月の賢者が落ちる時。 作:鹿頭
「私が……恋…?」
輝夜が告げたその言葉は、私を強制的に向き合わせるには、余りにも十分過ぎた。
「ええ。そうよ永琳。だって、そうとしか考えられないじゃない?」
「そんな事────「永琳」
「もう良いのよ、永琳」
「これだけ尽くしてくれたんだもの。もう、自分の事を優先しても良いんじゃないかしら?」
輝夜が微笑む。
けれどもその微笑みが、私の後を引く。
私は、私は────
「それに」
「これからも私達は生きていくのよ?僅かな須臾の間の幸福を得ても良いじゃ───あ、蓬莱の薬を使うって言うんだったら、色々と準備しないといけないわね……」
「輝夜!」
「あー、こわいこわい」
冗談にもなってない冗談───輝夜の事だから、割と本気で言ってるのだろうが。
目を逸らそうとしているのに、逸らした先に移動させられてるような感覚に陥る。
「ふふっ。………貴女がどんな選択を取ろうとも、私もみんな構わないわよ。でも、まさか永琳に先を越されるとは思わなかったけど」
「先………」
「あっ、気にしないでね?全然遠慮しないで良いのよ!………なーんか放って置けない人だしねー、彼。無理もないわ」
口ではそう言うが、行き遅れている事を割と気にしているのか、少し目の色に輝きがない。
そんな事を気にしていると。
「そうそう、年増って次元じゃないんだから、この機会逃すともう手遅……」
「ちょっ、てゐ!?それはマズ」
なんとも失礼な言葉が聞こえた。
「ごめんなさい……」
「なんで私まで……ぅうう……」
「両成敗よ。当たり前じゃない」
「えーりんは相変わらずねー」
だから取り敢えず馬鹿弟子に鉄拳をお見舞いする事にした。
何か恨み言が聞こえるような気がするが、聡明な私の頭脳はそれを雑音と認識する。
「ま、お師匠サマは深く考えすぎなんじゃない?兎たちなんて、みーてごらんよ!年柄年中発情期よ?」
「流石にその喩えはどうかと思うわ、てゐ。………鈴仙なんて顔真っ赤になってるわよ」
「……ぅう……」
「もー、鈴仙はうぶなんだから」
「────ふふっ」
そんな彼女達のやり取りを聞いていると、なんだかおかしくなって。
「あ」「お」「……あ」
「みんなありがとう。そう、ね」
それに、輝夜の事を念頭に置いてなかった。
早い話が私を納得させる様な人を見つけてくれれば、私も安心出来るのだけれど……
先に見つけちゃったのは、私……なのよね。
周りが見えなくなっててもこの際良いわ。ええ。
「どっちにしても、後悔しないようにするわ」
「とは言ったものの……」
数日後、彼を探しに人里へとやって来た。
どうするにせよ、彼に会わない事には始まらない。
だからやって来たのだが……
「なんか、小っ恥ずかしいわね……」
まるで生娘みたいな、とでも表せば良いのだろうか。
そんな歳なんてとっくのとうに久遠の彼方に過ぎ去っていった。
と言うよりは。
「無い、と思ってたのよね……」
だからこそ余計に恥ずかしい。
顔が真っ赤になってる自信がある。
これでは、輝夜に纏わりつく羽虫の事を言えない。
「………あ」
見つけた。
雑踏に紛れているが、見間違える事なんて無い。
間違いなく、彼だ。
「あら、奇遇ね」
あくまで、偶然を装う。
偶々、人里に出向いて見たら、出会った。
………そう言う事なのだ。
「……永琳先生!?」
驚いたと言わんばかりに目を見開く彼。
ちょっと傷つく。
「もう、そんな驚く事ないんじゃない?」
「先生は普段人里には来られない、と聞いて居たもんですから……」
「ああ、なるほどね」
鈴仙に薬売りを任せてたのがこうなったか……!
幾ら何でも不自然過ぎた…か?
