AKIBA'S TRIP SHADE 作:AhoMidoro
視界が回転した。
「ぅあっ…………」
身体が床に打ち付けられる。
「隙だらけだ。殺してくれと言っているようなものだぞ」
祐樹がハヤオを見下ろしている。
「……派手に打った割に全然痛くないわ」
カゲヤシが管理する施設の中、ハヤオは予定通りに訓練をしていた。ちょうど祐樹に殴りかかり投げ飛ばされたところである。
「もう一度だ。速さは十分だが、動きが直線的すぎる。相手は戦闘のプロだぞ」
立ち上がると同時に突進する。祐樹の右手に接近し、ギリギリで左手に移動。
(もらった!!)
そのまま掌底を叩き込──めなかった。あまりにもあっさり右手首を掴まれ、ハヤオは停止した。
「単純にフェイントをかければいいというものでもない。何より、ひとつひとつの動きが無駄に大きい。これでは簡単に防げる」
その場にハヤオが座り込んだ。
「強すぎる……。カゲヤシってみんなこんな強いの?」
「末端下位の者達は俺よりは弱い。しかし、上位の者達は俺とあまり変わらない」
「今の俺は末端以下か。マジで今のままじゃ死ぬな」
ハヤオは己の弱さを実感していた。動きが大きいというのも、優の血の力に振り回されているからに他ならない。力の制御すらままならない現状では、実戦などできるはずもないのだ。
「疲れたか?」
「正直、かなり」
「まだ血が馴染んでいないのか。仕方ない、休憩にしよう」
座ったままハヤオはスマホに手を伸ばし、掲示板「ぽつり。」を開いた。開くと同時に新しい投稿が流れてくる。まさに今、会話がされていた。
『祭の予感ッ……!』
『そんで今のところ、どのくらい集まってるのさ』
『ちょうど現場にいるんだけどねー、まだ4くらいかな?』
『俺ら地方民は蚊帳の外ですかい(ぽつり』
(祭? 何かあるのか?)
『中央通りだっけ? 行けばわかる感じ?』
『行くのか。見物くらいはいいけど、あんまり騒ぎになると困るんだよなぁ』
ゲリライベントでもあるのだろうか。しかし、どうもぽつり。の様子は明るいものではない。
「斎藤。これから中央通りで何かあるらしいんだけど知ってる?」
「おそらく、我々の計画のことだろう」
「計画? というと吸血か?」
「そうだ。ある嘘の情報を掲示板に書き込み、それを知った人間達が暴動を起こす。その混乱に乗じて、担当の者が吸血対象者を確保する。その情報については俺が説明するよりも、自分で見たほうがいいだろう」
そう言われてぽつり。を遡ってみると、中央通り南西にあるソフマックのアミューズメント店が大人気シリーズであるITウィッチまりあの限定グッズを隠しているというものだった。どうやらそのグッズは、二週間前に店側のミスで予約者全員の手に渡らなかったものらしい。価格が高騰した頃にオークションで販売するつもりだなどと憶測が飛び交っていた。
「なるほどなぁ。好きな作品の限定グッズ……。予約したのに手に入らなかったことで怒っていた状態のオタク達にそんな情報を与えれば、間違いなく騒ぎ出す。情報の拡散もあっという間。よく考えたもんだ」
「ちょうどいい機会だ、ハヤオ。お前も中央通りに行って、様子を見てくるといい。ただし、あくまでも見学だ。それと、もしも万が一お前に危険が及んだ場合は戦おうとはせず逃げろ。いいな」
「わかった、それじゃ散歩がてら行ってくる」
世話役ってよりも教育係だな……。どっちも似たようなもんか。そんなことを考えながらハヤオは中央通りに向かった。
祐樹がハヤオを見送って少し経った頃。ハヤオが戻るまでの間をどう過ごそうかと考えていた彼のスマホから着信音が鳴った。メールだった。
(小鳥遊桜……?)
