AKIBA'S TRIP SHADE   作:AhoMidoro

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 一年以上もお待たせして申し訳ありません! 第一話の投稿からもう三年になります……。受験が終わればペースを改善するつもりでいます。ここまで更新が遅れてしまった理由は次話の後書きの方で書かせてもらいます。


小鳥遊桜

 教えられた道の先で聡子は膝に手をつき肩で息をしていた。

(完全に見失った……。話をするより先に追うべきだった)

 己の失敗を反省しながら、瀬嶋への報告のメールを打ち始める。

 ふと、ついさっき道を尋ねた男の姿を思い出す。

(さっきのあの人……どこか田中さんと雰囲気が似ていた。背格好や歳……? いや、恐らく……そういうことじゃない……)

 聡子は、違和感と言うべきか、ハヤオに何か妙な感覚を抱いていた。しかし、その感覚の正体に気づくには至っていない。

 

 

 祐樹のところへ戻ろうと歩き出し、ハヤオはスマホの通知を見る。その祐樹からメールが届いていた。どう返信しようかと考えていると「あっ!」と高い声が、十字路に響く。

 顔をあげると、そこにはカールのついた髪の女子高生がいた。

(たしかサクラ……だよな。俺に用事か?)

「何かあったの? メールしたのに返信なかったからさぁ」

「メール? というと、斎藤からのやつか? それならちょうど今気がついたところだったけど。斎藤と一緒だったのか?」

「さっきまでね。祐樹は戻るって言って行っちゃった。立ち話もなんだし、どこかに移動しない? 公園すぐそこだけど、どう?」

 桜が軽く微笑み問いかける。

「いや……多分、危険だ。エージェントがうろうろしてるのを見たから、やめたほうがいいと思う」

「あー、今日の騒動にカゲヤシが関わっていたって気づかれたみたいだもんね。どこかいいとこない?」

「俺まだ昼、食べてないんだ。すぐそこ、えーっと……サクラさんの右手にあるカフェでいいかな?」

 ハヤオが指を向けたのはCAFE EUROPA。種類が豊富なソフトクリーム、アイスクリーム、クレープにジェラートをテイクアウトする客が多い、主に女子に人気のカフェである。「こだわりコーヒー」という広告もあるのだが、そちらはスイーツメニューに比べあまり目当てにされない。

「ヨーロッパね。おっけー」

 桜が「そういえば自己紹介まだだったな……」と呟きながら店内に入り、ハヤオも後に続く。

 桜は以前にも来たことがあったようで、慣れた様子で注文を済ませた。ハヤオを待つ間に祐樹へメールを送る。

 初めてのハヤオはメニューを見て「ご飯物は……惣菜クレープか。……テリマヨでいいか」と少し遅れて注文する。

 桜はいちごミルククレープを、ハヤオはテリマヨクレープとヤマブドウジュースを持って向かい合って席に着いた。

「では改めまして、小鳥遊桜です。『サクラ』は花の桜。『タカナシ』の字は……わかる?」

「午後ハヤオです、よろしく。果物の方じゃないなら、小鳥が遊ぶ方?」

「えっ、当てられちゃった……。答えられないと思ったのに」

「そりゃ有名だから。わりと創作の登場人物に付けられがち」

 そう答えるとハヤオは、少し遅めの昼食に口をつける。テリヤキソースを絡めたソーセージにマヨネーズをかけた、王道中の王道だ。もちろん、定番の味なので美味しい。

(マヨネーズじゃなくチーズでもいいな……)

