自分よりも少しばかり小さな手を取り、ベースキャンプを目指して森丘を駆ける。いつかの昔、何処かのあの時は守ることができなかった小さな手を――いや、いらない感情は切り捨てるんだ。今はとにかくこの少女を守らないと。
「頑張って。此処からベースキャンプまでは近いから」
私の手をギュッと掴んでいるその少しばかり小さな手は、確かに震えていた。不安や恐怖、そんなものが握った手を通して伝わってくる。
「あ、あの男のハンターさんは……」
「大丈夫。アイツ、バカみたいに強……くはないけど、体力があるやつなんだ。リオレウスくらいならなんともないよ」
少しでもこの少女が安心できるような言葉を落とす。
……本当なら笑って言えるのが一番だってわかっている。けれども、こんな時だって私は笑うことができやしなかった。
幸いなことに、この少女と出会った場所からベースキャンプまでの距離はそれほどない。だからあの場所でロロットとミナヅキがリオレウスを引き止めてくれていれば、私はこの少女を安全にベースキャンプまで連れて行けるはず。それに少しくらいのモンスターなら、例えこの少女を守りながらでも戦うことはできるだろう。
それでも……私の頭の中ではどうしても嫌なことばかりが浮かんでいた。
そもそもとして、ロロットがリオレウスを相手に引き止められるとは思えないこと。頼りになるミナヅキの様子が明らかにおかしかったこと。私を不安にさせる材料が多すぎるんだ。今は気にしたって仕様が無いことはわかっている。それでも、気にせずにはいられない。だから私はパーティーが……
どうしても思い浮かんでしまういらない感情。それよりも今は考えなきゃいけないことがあるというのに。
そして、私と私が手を引く少女の前に数匹のモンスターが現れた。
別に油断していたわけではなかったはず。それでも、ここまで近づいてくるまで認識できなかったってことは、私も普段の調子じゃないらしい。何をやっているんだか。ホント、面倒なことだ……
「ハ、ハンターさん……」
震えるような少女の声。私の手を握る力がより一層強くなった。
現れたのは数匹のランポスと、そのランポスよりもふた回りほどの大きさを持つ――ドスランポス。
数が多いとはいえ、普段なら苦戦するような相手じゃない。けれども、今はこの少女がいる。ホント、面倒なことで。
さてっと。できることなら、ランポスたちを無視してベースキャンプを目指したいところではあるけど……そんなことを許してくれるとは思えない。
「……ねぇ。貴女、名前は?」
「え? あ、えと……エ、エーファ、です」
女の子から助けてと言われた。だから、やらなければ仕様がない。それがあのバカの言葉。あんな奴に言われたのは腹が立つけれど……本当に、全くもってその通りだ。
今はただ、とにかくこの子のために全力を出すだけ。
「そう、良い名前ね。私はモミジ。……ねぇ、エーファちゃん。ちょっと怖いかもしれないけれど、目を閉じて60くらいの数字を数えていてもらえる? その時、そうだなぁ……帰ったらどんなおいしい料理を食べようかなぁ、とか楽しいことを考えながらさ」
「あっ、え、えと……で、でも、危なことがあったら知らせろってあの男のハンターさんが……」
今はまだ警戒している。けれども、目の前にいるランポスたちはいつ私たちに襲いかかってきてもおかしくない状況。残されている時間はあまり長くない。
「ふふっ、本当に危なくなったらね。大丈夫、大丈夫だから、エーファちゃんはちょっとだけ待っていてもらえる?」
上手くはできなかったと思う。笑っている、だなんて思われないくらいのもモノだったかもしれない。それでも、私にできる精一杯の笑顔をしながらあの少女に言葉を落としてみた。少しでもこの少女が安心できるよう、そっと、そっと。
そして、そんな言葉を聞いた少女は、私の手を離し、両手で耳を塞ぎ、ギュッと目を閉じた。
さて、さてさて……やっとこれで私も動くことができる。思う存分暴れることもできる。野蛮な性格だと思われるかもしれないけれど、やっぱり私には採取クエストよりも、討伐クエストの方が合っているのだろう。大丈夫、これくらいの状況はなんてことのない、普通の状況だ。
それじゃあ、ひと狩りいくとしようか。
ランポスの数は5、ドスランポスは1。少女が目を閉じていることを確認。アイテムポーチから閃光玉を取り出し、ランポスたちの前へ。
その瞬間、真っ白に染まる視界。あのバカとパーティーを組むようになって、閃光玉の使い方は私も上手くなったと思う。あんなバカでも役に立つこともあるものね。
全てのランポスたちの怯みを確認し、再びアイテムポーチから、いくつかのアイテムを取り出す。こんな状況なんだ。いくらランポスが相手とはいえ出し惜しみはなし。最初から最後まで全力で。
最初に怪力の種を口へ放り込んでから直ぐに噛み砕き、鬼人薬グレートとともに流し込む。さらに、怪力の丸薬も口に含んでおく。
ドーピングにより、身体の奥から力が湧いてくる感覚。これを使うと次の日の筋肉痛は避けられないけれど……それよりも大切なのは今。制限時間は約60秒。今の私には迷っている時間だってない。