「いやでも……」
「でも?」
「…………すみません、何言おうとしたか忘れました…」
「あら、その歳で物忘れ?薬出すわよ?」
「その時はお願いしますよ、永琳先生」
微笑する彼。
その表情はどこか儚く、私との間に隔たるモノを、嫌が応にも感じさせる。
一瞬、顔をしかめてしまった。
「………りん」
「え?」
「永琳、って呼びなさい」
「えっ」
「ほら、寺子屋の半白沢と被るじゃない?」
「……ああ!成る程。そう言う事でしたら、はい。永琳…さん」
「呼び捨てでも良いのよ?」
「呼び捨てなんて……そんな」
「貴方はもう、私の患者じゃないし、それに、変に畏まる必要もないわ」
「……良いんですか?」
「勿論」
当たり前じゃない。とは口にはまだしない。
「……………」
こめかみの辺りを指で掻き、目線を逸らす彼。耳の先が赤い。
これはひょっとして、行けるのではないか。
「……えい、琳………さん」
かわいい。
ああっ、違う!いや、違うけど違わない!
あー!もう!こっちまで恥ずかしいわよ!
なんなのよ…………うぅ…
「…………」
「…………」
自分から言いだした事とは言え、気まずいってもんじゃない。
互いに向き合ったまま、何か話す訳でもなく、ただただ目線を意図的に合わせないようにする。
何処ぞの記者にでも見られたらある事ない事書かれそうな光景だ。
……望むところ、だけど。
「…………ねえ」
「は、はい!」
沈黙を破ったのが私だったからか、驚いてしまった彼。
……でも、そんなに驚かなくたっていいじゃない。
「この後……時間、空いてるかしら?」
とは言ったものの、あんまり人里に訪れた事が無いから、知らない間に所々変わってる風景もあった。
恥ずかしながら、彼にエスコートして貰う形になったのだった。
「永琳…さんが人里の地理に明るくないのはちょっと意外でした」
「急患の治療以外に来る事なんて、基本的に無いもの。薬売りも鈴仙に任せてるしね」
「そう言えば、どうしてなんですか」
「答えづらい事聞くわね……」
「あっ……ごめんなさい、無神経な事聞いてしまって」
「良いわよ、別にそれくらい。そうね……」
「大切なものが増えると困るから、かな」
貴方とか。
……鈴仙やてゐもそうと言えばそうなんだけど。
「そればっかりは、貴女の様に永く生きてみないと解らないんでしょうね」
「そう、ね。……あ、試しに生きてみる?」
「え?」
「やーね、冗談よ、冗談」
半分くらいは。
本音を言うと、この永劫の檻の中に、貴方が居たら──なんて、考えてる。
……結構、周りが見えなくなってるの、ね。
こんな事、普通なら言わないもの。
優しくて、照れ屋で、ちょっと見栄っ張りな、貴方。
ただの人間に、そんな事は背負わせられない。
人は人らしく。
永遠の時に囚われなくていい。
例え、夢の様な一瞬でも。
私は、幸せなのだから。
そんな事を改め……改めて思ってると、彼が、ふと口を開いた。
「幻想郷……と言うよりは人里、ですかね。最初来た時は不便だったんですけどね…………住めば何とやら、とはこの事ですよ」
薄く笑いつつ、どこか目線を遠くに向けている。
そんな彼を見て、私は。
「………ねえ、帰ろう、とは思わなかったの?」
彼のその儚げな面差しに、思わず尋ねてしまった。
「あー………」
少し、困ったような顔を見せる。
「……無い、と言えば嘘……になりますけど……」
僅かにこちらに目線を向けてくる。
それでも答えてくれる辺り、彼の人となりがうかがえる。
「……けど?」
「…………いや、やっぱり何でもありません」
顔が下に向くに連れ、次第にその声は小さくなっていく。
何か、思い出したのだろうか。
それとも……いや、憶測や推測の類は禁物だ。
