AKIBA'S TRIP SHADE   作:AhoMidoro

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穢れし血の姫君

 ダブプリを囲むカメコ達は一向に減る様子がない。それどころか、徐々にその数を増やし始めていた。

(頃合いだな)

 瀬那がスマートフォンを取り出しメールを送信、群衆の中の一人へちらりと視線を送る。その姿は青いチェックのシャツにタンカラーのチノパン、背中には黒いリュックと、一見どこにでもいるアキバ系の若者だ。

 視線を受けた男が、一歩、群衆から引く。

「舞那、戻るよ」

 舞那が頷き、二人が左を向く。

「ほらそこ、道を開けなさい!」

「は、はははいっ」

 カメラを構えていたゴンが慌てて横に飛び退き、他の者もそれに続く。

「まったく、本当は撮影許可も出してないんだから」

「すす、すみません……」

「まあ、いいわ。今回は大目に見てあげる」

 アジトへ帰るため歩き出す二人に群衆は目を向けたままでいる。そこにいる誰もが、目の前にいるアイドルに夢中だった。

 だから、気がつかなかった。彼らのすぐ後ろで、今までそこにいた何人かがいつの間にか、姿を消したことに。

 ──────カゲヤシによる吸血活動だった。

 昨日の計画が上手くいかず、予定していた人数の確保ができなかった。その分の穴埋めである。

 ふと瀬那が、自身の後方から鳴り続けるシャッター音で、あることを思い出す。

 

『どうやら連中は判別機を持っているらしい』

『判別機……?』

『と言っても、それがどんなものかは分からないけど』

『……もしかしてカメラじゃないですか?』

『カメラ?』

『今日見たんですけど、エージェントとカゲヤシが戦い始める前に、エージェントがスマホで写真を撮っていたみたいなんですよ。それで、もしかしたらなぁと』

 

(周辺に黒服がいないことは確認済み。でも、もしもこの中に、私服のエージェントが紛れていたら?)

「姉さん?」

 立ち止まり、振り返る。

「次からカメラを向けるときは、先に一言かけるように。……少し急ごう、舞那」

 8時40分、アキヒロが双山に報告を終えた頃。ダブプリが去り、UD+ビル前の群衆は解散した。

 

 

 9時前、トレーニングセンター。

「おお……!」

「…………驚いたな」

 ハヤオがボロボロの布──祐樹のベストだったものを左手に、シャツだったものを右手に握りしめて立っている。

「あっ、ごめん、破いちゃった」

「問題ない。同じものはいくらでもある」

 祐樹が上半身に僅かに残ったものを床に落とす。

「昨日に比べて、格段に動きが良くなっている。悪くないセンスだ」

 感心した桜が手を叩く。

「聞いてた話と全然違うじゃん! その辺のエージェント相手なら楽勝よ!」

「予想していたより飲み込みが早い。それ以上に……優様の血が、よく馴染んでいる」

「それ本当? さすがに過大評価じゃ……」

「嘘ではない。一対一での戦闘であれば、まず負けることはないだろう」

「でも綺麗に脱がせない」

「構わん。むしろ脱がすよりも速いと判断したなら破いてしまえ。それと、簡単な服なら既に脱がせるはずだ。複雑なものの感覚は、実戦の中で掴めばいい」

 表情をそのままに述べる。しかし祐樹は確実に、ハヤオのことを評価していた。

(さては斎藤、めちゃくちゃ甘いな?)

「んー……なーんかスッキリしない。私が指導することになったーなんて言ったのに、私、結局なにもしてない」

 桜が唇をツンと尖らせる。分かりやすく不満の色を浮かべていた。

「そんなこと言われても──」

 言いかけたところで、スマホがメッセージの着信音を発した。

「あ、どうぞ」

「ごめん、ちょっと待って」

 送り主を確認し、驚く。

「……瀬那さん?」

「瀬那様から? なんて?」

「今からアジトに来るように、と」

 呼び出しだった。

「瀬那様からの呼び出しか。丁度いい、俺は優様のところへ報告に行こう。桜、ハヤオを頼む」

「任せて、バッチリ護衛するから!」

 祐樹が、ハヤオと桜が話している間に服を着直していた。言いながらギターを背負う。

「報告って?」

「ある程度お前が力に慣れたら報告するよう言われているからな」

「あー、俺が見てやるって言ってたな。訓練生卒業試験みたいなことするんだ」

「そういうことだ。分かったら行け。瀬那様をお持たせするな」

 アキヒロより二日遅れてハヤオは、戦う術を体得した。

 

