だろうか。一日が充実していたからか、カゲヤシになったからなのか。
「丸一日か……。ライブスペースに行くぞ。なんか食わしてやる」
「えっ。あ、ありがとう」
出口に向かって優が歩き出す。それに続いてハヤオと祐樹も。
「あそこに食べ物なんてあったんだ……」
「ライブハウスの多くは飲食店として営業されている。そのために何らかの食べ物を置いている。ドリンクだけの場合もあるがな」
「そうなの? でもなんで?」
「興行場は規制が厳しい。興行場法なんてものがあるくらいだ。営業には都道府県知事の許可が必要となる。それに対して、飲食店は規制が緩い。それが理由だ」
「なるほど……説明上手いね」
祐樹の説明が終わるのを待って、優がハヤオを呼ぶ。
「おい、なんかリクエストあるか?」
「いや、なんでもいいよ」
「スパゲッティでいいか……。祐樹。ついでにお前の分も用意してやる、食え」
「……ありがとうございます」
この後、優はナポリタンを作った。優は簡単なものと言って振る舞ったが、その味はなかなかのものだった。ハヤオは優が料理が得意だったことに驚き、祐樹は何かを考えるようにしてそれを口に運んだ。
GUTTER STAR……LAZY GUNGの楽曲。シークレットライブイベントでの挿入歌。
Retry……CALENの楽曲。原作におけるNIROルートのEDソング。実際はダブプリの楽曲ではないが、本作はダブプリの楽曲として扱う。
VANITY VAMP……DIRTY BLOODY PRINCESSESの楽曲。PLUSで追加されたシークレットライブイベントでのアニメーションソング。