「あいつらと、昔なんかあったのか?」
「よく、見ていますよね。さすがです」
静かな木々に、月の光が差し込む中で、鎌田はひどく、ひどく苦そうに、笑った。
こんな感じのセリフを、この場所で、しばらく前に言ったときと重なる。あのときのあいつはこんなことを言わずに、それに、こんな表情ではなかったけれど。まぁ初めて見る表情って意味では、俺にとっては同じだがな。
俺はあのとき、どうしただろうか。どうもしなかったという、そんな記憶しかない。
雪ノ下と葉山との間になにかしらあるというのは聞く前からわかっていたことで、それほど驚きはなかった。そしてなにより、それ以上、俺は彼女に踏み込まなかった。
触れる必要がなければわざわざ触れない。踏み込むだけの覚悟が、関わる覚悟が、背負う覚悟が、そして傷つける覚悟が、あのときはなかった。
俺は不干渉を望み、彼女もまたそれを望んでいた。それが俺たちの最大のコミュニケーション方法であり、なにより責任を負わないための自己防衛手段だった。
………そのままの俺たちが続いていたら、今はどうなっていただろうか。
そんな仮定に意味はないけれど。
けれどもきっと、なにもならなかっただろう。知りたいと思う以上に知りたくないと思っていたあのころでは、なにもならなかった。
変わらない日常を毎日過ごしていただろう。それは一体、俺の否定した欺瞞となにが違うのだろうか。
変化をしない、停滞した日常。それを否定したのは間違いなく俺だったのだ。本物が欲し、いやなんでもない。あれは俺の歴史にはなかった。うん、なかった。あんなものは、なかった。いやでも小町に踏まれたという記憶はしっかりと残っているな、うん。いやこれはさすがにキモいな俺………。
まぁ、少なくともこんなことは言えるのだろう。
ーー今以上に俺をしている俺はいない。
平塚先生の望んだように、俺と由比ヶ浜は雪ノ下に踏み込んだ。まぁメインは由比ヶ浜のゆらゆらゆりゆりなあれだろうけど。物理的にも由比ヶ浜以上に雪ノ下に近づいたやつはいない。
俺も、まぁぼちぼちな感じの距離を作った。そういう距離感が、俺たちには合っているのだろう。
だからきっと、これが俺らしく俺が俺をしているのだろう。俺俺言い過ぎだな俺。
「そりゃ、目立つからな」
まぁ、嘘って大事だよね、うん。いやまぁ別に嘘というほど嘘ではないが、恥ずかしさ満天だからね事実言ったら。
「先生からしたら全員が目立つってことになりそうですね」
そりゃそうだ。ぼっちの俺からしたら全員目立っていた。いやガハマさん曰く一人でいる方が目立つ、んだったか。お互いに目立たせ合うだなんて相性ばっちり!そうか、俺は昔からリア充と相性が良かったのか。なんだこれ。
まぁ、そういうことを言いたいわけではないんだろうが。
別段痒くもないような頭を掻きながら、ちょっとしたものを抑え込み、話を続ける。
「あーっと、それで、教えてもらえないか?お前らになにがあったのか」
「………言わないとだめですかね?」
「………いや、いやならいい。強制したって仕方ないし」
いくら知りたいからと言ったって、さすがにそこまではさせれない。少なくとも、いい話なわけではないだろうしな。
遅くならないうちに寝ろよ、なんて言おうとしたら(もう十分に遅い時間だが)、鎌田は少し、呟く。「………矯正、ですか」と。俯いて、どんな表情をしているかはわからない。けれど、ほんの少しの前のめりと、小さく、小刻みに震える手を見て、なにかを口にする気は起きなかった。
強制させるというのは、相手に無理矢理なにかをさせるということ。そこに相手の意思は関係なく、自分には相手が逆らうことができないような絶対の力を、権力でも財力でも暴力でも、とにかく力を、持っているときに行える。
矯正させるというのは、相手を正しい道に乗らせるということ。そこに力はなく、おそらくは相手の意思が大きく関わってくる。
今、こいつの中にあるのはどんな感情なのだろうか。それを知るには、あまりに俺は彼を、そして彼らを、知らなすぎる。
「………長くなりますけど、それでも、大丈夫ですか?」
けれど、無力だからといって、なにもしない、なにもできないということは、ありえない。
「………あぁ」
自分が無力だと知っているからこそ、できることだってあるのだ。
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「さぁお兄ちゃん。とりあえず服買いに行くよ!服!」