「私の小鳥遊も珍しい名字だけどさ、ハヤオもかなりじゃん。『ゴゴ』ってアフタヌーンの午後でしょ?」

 ハヤオがヤマブドウジュースの三分の一ほどを口に流し、桜も自分のクレープをかじる。その一口はあまり大きくない。

「そう、午前午後の午後。よく言われる」

 テリマヨクレープをもう一口かじり、咀嚼し、飲み込んで、本題に移る。

「それで、俺に何の用事だったの?」

「結論から言うとね、私を二人目の世話役にしないかって話。もう祐樹とは話つけてあるんだけど、どう?」

「……瀬那さんの指示?」

「違う違う、私の意思」

「まあ正直どっちでもいいんだけど……理由は?」

「興味があるの。あの優様が連れてくるほどの人間がどんなものなのか」

「理由としては十分……かな」

「じゃあ、してくれる?」

「その前に幾つか質問させてほしい。まず、桜さんは眷属?」

「末端だけど。どうして?」

「いや、末端は自我が弱いって聞いてたから。じゃあ上位の末端だ」

「上位? なにそれ」

「斉藤が末端は上位と下位に分けられるって言ってたんだけど……」

「あー、なるほどねぇ。たしかに、私は末端でも指揮する側よ。それを祐樹が上位下位って言ったのは解りやすく説明するためだと思う。でも私達は基本的に指揮する側かされる側かくらいにしか思ってないのよ」

「そうなのか。カゲヤシは名前や歳を気にしないっていうのはどうなの? 桜さんは自分の名前、気に入ってるみたいだけど」

「いちいち『さん』なんて付けないで呼び捨てにしてよ。名前は、指揮される側の末端だとほとんど気にしないけど眷属や指揮する側は識別のためにも使ってる。歳は末端だけじゃなくカゲヤシほぼ全員が気にしない。ただし、例外もいるわ。私みたいにね」

「ん……じゃあやっぱり本当は桜も俺より歳上なんだ」

「あー、女の子にそういうこと言っちゃうんだぁ」

「そういうつもりじゃなかったんだけど……」

「うーそ、冗談よ。他に聞きたいことはある?」

「じゃあ、最後にひとつ。さっき『優様が連れてくるほどの人間が──』って言ったけど、やっぱり優はそれほどに人間嫌いなのか?」

「もう嫌いなんてもんじゃないわよ」

 桜が目を閉じる。

「憎んでる。それもかなり。そうなるだけのことが、昔あったの」

「……そうか」

 腹が満たされた気がした。

 話している間に残りわずかになったクレープを少しばかり強引に口に押し込む。桜のもあと二口ほどだ。

「さあ、いつまでも話してても楽しくないでしょ。それで、私を世話役にしてくれる?」

「ああ、いいよ。今日は斎藤との訓練が残ってるから、何かあるなら明日以降でお願いしたい。スケジュールは斎藤と相談して決めてくれ。俺は丸投げする」

 桜もクレープを食べ終え、ハヤオのジュースも空になった。

「ありがと! じゃあ私はお仕事してくるから、また。訓練、頑張って」

 店を出ると、桜は駅の方向へ歩いていく。

 やけに楽しそうな後ろ姿が印象的だった。

 戻って訓練を再開するも、この日は手も足も出ないままだった。

 

 

 翌日。

「おっはー!」

 目の前に顔がある。

「寝ぼけてる? 大丈夫ですかー」

「……おはようございます」

 桜だ。

「いつまで寝てるつもり? ほら、起きて起きて」

 どうもトレーニングセンターのソファで眠っていたらしい。

「……今何時?」

「8時よ」

「寝坊って時間じゃないじゃん」

「女子高生は早起きなの」

 笑顔で答える桜。今日も朝から楽しそうだ。

「目を覚ましたか。まずはシャワーを浴びてこい。昨夜そのまま眠ってしまっただろう」

 祐樹の声が飛んでくる。桜とは対照的に今日も淡々としている。

「斎藤も女子高生か」

「何の話だ? まあいい。替えの下着はこちらで用意しておいた。お前が元々着ていた服も洗濯して畳んである。自分の判断で着替えてくれ」

「どっちかっていうとママだと思う」

「同感。世話役の鑑だな」

「シャワー浴びるなら、私が背中を流してあげよっか」

 目を擦りながら立ち上がるハヤオに、桜がいたずらっぽい笑みを浮かべて言う。

「冗談でもやめてくれ。ちょっと絵面が犯罪チックになっちゃうから」

 シャワールームに向かおうとして、当然の疑問が浮かんだ。

「いや待て、なんで桜がいるんだ?」

「今度こそおはよう。実は、今日の午前は私が指導することになりました! というわけなので、ささっとシャワー浴びてきちゃって」

 こうして、また一日が始まる。

 