 桜と並んで、すぐ近くにあるアジトへと足を進める。

「ちょっと怖いな」

「あら、瀬那様は苦手?」

「いや、なんて言うかな。いきなり偉い人に呼び出されたら緊張するっていうか……」

「身構えちゃう?」

「まあ、そんな感じ」

 大人気アイドルから直接呼び出されるという状況は、一般的には嬉しいものであろう。実際ハヤオも、まったくそういう感情を抱かないわけではなかった。だがそれを上回る畏怖が、心にあった。ダブプリは秋葉原において人類の敵の親玉であり、今の彼にとっては、人間社会でいうところの上司なのだ。

 歩きながらハヤオが、周囲を歩く者に違和を感じ取る。

「なんか……女子高生が多くないか?」

 幾人かが、二人と一定の距離を取りつつ同じ方向へ歩いている。

「もしかして桜の部下?」

「私の部下っていうか…………。まあ、仲間……友達…………同僚?」

 首をかしげながらうんうんと唸る。

「? ずいぶん悩むんだな」

「うーん……なんて言えばいいか分かんないもん。機会があったら、説明してあげる」

 困ったような笑顔だった。楽しそうな笑みでも、悪戯な笑みでもなく。

 安易に踏み込むべきではない空気が、そこにあるように思えた。

「……別に話したくないなら、無理に訊きはしないよ」

「話したくないわけじゃないのよ? ただ、ちょっとだけ長い話になるから」

 昨日の桜の言葉が蘇る。昔あった「そうなるだけのこと」。

(ああ……この感じ……昨日と同じなんだ…………)