「え、なんで?」
ーー突如、妹は俺を外へと駆り立てた。外に大秘宝なんてないのに。あるのは大悲報だけなのに。いや別に大悲報は家の中でもあるわ。
「いーいーかーらー」
………千葉の兄は、得てして妹に弱いのである。
「いやー、久しぶりだね、お兄ちゃんと出かけるの」
「まぁそりゃ、俺こないだまで受験生だったしな」
さすがの俺でも受験生としてきちんと勉強をした。偏差値の高い大学に行きたかったからそれ相応にやらなきゃいけなかった。遊んでいる暇も、結局なかった。あぁ、どうして今年に限って好きなアニメの映画化(実写じゃないぞ)が決まってやるんだよ。確実に受験生を嬲り殺しにきていたな、映画業界は(アニメ業界か?)。一体どれほどの受験生が刈られたのだろうか。
我慢したからといって受かるわけでもないというところも恐ろしい。ほんと、受かってよかった。
「比企谷家からあんな立派な大学合格者が生まれるだなんて、いやーほんと、誇らしいねぇ」
「お前は一体だれなんだよ………」
言ってることが高校生じみてないんだが。
と、まぁそんなことはさておいて。俺は今小町に引き連れられ、某スーパーに来ている。そう、二人きりで、である。これが世に言うデートというやつか。そうか、デートか。小町と、デートか。ふっ、これは勝ったな。
でもね、いくら嬉しくても自分が着せ替え人形になってる今の状況は嬉しくないの小町ちゃん。
「ねぇ、これいつまで続くの?俺完全に人形状態じゃん」
「お兄ちゃんは人形みたいにかわいくもきれいでもないから奴隷だよっ」
人形ですらなかった。奴隷とか怖いよ小町ちゃん。語尾のよっとかかわいいから困る。ん?小町の奴隷?それはそれでよくね?よくな、くないね、すごくいいね。それある!
「素材はいいから似合うのあるはずなんだけどなぁ」
小町はただいま奮闘中らしい。
俺のことを妹がこんなにも考えてくれて、兄としては嬉しい限りです。
「はやく結衣さんたちにごみを押し付けないとなぁ」
………嬉しい、限りです。ぐすん。
という感じに時間は過ぎた。服は「まぁこれかな」と小町に言わせるようなものとなった。完璧にいいものはなかったらしい。
そして、そんな日の帰り道を歩く。
「ふぅ、小町は疲れたよお兄ちゃんの買い物」
いやほんと申し訳ない。普段から適当な服を着ているのに、さらに受験のせいで服が身を包む布化してしまったからな。もう裸じゃなければいい状態。世の受験生というのはこういうものなので許していただきたい。
けれど、まぁ一日付き合ってもらったのだ。きちんと謝っておくべきだろう。
「そりゃすまんね」
「そこはなんて言うんだったっけ、お兄ちゃん?」
いつしかそんなやりとりがあったな。去年の冬、この時期よりもまだ冬だったころ。
あのとき小町は受験生だった。それにもかかわらず、俺のためにいろいろとやってくれていた。一方俺は今年一年、小町に特になにもしてあげられていない。受験が終わったあとでも、今日のような有様だ。
だからまぁ、小町が求めてきたならきちんと答えてあげよう。俺にできることはそのくらいしかないのだから。
「愛してるぞ、小町」
改めて言う必要なんてない。こんなことは常に思っている。わざわざ言うなんて恥ずかしくて仕方がない。
けれど、
「うん、よろしい」
夕日に照らされる小町の笑顔を見れるなら、安いものだ。
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「次の土曜日みんななにする?」
「家でゲームー」
「俺は家族で旅行だぜー」
元気な子どもたちの声が響く学校の一室。ごくごく一般的な小学校で騒いでいるのは、どこにでもいるような小学生たち。
「今からドッヂボールやりにみんなで行こうぜー」
「イェーイ」
「行くぜー」
みんな一緒であることが正しいことだと信じてやまない子どもたち。きっと彼らの世界はそこなのだ。それ以外の正しさを知らない。
ある程度自分というものを持つようにはなったけれど、やはりそこは小学生。世界はまだまだ狭い。
一つの価値観しか知らなくて、それがずっと正しくて。そんな現実とかけ離れたことを思えるのも、子どもの特権である。
「ほら、お前も行くぞ、由那」
「え、ちょっとまってよ。行くから引っぱらないで、恵介」
そう、子どもの、この時期だけの、特権である。
いつまでも持てるものではない。人とは、日々変わりゆく存在なのだから。
「お前、今日はどうする?」
