-side 喰奈
楽しみ。そう感じたのは久しぶりだ。不思議と足取りが速くなって、視界に入るもの全てが美しく、何かを与えてくれるように感じる。
こんな新しい体験を教えてくれた士道には最大限の感謝をせねばならない。
シュークリーム、ホント美味しかった。あのふわふわはまだまだ口の中に残っている。
少しばかし降る雪の中で、士道が楽しい、と連れて行ってくれたところ。
昨日に降っていた雪のせいで積もった雪。人があまり来なかったのか、それとも新雪が隠したのか、足跡がちらほらとしかないので、歩くとザッ、ザッ、と音がする、噴水のある公園。
小さな公園の中、一人の女性が周りに足跡も作らず佇んでいた。
その場の全てが凍ったような気がする。何で? そんな寒くない。雪は降ってる、だけれど寒い。コートも羽織ってる。なのに震える。
目の前にある、それに。目の前にいる、ものに。存在に、全身が震える。
恐怖、なんていうのは私には無かった。無かったはずなんだ。
「士道、まさか」
「違うんだ! 違う…俺も、知らない…っ!」
よかった。たった一つの望みは、叶った。彼の策略ではないということだけでも、知れてよかった。
目の前にいる、私に穴を開けた存在に。名前は知らない。
「待っていました。<ブラッド>」
それは、綺麗な金の髪を美しく靡かせて、不敵に笑う。
「エレン・メイザース…っ!」
「逃げないと。<
私の天使が守ってくれる。私を、士道を。その想いを託して、指先に傷をつける。
「そうこなくては」
先ほどまでいたはず。遠くにいたはずのエレンが目の前まで、一瞬という言葉ですら遅い程の速度で迫る。
「うがっ」
腹を蹴飛ばされた私は、一度大きく地面を跳ね、雪を押しながら幹に背を打ちつけようやっと止まる。
「喰奈!」
「次はあなたですよ」
士道の叫びが遠くに聞こえるような気がする。けれど、それは確かだ。事実だ。
エレンの腰から抜き取られた光の剣を朧な視界で捉えた。
「守る…っ【
内臓を蹴りで損傷した時に口から出た血を使い、士道を包む。これなら、光の剣は貫通することができない。
「チッ、迷惑な天使ですね」
「お前が、言うか」
傷から漏れた血の雫を全て槍に変形させ、舌打ちしたエレンへと伸ばすが、全て紙一重で回避されてしまう。さすがに弾くということはしなかったか。
私はすぐさま【
私は血を壁に、腹を押さえながら士道の元へ向かう。
「士道、どうしよう」
私は彼を包んでいた血を自らの傷口に収束させる。
「士道…?」
信じてはならない。
「どうして、だろう」
考えてはならない。
「守ったのに、守れたと…」
思ってはならない。
私にはそんな力がないのだ、と。
たった一人の男の命ですら。守れない、私のこの天使は。
殺すためだけに使おう。目の前に見えるそれ、次は、周りの人間にしようか、誰でもいい。
彼のいない世界なら。何も無い世界と同義だから。
「天使…もう、いらない」
私の中で何かがプツンって音を立てて切れた。綺麗な音だった。弦楽器が奏でるみたいに、一本、一本、鳴ってく。一つ一つ別の音な気がする。
「堕ちろ。<
-side 琴里
街中に響く災厄の再来を告げる音。それはここ、<フラクシナス>もまた同様だ。
私には見えた。辛うじて見れた。喰奈が【
まぁ、士道が死に瀕するのは今に始まったことじゃない。士道は<
好意を抱いていた男性が目の前で、しかも、自分の力不足で死んだ姿、というものが彼女にどれだけの精神的ダメージを与えたか、想像に難くは無い。
喰奈には今、何が見えているんだろう。何も無い、面と呼べるかすら分からない、真っ黒の面を被って、何を見ているんだろう。
ダメだ。思考をずらしてはいけない。まずは士道の回収、それから、喰奈への対処だ。エレンなら、暫くの間、彼女を押さえることはできるだろう。その間に市民の避難を完了させるのがいいが…果たしてできるだろうか。