 悟った。それが何かは知る由もないが。

 優の過去にあった「何か」が、もしかしたら、桜の過去にもあるのだろうか。

「えーなにー? 気になるんですけど。そんなチョベリブな顔しちゃって」

 明るく桜が笑いかける。先ほどまでの空気は既になかった。

「……チョベリブ?」

「あれ、知らない? 超ベリーブルー。まあ死語だし、最近の子は知らないのかな? ……ちょっとショック」

「あー……チョベリバなら聞いたことあるかも。バリエーションあったんだ」

 アジトに着き、桜が中へ入る。その後ろに続く。

「こういう場所に女子高生とかバンドマンとかが入っていくのって、なんていうか、ちょっと浮かないか?」

 アジトは、見ただけでは至って普通のオフィスだ。通行人には変わった光景だろう。

「たしかに珍しいかもね。でも案外、歩いてる人たちはそんなの気に留めてなんかないわ。こっちが当たり前のようにしていれば、誰も注目しないものよ」

「なるほど……」

 真っ直ぐにダブプリの部屋へと向かっていく。

「お待たせしました~。……あれ?」

 扉を開けながら桜が言う。しかし、そこにダブプリの姿はない。

「あれれ、いませんね。どしたんだろ」

「ごめん、待たせたかな」

 後ろから声がした。

「あっ瀬那様。いえ、ちょうど今来たところです」

 アイドル姿の瀬那がアジトへ戻ってきたところだった。

「まったくあのバカ達! どこまで付いてくるつもりなのよ」

 続いて舞那が現れる。何かご不満のようだ。

「おはようございます。お二人はお仕事だったんですか?」

「アイドルのっていう意味なら、今日はオフだよ」

「お休みの日もその服なんですね」

「ああいや、これは……。まあ、とりあえず座って」

 言われて、ハヤオと桜が並んでソファに腰掛ける。

「もうそんなに仲良くなったの? 世話役やるとは聞いたけど。優の代わりだからって、そっちの面倒まで見なくてもいいのに」

 向き合って腰を降ろしながら舞那が疑問を口にする。

「いえいえ、本当に個人的な興味ですよ」

「別に仲良くもないです」

「ちょい」

 桜のチョップを受ける。

「優の血に惹かれているのか、それとも……」

 一人立ったままの瀬那が考えを巡らせる。

 瀬那の様子を見た舞那が、視線をどこか遠くへ向けた。

「──ああ、そっか。そういえば、人間、好きだったっけ」

「舞那」

 透かさず瀬那が舞那の名を呼ぶ。それ以上の言葉はなかった。

(人間好き……? 桜のことか?)

「さて、ハヤオ。訓練は順調?」

 舞那の隣に座りながら瀬那が微笑み、尋ねる。

「やっと少しは動けるようになってきたかなってところです。まだまだですね」

「って言ってますけど、もうただのエージェント相手ならチョロいですよ」

「おい」

「へえ。優が連れてきただけのことはあるのかな。でも調子に乗らないでね。太陽の下だと思うように動けないから」

「気をつけます」

 舞那が忠告する。

(そうか。ずっと屋内で訓練してるけど、実戦とはまた違うんだよな)

「体の方はどう? カゲヤシになってから、何か変わったことはない?」

 瀬那が質問を続ける。

「なんか……血がざわつく……みたいなときがあります。今日もお二人を見てから、ちょっとだけ」

「優の血が馴染んできてるんだと思う。カゲヤシは妖主の血脈を本能的に察知し、強い好意を抱く。加えて、自分よりも上位のカゲヤシに従おうとする。そういう習性があるの」

「なるほど。俺のカゲヤシとしての位ってどのくらいなんですか?」

「隣にいる桜にはざわつく?」

 ハヤオが桜を見る。

「いや……特にないです」

「つまり、桜や祐樹と同等以上、眷属未満になるね」

「指揮する側の末端……ですか?」

 桜がわざとらしい笑顔にピースサインを添えてハヤオに視線を返す。

「より正確には──眷属の側近と同等って言った方がいいかな」

「側近……。あー、たしかこの前来たときに優が言ってた……」

「先に側近の説明をした方がよさそうだね。簡単に言えば、眷属それぞれの直属の部下。普通の末端であれば、妖主の意思を絶対かつ最優先として、命令した眷属の位の高さがそのまま命令の優先度になる。言い換えると私達眷属であっても、妖主の意思に反して自由に末端を動かすことはできない。ここまではいい?」

「大丈夫です」

「ただし眷属の側近は例外的に、妖主の承認を得ることなく、その眷属の命令を優先できる。迅速な判断と行動のため」

「妖主をトップとした大きな群れの中に、いくつかの小さなグループがある感じですね」

「その認識で問題ないよ。ちなみに、単に部下を指して側近と言うこともあれば、部下の中でも区別して指揮する側の末端を指すこともある。今回の場合は後者だね」

「あの、確認なんですけど……指揮する側ってことは、俺が指揮される側の末端に何か命令を出してしまったら、末端はそれに従うってことですか?」

「君は優の側近だから、優の意思次第。優が反対しなければ、優の部下は従うはず」

「優の部下でない末端は従わない?」

「全体の指揮を執っているカゲヤシ──ここ秋葉原に限って言えば、私達の承認が必要。悪いけど、さすがにまだそこまでの権限は与えられないよ」

「ああ、いえ、別に指示を出したいわけじゃないんです。不用意な言動はまずいのかなって思っただけで」

「アンタ結構、真面目なのね」

「臆病なだけです」

「真面目にせよ臆病にせよ、優にも少し見習ってもらいたいよ。無謀なよりは慎重な方がいいからね」

「そうですね……。優様には、長生きしてほしいです」

(優、なんだかんだ言いながら心配されて……愛されてるんだな)

 馴れ合いはしないと言っていた優の顔を思い出す。優曰くカゲヤシらしさがない瀬那と舞那、そして桜を見ていて、そんなに悪いものではないと思えた。優は本当に、この双子の姉を好きではないのだろうか。何を以て、カゲヤシらしくないとするのだろうか。