 

 8時10分頃。アキヒロは中央通り北西へ向かっていた。情報屋につい先ほど斡旋された撮影代行依頼のためである。これまでは裏通りで直接会っての受注だったのだが、今回初めてメールで連絡があった。どうやら急な依頼らしい。依頼者は双山という男。これから会って詳細を聞く。会社の始業前の時間を指定されたのだ。

 この時間に外を歩く。少し前までは考えられないことだった。浪人生ながら予備校にも行かず、秋葉原に繰り出しては遊ぶばかりの、ニート同然の生活。場所こそ秋葉原のままだが、今ではすっかり変わってしまった。

「双山さんですか」

「来てくれたか。助かったよ……」

 指定の場所に着くと、スーツ姿の男が立っていた。

「秋葉限定の双子アイドル、ダブプリは知ってるな。実はそのダブプリがプライベートで現れるという情報をつかんだんだ」

 食いぎみに話し始める双山。落ち着かない様子で「やば……想像しただけでテンション上がってきた」と呟く。

(ダブプリっていうとゴンちゃんが追いかけてるアイドルか。髄分と熱狂的なファンなんだな)

「しかし……リアル嫁から『ダブプリ禁止令』が出たのが昨日の晩だ。というわけで僕は行くことができないんだ……」

「こっそり行きなよ」

「だめだ。GPSで常時監視されてる。抜き打ちコールもあって応答しないとアウトだ。鶏飼いのような嫁だろ?」

「お気の毒に」

「いや、参ったよ~。まあいい。君には現場で双子の写真を撮ってもらいたい。ダブプリのプライベート写真……この機会を損失したら、たぶん僕は生きてはいけない。1枚でいい、頼む。分かったら現場へ急行してくれ。UD+ビルだ」

「分かった、30分後にここで」

 まだ人通りは多くない。

 

 

 8時20分頃。ハヤオがシャワーを終えてトレーニングルームに戻る。

「あら、着替えなかったの?」

「下着は替えたよ。これは戦闘服だから。せっかく訓練するなら実戦用の装備がいいでしょ」

「しかし、そればかり着られていると洗濯ができないな……。同じものをもう一式、揃えてしまうか。朝食は必要か?」

「やっぱ斎藤はママだな。飲み物だけ欲しい。寝起きは食欲ないんだ」

「私トマトジュース持ってきたけど。冷蔵庫に入れといた」

「くれるのか?」

 祐樹が「俺が持ってこよう」と言って動く。

「ありがとう、好物なんだ」

「おお、気が合うねぇ。こりゃあハヤオもトマメに連れていかないと」

「トマメ?」

「私の行きつけの喫茶店よ。そのうち連れていってあげる」

 戻ってきた祐樹に冷えたペットボトルを渡される。

「おっ、サンキュ」

「俺もおすすめしよう。昨日初めて入ったが、なかなかの味だった」

「気になるな。楽しみにしてるよ。それで、今日は何をするんだ?」

「祐樹は基礎訓練ばかりしていると聞いたので、ハヤオが飽きないように、私は別のもっと楽しいことを教えます!」

「楽しいこと?」

 一拍ほどの間を置いて、桜が表情を真剣なものにする。

「私がこれから教えるのは──────脱衣」

「ダツイって、脱衣? ……もしかして、エージェントの使ってる技のことか」

「そう、相手の衣服を脱がす技、脱衣。まあ連中のそれとは少し違うかもしれないけれど、やることは同じよ」

「脱衣を覚えるのは、強化エージェントに備えて?」

「それもあるけど……祐樹、説明して」

 桜にバトンを渡された祐樹が顎に手をあてる。

「……そうだな。カゲヤシは服を脱がされると炭化してしまうが、人間は死にはしない。では、服を脱がされた人間はどうする?」

「そりゃあ逃げ出すんじゃないか」

「そうだ。そして、それはエージェントであっても同じことだ。裸のまま戦闘を続ければ騒ぎは大きくなり、場合によっては警察沙汰になる。奴らは公務員だが、ただの警察官はNIROの存在など知らないからな。後で放免になるとしても面倒事に変わりはない」