差出人は、優の代わりに名乗り出た女子高生カゲヤシ──小鳥遊桜だった。祐樹と桜の間に接点らしい接点はなかったはずだ。件名は『すぐに返信して』。一体何事かとメールを開く。
『これから会える? もし会えるなら、トマトメイトで』
なにやら急ぎの用事らしい。指示の通り、すぐに返信をする。
『会える。すぐに向かう』
祐樹の感情のない事務的な文面は、相手が桜だったからではない。祐樹は──というより多くの末端のカゲヤシは、連絡は簡潔に済ませるものなのだ。
CAFE TOMATOMATE。現妖主の兄、姉小路瞬がマスターをしている喫茶店である。
眷属のカゲヤシが経営するここを待ち合わせ場所に指定したということは、できれば他には聞かれたくない話だということだ。
しかし、彼はトマトメイトへ行くことに多少の抵抗感を覚えていた。理由は簡単で、瞬と優の関係はあまり良好ではなかったからだ。優の部下である自分がトマトメイトに行けば、瞬から注意を向けられる可能性があると考えたのだ。が、そんなことを気にしても何にもならない。祐樹はその場をあとにした。
ハヤオが例のソフマックの近くまで来たとき、既にそこには10を超える人数が集まっていた。少し離れた場所には、多くはないが見物人達もいるのがわかった。
(平日なのに凄いな。休日だったらと思うと恐ろしいわ)
自分はどこから見学しようかと辺りを見ていると、秋葉原自警団の面々がいたことに気づく。
(自警団……。ノブさんとアキヒロさんは来てないのか。騒ぎだから来ただけか、カゲヤシが絡んでいることを知っているのか……。様子を見るか)
見つからないようにハヤオは、ソフマックの対岸、中央通り南東のラムタラ前に陣取り、フードをかぶる。自警団がNIROと繋がっていることがわかり、更に自分がカゲヤシ化している今、必要以上に彼らと接触することは避けたかった。
まもなく群衆が声を上げ始める。その中心で煽っているリーダー格の男達は間違いなくカゲヤシだった。目が慣れてきたのかカゲヤシ化によるものか、ハヤオはカゲヤシの判別が楽になっていた。
(あ……あの中にノブさんいる……。そういえばノブさん、ITウィッチまりあの大ファンだったな。……どうか吸血対象にはならないでくれ)
また少し群衆が大きくなる。それを確認したカゲヤシ達は、一人を残してどこかへ消えた。
そこへアキヒロが現れた。やはりカゲヤシがこの騒動に関わっていることを知っているのか。いや、知らなかったとしても判別機を使われれば……どちらにせよ戦闘が発生するだろう。
自警団が何かを話す。その内容はハヤオには聞こえない。見た限りでは、あまり緊迫した雰囲気はなかった。カゲヤシのことは知らないのか……そう思った。しかし、ヤタベが携帯電話を群衆に向ける。そして彼が画面を確認すると、自警団の様子が変わった。
(判別機……! やっぱりカメラか!)
アキヒロが群衆に近づき、煽っていたカゲヤシに声をかける。短い会話が終わると、そのまま戦闘が始まった。だが、決着は一瞬だった。アキヒロの圧倒的な強さによって、周りの群衆が何かが起こったことに気づくより先に男は炭化してしまった。
もはやただの末端のカゲヤシでは勝負にならなかったのだ。
(速すぎる……。いくら妖主の子供の血を得たからって、こんなに強くなるものなのか?)
