平和。その一言に尽きる。
由比ヶ浜の誕生日会が終わって以降、奉仕部は平穏を取り戻していた。
最初はこんな部活に相談など来ないと思っていたが、由比ヶ浜のクッキー作りに始まり材木座の小説の添削、戸塚のテニス部特訓、葉山グループのチェーンメール、川崎のバイト、由比ヶ浜とのすれ違い、雪ノ下陽乃との邂逅、など色々あった。そんな今だからこそ思う。
何も無いって最高!暇って最高!働きたくない!
いやー本当何もしなくていいって最高なんだよな。部活は本読んどけば勝手に終わってるし。
でも、数少ない経験上分かってしまう。この平穏は長続きしない。また、平塚先生辺りが面倒ごとを持ち込んでくるに決まっている。
だからこそ、いつか来るであろう終焉に向け働かなくていい時は死んでも働かない。むしろ、働かないといけないときも働かないまである。
そうと決まれば絶対働かない。働いたら負けだ。
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部活(本読んでるだけ)が始まって一時間程度たった。
最近の奉仕部ではこの時間から喋り始めることが多い。何故、一時間後かというと、由比ヶ浜が携帯を弄るのに飽きて勝手に話し始めるからだ。俺と雪ノ下が本を読んでようがお構い無しだ。ここ最近、雪ノ下は由比ヶ浜に甘くなったから由比ヶ浜を無視する事なく会話をしている。そして、俺にも由比ヶ浜からの会話の矢が飛んでくる。それに仕方なく応えていたらいつの間にかそれが恒例になっていた。
そして今日も由比ヶ浜の由比ヶ浜による由比ヶ浜のための会話が始まろうとしていた。
「なんか最近暇だよねー」
俺と同じ事を思っていたのか由比ヶ浜がそんな事を言った。
「確かに最近、依頼が無いけどそれは悪い事でないわ。困ってる人がいないということなのだから」
我らが部長は今日も正論です。なんか事件がなくて暇な警察みたいな事言ってんな。
「えぇーでもそれじゃあ、つまんないよー」
「では、貴方も本を読んだらどうかしら?」
「うーん。でも、あたし本読むのあんまり得意じゃないし……。あ、そうだ!いい事思いついたよ!ゆきのんと一緒に読むからあたしが分からないとこ教えてー」
そう言って、由比ヶ浜は椅子を雪ノ下の近くまで持って行って雪ノ下と密着した。
「近いのだけれど。由比ヶ浜さん聞いてる?……はぁ、しょうがないわね、最初から読むから分からない所があったら聞いて」
「えへへ、ありがとうー」
由比ヶ浜は雪ノ下と近くにいれてご機嫌だし、雪ノ下は満更でもなさそうだ。顔が赤い。ホント、コイツら百合百合しすぎだろ。
そして、お気づきのかたもいらっしゃるかもしれませが、そうです、僕は嘘をつきました。三人で話しているみたいに言いましたが、実際はずっと二人で話してます。三人の部活でもぼっちって……。三割る二の答えが一余り一みたいな気分だ。
しかし、これで今日も平穏に暮らせる。変わらないそれ故に贅沢な日常を謳歌できる。
すると、もう既に読書に飽きたのか由比ヶ浜が話しかけてきた。
「やっぱ依頼来てほしいなぁ。ねぇ、ヒッキーもそう思うでしよ?」
べ、別に話しかけられたからって嬉しくないんだから!
