心地の良く穏やかな風が流れ、天気は晴れ。
場所は森丘。もしこれがクエストでなかったら、この心地の良い空気に包まれながらひと眠りでもしたいくらいだ。
「しっかしねぇ、何だって今回は採取クエストなんかに行かないといけないんだ? 俺はもっと強いモンスターとかと戦いたいんだがなぁ」
「ロロットがあまりにも弱いのが原因だと思うニャ」
「ふっ、俺の実力がわからないとはギルドも見る目がねぇなぁ」
穏やかな風とともに流れてきたひとりと一匹の会話。その会話からもわかるように、今は森丘で行う採取クエストに来ているところ。内容は特産キノコ15個の納品とそれほど難しいクエストではない。てか、こんなもの初心者ハンターが受けるようなクエストだ。あのバカならともかく、私やミナヅキが受けるクエストではないだろう。報酬金だって美味しくないし、本当なら遠慮したい。まぁ、他に受けるクエストがなかったのだから、仕様がないのだけど。
「ほら、馬鹿言ってないでさっさと集めてしまいましょ」
ノルマはひとり5個。さくっと終わらせて、今日はゆっくりお酒を楽しませてもらいましょうか。
「了解マイハニ「死ね」ヤダ辛辣……よ、よしっ、それじゃあ皆で競争だな! 一番最初に特産キノコ5個を集めて納品した奴が勝ちで、一番遅い奴は帰ったらキングターキーをおごるってことにしようぜ!」
最初は採取クエストってことに文句を言っていたバカだったけれど、いざクエストが始まるとやはりいつものように騒ぎ始めた。元気なのはいいことだ。いいことなのだけど……もうちょっとこう……ね。一応、ロロットだって私と同じ上位ハンターだ。けれどもホント、なんでこのバカは上位ハンターになんてなれたのだろうか。
「ロロットは最初からもう1個持っているからずるいニャ」
「バカ、俺のオニマツタケを納品できるわけないだろうが」
死ねばいいのに。切り取られてしまえ。
……はぁ、もうホント、なんで私はこんな奴とパーティーを組んでいるんだろう。
クエストが始まり直ぐに飛び出して行ってしまったバカは放っておき、ミナヅキとふたりで探索を開始。そして、マップでいう7番エリアで運良く、特産キノコの群生地を見つけることができた。
特産キノコは味と香りがよく、食材とした重宝される物だ。けれどもその需要に対して、供給は絶対的に少ない。大きさは小指程度しかなく探すのも大変だし、今回のように群生していることなんて本当に珍しいこと。素人には特産キノコを見つけるのも難しく、納品クエストとしてハンターが採取することはよくあった。
とはいえ、それでも簡単に見つけられるものでもないし……まぁ、今回は運が良かったってことなんでしょうね。
「前も聞いたけど、どうしてミナヅキはあのバカと一緒にいるの?」
この場所だけで15個は集まるだろうし、これでクエストも完了。どうせあのバカはまだ特産キノコを5個見つけられていないでしょうし、ポッケ村に戻ったらキングターキーをおごることもほぼ決定。ついでにお酒を付けてもらうことにしよう。
「うニャ? うニャぁ……本当にただ、ボクのご主人からロロットのことをよろしくって頼まれただけニャ」
ミナヅキとロロットの仲は悪くない。むしろ、良いコンビだと思ってしまう時もあるくらいだ。けれども、ミナヅキに対してあのバカの実力が低いのは事実。だから、そのことはどうしても気になってしまった。
「ミナヅキはそのご主人さんの元には戻らないの?」
「……今のところそれは考えていないニャ。それにご主人ならひとりでも大丈夫ニャ!」
そんな言葉を落としたミナヅキは少し恥ずかしそうにしながらも――笑ってくれた。
あのバカの笑顔は苦手だけど、ミナヅキのその笑顔は素直に素敵だと思ってしまう。だからきっと、私も笑顔が苦手ってわけじゃないんだろう。たぶん、単純にあのバカのことが苦手なだけ。どうして苦手だと思ってしまうのかは自分でもよくわからないけれど……
ミナヅキのご主人さん、か。あれほどの実力を持っているミナヅキのご主人さんなんだ。きっと一流のハンターなんだろう。私だって自分の実力にそれなりの自信はあるけれど、そんな私には想像もできないくらいのハンターなんだろうなぁ。
「そっか。そのご主人さんってどんなハンターなの?」
「んー……ニャ。うニャ、すごく変わったハンターだったニャ。けれども、自慢のご主人ニャ!」
そう言って嬉しそうに笑うミナヅキ。かわいい。ホント癒される。ミナヅキを見ていると私もオトモがほしくなる。
それからもミナヅキと雑談をしながら採取を続け、私が8個、ミナヅキが7個の特産キノコを採取し、目標納品数に到達。あれ? じゃあ、あのバカはいらなかったんじゃ……まぁ、いつものことか。そうか。
「よし、これで15個集まったし、納品しに戻ろっか。帰ったらあのバカにいっぱいおごらせてあげようね」
「うニャ。楽しみニャ」
私の性格的に、納品クエストよりも狩猟クエストの方が合っているとは思う。けれども、こうして同じパーティーの仲間と雑談をしながら行える納品クエストだってたまには悪くないのかもしれない。……いろいろなことを忘れ、ただただ全力でモンスターと戦い続けることはやっぱり疲れてしまうから。