アキヒロが自警団のもとへ戻る。
煽るものがいなくなったことで、群衆は徐々に落ち着きを取り戻していった。散り始めた群衆の中から、ノブが自警団に合流する。
ノブから何かを聞いたアキヒロは後ろを振り返り、そのまま中央通り北西の方向へ走り出した。
(なんだ? どうする……アキヒロさんを追うか)
アキヒロの姿を視界に捉えながら同じペースで走る。
そのまま進みアキヒロがゴーゴーカレーの前まで来たとき。ハヤオはカフェモモの前を通り過ぎたところで、アキヒロより先に、そこにいた人物に気がついた。
優の妹の文月瑠衣と、その側近の森泉鈴だった。
ハヤオは彼女を知らなかったが、瑠衣が視界に入ったその瞬間から、自分の体に流れているごく少量のカゲヤシの血が、何かを強く訴えていることを感じ取っていた。
(眷属だ……。それも多分、かなり上位の……)
直後、アキヒロが瑠衣と鈴を見つける。アキヒロの接近に気がついた二人は、その場から北へ逃げ出した。
(アキヒロさんはあの二人を狙っているのか? ……どうにかしないと)
アキヒロは少しの間、そこで逃げる瑠衣の背中を見つめていた。
瑠衣と鈴は時間稼ぎのために、先ほどと同様の騒ぎを起こした。
中央通り北西、ソフマックのリユース総合館の前に、突然だったため規模は小さかったが人が集まった。末端のカゲヤシ達が煽る。
中央通り北東からそれを見ながらハヤオは北西に渡り、ペースを上げて瑠衣と鈴を追った。
その少し後にアキヒロが来る。煽っていたカゲヤシはやはりあっさりと倒され。時間稼ぎとしての意味はまったく成されなかった。
いつもと同じ姿に戻った中央通り南西。
「あれ……。さっき向こうを走っていったのってハヤオじゃないか? あいつも来てたのか?」
ノブはハヤオらしき後ろ姿を一瞬だけ見た気がして疑問を口にした。ノブの言葉にゴンとサラが答える。
「ハヤオくん? い、いや、僕は見てないよ」
「ハヤオさんも、今日の騒ぎに駆けつけたのかもしれませんね」
「うーん……」
ノブが微妙な表情をする。
「何か、気になることでもあるのかい?」
「いや、そういうわけでもないんだけど……」
ここにいる四人の中でハヤオと一番親しいのはノブだった。故に、他の三人よりもハヤオのことを知っていた。
(あいつはそんな頻繁に秋葉原に来ないはずなんだ。キヨタカの件が気になってるのか? ……やっぱり、何か知ってるのか。この前も様子がおかしかったんだ。今度会った時、それとなく聞いてみるか)
そう考えてノブは、話題を変えることにする。
「悪い、見間違いだったかもしれない! それよりさ、カゲヤシが関わってるなら御堂さんに連絡したほうがいいんじゃないか?」
トマトメイト店内に入ってすぐに窓際の奥の席に桜の姿を見つける。近づき話しかけようとすると「こんにちは。とりあえず座ってよ」。
そう言われ、祐樹は桜の正面の席についた。まだ祐樹には桜に呼び出された理由が読めていなかった。優の代わりを務めることになったことから、優についての話か。優が連れてきた人間、ハヤオについての話か。
「マスター、注文お願ーい」
桜がマスター──瞬を呼ぶ。
「いらっしゃい、桜ちゃんに祐樹君。珍しい組み合わせだね。デートかい?」
「そういう冗談やめてよマスター。それより注文。私トマトラテね」
「祐樹君は?」
「同じものをお願いします」
トマトラテ。この店の看板商品だ。店名からもわかるように、トマトを使った商品がここの売りになっている。トマトラテにはいくつかバリエーションがあり、最近の人気は一杯380円の練乳トマトラテだ。
「それで、用件はなんだ?」
瞬が離れてから祐樹はすぐ尋ねる。のんびりお茶をするためにここへ来たわけではないのだ。
「優様が連れてきた人間のこと、ハヤオ。あなた、世話役なんでしょ?」
「そうだが」
「私ね、あの子に興味があるの。今は何をしてるの?」
「……今日の計画を見に行った。それまでは訓練をしていた」