落ち着け、俺。由比ヶ浜が優しいから話を振ってくれるだけで他意は無い。よし、出来るだけポーカーフェイスで応えよう。
「いや、俺は働きたくねぇーし。それにそもそも雪ノ下が言ってた通り依頼は来ない方がいいんだよ。」
「ヒッキーもそういう事言うの……。でも、なんだか今日は依頼が来そうな感じたよ!」
「おい、やめろ!そう言うこも言うと本当に来ちゃうから」
これフラグじゃないよね⁉︎大丈夫だよね⁉︎
──その瞬間、奉仕部の扉が大きな音を立てて開かれた。
くそ!やっぱりフラグだったか。そして、この扉の開け方は間違え無く平塚先生だろう。しかも、平塚先生が来たということは面倒事も一緒のはずだ。
恐る恐る扉の方を向くと、やはり平塚先生がいた。これもやはり、もう一人、依頼人と思われる女子生徒がいた。
その少女は小柄な女の子だった。一瞬、中学生かと思ったがそもそも高校にいる時点でそんな訳はない。では、年下かと思うがスリッパを見たところ同年のようだ。
髪型は黒髪のショートボブ。メイクはしているかしていないか分からない程度のナチュラルメイク。制服も着崩すわけでも地味なわけでもない。つまり、身長が低いこと以外は所謂普通と呼べる容姿をしていた。
しかし、その少女は異彩を放っていた。その原因は彼女の目だ。大きな目をしているがそれをハイライトの薄い真っ黒の瞳が埋め尽くしていた。その目からはやる気とか精気とか言ったものが一切感じられなかった。その黒い瞳を見ていると吸い込まれてまいそうだった。
見過ぎでいたからだろうか、彼女が此方に気づいたようだ。見過ぎだったか、キモいとか思われてたら泣いちゃうよ……。
──すると、彼女は涙を流していた。
え⁈なんで泣いてんのこの子⁉︎もしかて俺って目が合っただけで女の子を泣かせちゃうの⁉︎
しかも、突然泣いてるからめっちゃ変な空気だし。連れて来た平塚先生すらも唖然としてるし。でも、こんな時に頼りなる空気を読まないことで有名な我らが部長が口を開いた。
「あら、そこのひと目に菌でも入ったのかしら。ねぇ、比企谷菌?」
「くっ、強ち間違いでなさそうな所が悔しい」
そんな会話を聞いたからだろうか彼女が慌てて否定した。
「いや、あのー違くて、そのー目にゴミが入っただけだから」
明らかに嘘くさいがここでそれを否定する必要もないだろ。
「そう。では、強ち間違いではないわね」
「おい、それって俺のことゴミって言ってんだろ」
雪ノ下も俺と同じことを思ったのか深くは追求しなかった。
空気が和らいだのを感じたのか平塚先生がわざとらしく咳をつき本題を言った。
「彼女は青葉碧、奉仕部の新入部員だ」
「えぇー、碧ちゃん奉仕部入るの⁉︎楽しくなりそうだなぁー」
『碧ちゃん』と呼ばれていることから女子生徒はなんとかの碧と言うらしい。女の子は仲良くない同士でも下の名前プラスちゃん付けでよんだりするよな。とくに、由比ケ浜みたいな子はそういうタイプだろう。
由比ヶ浜は楽しくなりそうと言うが俺は全くそうは思わない。平塚先生が連れてくる生徒だ訳ありに決まっている。ソースは俺。これ以上面倒事が増えるのはごめんだ。まぁ、だからといって、どうにもならんけど。そもそも、平塚先生が連れて来た時点で入部が決まってるし、奉仕部に俺の発言権は無い。つらい。
「しかし、そこのと違って青葉さんは特に問題は無さそうですが。奉仕部に入れる理由が無いと思いますが」
どうやら『碧ちゃん』とやらの苗字は青葉らしい。
雪ノ下は青葉のことを知っているらしい。俺は知らないし雪ノ下が知っていたことも知らなかったから、別にどうでもいいけど。
それと、雪ノ下さん最近僕に冷たくないですか……。まぁでも、言ってる事は正しい。流石、頼りになるぜ!このまま穏便に済ませてくれ。
しかし、現実は甘くない。マックスコーヒーは甘いけど。
「そんな事はない、青葉も大なり小なり悩みを抱えている。奉仕部に入る資格と理由がある」
「はぁ、では青葉さんのどういった所をきょ……改善すればいいのですか?」
矯正と言わなかった事に雪ノ下の成長が伺える。俺の時はボロクソだったのに。
「それは教えれない。青葉にはあくまでも『機会』を与えるだけだ。それさえあれば、彼女は何とか出来る筈だ。青葉はそれだけの能力はある。まぁ、そんな感じだ。後は若い人達に任せるよ。あ、いや、別に私も若いんだかな!」
そう言って平塚先生は出ていた。なんか悲しくなったよ……。