いつもよりもずっと強い力で片手剣を握り締め、手始めにジャンプ斬りで一番近くにいたランポスの頭を斬り飛ばす。それから直ぐにローリングで次のランポスへ距離を詰めてから、相手の脚を狙って斬り上げ。斬り上げにより転倒したランポスへ、そのまま斬り下ろしと横斬りで2頭目も討伐。
3頭目のランポスへはシールドバッシュを叩き込み、怯ませておく。怯んでいる間に4、5頭目へローリングで近づき4頭目へ斬り上げ、5頭目へ斬り下ろし、そして――2頭まとめて回転斬りで頭を斬り飛ばした。さらに、シールドバッシュによって怯んでいた3頭目のランポスもジャンプ斬りを食らわせたところで、5頭全てのランポスの討伐が完了。
飛び散るランポスの体液とともに舞う、私の使う武器から出た氷の結晶。
ナールドボッシュ――それが私の使っている片手剣の名前。氷牙竜の素材を用い、この地方でナールドボッシュを使っているのは私だけだろうし、生産すらされていないんじゃないかな。けれどもそれは、私がずっとずっと愛用している大切な片手剣だった。
5頭のランポス討伐にかかった時間は約40秒。残りは20秒で、ドスランポスはまだ無傷のまま。
閃光玉による怯みが解け、周りの惨状に気づいたドスランポスは私を威嚇するように大きな声を上げた。
「……別にさ、貴方たちに恨みとかそういうものがあるわけじゃないんだ」
20秒。つまり、あのアイテムの効果時間と丁度同じ。
最後の1頭となったドスランポスの方を向いてから……口に含んでいた怪力の丸薬を噛み砕く。その瞬間感じたさらに膨れ上がる力。
効果時間は決して長くない。けれども――このアイテムの効果は絶大だった。
ジャンプ斬りで相手との距離を詰めながら、最初の1発。赤色とともに舞う透明な結晶。
そこから、斬り上げ、斬り下ろし、横切り、水平斬り、斬り返しと片手剣お決まりのコンボを容赦なく叩き込んでから――最後に回転斬りで、相手の頭を斬り飛ばした。
「けれどもきっと……
ドスランポスを倒した瞬間、怪力の丸薬の効果が失われ増幅されていた力が一気に抜ける。どうにか制限時間までに相手を倒すこともでき、ほっと一息。
そして、握っていた片手剣を納刀してから少女の様子を伺うと、恐る恐る――といった感じでゆっくりと目を開け始めていた。
「ひっ……あ、た、倒した……のですか?」
辺りに飛び散ったランポスたちの死体とその体液。そんなものを見てか、少女は大きく身体を震わせた。ごめんね、怖がらせちゃって。私たちハンターにとってこれは別段おかしな状況ではないけれど、一般人であるこの少女にとってこの光景は、非日常の光景でしかないだろう。
「うん、もう全部討伐できたから大丈夫だよ。もう邪魔をしてくるモンスターもいないだろうし、それじゃベースキャンプへ行こっか」
例えどんなに洗ったとしても落ちることはない、汚れ切ったこの手でこの少女の手を掴んで良いものなのか、少しばかり考えてしまう。
けれども、そんな私の手を目の前にいる少女は何の迷いもなく、もう一度掴んでくれ、それが……少しだけ嬉しかった。
こんな私でも、この少しばかり小さな手を握っても良いんだって思えた気がしたから。
それからベースキャンプまでは本当に何事もなく、無事少女を送り届けることに成功。少女を送り届けてから直ぐ、あのバカに言われた通りサインを1回出した。
「それじゃ、私はちょっとメンバーの様子を見てくるね。もう少しだけ時間はかかっちゃうけれど、エーファちゃんはここに居て。ここならモンスターも来ないし安全だからさ」
とりあえず一番大きな課題はクリアすることができた。
そうなると次は、ロロットとミナヅキのことが心配になってくる。きっと何も起きていない。無事でいてくれる。そう思うようにはしているけれど……膨れ上がるのはマイナスの感情ばかり。
あのひとりと1匹と別れてからまだそれほどの時間は経っていない。ミナヅキほどの実力者なら大丈夫だろうし、あのバカだって普通のハンターの何倍もタフな奴なんだ。だから大丈夫、大丈夫なはず……
こんな状況なせいか、まだ不安そうな様子ではあったけれど、私の言葉を聞いた少女はしっかりと頷いてくれた。
そんな少女に対して、またできる限りの笑顔を向けてから、直ぐに強走薬を飲み込みロロットたちのいるはずの場所へ向けて走り出す。余計なことを考えないよう、とにかく全力で。
それからそれほどの時間をかけることもなく、その場所に到着。
どんな戦闘があったのかはわからないけれど、焼けた匂いと所々に残る何かが燃えたような跡。
そして――
「うニャ。やっぱりロロットじゃご主人の足元にも及ばないニャ」
「あーもう、うっるせーな。騒ぐな、火傷したところが痛むだろうが。だいたいお前のご主人が異常なんだよ。それにレウスだって倒したんだから別に問題ないだろ」
もう動くことはないだろう火竜――リオレウスと、そのリオレウスの前に立ち、いつも通りの会話を続けているロロットとミナヅキの姿があった。