あれからどれほど時間が経っただろうか?
俺の体は至るところが腫れ上がり、まばらに内出血を起こしている。
そして、長い間死にたくないと叫んでいたせいで喉は潰れていて、こひゅー、といった声しか出せない。
俺がなにかしたのだろうか?
生憎、俺にはそういった記憶がないんだ。
母の顔も、父の顔も、愛犬の顔も思い出すことができない。
あるのは先ほど骸骨にリンチされたという記憶のみ。
ひどく悔しかった。
でも、奴に殺されるかもしれない恐怖と継続的に来る鈍痛で、俺の戦意はすでにくじかれてる。
いずれ死ぬんだろう。
俺は死ぬ。俺は死ぬ。俺は......。
もうすぐ死ぬんだ。
ここまでされて生き残ってるなんて奇跡だ、だってそうだろう?
体中、金属バットで思い切り殴られたようなものだぞ?
何度も、何度も、何十回も。
「 グゥ、ア」
ケモノみたいな声を喉奥から捻りだし、俺は泣いた。
開いたままの口に涙が入る。
くそみたいにしょっぱい味だ。
ひどく吐き気がするよ。
「 無様よな」
ふと、俺の鼓膜が震えた。
されど体を動かすことすら叶わないので、その声がした方角へと目玉の向きを変える。
「余興でこの世界へと送り込んでやったが、何のこともない。所詮タダの人間はこんなものか」
そこには、暗黒が広がっていた。
墨汁をぶちまけて出来上がったような、真っ黒なセカイ。
「教えてやろう。貴様は一度死んで生き返った亡者だ。しかしながら、なにかと強い力を持っているわけでもない。嗚呼、先刻スケルトンに嬲られていたからそれは分かっているか。すまぬな」
暗黒が、声を出す。
しかし、俺はその声を聞きたくなかった。
「貴様は無力だ。されど、このまま朽ちていかせると儂としても面白くない。だが、案外朽ちさせても面白いやもしれぬ。そこで、貴様に問うてやろう」
「このまま死ぬか、それとも足掻いて見せるか。貴様はどちらがよい?」
俺は、俺は死にたくない。
死にたくない。
「意思はあるか。よかろう。ではしかと見せてみよ。貴様の足掻きを!」
そして、世界が反転した。
まるで時計の針を逆回しするように。
「草原?」
俺の目に映るのは、あの憎き火の燃え盛るビル郡ではない。青々しい草が風にそよぐ......いわゆる牧歌的で、なんとも、のどかな草原だ。
「体も、痛くない」
にぎにぎと、指を握らせたりしてみる。
なぜだ?なぜ、体が動くんだ。
それに、よくよく考えてみれば、俺はこの草原に立っている。
成るほど。あのカミサマらしきくろんぼは、ささやかな慈悲で俺を生かしてくれたわけか。
「しかし、ここは一体どこなんだ......ッ!?」
刹那、あたりに強風が吹き荒れた。
思わず、顔を腕で庇ってしまう。
「あらジル、この辺の奴らは全員殺し尽くしたはずなんだけど、なんであそこに人がいるのかしらね?それも生きてるわ」
「左様ですな。ジャンヌ。ドブネズミ風情がどこに隠れていたのか......まぁいいでしょう。どうされますか?ジャンヌ」
「クソ、がぁ」
俺は小さな声でそうつぶやいた。
俺の目の前にいるのは、目を疑うほど巨大な黒龍の上に立つ、二人の人影。
一人はめんどくさそうに顔を歪める黒鎧を身につけた銀髪金眼の美女。
もう一人は、軽蔑するように俺を見下す人外じみた見た目の、おとぎ話に出てくるような悪の魔法使いそのものの服装をした男だ。
どうやら、あのカミサマはことごとく俺をイジメたいらしい。
こんなやつらにどう足掻けっていうんだ?