 思い出したように瀬那が顔を上げた。

「ああ、そうだ。さっきの、私達がオフの日でも衣装姿なのかっていう質問だけど、普段からこの格好ではないよ。ちょっと吸血活動があってね」

「アイドル姿でってことは、ファン相手にですか?」

「うん、正解。プライベートでダブプリが現れるっていう噂を流したんだ。普段ならこんなことはしないんだけど、昨日の吸血に失敗しちゃったからね」

「なるほど。でもそんなことをしたら、結構な騒ぎになったんじゃないんですか?」

「そうならないように、朝の早い時間にしたの。情報を流したのも直前だし、情報っていっても不確実な噂だから、そこまで大勢の人には伝わらない」

「凄い……。完璧ですね。たしかに、エージェントもまだ少ない時間だし」

「応援してくれてる子達を襲うのは、本当はちょっとだけ悲しいけどね。これもママのためだから」

 舞那がぽつりと零す。

「優しいんですね。でも、多分気にしなくてもいいと思いますよ」

 瀬那と舞那が不思議そうな顔をした。瀬那が尋ねる。

「どうして?」

「こんな朝早く、不確実な噂なのにダブプリを見たいと思って集まるほど熱心なファンなわけじゃないですか。だったらきっと、お二人に血を吸われて嫌な気分になんてならないんじゃないかなって。むしろ喜びますよ、彼ら。我々の業界ではご褒美です、とか言って」

 瀬那、舞那、桜がぽかんとしている。

「で、でも、血を吸うのは部下達であって私達じゃ……」

「あー……。まあ、それでも大丈夫です。大好きなダブプリの役に立てるならって、なんなら自分から血を差し出しますよ。お二人の歌に元気とかもらった人達は、恩返しぐらいの気持ちで」

 喋りながら、ゴンの顔を思い浮かべていた。彼なら、そうしてもおかしくないだろうと思った。

「ヲタクって、そういう人達です。中にはミーハーなだけの暇人もいたかもしれないですけどね」

 数秒の沈黙。瀬那も舞那も、言葉に困っていた。しかしそれは、不快だったからではない。

「あの……なんかすみません。ちょっと語りすぎました」

「……いや、その。…………。……ありがとう」

 舞那が、視線を落として呟いた。

「私からも、ありがとう、ハヤオ。……ただ、だからといって正直に話して引きこもりになってくれとは言えない。みんなには悪いけど、これまでのやり方は変えられない」

「まあ、仕方ないですね」

 話が一段落つき、瀬那が立ち上がる。

「ハヤオ。今日、この後の予定は?」

 訊かれて、桜の方を見る。

「どうなってる?」

「具体的には決まってないです。訓練とだけ」

 桜が瀬那に向かって答える。

「それなら、私達に付き合って。例の判別機の件、直接確かめたいんだ。ついでに、ハヤオに実戦もしてもらう」

「あの、瀬那様。優様に確認とらなくていいんですか?」

「いいのいいの。そもそも優のわがままを聞いてあげてるんだから。それに、私達が秋葉原の管理者なんだし」

 瀬那に問う桜に、代わって舞那が答え、立ち上がった。

「優には私から連絡を入れておく。準備するから、少し待ってて。くつろいでくれていいよ」




お久しぶりです。大変お待たせして申し訳ないです。
前回の更新の後、投稿済みのエピソードをいくつか編集しました。細かい言い回しは以前からちょくちょく修正していましたが、今回は設定部分を修正したのでご報告します。

・上手く回収できそうにないので地下施設の都市伝説に関する会話を削除
・上手く回収できそうにないのでインナーに関する会話を削除
・アサウラ先生に確認したところ主人公と友人は自警団メンバーではないとのことなので修正


更新に時間がかかってしまい本当にすみません。端的に言うと、自分で書いているくせに、今後の展開に抵抗があるのです。あまり多くは語れませんが、原作よりシリアス増し増しでお送りする予定ですので、それだけ先にお伝えしておきます。
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