「訓練ねぇ。祐樹……私に世話役を譲る気はない?」
「私はあくまで世話役だ。ハヤオをどうするか決めるのは優様であって私ではない」
「つれないなぁ。じゃあ私に貸してくれない? ずっとじゃなくていいからさ」
そこまで話したところで、瞬がトマトラテを持ってくる。
「ご注文のトマトラテだ。祐樹君は初めてだよな。できれば、帰りにでも感想を聞かせてくれないか」
「わかりました」
「ありがとう。では、ごゆっくり」
運ばれてきたトマトラテに、早速桜が口をつける。祐樹は会話を再開する。
「何をするつもりだ?」
「ん……別に何をってこともないんだけど。さっきも言ったように興味があるから……観察かな?」
桜は「んー、美味しい!」と呟きながら会話を続ける。
「ハヤオはまだ素人だ。ある程度まともに動けるようになるまでは訓練を続けるべきだ」
「じゃあ私が指導してあげる。一人に教えられるよりも二人に教えられたほうが経験は積めるでしょ」
「なるほど……一理ある」
桜は本当に何かを企んでいるわけではなかったし、それは祐樹にも分かった。だが、ここでどう返事をするべきか、決めかねた。
「本人に決めてもらおう。私には決められない」
そう言って、ようやく祐樹はトマトラテに手を伸ばした。
「……美味いな」
「でしょ! こんな美味しい物を飲ませてあげたんだから感謝してよね。あ、今回は私の奢りでいいよ」
そう言って笑う桜は、その代わりに早くハヤオに会わせろと急かすようだった。
「ここを出たらハヤオと合流しよう。もう計画も終わる頃だろうからな」
祐樹がメールを打つ。
『今どこにいる? 合流したい』
送信し、トマトラテを飲み干すと、
「そろそろ出るぞ」
と立ち上がる。
「えっ、もう飲んじゃったの!?」
自分より後に飲み始めた祐樹のトマトラテがいつの間にかなくなったことに驚き桜は、慌てて残った数口のトマトラテを喉の奥へ流した。
桜が会計をしている間に、祐樹は瞬に感想を伝える。
「とても美味しかったです。個人的にはもう少し甘くてもいいので、次に来るときは練乳入りを飲んでみようと思います」
「ほう、意外だな。祐樹君は甘党なのか」
「ほんと。どっちかっていうと、コーヒーに砂糖は入れないようなタイプのイメージだった」
「いや……俺はコーヒーに砂糖もミルクも入れる」
祐樹は甘党だった。大の──というほどでもないが、たしかに甘い物が好きだった。むしろ祐樹は瞬と桜に意外だと驚かれたことに驚いた。知らぬところで自分にはそんなイメージがついていたのか、と。
瑠衣と鈴が芳林公園に入るところを見たハヤオは十字路を右折して公園の裏にまわった。
瑠衣達は公園の中央、鉄棒の前で話をしていた。
ハヤオは不自然な動きにならないように意識しながら、鉄棒の裏にある複合遊具に腰掛ける。二人の会話を──あまり褒められたことではないが──盗み聞くためだった。
「私達が中央通りから離れるときにはもう炭化するところだった。いくら末端の者達とはいえ、あんなに簡単に倒すなんて……全然時間稼ぎにもならない」
「……あれが、私の血の力、か」
そこまで聞いた時、アキヒロが公園に近づいてきたことに気づいたハヤオはトイレの影に駆け込んだ。可能な限り気配を殺し、成り行きを見守ることにする。
「……あっ、もう!」
目の前に来たアキヒロに対し、鈴が武器として使うカバン──ブシロフィトンを構える。
「ここは私に任せて瑠衣ちゃんは逃げて!」
「けど、鈴では……」
「早く!」
「……わかった。ムリはしないで」
瑠衣が公園の奥へと走り去る。アキヒロは何かを言いかけたが、鈴が攻撃をしてきたために戦闘態勢を取らざるを得なくなった。
しかし、それは戦闘とは言い難いものだった。鈴の戦闘能力は平均的な末端と同等……いや、それ以下だ。ではすぐに決着がついたかといえば、そうでもない。アキヒロは鈴の大振りを回避ばかりしてほとんど攻撃を仕掛けなかった。
(アキヒロさんの目的は倒すことじゃないのか? どうして本気で戦わない?)
