ジト目で雪咲の事を睨み続ける少女、それに雪咲はたははと苦笑いを浮かべていた。だがその苦笑いも一度のため息で吹き飛び縁側に腰を掛ける、そのまま置いておいた湯呑を手に取りずずずっとお茶を啜る。口の中に広がる緑茶の風味を楽しみつつも余韻を逃さず、喉を通り過ぎてもなお漂い続ける。
「ふぅ……」
雪咲の幸せそうな顔に感化されたのか、座っている雪咲の隣にちょこんと座り、置いてある湯呑に恐る恐ると近づく。そしてそのまま少しずつ鼻を近づけ、毒ではないと分かると湯呑をそっと手に取る。そして恐る恐る口の中に茶を含むと熱い液体が一気に入ってきて驚き湯呑を落とす、だがその最中に雪咲は地に落ちる前に湯呑を掴み茶は少し溢れてしまうが湯呑は無傷で済む。
「……!」
少女は涙目で口元を抑えている、どうやら冷まさずに飲んだせいで口内を火傷しかけたようだ。
「あはは、ちゃんと冷まさないからだよ」
「……貴方は普通に飲んでたのに、どうして熱くないの?」
「ん、熱くないわけじゃないけどちょっとは冷ましてるよ」
少女の分の湯呑をそっと置き自分の湯呑の縁に唇を付け、ふぅふぅと少し冷ますように息を吹きかける。
「これで少しは冷めるはずだよ」
「……やってみる」
……。
私は再び湯呑を手に取り、見よう見まねで冷ましてからもう一度茶を口の中に含む。すると味わったことのない風味が口の中いっぱいに広がり、だが緊張した心が少しずつ解きほぐれていくような優しい味。ごくんっと喉の奥を通り抜けていくと今度は体の芯から温まるような感覚で溢れていた。
「美味しいでしょ?」
「……うん」
どうしてか分からない、この男と一緒に居ると先程まで緊張していた自分が馬鹿らしく思えてきてしまう。彼から出てくる雰囲気がそうさせるのか、それとも……。
どうして見も知らずの私に、先程までツンケンとしていた私に優しくするのだろう。私は生まれつき普通の人間ではない、それ故に人里に降りれば恐れられ刃さえ向けられさえした。その時私は思った、私に優しくしてくれる人間なんて居ないのだと。それからというものの私は人間に対して心を開かないようにした、誰しもが敵だとすら考えていた。けどこの男だけは違った。この男は私を恐れるどころか勝手に敷地に入ってきた私に対してこんな不思議な飲み物をくれた、罵倒も刃物も飛んでこない飛んでくるのは優しい言葉のみ。彼にとってはそれが普通なのかもしれない、でも私にとってはとっても不思議なこと。
なら、私も少し勇気を出さなきゃ。この男だったら、もしかしたら……。
……。
幸せそうにお茶を啜っている雪咲の服の裾をちょいちょいと引っ張る少女、それに気付き雪咲は湯呑をそっと置き少女の方に向かう。
「どうしたの?」
「……貴方はどうして見も知らずの私に優しくしてくれるの?」
唐突な質問に虚をつかれる雪咲。
「どうして、と言われてもな……特になにかされた訳でもないし、これと言って邪険にする理由が見当たらないからかな?」
「……理由があれば邪険にするの?」
「俺にとっての大事な人を殺されたとか、そういうアレなら邪険にするというか許さないというか」
「……それは私も同じ」
「でしょ?ならそれでいいじゃん。無駄に争うよりこうやってのんびりしていた方が絶対にいいって」
「……変なの」
少しの間静かな時間が続く。
「……そういえば、貴方の名前を聞いてなかった」
「俺は雪咲だよ」
「……そう」
「君は名前が無いんだったよね」
「……」
少女は静かに頷く。
「……少し前までは”フェンリル”って呼ばれていたけど、それは種族名であって私自身の名前じゃない。だから私は名前がない」
「フェンリル?」
雪咲は前に何かで見たことがある、この世界におけるフェンリルは大昔氷の神様として讃えられていた。だがあまりにも強大過ぎる力を持っている為、いつかその力が暴走するのではという考えを持たれ人々に恐れられているとか。また個体数が少なく、今では伝説の魔獣と呼ばれているそうな。ただフェンリルの幼体は警戒心は強いが、一度心を許すととてつもなく甘えん坊だという。
「んー、名無しだと呼び辛いし名前をつけてもいい?」
「……勝手にして」
「……」
雪咲は顎に手を当て考え込む、どうせ名前をつけてあげるなら誰に聞かせても恥ずかしくない名前にしてあげたい。かと言って雪咲が思いつくのは安直な名前か日本名くらいなもので、この世界で立派だと思われるような名前を知らない。
「ん~」
頭をフル回転させ、思考を巡らせているうちに無意識に声が出ている。
……。
「……」
私は正直驚いていた、まさか自分の名前をつけてくれる人間が居るとは思っていなかったからだ。先程の反応からして既にフェンリルという存在がどういう物かは知っていたと思うけど、それを聞いてもなお動揺するどころか普通に受け入れられてしまった。別に名前を付けられて嫌とかそんなんじゃない、けどもし仮に私を拒絶されたら悲しいなんて思いが脳裏を過ってしまった。
受け入れられて嬉しい、名前を付けてもらって嬉しい、だけどその嬉しさとは真逆に私から溢れる涙、そして溢れる嗚咽。いつの間にか私は俯き身を縮こまらせ泣いていた。
「どうしたの?やっぱり名前を付けられるの嫌だった?」
「……っ!」
私は全力で首を横に降る、嫌な訳がない。なのにどうしてか涙が出てしまう。雪咲のこの優しさを言い換えてしまうなら暖かいような感覚とでも言おうか、先程飲んだ不思議な飲み物よりも暖かく心が落ち着く。それは、私が今まで経験したことのないような種別の温もり。
……。
雪咲は少女が落ち着くまでそっと頭を撫でながら空を眺める、だがその間ずっと頭の中はどういう名前にするかをずっと思考中だった。
(何か良い名前……フェンリル……泣いてる……涙……ティア……そうだ!)
「ティル、なんてどうかな?」
「……ティル?」
ふと少女は涙を拭い、雪咲の方を向いた。
「あぁ、ティルだ。と言ってもフェンリルとティアを組み合わせただけだけどね」
雪咲は苦笑いで少女の頭を撫でている、だが少女は嬉しそうに雪咲が口にした名を何回も口にする。
「ふふ、気に入ってくれた?」
「……うん」
いつの間にかティルの表情から涙は薄れ、代わりに可愛らしい笑顔が咲いた。
どうも皆様お久しぶりでございます、秋水です。
平成も終わりを告げ令和を迎えました、そんな令和最初のお話となります!
平成最後に完結させたかったのはありますが、色々とありまして断念しました。
なので気を切り替えて、これからも話を綴って行こうかと思っております!
いつも読んでくれている皆様、誠にありがとうございます。
これからも宜しくお願い致します。