そう思ってしまうことくらいは許してもらいたい。誰に許してもらいたいのかはわからないけれども。
そして、納品のためベースキャンプへ戻ろうとしているときのことだった。
何もなく、ただただ平和に終わる。そうなれば一番なのだろうけれど……ハンターという職業はそんなに甘いものじゃない。
そんなことは痛いくらいわかっている……
「はっ、は……あ、ハ、ハンター……さん? 良かった……」
今にも泣き出しそうな声。見るからに疲弊した様子。そんな状態の少女が私たちの目の前に現れた。
ギルドからは何も聞いていないし、たぶん目の前の少女の存在は私たちにとってイレギュラーなもの。けれども、放っておくことなんてできやしない。
「どうしたの? 何かあった?」
その手に握り締めた薬草を見るに、たぶんこの少女は森丘へただ採取に来ただけなんだろう。とはいえ、少女ひとりでこの場所へ来て良いほど此処は優しい場所じゃない。
「……モミジ、来るニャ」
私の質問に少女が何かを答える前に、ミナヅキが言葉を落とした。
そして、木々を薙ぎ倒し轟音を響かせながら現れたひとつの巨体。どうやら、ハンターの日常が戻ってきてしまったらしい。
「はぁ……リオレウス、か」
無意識のうちに溢れるため息。火竜、天空の主――飛竜の王リオレウス。
採取クエスト中、モンスターが乱入することは決して珍しいことじゃない。むしろ乱入してこない方が珍しいくらいだ。だって、今私たちのいるこの場所はそういう場所なのだから。
けれども、今は少女というイレギュラーがいる。状況は――かなり悪い。
止まっている時間も、考えている時間もない。しかし、この状況に身体は動こうとしない。いつか昔の記憶が頭の中に広がる。忘れたくても忘れられない。頭の中にこびり付いた嫌な記憶が。
「へい皆さん。そっちはどんな状況だ? いやぁ、厳選キノコは見つかるんだが特産キノコが……あ? あー……これはまた笑うしかない状況なことで」
聞こえてきたいつも通りの軽い声。その声が聞こえたことでやっと動くようになった身体。
「ハ、ハンターさん! 助けて! 助けて、ください……」
「あいわかった。任せとけ、マドモアゼル。俺が来たんだ、もう安全だぜ」
泣き叫ぶような少女の言葉に対し、いつも通りヘラヘラと笑いながら言葉を落としたロロット。
どうする? どうすればいい? まずはこの少女を安全にベースキャンプまで連れて行くことが最優先。けれども、現れたリオレウスがそれを簡単にさせてくれるとは思わない。何から? 何からすればいい?
「ッハ、ニャ……うニャ……」
さらに、いつもは冷静なはずのミナヅキの様子が少しおかしい。マズい、思考が安定しない。ゆっくりと何かを考えている時間はないはずなのに……
「おい、落ち着けミナヅキ。モミジ、とりあえず君はこの少女をベースキャンプまで連れて行ってくれ。この空飛ぶトカゲは俺とこのネコ畜生でどうにかする」
いつも通りの間の抜けたような表情。けれども、この状況で一番冷静なのはロロットだったんだろう。
本当に情けないことではあるけれど、私だって冷静じゃなかった。
「ど、どうにかするって、レウス相手にあんたでは無理じゃ……」
「俺だってハンターだ、なめんな。はぁ……無理でも無茶でも無謀でも! 女の子から助けてって言われたらやらんきゃしゃーないだろっ!」
急に真剣な顔になったロロット。
落ち着け私。このバカだってこれでも一応ハンターなんだ。このバカが簡単に死ぬようなやつじゃないことくらいわかっている。優先順位を間違えるな。
「ボ、ボクもモミジと一緒にこの子を……」
「ミナヅキッ!!」
どうしてなのはわからないけれど、さっきからミナヅキの様子がおかしい。そんなミナヅキに対してロロットは今まで聞いたこともないような大声で叫んだ。
ロロットのその声で震える空気。まとまらず浮ついていた考えが一気に収束。
「クエスト中だぞ! いらねぇ感情や考えを斬り捨てろっ! お前がいなくなったら誰が俺を守るんだッ!」
「ッツ……うニャ、ごめんニャ」
普段のヘラヘラとしている表情からは想像もできないほど真剣な様子のロロット。なんか最低な言葉も聞こえたけれど、今はこのバカの言葉に従おう。とにかく今はこの少女の安全を確保することが最優先事項。
それにしても、ミナヅキのこの状況はいったい……
「ちょ、ちょっと! ミナヅキはどうした、の?」
「心配いらん、アイルーによくあるただの発情期だ。ベースキャンプまで無事送り届けられたらサインを1回。何かヤバいことが起きたらサインは2回。……その女の子のこと、頼んだぞ」
そんな言葉をロロットが落としたところで、ついに動き出したリオレウス。
あのバカの声なんかとは比較できないほどの咆哮が空気を揺らした瞬間――視界は真っ白に。それはあのバカが使った閃光玉によるもの。ホント、アイテムの使い方だけは優秀な奴だ。どこでそんな技を覚えたっていうのやら。
「走れっ! 俺のことはちょっと心配してくれるだけでいい!」
閃光玉により怯んだリオレウス。その隙に少女の手を掴む。
いらない感情を斬り捨てる。今はただ、この少女を守ることだけを考えよう。