アキヒロはとりあえず無力化するとでも言うかのように、炭化しない程度に鈴の服を少し手間取りながら脱がせた。スムーズではなかったのは、脱がしにくい作りの服を脱がすには技量が足りなかったためだろう。
「……うっ、うぅ……。妖主の血族じゃない私にはやっぱり……エージェントの相手には……」
鈴は「うぅ~、グスグス……。……うえぇ~~~~ん」とその場で泣き出してしまった。
アキヒロが「さて、どうしようか」と呟く。トドメを刺すような様子はまったくなかった。
そこへ鈴の劣勢を見て瑠衣が飛び込む。
「瑠衣ちゃん! どうして……!?」
「私だけ逃げるなんてできない。末端ならまだしも、あなたを見捨てたら私も奴らと変わらない」
「そんな……私に構わず逃げて!」
「早く服を!」
鈴の言葉には耳を貸さず、瑠衣が武器の白い傘を広げる。アキヒロはまた何かを言おうとして、また言いそびれてしまった。
瑠衣が傘を突き出し、アキヒロがそれを躱す。さきほどの鈴との戦いよりは激しかったが、やはりアキヒロは本気ではなかった。そして瑠衣もまた。
「何故、キミは……。あの時、折角助けたのに……。しばらく大人しくしていれば私の血もキミの体から消えて無くなる。元の人間に戻るはず。それなのに、何故よりにもよってエージェントなどに与し、私達を追うの?」
瑠衣が一旦距離を取り、アキヒロに問いかける。
(アキヒロさんを助けた? ……つまり、この子が優の妹か!)
アキヒロは少し考えた後、問いかけに答えた。
「友達を助けるために」
友達。優に吸血され引きこもり化してしまったキヨタカ。
「兄さんに襲われた友人を元に戻すため、か。……そう。だとしたら……キミを助けた私の判断は間違いじゃなかった」
アキヒロの答えを聞いて、瑠衣の表情が柔らかくなる。
「……それともう一つ」
意を決したような様子で、アキヒロは言葉を続けた。
「君のことが忘れられなくて」
「……バカな奴。あの時、私はキミを助けたのに。確かに君に重傷を負わせたのは私の眷属だし、それを否定する気はない。けれど……」
瑠衣の表情が沈む。
「……いや、キミが私を恨むのはもっともかもしれない。怪我を負わせ、助けるためとはいえキミに私の血を飲ませてしまった。しばらくすれば効果は消えるけど、恐らくキミのカゲヤシ化は他の摂取者よりも強力のはず。恐らく、カゲヤシ化している期間も長いはずだろうし……。…………。……ごめん」
「……ファーストキスだったんだ」
「……!? な、何を……いきなり……! ………………。ま、待って、それじゃ……何? 忘れられないってカゲヤシの私を恨んで忘れられないんじゃなくて……。……その……。そっちの方のことで……? …………。あれは、ほとんど意識のなかったキミに血を飲ませるためで……。キスとか、そういうのじゃ……。…………。本当に、そのために……私を追うために、エージェントに?」
アキヒロが力強く、瑠衣の目を見て、頷く。
「……そ、そうなんだ。…………。け、けど、そんなことでエージェントになるなんて……バカな奴。今すぐエージェントと手を切った方がいい。奴らはキミを自分達の都合のいいように利用するだけよ」
「やっぱりあのキスが忘れられない」
「…………。でも、そうだとして、どうする気? 私達と共に来る気? 今は私の血でキミはカゲヤシ化しているけど、いずれはただの人間に戻ってしまう。……やっぱ、無理。キミは……人間だし……。……そ、それに、ほら。さっきも言ったけど、アレは血を飲ませるためで……。キスとかの類じゃなくて……。何よりアレをキスだというのなら……わ、私だってファーストキスだったんだから! だから、おあいこで……。その……だから……。…………。……な、何を言っているんだろう、私……」
瑠衣の顔が真っ赤に染まっていく。そのせいで気づきにくいが、アキヒロの頬も赤みを帯びていた。
(これは……だいぶ予想外の展開だな……。一体俺は何を見せられてるんだ)
「あっ! 瑠衣ちゃん、向こうから人が! あれは……。エージェント!」
鈴が叫んだ。ハヤオの位置からは気づけなかったが、たしかに複数人が走ってくる足音がした。
「……逃げるよ」
ハヤオは話を聞くのを止めた。
公園から二人が去ったこととアキヒロが近づいてくる自警団に体を向けたことを確認してから、ハヤオも公園から出た。
そのすぐ後に、聡子が瑠衣と鈴を追って道に出る。がしかし、既に二人の姿を見失ってしまったようで「すみません。二人組の女の子がどちらへ行ったか教えていただけませんか?」とハヤオに尋ねた。当然、ハヤオが正直に答えるはずがなく、実際に逃げたのとは反対の方向を教えた。