「普通に戦って倒すんじゃダメなのか?」

「人通りが少なければ問題ない。その時はそのまま吸血してしまう。俺や優様がお前を襲ったようにな。だが我々がエージェントと戦うのは基本的に真っ昼間の大通りだ。人混みの中で殴り合いが始まれば、やはり大きな騒ぎになる。そこで必要となるのが脱衣だ。脱衣とは単に服を脱がせることではない。お前には一瞬で剥ぎ取る技術を身につけてもらう」

 しばし沈黙が流れる。

「祐樹、説明上手くない?」

「だよな。実は斎藤めちゃくちゃ頭いいだろ」

「いつまでもそうしていないで、訓練を始めるぞ。時間は有限だ」

 そう言われてハヤオと桜が立ち上がる。

「脱衣の訓練って、まさか桜でじゃないよな」

「私を脱がしたいの? 別に構わないけど」

 背中を流すと言ったときと同じ笑みを浮かべる桜。

「斎藤、相手を頼む」

「いいだろう。まずは俺に触れるところからだ」

 

 

 8時25分頃、UD+ビル前。平日の朝、まだ街が動き出す前だというのに、小さな人だかりができていた。ダブプリのファンなのであろうカメラ小僧たち五、六人が忙しくシャッターを切っている。

(一体プライベートの情報なんてどうやって手に入れてるんだ。こんな朝早くから来るカメコ達も凄いが……ゴンちゃん?)

 カメコ集団の中に見慣れた顔を見つける。

 ゴンの職業はコンビニの店長で、主に夜勤をしている。仕事終わりに情報を得て、慌ててカメラを持って参戦したのだ。

「ゴンちゃん」

「俺の邪魔するんじゃあねぇ! あ……アキヒロか……。頼む! この瞬間を邪魔しないでくれ!」

「お邪魔しました」

 普段とは別人のような形相である。

(ダブプリのこととなると人が変わるよなぁ。夜勤明けなのもあるのか。……撮るなら許可取った方がいいよな)

 そう思いアキヒロは、ダブプリの近くにいた方、舞那に声をかけようとする。

「あの……」

「アンタだれ? うざいんだけど」

(うわっ……毒舌だな。もう一人の方は……)

 ダブプリのファンでないアキヒロは、彼女らが毒舌キャラであることを知らなかった。もっとも、彼女らに限らずこういったアイドルが強烈なキャラ設定をしていることは珍しくないため、さほど驚くこともなかったのだが。

「私達、今日はオフなの。ヒマな人達に構っているヒマはない」

 今度は瀬那が、撮影中のファン達に言い放つ。それがファンサービスなのか本心なのかは定かでない。

(仕方ない。一枚だけ撮ってさっさと戻ろう)

 アキヒロはスマホのシャッターを切った。そうして、写真を確認する。

(…………どういうことだ?)

 そこには、写っているはずの姿がなかった。アキヒロは、カメラ小僧を撮りたかったわけではない。

(ミラースナップ……。それはつまり……ダブプリの二人が、カゲヤシだということか…………?)

 アキヒロはこの時、初めて判別機能を疑った。

 今や秋葉原で名を知らぬ者はいないとすらされるアイドル、ダブプリ。それがカゲヤシだと?

「……ゴンちゃん。写真、撮れないんだが」

「へ……アキヒロも撮りに来たの? しょうがないなぁ……。ポラロイドでよければ1枚あげるから、もう構わないでくれ!」

(やっぱり、思わないよな。御堂さんには……報告しないでおこう。少しでも疑いがあれば、あの人達は何をするか分からない)

 目的を達成し、中央通り北西へと引き返す。

 アキヒロはエージェントではない。ただの協力者に過ぎなかった。彼が優先するのは、秋葉原の平穏だった。

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