「今日はめんどいからいいやー、けいちゃんいると疲れるし」
「あいかわらずひでぇなー、つっくん。じゃあ行ってくる」
「はいよ」
高校時代にはすでに世の中を悲観的に見て否定する人も、高校時代にはすでに誰とも関わらなくしようとする人も、高校時代にはすでに諦めてしまっている人も。等しく人生は与えられている。
どんな人でも、毎日がなにも変わらないような日常を過ごしているだろう。同じ時間に学校や職場に行き、同じようなことをし、そして同じ帰り道で帰って行く。
普段は、特に気にせず過ごしているけれど、たまに刺激が欲しくなる。
だからなのだろうか。ふとしたときに、人と会いたくなるのは。ふとしたときに、遊びに出かけるのは。ふとしたときに、なにかにはまりこむのは。
そういう刺激が欲しくなるのは、人なら誰だってそうだ。大人はもちろん、子どもも欲しがる。
ゆえに、新しい遊びを探し出すのだ。それがどれほど恐ろしいことだとしても。
「ねぇ、前田さんってうざくない?」
始まりは、こんな一言からだ。
これを言った女の子は、別段なにか考えがあったわけではないだろう。ただなんとなく、そう感じていたというだけで。子どもというのは、簡単に一喜一憂する。きっとこの感情以外にも持っていただろう。嬉しいこと、楽しいこと、そういう肯定的感情を持っていたに違いない。
けれど、そのときは否定的感情が強かった。悲しさ、悔しさ、そういう子どもながらに劣等感を持ったのだろう。
そして、子どもの同調主義というのは、いとも簡単にそういう方向性を作り出してしまう。だれかが否定的意見を出せば、自分の持っているちょっとした否定的意見が肯定されたと思って、ついそれに乗っかってしまう。
「だよねー」
「私もそう思ってたー」
そうして、彼らにとっての正しさが広がり、そして煽る。
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『いい?いつもみたいに雑な対応したらだめだよ?これはデートなんだから、ちゃんとしなきゃ』
と小町に昨日から言われ続け、今朝も言われた。しかしだな、
「どうしろと………」
なにをすればいいかを聞いても、
『そこはお兄ちゃんが自分で考えなさい。小町に言われたこと言ったって結衣さんは喜んでくれないよ?』
と答えられて逃げられてしまった。由比ヶ浜が喜ばないと聞いたときに言葉を詰まらせてしまった俺にも原因はあるんだろうが。
ん?俺は由比ヶ浜に喜んでほしいのか?俺は約束を守ろうとしているだけだよな?ん?いや、
「だけ、じゃないよな」
だけ、なわけがない。だけならばあんだけ誘うのに悩むことなんてなかったし、そもそも約束を守ろうだなんてしない。
きっと、きっと俺には、それ以外の目的もあって。それがなんなのかは、今の俺にはわからないけれど。
と、一人考えにふけっていると、お団子を揺らせてこちらに向かってくる人が一人。
俺の今いる場所は駅。朝の通勤ラッシュの時間は過ぎたとはいえ、やはりそれなりの人混みだ。そして彼女は背が高いとはいえない。別に低いわけではないが。それでも目立つのは頭にあるお団子と、彼女自身の出すリア充オーラと、あとそれと、なんだ。………俺の意識が彼女に向いていたからだな。
こっちを見ている彼女になにか合図をするべきかと思い、右手を軽く上げて振る。
「おまたせヒッキー」
「おう」
………。
「………服、似合ってるな」
「え、あ、ありがとう………」
………。
「い、行くか」
「う、うん。そう、だね………」
………。
………なんだこれ。
ふっふっふ、長くなると思いましたか?
残念ながら長くなるのは文量ではなく時間でした。これからだらだらと描いて行くぜー(そんなことしません)。
今回初めて誰かの主観でない描き方を、奉仕部部員たちの過去編で使いましたが、やっぱり勝手が違いますね。
奉仕部部員たちの過去がついに、ちらりと紹介されましたね。
3人の人生を分けたものは一体なんなのか、というところですね。
八幡の過去については、ようやくガハマさんとのデートですね。ようやく、ガハマのターンです。
身勝手なことながら、一月ほど投稿を休ませていただきます。理由としては、大学の期末試験があるからです。さすがにこっちに時間がかけられなくなるので。楽しみにしていただいている方には待たせることになってしまいますが、お待ちください。
さてさて、そんな感じに今回を終わりましょうか。
それではみなさん、一月後に会いましょう!