過度な期待はしてはいけない。
しては、いけない、のだけれど。
もしかして、と期待してしまうのは、可笑しなことなのだろうか。
───否。
そんな事は無い。
そんな事で終わらせてたまるもんですか。
周りには誰もいないし、今しかない。
(………よし)
「………ねえ、ちょっと待って」
頼んだ通りに立ち止まってくれる。
それから、しっかり目と目を合わせ、彼と二人向き合う。
緊張のあまり生唾を飲む。
頭に熱が登り、顔に朱色が差すのを感じる。
「────えっ……と…」
自分から話そうとして、なかなか言い出せない。
言葉が胸の辺りでつっかえる感覚がする。
どうにか、どうにかして、この想いを伝えたい。
それでも、彼の顔を見ていると、恥ずかしさにも似た何かの方が勝ってしまう。
「………良いん、ですか?」
そんな私を見かねたのか、彼が尋ねてくる。
何を、とはこの際言うまい。
彼も私も、察しが悪い朴念仁なんかじゃない。
「ええ」
一言。ただ一言だけ、簡潔に返す。
それだけでいい。
それだけで、想いは伝わる。
ちょっと、考えてたのとは違うけどね。
そこはほら、お互い、不慣れ……だから。
「僕なんかで……良いんですか?」
「貴方だから、なのよ」
どうしようか、ずっと迷ってた。
巻き込んで良いのか、と。
永劫の罪を、彼に背負わせて良いのか、と。
彼が居なくなった後を、想像したくない。
けれども、罰を負わせる訳にはいかない。
貴方は泡沫の夢。
いつかは消えてしまう。
長い時の間では、誤差の様な一瞬。
その刹那が愛おしい。
だから、いつかその泡沫に浸って、生きていこう。
そう思っていた、のに。
「────永琳」
「永劫を生きる罰を、僕にも背負わせて下さい」
こんな事を、言うもんだから。
「な……!」
「あっ、貴方、自分が何言ってる、のか!わかって「はい。よく理解しています」
「考えたんです。思ったんです。僕が居なくなった後に、悲しむ貴女を。貴女を置いていくなんて、したくない」
「そんな───」
「そりゃあ僕の人生なんて貴女の長い永い時からしたら誤差みたいなもんでしょう。だからこそ、そんな誤差なんかで苦しむ貴女を想像したら────身を引こうなんても考えました」
「ちょっ、私はそんなに弱くないわよ!」
「でしょう。ですが、僕が弱いんです。死んでも死に切れません。怨霊になっちゃいますよ」
「僕は貴女が好きだ。好きで好きで仕方がないんですよ。離れたくないんですよ一緒に生きていたいんですよ!貴女と離れたくないからって、こんな事を思ってしまって………幻滅、しましたか?」
「あのね、これくらいで幻滅してたら、貴方の事を好きになってると思う?」
ホント、バカなんだから。
好きな人にそんなに想われて嫌がる人が居るものですか。
「…………永琳」
「でもだーめ。貴方には蓬莱の薬は飲ませられないわ」
「ええっ!?」
「……だって永劫の時の中、輝夜と過ちを犯さない、とも限らないじゃない?」
「そんな事……「ある。絶対あるわよ。貴方が入院してた時、やってきた輝夜の事見てたじゃない」いや、知らない人が来たらさ、普通見ません?」
「見てた事には変わりないじゃない?ハァ、そこが心配なのよ……」
「そんなこ「だからね」
「蓬莱の薬は貴方が私の事しか見れなくなる位、私に夢中にしてから、ね?」
「はは………随分簡単な条件ですね。そんなんで良いんですか?」
「と言うと?」
「先に貴女の方から飲んでくれ、って頼んでくる位に、貴女にとって僕の事を重くしてみせますよ」
「あら、簡単そうね。期待しないで待ってるわ」
そんな事を言いあってたら、なんだか照れくさくなって、お互いひとしきり笑って。
────ふと空を見ると。
月が、よく見えた。